戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine6 遠くを見ず、鏡の華を愛でるⅢ

 《影縫い》の効果が切れたのか、影を縫い付けていた短剣は粒子へ変わって消えていく。

 拘束を解かれた鏡華はズルズルと斜面を滑り落ちた。しかし、その場所から動けずにいた。

 ようやく動いたのは数十秒後の事。放心したように緩慢な動きで倒れ臥した翼に近寄っていった。

 

「翼……?」

 

 倒れ臥すと同時に防護服が解除され、リディアンの制服に戻った翼。

 うつ伏せに倒れた翼の背中に触れて、ゆさゆさと揺する。

 翼は応えない。

 

「翼……!」

 

 今度は少し強く。声音も揺すりも強くして呼ぶ。

 それでも翼は応えない。

 

「翼ッ!!」

 

 叫ぶように呼び、抱き起こす。仰向けに抱き抱えて初めて気付いた。

 灯りの少ないこの場所でもシャツが真っ赤になりつつある事を。

 左胸から斜めに染み出したそれは、間違いなく先の一閃を受けたからである事を証明していた。

 

「あ、ああっ……ああ――っ」

「――翼ッ!!」

 

 取り乱しそうになる鏡華の前に、奏が現れる。

 彼女もかなり焦った様子で翼の名前を叫ぶ。

 

「オ、レは……っ、耐えろ。覚悟の上だったじゃねぇか……今更っ!」

 

 ジリジリと後ろに下がっていたオッシア。

 その手にカリバーンは既になく、手は頭を抱える様に抑えていた。

 だが、そんなオッシアの様子を奏と鏡華は気付きもしなかった。

 

「血が、血が止まらない……! 鏡華、どうすればっ」

「……っ、そうだ、アヴァロン。アヴァロンを埋め込めば……!」

「そ、それ! 早く、早く翼にアヴァロンを埋め込んでくれよ、鏡華!」

 

 明らかに冷静を欠いている鏡華と奏の判断。

 だけど鏡華と奏がそれに気付く様子は一切ない。

 ただ一人、オッシアだけは違った。

 

  ―閃ッ!

  ―破ッ!

 

 近くの地面が砕け飛ぶ。

 オッシアの一撃が地面を狙ったのだ。

 振り向き、怒りの眼差しを向ける鏡華と奏。

 ただ――オッシアも眼差しは一緒だった。

 

「ふざけるなよ……てめぇ、自分がした事をもう忘れたのかっ」

「…………」

「懇切丁寧に教えてやったってのに――また繰り返す気かっ!」

「ッ――」

 

 オッシアの怒鳴り声に、鏡華は我に返る。

 俯く鏡華と対象に奏が喰って掛かる。

 

「ふざけんなはこっちのセリフだ! 翼を斬った張本人が言うんじゃねぇよ!」

「翼が勝手に前に躍り出ただけだ。遠見鏡華(オレ達)は斬られた程度じゃ死なない事ぐらい分かってただろ!」

「それでも! それでも好きな人が傷付くのは見てられないだろっ!? オッシアは鏡華なんだろ? ならこの気持ちだって分かってるだろ!?」

「くっ――オレは、囚われた奏を救うと決めたんだ! それ以外どうなろうと、知った事か!」

 

 苦虫を潰した表情を一瞬浮かべるも、すぐに否定する。

 遠見鏡華であって遠見鏡華ではないオッシアの態度に、奏はそれでも言葉を続けようとした。

 しかし、その前に俯いた鏡華の言葉を聞き逃さなかった。

 

「……でも」

「鏡華……?」

「それでも、俺は……翼に生きてもらいたい」

「ッ、貴様は何も聞いてなかったのか!」

 

 鏡華の呟きを聞いていたオッシアは当然、反論し叫ぶ。

 それに答えたのは――

 

「……私も、埋め込んでほしい……」

「ぁ……翼っ」

 

 苦しそうに瞼を開いた翼は、荒い息を吐きながら小さくで、だけど全員に届く声で喋った。

 

「前、言ったよね、鏡華? 不老不死になるのは、考えてほしいって」

「あ、ああ……言った、言ったよ」

「あれから、ずっと考えてた……でも、やっぱり……」

 

 こほっ、と血を吐き出す。

 鏡華と奏が叫ぶが、翼は微笑みながら続けた。

 血に濡れた手を、そっと鏡華の頬に添える。

 

「一緒に、いたいんだ。ずっと……大好きな鏡華と奏と一緒に」

「翼……」

「もし……二人みたいに、咎を生んでしまっても……後悔など、しない……!」

「あぁ――」

 

 堪え切れず、ぐったりとした翼の身体を抱き締める。

 言いたい事を伝えて満足したのか、持ち上がっていた翼の腕が力をなくしたように血溜まりに落ちた。

 

「馬鹿野郎……それは、埋め込む側のただの言い分だ。埋め込まれ縛られる感情(オレ達)の事など考えていない勝手な自己完結だっ」

 

 吐き捨てるようにオッシアは言う。

 華奢な抱き締め、俯いたまま鏡華は呟いた。

 

「……そうだな。これは俺達の勝手な言い分だ」

 

 防護服を解除して、一部を金色の光と変える。三分の一を奏に返す。

 片腕にその光を持ったまま、翼の身体を斜面に凭れさせる。奏は翼の隣に付き添う。

 そして、金色の光を――翼に押し込んだ。

 すぐに立ち上がり、後ろに下がってオッシアの方へ向いた。

 刹那――、

 

