戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine6 遠くを見ず、鏡の華を愛でるⅣ

 時刻は少し遡る。正確には翼が鏡華の許へ辿り着いた直後。斬られる瞬間まで。

 出遅れたクリスとヴァンも、防護服を纏って双翼と同じように夜の空を駆けていた。

 

「少し遅れただけなんだが……」

「あいつら、どんだけ足速ぇんだよ。愛とか言ったら……納得してやるか」

「納得するのかよ。大概だな」

「大概だろ、恋ってもんは」

 

 然もありなん、と納得するヴァンも大概なのだが、そこは脇に捨て置こう。

 

「にしてもよ、ヴァン。さっきのアレって実際のとこ、どうなんだよ?」

「生憎と、俺は生物学者でも遺伝子とかの研究者でもないから説明を求められてもな……」

「じゃあ感想で」

「ぶっちゃけありえない」

「……確かにあたしは感想を言えって言ったけどよ、だからって昔見たアニメの引用しなくても」

 

 ジト眼で見られるのを遠くのカ・ディンギル跡地を見つめる事で回避する。

 

「見えんな、双翼の姿は」

「分かりやすい話の逸らし方だな、オイ」

「本当にありえないんだから仕方ないだろう。世の中似た人間は三人いる、と云うが、アレは“似た人間”じゃない。“同じ人間”なんだ。遠見鏡華として測れても、常識では測れんよ」

 

 親に連れられ、幼い頃から世界を巡っていたヴァンは、自分にしろ両親の仲間にしろ、容姿の似ている人間に会った事が何度かあった。だけど似ているのは容姿だけ。人としての“中身”はいつも違っていた。

 しかし今回はその常識が通用しない。オッシアの説明を信じるのなら鏡華とオッシアは全てにおいて似通っている――否、まったくの同一人物。

 

「まあ、遠見鏡華を対象(オブジェクト)として考えるなら……」

「考えるなら?」

「嘘をついている――と云うのが感想だ」

 

 言い切って、ヴァンはクリスの腕を掴んだ。次に着地した建物で足を止めた。

 急停止にクリスは前のめりに倒れそうになるが、ヴァンは自分の許へ引っ張り体勢を整えさせた。

 

「っと……いきなりどうしたんだよ」

「唐突な登場……本質は同じなんだな」

「は……?」

「路上ライブでもするつもりか? ――天羽奏」

 

 灯りによって生み出された人造の闇夜に向かって口を開く。

 

「――おっどろいた。よくアタシが隠れてるのが分かったな?」

 

 心底驚いている声音。そこから出てきたのは、黒の防護服を纏った女性。形状は鏡華の防護服に似ているが胸元や腹部など露出が多い。

 奏の登場に驚いたのはクリスも同じだ。奏は先に翼と共に飛び出していったのに。そして初めて見る防護服。

 

「……偽物、か?」

「偽物じゃねぇよ、バーカ。そのデカパイ揉みしだくぞ」

「なっ……」

 

 殺気と共に両手をわきわき動かして、奏は脅す。

 顔を赤らめたクリスは殺気よりも胸を揉まれる事を恐れてか、両腕で自分の胸を隠した。

 

「てか、テメェにバレたのが気に食わねぇな。上手く隠れなかった自分に怒りが込み上げてくるぜ」

「あいつ同様、俺にとっては隠れている、とは言えないからな」

「ちっ、そうかよ。――まあいいや、改めて自己紹介だ。天羽奏改めフュリ・アフェッティ、天羽奏の本物にして偽物だ」

怒り(フュリ)……」

感情(アフェッティ)――それはまた、オッシア同様分かりやすい」

「オッシア? ……ああ、アイツ、外じゃそう名乗ってるのな。格好つけやがって」

「外?」

「アタシの前ではリート・アフェッティって名乗ってんだよ」

「リート……愛や美を讃える歌の意か」

 

 しかも、こいつの前限定で名乗る――

 そんなオッシアの行動にヴァンは苦笑を禁じ得なかった。

 リート――つまり、奏、いや、フュリを讃えるための名を他の人間に教えたくなくて、別の名を名乗っていると云う事か。オッシア――代替、代わりと云う意味での音楽用語。なるほど、オッシアとは偽名の偽名なのだろう。

