戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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 翼の戦闘に力を入れすぎて、章が四話経った今でも、響や未来が空気になってます。
 これではタイトル詐欺になりかねませんね(苦笑)
 ついでに、前作の修正をゆっくりとしていきます。変更点としては書き方をこちらと同じようにしたり、ルビの振り直し、などなどを予定しております。

 それではどうぞ。


 9/5:最後辺りに「風輪火斬」を追加しました。


Fine9 未来、日向に立つ花よⅣ

  —閃ッ!

  —戟ッ!

  —轟ッ!

  —裂ッ!

 

 槍同士の一撃が衝撃が海面を震わせ、海水を周囲に弾き飛ばす。ノイズが“彼女達”に襲い掛かってきていたが、その余波に巻き込まれ一体として彼女達に近付く事さえできないでいる。そも、彼女達は自分達に襲い掛かってくるノイズに気付いていなかった。

 共に一歩も退かず、腰を捻り、槍を持った腕を後ろに引き絞り——

 

  ——ASSAULT∞ANGRIFF——

 

  —輝ッ!

  —閃ッ!

  —裂ッ!

 

 一条の閃光となって奔る!

 切っ先はミリ単位もズレる事なくぶつかる。先ほど以上の衝撃が海をクレーターのようにヘコませる。

 技が終了した後も奏とフュリは槍を引くどころか、更に前へ突き進もうとしていた。

 

「——ぺっぺっ。うへぇ、海水飲んじまった」

「しょっぱい……頭からかぶっちまったし、イライラしてくるぜ、クソッ」

 

 衝撃で吹き飛んだ海水をまともに全身で浴びた二人は、腕の力を抑える事なく会話していた。

 

「イライラばっかじゃん、フュリ(あたし)。カルシウム取りな」

天羽奏(アタシ)に言われたくないよ、天羽奏(アタシ)の感情なんだから。——ところでカルシウムって何から取れるっけ?」

「ん? ……牛乳とかにぼし、じゃなかったっけ?」

「そんなん引きこもってる奴が取れるか馬鹿ヤローッ!」

「逆ギレ!? 流石のあたしも驚くぞ!?」

「だいたいリートもリートだ! いつも一人でどこか行きやがって、たまにはアタシも外に出させろってんだ!」

「……思ったんだけど、フュリ(あたし)っていつもどこで生活してんだ?」

「どこだっていいだろ。しかもアタシから誘わないと抱いてくんないし……クソっ、色々と欲求不満でイライラしてくる」

「あらら……ん? 抱いて?」

 

 思わず鸚鵡返しに聞き返してしまう奏。

 同時に腕の力がわずかに抜け、その一瞬の隙をフュリは逃さず拮抗を崩し、奏の槍を弾き横に薙いだ。槍で防げない奏はプライウェンを具現するが、プライウェンごと吹き飛ぶ。

 

「いてて……。って、違う。おいフュリ! 抱かれたってどう云う意味だ!?」

「え、そっち重要? いやまあ、どう云う意味って——そう云う意味?」

「ま、まさか……まさかっ」

 

 驚いている奏に、初めてフュリは照れたように——顔はまったく赤らめていないが——分かりやすく言った。

 

「えっち」

「へぅっ! あ、あわわわっ」

 

 自分を含め周りが戦闘中にか関わらず顔を真っ赤に染める奏。狼狽しすぎて槍を落としてる事に気付いていないし、リンゴやイチゴ以上に真っ赤に染めた頬に手を当てぶんぶんと振っている。

 とは云え、この場の二人しか聞いていない、と言えば嘘になる。戦闘が開始された当初から二課がずっと奏者全員の事をモニターしているのだ。当然、この会話も聞かれているが、奏とフュリは気付いていない。

 

「な、何やってんだーッ!?」

「何って、ナニだけど……」

「い、いくら何でもえ、えええっちするなんてっ、天羽奏(フュリ)にはまだ早いっ!」

「いや、天羽奏(アタシ達)って今年二十じゃん。早いってわけでもないんだけどなぁ」

「でもでもっ」

「生娘かっ!」

「花も恥じらう純血乙女だよっ! 生娘の何が悪いっ!?」

「いやその反応はおかしい」

 

 うがーっと天に両手を突き上げて叫ぶ奏に、フュリはその場で裏手でツッコミを入れる。

 すぐに額に手を当て溜め息を吐くと、手に持っていたロンを消して奏に背を向けた。

 

