戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine7 昏迷の心達Ⅳ

 雲も少なく、快晴と云っていい晴れた日。

 切歌は幹に凭れて、風に揺れる洗濯物を眺めながら物思いに耽っていた。

 それは数日前に自分達の身に起きた出来事――を回避するに至った出来事。

 

(アレは……本当に私のした事デスか……)

 

 自分と調を守るために覆い被さったオッシア。

 更にその上に三人を守るように展開された障壁。

 

(オッシアはアレを《ASGARD》と呼んだ。その名前は先代フィーネが使った技デス)

 

 彼はその名を呼んだ時、驚いていた。まるで予想外の事のように。

 調はLiNKERの影響で倒れて意識が朦朧としていた。何かをする事なんてできない。

 つまり、発動できるのは切歌だけ。

 しかし切歌には技を発動した自覚がない。

 それはもしかしたら、

 

「……ッ!」

 

 身体が悲鳴を上げたくなる程、両腕で身体を強く抱き締める。

 無意識に息を呑む。呼吸が荒くなる。

 リインカーネーション――フィーネの転生システム。

 日向を除く切歌達フィーネのメンバー、いや、F.I.S.に集められた子供達は全員、フィーネの魂が宿る可能性があるとされる器であり、そのためだけに生かされた孤児だ。

 そして、フィーネの魂はマリアの身体に再誕した――はずだった。

 

(もしかしたら、それは嘘かもしれないデスけど……)

 

 切歌は別に、マリアがフィーネが宿ったと云う嘘をついていた事に怒る気はない。マリアがフィーネの魂を継承したと言った時、切歌は心のどこかで「自分じゃなかった」とホッとした自分がいる事に気付いていた。そんな事を考えてしまった自分が許せなくて、そしてこれでマリアは消えなくなるんだと安心もした。

 でも――

 

(もし、私にフィーネの魂が宿っているのだとしたら、私の魂はいつか……)

「パンツが丸見えだぞ切歌」

「そう、私の魂はパンツになる……なるわけないデス!?」

 

 シャウトしながら視線を下げるとオッシアが立っていた。

 顔は見えないがキョトンしているのが分かったのは、気のせいだろう。

 

「は? 何言ってるんだ? お前」

「デ、デェース!」

「何でもかんでもデスで済ませられない、と調が言ってたな」

「デース……」

 

 最近習った四つん這いの姿勢でショックを見せるポーズを取る。俗に言う「乙……」と呼ばれるポーズだ。

 オッシアは喉の奥で笑うと隣の木に立ったまま凭れた。

 

「……何しに来たんデスか」

「調に料理を教えていたんだが、上達するのが早いおかげで少し暇になってな。外に出てみればお前がパンツ丸見せで落ち込んでたのが見えたんで、声を掛けただけだ」

「マリアと日向は……マムとお出掛けだった。ドクターの野郎はどこ行ったデス」

「知るか。俺はウェルのお目付役じゃない。おさんどんがやれ」

「おさんどんはおさんどんで忙しいんデス!」

「パンツ丸出しでボケッとしている奴のどこが忙しいんだ、あ?」

 

 オッシアのドスの利いた声に反射的に謝る切歌。

 

「まあそれは脇に置いとくとして――フィーネの魂の事を考えていたんだろ」

「……っ、オッシアはエスパーデスか!?」

「切歌が考え込むようになったのは、あれ以降だからな。事情を知ってる奴なら一発で分かる」

 

 けどま、と言って、オッシアは凭れていた木から離れる。

 切歌が凭れている木の反対側に腰を下ろした。

 少しの間だけ静寂が訪れる。

 黙っているのに耐え切れなくなった切歌が思い切って口を開いた。

 

「オッシア」

「なんだ」

「フィーネの魂が宿ったのは、マリアじゃなくて私かもしれないデス」

「そうかもしれないな。そうじゃないかもしれないが」

「仮にフィーネの魂が宿っていたとして、そうなったら私の魂は塗り潰されるデスか?」

「さあな。オレはフィーネじゃないから分からん」

 

 即答するオッシアに切歌は「そう、デスね……」と呟くように言った。

 今の切歌の状況は不安定だ。オッシア以外にこの秘密を喋る事ができない。魂が塗り潰されると云う悪い“もしも”の事ばかり考え、負のスパイラルに陥り始めている。

 仕方ないな。

 そう、オッシアは溜め息を胸中で漏らした。

 

「昔……」

「……?」

「昔、一人の男の子がいた。男の子はいつも独りぼっちだった」

 

 唐突に始まった独り語りに、切歌は静かに耳を澄ませた。

 

 ――男の子の両親は考古学者として遺跡を巡っていただけなので、天涯孤独ではなかった。それでも、まだ危ないからと一緒には連れて行ってもらえなかった。

 男の子は両親が出掛ける間、両親の知り合いの女性に預けられていた。

 女性は若いながらも一人の研究者だった。預かった男の子を研究室に置いて、忙しいにも関わらず色々な話をしてくれた。だから男の子は寂しいと云う思いはなかった。

 