 そう考えると、ますますオッシアが“鏡華らしく”見えてきた。

 

「あん? なに一人で笑ってんだよ。なんかイライラするな」

「貴様は貴様で、怒りっぱなしだな。ある時期のクリスみたいだ」

「ちょっ、おまっ、何をぶっちゃけてんだよ!」

「で? そんな怒ってばかりのフュリ・アフェッティは、俺達の前に現れて――何が目的だ?」

「簡単な話さ」

 

  ―輝ッ

 

 その時、遥か後方――方角からしてカ・ディンギル跡地の方向から黄金の柱が空へと昇る。

 普通の光ではない。ヴァンとクリスにはハッキリと感じ取れた。

 フュリも掌を虚空に差し出し、槍を具現化させる。ガングニールではない。ガングニールを持たない彼女の武器は、騎士王が使いしロンのはず。

 

「リートの許へは行かせない。通りたければ、アタシを斬って進め」

 

 戦闘態勢を取るフュリ。

 ヴァンとクリスもそれぞれの得物を構える。

 

「結局こうなるか……やるぞ、クリス」

「こんな事なら、槍の捌き方を習っとくべきだったぜ。胸は揉まれたかねぇけど!」

「天羽奏とだけ手合わせしないと思ったら、脳内エロ親父か、あいつは」

 

 まあいい、とその事については後で問い詰めるとして、ヴァンはクリスより一歩前に出た。

 

「やるぞ、エクスカリバー」

「……なんだ、お前もまだ“気付いてないのか”」

 

 唐突なフュリの台詞。

 どういうことだ、と視線でヴァンは訊ねる。

 

「アタシは聞かされただけなんだけどな――その剣はエクスカリバーじゃない、らしいぜ」

「……なんだと?」

「あいや、言葉が足らないな。“エクスカリバーであってエクスカリバーじゃない”。リートはそう言ってた」

「こいつが……?」

 

 思わず自分が握るエクスカリバーを見つめてしまう。

 

「馬鹿っ、よそ見すんなヴァン!」

「ッ……クリス」

「んな、いきなりのカミングアウトを真に受けてんじゃねぇよ。そんなもん後で調べればいいだろ!」

「ん……そうだな。俺とした事が、完全聖遺物だからと云って意識しすぎていたか」

 

 どうも自分は完全聖遺物(自分の武器)の事になると、少し気が逸れてしまうようだ。

 昔のように目の前の事以外の情報をシャットアウトし、フュリに視線を戻す。

 フュリは手元でクルリと槍を回し、体勢を低くして構えた。

 

「アタシもどうでもいいからな。さあ――感情の赴くまま、死合うとしようぜっ!」

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「ねぇ、日向。オッシアを知らない?」

 

 真夜中、ガウンを纏ったマリアが日向に訊ねた。

 精神統一していたのか、岩の上で胡坐を掻いて眼を瞑っていた日向は眼を開き、首を横に振った。

 

「数時間前に出掛けたのは覚えてるけど……まだ帰ってないの?」

「ええ。夕食いなかった文句を言ってやろうと思っていたのだけど、一体全体どこ行ったのかしら」

「ああ、あれは酷かったね。皆が皆好き勝手に食べてたし」

 

 調はあまり肉類を食べず、切歌は切歌で野菜を食べない。ナスターシャは一応バランスよく食べるが肉類ばっかり食べるし、ウェルに至っては菓子類で済ます偏食家だ。

 オッシアがいないと栄養管理と云うものを知らないのだ、フィーネメンバーは。

 ちなみに、マリアと日向はバランス良く食べている。偏食もばっかり食べもない。

 

「なんで皆好きなものしか食べないのかしら。オッシアがいると素直に食べるのに」

「……料理できるできないの差、かな?」

「まったくもう……早く帰ってこないかしら」

 

 溜め息でも吐きそうなマリアの表情に、日向は苦笑を滲ませた。岩から下りてマリアの横に並ぶ。

 横に並んだ日向をチラリと横眼で盗み見る。

 

