戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine1 其れは終わりの名Ⅱ

名前:遠見鏡華(隣に証明写真が貼られている。とても嫌そうだ)

年齢:二十

性別:男(横に女と書かれその上から二重線を引いてある)

職業:ユニット『ツヴァイウィング』専属作詞作曲家兼私立リディアン音楽院講師兼王様

聖遺物:アヴァロン(騎士王の鞘)

聖遺物の詳細:

 ・不老不死になっちゃいます。

 ・剣と槍と盾を使います。

 ・王様になれました。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪~

 

 

「君は私達を馬鹿にしとるのかね?」

 

 開口一番、鏡華はそんな言葉を査問会のお役人――お偉い様から頂いた。

 まあ、一時間も遅刻した挙句、正装などせずそこら辺で売っていそうなコートを纏って査問会の場に登場した鏡華を怒鳴る事なく穏かに言ってのけた辺りは流石大人、と言わざるを得ない。たとえ口元が引き攣り、不機嫌そうな顔をしていても。

 盛大な欠伸をかまし、眠そうな瞳で少し離れた半円卓の席に座るお偉い様を見回す。中には現防衛大臣の石田爾宗(よしむね)の姿もあった。

 

(ビッグなお方もいらっしゃるようで)

 

 頭の中は既に臨戦状態だ。鏡華は首を鳴らすと眠そうな雰囲気を一変、姿勢と雰囲気を正した。

 その切り替えに一部のお偉い様は息を呑む。

 

「遅れた事は謝罪します。何分、今宵に控えた宴の準備に手間取りまして」

「まあ、いい。急な要請だったのだ。今回は大目に見よう」

「寛大な処置、痛み入ります」

 

 大袈裟な発言と共に、胸に手を当て一礼する。

 

「今日、君を呼び寄せた理由は分かっているかね?」

「はい。シンフォギア――完全聖遺物の事ですね」

「分かっているなら話は早い。では早速、君の聖遺物、アヴァロンについて情報を開示してもらいたい。こんなふざけた物がいらなくなるくらいにな」

 

 そう言って石田大臣がピッとこちらに弾くように飛ばした紙には、鏡華の簡単な情報と写真、箇条書きで書かれたアヴァロンの説明が書いてあった。

 御意、とまた鏡華は浅く一礼する。

 

「アヴァロン――正式名称はありません。様々な物語・文献を調べても記述はあまり存在しません。固有名詞も騎士王の鞘などとしかなかったので、仮名としアヴァロンと名付けさせてもらいました」

 

 世に出回っている物語は後世にわずかに残された文献を元に書き上げられた創作物だ。故に所々空想が入り混じっているので正確な事はあまり分かっていない。物語を書いた著者もまさか実在するとは思っていなかったのだろう。

 

「発見したのは約十年前。場所は五年前より名所となっているコーンウォールのアヴァル遺跡。今は崩れてしまった最奥部にて壁に同化するように奉られていました」

「まるで自分が見つけたような言い方だな」

「発見したのは遠見鏡真(きょうま)――私の父です。発見時、私はたまたま両親に連れられ二課司令・風鳴弦十郎氏と共に遺跡に来ていました」

 

 思い出せる微かな記憶。鮮明に眼に焼き付いたあの時の輝きは幾星霜経ても忘れられないものだ。

 

「そうか。だから所有者になれたのか」

「だから?」

「大方、その場で覚醒させてなし崩しに所有者になったのだろう?」

「……聞かなかった事にしましょう。ノイズの襲撃によって所有者になってしまっただけです。現に両親を共に失っています。なし崩しだとしても――私が望んだのであれば、両親は生きていた」

「ふん、そう云う事にしておこうか」

「…………」

 

 鏡華は笑みを崩さず――半ばキレていた。

 当たり前だ。いくらガキ相手だろうと見下した態度のお偉い様。情報を知ってるかどうかさえあやふやなのに適当な事を言う始末。

 正直、神童と呼ばれていた時、親戚に言葉攻めに晒されていなかったら間違いなくキレてそれを口実に色々面倒な事になっていただろう。感謝したくないが、あの頃の親戚の行動に感謝だ。感謝したくないのだが。

 

「それと、私は名前や発見時の報告をしろと言っているわけではない。完全聖遺物としての能力を開示しろと言っているのだ。それぐらい察したらどうだ?」

「失礼。言葉が足らず思い至りませんでした」

 