「それから少し経って、男の子は初めて両親と一緒に遺跡に行く事になった」

「やっと行けるようになったんデスか。よかったデス」

「ああ。遺跡に行って――ノイズに両親を目の前で殺された」

「……ッ!」

 

 ――話を続けるぞ。

 ノイズに両親を殺された男の子は両親の知り合いの男性に引き取られた。

 ただ、男性も忙しい頃だった。だからそれからも時々、男の子は女性に預けられていた。

 そんな日々から十数年が経った。男の子は少年へ、青年へ成長していた。

 青年となった男の子はある理由から姿を消し、姿を現してからはある戦いに身を投じていた。

 何度も戦って――最後の敵が自分を預かり育てもしてくれた女性だと知った。

 否――気付いていた。

 

「それは何故デスか?」

「男の子はノイズに両親が殺された時から不思議な夢を見ていたんだ。ノイズを操る不思議な巫女の夢。その巫女が使う不思議な技の夢を。そして男の子はある時、女性が巫女と同じ技を使う所を見てしまった。だから気付いた」

 

 ――最終的に、男の子は巫女になった女性に勝った。

 負けた女性は消えようとしていた。だけど消える前に言った。

 私の、たった一人の息子(家族)――と。

 

「男の子はその時思った。女性は魂を塗り潰されてなかったのではないか、と。巫女が全てを塗り潰さなかったのか、それとも女性の魂が巫女よりも強かったのか、それは分からなかったがな」

「それってもしかして……昔のフィーネの話デス!?」

「さあな。まあ、長々と関係なさそうな昔語りしてなんだが、オレが言いたい事はただ一つだけ」

 

 立ち上がり、去っていくオッシア。

 

「魂が塗り潰されるかなんて分からないんだ。今気に病む必要なんてない。ヘコんでパンツ見せる暇があったら、もう少し空っぽの頭に知識を詰め込みな」

「……ッ! デースッ!!」

 

 慌ててスカートを抑えるが時既に遅し。

 何を言っていいか分からず、切歌はまた口癖の「デス」と叫んだ。

 声を上げて笑うオッシア。その姿が残像や歩法の動作なしで消失する。ナスターシャに言われているので遠くには行ってないだろう。

 はあ、と溜め息を漏らす。その息は少し前に吐いた息より熱かった。

 

「――切ちゃん」

 

 と、オッシアと会話している内に時間が経っていたのか、ヘリの方角からエプロン姿の調がやって来た。

 いつも可愛いけどエプロン姿は最終ダメージ値二倍デス、とどうでもいい(とても大切な)採点を脳内で判定して立ち上がった。

 

「お昼ご飯できたよ。オッシアに教えてもらったシチュー」

「お値段はいくらデス?」

「今回はなんと余り物だからタダ。ドンドンパフパフワーワー」

「最高のごちそうデェスッ!」

 

 涎を垂らし瞳を輝かせる切歌。

 嬉しそうな切歌を見て、調も嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「値段と食事に釣られやがって……現金な奴だよ、お前は」

 

 それを一本の木の上で眺めているオッシア。黒衣は纏っているがフードは外して素顔を晒していた。

 笑顔で昼食を食べにヘリに戻る彼女達を見て、オッシアは自然と口角を上げていた。

 

「それでいい。過去の遺物に囚われず未来を見つめ続けるんだ。だからこそ(アイ)は幸福を生み、(アイ)が悲愴を遠ざけてくれる」

 

 フードを被り頭部をすっぽりと覆い隠す。

 

「だから、あんな幸せそうな子“達”の未来を奪うつもりなんてないよな? ――養母(かあ)さん」

 

 ちょん、と僅かに跳躍して木の上で跳ねた。

 足先が木に触れる前に――オッシアは姿を消すのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 屋敷の鍛錬場で踊る翼と奏。

 今日の予定の一つとして新曲の打ち合わせ及び練習が前々から入っていた。しかし鏡華が不在の今、打ち合わせは緒川を交ぜた三人で済ませて、空いた時間で踊りの練習をしていた。

 勝手にいなくなったので、打ち合わせのツケは後で払ってもらうと三人で決定したのだが。

 キュッキュッと磨いた床が踊りによって鳴り響く。

 

「あ、奏。そこは一歩前に出るんじゃなかった?」

「おっとそうだった。サンキュ翼。けど、なんかこうした方がしっくりくると思うんだけどな。ほら、歌詞を読む限り次は翼を目立たせる所みたいだし、あたしの余韻を残すよりはっきりとさせた方がよくないか?」

 

 こうして鏡華が不在だったり他の事に手が離せなかった時は、翼と奏が互いに意見を出し合って曲を高めていく。

 最後に鏡華が二人の意見を聞いて完成させる。これがツヴァイウィングの作り方だった。

 もちろんこう云う場合じゃない事もある。『逆光のフリューゲル』や翼がソロで活動していた時に渡していた曲、アーティストフェスで翼が歌った『FLIGHT FEATHERS』は鏡華だけで歌詞、振り付けなどを全て手掛けていた。

 

