戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
「オッシアさん、お願いがあります」
マリア達との会話を終えた日向は、フードをかぶったオッシアと共に森の中に来ていた。光が届きにくい森林は落ち着ける昼間とは打って変わり、人によっては恐怖を抱かせる場所になっている。
「ちなみに二つか三つほど」
「内容による」
「一つ目。これはアーサーさんにも頼もうと考えてる事ですが、僕や切歌ちゃん、調ちゃんの練習相手になってください」
「理由は?」
「単純に戦力差がありすぎるんです。僕らと二課には」
現在、フィーネの戦力はマリア、日向、切歌、調、オッシアの五人。対して二課は捕虜になっている鏡華を除いても風鳴翼と天羽奏、雪音クリスと夜宙ヴァン、そして戦わないでほしいが立花響。最悪の想定をすれば忍者と響の師匠もいるかもしれない。人数的にも厳しいのに、こちらのほとんどがLiNKERを使用しての奏者。
更に云ってしまえば、全力の風鳴翼と天羽奏、あと一人を加えたメンバー相手だと確実に負ける。
それぐらいの差がフィーネと二課には存在した。
「そうだな。真正面からぶつかれば、間違いなく負けるな。そもそも今までがラッキーだった。運とウェルの作戦が上手い具合に重なってたからな」
「はい。まあ、付け焼き刃みたいなものになるだろうけど、ないよりマシだと思うんです」
「そこらへんは直接アーサーに聞いてみるんだな。奴が許可しないなら、面倒だからオレもパスだ」
「了解です」
「二つ目」
「未来ちゃんの事です」
「寝取りなら他を当たるんだな」
「なんでやねん」
ピシッと裏手を虚空に打ち込む。
——打ッ
近くの木の幹がヘコんだ。
ツッコミの力加減間違ってるぞ、とオッシアは大して驚かずに返す。
「響ちゃんの親友である未来ちゃん……ウェルがこの状況を見逃すわけがありません」
「だろうな。考えられる策と云えば……
「恐らく。マリア達は自分のシンフォギアだけで精一杯だろうし、僕自身も胸に入れてるとは云えシンフォギアとして使う事はできない。そしてフロンティアの鍵として機能させるために機械ではなく——」
「強制的に奏者にして能力を高めて発動、か。まあ、あいつらしいと云えばあいつらしい」
軽い口調だがオッシアは苦虫を潰したような顔で呟く。
「阻止する程度なら構わん。だが、計画は破綻するがな」
「いえ、阻止しません。むしろウェルの思惑通りにさせます」
「ほう?」
日向の言葉にオッシアは今度こそ驚いたように片眉を上げる。
「最初だけですけどね。ただし——」
真っ暗な森の中で日向は自分の考えを伝える。
全てを聞き終えたオッシアは考え込むように眼を閉じた。
「なるほど面白い。だが賭けに近いぞ? 確率としては半分、いやそれ以下になるかもしれない。無茶だろうし、無理かもしれんな。最悪、無駄になる可能性もある。それでもやるか?」
「大して勉強しなかった僕が必死に考えた策です。確率なんて知りません」
「オレの前で勉強言うな」
苦笑を浮かべ握り締めた拳を胸に当て、
「無茶? 無理? 無駄? ——それこそ知りませんよ。僕の拳は今壊すためにある。マリアの障害になる物を、人を、友達を、壊し壊そうとしてきた。そんな僕を止める言葉なんて——無意味です」
オッシアの否定の言葉を一蹴に伏す。
「……クッ。ククッ、ハハハハッ!」
日向の決意にも似た言葉に、オッシアは笑みを抑えきれなかった。
失笑してるわけではない。むしろ認めていると云ってもいい。そして驚いていた。
同じ場所に同じような人間が三人もいるとは思ってもみなかったのだ。
「いいだろう、その案に乗ろう。これはフィーネとではなく音無日向個人との契約だ」
「ありがとうございます」
「それで、残り一つは? あるなら言え」
「最後は——」
口を開いた瞬間、風が吹いた。
木々が揺れ、日向の声は森の中に聞こえる事なくオッシアの耳にだけ届いた。
「——ください」
「……それは」
初めて。
初めてオッシアは答えを渋った。
別に叶えられない事ではない。むしろさっきまでのお願いよりずっと簡単なモノだ。
しかし、オッシアは返答に迷う。知ってるからだ、その願いの果てを。
「いいんです。どんな事になっていようと受け止める覚悟はあります」
「……」
「……受け止めなくちゃ駄目なんです」
「……分かった」
日向の言葉と眼差しを、オッシアはフードを脱ぎ真正面から受け止めた。
「遠見鏡華の『愛』の感情を司るオレ、オッシアがその願い、叶えよう」
もしも、もしも己を形成する感情が『愛』でなければ。
