戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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遠き彼の日、少年は人を捨て、王となった。
十の歳月、十二もの会戦を、一度も振り返らず、
勝利の為に駆け抜けた王に、敗北などありえなかった。

Fine8 騎士王

かつての王にして未来の王。然れど王になるべきでなかった少年。
優しき少年であった伝説は――今代の王に何を語り何を糺すべきか。


Fine8 騎士王Ⅰ

 アーサーと云う名前を、未来は鏡華から騎士王の鞘、アヴァロンを教えてもらってから何度か調べた事があった。

 ――アーサー・ペンドラゴン。

 岩に刺さった選定の剣を抜く事に成功し、騎士達の王となった少年。

 彼の許に集う、円卓の騎士と呼ばれる十二人の騎士。

 アーサー王が抜いた、もしくは湖の乙女から借り受けたとされる聖剣。

 カムランの丘と云う場所での最後の一騎打ち。

 そして、アーサー王の死。

 本で読んだ訳ではない。大まかな流れをネットで見つけただけ。

 客観的に見れば壮大な創作物であり現実味は薄い。

 まあそれも当たり前かもしれない。文学寄りの物語らしく、出てくる人物の設定や所持している武器も存在してるとは思いにくい。

 だが、未来はこれが本当にあった事だと知っている。何度か眼にした鏡華やヴァンの聖遺物が何よりの証拠だ。

 

 しかし、だ。どうしても目の前で起こった事だけは、肯定も否定もできないでいた。

 捕虜として扱われ、簡易な牢屋の中で座りながら未来は溜め息を漏らした。

 未来の隣では、さっきからジッと正座で瞑想している鏡華。しかし中身は鏡華ではない、らしい。

 

「……どうした?」

「何でもないです。――アーサーさん」

 

 鏡華の声で自己紹介してきた彼は、自分を“アーサー・ペンドラゴンと名乗った”。

 自己紹介して――それきり。

 それ以上の説明なんてなかった。

 状況がまったく理解できず、未来は一先ず日向の指示に従って、こうして牢屋で捕虜になっていた。

 

「……ふぅ」

「だから、一体どうした。溜め息は君らしくない」

「知ったように言わないでください」

「知っているのだから言っているんだ。私と君に接点はなくとも、宿主(キョウカ)とはあるだろう」

「……」

 

 何だろう。

 鏡華と真面目に会話した事は何度もあるが、それ以上に緊張してしまう自分を感じる未来。

 まるで下っ端職員がいきなり社長と対面してしまったようだ。働いてないからあくまで想像だが。

 アーサーはそんな未来の事を気にする事なく、口を開く。

 

「さて、彼に対する説明もウェルシュがしてくれるようだ。今なら君の質問に答えよう」

「彼に対する説明? それって鏡華さんの事?」

「ああ。彼――つまりは我が鞘の新たな所有者に“なりかけている”鏡華の事だ。彼奴は仮とは云え鞘の力を半分まで引き出した。しかし、流石に普遍の人の子が無理をしすぎている。故に一度休息を与えるため、強制的に私と云う人格を覚醒させて魂を眠りに就かせたのだ」

「無理を、しすぎている……?」

「うむ。私は生前、多くの精霊や湖の巫女の加護を得ていた。故に鞘の能力に対する最低限の“備え”はできていた。しかし、鏡華はそんなもの一切持ち合わせてない。よく二年の月日を耐えたものだ」

 

 アヴァロンの代償について、未来はあまり聞いた事がなかった。ただ、人間には過ぎた恩恵の反動だ、としか鏡華は言わず、それ以上は言いたくなさそうだったのだ。

 

「あなたは本当に……本当に、あのアーサー・ペンドラゴンなんですか?」

「あの、と云うのが鏡華の記憶にある『アーサー王伝説』などの書物に出てくるアーサーを指しているのであれば、肯定と頷こう。肉体を失い、鞘に記憶され記録だけの身になった存在だが、私は間違いなく円卓の騎士を率いた騎士王、アーサー・ペンドラゴンだ」

 

