戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine8 騎士王Ⅴ

 ——朝焼けが眩しい。

 ヴァンは手で朝日を遮りながら“意識的に”現実逃避していた。

 できる事ならこの光景を誰にも見られたくない。仮に見られたとしたら、全力で他人のフリをしてやる、と決めていた。

 

「いやー、他人には見えねぇだろ」

「うるせぇ、話し掛けるな。隣で走るな」

 

 隣で走る奏を一蹴する。

 

「それに、眩しいのは朝日だけじゃなくて目の前の光景もだろ?」

「……」

「むふふ」

 

 唸るだけのヴァンに奏は悪そうな笑みを浮かべる。

 否定はしたい。だけど否定したら言い返される未来しか見えない。故にヴァンは口を閉ざすしかなかった。

 ただまあ、ぶっちゃけ否定しない自分もいないわけではない。

 目の前を走る四人。弦十朗と響、翼とクリスだ。弦十朗は良しとしよう。だが、他の三人の服がいけなかった。三人とも学院指定の体操服を着ている。上は半袖、下は長ズボンと云うまあ一般的な服装だが、半袖と云うのがいけなかった。

 何がいけないってそりゃ、

 

(揺れてるんだよ……! 隣で走れるかっ)

 

 で、あった。

 特にクリスと響なんか、たゆんたゆんと擬音を付けてもいいくらいに揺れるし、残念とよく言われる翼でさえ多少揺れるのだ。

 クリス以外興味のないヴァンでも流石にこの光景は直視できるものではない。

 

「やー、眼福眼福」

「……唯一の救いは、一番が長袖を着ていると云う点か」

「あっはっはっ、あたしは衣装でもない限り露出は控えてるんでね」

「衣装はいいのか(オーケー)?」

「公私をわけてっからなー。あ、ついでに水着とかは関係ないけどな」

 

 横目で奏を見る。奏は学院に在籍しているわけではないので体操服は着ていない。自前の赤いジャージだ。長袖長ズボンで身体のラインはそこまで出ていない。

 ついでに云えばヴァンも体操服は持っていない。ジャージもなかったので、今は鏡華のジャージを借りていた。

 

「……にしても、だ。何故俺達は走ってるんだ?」

「ダンナが響を励ました結果だろ?」

 

 数十分前まで遡る。

 奏の誘導で弦十朗の許にきていた響は、彼から壊れた携帯端末を受け取った。それは二課から未来に渡されていた物だった。

 落ちていたのはスカイタワーより離れた街を流れる川。壊れる直前までのデータから、携帯端末は一定の速度でスカイタワーから離れている事が判明。未来は爆発に巻き込まれたのではなく、何者かに拉致されたと云う事だ。

 つまり、これらの事から未来は爆発に巻き込まれておらず、まだ生きている可能性が高まった。

 それを聞いた響の表情には昨日までと同じ笑顔が浮かんでいた。

 それを見た弦十朗が「気分転換に身体でも動かすか」と言って——現在に至る。

 

「ああそうか、そうだったな」

「そゆこと。ま、ヴァンも気分転換だと思っとけよ」

「そうだな。——前方でよく分からん歌を熱唱している奴がいなければな」

 

 気分が乗ってきたのか、突然歌いだす弦十朗。それに釣られてかどうかは分からないが、響も同様に歌い始めた。曲名はどこかで聞いた事があるが、名前が思い出せない。と云うか、日本語でなく何語なのだろうか、と首を捻るヴァン。

 クリスも「何でおっさんが歌ってんだよ!?」と呟いていた。翼はまったく気にも留めず無言で走っている。

 しばらくすると、クリスがスピードを落としてヴァンの隣に並ぶ。

 

「おいヴァン。あれ何の歌だ?」

「知るか。あいつらが見てる映画の一つだろ」

「いやまあそうなんだろうけど……大丈夫か? 色んな意味でよ」

 

 クリスの言葉に「大丈夫大丈夫、何とかなるって」と奏は明るく返し、スピードを上げて翼の隣に並んだ。

 

