戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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過ぎ去りし日々はもう遠く、夢幻(ゆめまぼろし)と残るだけ。
星霜の果て、辿り着いた先で待つのは、
繋ぎ合う為の手? ――それとも断ち切る為の拳?

Fine8 未来、日向に立つ花よ

あなたと交わした永遠(トワ)の約束。
大丈夫、きっと大丈夫だから。だから、ゴメンナサイ。


Fine9 未来、日向に立つ花よⅠ

 海上の一角、そこは既に戦場と化していた。

 数隻の船——米国所属の哨戒艦艇。その全ての甲板にはノイズが出現している。だが、一隻だけは駆逐され、甲板には対峙している複数の戦士。

 シンフォギアを解除して拘束されている調と調を拘束している防護服を纏ったクリス。ここはもう決着がついているらしく、私服姿の調は抵抗する素振りを見せず大人しくなっていた。

 防護服を纏い、共に天ノ羽々斬とエクスカリバーを構えている翼とヴァンの前には、イガリマを担ぐように構える切歌とプライウェンに腰掛け、場の空気など気付かないかのように瓶に入った酒を飲んでいる私服の鏡華が。

 そして、その全員が視線を同じ方向へ向けていた。

 

「————」

 

 だらりと槍を持つ腕を下げガングニールの防護服を纏った奏が、とある奏者の前に立っていた。

 彼女の表情は鬼気迫るモノがあり、いつもの雰囲気など微塵も感じさせていない。

 

「——答えろ」

 

 呻くような声。

 それに誰も答えない。奏が声を向けたであろう奏者も答えない。

 奏ではお構いなしに言葉を続ける。

 

「その聖遺物を、神獣鏡(シェンショウジン)をどこで手に入れた」

 

 奏の目の前に立つ奏者。

 下半身を隠す布が少ない中華風の防護服。それを補うように足には鎧のような脚部ユニットが装着されている。左手には分厚く平らな扇を閉じたような武器が握られている。

 そして頭部に付けられたヘッドギア。そこから覗く顔は、

 

「それを――どうして未来が神獣鏡(そんなもの)を纏ってるんだっ!!」

 

 見紛う事なく——小日向未来、その人だった。

 しかし、奏が憤怒の殺気を周囲に放ってなお、未来の光ない瞳に変化は見えない。

 それを見て彼女の怒気はますます膨れ上がる。ビリビリと艦艇自体が震える。

 

「な、何なんデスか。あいつのキレ方は……!」

 

 翼とヴァンの前で油断なく構えていた切歌。今では奏の怒気によって震え上がっていた。

 しかし、それは切歌だけに限った話ではない。切歌だけでなく、翼とヴァンも気付かない内に武器を握る手を振るわせている。

 それほどまでに奏から発せられる怒気の重圧は重く、激しい。

 

(……ほんと、なんだってんだ。あたしの怒り(これ)

 

 そしてそれは、奏自身も驚くほどだった。

 どうしてここまで怒るのか。今まで怒る感情なんて“忘れていた”のに、今になって湧き上がってきた。

 疑問は尽きないが、奏はこの激情を止められない。

 

「応えないってのなら——力づくで剝がしてやる」

 

  —閃ッ

 

 槍を回し、体勢を低く構える。

 それはまるで奏自身が一振りの槍の如く。

 

「奏ッ!」

「馬鹿野郎! 本気で貫くつもりかよ! そんな事して、あの馬鹿になんて説明すんだ!!」

 

 後ろから翼とクリスの声が聞こえるが、声を発する時間すら惜しい。

 

「——ぅうおおぉおおおぉおぉおおぉぉおおおおっっ!!」

 

 重圧に今気付いたかのように未来は敵愾心を剥き出しにして吼える。頭部のヘッドギアが変形しバイザーとなって未来の両目を隠した。

 両足の脚部ユニットが唸り、ホバーで未来は駆ける。

 同時に奏もその場から飛び出す。

 もう誰にも二人を止められない。どちらかが倒れるまで傍観してるだけなのだろう。

 そう——誰もが思ってた。

 

  —戟ッ!

