戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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終わりある迷宮に紛れた君。
出口を探せど見つからず、より深みへ迷っていく。
すぐ傍に答えと云う出口はあると云うのに。

Fine7 昏迷する心達

迷う者、迷わない者。
差はあれど、答えを出す事が大切なのだ。


Fine7 昏迷の心達Ⅰ

 それは一体いつの物語なのか。

 詳しい年月はまったくの不明。

 春なのか、夏なのか、秋なのか、冬なのか。

 “今となっては”誰も知らない一人の少年の物語。

 

 カンタベリーと云う名の寺院に、突如として岩に刺さった剣が現れた。

 とある国の王が亡くなり、後継者を巡っての戦乱の最中だった。

 剣の刀身にはどこの言語でもない、不思議な文字が刻まれていた。

 それが読めたのは、きっとこれが“夢”だからなのだろう。

 『この岩から剣を抜いた者こそこの国の王である』――刀身にはそう刻まれていた。

 崩御した王に仕えていた魔法使いが教えた剣の文字に、何人もの屈強な騎士や知勇に優れた者が、「自分こそ王に相応しい」と名乗りを上げ、岩から剣を抜こうとした。

 しかし、誰も引き抜く事が出来なかった。様々な猛者、王、果ては領主や農民まで挑戦したが結果は同じ。

 いつからか、岩に刺さった剣は誰にも見向きもされなくなり、戦乱は続けられた。

 

 それからしばらく経ったある日。

 一人の少年が岩に刺さった剣の前に現れた。

 十五歳の少年は兄の従者として騎士見習いをしていた。

 ある時、馬上試合で剣を持って来るのを忘れた兄のために、宿へ戻る途中、その岩に刺さった剣を見つけた。

 少年は、岩に刺さった剣の事は知らなかった。噂には聞いていたが、これだとは思わなかったのだ。

 これ幸い、と少年は剣を抜こうとした。

 その時、背後から声を掛けられた。

 

「その剣を抜くかね?」

 

 振り向いた少年の視線の先にいたのは、ローブに身を包んだ老人が立っていた。

 老人と気付けたのは、ローブから出て杖を握っていた手が皺くちゃだったから。それほどまでに、ローブの中から発せられる気配は若々しかった。

 

「あなたは?」

「マーリン。王に仕える魔法使いさ」

 

 声もしわがれている。だが、口調ははっきりし、抑揚も付いている。正直なところ、声が枯れた若者でも通用するだろう。

 

「そこに刺さっている剣を、抜くかね?」

「ええ」

「そうか、抜くか。それはやめた方がいい」

「……?」

 

 マーリンは忠告しているのだろう。

 では何故、そんなに楽しそうなのだろうか。

 

「楽しそう、か。そうかそうか。私は楽しそうにしているのか。いやいや、ウーサーが死んでしばらくは聖剣を抜こうと頑張っていた連中を見て暇を潰していたが、最近は誰も来なくてな? すっかり暇を持て余していたのだよ。ほら、私はとても凄い魔法使いだから、ある程度の物事なんて退屈しのぎにもならないんだ。ずっと魔法使いやってるから、ちょっと剣士に転向しようかな、と思って剣術を学んだ事もあるんだ。一日で飽きたがな」

「……」

 

 なんだろうか。

 このうるさくて、五月蝿くて、煩い、魔法使いは。

 魔法使いとは誰も彼もこんなのばかりなのだろうか。

 少年は頭痛がしてきそうな頭を振って、まだ喋り続けるマーリンを止めようと声を掛けた。

 

「……あの」

「おっと、ついつい独り語りが長くなったみたいだ」

「私の質問に答えてもらえますか」

「そうだったな、答えよう答えよう――その剣を抜いた瞬間、君は人間(ひと)を辞める事になる。その覚悟はあるか?」

 

 急に真面目な口調で、突拍子もない発言をする。

 少年は訳が分からず、鸚鵡返しに問うた。

 

「人間を、辞める……?」

「そうさ。その剣を抜くと云う事は、この国の王になると云う事だ。王になると云う事は必然、人間を辞めてもらわなければならない」

「ではこれが、噂に聞く選定の王の剣……」

「なんだい、王の剣と知らずに抜こうとしたのかい。これは傑作だ。私が声を掛けなければ、この国は何も知らない子供が治める事になっていたのか!」

 

