戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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 大変お待たせしました。最新話です。
 前回投稿してから最近まで、実習や学校のシステム変更などでまったく執筆ができない状況でした。
 シンフォギアGXが始まるまでには本作も原作話「デステニーアーク」付近までには入りたいです。

 それではどうぞ。

 *6月28日
 GXの放送日を勘違いしておりました。一週間では流石に何話も更新できません。
 一話か二話、投稿したいと思います。
 申し訳ありません。


Fine8 騎士王Ⅵ

 ——暗転。

 

 王となる前、己の運命を知らなかった若き騎士がいた。

 正面には岩に突き刺さった聖なる剣。その隣に佇むローブを纏った魔術師。

 聖剣を前に若き騎士と魔術師は言葉を重ねる。何を言っているのかは聞き取れない。それでも耳を澄まして一文だけ聞き取る。

 

『私が王となる。それでこの国に平穏を与えるならば、喜んで抜こう。だが魔法使いよ、憶えておけ。私が剣を抜くのは運命によって定められているからではない。私がそう決めたからだ!』

 

 騎士の宣言と共に引き抜かれる剣。

 何人たりとも抜く事が叶わなかった王を選定する剣が無名の騎士によって抜かれた出来事は瞬く間に国全土に広まっていく。

 

 

 ——暗転。

 

 

 どこかの広間に何十人もの人間が中央を囲うように集まっていた。

 屈強な騎士がいれば見目麗しい騎士もいる。騎士ではない者、一戦を退いた齢の者もいた。

 その場に集まった者の視線は一点に注がれている。

 広間の中央。そこでは二人の騎士の剣の腕が披露されていた。

 片や名の知れた騎士。

 片や選定の剣を抜いた若き騎士。

 剣戟はそれほど長く続かなかった。若き騎士が相手の剣閃を抜けて首筋に聖剣を押し当てた事によって幕を閉じた。

 若き騎士の勝利。しかし場は静寂だった。勝った事を告げる声もなければ、彼に対して悪態を吐く声も、彼の勝利を喜ぶ声もない。

 剣を納めた若き騎士は広間の奥に一段高く鎮座する椅子——王座に座る。

 同時に今まで観戦していた者は、剣を交えていた騎士も含めて、一斉に膝を折り頭を垂れた。

 

 その日、国に新たな王が生まれた。誰よりも若い王が。

 

 

 ——暗転。

 

 

 即位の日から何年経ったのだろうか?

 もしかしたら一年も、一月も経っていないのかもしれない。即位が決まる前かもしれない。

 部屋には若き騎士と魔術師の二人だけ。

 魔術師は持っていた黄金の鞘を若き騎士に渡す。

 何を言ったのか、それは聞き取れない。

 二言、三言、言葉を交わして鞘は若き騎士の中に消えた。

 

 

 ——暗転。

 

 

 苦悩する若き騎士であった騎士王。

 姿は変わらずとも、成熟した彼の表情は決して良い顔ではない。むしろ苦悩に満ちている。

 彼がいる豪華だったろう部屋は見るも無惨に荒れ果てている。家具は壊れ、布製の物は千切れ、書物は破れ、部屋中に飛び散っていた。

 それでも騎士王は顔を手で覆いながら部屋の中で暴れ回る。彼の“背中から生えた”(アカ)く白い翼と尻尾が、家具を、布を、書物を破戒していく。

 そんな彼を部屋の片隅で見守る魔術師とローブを着て頭だけ見せている女性。

 一頻り暴れ、落ち着き、翼と尻尾が消えた騎士王は崩れるように床に座り込み、荒い息を吐いている。

 騎士王の許に近付き何かを話す魔術師と女性。

 頷いた騎士王は自分の胸に手を当て鞘を取り出し、それを女性に渡した。

 女性は受け取った鞘に手をかざし、何かを唱える。

 

 それを最後に視界が暗闇に染まっていく。

 これまでのように暗転するのではないのを感じ、これが最後の記憶だと分かった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 世界に色が戻ってくる。だがはっきりとした色にはならない。それがこの世界だ。

 全てを見て、識った鏡華は閉じていた眼を開き、正面を見据えた。

 

「それが、騎士王が鞘を所持した間の記憶だ」

 

 ウェルシュがティーカップを傾ける。

 