こうまで他人の様々な『愛』を感じる事なんてなかったのに。
オッシアは胸の内だけで悪態を吐くのだった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
時刻は、未来が入ってきた日向に口を滑らせた時まで進む。
いきなりの発言に日向は言葉を失っていた。
一方、フードを再びかぶったオッシアはククッ、と笑みをこぼす。
「ずいぶんと口が悪くなってるな? 小日向未来」
「ですね。響みたいに笑えば許してもらえますか? 鏡華さん」
「……やめろ、オレはテメェが惚れた男じゃねぇ」
「あ、そうですね。じゃあ……真っ黒鏡華さんで」
「何故に色で決める。オレが言ってるのは遠見鏡華と云う名前を使うなって事だよ」
「でも鏡華さんなんですよね? 根本的な所は」
「まあ、そうだが……」
「じゃあやっぱり鏡華さんは鏡華さんです。ブラック鏡華さんでオッケーです」
「だから……! いや、もういい」
うんざりとばかりに頭を振って言葉を中断する。きっと平行線になるだろう。
鏡華の記憶を有してはいるオッシアだが、鏡華の記憶にも未来のこんな様子は見られなかった。
いや、一度だけあった。確か、彼女が鏡華から告白の返事を返した時もかなり舌が回っていた気がする。
「ねぇ日向。この子、昔からこんな性格だったの……?」
「い、いや、昔はこんな風に口が回る子じゃなかった……それにちょっと前に会った時もこんなだったっけ?」
日向も日向で未来の変化に驚きを隠せない様子。
「それでこんな時間にこんな場所に集まってどうしたの?」
「あ、うん……明日の朝からちょっと出掛ける事をマリアに報告」
「出掛けるって、一体こんな時にどこへ行くつもりなの!?」
驚いたマリアの言葉に、日向は「ごめん、それは言えない」とだけ返した。
「だけど、どうしても確かめておきたいんだ」
「確かめる……?」
「うん。……未来ちゃんは薄々勘付いてると思うけど」
マリアの視線が未来に移る。未来は日向に視線を注いでおり、ややあって逸らす。
日向の言葉通り、未来は確かに何となくだが気付いていた。だが、素直に頷く事はできないでいた。
「何も言わないでいいよ未来ちゃん。どんな光景が広がっていても、僕はそれを受け止める」
「……そう、うん。なら一つだけお願い」
「何かな?」
「真実を知っても、絶対に響に、うぅん、響の家族に何も言わないで。響はきっと今も苦しんでるから」
「……分かった。約束する」
マリアには伝わらない主語のない会話。
二人の会話を理解できたのは、事情を知っているオッシアだけだろう。アーサーは何も言わない。
そんなアーサーにオッシアは話し掛ける。
「おい、ウェルシュ」
「今の私はアーサーだけだ。——なんだ? アルビオン」
「生憎と白竜の意識はだいぶ前に沈めた。今のオレはオッシアだ」
「そうか」
「オレ達が出掛けている間、ここのメンバーを鍛えておけ」
そこで初めてアーサーは薄目を開く。
「久方振りの肉体だろう? もう一度記憶に戻る前に身体を動かしてみたらどうだ」
「ふむ……それに
「流石は鞘の所有者。さっきのオレ達の話も筒抜けだな」
ふむ、と眼を閉じてアーサーは「よかろう」とあっさり快諾する。
「どうやらキョウカの肉体に休息は必要ないようだ。精神だけならば肉体を動かしても構わないからな」
「そうか。ならオレと日向はもう休む」
そう言ってオッシアは倉庫を出た。
日向も「じゃあマリア、未来ちゃん。おやすみ」と言って出て行った。
マリアは彼らの背中を見送る事しかできず、言葉を発する事ができなかった。その後、溜め息を漏らす。
その時、再び入り口が開く。そこから入ってきたのは、
「おや、あなたもいたのですか?」
「ッ……ウェル」
ひどく穏やかな笑みを浮かべているウェルだった。
ウェルはにこりとすると未来の前にしゃがんだ。同時に未来は警戒を瞳に宿す。
「そんなに警戒しないでください。少しお話でもしませんか?」
優しい口調で未来に話し掛ける。
そんなウェルを未来は見上げ——ながら、気付かれないように背後のマリアを見た。
——き・お・つ・け・な・さ・い。
読唇術なんて大層な術は持ち合わせていないが、マリアの口の動きからそう判断した未来は視線をウェルに戻す。
何を気を付ければいいかは分からないが、警戒は解かない方が——
『……小日向未来』
「……へ?」
その時だった。頭の中で鏡華の声が響いた。
思わず声を上げてしまう。
「どうかしましたか?」
ウェルが訊ねるが、未来は無意識に手をこめかみに当てていたので「なんでもないです」と誤摩化した。
