戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
星剣エクスカリバー。
かつて騎士国と謳われた国の騎士王が所有していた聖剣。所有するに至った経緯は諸説あるが、ある事情によって折れてしまった聖剣の代わりに、湖の乙女から借り受けた、と云う説が現時点では有力とされている。
――しかし、エクスカリバーと騎士王は創作物とされており、叙事詩と云うより文学の部類に分けられる。一般的には騎士国も存在してないし騎士王も架空の人物だ。
もちろん、騎士国の舞台となった英国育ちの人々は割りかし信じているし、一部の人間は聖遺物と云う決定的な証拠を前に信じざるを得なかった。
ただ、それが“本当にエクスカリバーだったなら”の話だが。
そもそもエクスカリバーとは何か?
創作物を一例として挙げれば、エクスカリバーの雛形、カリバーンからしてカリブルヌス、原形まで追究するならカラドボルグと云う武器まで遡る。
カラドボルグとは「硬き雷」と云う意味であり、変節されて「硬き鉄」、つまりカリブルヌスになった。そこへ創作物を海外へ輸入する際に紆余曲折あり、エスカリボール、エクスカリボー、エクスカリバーとなったのだ。
とは云え、これはあくまで創作物を例にしただけであって、本当かどうかは定かではない。
先ほどは軽く済ませたが、騎士王が所有するに至った経緯は数多くあるが、信じられている説は主に二種類。
一つは、湖の乙女にカリバーンの代わりとして借り受けた説。
もう一つは、折れたカリバーンを鍛え直してエクスカリバーとした説。
どちらも有力だが、決定的な証拠は何もない。
当たり前だ、そもそも聖遺物とは本来“そういうもの”なのだから。
「――だからと云って、なし崩しに諦めるのは性に合わないんだが」
数冊目のデータから眼を離し、身体を伸ばす。
コキッと小気味良い音が鳴る。
「だからと云って、二日もデータとにらめっこするのはどうかと思うぞ」
コト、と脇に湯気の立つマグカップが置かれた。
頭だけで振り向けば、クリスが仕方ないなと云う表情で立っていた。
「悪いな。ココア助かる」
「べ、別に。自分の作った時に、たまたまお湯が余ったから作っただけだ」
「それ、昨日の言い訳と変わらないぞ」
頬を赤く染めるクリスにヴァンは苦笑を浮かべる。
ここは元フィーネの屋敷ではなくリディアンの学生寮。当然ながらヴァンとクリスの部屋は別々だ。ただ、学生寮にいる時は寝る時以外は大抵一緒にいるので、ここにクリスがいるのは不思議な事ではない。
ついでに補足しておくと、ヴァンの部屋は元は物置部屋として扱う予定だった場所で、クリスや響、未来を含むリディアン生徒が住まう部屋よりも狭く、他の部屋と離されている。そのおかげに加えてちょっとしたボディーガード役にもなっているので男であるヴァンは、どうにか女子生徒しかいない学生寮に住まわせてもらえていた。
閑話休題。
「で? まだ分からないのか、片よ……フュリが言った『エクスカリバーであってエクスカリバーではない』の意味」
「いいや。風鳴弦十郎からもらったデータを洗いざらい、しかも読み返してもさっぱりだ。そもそも聖遺物の記述が載った情報なんて、ごく限られている。少ないと踏んで高を括っていたが、少ないのが逆に
鏡華とオッシアの戦いから三日が経った。
ヴァンは鏡華がいなくなった事をさして気にする事なく、自分がやるべき事として調べ物をしていた。クリスは響達との日常を過ごしながらヴァンの補佐をしている。
響と未来は互いを互いに支え合いながら、戦いからは遠ざかって日常に戻っている。人によってはそれを傷の舐め合いに見えるかもしれないが。
一番変化がなかったのは翼と奏だろう。約一日程で目覚めた翼と起きるのを待っていた奏が、未来から鏡華がいなくなった事を伝えられても大した驚きを見せず、
「ああ、またいなくなったのね。帰ってきたら刀の錆にしてやるわ」
「今度はあたしも置いてけぼりか。ま、気長に待ってやるとするかね」
なんて云うか、たくましくなった、と云うべきだろうか。
鏡華がいなくなっただけで、二人の生活はまったく変わらず、学業と歌姫の仕事を謳歌していた。
「それだけ奴を信頼しているのか、或いは怒っているのか」
「両方だろ」
「かもな」