 

 しかしそれは、誰も予想しない人物に止められた。

 未来の扇形の武器を槍で受け止め、奏の槍は穂先を素手で掴んでいる。

 

「なっ……」

 

 その驚いた声を上げたのは誰だったか。

 しかし、そんな事を詮索する者は誰もいない。

 

「ギャーギャーとうるせーな。近くにいたからってアタシの感情を“引き出してんじゃねぇよ”」

 

 顔を顰めながら、“彼女”は口を開く。

 

「……こうして、あたしと会話すんのは初めてだよな。最初会った時は無視しやがって」

「どっちも旦那が一番だからな。別にいいだろ、なあ?」

「そーだな——フュリさんや」

 

 奏の槍を握り締めながら、天羽奏は、フュリ・アフェッティは笑う。

 その瞳はこれっぽっちも笑みを浮かべず、怒りに燃えていたが。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 一体、どういった経緯でこうなったのか。

 始まりはほんの十数分ほどまで遡る。

 同海域上空を飛行していたフィーネのヘリを米国所属の哨戒艦艇が見つけ追いかけているのを、見つけた時から始まる。

 どうするか迷う調や切歌をよそに、ウェルが半ば己の享楽のために艦艇殲滅を提案。

 調が真っ先に反対したが、マリアが賛成の意を示したのだ。

 以前は防衛のための出撃さえも躊躇ったマリアが、だ。

 それに調は戸惑い、言葉を返す事ができなかった。代わりに日向を見たが、

 

「好きにすればいいさ」

 

 その一言だけで、それ以上何も言ってはくれなかった。

 オッシアも同様に、口を閉じたままだ。

 ウェルの操作でノイズが放たれ、しばらくはヘリで傍観していた調だったが、いつしか我慢できずにマリアに話し掛けていた。

 

「マリア。こんな事がマリアの望んでいる事なの?」

 

 マリアは何も答えてはくれない。

 それでも調は問い掛ける。

 

「世界中の人達を、弱い人達を救うために本当に必要な事なの?」

 

 マリアは答えない。

 でも——応えてくれた。

 ツゥ、とマリアの口の端から流れる一筋の血。無理矢理の笑顔。

 それを見て、調は気付き、勝手に理解した。

 

「うん、分かった」

 

 そう言うと調は操縦室から出て、近くのヘリのドアを開いた。

 

「調!? どこ行く気デスか!?」

「私は世界を救うとか、守りたいわけじゃない」

 

 調を見つけ疑問をぶつける切歌に、調は答えでなく自分の想いを喋る。

 

「マリアがフィーネだからじゃないよ。マリアのお手伝いがしたかったから」

「調……?」

「身寄りがなくて泣いてばかりの私達に優しくしてくれたマリア。弱い人達の味方だったマリア。だから、マリアが苦しんでるんだったら私が助けてあげる。そのために——私はここにいるんだ」

 

 最後にふわりと微笑むと調はヘリから飛び降りた。一瞬だけ、切歌の声が聞こえたがすぐに風が声を掻き消した。

 調は聖詠を歌いシンフォギアを纏い艦艇に丸鋸を放つ。

 ノイズが炭化するのを確認せず着地しつつ頭部のアームを変形させ巨大な鋸にしその場で身体ごと回転。近くにいたノイズは上半身と下半身に両断された。

 ノイズを攻撃を避けながら炭化させていく調。

 彼女の背後から攻撃しようとしたノイズがいたが、それは別の誰かの一閃によって攻撃する前に炭化した。

 

「……切ちゃん」

 

 切歌も同じ気持ちだったのだ、と調は思った。だからこそ後を追ってノイズを倒してくれた。

 ——ありがとう。

 そう言いたかった。切歌が首筋に何かを突き立てなければ。

 プシュッと軽い音と共に自分の身体に何かが注入されるのを理解した調はよろよろと切歌から距離を取った。

 

「切ちゃん……どうして?」

「あたしだって、マリアのあんな姿みたくないデス」

 

 壁を背に凭れ、身体から抜けていく力を必死に押さえ込みながら、切歌の声に耳を傾ける。

 それでも力を抑えるどころか、抑える力も失われていってしまう。

 

(LiNKER? でも、この前とは違う。適合係数を下げてる……?)

