戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine7 昏迷の心達Ⅱ

 眼が覚めた。これ以上ないくらいハッキリと。

 二度寝の心配なんてしなくていいくらいにパッチリと、調は起きてしまった。

 時計を見ると明け方近くの時刻を差している。

 横を見るとマリアと切歌が寝ていた。マリアは布団に入った時と同じ感じで寝ている。切歌はそうでもなかった。毛布を蹴っ飛ばして下半身が飛び出ていた。寝間着はめくれお腹丸出し、ズボンもズレて下着が見えそうだ。

 

「切ちゃん……寝相悪すぎるよ」

 

 布団から這い出し切歌の寝相を直してあげ、調は誰も起こさないように着替える。

 

「ん……早いね、調ちゃん」

 

 声を掛けたのは、部屋の隅っこで壁に凭れて寝ていた日向だ。

 昨日の夜、皆でホットミルクを飲んだ後一緒に寝ようと云う事になり女子三人は一緒に寝たのだが、日向だけは少し離れた場所で寝ていたのだ。

 よろしくない姿勢で寝ていたから、微かな音で眼を覚ましてしまったのだろう。

 とは云ってもまだ眠たいのか、こくりこくりと舟を漕いでいる。

 

「日向、日向」

「んあ……」

「もう皆起きるから、ここで寝て」

「ぅんー、そうする」

 

 調の誘いに素直に、疑いも躊躇いもなく聞いて、日向はのそのそと緩慢に動く。

 布団まで来ると、こてんと倒れるように調が寝てた場所ですぐに眠った。

 掛け布団を掛けて上げる調。そのまま少しの間だけ日向を観察。

 観察の結果、日向は切歌ほど寝相は悪くない。寝返りを数回打っている。しばらくするとマリアの腕にぶつかった。

 

「ぅん……」

 

 起きちゃったか、と心配するが、マリアも寝返りを打っただけで起きなかった。寝返りを打った方向が日向の方だったが。マリアの胸に顔をうずめるように日向は寝ている。マリアは胸に当たってる日向の頭を抱えた。

 

「……マリアの胸枕はどんな枕より柔らかい」

 

 自分も体験した事を淡々と述べる。

 だけどすぐに、

 

「でも胸か……胸か」

 

 ぺたぺたと調は自分の胸を触って二回呟く。大事な事なので二回呟いた。

 

「やっぱり胸が女の子のレベルを上げるのかな? 女の子レベルの頂が百だとして、マリアは文句なしの八十レベル。地味に足りない点はただの羨ましいからだけど。切ちゃんは九十九レベルだね、うん。切ちゃんが大きいなら満足満足。じゃあ私はレベルいくつなんだろ。五十? 四十? うぅん、きっとまだ下……レベル二十もない。防人は私と同じくらい……同じくらいなんだもん。だったらまだ私の方がチャンスはある。うん、きっとある」

 

 珍しく、本ッ当に珍しく饒舌で呟き続ける調。

 少しして溜め息を吐く調。起き抜けにしゃべりすぎてしまったようだ。

 散歩してこよう、と立ち上がり部屋を出た。

 まだナスターシャとウェルも起きてないのか、もしくは静かに何かをしているのか、ヘリの中はとても静かだった。

 ヘリを出ると、陽の光が眼に刺さる。すぐに慣れて緑のカーペットに下りた。

 空気が美味しかった。自分よりも早起きな鳥が元気良く鳴いている。

 湖は朝日を反射して綺麗だ。

 バシャバシャと水で顔を洗ってる黒衣さえいなければ。

 

「綺麗な湖が台無しだよオッシア」

「起き抜けだろう調に言われる言葉じゃねぇな」

「おはよう」

「ああ、おはよう」

 

 挨拶を交わし調はオッシアの隣にしゃがむ。

 同じように水を両手で掬い顔を洗う。冷たくて気持ちよかった。

 

「どこ行ってたの?」

「女のとこに行って、夜の運動してた」

「夜の運動? 夜にする運動なんてあるの?」

「……悪い、嘘だ。いつも通りのお出かけさ」

 

 バツが悪そうな口調に、調は首を傾げる。

 調には聞こえなかったが「こいつらにアレ関連は通用しないんだな」とオッシアは呟いていた。

 バシャバシャとフード奥の顔を洗うオッシア。

 以前から――つい最近からだが、オッシアは誰かに似てると思う。誰、と聞かれると返答に困るのだけど。

 

