戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine1 其れは終わりの名Ⅲ

 空は蒼く、果てしなく広がり続ける。

 眼下では決して表舞台に出る事のないスタッフが、せっせと機材を運んだりモニターの調整を行っている。

 空と大地。その中間でマリア・カデンツァヴナ・イヴは虚空を眺めていた。何を見ているか、それは彼女しか分からない。

 無意識に鼻歌を口ずさむ。小さな調べは余韻を残さず無へと消えていく。

 森羅万象、有象無象――全ての存在はいつかは無へと還る定め。だけど、無になる前に必ずどこかへ行くはず。そこへ辿り着いた存在は、何を想って消えるのだろうか。あの子は何を想って――

 

「ていっ」

「ひゃあっ!?」

 

 頬を伝うひんやりとした感触にマリアは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。眼下でスタッフが見上げるが、マリアよりも早く理由に気付き、また元の作業に戻っていく。

 横を見れば、自分に缶ジュースを差し出している歌姫の片翼がしてやったりと云った笑みを見せていた。

 

「もしかしてマリア、緊張しちゃってたり?」

「まさか。そう云う事はあなたの相棒に言えばどうかしら? 天羽奏」

 

 奏から缶ジュースを受け取り、プルタブを開ける。

 喉を嚥下する炭酸がひどく心地よかった。

 

「そうしたのは山々なんだけどさ、いつの間にか克服しちゃってたんだよね。お姉さんは寂しかったのさ」

「お姉さんぶるのは構わないのだけれど、歳だけで云えば――私が一番年上のはずよ」

「ちっちっち。この場合の姉妹関係はあたしの基準なのさ」

「……無茶苦茶ね。でも、あなたのそう云うところ、嫌いじゃないわ」

 

 ふっと笑うと、奏もにししと笑って缶ジュースを呷った。

 

「それで? 鼻歌歌いながら何考えてたんだ?」

「別に……。あなたには関係のない事よ」

「おう、関係ない。気にはなるけどな」

「……お節介だって言われるでしょ」

「奏は俺のお父さんか! ってなら言われた事ある。あたしは鏡華の嫁だろ! って返したけどな!」

「ぶっ」

 

 呷っていた缶ジュースの中身を吹き出しそうになった。

 鏡華とはすなわち双翼の止まり木――少なくともマリアはそう見てる――である作詞作曲家(ソングライター)の遠見鏡華の事だろう。そして今の言葉が本当ならば、遠見鏡華と天羽奏は――

 

「遠見鏡華と付き合ってるの……?」

「おう? おう! あ、でも内緒にしてくれよ。世間はうるせーからな」

「え、ええ……」

「翼とあと一人――未来って言うんだけどな? 三人と付き合ってるなんて知られたらとんだ大スキャンダルだ」

「そうよね。三人と付き合っ――三人と付き合ってぇ!?」

 

 あっさりと最重要機密レベルの秘密をバラす奏。

 流石のマリアも驚きを隠せなかったようだ。彼女らしからぬ驚きを浮かべる。

 照れたように笑みを見せる奏。

 だがマリアは逆に怖い顔を見せた。

 

「本気で言ってるの? 三人と付き合うだなんて道徳的に破綻しているわ」

「……破綻してるな」

「分かってる上で付き合っているのだとしたら――それは偽物よ。メッキで塗り固められた虚構の関係だわ」

「人から言われるとむかつくんだけど……事実だから返す言葉がねぇんだよなぁ」

 

 マリアの厳しい指摘に、奏は後頭部を掻き、怒る事なく至って普通の態度で接する。

 胸の内ではキレてる――と云うわけでもない。

 自分達が間違っていると――認めていた。

 

「だけどさ、マリア。一対一(サシ)で付き合う事が正しい――なんて、誰が決めたんだ?」

「それは……」

「海外には重婚が認められている国、同性婚を許可してるすんげぇ国だってあるじゃんか。そりゃ日本限定で縛ったら法で許されないだろうけど、世界全部で見ればこれぐらい何て事ないだろ?」