 閉じていた瞼を開き、初めてはっきりと自己紹介した。

 未来にも分かる堂々たる風格と態度。姿は鏡華だが、この空気は本当に別人だ。

 

彼の心(アルビオン)の方も説明を始めたようだ。こちらも語ろうか――私が知り得る鞘と、私の人生を」

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「書物の中で、アーサーは選定の剣。ぶっちゃけてしまえば遠見鏡華が使うカリバーンを抜いて王座に着いた。詳細は省くが記された通り、十年の歳月で十二の会戦に勝利して、騎士国を平定したそうだ」

 

 素顔を晒したオッシアはマリア達フィーネのメンバーの前で、そう語り始めた。

 

「その中に登場しながらも簡潔な説明と結果だけが記された道具。それが遠見鏡華の完全聖遺物だ」

「騎士王の鞘……アヴァロンですね」

「それは奴が勝手に命名した名だ。本来、アヴァロンとはとある島の名。知っているかもしれないが、カムランの丘での戦いで死亡したアーサーの肉体が眠り、いつか目覚めるとされている約束の地らしい」

 

 また、アーサー王は死んだのではなく、あくまで身体と心を休めるために眠りに就いているだけとされる場合もある。

 どちらにせよ、共通している事は、『ここに、過去の王にして未来の王アーサーは眠る』と云われている。

 

「それが鞘によって復活した、と云う事ですか」

 

 ナスターシャの言葉に、オッシアは首を振った。

 

「いや、鞘に記録されたアーサーは記憶されているだけに過ぎない。復活とは程遠い」

「じゃあ、本当にアーサー王はいつか蘇るんデスか?」

「それは知らん」

 

 オッシアの否定に、質問した切歌と調は首を傾げる。

 

「切歌と調は知らないはずだな。ならちょっと『アーサー王伝説』の勉強だ。不老不死を与える鞘を持っているアーサー。ならば何故アーサーは最後の戦いで致命傷を負ったんだ?」

「それは……何でデスかね」

「あ……その時、鞘を持ってなかったから?」

「正解だ。アーサーは騎士国平定後から最後の戦いの間に、鞘を失っている。否、盗まれた、と云った方が適切か」

 

 一説ではアーサー王の鞘を盗んだのは彼の異父姉とされている。

 だが、オッシアはそこまで脱線はせず、話を元に戻すよう進路を進めた。

 

「つまり、だ。鞘をアーサー王が所有していたのはある時期まで。盗まれてからの事は鞘の記憶にはない」

「ふむ。とても興味深い話ですね。武器だけでなく過去の記憶まで残っているとは。これが本当の本物の完全聖遺物。英雄が使っていた武具の能力(ちから)……!」

「言っておくが、調べようと思うなよウェル。いくらオレが遠見鏡華(ホンモノ)とは違っていようと、鞘に関する事だけは奴と同じく不干渉させないつもりだからな」

 

 興味を示すウェルに、鋭い眼光と共に釘を刺しておくオッシア。

 奏者である調や切歌が背筋にぞくりと悪寒を感じるほどの眼光。にも関わらず、ウェルは気付いてないかのように仰々しく一礼する。

 

「……さて、と。残りは一番気になっているであろうオレの存在だろうな」

 

 ウェルの言動はいちいち気になるが、意味合ってやっているのか、はたまた無意識なのか、考えるだけ時間の無駄だろう。

 そう判断したオッシアは、視線を戻して自分と云う存在を話し始めた。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 すごく心地良い気分だった。

 全身を熱くもなくぬるくもない、人肌に近い温度のお湯で覆われているかのようだ。

 今までの痛みとか疲労が洗い流されていく。

 ――あー、もう何か色々どうでもいいわー。

 この心地良さには誰もが抗えない。抗えないもん。

 自分にそう言い聞かせて、心地良さから脱却する、なんて考えを遥か彼方の理想郷のまた更に先にぶん投げてしまう。

 

「いや、投げるでない」

 

  ―撃ッ!