 鏡華の許へ飛ばした報告書を手に持ち、嫌味の一つを言っておく。

 

「アヴァロンの能力は大きく分けて三つあります。一つは不老不死。言葉通り、老いる事も死ぬ事も出来なくなります」

「怪我はどうなるのかね?」

 

 訊ねたのは別のお偉い様。

 

「伝説通りであれば血を流す事はなくなるはずですが、私の場合、普通に怪我はします。その代わりに治癒速度が格段に上がっています。擦り傷や切り傷程度なら一瞬で治りますし、今ではある程度治癒速度は好きに設定出来るようになりました」

「ほう、それは便利だね」

「二つ目はアームドギアに関して。私が使用するアームドギア――つまり武器は剣と槍と盾。この三つは本物ではなく鞘が記録した贋作に過ぎません」

「偽物……報告には槍を大量複製して雨のように降らせたとありますが、剣と盾も可能なのですか?」

 

 今度は紅一点――とは云い難い年配の女性。

 

「はい。ですが、使用可能範囲は私を中心に範囲一キロ。それ以上離れれば自然消滅します」

「ふむ……距離がネックですか」

「三つ目は王様。まあこれだけは説明出来るものではありません。ご容赦を」

 

 それだけ言って王の話題を終える。

 次は何かとお偉い様達は耳を立てる。しかし鏡華はそれきり口を開こうとしない。

 

「どうした? 早く次を説明しなさい」

「次、と申されても……私が皆様に開示出来る情報は以上になります」

「……何だと?」

 

 片眉を吊りあげる石田大臣。

 

「すまない。歳のせいか君の声が聞こえなかったようだ。もう一度言ってくれ」

「我が社の開示は以上になります。お疲れ様でした。出口はあちらになります」

「ふざけているかっ!」

「いえ。言葉はふざけても真意は真面目です。何度でも言いましょう。――開示する情報はありません」

 

 直後、ドンッ! 石田大臣は机を乱暴に殴った。

 いくら握った拳とは云え、今の一撃は痛いんじゃないかと場違いに考えてしまう。

 溜め息を漏らし、鏡華は真剣に答えた。

 

「不老不死は人の手に余る最上の奇跡。神に匹敵する禁忌。それをほいほいと開示するわけにはいきません。どこに悪人の眼や耳があるか分かりませんし」

「ここには私達以外誰もいない」

「もしかしたら天井裏とか床下にいるかもしれませんよ?」

 

 それに、と鏡花は続ける。

 

「命令でもないのにぺらぺらと喋るわけないじゃないッスか」

「ッ、では国として命令する! 情報を開示しなさいっ!」

「ふざけないでくださいっ!!」

 

  ―発ッ!

 

 石田大臣の怒鳴り声にも負けない怒鳴り声。

 それはあたかも質量を持っているかのようにお偉い様達の耳朶を穿ち、恐怖を植え付けた。

 ガタンと音を立てて石田大臣が席から崩れ落ちる。

 

「あなたは何様のつもりですか! 自分を私の創造主か雇い主だと勘違いしませんか!?」

「わ、私は、この国の防衛だい――」

「君! 言葉を慎まんか!」

「お断りします!」

 

 鏡華の一喝で石田大臣の援護射撃したお偉い様を黙らせる。

 たった二言三言叫んだだけでこの場にいた大人は子供に圧倒されている。

 これが弦十郎や緒川であれば、逆に反撃してくると云うのに。

 それにまあ――叫んでしまったのだけはミスを犯したと言わざるを得ない。

 仕方なく、鏡華は鬼札(ジョーカー)を切る事にした。

 

「あなた達が極秘の会談でサクリストSを米国に売ったように、他の聖遺物の情報を開示すると称して売ろうとしている事。それを知らないで来たとお思いですか?」

「な、何をふざけた事を……!」

「私の知り合いがとあるお方の端末をハッキングして獲得した情報にありました」

 

 懐から取り出す数枚の書類とボイスレコーダー。

 滑らせるように石田大臣に渡す。目の前に滑ってきたそれを石田大臣は慌てて確認し、

 

「――ッ!?」

「どうやらヒットって所ですね」

 

 真っ赤だった顔を急速に蒼褪めさせていった。

 周りにいたお偉い様達もひったくるように書類を奪い、眼を落としてわなないている。

 