「……そうね。でも、ここは日本。そしてあなたは日本人よ。日本の法律に従うのは当然じゃないかしら?」

「日本の法律が禁止してるのは重婚禁止であって、二股や三股は関係ないと思うぞ」

「……無理矢理なこじつけね」

「にしし、無理でも成り立てばいいんだぜ。ほら、昔の人も言ったただろ? 為せば成る。為さねば成らぬ、ならば成せ。やれば出来る。やらなきゃ出来ないんだから、とにかくやれって意味だ」

「へぇ……この国にはそんな格言があるのね」

 

 もちろん嘘だ。そんな諺も格言も存在しない。為せば成る、為さねば成らぬ何事も――が正しい。

 ある程度合っているのであながち間違いではないのだが……そこら辺は鏡華そっくりである。

 

「さて、と。そろそろあたしは戻るとしますか。マリアはまだ見てる?」

「そうね。どこかの誰かさんのせいで疲れたから、もう少しここで休んでいるわ」

「そっか。そんじゃな。今日は最高のステージにしようぜ!」

 

 そう言って後ろ手を振りながら去っていく奏。

 彼女の後ろ姿が見えなくなると、マリアはドカッと乱暴に席に座った。

 結局、はぐらかされたまま終わった。

 まるで嵐のような存在、天羽奏。でも、それが不思議と嫌とか迷惑とかではない。この感じは、そうまるで――

 〜♪

 携帯端末の無機質な音。しまっていた携帯端末を取り出し耳に当てる。

 ようやく来た報告にマリアは立ち上がり空を見上げた。

 

「オーケー、マム。世界最後のステージの幕を上げましょう――!」

 

 その瞳には、もう奏に感じたものを宿していなかった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 ちょうどその頃。二課仮設本部には次の情報が届いていた。

 突如発生したノイズによる米軍基地襲撃。事態はどうにか収拾したが、死傷者はおよそ五十人弱。その中にはウェル博士の名前もあった。そして――ソロモンの杖も何者かに持ち去られた後で、現場にはケースしか残っていなかった。

 二課では一連の襲撃は何者かの手引きによるものだと推測している。

 しかし問題は、誰が手引きしたか――だ。

 三ヶ月前であれば聖遺物を欲する米国の自作自演である線が高いのだが、現在、日本と米国は協力関係にある。割に合わない作戦をしてくるとは思えない。

 また、中国とロシアが良い顔をしていない。そちらの線も無きにしも非ずだ。

 つまり――容疑者となる候補が多すぎるのだ。

 ノイズの脅威は尽きる事なく、人の闘争もまた終わりを知らない――

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「――そうか。ソロモンの杖は奪われたのか」

『ああ。響君達のおかげで事態は迅速に収拾したが、ウェル博士も恐らく……』

「気に病む必要はない――ってのは、きっとヴァンが言ってるだろうな。この事を翼と奏には?」

『言ってない。今はライブに集中してもらいたいからな。……尤も、緒川に通信した時点でバレてる可能性は高いんだが』

「だろうね」

 

 長蛇の列が並ぶ受付の隣を端末を翳してあっさりと通過する鏡華。モニターを見上げれば、世界中のニュースのほとんどが今日のライブの生中継を行っている。

 それほど大人気なのだ。ツヴァイウィング――ではなくマリア・カデンツァヴナ・イヴは。

 そんなシンガーとの今日限定のユニット結成なのだ。ツヴァイウィングも名声を得る事になるだろう。

 

「じゃあ、俺からもあいつらから出されない限り黙っている」

『そうしてくれ。それじゃあまたな、鏡華』

「ああ、また」

 

 通話を切り、通路を曲がる。

 すると、とんでもない人だかりが道を塞いでいた。無理矢理進んでも通れない程人が(ひし)めき合ってる。

 

(おいおい、何だこれ?)