「ったく、慣れたもんだな……」

 

 他にもツッコミを入れたそうなクリスだが、元気よく前を走る響達を見て呆れたように呟くだけだった。ヴァンがちらりとクリスの顔を見れば、どこか嬉しそうだった。

 

「お前もな」

「は? 何がだ?」

「さて、なっ」

 

 誤摩化してスピードを上げるヴァン。

 慌てて追い掛けてくるクリスの声を後部から聞きながら、ヴァンは前方のメンバーを追い掛けるのだった。

 しかし、ヴァンは知らなかった。

 この後に待ち受ける訓練の数々に。

 板場弓美がよく口にしていたキャラ崩壊と云うのが、まさか自分でする事になるなんて。

 気分転換と云う言葉はどこへ行ったのだ、と言いたくなるなど、様々な事が襲い掛かるまで後——

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「どういう事だ、これは」

「ほら、手が止まってるぞヴァン。残り二百と七回だ」

「どういうっ、事かと、聞いているっ!」

 

 動きを再開しながらヴァンは吠えた。

 今現在、ヴァンは風鳴の屋敷の敷地内で逆さになっていた。ただ逆さになっているのではない、木で造った鉄棒のような物に自分より高い位置にある横棒に足を縛られていた。

 足下——現在は頭の下か——に置かれた水の入った(かめ)、尻辺りの高さに固定された桶、そして手には大人が酒を飲む時に使う小さな器——お猪口(ちょこ)だったか——を持っている。

 

「何故、気分転換のはずがこんな修行になっている!?」

 

 叫んで問い詰めつつも、真下の瓶からお猪口で水を掬い、腹筋する要領で身体を折り曲げて桶に注いでいく。

 

「……」

 

 弦十朗は竹刀を持ちながら腕を組み、考え込んでから数秒、

 

「それが終わったら、ヴァンは皆より長く站椿(たんとう)をするか」

「考えるフリして無視するなっ!」

 

 どうやらメニューを考えていただけであった。

 もちろんヴァンは叫んだ。ただし水を移すのはやめていない。

 ちなみに、ヴァンの背後では女性陣が縄跳びをしていた。翼と奏はジョギングするように跳び、響は普通に両足を揃えて跳び、クリスはへろへろと縄を揺らしながら跳んでいた。

 それを見ながら——なんて余裕は一切なく、ヴァンは弦十朗に叫びながら残り回数を全てこなす。

 

「よしっ、次だ!」

「聞けよ! 人の話!」

 

 休む間もなく次のメニューに入る。

 空気椅子の要領で膝を曲げ、腕を真っ直ぐ前に伸ばす。両膝、両腕、頭に水の入ったお猪口を乗せてジッとする。内容とか効果とかは一切知らないがこれが站椿と云うものらしい。

 

「きっ、つ……」

 

 姿勢もそうだが、これを持続すると云うのもかなり過酷だ。一分も経ってないはずなのに身体が少し悲鳴を上げ始めた。

 

「うっ……、っぅお……おお……!」

 

 何分経過したかは分からない。時間の感覚がズレているのを感じたのは久し振りだった。

 

「おっ、先に始めてるみたいだな」

 

 話し掛けられて視線だけを動かす。集中力が切れそうだがどうにか持続させながら声を出す。

 

「だ、まっていろ……」

「だ、大丈夫か? ヴァン」

「……む」

「む?」

「むり……死に、そう……」

「……!」

 

 何年振りだろうか。ヴァンの弱音を聞くのは。

 いや、それよりも。

 

「あのよ……これ、あたし達もするのか……?」

「当たり前だ」

 

 然も当然のように準備を始める翼。

 真剣な表情なのにノリノリで同じように準備する響。

 

「嘘だろ……」

「そんなに嫌なら、さっきまでヴァンがやってたのやるか?」

 

