戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

38 / 72
Fine8 騎士王Ⅱ

 世界は闇に染め上げられる。それでも人が造り上げた街は闇を嫌うかのように灯りを灯し続けている。

 そんな人工の光から離れた海中に潜航する二課。そこで待機していた響はあれからずっと後悔に苛まれていた。

 外へ投げ出された響を助けたのは響自身ではなく、未来だった。

 ギリギリの所で響の手を掴んだまではよかった。だが、未来の膂力では響を引っ張り上げる事は叶わず、更にはそのままでは二人一緒に落下してしまう。

 

『未来、手を離して』

 

 だから響は、未来にそう言った。

 自分なら落下しても聖詠さえ唱う事ができれば着地できる。そう判断した上での言葉だ。

 未来も分かっていただろう。だけど頑なに手を離そうとしなかった。それ以上に響の命を削りたくなかった。それ故に手を離さなかった。

 

『未来は頑張って私を助けてくれた。だから、次は私に頑張らさせて?』

 

 だから、響が手を離した。

 前も、さっきも、そしてこれからも助けてもらうために。

 未来を助けるために――

 涙を流し落下する響の名前を叫ぶ未来に薄く笑い、聖詠を唱い防護服を纏う。途端に火がついたように全身が熱を発するが無視する。

 脚部のパワージャッキをオーバースライドして、着地の衝撃を緩和して着地した。

 

『未来――!』

 

 着地の衝撃で地面がヘコんだが気にせずに上を仰ぐ。

 崩壊まで時間がない。急いで未来を助けないと。

 しかし、響は見上げるだけしかできなかった。

 

  ―爆ッ!

 

 見上げた瞬間だったのだ。その、崩壊の瞬間は。

 さっきまで未来と一緒にいた場所が見上げた瞬間に――爆発した。爆発してしまった。

 連鎖するように周りも次々と誘発していく。

 響達のようにシンフォギアを扱えるならばギリギリで何とか脱出できる。だが、未来は適合者でも融合症例者でもない。

 未来は――普通の女子高生だ。

 普通の女子高生が爆発に巻き込まれたら――辿る道はただ一つ。

 

『み……く……?』

 

 よろよろと体勢を崩し、その場に膝をつく。

 そこから先の事はあまり記憶がはっきりとしない。

 シンフォギアが解除され、囲んでいたノイズは翼と奏、クリスとヴァンが対処して、友里が運転する車両で二課に戻って――

 

「入るぞー、響」

 

 扉が開く音。明らかに事後承諾だが、咎める声もない。

 響は俯いていた顔を上げる。部屋に入ってきたのは奏だった。

 

「奏さん……」

 

 やっ、と軽く片手を上げる奏。

 だけど次に口を開いた言葉は重かった。

 

「いつまで現実逃避してんだ?」

「ッ……」

「いや違うか。現実は認めてヘコんでんだもんな。えーっと、いつまで塞ぎ込んでんだ?」

 

 返す言葉もない。返す言葉はない。

 いつもであれば冗談くらい言えるはずなのに、どうしても口が回らない。

 

「生きてるとは考えないのか?」

「私や奏さんのようにシンフォギアを持ってないんですよ未来は。普通の女の子があの爆発の中で生きてられるなんて……」

「まぁ確かにそうだ。可能性は限りなく低いな」

 

 奏だって馬鹿でもそれぐらい判断できる。

 それに目の前で大切な何かを失う経験を味わっている奏は、無闇に安易な事は言いたくなかった。

 

「ノイズの襲撃。高い場所の崩壊。逃げ場のない所での爆発。ぶっちゃけ助かる可能性なんてゼロに近い」

「ッ……!」

「でも、今回ばかりはゼロじゃない」

「え……?」

 

 奏の言葉に思わず言葉が出た。

 

「今、ノイズはF.I.S.の制御下だ。ノイズの出現イコール近くにF.I.S.がいたって事になる。んで、消火したスカイタワー内部を緒川さん達が調べる前にヴァンとこっそり入ったんだけどな」

「よ、よくバレませんでしたね」

「うんにゃバレた。さっきまでダンナにお説教されてた」

「あ、あはは……」

「で、だ。展望台の下の複数階、会議室や通路ばっかだったんだけど、そこに数人の一般人と武装した人間の死体がいくつもあった」

 

 いきなりの言葉に響は驚く。

 したい、姿体、肢体、死体――

 火災現場で見つかる「したい」と云えば、当然「死体」が妥当だ。

 

「あんまり気持ちいい話じゃないけど最後まで聞いてくれよ。ヴァンの見立てだと、一般人の死因は銃で撃たれたから。武装した人間……ヴァンは米国の軍人だって断言してた人間は、数人がものすごく重い一撃による即死で残りが爆発や瓦礫の下敷きとかだって言ってた」

「えーっと、ここは気持ち悪くなるべきですか? 鏡華さんの身体見た事あったから気持ち悪くなれないんですけど」

「安心しな響、それが普通。鏡華の身体見たら大概は平気になれる」

 