 

 耳にそんな言葉が届いた瞬間、背中に衝撃が襲い掛かった。

 以前、奏の全力ガングニール打法を無防備に喰らった時並みの衝撃だ。背中が爆ぜたのではないかと錯覚してしまう程である。

 心地良さから一転、身体中が痛みに悶える。

 

「痛ってぇ……!」

「ほう。今のを痛い“だけ”で済ますか。普遍の子がよくぞここまで鞘に適合したものだ」

 

 短い悲鳴を上げる鏡華は掛けられた声に、痛みを堪えながら視線を上げた。

 真っ白とも真っ暗とも、広くとも狭くとも感じる摩訶不思議な空間。

 そこに足を組んで座っているように浮いている一人の男。会った事のないはず、だけど鏡華は目の前の人物とどこかで会った気がしてならない。

 

「初めまして、とでも言おうか。これまでずっと共にいたが、言葉を交わすのは初めてだろう」

「……?」

「そうだな。混乱しても困る。今はアーサー・ペンドラゴンとでも名乗ろうか」

「アーサー、ペンドラゴン……? ――ッ」

 

 一瞬、誰の事か迷ったが、すぐに誰であるか導き出す。

 思考がフル回転して、仮説をいくつも立てていく。そして、一番可能性の高い仮説を鏡華は口にした。

 

「鞘に記録されたアーサー王の記憶」

「いかにも。こうして言葉を交わす事ができて嬉しいぞ。過去でも未来でもない今の王、遠見鏡華」

「初めまして、でいいのか? それともこうか? 拝謁できて光栄の至りでございます、陛下」

 

 痛みなど遥か彼方。鏡華は恭しく片膝をつき胸に手を当てて、臣下の如く頭を下げた。

 

「顔を上げよ。今の私は王ではない。王の記憶を持った偽物だ。陛下ではなく、そうだな、ウェルシュと呼んでほしい」

「……そうかい。だが、記憶だろうと、会う事ができて嬉しいのは本当だ」

「うむ。――さて、時間が惜しい。遠見鏡華、(しば)し話に付き合え」

「御意」

 

 だからやめよ、とウェルシュは微笑む。

 その顔はひどく穏やかで、とても鏡華が鞘の記憶で見たアーサー王本人に見えない。むしろ、その顔は少年のようで――

 

「ふむ、さて何から話そうか。……そうだな。では、先に鞘について話そう」

「鞘……アヴァロンの事を」

「少し確認だが、そなたは鞘についてどこまで知っておる?」

 

 ウェルシュの問い掛けに、鏡華は少し考えてから答える。

 

「王に即位したあなたに魔術師が渡した魔法の鞘。不老と不死を与える能力。途中で誰かに盗まれた事。これぐらいかな」

「うむ、少ないが間違いはあまりない。説明なく云えるのは、鞘の真銘は違うと云う事のみであろう」

 

 手を空中に差し出す。黄金の光と共に具現化するアヴァロン。

 

「順を追って話そう。初めに、この鞘は元々このような物ではなかった。マーリン――奴は魔法使いと自称したが、魔術師だな――が所持していた頃は、ただ記録する事ができる鞘であった。それが不老と不死を与える鞘なったのは――ヴォーティガーの時代だ」

「ヴォーティガー……? ……確か、ブリトン人諸侯だったか。それってアーサー王が生まれる、それこそウーサー・ペンドラゴンが王になってすらいない頃だよな」

「そなたは基本の学はからっきしのはずなのに、そう云った事に関しては詳しいな」

「身近にいた人がそう云う事に詳しかったんで」

「そうであったな。そなたの記憶も鞘から流れてきている。ならば『ブリタニア列王史』でヴォーティガーに関係のある箇所を話してみろ」

「『ブリタニア列王史』?」

 

 なんで彼がそんなものを知っているのか、鏡華は気になったが口には出さず、言われた通り話した。

 ヴォーティガーに関する箇所と云えば、赫い竜と白い竜からだろう。

 鏡華は眼を閉じて内容を思い出す。

 