 チョイチョイと奏の指差した先。そこに設置されている鉄棒のような物体。

 ヴァンがやっている所なら遠目から見ていた。見ていたからこそ、

 

「いや、あたしには無理」

 

 即答するしかなかった。

 

「なら諦めるこった」

「……あんたはやらないのか?」

「やるさ……嫌だけど」

「ああ……あんたでも嫌なんだな」

 

 この後、しばらくその場から一歩も動けないヴァンと、何度も倒れてはお猪口の水をこぼし、ずぶ濡れになったクリスがいたとかいなかったとか。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「寒いっ!」

「何で冷凍庫に連れてこられるんだよっ!?」

 

 弦十郎の案内で連れてこられたのは、冷凍室。長袖を着てきたがそんな服で寒さが軽減されるはずがなく、両腕を擦るヴァンとクリス。

 

「許可は貰ってきたぞ。寒かったら打ち込んでこい」

「はぁ? 何言ってんだおっさん……?」

 

 意味が分からず聞き返すクリスとは対照的に、響は嬉々として、翼は黙々と、奏は肩を竦めながら、ずらっと並べられている凍った肉の前に移動しボクサーよろしく殴り始めた。

 

「そういう奴かよ!」

「とことん映画を踏襲しているな……」

「さあお前達もやってこい! 寒いなら身体動かせば暖まるぞ」

「うぐぅ……」

 

 寒いのは事実だが、こんな事が修行になるのかなんてクリスには分からなかった。仕方なく近くの肉をへろへろと殴る。

 凍っているので硬く、拳が地味に痛い。寒いので余計にだ。

 

「……」

「ほらヴァンも行ってこい」

「……蹴りは大丈夫か(オーケー)?」

「おお、構わん。だがな——」

「ならやってやるっ」

 

 どこか吹っ切れたヴァンは話の途中で駆け出し、一つの肉に向かって蹴りを放った。

 サンドバッグのように柔らかくないが、ストレスの発散にはちょうどいい。

 フォームなどお構いなしに殴る蹴るを加えて、しまいには吊るしていたフックから外れて落下した肉に向かって、踵落としを見舞った。

 

「はぁっ、はぁっ、……」

「おーいヴァン」

「……何だ」

 

 息を整えているヴァンに弦十郎は言った。

 

「落としたら自腹で購入だぞ。しかも生だから腐りやすい」

「……」

「そんな肉を長期保存できる場所はないからな」

 

 床に視線を落とす。たった今自分で落とした肉の塊がある。

 削れも割れもしてない肉が、ただの肉の塊のはずなのに、むしろそんな姿が「ザマぁ」とドヤ顔で自分を馬鹿にしているように見えた。

 

「うがぁあっ!!」

 

 心の底からただの肉の塊にムカついたヴァンの叫びは、冷凍室に響くのだった。

 ちなみに落とした肉はヴァンが購入。その日からしばらくヴァンの食事は肉と野菜だけだったとか。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「はぁーっ、はぁーっ……!」

「だ、大丈夫か? クリス」

「ヴァンゥ……教えてくれよ。何であたし達、雲の上まで行くほど山登ってんだよぉ……」

「知らん……俺が教えてほしいぐらいだ」

 

 荒い息でクリスとヴァンは必死に山を登っていく。ちなみに服装はジャージで登山道具など一切持っていない。

 先導する弦十郎は軽々と登っている。それに続いて響、奏、翼の順に登っていた。

 誰もこの状況に文句どころかツッコミを入れる事すらしない。

 

「俺達か? 俺達が間違っていると言うのか……!?」

「知らねぇよぉ……それよりさヴァンー」

「何だ?」

「なんか荒い息吐いてると、家で長くキスしてたの思い出す……あん時もすっげぇ息が乱れて……ああそういや、思考も乱れてたなぁ……」

「今のクリスの思考が乱れてるぞ!? しっかりしろっ、今思い出さなくてもいい事だろ!?」

「その話詳しくっ!」

「片翼てめぇは前を走れ!!」

「やー、そん時のヴァンてさー……、無意識にもん——」

「やっさいもっさいーーっ!!」

 