「怒ってないのに頭痛いぜ……興も削がれたし、アタシゃここでドロンさせてもらうわ」

「お、おいっ、話はまだ終わってないぞ! さっきの話を聞かせて……いや聞きたくないけど、聞かせろよっ」

「どっちなんだ……」

 

 ——まあどっちでもいいや。

 振り向かずフュリは肩を竦める。

 

「それを聞きたかったから、アタシの寝床まで来るんだな。大したもてなしはできないけど、ま、頑張んな」

「……フュリは、オッシアみたいにあたし達を恨んだりしてないのか?」

「そりゃ怒りがないっつったら嘘になるな。でも、いくらアタシが天羽奏の怒りの感情体(ゲフュールノイド)だったとしても——」

 

 ——天羽奏(アタシ)天羽奏(アタシ)だしな。

 そう言って、フュリは《遥か彼方の理想郷・応用編》でその場を後にする。

 周りが未だ戦闘中の最中、奏はバリバリと髪を掻きながら、

 

「……まいった。色んな意味で負けたわ」

 

 やれやれ、と云った様子で呟くのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

  —閃ッ!

 

 同海域・海上。そこを翼は疾走していた。同様に駆けるのは鞘の記録から具現した鎧を纏ったアーサー。

 互いに《阻む物無し騎士の路》を永続発動させ、波立つ海を地面同様に走り、交わる刹那に太刀となった天ノ羽々斬とカリバーンを振るう。

 

  —斬ッ!

 

 ぶつかり合う刃と刃。振り切られ、周りを衝撃が迸りより強い波を発生させる。

 すれ違い、翼もアーサーも振り返らず海の上を滑る。だが、次の瞬間に翼はその場で跳んだ。

 

「イメージ……」

 

 呟き、翼は体内のアヴァロンを発動。空中に具現化したプライウェンを逆さになった空中で着地する。即座に踏み込み真下へ急降下。

 鞘に納めた天ノ羽々斬を抜き放った。

 

  ——空ノ轢断——

 

  —閃ッ!

  —斬ッ!

 

 真上からの強襲、そして居合いによる一閃。

 それをアーサーは一歩後ろに下がって回避した。瞬間、

 

  —断ッ!

 

 パックリ——そう、説明するのが一番適切なほど、“海が割れた”。

 海底は見えないが、それでも数十メートルほど下が見える。

 それはさながら——海を割ったモーセの奇跡の如く。

 

「まだ……もっと。もっと聖遺物の力を引き出せッ」

 

 海に着地した翼は己を叱りつけるかのように呟き、刀を鞘に納め、再びアーサーへ駆ける。

 以前、作詞作曲家と云う裏方仕事のくせに、完全聖遺物をその身に保有している鏡華から聞いた事がある。

 聖遺物を、完全聖遺物並みに力を引き出すにはどうすればいいのかを。

 鏡華は答えてくれた。

 

『完全聖遺物並みか……。聖遺物を本来の在り方に近付かせる、かな』

 

 首を傾げ疑問符を浮かべる翼に、鏡華は頭を掻いて棚から本を探し始めた。

 

『いい? 聖遺物ってのは、神話や伝承に登場する英雄たらしめる、神たらしめる武具の事を指している。武具イコール誰なのか、みたいに、人によっては武具から伝承や神話を連想させる事ができるほど、武具は重要な意味合いを持つ事が多い。例えば、ヴァンのエクスカリバー。知ってる人はすぐに騎士王伝説の武器、アーサー王の武器、などと連想できる』

 

 反面、マイナーな武具は分からないけど。

 目当ての本を見つけたのか、取り出した本をパラパラと捲り眼を落としながら鏡華は言った。

 

『翼の場合、使用している聖遺物は天ノ羽々斬。正直この武具は有名かどうかと問われたら、有名じゃないと俺は思う。神話で天ノ羽々斬を使っていた神、素戔男尊(すさのおのみこと)と云えば八岐大蛇(やまたのおろち)草薙剣(くさなぎのつるぎ)が関連づけ易いだろ?』

 

 話が脱線したな、と鏡華は続きを紡ぐ。

 

