戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine9 未来、日向に立つ花よⅤ

「未来……皆……」

 

 二課仮説本部内で、響はモニターに映る仲間の事を見ているだけしかできなかった。シンフォギアを纏えない響は戦う事ができない。藤尭や友里のようにオペレーターをする事もできない。だから、モニター越しに翼やクリス達を応援、祈る事しかできない。

 

「……天ノ羽々斬はどうなってるっ!」

 

 そんな響に、弦十郎は声を掛ける事もできず、藤尭と友里に向かって叫ぶ。

 二人の手元のモニターには、翼の身体情報と天ノ羽々斬の情報がいくつものモニターになって現れては消えていく。

 

「天ノ羽々斬、依然、解除が止まる兆しが見えません! ——ッ、ロック解除、百万を超えましたっ!」

「翼さんが戦闘の途中で詠唱する詩がギアのロックを解除しているようですっ! でも、こんな速度で解除していくなんて……!」

「ぼやかない!」

「分かってるよっ!」

 

 会話をしながらも視線はモニターから一切動いていない友里と藤尭。

 響はモニターに映る“翼の反応がする”場所を見た。モニターは二人を映しているのだろう。だが、二人の速度が速すぎてモニターでもはっきりと映し出す事はできていない。

 クリスは海域に放たれた大量のノイズを一人で駆逐している。いくら倒すのが容易なノイズだろうと、対応しているのがクリス一人では、すぐには全滅できないし、クリスも疲労してくる。

 ヴァンは切歌と戦っている。ヴァンの様子を見ていると、切歌を倒すと云うより自分に引きつけて時間稼ぎをしているように見えた。別モニターには調を抱えて海を走る緒川がいるので、多分そちらへ行かないようにだろう。

 奏は甲板から移動して海上へ場所を移したが、移動した海上からは一歩も動いていない。フュリと名乗ったもう一人の奏と槍を突き合わせ、火花を散らしていた。

 そして、未来は——

 

「未来……」

「なら、お前が助けるか?」

「へ……?」

 

 自分の呟きに反応してくれた人がいた事に驚く。

 振り向こうとした瞬間、後ろから抱き締められるように拘束された。

 

「へあっ!?」

 

 変な叫び声を上げてしまったが、それを笑う者は誰もいない。むしろ響の叫び声に弦十朗達が今気付いたかのように振り向いて驚いていた。

 

「き、鏡華ッ!?」

「鏡華さん?」

「オレからしてみれば久し振り、と云うべきだな。だが、残念ながらオレはオッシアだ、アイツと間違えるな」

 

 後ろから拘束されている響からは拘束している人物の顔は見えない。だが、こんな時、鏡華であればうっすらと笑っているだろうな、とは思う。

 ゆっくりと立ち上がる弦十朗。その拳は硬く握り締められている。

 

「……響君をどうするつもりだ? 鏡華」

「だから——」

「どっちも一緒なんだ、二人同時にいないならどう呼ぼうと変わらんだろうが」

「ちっ……相変わらず、アンタはアンタだよ」

 

 ククッ、とオッシアは敵陣にいるにも関わらず、不敵に笑う。

 

「ちょっとデートのお誘いにな」

「この浮気者が」

「ハッ、残念な子に惚れるなんざ百年経ってもありえねぇよ」

 

 なにそれひどい、といつもの調子でツッコミを入れてしまいそうになる響。

 だが、オッシアの次の一言で空気は一瞬で引き締まる。

 

「立花響。小日向未来を助けられると言ったら、お前は戦うか?」

「ッ……! どう云う事ですか!?」

「言葉のままだ。お前に戦う意思があるのなら、ほんの少しだが知恵を授けてやる」

 

 すぐに頷こうとした響だが、口を開く直前にふと気付く。何故、敵対しているはずのオッシアがここまで手助けするのだろうか。もし、鏡華がこう云う風に誘いを掛けた時は決まって——何かあった。

 

「……何が目的ですか?」

「おや? すぐに信じて頷くと思っていたが」

「鏡華さん相手だと疑り深くなってしまったので」

「クク、確かにな。確かに目的はあるが、別に大したものじゃない。——契約だよ、オレと誰かのな」

「そうですか。なら信じます」

「響君!?」

 