 誤摩化すために思い切り叫んだ。叫んだ後に何を叫んだのか気付いたが、事実を言われるより「やっさいもっさい」の方がダメージが低い。そう判断してヴァンはネタにされるのを覚悟する。

 

「ヴァンは無意識であたしの胸揉むんだぜー」

 

 ただし、慣れない山登りで思考がおかしくなっていたクリスにはそんな事お構いなしに、ヴァンが叫んだ後に言い直した。もう一度言おう。思考はブレてんのに息が切れても舌ははっきりとした言葉で言い直した。

 

「うわぁお、だ・い・た・ん♪」

 

 奏は頬を赤らめながらも不敵に笑い、

 

「不潔……だが、鏡華もするのかな?」

 

 翼は冷えた眼でヴァンを見下ろしながらも小声で呟き、

 

「あわわ、や、やっぱりヴァンさんも男の人だからそう云うえっちなの好きなんですね!」

 

 響は奏同様、頬を赤く染めて一人で納得している。

 弦十郎は弦十郎で「ヴァンも男だな」とばかりに振り向き、親指を立て腹立つ表情(いいえがお)を浮かべていた。

 

「うがぁぁあああ——っっ!!!」

 

 泣きたくなるより死にたくなったヴァンは、遠くで頭だけ雲から出している山へ向かって吠えた。

 誰も味方がいない。せめてここに鏡華がいれば——

 

『胸揉むんだー。へぇ、ヴァン君もエロいんだねー(笑)(かっこわらいかっことじ)

 

 ——いなくて助かった。

 ちょっとだけホッとするヴァン。

 

「んでんで? 他にもそこのヴァン(けだもの)は何かしたかい? お姉さんに話してごらんよクリクリ〜」

「いい加減にしてくれーーっ!!」

 

 それでも彼の精神が助かるわけではなかったが。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「死にたい……」

 

 ジョッキを片手にヴァンは落ち込んでいた。表情は絶望に染まっている。

 あの後、結局頂上まで登りきるまで話のネタにされ続けられていた。しかも響と奏は興味津々に聞いてくるわ、特訓に集中していそうな翼もちゃっかり聞き耳は立てているわ、クリスは正直にぶっちゃけてしまうわで、ヴァンの精神は光の速さで削られていた。

 

「わはは、これも青春の一つだな!」

「何が青春だ……」

 

 叫ぶ余裕すらなく、隣に立ちジョッキの中身を一気に呷る弦十郎の言葉に力なく答える。

 

「しかし、そう云う事に興味のなさそうなお前にも、性欲はあるんだな」

「……性欲ぐらい俺にだってある。ただ普通の奴と比べて関心を持てないんだ」

 

 遠巻きに女性陣を眺めながら投げ遣りに答えるヴァン。

 彼女達は一人を除きジョッキを呷っている。

 

「ところで、だ。何故ジョッキの中身が……生卵なんだ?」

 

 ジョッキの中には四つほどの生卵が入っていた。始めは各自で卵料理でも作るのかと思ったが、入れ物はジョッキだし翼と響は躊躇う事なくゴクゴク飲んでいる。何とかは飲み物だとか言うが生卵は飲み物ではない、はず。

 

「食べ過ぎなきゃ身体にいいんだぞ。栄養の事なんて知らなかっただろう」

「知らん」

 

 さっきから飲むのを躊躇っていたが、投げ遣りな気分で一息にジョッキを呷った。半熟のゆで卵なら食べた事はあったが生のままは生まれて初めてだった。フィーネに拾われるまでの生活でも生卵は食べていない。

 感想としては——美味しくはないが不味くもない、とだけ言っておこう。何度も食べたくなる味でもない。

 

「はっはっはっ、良薬は口に苦しってな」

「薬じゃないだろう。それに苦くもない。ただの卵の味だ」

「だがそれがいい!」

「そう云えば板場弓美がいい言葉を知っていたな。——訳がわからないよ、だったか」

 