「オッシア」

「なんだ?」

「オッシアと私って、素顔で会った事ある?」

「フードを取って会った事があるかって意味か?」

 

 こくりと頷く調。

 オッシアは即答した。

 

「ない」

「そっか」

「ああ、そうだ」

「でも、誰かに似てる」

「似てるって……顔を見た事ないのに誰に似てるって言うんだよ」

 

 苦笑混じりの声。

 調の交友関係なんて、フィーネのメンバー、F.I.S.にいた面子、後は精々敵である二課の奏者達ぐらいだ。

 そこから、ふるいに掛けていき、絞り込めたのは、

 

「遠見鏡華と天羽奏、に似てると思う」

「……嫌な奴に似ちまったもんだ」

 

 選別した名前に、嫌そうに呟くオッシア。

 共に生活している時、オッシアは必ず遠見鏡華の名前が挙がると機嫌が悪くなるのは知っていた。

 どうしてそこまで遠見鏡華を毛嫌いするのだろう。

 理由を聞いても「嫌う理由なんて色々あるのさ」と言って、いつもはぐらかす。

 

「さて、と。そろそろ全員起こしてメシにするか。昨日は何食った?」

「切ちゃんとマムはお肉。私はお野菜。ドクターはお菓子。マリアと日向はバランス良く」

「オーケー。今日は一日、マリアと日向以外、苦手なもんだけ作ってやる」

「心の音……ドンガラガッシャーン」

「ハッハッハ、覚悟しろ」

 

 悪ノリするオッシアに便乗する調。

 相変わらず色々と秘密を抱えていたり、時々冷たい態度を取るオッシアだが、なんだかんだ云ってこうやって乗ってくれる彼が調は好きだった。

 もちろん異性としてではない。日向同様、年上のお兄ちゃん感覚だ。日向の場合は家族と云う点もあるが。

 その時、ヘリから悲鳴が上がった。

 遅れて、もう一つの悲鳴も上がって鈍い音が盛大に聞こえた。

 

「今のは……マリアと日向か?」

「……忘れてた」

「ちなみに聞くが……起き抜けに何やらかした調隊員」

「座るように座ってた日向に私が寝てた場所で寝るように言っただけであります。そしたら日向はマリアの胸枕に顔をうずめて、マリアは日向の頭を抱えたのであります、サー」

「なるほど。んでマリアが先に起きて、胸に顔を埋めていた日向に気付き何がしらの制裁をしたと」

「日向はきっと、気付く暇もなかったと思う」

「だな。行くぞ」

「何しに?」

「弄りに」

「レッツゴー」

 

 二人共ノリノリでヘリに戻る。

 部屋に戻った二人が見たのは、毛布で身体を隠した(服は着ている)真っ赤なマリアと壁際まで吹き飛んでいる日向の姿だった。

 当然の如くオッシアは二人を楽しそうな口調と共にからかいはじめ、

 

「ご馳走デェス……えへへぇ」

「切ちゃん……やっぱり寝相が悪いよ。起きたら注意しよう。それとなく注意しよう。うん、そうしよう」

 

 未だに夢の世界に旅立っている切歌の服の乱れを直してから、オッシアに便乗するのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「何故、朝食を嫌いな物ばかりにしたのですか? オッシア」

「うるさい黙れ病人。好きなもんばっか食ってないで真面目に身体の事を考えろ」

「……話を戻しましょうか」

「何をオレが話を逸らした風に言ってやがる。テメェが切り出したんだろうが」

「確か日本には自分の事を自分(テメェ)と言う習慣があるとか……」

「今のは間違いなくお前に言ったんだよババァ。その皮引ん剝くぞ」

「…………いやん」

 

 崩れ落ちるオッシア。フードの奥に手を当て口許を抑えた。思いもよらない口撃によって、オッシアの精神にかなりのダメージを与えた。

 ――なんつー精神攻撃を……吐血どころかショック死する所だった。

 凄まじい動悸を必死に抑え込みながら胸中で呟く。

 ナスターシャはドヤ顔で四つん這いになっているオッシアを見下ろしていた。

 

「それで話を戻すのですが……昨晩は何をしていたのですか?」

「……ああもう、好きにしやがれ。女と夜の運動をしてきたんだよ」

「レーダーが切られていたのですが、切ったのはあなたでしょう」

 

 疑問系ですらない。

 つまりバレていると云う事だ。

 年寄り相手だと分が悪いな、とオッシアはまた心の中だけで言った。

 