どうでもいい、とばかりに上体を後方に投げ出し床に倒れる。隣にクリスが腰掛ける。
ちらりと横に視線を向けた。壁に立て掛けたエクスカリバーが見える。
「エクスカリバー……彼の騎士王が最後の戦いまで持っていた剣」
致命傷を負った騎士王は、一人の騎士にエクスカリバーを湖の乙女に返却してきてほしいと頼んだ。
騎士は断った。だが結局断れずエクスカリバーを持って湖に向かった。
「そこで騎士はエクスカリバーを湖に投げ入れ――られなかった」
「なんで?」
「剣の美しさに見蕩れて、とか、騎士王足らしめる剣を捨てる事は王を捨てると同義と考えた、とか、色々だ」
「でも結局返したんだろ」
「騎士の嘘を騎士王が三度見破って、最後には騎士も投げ入れたようだ」
そして、投げ入れた事が分かった騎士王は息を引き取った。
この後も少しだけ話はあるのだが、今は関係ない。
「あのさ、ヴァン」
「どうした?」
「いや、あたしも前から気になってたんだよ。あの剣がエクスカリバーだって事に」
「……?」
「だって、ヴァンは以前からエクスカリバーの欠片を使ってただろ。ジャンとエドが探し出してきた完全聖遺物をあの戦いから使い始めたって聞いたけど、そもそも完全聖遺物として残ってる時点で欠片って存在するのか?」
クリスの言いたい事は分かった。
確かに完全聖遺物とはまさしく「完全」な状態を保っている聖遺物の事。少しでも欠けていれば、それは完全聖遺物ではない。
なら、どちらかがエクスカリバーであって、どちらかがエクスカリバーではない、と云う事か?
「だが……どちらもエクスカリバー足りえる証拠はいくつかある。うぅん……」
「……そう考え込んでても煮詰まるだけだぜ。気分転換に散歩にでも行こうぜ?」
「そうだな……分からないまま考えるのはよくないな」
データをしまい、コートを着込む。隠すように布を巻いたエクスカリバーを背中に提げる。
クリスは制服の上に上着を着て、準備は万端だ。
エレベーターを使わずに階段で階下まで降りる。あまり女生徒と鉢合うのを避けたかった。
「どこへ行く?」
「ぶらぶら〜っと適当に」
「ん、了解」
寮母に出掛ける旨を伝え、学生寮の外に出た。
ちょうど、寮に帰ってくる女生徒と会った。
「あれ? キネクリ先輩とゾラさんだ」
ヴァンとクリスに気付いたのは創世。響や未来とよく話すメンバーの一人だ。
一緒にいるのは弓美と詩織だったはず。
ただ、呼ばれたヴァンとクリスは少し顔をしかめる。
「おい安藤創世。そのニックネームはどうにかならないか?」
「え? 結構いいよねゾラさん。あ、ゾラ先輩の方がいいかな」
「……もう、好きにしてくれ」
勘弁してくれ、とばかりに放棄する。
ちなみに、ヴァンとしてはニックネームで呼ばれる事に反対はしないが変えてほしくて顔をしかめたが、クリスの方は顔をしかめておかないと照れてしまうのが理由だったりする。
「それにしても、お二人はいつも一緒にいますね」
風鳴先輩みたいです、と詩織は笑う。
「女子寮に男子一人ってのはアニメみたいだけどね」
またアニメの話を持ち出す弓美も笑った。別の意味で。
そうだな、とヴァンは適当に相槌を打って話を切り上げようとする。
――が、その手がピタッと空中で停止した。
「……ヴァン?」
クリスが顔を覗き込んでも反応しない。
――いや、まさか。だが分からない以上、可能性は捨て切れない。
「ッ……板場弓美!」
振り返り、詩織を呼ぶ。
いきなりフルネームで呼ばれて弓美は盛大に驚いた。
「な、何!? いきなりどうしたの!?」
「お前アニメが好きだったな? ゲームもやる方か?」
「そ、そりゃ、やるけど……」
「そうか。なら――」
ヴァンは聞きたい事を簡潔に訊ねた。
彼女は、そんなヴァンの様子に訝しみつつ答えた。
「あるわよ。ネットを調べればすぐに見つかると思うけど……」
「そうか。助かった。今度、好きなアニメ一種類だけ全巻買ってやる。選んどけ」
「……はい?」
返答を聞かず、ヴァンは踵を返して学生寮へと戻っていく。
慌ててクリスも彼の後を追って学生寮へ、そのまま部屋へ戻る。
ヴァンは星剣だけ壁に立て掛け、コートを着たままネットを開いていた。
「一体全体どうしたんだよヴァン。いきなり戻ってきてよ」
「エクスカリバーであって、エクスカリバーではない。ずっと
「……さっきの質問が糸口って奴だったのか」