『シンフォギア・システムは歌によって聖遺物の力を引き出している。でも、それは聖遺物本来の力じゃない。奏者の実力に合わせられるように三億近いロックを掛けて抑えている。絶唱も膨大なエネルギーだけど、それでも全力じゃない。それに加えて、聖遺物は認知されているかも重要な意味合いを持ってくる。認知度が低い聖遺物は特性を理解されにくい。それ故に十全に力を発揮されないんだ。……うん? 今の天ノ羽々斬のロックはどこまで解除されたか? いやいや翼さん、俺は確かに養母さん……櫻井教授の知識を覚えてはいるけど、研究者じゃないんだ。シンフォギアのロック解除なんて分かるわけありませんって。——まあ、エクスドライブ込みで三割近く解除されてたら儲けもんだろ』

 

 予想外の少なさに落ち込みそうになる。

 そんな自分を鏡華は慰めるように頭を撫でて笑って続ける。

 

『さて、ロック解除されていないから聖遺物は本来の実力を発揮できない。でも完全聖遺物並みに力を引き出したい。ならどうするか。——簡単だ、使用者が枷を解いて、聖遺物の認知を上げて、本来の力を引き出してやればいい』

 

 呆気に取られ顔を上げる自分を見下ろし、ニヤッと笑う。

 

『枷はシステムだけが解けると思っていたか? それが違うんだな。現に翼達はすでに一度、限定的に解除した事があるんだぞ。……そう、エクスドライブだ。アレを纏う事になった要因と、初めに俺が言った言葉を思い出して、翼自身で強制解除の方法を探してみな。認知はその過程である程度なんとかなるから。でも、無理はしちゃ駄目だ。強制的に解除すると云う事は代償をその身に受ける、と云う事に他ならないんだから』

 

 翼はその話を聞いてからずっと強制解除の方法を模索していた。実際に強制解除するのは危険すぎて、実際に行ったのは昨日、初めて鞘の内包結界に入れた時だけだった。やりすぎて血の水溜まりを作ったのは奏にも秘密だったが。

 

(だが、限界を知る事ができた。結果的には良かったと云える)

 

 アーサーの連撃を紙一重に等しいほどのタイミングで弾き、反撃せずに“わざと”蹴りを防いで吹き飛ばされる。宙を飛ぶ最中に海を蹴り、後方に跳び身体を反らし回転しながら距離を取った。

 ただ強制解除しただけではアーサーに届かない。この攻防の一合目で分かっていた。

 一息では届かない距離まで離れ、翼は切り札を更に切る。

 

「八雲統べる闘神よ、かしこみ、かしこみ、申し上げる」

 

 朗々と張り上げた詩による詠唱に、天ノ羽々斬が反応した。

 刀身が震える。胸元のコンバーターも微弱だが震えていた。同時に身体の内側からミシリと嫌な音が聞こえる。

 まだ聞こえただけだ、と翼は不敵に笑う。これはまだ序の口だ。

 

『ザザッ……——をしている、翼ッ!』

 

 不意に、切っていたはずの通信が入り、弦十郎の怒鳴り声が耳をつんざく。

 大方、藤尭さん辺りが復旧させたのだろう。見事な手並みだ。

 

『天ノ羽々斬、更にエネルギー増大! このまま増大すれば数分以内に臨界点を迎えます!』

『翼さんとの適合係数、未だ上昇中! なのにバックファイアが……嘘、バックファイアが奏者を蝕むと同時に治癒されていきます!』

『聞こえているだろう! 返事をしろっ、翼ァッ!!』

 

 通信の回復と同時に様々な情報が耳に入ってくる。

 天ノ羽々斬に意識を向けつつ、通信に答えるために口を開く。

 

「問題ありません司令。強制解除した影響です、周りに被害が及ぶ事はありません」

『強制解除、だと? ……ッ、天ノ羽々斬のギアはどうなってる!」

『……そんな。天ノ羽々斬のロック、解除(アンロック)されていっています! 一万……三万……八万……解除、止まりませんっ!!』

『こちらからの操作、受け付けません!』

 

 操作できないのは当たり前だ。聖遺物自身が解除していっているのだから。

 鞘から手を離し両手で柄を握り締める。途端に刀身をしまっていた鞘が砕け散り、一回り刀身が大きくなった刀——否、剣が姿を見せる。

 

(強制解除させるための詩と詠唱一節で解除できるのは、身体のバックファイアも考えて少し……十万ぐらいが妥当か)

 

 全体の一割未満のロックが解放されただけなのに、聖遺物の力をこれまで以上に感じる。

 弦十郎達オペレーター達は対処に必死になっているが、本当にまだ大丈夫なのだ。

 まだ“詠唱はいくつか残っている”のだから。

 

  —震ッ!