 明らかに少年を馬鹿にするような物言い。

 普段から温厚な少年も、この時ばかりは頭にきた。が、普段の自分が落ち着けと脳内で囁く。

 おかげで少年は、いつもの自分を取り戻しかけた。

 

「まあ仮に即位したとしても、その女顔じゃあすぐに引き摺り下ろされるだけか」

「誰が女顔ですか!?」

 

 数秒でそれは崩壊してしまったが。

 怒鳴られたマーリンは一瞬だけキョトンとしたが、すぐにカラカラとしゃがれ声で笑った。

 

「アッハッハッハ! 温厚そうな、なよなよした騎士見習いかと思っていたけど、そんな顔もできたんだね」

「私とて騎士の前に一人の男だ。ましてや初対面の者にそこまで言われたら、誰だろうと怒るだろう!」

「いやいや、流石はウーサーの息子だ。怒り顔までそっくりとはね!」

「当たり前だ! 私はウーサー王の息子――息子?」

 

 激情に任せて叫んでいた少年の声が静かになる。

 頭のてっぺんから奥底の芯まで一瞬で冷える。もしかしたら足先まで冷えたかもしれない。

 今、目の前の年齢詐称の魔法使いは今、何と言ったのだろうか。

 思考だけが働いている少年の表情を見て、マーリンは「しまった」と言った。

 

「しまったしまった。これ、まだ秘密だった。アーサー、今の言葉、忘れなさい」

「いや無理でしょう!? どう云う事ですか、ウーサー王が私の父とは! 私の父はエクター卿……それに私の名前は――」

「エクター卿はウーサーと私から頼んで君を引き取ったのさ。つまり養父。いやー、しかしここまで優しくも騎士道を貫きそうな少年に育って、魔法使いは嬉しいよ。よくぞ立派に成長した! ってウーサーに代わって褒めてあげたいよ。よし、褒めて上げよう。よくぞ立派に成長した!」

「あなたの言葉では、ありがたみも消え去りますけどね!」

 

 とは云え、言ってしまった以上隠す事などできない。

 笑い終えたマーリンは杖で地面を鳴らし、雰囲気を変えた。

 

「君がその剣を抜くまで隠すつもりだったんだけどね、言葉通りさ。サー・エクターは君の養父。本当の父はウーサー・ペンドラゴン。そして、アーサーとは君の本来の名。今の君の名は誰にも悟られる事のないように、エクター卿が名付けたのさ」

「では……私は……」

「先王ウーサーの実子。王になる星の下、存在と立場を隠され一人の騎士の許に預けられた運命(さだめ)の子さ」

 

 あまりの真実に言葉を失う少年。

 マーリンは数秒待ってあげてから、再び口を開いた。

 

「……さて。改めて問おう。今は名もなき騎士見習いよ。君はこの運命を受け入れる覚悟はあるか? 目の前の剣を抜き、戦乱を収め、この国の王になる遺志はあるか?」

「わ、私は……」

「もちろん、選択肢は自由だ。剣を抜き、王になるもよし。私の言葉に異議を唱え、この剣を抜かずに立ち去り、一人の騎士として人生を全うするのもよしだ」

「で、ですが、私は運命(さだめ)の子なのでは……?」

「そうさ、君は運命(さだめ)を決められた子さ」

 

 きっぱりと言い放つ。

 だが、と言葉は続いたが。

 

「人生は別に決められたわけじゃないがね」

「え……?」

「運命と云うのはあくまで君の人生の、ちょっとした道標さ。進む方向が変われば君の人生も変わる。剣を抜けば、王と云う道。抜かなければ、騎士と云う道」

「で、ですが……」

「要は君が何をしたいのか、だ。君自身が何をしたいかで、この先の人生は大きく変わるんだ」

「私のしたい事……」

「君が生まれてから、私は君の事はある程度見てきた。剣の腕は中々、教養もよろしい。人格は……少し優しすぎるのがキズだが、ま、合格点だ。だからこそ、君は“必然と”ここにやってきた」

 

 ――聖剣を抜くかどうかは別にして。

 そう、マーリンは言った。

 ずぶずぶと魔法使いの言葉が、少年の胸に、心に染み渡っていく。

 

「だからと云って、抜かない選択肢を選んだとしても誰も君を責めない」

「……それは何故」

「“君はサー・エクターの次男だから”。周りはそう判断する。そして、本当の正体を知っている私達も責める事はない。“それが君が選んだ人生”なんだから」

 