「この後、鞘はどうしたんだ?」

「あの女が施したのは鞘の封印だ。あれ以降の記録はそなたが所有した時からのしかない」

「女……文献とかに従えば、あの女性はモルガン・ル・フェイなんじゃないか?」

「そうだ。モルガン・ル・フェイ、アーサーの異父姉であり魔術師の弟子」

「奪われたって書いてあったけど、実際は違ったのな」

「だから言ったであろう。覆せぬ人の記憶と都合の良いように記せる書物等の記録は違うと」

「そこまでは言ってねぇけどな」

 

 スコーンを口の中に放り込み、ティーカップに注がれたお茶で流し込む。

 行儀の悪い食べ方だが、ウェルシュは何も言わずスコーンを食べる。

 

「さて、遠見鏡華。そなたはこれからどうする?」

「ハッピーエンドで一連の事件を解決する。もちろん俺が、なんて言わない。皆でだ」

「即答か。しかし、アルビオンが邪魔をするぞ」

「あいつは何とかする。そのために……」

 

 立ち上がり、鏡華はカリバーンをその手に顕現させる。

 

「お手合わせ願います、騎士王」

「だから私は肉体は騎士王であっても精神は竜なのだが……まあよい」

 

 口許をナプキンで拭い、ウェルシュも立ち上がった。

 同時にテーブルと椅子、食べ物が消える。

 

「先に言っておく、そなたがここにいるのは決して会話するだけでない。そなたの魂に休息を与える事も含まれているのだ。手合わせなどすれば休息どころではなくなるぞ?」

「休息しなかったら日常に害はあるんですか?」

「すぐには出ない。だが、確実にいつか肉体的にも精神的にも障害が現れるだろう」

「すぐじゃないのなら今休む理由にならないな。この一件が終わったら休ませてもらうさ」

「軽く考えるでない。そなた以外の所有者はアーサーしかいない。そのアーサーでさえ“途中で手放した”のだ、どんな障害がそなたの身を脅かすのか、いくら騎士国の竜王(ペンドラゴン)だろうと分からないのだ」

 

 口調の変わらない、それでも自分の身を案じてくれているウェルシュに、鏡華はわずかに笑みを見せた。

 確かにウェルシュの言葉は正しい。最後まで鞘を所持すると決めた以上何が起こるかなど分からない。鏡華自身がある意味で実験体、被検体なのだ。

 それでも、今は立ち止まるわけにはいかない。

 

「ウェルシュ。知ってるかどうかは知らないけど、俺はちょっとばかり“ズレ”てんだ」

 

 唐突な会話。

 顕現させたカリバーンを下す。表情は前髪に隠れて伺えない。

 ウェルシュは何も言わない。

 

「俺が鞘を手に入れた時——いや、正確には片腕を炭化されて死にかけた俺を、父が助けるために鞘を埋め込み、目の前で両親が炭化した時、俺を構成する何かが壊れた」

 

 それは鏡華だけでなく奏やヴァンにも当て嵌まった。

 奏ならば、家族の死を見た事による両親の記憶の消失。

 ヴァンならば、家族(クリス)の死と守るために犯した殺人による死に対する抵抗感の消失。

 そして鏡華は——

 

「両親の死、自分の腕が炭化してから再生した事による、傷付く事に対する恐怖の消失」

 

 身体に受けるダメージはしっかりと通る。痛いものは痛いと感じる。

 しかし、それだけだ。

 

「何度も自分で自分の首を絞めている事に気付いた。……そう、“気付いたんだ”。始めるまで気付かない、傷付けていても気付かない事だってある」

 

 以前、旧リディアン校舎の屋上から地上へ飛び降りた事がある。着地したら足が痺れるとか痛そう、とは思う。ただし思うだけ。

 フィーネとの戦闘でノイズに身体中を串刺しにされた事がある。かなり痛かったし気絶もしてた。そんな感想を後になって口にしただけ。

 立花の家を見て、八つ当たりで拳を自分の血で染めた事がある。地味に痛かったし、奏にも痛みを与えてしまった。奏に言われるまで殴っている事さえ気付いてなかった。

 

「安心しなよウェルシュ。いつか壊れるじゃない。もう壊れてるんだ。だから、これ以上壊れても問題はない。それ以上に大切な事があるんだ」

 

 やらなければならない事がある。

 終わらせなければならない事がある。

 置いてきてしまった愛しい人達がいる。

 守らなければならない人達がいる。

 だからこそ、

 