 弦十郎は驚いていたが、響はオッシアの言葉で契約と云う単語で信じると決めた。

 契約とは謂わば約束の事だ。そして、鏡華は約束だけは決して破らない。オッシアも遠見鏡華なら契約を破る事はないだろう。そしてF.I.S.に属して未来に関連する契約をする人物なんて一人しかいない。

 

「それで知恵ってのはなんですか?」

神獣鏡(シェンショウジン)は聖遺物でありながら聖遺物殺しと云う希有な特性を持つ。対ノイズだけでなく対シンフォギアも可能な最凶のシンフォギア。それを強制的に解除するにはどうすればいいと思う?」

「聖遺物殺し……ッ、それって」

「おっ、日頃残念と云われているが頭は回るようだな。そう——神獣鏡(シェンショウジン)の攻撃をぶつけてやればいい」

「それを私が……?」

「さあ、どうする? やり方は教えないが、お前次第ではオレの契約も達成するんだが」

「やりますっ! でもまずは離れてください!」

 

 その言葉が聞きたかったのか、オッシアはあっさりと響を離した。

 若干よろめいてた響だが一歩で立て直し、弦十郎に視線を向ける。

 

「師匠! 私に出撃許可をください! 死んでも成功させてみせます!」

「ッ、死んでも成功なんて許さんッ!」

「じゃあ死んでも生きて成功させます! それは——絶対に絶対ですッ!!」

「くっ——藤尭!」

「もう計測終わりました! 響さんの活動限界はおよそ七分四十一秒です!」

「この限られた時間内で成功させる勝算はあるのか!?」

「思いつきを数字で語れるかよッ!!」

 

 それは以前、弦十郎が了子に言った言葉だった。

 まさか自分の言った言葉を言い返されるとは思わず、言葉に詰まる弦十朗に、響はにやりと笑った。

 

「鏡華さん! 未来がいる場所に案内してください!」

「どいつもこいつも……まあいい。先に準備しろ、すぐに送る」

「はいっ!」

 

 司令室から出て行く響を見送りながら、オッシアは深く溜め息を吐いた。

 そして、

 

  —撃ッ!

 

 その頬に拳が打ち込まれた。

 打ち込んだのは弦十朗。

 

「俺にできるのはこの一発だけだ。さっさと自分のやりたい事を終わらせてこい馬鹿息子」

「クク、親の愛の拳ってか? お優しいこって」

 

 オッシアは打ち込まれたにも関わらず——否、打ち込まれてはいるが、それはオッシアの頬に届いていなかった。頬の前で白い泡のようなオーラが彼を守るように具現していた。

 

「だが、オレには届かんよ。打ち込むなら、本物にやれ」

「さっきも言っただろ、どっちも一緒なんだ」

 

 拳を引いた弦十朗の言葉に、オッシアは嫌そうに顔を歪めると、刹那にその姿を暗ませるのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

『今から言う事を聞け。ちなみにオレはオッシアだ』

 

 ウェルが話し掛けてきた時、頭の中で聞こえてきたブラック鏡華もといオッシアの声。

 未来は神獣鏡(シェンショウジン)を纏って移動しながら思い出していた。

 

『ウェル……今お前に話し掛けている男がいるだろう。そいつは甘い言葉でお前に何かを提案してくる。恐らくそれはギア関連だとは思うが、一先ずその案に乗れ』

 

 オッシアの言葉に重なって、ウェルの言葉を聞き逃しそうだった未来は気付かれないように二人の話を聞けるように頑張った。

 確かにウェルは甘く、優しい言葉をこちらに投げ掛けてシンフォギアを差し出してきた。未来は考える仕草を見せてから、オッシアの言った通り、ウェルの誘いに乗った。

 その日から液体の入ったカプセルに入れられ、シンフォギアに適合できるよう調整された。ただ、不思議とそれだけで変な事はされなかった。後から聞けば、ウェルは脳にダイレクトフィードバックするプログラムを埋め込もうとしたらしいが、それは日向とオッシア、それとマリアが止めてくれたようだ。