 

 海上を踏み抜き、アーサーに迫る。その速度は詠唱の前よりも格段に早い。翼も数歩だけ自分の早さに置いていかれそうになったが、すぐに身体を慣らして自分の速度とした。

 

  —斬ッ!

 

 右上からの斬り下ろしの一閃。

 アーサーはそれを受ける事も、剣で捌く事なく、剣の軌道をジッと見つめながら躱した。頷いて、剣を振るう。

 

  —斬ッ!

  —戟ッ!

 

 剣閃裂光!

 今度はどちらも得物を振り切る事なく鍔迫り合いに持ち込む。

 

「……詩によって主を偽り、元の主と誤解させて力を引き出しているのだな」

「誤摩化しと言ってほしいです。それに代償は支払っているので」

「鞘の力ですぐに直しているがな」

「それは大目に見ていただき、たいッ!」

 

  —戟ッ!

 

 一瞬、互いに剣を離して、一呼吸置かずに一撃を打ち込む。

 今度は振り切る。ならば、と翼は左足を踏み出し、右下から振り上げた。今度は右足を踏み込み一閃。

 

  —斬ッ!

  —斬・斬・斬・斬・斬斬斬斬斬斬ッ!

 

 何十、何百の斬撃がアーサーを襲う!

 しかし、その斬撃を、全ての斬撃を、アーサーは、

 

  —戟ッ!

  —戟・戟・戟・戟・戟戟戟戟戟戟ッ!

 

 躱す事なく鏡合わせのような、まったく同じ軌道を描いた斬撃で防いでみせた。

 化け物め、と内心で叫ぶ翼は、それでもなお攻撃の手を休めない。

 アーサーも遊んでいるわけではない事は鏡華の顔と瞳を見れば分かる。いくら人が違っても、肉体は遠見鏡華のものなのだ。翼が見間違えるはずがない。

 

  ——蒼ノ一閃——

 

  —煌ッ!

  —斬ッ!

 

 目の前で蒼い斬撃を放つ。

 そこで初めて、アーサーは初めて斬撃を防ぎながら後退した。

 好機ッ、と翼は詠唱を重ねる。

 

「八雲立つ、出雲八重垣、妻籠に、八重垣作る、その八重垣を」

 

 ミシリ、と、更に身体が悲鳴を上げる。

 喉から口へと込み上げてくる液体を飲み込む。鉄の味がしたので血だろう。

 

(内包結界で試した時より、限界が早い……。ならばッ!)

 

  ——蒼ノ一閃・追滅——

 

  —輝ッ!

  —轟ッ!

 

 極大の斬撃を連続で放つ。

 距離を取っていたアーサーは躱さずに盾を具現化、全斬撃を受け、余波が水飛沫を巻き起こす。水飛沫に隠れてアーサーの姿が見えなくなる。

 追撃を加える一瞬を放棄した翼は、一度だけ深呼吸をして、眼を閉じて、詠唱を更に加えた。

 

「駆けよ、雷光より最速なる風の如く」

 

 ——隠せよ、無の境地に誘わん林の如く

 ——破れよ、怒濤なる閃きは烈火の如く

 ——鎮めよ、動じぬ鎧纏い正に山の如く

 

 四節もの詠唱を一息に言い切る。

 響く言葉は、翼の心象を表す言葉。普通にシンフォギアを纏っている時に歌っていた歌詞にも含まれる翼の言葉。天ノ羽々斬に元の主と誤認させていた二節の詠唱とは違い、翼自身の詠唱だ。

 姿を変えていた天ノ羽々斬が再び刀の形に戻る。同時に、ただでさえ少ない鎧と呼べる部分である二の腕と太腿の鎧が弾け飛んだ。

 激痛が体内を襲っているはずなのに、翼は静かに閉じていた眼を開いた。その眼は充血によってか赤く染まっている。

 赤く、朱く、紅く——彼女とは正反対の色。

 翼は静かに一歩、右足だけ動かした。その身を覆い立ち上る蒼いオーラも、ゆらり、と揺れる。

 水飛沫が消え、姿を見せたアーサーに、ややあって翼は、口を開いた。

 

「——参る」

 

 瞬間、アーサーが何もない所へエクスカリバーを振るった。

 

  —戟ッ!

 

 なのに、その音はしっかりと響き渡った。

 そこには、刀を振り下ろした翼の姿。一息では届かない距離を詰めて、翼はアーサーに迫っていた。

 

  —閃ッ!