 少年は俯き、何かを考えているように見えた。

 数秒、数十秒、数分の沈黙の後――

 世界が突然離れていく。

 もがき、どうにか最後まで見ようと必死に足掻くが、それは無駄に終わる。

 だけど、最後の一瞬まで見ていた。

 声は聞こえずとも、少年は顔を上げて、岩に刺さった剣の柄に手を掛けていた。

 次いで、何かを叫ぶと同時に剣を引き抜いた。

 黄金に輝く聖剣。見紛う事のないその聖剣の名は――カリバーン。

 そして、少年は少年ではなくなり――アーサー・ペンドラゴンに成った。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 音が聞こえ始める。いや、戻り始めると言った方が適切かもしれない。

 “今回は”ハッキリと憶えていた。だからこそ疑問しか残らないのだが。

 まあいい、と重くない瞼をゆっくりと開いていく。視界には真白い天井と眩しくない光量の灯り。

 深く、ゆっくりと息を吐く。微かに血の匂いがした。

 鈍く痛む頭を抑えながら上体だけを起こしして止めた。胸の上に奏が頭を乗せて寝ていたからだ。

 頭だけで周りを見回して二課の病室だと判断した。

 隣のベッドには翼が眠っているのが見えた。胸は規則正しく上下しており、ベッドサイドモニタも正常な値を示しながらピッ、ピッ、と音を鳴らしている。

 奏に気付かれないように、起こさないようにベッドから下りて、翼の許へ歩く。どれだけダメージを負っていたのだろう。歩くたびに肉体と云うより精神の何かがズキリと痛んだ。

 バレたら後で殴られるのを承知で病衣を脱がす。もちろん欲情したわけじゃない。

 健康的な白い肌。程よく付いた筋肉。本人がいつも気にしている小さな胸。

 理性を飛ばすのに十分な翼の上半身を見て、鏡華は安堵の息を漏らした。

 

「よかった。傷痕は残ってない」

 

 確認を終えて、脱がした病衣を着せ直す。

 今度は自分の病衣の裾をめくる。傷だらけの肉体。そこに今までなかった一筋の傷が新しく刻み込まれていた。

 

「傷痕は男の勲章とか言うけど……ここまでくると流石になぁ」

 

 苦笑を漏らし、病衣を脱いでいく。鞘を身体から抜き出して鞘内から自分の服を取り出して着る。

 予備に入れていた服がこんな所で役に立つとは思わなかった。

 着替え終わり、鏡華は眼を覚まさない翼の髪を優しく梳く。

 奏は肉体の消失とLiNKERによるダメージの反動から二年間眠っていたが、翼が負った傷は胸から腹部にかけての一閃。出血は多量だったが致命傷ではなかったようで、反動もその分抑えられているはず。

 数日で眼を覚ます、と云うのが鏡華の予想だ。

 

「ごめんな。翼が眼を覚ますまで待ってたいんだけど……今回ばかりは待ってられないみたいだ」

 

 髪を梳いていた手は下へ下りていき、頬に触れる。

 そのまま覗き込んでいた顔を近付け――唇を重ねた。

 卑怯だとは分かっている。それが自分の性分だと云う事も。

 

「……きょう、かぁ……翼ぁ……」

「奏も……ごめんな。アヴァロン、まだ返せないみたいだ」

 

 寝言で自分と翼の名前を呼ぶ奏の髪も丁寧に梳いて上げる。

 気持ち良さそうな声を漏らして静かになる。

 うつ伏せになっている奏の唇にキスは無理だったので、額近くと髪にキスした。

 うろ覚えだが額へのキスは祝福を。髪へのキスは思慕だったはず。

 

「じゃあ――行ってくる」

 

 その言葉とともに。

 彼は再び――彼女達の前から姿を消した。

 今度こそ、たった独りきりで。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

  ―鈴

 

「――ッ」

 

 これまでに何度も響く鈴の音に、未来は眠っていた意識を無理矢理覚醒させた。

 鈴が鳴った時は決まって自分の大切な誰かに何かが起きた時だった。

 響は自分の隣で一緒に寝ていてくれた。今回はむしろ心配している側だ。

 つまり――消去法で考えて、残りはただ一人。

 

「鏡華さん――!」

 