 そう云えば、待遇も決して悪くはなかった。カプセルに移動する以外は牢の中だったが、食事は三食出たし、マリアや日向、ごくまれに見た目年下の女の子——マリアから切歌と調と聞いた——とも話して然程退屈はしなかった。

 閑話休題。

 ただ、夜になり誰もが寝静まった頃になると決まってオッシアが現れた。そこで今後の目的を聞いたり、どう動くか命令されたり、大切な事を教えてもらった。

 失敗はできない。失敗すれば、全てが終わる。自分は壊れるまでウェルの道具にされ、響は——死ぬ。例え一つ成功しても、最後まで上手くいかなければ、ウェルに用済みと処分される。

 そんなのは絶対にごめんだ。だからこそ未来は戦場に立った。

 

「——未来ッ!」

 

 意識を内から外へ戻すと、海面へ出た二課の仮説本部の上に響が立っていた。

 どうやら、ここまでの予定は順調のようだ。

 

「一緒に帰ろう! 未来ッ!」

「帰れないよ。私にはやらなきゃいけない事があるから」

「やらなきゃいけない事?」

 

 ウェルが誘いを掛けた時に言った言葉、こちらを懐柔しようと言ってきた言葉を未来は口にする。

 このギアが放つ輝きは、新しい世界を照らし出すんだと。

 そこには争いもなく誰もが穏やかに笑って暮らせる世界なんだよ、と。

 

「私は響に戦ってほしくない。だから、戦わなくて済む世界を作るの」

 

 前者はまぎれもない本心。後者はまぎれもない嘘っぱち。

 ごちゃごちゃに混ざり、絡み合い、どれが本当なのか。どれが嘘なのか、自分でも分からないようにする。

 もちろん、これで響が諦めるとは思っていない。予想通りだし、響の性格上当然だ。

 だから、歌う前に言える事は言っておく。

 

「ねえ響。今この戦いは、人助け?」

「そうだよ。未来を助けるために戦う」

「でも、私はそれを望んでない。助けてほしいとは思ってないし、むしろ邪魔しないでって思ってる。それでも響は戦うの? これはもう人助けじゃないのに」

 

 我ながら意地の悪い問い掛けだ、と、未来は自分の発言に腹が立った。

 響が戦うのは、ノイズから人々を助ける事ができる——誰かの助けになるからが理由だと云うのは本人から聞いた事があった。でも、今回は響の人助けを真っ向から否定した。

 本来ならこんな事を言うべきではない。言ったら響が戦えなくなるかもしれない。それでも未来は聞いておきたかった。響の口から——響の言葉で。

 

「……そうだね」

 

 そう言って、響は笑った。

 いつもと変わらない、苦笑いのような笑み。それでもその眼はまっすぐに未来を見据えていた。

 

「戦うよ未来。繋ぎ合う事を拒んでいても、人助けじゃなくても——戦って(ぶつかって)でも、繋がりたいんだ!」

 

  —輝ッ!

 

 自分の思いを叫び、聖詠を唱った響。

 防護服を展開した途端、響の身体が急激に熱を発し始める。侵蝕限界(タイムリミット)がどれくらいなのかは分からないが、それでも早急に終わらせなければいけない。

 

『立花響の活動限界は七分四十一秒だ。その間にケリをつけろ』

(ありがとうございます——ブラック鏡華さん)

 

 念話は使えなくても、未来は胸の内で礼を言いながら、バイザーで眼を覆い隠す。扇型の武器を取り出し、艦艇から飛び出した。響も二課から跳躍し、二人は空中で激突した。

 

  —撃ッ!

 

 扇と拳がぶつかり合う。

 未来は脚部のホバーを使い空中に浮き続け扇を振るう。一方、響は脚部のパワージャッキを使い転換、腰のバーニアも併用して、その場で回し蹴りを放つ。

 

  —撃ッ!

 

 落下しないよう蹴りを放った逆の足でパワージャッキを使用。インパクトハイクを用いて衝撃波で“空気を蹴り込み空中に停滞する”。もちろん一発のインパクトハイクで浮かんでいられる時間はごく僅か。その僅かな時間で、響は拳を打ち込む。

 

  —撃ッ!