「でも、あたしには時間がないんデス。あたしが……あたしじゃなくなるかもしれない。そうなる前に何かを(のこ)しておかないと。そうしないと、調に忘れられちゃうかもしれないデス」

「切ちゃん……一体、何を……?」

「ドクターの事は嫌いデスけど……世界を守るために、調との思い出を遺すために——あたしはドクターのやり方で世界(おもいで)を守るデス!」

 

 そう言って切歌が手をこちらに差し伸べてくる。

 でも、調はその手を掴む事ができなかった。立っている事も厳しく、ズルズルと凭れたまま座り込んだ。

 その時、海上から突然ミサイルが飛び出してきた。ハッチのような扉が開き、そこからクリスとヴァンが跳ぶ。

 迎撃しようと大鎌を構える切歌だが、今度は反対の海からも気配を察し慌てて振り向く。

 そこには翼と奏が海から跳び込んできていた。切歌は知りもしなかった《阻む物無し騎士の路》を使って海の上を、二人は海上を“走って”きたのだ。

 まさかの挟み撃ちに、切歌の対応が遅れる。

 その隙にクリスが無抵抗の調を拘束し、翼が切歌に向かって剣を振るおうと構える。

 

(回避、いや防御——どっちも間に合わないデスッ!)

 

 絶体絶命。はっきりと感じた切歌は思わず眼を閉じる。

 

  —閃ッ!

  —戟ッ!

  —轟ッ!

 

 激しい音。

 だけど、痛みはなかった。

 恐る恐る眼を開けると、目の前で剣と剣が火花を散らして拮抗していた。

 

「な……何故っ!」

 

 翼が驚愕の声を上げる。

 まあ、そうだろう。だって、彼女の剣を止めているのは彼女の味方なのだから。

 

「ふむ……女にしては()い腕だ。やはり世界は変わったな」

「オーサマ……何で」

「助けてはならなかったか? 鍛錬の成果を披露できずに終わるのは忍びないと思ったのでな」

「あ、ありがとうデス」

 

 うむ、と頷いた鏡華——アーサーは腕に力を籠めて翼を弾き飛ばす。

 距離が離れると、アーサーは剣を消して宙に具現したプライウェンに座り、懐から瓶を取り出した。

 

「……ジュース?」

「記憶にあったニホンシュと云う酒だ。飲みたくてわざわざ買ってきた」

「こんな時にどこ行ってやがるデスかっ!」

 

 切歌の怒鳴る声に、笑って誤摩化し瓶を呷り酒を飲むアーサー。

 そんな様子を見て、剣を構えたままの翼が問い掛ける。

 

「鏡華……いえ、違う。あなたは誰だ」

 

 鏡華が纏う雰囲気とは違う。それよりもっと重い何か。

 だから、翼は無意識に目上と接するような感じで話していた。

 

「……ああ、そうか。そなたが鏡華の想い人の一人か。そうかそうか、それは少し悪い事をした」

「……あなたは」

「アーサー・ペンドラゴン。鞘の元担い手であり、かつて騎士を束ね、後世に騎士王と呼ばれている者だ」

 

 もっとも生前にそう名乗った覚えはないがな。そう付け加えて酒を呷るアーサー。

 まさかと翼は思ったが、奏と視線を交わして頷く。

 アヴァロンは記憶する鞘と鏡華は言っていた。ならアーサーとしての記憶も残っていたのだろう。まさか鏡華の身体を乗っ取っているとは露にも思わなかったが。

 

「さて、この場にほとんどの奏者は揃ったが……どうする?」

 

 寛いだ姿勢のまま、アーサーは全員に向かって問い掛ける。

 クリスは調を拘束しながらウェルを探している。ヴァンはその近くで周りを警戒している。翼と奏は切歌とアーサーと対峙。そして、今奏者達が立つ哨戒艦艇以外はノイズの襲撃に未だ晒されている。

 

『今、そっちに緒川が向かっている! それまで奏者の拘束を続けてくれ!』

「……あたしがノイズをぶっ飛ばしてくる。翼、ヴァン! 切歌と騎士王の相手を頼む」

 

 弦十郎からの通信を聞いて、奏が他の艦艇へ向かうために踵を返す。

 ヴァンもクリスから離れ翼の横に並ぶ。

 これでアーサーはともかく切歌は奏を止めるのは難しくなる。奏は一度息を吐いて跳ぼうと足に力を籠めて、

 

  —輝ッ!

  —轟ッ!

 

 閃光と爆音によって、跳ぶ事はできなかった。

 アーサーを除き、何事だと辺りを見回していると、歌が聞こえてきた。

 普通の歌ではない歌を、この場の誰もが——モニターしている誰もが、その歌が何か知っていた。

 そして——奏はその歌詞に含まれた単語に反応していた。

 

(シェン)獣鏡(ショウジン)……だと?」

 

 爆心地を覆っていた煙が晴れていく。誰かがそこに立っている。

 完全に晴れた時、誰なのかがはっきりと分かり——

 そして、時は初めに巻き戻り、正常に動き出す。


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