「それはコピーだ、差し上げますよ。無茶な事さえしなければ私も公に出す事はしませんし、知り合いにも合図を送るまで誰にも言わないように厳命させていますのでご安心を」

「貴様……二度と日が拝めなくなってもいいのか?」

「うわ、本気でそう言う人初めて見た。――っと失礼。無駄ですよ、私にそう云う類の脅迫は通用しません」

「ッ……ならば貴様ではなく、あのキーキーうるさいユニットを――」

 

  ―閃ッ

 

 石田大臣は最後まで脅す事は出来なかった。

 頬を掠めるかのような一陣の突風。眼の端に映る――空中に浮かぶ棒のような、

 

「ひぃっ!?」

 

 否――槍だ。

 椅子に刺さり、空中に浮いているだけだ。

 

「ちなみに、ですが」

 

 妙に落ち着いた鏡華の声が部屋の中を支配する。

 

「ツヴァイウィングを脅迫対象に変更した途端――死ぬ事が最上の喜びだと実感させてやる」

 

 暴言でも、脅言でもなく――ひどく落ち着いた声音で鏡華は言った。

 それが逆に現実味を帯びさせ、お偉い様はやけにすんなりとイメージ出来てしまった。

 殺される事、死ぬ事を諸手を挙げて歓迎する自分の姿を。

 顔に出ていたのか、鏡華は溜め息をつき、手で髪をくしゃくしゃとすると、部屋を出て行きながら、

 

「一応、あなた達が別に考えている事も知っているつもりです。ただで聖遺物を売ろうとしているわけでない事も。ですが、アヴァロンだけは駄目なんです。すみません、独りで喋ってしまい。では、これで失礼します。これからもお仕事頑張ってください」

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪~

 

 

「流石にアレはないでしょう。最悪、黒服がわらわらと……」

「その時は華麗に撃退して、テキトーな嘘も混ぜてさっきの情報をどっかの新聞社に売ればいい」

「テキトーな嘘って……」

「驚愕! 前大臣暗殺に現大臣が暗躍!? 的な?」

「テキトー過ぎますよ」

 

 東京永田町付近の建物から出た鏡華は、車の中で津山士長とそんな事を話していた。

 津山士長とは二年程前に起こった一件を契機に、二課に出向してから――当時は一等陸士だった――時々話すようになり、以来、自分のお目付役が必要な時は彼に頼んでいる。歳も然程変わらず、二年間不通だったが変わらぬ友好関係を築いていた。

 ちなみに、以前に未来を保護した時に鏡華が来るまで相手していてくれたのも実は彼である。

 

「だけど、自分にはまだ信じられません。いくら親米派議員とは云え、自国民を売る真似をしているだなんて」

「おいおい、“その情報を見つけた張本人”が何言ってやがりますか? 旦那も、緒川さんでさえ知らない隠れハッカーの津山士長?」

「おっと」

 

 口が滑りました、と津山士長はにやりと唇の端を歪めた。

 彼が隠れハッカーだと知ったのはつい最近だ。それまではどこにでもいそうな隊員だと思っていただけに知った当初はちょっとだけショックだったが、こちらの津山士長の性格も思いの外面白かった。

 まあ、周りにとんでもない大人ばかり存在しているため、適応能力が自然と身に付いていたのもあるが。

 

「その調子で米国の情報もちょろまかしてほしいんだけどね」

「無茶を言わんでください。ファイアウォールのレベルは石田防衛大臣の数百倍の厚さと堅さですよ。突破どころか侵入さえ出来ませんって」

「ま、だろうね。そっちは騎士がある程度知っているし……対価もなしに頼む事じゃないからな」

 

 背凭れに凭れ、ふぅと息をつく。ふと気になって、車両に取り付けられているCDプレイヤーの再生ボタンを押してみた。

 途端に流れてくる曲。鏡華は流れてくる曲を知っていた。いや、知らなければおかしい、この曲は――

 

「あいつらの曲か」

 

 ツヴァイウィングの曲。しかもここ三ヶ月の間に出した新曲『星霜のリーベ』、『innocent heart』の二曲が入ったCDである。

 嬉しそうに呟いた鏡華。津山士長は照れたように頬を掻く。

 

「あはは……最近は一日に一曲聞かないと調子が出なくて……中毒かな?」

「いや、いいよ。ソングライターとしてはむしろ嬉しいくらいだ。双翼の歌を変わらずに好きでいてくれて」

「忘れないと約束しましたから」

 