「……身体」

「え?」

「身体、もう大丈夫なの?」

「ああ、うん。LiNKERも洗浄できたし痛みもない。もう大丈夫なはず」

「そう……よかった」

 

 こてん、と日向の身体に寄り掛かる。

 その姿勢のまま、空を仰いで自分達を見下ろす月を見上げた。

 その時、ヘリから足音と声が聞こえた。

 

「マリア? 日向?」

 

 振り向けば切歌がこちらに来ていた。

 

「どうしたの切歌?」

「その……ちょっと眠れなくて、軽く散歩デス」

「そう。でも、もう遅いから寝ましょ。調は?」

「一緒に寝てたんデスけど、突然起きて『貧乳はステータスじゃないよ、切ちゃん』とか言い出して、牛乳飲みに行ったデス」

「どうしたのかしら?」

「……気にしないであげて二人共。それより、この時間に冷たい飲み物はお腹に悪いよ。ついでに寝る前に僕達もホットミルクでも飲もうか」

 

 どんな夢を見たのか定かではないが、調の心情が少し分かった気がした日向。

 ただ目の前の“勝ち組”には何も言わず、二人を誘うのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 気を失っている翼を抱き抱えながら、奏は目の前で起こっている戦いを傍観し続ける事しかできなかった。

 

  ――絶・貫き穿つ螺旋棘――

 

  ―撃ッ

  ―撃撃撃撃ッ!

 

 ロンが唸りを上げて、空気を捻りながら突き進む。

 紅に染まった拳が、くねる尻尾がそれら全てに対応して打ち込まれ、

 

  ―撃撃撃撃ッ!

  ―撃ッ!

 

 盛大な火花を散らして、硬い音を鳴らして弾いた。

 最後の一本を弾くのでなく掴むと、溜めなく投擲する。

 

  ―疾ッ!

 

「――ハアッ!」

 

  ―カラン

 

 オッシアは一喝で音速を超えていた槍を止めた。その場に乾いた音を鳴らし、落ちた槍は光となって消える。

 間髪入れず、手に持つデュランダルを一閃! 続けて返す刃でもう一閃!

 

  ――無尽の閃追――

 

  ッ閃―

  ―閃閃閃閃閃閃ッ!

  ―閃ッ!

 

 返す刃で一閃、更に一閃。往復の一閃が無尽と放たれる。

 

「るぅおおあああああ――ッ!!」

 

  ―ッ撃

  ―撃撃撃撃撃撃ッ!

 

 負けじと鏡華も鉤爪、尻尾で迎撃。

 閃光の刃を砕いては潰す。その繰り返し。

 しかし、永遠には続かない。

 閃光の数が鏡華の迎撃速度を超え――紅の衣を剥がし、肉体を斬り裂いた。

 

「るあ……るぅぅううっ!」

「遅ぇよ」

「るぅあっ」

 

 吠える鏡華の足元に現れるオッシア。気付かない刹那にパシッと足払いを掛ける。

 体勢を崩した鏡華。空中にいる刹那の間に、鏡華の瞳に映ったのはオッシアの足だった。

 

  ―轟ッ!

 

 振り落とした踵が鏡華の顔面を的確に射抜いた。

 

「ぐ、るぅ、がぁああ――!」

うるさい(るっせぇ)ッ! ほたえんなや!」

 

 自分を踏みつけるオッシアを両足、尻尾で退かせ、四肢をつけ、獣のように吠える鏡華。

 距離を取ったオッシアは深く息を吐いて、「面倒だ」と呟く。

 やはり、と云うべきか、自分の時とは似て非なる状態。

 この様子だと“外面だけでなく内面も”状況が違うはずだ。

 

「……本当に、面倒だ」

 

 ――だから、もう終わりにしてやる。

 デュランダルを鞘の内に戻し、オッシアは姿勢を整える。

 胸に手を当て、万感の想いを唱にして、オッシアは口を開いた。

 

「これって……絶唱、か?」

 