 からからと話している内容の割に軽い口調で笑う奏。

 響はどんな顔をすればいいか分からなかったので、一先ず奏に合わせて笑っておいた。それでもとても乾いた笑いだと云う事は自分でも分かった。

 

「それでついでに展望台にも行ってみた。幸か不幸か“一般人の死体”は一つもなかった」

「そう、ですか。よかった……」

 

 そこであれ、と気付く。

 奏は一つもなかった、と言った。

 

「奏さん。誰も死んでいなかったんですか?」

「うん? うん、誰も」

「それは——未来のも、ですか?」

「さあ」

 

 楽しそうな笑みを浮かべて奏は背中を向ける。

 

「ちょっと奏さん!?」

「知りたかったらおいで。ダンナが教えてくれるかもよー?」

 

 くるくると踊り、部屋から出て行く奏。上手くかどうかは知らないが、上手くはぐらかされた気がした響は立ち上がり、部屋を出て奏を追い掛けた。奏はいつの間に、と云う速さで踊り、歌を歌いながら廊下を進んでいる。聞いた事がない歌だったので新曲か即興だろう。

 にしてもだ。

 

「ちょっ、奏さん足はやっ! 私を置いてったら意味ないですよ!? 師匠の居場所知らないんですから!?」

「わ、わ、わ、分からず屋〜」

「誰が!?」

「わ、わ、わ、私がさ〜。勉強関連だけど」

「まさかの自虐ネタを歌にしてる!? 確かに奏さん、遠見先生と同じくらい勉強してないですけど!」

「鏡華よりは勉強できるさ」

「うひゃあっ!? 突然目の前に現れて言わないでください!」

「でも一割ぐらい上なだけなんだけどな」

「思いのほか謙虚だった! ちなみに一割の目安は……?」

「広辞苑一冊分」

「意外と分厚くて謙虚じゃない!」

 

 ——なんて。

 割とツッコミ役が定着してきたんじゃ、と思ってしまうほどの受け答えを続ける二人。

 それとなく奏が誘導して弦十郎の許に連れてきた時、響はいつもとそう変わらない表情を浮かべていた。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 文献や叙事詩などに記録される英雄は何人もいる。

 その中で、英雄と評される者の多くは誰しも強大な敵と戦い、勝利を収めている。

 特に人外なる存在、悪魔や大蛇、化け物——そして竜。

 しかし、エクスカリバーを所有した騎士王アーサー・ペンドラゴンは竜と関係あれど戦ったわけではない。

 ペンドラゴンとは竜の頭を意味し、『騎士の長』、『偉大な騎士』、『王』などの意味合いを持っている。これはアーサー王の父にして先王のウーサーが王になる前、戦いの最中に軍を率いていた時に突然空に明るく輝く大きな星が現れたらしい。その星は、まるで燃える火の竜のようだった。それをマーリンが見て、予言をウーサーに伝えた。予言の内容は割愛するが、その後マーリンの予言通りになっていき、ウーサーは王となった。ウーサーは王となる事ができた火の竜の星を記念して二匹の黄金の竜を作り、いつしか臣下からペンドラゴンという称号で呼ばれるようになり、彼もまた名乗るようになったそうだ。

 

「それは正しくあり、また間違いでもある」

 

 そう言って、アーサー、否、アーサーの姿をした赫い竜ウェルシュは鏡華と同じ目線に足を下ろした。

 

「ウーサーに二匹の黄金の竜を作るよう進言したのは魔術師だ。そしてペンドラゴンの名を広めたのもまた魔術師の仕業」

「本当のペンドラゴンってのは、白い竜と赫い竜の二匹……?」

「うむ。と、頷いてはいるが、私やアルビオンが名乗ったわけではない。全部あの魔術師が仕組んだ事だ」

 

 忌々しいがな、と最後に付け加えて腰を下ろす。いつの間にかウェルシュが腰を下ろした先には椅子があり、湯気を立てるカップとクッキーらしきお菓子が置かれた机も現れていた。

 ウェルシュに促されて、鏡華も対面に座った。

 

「……もしかして、ヴォーティガーの前に現れた時の事も仕組まれてた事だったり?」

 

 お茶を飲むウェルシュは鏡華の言葉に、笑みを浮かべてソーサーにカップを置く。

 

「我らと魔術師が出会ったのは……いつだったか。ああ、誤摩化してるわけではない。鞘に我らの一部を与える前の事は曖昧でほとんど憶えていないのだ。ヴォーティガーの件もそなたの記憶にあったものを見て思い出したのだしな」

「よーやるわ。……ん? でも、その話を信じるとマーリンは自分がヴォーティガーの前に連れてこられると知っていたのか?」

 

 カップに注がれたお茶を口に含みながら聞く。聞いた後で首を傾げ、机の中央に置かれたクッキーに手を伸ばして一口食べた。もそもそと咀嚼し残りを放り込んでお茶を飲み干す。

 そして、先の質問の答えを聞く前にもう一つ質問した。

 

「この紅茶とスコーン? 美味いな。英国って食事が不味いって聞いた事があったんだけど」

「……」

 