 二年前の一件――山梨県・北富士演習場での事は、参加してない鏡華は何があったのか知らない。だけど、奏と翼が彼に何らかの影響を与えたのは間違いない。

 そうでなければ、ツヴァイウィングのCD全てを初回生産限定版で集めたりしないはず。前からファンで集めていたのであれば話は別だが、彼は二年前の一件があるまでCDを購入した事はないらしいので、大体当たりだろう。

 

「そう言ってくれると、あいつらも喜ぶよ」

 

 ふふ、と鏡華は笑う。

 すると、胸に手を当て、まるで思い出したように胸ポケットを探り出した。

 取り出した時に握られていたのは、赤地のお守り。家内安全など祈願は書かれていない。

 

「それは?」

 

 津山士長が訊ねる。

 

「櫻井教授からの贈り物さ」

「櫻井女史から、ですか? でも櫻井女史は……」

「ああ、死んでるさ。研究室から見つかったんだ。手紙と一緒にな」

「手紙には、なんて?」

 

 訊ねられ、窓の外へ視線を移す。午後の日差しは眩しいが、それも直に彼方へ消える。

 見えてきた目的地を見つめながら、鏡華はまるで自分に言い聞かせるように答えた。

 

「『IFとして遺すわ。でも勘違いしない事。あなたが選ぶんじゃない、選ばれるのを待っているだけ。世界の選択はいつも非情よ』」

「……はぁ?」

「訳分かんねぇでしょ? 俺も分かんねぇ」

 

 昔から意味不明な言葉を発していたが、今回のコレは群を抜いてハテナだ。

 何を伝えたいのか、まるで分からない。

 

「中に何か入っているようだけど? 取り出してみないのか?」

「お守りの中身を取り出したり見たりするのは罰当たりだと教わったものでね、いくら櫻井教授からの贈り物だろうと出すわけにはいかないよ」

「また変な所で硬いな、君は」

 

 ほっとけ、と鏡華はお守りを胸にしまう。

 会場に到着し、人だかりの少ない場所に止めてもらう。

 

「そんじゃ、あんがとな津山士長」

「いえ、これも仕事ですから」

「真面目だねぇ。うちの片翼みたいだ」

「ははっ、もう片翼にも言われましたよ。その言葉」

「だろうね。――そんな真面目な津山士長に、俺からプレゼントを」

 

 そう言って取り出したのは一枚のCDケースと長方形の紙。

 

「これは……?」

「俺達が作った非売品、サイン付きアルバムだ。チケットは今日のライブの一般席だけど、俺が厳選した場所だからかなり良い席のはずだぜ」

「ッ――! 気持ちはありがたいんだけど、自分にはまだ仕事が……」

「そう言うと思って、勝手に有給取らせていただきました」

 

 笑みを浮かべたまま敬礼の真似事をする鏡華。

 呆気に取られた津山士長は、数秒後にやれやれと云った様子で肩を竦めた。

 

「まったく。上司に怒られるのは自分なんですよ?」

「上司のお墨付きでも? 聞けば、ここ暫く有給全く使ってないそうじゃないッスか。上司さんもここらで一回有給を消化して欲しかったみたいだぜ」

「……はぁ」

 

 ――だから私服で同伴させたのか。

 抜け目ない鏡華の行動――いや、多分きっと、あの歌姫も一枚噛んでいるだろう――に苦笑を浮かべざるを得ない津山士長はエンジンを切り、シートベルトを外す。

 

「ここまでされて断る事が出来る人間がいたら、“俺”は見てみたいね」

「ヴァンなら理由があれば断ると思うぜ」

「ははっ、なるほど。彼なら納得だ」

 

 笑い、差し出されたままだったCDケースとチケットを受け取る。封はされていなかったので早速開き、プレイヤーに入っていたCDと入れ替える。

 

「時間までたっぷりと聞かせてもらうよ」

「未発表の曲もあるからたっぷり楽しんでくださいね」

「家宝物だな、そりゃ」

 

 驚く津山士長に会釈し、その場を去る鏡華。

 鏡華を見送り、津山士長はシートを倒し再生ボタンを押した。流れ始めるツヴァイウィングの曲。

 津山士長は心地いい感覚に身を任せて瞼を閉じるのだった。


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