 当時、大君主であったヴォーティガーは、傭兵として雇っていたサクソン人の反乱により退却した後、宮廷に仕えていた魔術師達の助言を受けて堅固な塔を建設しようとした。ところが、塔を築こうとしても基礎が一夜にして地中に沈んでしまう。

 そこでヴォーティガーは再び魔術師達に相談すると、

 

「生まれつき父親のいない少年を探し出してその血を礎石のモルタルに振りかけるがよろしい」

 

 ――と言われた。

 そして、当時、少年であった、将来の魔術師マーリンが生贄として見出された。

 ヴォーティガーが事情を説明すると、マーリンは、

 

「魔術師達を呼んできて下さい、彼らの嘘を証明致しましょう」

 

 恐怖する事も、生け贄に対する不満もなく、ただ笑ってそう言った。

 しばらくしてヴォーティガーと招集された魔術師達の前で、

 

「土を掘り起こすよう工人達に命じて下さい、そうすれば塔の基礎の地下に水溜りが見つかるでしょう、そのせいで基礎が沈んでしまうのです」

 

 と何事もなく告げた。

 ヴォーティガーが半信半疑のまま塔の下を掘らせてみると、マーリンの言った通り、水溜りが出てきた。

 マーリンはヴォーティガーの魔術師たちに向かってこう言った。

 

「嘘の上手なおべっか使いの方々、水溜りの下には何があるかご存じですか」

 

 皮肉たっぷりの問いかけに魔術師達は口々に叫ぶが、マーリンは異に介さず、今度はヴォーティガーに対して言った。

 

「池の水を抜き取るよう命じて下さい、すると水底には空洞があり、そこで竜が争っているでしょう」

 

 ヴォーティガーが水を抜かれた池の底に座していると、なんと赤い竜と白い竜が出現し、二匹は相手に接近して、互いの姿を認めると戦いを始めた。

 有利だったのは白い竜。しかし、一時は劣勢に見えた赤い竜は、しばらくして勢いを盛り返し、白い竜を退かせた。

 驚きで傍観のままだったヴォーティガーにマーリンはこう予言したらしい。

 

「赤い竜はブリトン人、白い竜はサクソン人。この争いはコーンウォールの猪が現れて白い竜を踏みつぶすまで終わらない」

 

 この予言は数十年後、コーンウォールの猪ことアーサー王がサクソン人を破るという形で当たる事になる。

 

 ――とまあ、ざっとこんな所だ。

 眼を開けて視線をウェルシュに移すと、ウェルシュは頷いてから口を開いた。

 

「それは紛れもない事実だ。そして、マーリンの予言通りヴォーティガーは討たれ、父上(ウーサー)が戦いの果てに王となり、私が彼らを破った。だがしかし、鞘とヴォーティガーはまったく関係ない」

「関係ないのかよ」

「関係するのは――赫い竜と白い竜」

 

 不意に鏡華は恐怖を感じた。背筋を嫌な汗が流れる。

 周りは見慣れた鞘内の内包結界。目の前には穏やかに微笑んだままのウェルシュ。

 どこに恐怖する理由があるのだろうか。

 

「遠見鏡華。両の竜の名を言ってみよ」

「……白い竜はドライグ・グインやドライグ・アルビオン。赫い竜は確か――」

 

 口にしようとして、ハッとした。

 待て。この名前、これは、なら、まさか――

 考えに考えて、答えは見つからず。

 鏡華は一度だけ息を吐いて、吸ってから答えた。

 

「ウェルシュ・ドライグ――あなたが呼んでほしいと言った名前」

「うむ。やはりどこまでも詳しいな、当たりだ」

「そんな……まさか、そんな、それが答え、なのか……?」

 

 鏡華の驚愕した表情を見て、ウェルシュは笑みを深めた。

 そして一度だけ頭を下げて言った。

 

「そなたには嘘をついたな。私はアーサー・ペンドラゴンではない。いや、正確にはアーサー・ペンドラゴンではあるが、アーサー・ペンドラゴンの意識ではない。我が真名はウェルシュ・ドライグ――赫い竜であり、鞘に封じられし騎士国の竜王(ペンドラゴン)の一匹だ」


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