「風鳴弦十郎がくれたデータは最高だ。日本で最高クラスの組織が集めた情報だったんだからな。いや、組織に属した大人だからこそ、そして俺が固執していたからこそ見落としていたのかもしれない」
キーボードを打つ音とクリックする音だけが響く。
お目当ての情報に辿り着いたヴァンは「
「なにせ――目的のモノは“存在してないんだからな”」
にやりと口角を上げるヴァン。
彼の肩から覗き込んだクリスの眼に映っていたモノは――
「恐らくこれが――星剣エクスカリバーの真銘だ」
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
戦乱は少し前に終わった戦を以て終結した。
だがそれはあくまで一時的であると、少年だった王は痛感していた。
あの誓いから十の歳月が経った。精神的に王は成長したが、姿は十年経っても変わらない。
「だから時々、他の国から女猪とか言われているんだよね」
「言いたい奴には言わせておけ、マーリン。攻めてこないなら、陰口を叩くだけの小心者だ」
「やれやれ。いつの間にか女と言われても反応しなくなって。魔法使いはまた暇潰しを一個なくしたよ」
「当たり前だ。十年も女顔、女と言われていれば反応しなくもなる」
十年――言葉にすれば、それだけだがこの十年、本当に色々な事があった。
聖剣を抜いたあの日。数日と経たずに少年は王の座に着いた。
当然、反発する者は何人、何十人といた。暗殺、毒殺なんて毎日あった。
それでも今日まで生き抜いてきた。足りない知識を詰め込み、新たな仲間を迎え、十二もの会戦を駆け抜けた。
苦手な魔法使いと。養父エクター卿と義兄ケイと。共に円卓を囲う勇猛なる十二人の騎士達と。そして――
「マーリンがくれたこの鞘が、私をずっと守ってきてくれた」
「それはそうだ。その鞘は守るために
即位した日にマーリンから渡された黄金の鞘。銘は未だに教えてもらっていない。
魔法で作られた鞘は、王をありとあらゆる災厄、危難から守ってきた。暗殺され短剣が突き立てられようと血は一滴足りとも流れず傷が塞がり、逆に暗殺者が潜みそうな場所を特定できた。毒を飲んでも身体の中で毒のみを消し去り、毒殺されそうな展開を知る事ができた。
そして、世界中の誰もが羨望する不老と不死さえも与えてくれた。
「まったく不思議な鞘だ、これは。いくら魔法でもこれは奇跡に近い神の御技だ」
「だからと云って過信などしないように。過ぎたる力は己の身を滅ぼす刃でもある」
「分かっている。この鞘はあくまで守るための物。攻める剣ではなく守る鞘の方が大切だと教えてくれた事と同じくらい身に刻んでいる」
以前、マーリンは王に「剣が大事か。それとも鞘が大事か」と問うた事があった。その時、王は「もちろん剣にきまっている」と答えた。しかしマーリンはそう答えた王をなじり、また嘆き、「剣は確かに強いけど、それまでだ。力はそれまで。だけどそれを収める鞘はもっと大事なんだよ。それは戦も治世も同じ事であるのだから」と諭した。
それ以来、王はその話を戒めとして大切にいている。
「陛下!」
城内から兵が叫びながら駆け寄ってくる。
一定の距離で膝をついた兵士は息を荒げたまま言った。
「陛下に叛旗を翻す者が現れました! こちらに万の軍勢を率いて進軍しているとの事です!」
「またか……すぐに出る。準備に取り掛かれ!」
「はっ!」
駆け出していく兵士を見て、王は溜め息を吐いた。
「マーリン。貴様、この事を知っていただろう」
「いやいや、まさか。魔法使いは万能じゃない。わー、また戦が始まるのかー」
「くっ、また心にない事を。そう云う所が苦手なんだ、私は」
「ふむふむ。どうやら魔法使いの暇潰しは、まだまだなくしてないみたいだ」
しわがれた声で楽しそうに笑う魔法使いに、王は嫌そうに眉を潜める。
「気を付けなさい。君の実力はすでに国中に広まっている。にも関わらず攻めてくると云う事は何かしらの策を用意しているはずだ」
こう云ういきなり真面目になるところも苦手意識を持たせる理由の一つだ。
王は挙げた手をひらひらと振り、城内へと戻る。
そこで景色が遠ざかっていく。
何を見せたいのか。
何を知らせようとしているのか。
まだ何も分からない。
それでもきっと、いつかは分かるだろう。
彼が、魔法使いの言葉を大切にしていた彼が鞘を失ってしまった理由ぐらいは――