『今から言う事を聞け。ちなみにオレはオッシアだ』
「そうですか。では少しお話しましょう。きっと、あなたの力になってあげられますよ」
頭の中の声とウェルの声。
ごっちゃになりそうだが、どうにか分割してどちらの言葉にも耳を貸す未来。
ただどちらかと云えばオッシアの言葉に集中した。
そしてオッシアの話を聞いて未来は、
「……分かりました」
そう、口に出して答えるのだった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
翌日、マリアに伝えた通り日向はオッシアと外へ出掛けた。
交通機関は使わない。その場からオッシアが具現したプライウェンを使用した空路で向かう。
「風が気持ちいい……。これ見られる心配はないんですか?」
「さてな。見つかった事がないから分からん」
一つのプライウェンに二人で乗っている日向とオッシアは雲の上にいた。近くに飛行する旅客機などは見えないがレーダーなどに引っかからないのだろうか、と日向は考えてしまう。
「このスピードだとどれくらいで到着できるんだろう」
「以前遠見鏡華が“行った”時はもう少し速度が遅かったからな。はっきりとした時間は知らん」
「……行った事がある?」
「オレがじゃない。遠見鏡華が、だ」
「そうなんですか……」
何か言い足そうな口調だったが、日向はそれ以上何も言わずに口を閉じた。
オッシアも何も言わず、
——遥か彼方の理想郷・応用編——
結界領域を自分と盾に展開する。それ以外は動きを止め、色を忘れる。オッシアは動かなくなった日向とプライウェンを掴み速度を倍以上に引き上げた。風のような感覚を身体全体で受けるが、結界領域なしでの飛行に比べれば大したことない。
そのまま高度を下げていき、記憶にある場所が近づくとそのまま飛び降りる。
着地して日向を地面に下ろし発動を解除した。
「——あれ?」
辺りをきょろきょろ見渡す。一瞬で風景が変わって驚いていた。
「一体……」
「出血大サービスだ。お前の感覚だと一秒にも満たないだろう」
「すごい。これが完全聖遺物の力……」
「さて、ここまでくればある程度は分かるだろう? ここは——お前の故郷なんだから」
やや間があってから日向は「はい」と頷いて立ち上がった。
三つ目の願い、それは自分の故郷に連れて行ってほしい、と云う願いだった。
自分の思い出に残っている風景。それを照らし合わせて見る今現在の風景。
変わらない風景。変わっている風景。区別はその二つしかできない。
約七年——それが長いのか短いのか、日向自身でもどちらか決められなかった。
ただそれでも、
「ああ……懐かしい」
それだけは呟けた。
ここは間違いなく自分の故郷なんだ。それが実感できた。
「好きに動け。オレも好きにさせてもらう」
「はい、ありがとうございます。オッシアさん」
「礼を言うのは間違ってるかもしれないな。もしかしたら後悔するかもしれないんだから」
そう言って姿を消す。頭を下げ踵を返した日向も町の中へ歩き出した。
思い出せる場所、知らない家や店。全てが懐かしく、新しい。思い出と比べながら街を見て回る。やはり朝だけあって、ほとんどの店は開店準備に追われている。買い物客もほとんどが年配の女性ばかりだ。
そう云えば、と思い出す。この時間帯に子供は学校へ行っている。自分も何もなかったら近くの中学校、そして高校へ行っていたはずだ。
「……あ、やべ」
思い出してから気付いた。いくら成長したからと云って、いや逆に成長したからこそ、この時間帯に日向のような少年がこんな場所にいるのはおかしいだろう。
誰かに声を掛けられる前に、日向は早足でその場を立ち去った。
「危ない危ない。流石に声掛けられたら誤摩化しにくいな。ここら辺の中学や高校の名前知らないし」
ふぅ、と息を吐いて日向はふむと考える。
あまり人がいる場所には行けなくなった。なら人気のない場所に行けばいいが、どこへ行くか。
「……いや、もう時間もないし、ゴールに直行しよう」
懐かしいと思える風景はいくつも見れた。
残る思い出は残り一つだけ。ならば逃げずに行くだけ。
「よし、行こう」
路地裏から出て、目的地へと向かう。
だが、それは声を掛けられる事によって中断させられた。
「ねえ君」
さっきの予想通りに声を掛けられてしまった。
どうしよう、と必死に頭の中で言葉を探しながら日向は顔を向けた。
「はい、なんでしょ——!」
最後まで言葉が言えなかった。
それぐらい驚いたのだ。
まさか最初に声を掛けてきたのが、
「見た所高校生みたいだけど、学校はどうしたの?」