 

 打ち込まれた拳を扇で防ぎ、振るい返す。拳とぶつかり鈍い音が響く。

 上段からの一撃を浴びせ、防いだ響を哨戒艦艇へ叩き落とす。

 ギシッと嫌な音が走りバイザー内で顔を顰める。

 

(やっぱりブラック鏡華さんの言う通りダイレクトフィードバックがないから害は少ないけど、上手く動かせない)

 

 元々、神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギアにはウェルの手によって、脳にダイレクトフィードバックしてあらかじめプログラムされたバトルパターンを実行させるシステムが備わっていた。だが、それは撤去され、今は奏者の動きが全てに繋がる。

 扇を使っての近接戦やホバーによる空中移動は慣れた。だが、ミラーを使う攻撃はどうしても一拍遅れてしまう。どうしても自分のではないシンフォギアは動かしにくかった。

 

  ——煉獄——

 

 円形の鏡を複数空中に散布し、周りへ散らす。その一つ一つからレーザーが放たれる。それを響は、インパクトハイクを使って躱しながら駆け上がってきた。

 

  ——閃光——

 

 扇を広げレーザーを放つ。響は全てを躱すが、別に構わない。

 躱されたレーザーは全て先に空中へ散らした丸鏡に命中し——反射した。

 

「んっ、くっ!」

 

 身体を捻ってレーザーを躱し、インパクトハイクでその場から飛び出す。未来よりも高い位置まで上昇して、腕部ユニットをオーバースライドさせ、上に向けて撃つ。衝撃で落下を早め、未来に向かって踵落としを放つ。

 扇で踵落としを威力が付いていない振り抜かれる前に防ぎ、ホバーで下半身を上に上げ蹴りを放つ。それを響は腕部ユニットで防ぎ、弾き飛ばす。インパクトハイクで逆上がりのように全身を回し、足が下、頭が上の元の体勢に戻った瞬間に腰のブーストで未来に迫る。

 

  ——撃ッ!——

 

「くぅぅ……ッ!」

 

 振りかぶった拳の一撃。何度も戦場を通して鍛えられてきた一撃が未来の扇に直撃する。完璧に防ぎホバーを使って後退しないようにした。

 だが、響の拳はとても重かった。戦いの中で強くなっていったのかもしれない。だけど、それ以上に——想い(おもい)

 

(だけど、負けられない)

 

 勝てなくても負けられない。

 ちらりと響の背後を見上げる。光の線が規則的な軌道を描いている。アレを響も確認していた。

 オッシアの言葉通りに周りも事が動いている。

 後は自分達だけ。上手く行くかは全てこの戦闘に掛かっているのだ。

 高度を下げて、火の手が上がる艦艇に二人で降り立つ。

 しかし——

 

「二人がケンカしてるなんて珍しいね」

「……え?」

 

 想定外の事態は何事にも付きまとっている。

 彼女にとってはそうであっても、他の人には予想通りなのもまた然り。

 

「でも、そろそろ止めさせてもらうよ」

「ひゅ、ひゅー君……」

 

 艦艇にはいつの間にか、ギアを纏った日向が立っていた。ただそのギアは以前のような鎧ではない。響達、奏者の防護服と同じような鎧部分の少ない軽武装に変化していた。そのおかげで彼の顔も露出している。

 響は驚いているようだが、未来は驚くよりも焦っていた。

 

(日向が来るなんて聞いてない……ブラック鏡華さんの嘘つき)

 

 オッシアから、響との戦闘は二人だけで行う。日向はギアを纏うにはまだ体調が万全じゃないと言われていたのだ。

 それがまさかこの大事な時に嘘をつかれるとは——流石はブラックだ、お腹も黒い。

 

「……邪魔するなら、日向が相手でも剥ぐよ」

「いや何を……本当に未来ちゃん、黒くなったね」

「遠見先生のせいだ、遠見先生許さず」

「二人共、きるゆー」

 

 そう言って、未来はバイザー越しに二人を睨みながら突撃した。

 響は自身の発する熱に顔を顰めながら構え、少し離れた所にいた日向も響と未来に向かって駆け出す。

 三つ巴の戦いが終わるまで残り——三分と五秒。

 ここでの戦いが終わるまで残り——


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