 

「ッ……まさか、これほどまでに速度を上げてくるか」

 

 聖剣で防いだアーサー。だが、その表情は今までのような穏やかなものではない。

 彼のこめかみから顎へ一筋の水が流れ落ちる。それが冷や汗なのか、海水なのか、彼自身でも分からなかった。

 

「ハハ……まさか女性と死合いまで発展するとは。我が騎士達が知ったら、驚くであろうな」

 

 かつて、アーサーはほぼ無敵の騎士だった。

 即位当時は誰も彼に勝つ事は敵わなかった。円卓の騎士として選ばれた騎士も、アーサーに勝つ事ができたのはほんの一握り。

 それが、たった今、一人の少女が、騎士王を追いつめているのだ。

 

  —閃ッ!

  —戟ッ!

 

 刀と剣がぶつかり、甲高い音が響き渡る。

 今度こそ、海がヘコんだ。衝撃の余波だけで、二人が立つ場所から半径五メートルの海が陥没したのだ。

 

  —裂ッ!

  —轟ッ!

 

 そこだけは、さながら小さな台風。翼とアーサーが台風の目となり、周囲が刃の風で吹き荒ぶ。

 相手の一撃を躱し、防ぎ、得物を振るう。互いに一つの剣舞となり、海の上で斬り結ぶ。

 騎士王相手に拮抗している——もし二人の剣舞を見ている者がいたら、そう思うだろう。だが、実際の所は——

 

  —疾ッ!

  —斬ッ!

 

「くっ……!」

 

  —疾ッ!

  —斬ッ!

 

「くぅ……っ! ここまで速くなるかッ!」

 

 徐々に、しかし確実に翼が押し始めていた。

 音も予備動作もなく移動し、アーサーの死角から斬り込む翼に、アーサーがコンマ数秒遅れて反応し苛烈な一撃を防ぐ。

 これの繰り返しだが、僅かコンマ数秒の遅れがアーサーを劣勢に追い込んでいた。

 

(まだ、まだ加速するか……!)

 

 天ノ羽々斬のシンフォギアは機動性に優れている事は、鏡華の記憶から識っている。だが、ここまで加速するとは予想もしなかった。

 流石のアーサーも驚きながら、死角からの一撃を全て弾き返す。それでもなお、翼は神速とも呼んでも過言ではない速度で死角に入り、天ノ羽々斬を振るう。

 

  —斬ッ!

 

 加速。また加速。

 次第にアーサーの眼に、翼の姿はブレ始め、いつしか彼女の姿自体見えなくなる。唯一、充血し紅に染まった瞳と蒼いオーラの描く軌跡と騎士としてのカンだけで剣舞を防いでいく。

 気付けば、アーサーはその場から動けなくなっていた。翼の速度がオーラの残像を残し、いつしかアーサーを覆う結界のようになっている。

 

「っぅ、おおっ——!」

 

 ここでアーサーは己が失策に気付いた。生前であれば、“こう云う”敵の場合、盾なり槍なり使って、相手の行動を阻害していた。にも関わらず、彼女との決闘ではほぼ聖剣しか使っていない。相手の戦闘スタイル、武装、シンフォギアのタイプを理解した上で判断したのだ。

 ——成長はすれど、聖剣で対応できる。

 そして、その判断は見事に外れ——追い詰められていた。

 

  —閃ッ!

  —戟ッ!

 

「ッ——!」

 

 度重なる連撃についにアーサーの手から聖剣が弾き飛ばされる。通常であればすぐに具現化すれば問題ない。

 だが、今回は相手が速さに特化した翼だった。

 

「風鳴らせ刃、輪を結べッ! 火翼以て斬り荒べッ!!」

 

 アーサーが気付く前に、彼を覆っていた結界のような蒼いオーラの残像が色を変える。

 蒼から——緋色へと。

 そして、数秒か数十秒か。剣戟の間、捉えきれなかった翼の姿をようやく見る事ができた。

 二刀の柄を合わせ、炎を纏った天ノ羽々斬を構えている翼。充血しすぎて血涙を流し、更に口や身体のあちこちから流血している翼。だが、その瞳はまったく揺らいでいなかった。

 それを見て、アーサーは確信した。

 

「ああ——私が、負けるか」

 

 何かしらを具現化する事はできる。だが、その前に翼の刃が確実に身体を斬り裂くだろう。

 内包結界を使えば、確実に躱せる。だが、騎士であるアーサーはそんな卑怯な真似はできなかった。

 そしてついに、

 

  ——風輪火斬——

 

   —斬ッ!

 

 決着が、ついた。


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