未来(ミライ)を否定しに行っていただけさ。テメェらの不利益になる事はしてねぇよ」

「未来、ですか。私にはそうは見えない」

「へぇ、じゃあどう見える?」

「分かりません」

「……おいおい」

「分からないからこそ訊ねます。オッシア……いえ、遠見鏡華。あなたは我々に協力してまで、何を成そうとしているのですか」

 

 鋭い隻眼の眼光に、いや、自身を遠見鏡華と呼ばれて、オッシアは反射で殺気を放つ。

 目の前にいるのは戦闘力のない老婆だ。適当な武器の一撃を見舞えばすぐにその命は消え失せるだろう。

 だが、戦闘力はなくとも想いはあった。遠見鏡華に会いに行く前は揺らいでいた瞳が、今は確固たる意思を宿している。

 まるで初めて会った時、正体をすぐに見破った瞳のように。

 

「答える気はない。お前がマリアにフィーネを演じさせてるようにな」

 

 それでもオッシアは回答に対して黙秘を徹底した。

 ついでに仮説を返しの刃として放ってみた。

 ナスターシャは眉を僅かに動かしただけで大きな動きはしなかった。

 沈黙(それ)を是と取ったが。

 

「……そうですか」

「ああ。だが最後まで、とはいかないが、オレの目的を果たすに相応しい時が来るまでは、オレはお前達に協力してやる」

「分かりました。信じましょう、あなたの言葉」

 

 瞼を閉じて、空気を変えるナスターシャ。

 コンソールを操作してモニターを表示する。そこには英語で書かれた文章が載っていた。

 

「先ほど、米国政府に対してこれを送りました。もちろん発信元と簡単に解錠されないように厳重なプロテクトを張っていますが。まあ、米国の技術力ならすぐに解析できるでしょう」

「……これは」

 

 英語で書かれていたが、遠見鏡華(オッシア)にとってなんて事はない。流し読み程度で済ませるとわずかに驚きの色を見せた。

 要約すれば、「月の落下を止めたい。そこで講和を結びたいのでエージェントを東京スカイタワーに集めてほしい。我々の見の安全を保証する見返りに、異端技術のデータを提供する」と云う感じだ。

 

「テメェ……馬鹿か!? こんなもん出して何考えてやがる!」

「今必要なのは世界と戦うよりも、月の落下を防ぎ無辜の人々を救う事です」

「違う、オレが言いたいのは分かりきってる事じゃない! 米国が素直に承諾するわけないって意味だ」

「それも承諾の返信が来ました」

「馬ッ鹿野郎……そうじゃねぇ。米国がお前達の安全を保障するわけないって言ってるんだ!」

 

 オッシアの言葉に、ナスターシャは眼を何度か瞬く。

 だがすぐに眼を伏せた。

 

「私一人の命で済むなら安いものです。あの子達さえ無事なら……」

 

 ナスターシャの言葉にオッシアは軽い眩暈を憶えた。

 

「ああもう……何でこいつらはこう偏ってるんだ。性格が食事に出てるぞ」

 

 天井を仰いで、掌で顔を覆った。

 誰も彼もが好き勝手ばかり。協調性と云うものがこの組織には欠落しすぎている。

 

「それはいつだ」

「三日後の午後、東京スカイタワーです」

「はぁ……」

 

 溜め息を吐いて脳内で予定を作っていく。

 問題は山積みなのだ。鏡華には余裕ぶって戦っていたが、ぶっちゃけた話、以前のように休憩を取れないみたいだ。

 

(フュリにはしばらく会えないな……欲求不満だとか言って、あそこ壊さなきゃいいが)

「それと今晩、フロンティアまで行きます。それまでは待機してもらいますよオッシア」

「分かったよ。しばらくは買い出し以外で遠くに行く事はしない」

 

 予定を何度か修正しながら部屋を出て行く。

 扉が開いた所で、足を止めて振り返った。

 

「スカイタワーには一人で行くのか?」

「いえ、マリアと共に行きます」

「そこで何で、顔が割れてるただ優し()いだけの()マリア()を連れて行くんだよ。ついでに日向も連れてけ。聖遺物が使えない状況でもアイツなら対処できる」

「……分かりました」

 

 了承を受けてオッシアは部屋を出て行く。

 一人で廊下を進み、ふと立ち止まる。

 

「何気なく言ったが――たやマって意外とハマってるな。うし、休憩代わりに、たやマって呼んでイジってやる」

 

 なんて、どうでもいい予定も立てながら、

 オッシアは最終目標への道を頭の中で構築しはじめた。


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