 唱の静謐さに、奏は呟く。

 だが、語尾には疑問符が付いていた。

 絶唱は聖遺物ごとに放たれた際の特性が違う。

 ガングニールであれば突破・貫通力に秀でた性質。

 天ノ羽々斬であれば圧縮したエネルギーに指向性を持たせて放つ性質。

 ただ、その事は今は関係ない。

 問題は、絶唱の特性は固有だが、詠唱する際の唱は等しく同じだと云う事。

 しかし、たった今オッシアが歌っている唱は奏達が歌う絶唱の唱ではない。

 その唱を聴いている内に、奏は知らずに涙を流していた。

 

「……何でだ。何で、オッシアの唱は――こんなにも悲しくなるんだよ」

 

 歌い切ったオッシア。

 その手に光が集う。

 光が固定化していき取っ手のような短い棒になり、両手で掴む。

 更に光は上へと伸び、形を変えて固定化していく。

 真っ直ぐの鍔、真っ直ぐの刃、切っ先へと姿を固定化していき、一振りの剣と成った。

 

「絶唱――カリバーン」

 

 神々しい光で創られた聖剣を前にして、鏡華はわずかに怯んだように「ぐるぅ……」と啼いた。

 本能で危険だと感じ取ったのだろうか。

 

「お前達の技で言うなら――M2CS・ver.剣と云ったところか」

 

 オッシアが自身の剣を見て呟くが、奏が見る限りそれ以上のモノとしか思えない。

 そもそもM2CSは鏡華の作詞、奏の唱、ヴァンの操作を以てして、扱える技だ。

 オッシア単独で発動させたその剣の前では、M2CSなどただの劣化型に過ぎない。

 

「さあ――いくぞ」

「るぅ……ぅぅおおああああ――!!」

 

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!

 咆哮で大地を揺らし、踏み出した足で大地を砕く。

 一拍遅れてオッシアもその場から飛び出す。

 

  ―震ッ!

 

 大気が、大地が、カ・ディンギルが。

 赤子のように泣き叫ぶが如く震え続ける。

 

「なんだよこれ……。こんなの、もう人間技じゃない」

 

 震える大地に倒れない様、翼を強く抱き締める奏。

 鏡華を恐怖しているわけじゃない。目の前の光景に恐怖しているのだ。

 ――少なくとも、奏はそう思っていた。

 しかし、そう思っている奏は、鏡を見るべきだったろう。

 こんな場所に鏡など存在しない。鏡の代わりになるかもしれないカ・ディンギルにも少し遠い。

 奏の表情は――目の前の光景に、光景を引き起こしているモノを、恐怖していた。

 

 そして――

 震える大地を静かに走るオッシアと、

 震える大地を踏み砕き駆ける鏡華は、

 

  ―煌ッ!

  ―轟ッ!

  ―爆ッ!!

 

 爆音を先駆けとして、閃光に呑み込まれた。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 疾風迅雷――

 疾過ぎる敵を前に、ヴァンは槍の一閃を防ぎながら脳内でそう表現していた。

 

「ほらほら、どうしたよ。胸揉んじまうぞ」

「それは、やめろっつんてんだろぉおおっ!!」

 

  ――QUEEN's INFEAND――

 

  ―発ッ

  ―発発発発ッ!

 

 速度を落とさずに、わきわきと動かす掌“だけを見せて”、フュリは言う。

 心からの拒絶の絶叫と共に、クリスはボウガンより深紫の矢を大量生成して放つ。

 フュリの身体を何発もの矢が穿つが、どれも残像ばかりで本体には一本も命中しない。命中しないのだが、フュリは矢の軌道を先読みして、ほとんどの矢を摑み取っていた。

 

「あああっ! やっさいもっさぃいっ!!」

「落ち着けクリス!」

「ハハハ! 純粋に笑ったのなんて久し振りだな!」

 

 キレる寸前、と云うかキレているクリス。

 フュリに立ち向かいながらも、クリスを落ち着かせようと声を上げるヴァン。

 そんな二人を見て、心の底からの笑みを浮かべ、フュリは掴んだ矢を捨て、ロンを振るう。

 足を止める数少ない行動。当然の如くヴァンは躱すのではなく、星剣で防いだ。防ぎつつ、相手の得物である槍を弾き飛ばそうとするが、その時にはもうそこにフュリはいない。

 