 

 背伸びして警備員を見ると、困った表情を浮かべていた。

 どうやら彼らは侵入可能な場所で立ち止まっているらしく、どうにも手が出せない状況みたいだ。

 暫く様子を窺っていると、微かに見える扉の上部分が開くのが見え――人だかりが一斉に沸いた。

 

「翼さん! サインください!」

「奏ちゃーん! こっち向いてー!」

「握手を! せめて握手を!!」

「……ああ、ファンか」

 

 侵入可能な場所で犇めき合ってサインや握手を求めるファン達。慌てて警備員達が壁となるが、あまりそれは機能出来てない。

 ソングライターとしては喜ばしいのだが、彼氏してはどうにも嫉妬してしまう。

 

(俺ってば、独占欲が強いのかね。三人もいる強欲な馬鹿だってのに)

 

 自分の感情に溜め息をつきつつ、鏡華は仕方なく大声で二人を呼んだ。

 

「翼!! 奏!!」

 

 途端、翼と奏に向けられていた視線がこちらに向く。視線には敵意が感じられた。

 まあ、高嶺の花を呼び捨てにしたのだ。ファンには許されざる行為だろう。

 

(怖ぇー……。ノイズよりも普通の人間の何倍も怖いわ)

「鏡華!」

「おっせーぞ、鏡華!」

 

 内心でビビっていると、今度は翼と奏から呼ばれた。

 ファン達は今度は絶句してツヴァイウィングの方に向き直る。

 

「か、奏ちゃん。今呼び捨てにした奴とし、知り合いなの……?」

「知り合いっつーか……あたしらのソングライターだけど?」

 

 知ってるよな? と小首を傾げる奏。

 口々にどもりながらも、知ってる、と言い始める。完全に忘れている、眼中になかったようだ。

 そうしてようやく道を空けてくれたので、鏡華は営業スマイルを浮かべて頭を下げながらモーセの如く割れた道を通った。

 

「遅刻じゃねぇか、馬鹿鏡華。もう時間ねぇぞっ」

「ごめんごめん。じゃあ急いで最終調整といこうぜ」

「うん。あ、と――ステージでまた会いましょう」

 

 営業スマイル全開で翼はファン達ににっこりと笑い、関係者以外立ち入り禁止の通路を歩き始める。

 程なくして、通路の奥から、

 

  ――つ、翼ちゃん、マジカワユス!! ――

 

 そんな至福の絶叫が聞こえてきた。

 余談だが、今日を境に翼のファンが急上昇したらしい。ついでに鏡華を妬むファンも急上昇したとか。まあそれはあくまで余談である。

 

「あはは、人気だねぇ。翼ちゃん?」

「や、やめてよ奏。これでも恥ずかしいんだ……」

「恥ずかしがる翼たん、マジ萌え〜」

「鏡華ッ!」

「あだっ」

 

 鏡華だけはたかれた。理不尽だ、と呟く。

 頬を赤らめつつそっぽを向く翼を見て、鏡華は苦笑を浮かべてポンと頭に手を乗せた。

 

「……そんな行為で私が許すと思ってるのか?」

「まあ、これもプラスして」

 

 通路に誰もいない事を素早く確認すると、前髪を掻き上げ、額に一瞬だけのキスをした。

 更に顔がトマトのように真っ赤になる。

 

「おまじないも兼ねてる。頑張れよ、翼」

「うっ……卑怯だ。馬鹿」

「鏡華ぁ、あたしにはしてくれないのか?」

「はいはい」

 

 おねだりされ、奏の額にもキスをする。

 珍しい照れた表情を浮かべ、奏はキスされた額を押さえる。

 

「えへへ、よしっ! いくぞ翼!」

「あっ、待ってくれ奏!」

「頑張れよ〜」

 

 ヒールを履いているにも関わらず走ってステージへ向かう奏と翼。

 見えなくなるまで見送った鏡華は近くの階段を利用して観客席へと向かった。

 観客席と云ってもただの観客席ではない。翼と奏が用意した個室だ。

 コンコン、とノックする。

 返事が聞けたので、鏡華は中へ入る。

 中では弓美、詩織、創世、そして未来がいた。

 

「あ、先生!」

「トミー先生も到着って事はいよいよ始まるんですね」

「楽しみです」

「はは、今夜限りのユニットだ。楽しんでいってくれよ」

 

 言いながら、誰も座っていない椅子に腰を下ろす。

 

「鏡華さん。響が遅いんですけど、何か聞いていませんか?」

「ああ、そっか。未来には言っといた方がいいな。――任務終了直後に襲撃にあったらしい」

「……それで、響は」

「ノイズだからな。サクッと片付けて、今は必死にこっちに来てるみたいだ。今頃、生で見れなくて頭を抱えてるんじゃないか」

 