「今は、立ち止まるわけにはいかないんだ」

 

 自分はこれ以上負けるわけにはいかない。

 これ以上、終わりを遅らせるわけにいかない。

 これ以上——待たせてるわけにはいかなかった。

 

「何度でも言うぜ、俺は。すぐに身体に障害が出ないなら今休む必要なんかない。後で休めるんなら、全部片付けてからいくらでも休むさ。遥か彼方の理想郷へ辿り着いてからな」

 

 カリバーンを構え、騎士甲冑を身に纏い、堂々と宣言する。

 その姿は——かつて選定の剣を抜く直前のアーサーそっくりだと、ウェルシュは感じた。

 

「……これ以上の言葉は不要か」

 

 溜め息に似た吐息を漏らしたウェルシュ。指を鳴らして世界を創り替える。

 新たな世界は色や形を持っていた。鞘の記憶にもあった大広間だ。

 

「ならばもう止めぬ。“貴様”の好きな様にするがいい」

「ありがたき幸せ。彼の騎士王直々にお相手してくださるとは、恐悦至極の至り」

「フン、何を勘違いしている? 誰が貴様の相手をすると?」

 

 その場からふわりと吹き上がるウェルシュ。

 高い位置で止まり、背中から赫い泡が漏れ出し翼の形を成す。泡は更にウェルシュの身体を包み込んでいく。

 

「貴様の相手は騎士王と云うだけの人間ではない。——最後にもう一度だけ名乗ろう』

 

 泡が全身を覆い、いや全身以上の大きさで形を成していく。

 その形が固定され泡が泡でなくなった時、その場に存在したのは間違いなく、

 

『我は赫き騎士竜王(ウェルシュ・ペンドラゴン)——赫い竜(ウェルシュ・ドラゴン)であり騎士王(アーサー・ペンドラゴン)である記録されし記憶だけの存在。然れど伝説は伝え往く者がいてこそ、その者が存在してこそ生まれる物語。伝え紡がれてきた故に我はここに立つ。さあ()を担いし新たな人の子よ、喜ぶがいい、嘆くがいい——竜と戯れる機会を得た貴様の幸運をっ』

 

 ——英雄の相手となった竜そのものだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「遅い、相手を見てから行動するな! 武器の軌道を予測して振るわれる前に動くのだ!」

 

  —閃ッ

 

 横への一閃。空気ごと斬り払った一撃は突風を発生させた。

 エネルギーを込めていないただの横へ払った一閃にも関わらず、切歌と調は二メートル程後ろへ吹き飛ばされる。

 

「デース!?」

「うっ、く……。ただ剣を振っただけなのに吹き飛ばされるなんて……!」

「でも、負けてたまるかってんデス!」

 

 空いた距離を埋めるために切歌は駆け出す。その手に握り締めているのはイガリマの大鎌ではない。どこにでもありそうな木刀だ。鋸を使用する調も木刀を持っている。当然、アーサーが使っている得物も木刀だ。

 流石に聖遺物は二課や米国に発見される恐れがあるために使用を控えている。

 

「それにしても、今この世を守ろうとしているのが王でも、ましてや男でもなく、年端もいかぬ少女達とはな……世も変わった」

「そりゃアンタが生きていた頃から何百年も経ってるデスからっ、ねっ!」

「剣が強くても勝てなくなっ、てるよっ」

「確かに鏡華の記憶を見る限りそのようだ。しかし勝てない事はないぞ、銃弾は弓より速いだけで躱せぬ速度ではない。戦車やヘリなども操り手を倒してしまえば鉄の塊だ。——踏み込みが甘い、攻撃が正直すぎる」

 

 ——躱せぬ速度はではない、って普段はおかしいデスから!