「ちっ……」

「遅い遅い。ムカつくほどおっそいな、ヴァン。まあ、アタシがズルい技使ってるだけなんだけど」

「しかも最後の一歩は踏み込んでこない。どう考えても時間稼ぎだ」

「おう。アタシは足止めが目的だから――」

 

 その時だった。

 ヴァンが“世界が”震えたと感じたのは。

 

「ッ、な、なんだ……」

 

 クリスも感じ取ったのか、辺りを見渡している。

 唯一、奏だけが口を閉じて、驚いた様子を見せていた。

 

「リート――唱ったのか?」

 

 背後を振り返り、カ・ディンギル跡地を見つめる。

 先程の黄金の柱はリートが解放した証。

 そして今、小規模な光ではあるが、身体に内側にズンと来るこの圧迫感(プレッシャー)のような感覚。

 間違いない――“あの”絶唱だ。

 

「……こりゃ、引き際だな」

 

 呟き、ロンを手放して消す。

 

「オネーサンとしちゃあもう少し楽しんでいたかったんだけどなぁ。残念、時間切れだ」

「なっ、それってどう云う事だよ!」

「言葉通りの意味さ。んじゃ、お先に旦那の所へ行ってるなー」

 

 軽い口調で言い、手を挙げたフュリは、瞬きをした時にはもうそこにいなかった。

 

「くっ、急ぐぞクリス」

「あ、ああ!」

 

 遅れて二人も飛び出す。

 全速力を以てして約数分。息を少し荒げながら到着した。

 到着した二人の前に広がっていた光景は、

 

「あーらら。また派手にやっちゃってまあ」

「仕方ないだろ。相手は継承前の暴走引き起こしてたんだから」

 

 武装を解いて目の前の敵“だった”相手を見ているオッシアとフュリと、

 

「はっ……はぁっ……うくっ、うぉえ……!」

「鏡華! もう動くなよぉ……!」

 

 紅の衣を完全に剥がされ、血溜まりに崩れてなお血を嘔吐するボロボロの鏡華。未だにオッシアを睨んでいる。

 奏は気を失っているらしい翼を抱えながら、鏡華を引き止めていた。

 ヴァンとクリスは飛び出してからの事は知らない。

 オッシアは、鏡華を一瞥して背を向けた。

 

「帰ろうフュリ」

「おっ、もういいのか?」

「ああ。そもそも、予定ではここまでするつもりなんてなかった。フィーネの奴らにバレないように、ヘリに搭載されているレーダーは切ってあるが、最後の一撃だけは安心できない」

「自分が悪いくせに」

「耳が(いて)ぇな」

 

 最後に一度だけ、フュリとの会話を中断して、オッシアは顔だけ振り返った。

 

「最後に一つ」

「……、……、……っ」

「オレは認めない。本当に大切な存在は、たった一人だけだ。だから遠見鏡華(オレ)は、貴様の行為を、お前の好意を、認めない。最初に言ったかもしれないが――遠見鏡華(お前)は間違ってるんだよ」

「っ……!」

 

 それだけを意識が薄れてきた鏡華に向かって言い放ち、今度こそオッシアは歩き出した。

 その腕に、フュリが自分の腕を絡ませピッタリとくっ付いて歩く。

 数歩進んだところで、《遥か彼方の理想郷・応用編》を使ったのか、その姿が消えた。

 

「っぁ……、待ち、やがれ……」

 

 鏡華は膝を上げようとする。だが、地面と少し離れただけでそれ以上動かす事はできず、

 

「……あ……っ」

 

 再び崩れ落ち、血溜まりに倒れ臥した。

 そのまま意識が遠のいていく。

 遠見鏡華とオッシア。

 こうして、二人(ひとり)だけの“本当の意味での”初めての戦いは、

 オッシアは引き分けと言い張るかもしれないが、

 オッシアの完全なる勝利で幕を閉じるのだった。


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