立花響の母親だったなんて。
流石にこの鉢合わせはないわ、と心底思った。
「い、いえ、僕は大学生でして。授業は休みなんです」
「あら、そうなの? ごめんなさい、ここに大学はないから間違えちゃったわ」
「いえ、実家がこの街なので週末分も入れて帰ってきたんです、はい」
「じゃあ知ってるかもしれないわね。名前を教えてくれる?」
「えと……、ひ、
思わず本名を言ってしまいそうになったが、寸前の所で偽名を呟く。調の名前が男でも使える名前でよかったと感謝した。
帰ったら調ちゃんに何か買ってあげよう。あ、その時は切歌も一緒だろうな。
「日向……ごめんなさい、記憶にないわね」
「い、いえいえ。全然構いませんよ。……あの、それじゃあ僕はこれで」
「あ、そうね。ごめんなさい、引き止めちゃって」
「いえ……それでは、立花さん」
「ええ」
どうにか切り抜ける事ができた。
胸中だけで安堵の息を漏らし、日向は不振にならない程度に早足でその場を去った。
否——去ろうとした、が正しいか。
「待ちなさい」
「くえっ!?」
襟を掴まれ、変な声を上げてしまう。
「どうして、私の名字が立花だと分かったのかしら?」
「……あ」
しまった、と思った時には遅かった。
無理矢理に身体の向きを変えられ、真正面から顔を覗き込まれる。
「さて、色々と話してもらいましょうか? 日向調君?」
「……」
「うぅん、違う。君は——音無
「……ッ」
「やっぱり。顔だけだったら半信半疑だったけど、名前で分かったわ」
そう言って微笑んでくる。響と似た笑顔に日向は言い訳を全部忘れてしまった。
昔からだった。この人には一生敵わないと思っていたのは。
「その……お久し振りです。響ちゃんのお母さん」
「ええ、本当に」
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
あのままで話し込んでいるわけにもいかず、日向は響の母親の誘いで響の実家にきていた。何かを書き込まれていた壁の跡が気になったが、彼女は何も言わず家に入ったので同様に入った。
響の祖母が淹れてくれたお茶を礼を言いながら口にする。
「それにしてもあなたが生きてるなんてね。響が知ったら泣いて喜ぶわ」
「いえ、実はこちらに出掛けてくる前に偶然会いました」
「あらそうなの」
泣かれましたよ、と苦笑を浮かべる。
嘘は言ってない。ただ、これ以上の事は言えなかった。
「日向君はあの時から今日まで、どうしてたの?」
「……」
どこまで言ったものか、と日向はお茶で唇を濡らしながら考える。
「……あの時、僕は誘拐されました、誰かは分かりません。それから最近までどこかの施設で過ごしてました」
「今は解放されたの?」
「脱走した、が正しいですね。同じ施設の仲間と一緒に今は逃亡生活の真っ最中、かな?」
「そうなの……。この街に戻ってきた理由は……、聞かなくても一つよね」
「はい」
湯呑みを置き、日向は真剣な瞳で響の母親を見据えた。
ここへ戻ってきた理由は思い出に浸る事でも、懐かしむ事でもなく、ただ一つ。
「母は、どうしてますか?」
響の母親も湯呑みを持って口許で傾ける。
中身を全て飲み干して、湯呑みを脇へ置いた。
「響から聞いてないの?」
「ええ、聞きましたがはぐらかされました。薄々気付いてはいますけど、はっきり口にしてほしいんです」
「そう……」
日向の嘘偽りのない言葉に、響の母親も姿勢を正す。
「分かった。日向君がそこまで聞きたいんですもの。正直に言います」
「はい、お願いします」
「日向君のお母さん——
「——死因や理由を知っていますか?」
「ええ。私は知っていなければならないからね」
それはどういう。
そう訊く前に、響の母親が話しだした。
二年前のツヴァイウィングのライブ事故、その後の響に対するバッシング、そして日向が行方不明なのに生還した響の事を知り、自ら命を絶った事を。
「そう云う事か……」
響が誤摩化した理由が今ようやく分かった。
ただ、日向は母親が死んだのに、自分の心は一瞬たりともブレてない事の方が問題だった。
それはつまり、死と云う事象に慣れてしまっていると云う事だ。
(まあ、死体を見るだけじゃなくて自分でも殺してるからなぁ)
まあ、とは云ってもここまで落ち着いていられたのは予想外だった。
「ありがとうございます。聞けてよかった」
だけど、取り乱したり心配される事がないのはありがたい。
「最後に、母のお墓の場所を教えてくれますか?」
だから、最後までこのままでいよう。
日向は響の母親から場所を聞きながらそう決めるのだった。