 毛布を吹き飛ばし、駆け出す。

 途中、起きたばかりだからか何度も足がもつれ転びそうになったり、歩いていた職員にぶつかりそうになった。

 それでも未来は脇目も振らずに廊下を走り、病室へ突っ込んだ。

 

「鏡華さ、ん……?」

 

 病室にいたのは未だ眠り続ける翼と奏。それだけ。

 鏡華の姿はない。寝かされていたベッドにも、病室を見渡しても、彼の姿はどこにもなかった。

 

「そんな……」

 

 その場にペタンと座り込んでしまう。

 いくら傷が治ると云ったって精神はすぐに治らないと教えてくれたのは、鏡華本人だ。

 血まみれの状態で連れ戻された、と云う事は精神が受けたダメージは相当なはず。

 そんな状態で出歩くなんて自殺行為にも等しい。

 ハッとして、未来はポケットから携帯端末を取り出して鏡華の連絡先を入力する。

 スリーコールして、繋がった音が聞こえた。

 

「鏡華さん! 今どこにいるんですか!? 戻ってきてください!」

『……未来か』

「何を考えているんですか!? あんな傷で出歩くなんて……今なら私だけが説教するだけで済ましてあげますから!」

『ははっ……未来の説教だけでも怖いなぁ。でもごめん』

 

 いつもと変わらない笑い。即答される謝罪。

 

『戻る事はできない』

「どうして……!」

『時間がないから、かな』

「時間がない? それってどう云う意味ですかっ」

『さあてね。いやいや、誤摩化してるわけじゃないんだよ未来。本当に分からないんだ。ただなんとなく、なんとなくそう思うんだよ』

 

 ――曖昧で悪いな。

 スピーカーから聞こえる鏡華の声。覇気がない事に今気付いた。

 呼吸もわずかだが荒い。

 

『っと……そろそろ電話切るな。少し前に場所を探知機だか発信器を携帯に埋め込まれたから、これ以上は居場所を知られちまう。鞘の中に突っ込んどくから電話も繋がらないと思う』

「ぁ……ま、待って、待ってください!」

『……皆の事、特に立花の事、頼む。すぐに帰ってくる、約束だ』

 

 それ以上鏡華は言葉を連ねず、通信を切った。

 未来は何度か鏡華の名前を呼び、鏡華の携帯端末に通信を掛けるが、無機質な声で「お掛けになった――」と云う定型文だけが聞こえるだけだった。

 呆然と携帯端末を見つめる未来。

 どうすればいいのか、まったく思いつかない。

 その場にへたり込んでしまいそうになった時だ。

 

「――未来?」

 

 名前を呼ばれて、未来は振り返らなかった。

 振り返らなくても、誰が自分を呼んだかは分かる。

 未来を呼んだ響は、部屋を見てなんとなく事情を察せた。

 

「未来」

 

 答えてくれない親友の名前をもう一度呼び、後ろからそっと抱き締めた。

 

「……響」

「大丈夫だよ未来。遠見先生は嘘つきだけど、約束は絶対に破らない人だから」

「私、まだ何も言ってないよ?」

「未来に対する愛情パワーと遠見先生に対する嫉妬パワーで、なんとなく分かったよ」

「……あはは、何それ」

 

 本気で言っているのか分からない――おそらく響は本気で言っているはず――響の言葉に、未来は笑みをこぼした。

 そうだ、響だって分かっていた事だ。鏡華は約束を違えた事は決してない。

 どんなに時間が掛かろうとも絶対に守る。

 そう云う人なのだ、自分が好きになった人は。

 

「ありがとう、響」

「どういたしまして。お礼に今度デートに行こうよ未来」

「また唐突だね。それに翼さんと奏さんが寝てる前で言うのもどうかと思うよ」

「じゃあ師匠のとこに報告しに行こっ。それからも一回デートに誘うから!」

 

 立ち上がらせて未来を引っ張り出す。

 ぐいぐいと手を引く響に、未来は苦笑しつつ内心で感謝と謝罪をしていた。

 感謝は、“自分を”元気づけるために明るく振る舞っている事に対して。

 謝罪は、“自分も”悩みを抱えているのに然もないかのように振る舞っている事に対して。

 

「ありがとう、響」

「ほえ? 何か言った? 未来」

「うぅん、なんにも言ってないよ響」

 

 小声でもう一度感謝して、一緒に歩く。

 響も未来のペースに歩幅を自然に合わせた。


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