 ウェルシュは笑みを浮かべたまま。

 心なしか張り付いているようにも見えなくもない。

 しかしそれもすぐに解けて、ため息を吐いた。

 

「一応、先の問いに答えておこう、分からん。――我が国は紅茶と菓子類はとても美味い。スコーンは飲み物がないと食べ辛いがそれでも美味に位置している。問題は食事だ。ああ、先に言っておくが朝食“だけ”は美味いぞ。今だから言えるが一日の食事は全部朝食のメニューがよかった。よくもまあ朝食以外を食えていたものだよ、半身たるアーサーは。まあ朝食も朝食で味をつけずに食卓に出されていたから、あくまで調味料などで味をつけて食べた場合だったがな。さて、問題は夕食や宴の時の食事だ。あれを夕食や宴とは言いたくないが、一応あれは夕食や宴だろう。一応、一応、不本意だが、何故食事が殺し合いに発展するのだ。大体――」

「……」

 

 今度は鏡華が呆気に取られて言葉を失う番だった。

 ほんの少し前に関わったばかりだが、ウェルシュに食事の話を振ってはいけないとすぐに理解した。

 何故なら、目の前のウェルシュは未だに語り続けているのだ。それも笑みを浮かべて、だけど眼だけはまったく笑っておらず、むしろ冷めていっている。

 

(眼が語っているよ。——どんだけ嫌だったんだよっ)

 

 とはいえ、鏡華も何故ここまで彼が嫌悪しているのかは想像できている。

 中世の宴会風景は、机に載せられた料理に我先にと群がり、ナイフを突き刺して肉を切り取り、手掴みでそれを取り上げ口に詰め込む。個人の皿はなくフォークもない。切ったり突き刺したりするフォーク代わりのナイフは自分で用意した物で、酔っぱらったらこれで宴会のメンバーと殺し合う。

 たかが食事で殺し合うのだ。それも味方同士で。

 彼でなくともそんな食事認めたくないだろう。鏡華だって嫌である。嫌と云うか参加したくもない。

 

「そもそも——いや、すまない。話が逸れてしまった。食事の事になるとどうしても、な」

「まあ、大体の理由は知ってますけど……あれって事実だったのか?」

「非常に不本意だが……いや、もうよそう。話を戻そう」

 

 自分を落ち着けるために紅茶を口に含み、ウェルシュは息を深く吐く。

 それを見て、口にするのはもうちょっと勉強してからにしよう、と鏡華は深く思った。

 

「さて、話を戻すとは言ったが、一体何を話そうか」

「せっかくの機会なんだ。アヴァロン——鞘について、がいいな」

「ふむ……そうだな。そうしようか」

 

 ——時間は有限なのだから。

 そう言ったウェルシュの瞳はひどく優しく、同時に儚げであった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「騎士王の鞘、魔法の鞘、アヴァロン。呼び方に違いはあれどそれらが指しているのは、騎士王アーサー・ペンドラゴンが魔術師マーリンから譲り受けた所有した鞘である事。鞘は不老と不死を持ち主に与える事ができる」

 

 しかし——と。

 ウェルシュは紅茶をかき混ぜたスプーンを振った。

 

「本質だけを言ってしまえば、“鞘にそんな能力などない”」

「——は?」

「人の子が自然の理を簡単に書き換えられるわけない。それは魔術を扱える異端の子であろうともな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。不老不死の能力はない? でも実際に……」

「そもそもだ。“不老不死などと誰が言った”?」

 

 誰って、と鏡華は口を閉ざす。

 誰、と指定されても鏡華には答えようがない。何故なら鏡華が、いや今現在においてそれらを教えてくれるのは——

 

「そう。不老不死などと“教えた者などいない”。そなたらの知識は全て書物から識ったもの」

「ああ」

「更に問う。それら書物は誰が書いた?」

「……あ」

 

 鏡華は思わず声を上げた。

 

「書いたのが誰だったかは忘れたけど、書かれたのは……だいぶ後だ」

「そう。後世の人の子が書いたと云う事はつまり、本当の事を知らない。無論、その者なりに調べたりしたのだろう。だがしかし、過去の事を正しく書く事など無理がある。支配者が残そうとする記録が支配者の都合によって改竄されるなどよくある事だろう?」

「……」

「詰まる所、そなた達は残らず騙されていると云う事だ。とは云え、そこに誰の善意も悪意もない。単純にそれが、人の子の歴史が積み上げた結果なのだろう」

 

 ミルクを注いだ紅茶を飲み干したウェルシュがそう締めくくる。

 ソーサーにカップを戻し、パチンと指を鳴らす。

 

「では語ろうか。赫い竜(ウェルシュ・ドライグ)が、騎士王(アーサー・ペンドラゴン)が、偶然なのか必然なのか鞘を抱くに至った遠見鏡華(新たな担い手)に、“我ら”が識る騎士王伝説を。過去でも未来でもない現代(いま)の王であるそなたは——」

 

 ——どのような運命を標にするのだろうな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。