 足払いを掛けられながら、切歌は心の中で叫んだ。

 ——あ、でも日向ならできるか。うん、日向ができるからおかしくない。

 同じ事を考え、その続きを調は、攻撃を初めて避けて、次の一撃で吹き飛びながら思った。

 

「ふむ……」

 

 約一時間。二人と打ち合った騎士王は一言、

 

「弱いな。攻めよりも受けの方がいいか」

「もっと早く気付け!!」

「アーサーって、教えるの下手……?」

 

 自分より弱い娘達に駄目出しを出されて、ちょっと傷付くのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 切歌と調、アーサーの鍛錬の音が意外と聞こえてくる。

 

「デェェェス!!? 死ぬ! 死んでしまうデスッ!!」

「よっ……ほっ、ほぁあっ!?」

「ああっ! 調に飛んできた枝が直撃したデス!」

「ハッハッ、意外と楽しいものだなっ」

「楽しむなーっ!!」

 

 ……どこか違う気もするが、気にしないでおこう。

 日向は聞こえないフリをして拳を打ち込む。型をなぞるように同じ体勢で何度も打つ。

 

 音無日向の戦闘スタイルは初めから披露しているように立花響と同じ武器を持たない徒手拳術。とは云え、彼女のように映画を見るなどと云った予想外な習得方法でない。彼の拳はF.I.S.にいた頃に肉体的に教え込まれたものだ。

 実験、食事、マリア達と関わる以外にできる事の少ない施設では、日向にとって武術の修練は娯楽の一つに数えられていた。

 教えられた型を身体に染み込ませるように何度も反復練習を繰り返す。

 それによって身体が動きを反射と同レベルにまで覚えたが故に日向の拳や蹴りは速く、重い。

 

 (それでも、響ちゃんには敵わなかった)

 

 実際には互角、それも聖遺物の暴走に近い状態であったからこそなのだが、日向は気付いていない。

 気付いてないから、次は負けないように鍛錬を繰り返す。

 そんな彼に、マリアが声を掛ける。

 

「そろそろ休憩にしたら?」

「もうちょっと」

 

 マリアの方を見ずに言葉少なく答え、日向は一心に拳を振るう。

 溜め息を吐くのが聞こえた。呆れているのか、諦めていたのかは分からない。

 

「オッシアは? 調や切歌と修行中?」

「いないよ。二人はアーサーさんに吹き飛ばされてる」

「…………そ、そう」

 

 深くは聞かなかった。それは正しい、それが正しい。

 最後に少し力を込めて打ち込み、日向は鍛錬をやめた。

 

「未来ちゃんの様子は?」

「拒絶反応はなかったわ。それにあの子自身の身体能力が高いおかげで、アレの浸食がだいぶ抑えられていたわ」

「そう、よかった。……にしてもマリアが心配するなんてね」

「小日向未来には借りがあるの。それに日向の友達が壊れるのは見たくないのよ」

「そっか。ありがとうマリア」

 

 額の汗を拭い、微笑む日向。

 感謝の言葉にマリアはわずかに顔を赤らめるも、暗い顔で視線を逸らした。

 

「……ヘリに戻ってるね」

 

 それを分かっている日向は、その事には何も問わずマリアの横を過ぎる。か細い声で「……あ」と聞こえたが、聞こえないフリをしてそのまま歩く。

 ぎくしゃくしているのは分かっている。それでも互いに譲れない(もの)があるのだ。

 

(一つ目の目標はこの件が終わってからに持ち越しかな……)

 

 自分の不器用さに溜め息を漏らしつつ、日向はヘリに戻る。

 迫る決戦の日に備えて。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 決戦の日に備えているのは、何もマリア達フィーネだけではない。

 響達も二課に寝泊まりし、出撃命令が出るのを待っていた。

 

「うくっ……はぁ……はぁ……っ!」

 

 大人達がF.I.S.の動向や月の落下に関する情報を集めている夜、奏者達は全員身体を休め、部屋で就寝していた。

 そんな中、響は誰にも気付かれないように必死に胸の痛みを隠していた。

 日向が戻してくれた融合による障害も日数が経つにつれて戻ってきたのだ。

 最初は鈍い痛みだった。それも段々と強くなっていき、聖遺物を使用していないにも関わらず痛みが定期的にやってくる。一瞬だったのが数秒、今では数十秒まで伸びていた。

 それでもそれを誰かに伝える事はしなかった。

 

(伝えたら……きっと、私は戦場に出られなくなる)

 

 今も控えているのだ、悪化しているのがバレでもすれば絶対に出撃させてもらえなくなるのは眼に見えていた。

 最後に出られなくなるのは構わない。でも、未来を救い出すまでは戦ってみせる。

 

「大丈夫……絶対助けてみせる。だから待ってて——未来」

 

 ここにはいない親友に、なにより自分に対して約束する響。

 胸の痛みが引いていくと同時に、眠りにつくのだった。


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