 そう呟いて立ち上がった時だった。

 ガシャンとガラスを割った音が聞こえる。

 視線を向ければ——クリスが顔を真っ青にして倒れていた。

 

「お、おい! どうしたクリス!?」

 

 慌てて駆け寄る。響達も心配そうに覗き込んでいた。

 抱きかかえられたクリスは真っ青な顔のまま、

 

「ヴァン……」

「何だ!?」

「しばらく、卵は食べない、かんな……」

「あ、ああ……」

 

 そう言って気を失ったクリス。

 当然ヴァンは冷静に——

 

「クリス? クリス! おい誰か衛生兵を呼べ!」

 

 ——冷静に、焦っていた。

 もちろん彼がクリスに関してのみこうなる事は数ヶ月の関係を経て熟知していた。

 ただし、今回は彼も疲れていたのだ。故にいつもの彼らしくない。

 

「いやいや衛生兵いないから」

「メディック! メディーックッ!!」

「私呼んできますねヴァンさん! すみませーん! メディックって名前の方はいらっしゃいませんかー!?」

 

 のはずなのに、響は素でメディックの意味を勘違いしていた。

 

「立花まで……」

「あはは、まあ知らない奴は知らないだろうしな」

「本当よ、もう」

「メディックって、どっちかって言えば名字だろ」

「待って奏。あなたもおかしい」

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 うへぇー、とクリスがベッドに倒れ込むのを見ながらヴァンも倒れ込む。

 下山後に解散し、ヴァンのバイクに乗り、フィーネの屋敷に一時的に帰宅した二人。ちなみに下山も当然ながら徒歩である。

 

「疲れたー」

「右に同じだ。……精神的にもだが」

「ほんとマジごめんなさい」

 

 顔を上げずに喋る。

 謝ってくるクリスに、いつもであれば彼女の顔を見て対応するヴァンも今回ばかりはそのままの姿勢で「別に構わん」と答えた。

 

「あー……、寒いな。ちょっとシャワー浴びてくる」

「おー……」

「……そう云えばクリス。帰り際に風鳴弦十郎から何か貰わなかったか?」

「そういや貰ったな。お菓子かな?」

 

 ごろごろとベッドの端っこまで転がり鞄に手を伸ばす。がさがさと探している内にヴァンは着替えとタオルを持って部屋を出て行く。

 少しすると部屋から「期ッ待させやがってっ!」と叫ぶ声が聞こえた。恐らくクリスの考えていた物ではなかったのだろう。まあいいか、とヴァンは部屋に戻る事なく浴室に入った。

 流石に寒い山頂にいただけあって、熱湯が心地よく冷えた身体を伝う。

 しばらく浴びていると、

 

「うひょぉおおーーっ!!」

 

 クリスの奇声が聞こえてきた。

 彼女らしくない叫びに、ヴァンは慌ててタオルを腰に巻いて部屋に戻る。

 

「どうしたクリス!?」

 

 部屋に飛び込んだヴァン。彼が見たのは、

 

「おいおっさん!」

 

 ヴァンに気付いた様子もなく弦十郎に電話を掛けているクリスと。それと付けっぱなしになったテレビ。

 

「飛び道具で近接戦って、ありなんだな!?」

(一体何の話だ……?)

 

 話がまったく見えてこないヴァン。

 ふと視線を落とすと、無造作に置かれた包みの上に置かれたDVDのパッケージ。

 それを拾いタイトルを見てみれば、

 

「ああ、納得」

 

 至極あっさりと納得してしまう。

 弦十郎が渡したDVDは反乱や反逆を意味するタイトルの映画。そして流れている映像を見る限り、クリスが涙を流さんばかりに感動している理由が分かる。

 

「はぁ……奴らが動き出すまでは、これの特訓だろうな」

 

 濡れた髪を掻きながらヴァンは呟くのだった。

 彼と彼女の特訓はもうしばらく終わらない——


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