 ありそうな行動に、未来は思わず吹き出す。

 弓美も「あの子は相変わらず期待を裏切らないわね〜」と楽しそうに言っていた。

 

「……おっ」

 

 電灯が自然に消える。

 会場全体の電灯が消え、明かりはステージ上のモニターだけになった。

 始まりを告げる合図に視線はステージへ注がれる。

 その時だった。

 

  ―鈴

 

「……ん?」

 

 鈴の音が聞こえた――気がする。

 だがこの部屋にはもちろん、この場にいる五人の私物に鈴に関係する物はない。

 気のせいだな、と決め、鏡華はステージに出てきた歌姫に眼を向けた。

 そして、『不死鳥のフランメ』が生まれる。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 ステージに上がってきた三人の歌姫はそれぞれ似て異なる衣装を身に纏っていた。

 翼と奏は片腕がノースリーブ、もう片腕が長袖と云う――それも二人で左右反対の衣装。二人が並べば、まるで一着の衣装が出来上がるような衣装だった。

 マリアのは、その二つの衣装を一つにまとめた衣装。

 

「見せてもらうわよ。戦場(いくさば)を翔る――不死鳥の姿をッ!」

 

 一歩前でしゃがみレイピア型のマイクを構えている翼と奏に言い放つ。

 立ち上がり、歌いだすツヴァイウィング。双翼の間で独奏を奏でる。しかし今は独奏であって独奏ではない。

 三人の歌声が絡み絡まり――昇華して天上の調べとなる。

 互いにマイクを突き出し歌い合わせ、ステージへ切っ先を突きつけた瞬間、

 

  ―轟ッ!

 

 火炎が吹き出す。

 まるで大地が歌に鳴動しているかのよう。まるで産声を上げ誕生する歌を祝福しているかのよう。

 焰が創り出す道を三人は走り出す。

 共演にして競演――

 本ステージに辿り着いた三人が拳を突き上げる。

 同時に観客も歌詞に合わせて吠えた。

 共演にして競演――饗宴にして狂宴。

 最後の言葉を余韻に、歌姫を照らすライトは消え、モニターには不死鳥の姿が。

 

 観客の熱気も最高潮のまま、『不死鳥のフランメ』は終わった。

 構えを解いた翼が一番に一歩踏み出し、

 

「私もいつも皆からたくさんの勇気を分けてもらっている! だから、今日は私の歌を聞いてくれる人達に、少しでも勇気を分けてあげられたらと思っているっ!!」

 

 続いてマリアが、

 

「私の歌を全世界中にくれてあげる! 振り返らない、全力疾走だ! ついて来られる奴だけ――ついて来いっ!!」

 

 最後に奏が、

 

「今日だけはついて来られない奴がいようと関係ねぇ! あたしが――双翼が連れて行ってやる! だから皆――最後まで盛り上がっていこうぜぇっ!!」

 

 言い切った。

 もちろん観客はその言葉通りボルテージを上げていく。

 翼がマリアに近寄り、そっと右手を差し出す。マリアも拒む事なく右手を差し出し、翼の右手を握った。

 奏は見ているだけ。だけど、その顔には満足そうな表情が。

 

「私達が世界に伝えていかなきゃね。歌には力があるって事を」

「ああ。それは世界を変えていける力だ」

 

 互いを讃え合う。

 奏から見て、マリアは翼と波長の合う人間なのかもしれないと思えた。

 どんな事になろうと、歌を想う気持ちは一緒なはず。

 一緒なはず――だった。今の今までは――

 

「そして――」

 

 手を離したマリアは呟く。

 バサリ! とスカートを閃いた瞬間、

 

  ―輝ッ

 

 刹那の煌めきと共に現れるノイズ。

 ステージの前を囲うように、人を分けるために仕分けたブロックの間に、

 “呼び出されるように”ノイズは現れた。

 暫しの静寂の後、訪れる驚愕の声。逃げ出そうとする足音。

 熱気は冷め、絶望が支配する。

 ここに平和は終わりを迎えた――


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