「しっかしこれ……本当の本当にウェディングドレス着てやらなきゃいけないのかな?」

「この歌のためだけにドレス買ってるから着せると思うけど……もしかして奏、恥ずかしい?」

「あー……、恥ずかしいってのは否定しないけど、初めて着るのは結婚式がよかったってのが正直な感想。死んだ両親にもそう云う風に教えられた“はず”だし」

「ああ、叔父様曰く、天羽家のお嬢様教育と云うアレだな」

「ダンナ……何を翼に教えてんだよ。間違ってないけどさ……人様の教育方針を勝手にお嬢様とか決めるなよ。それじゃあ何か、あたしにわたくしとか何とかザマスとか言えってか」

「奏がお嬢様口調……」

 

 翼はぽわぽわとイメージしてみたが、すぐに小さく吹き出して笑い出した。

 それもツボに入ったのか、抑えようとしても抑えきれてない。

 

「なっ、ない! 奏がわたくしやザマスなんて……」

「……」

「あははっ、む、無理! 奏にザマスなんて似合わない……!」

「……翼」

 

 もしかして怒ったかな、と翼は出来る限り笑みを抑えて振り返る。

 奏は怒ってなかった。ただ、

 

「まったくあなたって人は、いくら親しくてもあまりに失礼な方ですこと。親の顔が見てみたいわ。ああ、本当に見せなくて結構よ」

「――」

 

 とっても気にしてた!

 頬に手を当て僅かに傾げた首。突然の口調の変化に、あんぐりと口を開く翼。

 ザマスは使ってない。わたくしとも言っていない。ただ口調が変化しただけなのに、

 ――誰だ、目の前のお嬢様はーっ!?

 知らない知らない。奏がこんなお嬢様、否、強気なお姫様になれるなんて知らない!

 それに違和感が微塵も感じられない。普段の口調でもいいくらいだ。

 

「さて翼さん。先ほどは似合わないと言ってらっしゃったようですけど、いかがです? わたくしの言葉は?」

「わたくしと言った! だがやはり違和感がない!」

「……あー、ダルい。やめやめ、肩凝るわ」

 

 あっさりと元の口調に戻す奏。

 溜め息と一緒に肩をグルグル回す姿は、とても様になっていた。

 

「どうだった翼。あたしのお嬢様っぷりは」

「素を隠しているのかと思った」

「“確か”親に叩き込まれたんだよ。理由は……忘れちまったけど」

「……ごめん」

 

 忘れていたのは翼だった。思い出して謝った。

 奏は家族――特に両親との記憶を喪失している。妹との記憶も残っているとは云え思い出せるのは少ない。

 

「あはっ、なぁに謝ってんだよ翼」

 

 にぱっと笑った奏はガシガシと乱暴気味に翼の髪を撫で回した。

 

「そりゃあ思い出をほとんどなくしたのはショックだったけどさ、別に悲しいわけじゃないんだ。記憶を忘れていたって、あたしって云う魂がどこかで憶えてるからな。今のお嬢様言葉だって言おうと思ったらスラスラ口から出せたんだし」

 

 いくら脳内で保存された記憶が喪失しようと、人は誰しも別の何かで憶えている。

 それは無意識だったり、条件反射だったり、奏が言ったように魂だったり。

 本当の意味での消去なんて、この世には存在しないのだ。

 

「ところで翼。がらっと話を変えるけど、アヴァロンを使えるようになったか?」

「あ、うん」

 

 話を変えられ翼は素直に頷く。

 胸に手を当てイメージする事およそ十数秒。

 

  ―輝ッ

 

 黄金の輝きを放ち、胸から引き抜くように出したのは逆三角形の物。

 先の鏡華とオッシアの戦闘で埋め込まれたアヴァロンだった。

 いなくなった鏡華は奏に埋め込んだアヴァロンは回収したままだったが、翼のだけは回収せずにそのままにしていた。

 

「二十四時間で眼を覚ましたのは我ながら僥倖だったけど、どうにもこの鞘を操るのは艱難辛苦になりそうだよ」

「まぁなんだかんだ言って、あたしと鏡華もここまで扱えるようになったのは姿を現すちょっと前だもんな。あっさり扱えるようになったらアヴァロン先輩の立つ瀬がないぞ?」

「……鏡華は分かるけど、なんで奏がその時期に使えるの? まだ眼を覚ましてなかったよね」

「アヴァロンの結界領域の中で頑張った」

 

 精神は健在でも身体は眠っているだけだった奏。

 ぶっちゃけてしまえば――暇だったのだ。

 だから色々やってみた。吐息言語然り。翼の夢に侵入然り。精神だけで修行然り。

 他にも様々な事をやってみたがここでは割愛する。

 

「上手くいけば、翼のアヴァロン使って鏡華の場所割り出したり、《遥か彼方の理想郷》発動して時間気にする事なく探せたんだけど……世の中上手くはいきませんな」

「うん……でも頑張ってすぐに扱えるようになってみせるから、奏」

「おう。待ってるぜ翼」

 

 突き出した拳をぶつけ合い、二人は笑みを浮かべる。

 そして、再び新曲の練習を始めるのだった。


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