  ―裂

 

 鏡華の胸辺りが一瞬にして裂かれた。

 誰も何もしていない。無論、オッシアもしていない。

 否――鏡華だけが何かをした。

 もちろん、オッシアと奏には何をしたのか分かっていた。

 

「埋め込んだか、呪いの鞘を翼に――!」

 

 刹那に鏡華が負った傷は、一寸違わずに翼が負った傷だ。

 つまり、翼に騎士王の鞘、アヴァロンを埋め込んだ証でもあった。

 

「ぐぅっ……くっ」

 

 翼が受けた痛みを一瞬の内に味わう鏡華は、痛みを噛み殺す。

 その代わり、背後の翼の呼吸は落ち着きを見せていた。

 ――大丈夫、奏の時と比べれば大した事ない。

 荒い息にならないように耐える鏡華は、そう確信していた。

 だが――

 

「……ッ?」

 

 身体の内側より感じる何か。

 涌き上がってくるようなこれは――何なのだろうか。

 

「鏡華……?」

 

 疑問を浮かべていると、奏が呟いた。

 それ何、と云った様子で自分を指差している。

 それ、と鸚鵡返しに聞き返しつつ自分の腕を見ると――

 ぼこりと何かが少し溢れていた。

 赤い、紅い点のような、だけど垂れる事ない泡だった。

 

「何だこれ――」

 

 鏡華自身も呆けたように見つめる。

 ぽこり、ぽこりと溢れてきた泡は、そして鏡華が気付いたと同時に急速に全身に溢れだした。

 

「まさか、ここにきてか……!」

 

 唯一、何かを知っていそうなオッシアだけが声を荒げる。

 誰もなす術もないまま傍観に徹してしまう。

 

「う、る、あ、あ……」

 

 鏡華は悲鳴に近い呟きを発しながら泡に呑み込まれていく。

 瞬間、紅の泡が全身を包み込み、肥大化して紅色の光が弾けた。

 

「ッ――! 鏡華ッ!」

 

 光が弾けると同時に舞い起きた暴風から翼を庇いながら奏は鏡華の名前を叫ぶ。

 砂煙が晴れ、光が消えていくと共に、そこに鏡華はいた。

 いや、鏡華であって鏡華ではなかった。

 喩えるなら響の暴走時の姿。それが漆黒ではなく紅に染まった姿。決定的に違う点を挙げれば、紅は全身を覆うだけでなく背中から伸びて翼の形を模し、手には泡が形成した鉤爪、尾の如く生えた泡。そして、全身を覆った泡がまるで竜の姿を成していた。

 

「きょ、う……か……」

 

 呆然と奏が声を上げる。

 生まれて初めてだった。鏡華を――“怖いと思ってしまったのは”。

 

「ルゥゥウォオオアアアア――!!」

 

 獣のように吠え叫ぶ鏡華。

 そんな鏡華を見ていた奏の胸に、ないはずの鞘がまるで応えるかのように言葉を刻んだ気がした。

 

  ――騎士国の(ウェルシュ・)赫き竜(ドライグ)――

 

 ただ、それだけを――

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

  ―吼ッ!

 

 天を(つんざ)く咆哮。大音響に、竜と化した鏡華の辺りを吹き飛ばし、砂煙を盛大に撒き散らす。

 飛んでくる砂煙や石礫をプライウェンで防ぐ奏は、呆然と見つめるしかなかった。

 訳が分からなかった。

 目の前の出来事が嘘のようで、何度も眼を擦り、まばたきを繰り返したが、現実は変わらなかった。

 

「暴走……なんでだよ……」

 

 明らかに鏡華は暴走している。それは一目見て明らかである。

 だけど、こんな暴走の仕方は初めてだ。どう反応していいか分からない。

 きっとモニター越しの弦十郎達も同じように絶句しているだろう。

 

「クソッタレめ……今頃になって継承され始めたのか」

「……? 継承、だって?」

 

 一方でオッシアは黒装束で身を守りつつ、状況を把握しつつある。

 冷静に言うオッシアの言葉に、奏は聞き返す。

 

遠見鏡華(オレ達)は鞘を真に継承してないっ。適合者じゃないんだ、遠見鏡華(オレ達)は!」

「ど、どういう事なんだよ! 適合者じゃないって……」

「オレ達は鞘の新たな――ッ!」

 

 最後まで答えず、オッシアは後ろに跳ぶ。

 今まで立っていた場所を、鏡華の鉤爪が抉り取る。《瞬動》なんて生易しい《縮地》の域の速度だ。

 オッシアの反応だって半ば反射に近い。

 

「うるるる……」

 

 パッ、パッ、と刹那の煌めきと共に具現化する槍群。鏡華の背後に展開された槍群の矛先は、オッシアへ微調整されていく。動けば必ずそちらへ向く槍群は、さながら獲物へ狙いを定める獣の如く。

 

「るぅおおおおっ!」

 

  ――貫き穿つ螺旋棘――

 

 咆哮がトリガーとなり、槍群が放たれる。

 オッシアも槍群を生み出して、放つ。

 槍群は互いに引き寄せられるようにぶつかり合い、貫き合う。

 

「嘗めるな、こちとらもう通った道なんだよっ」

 

 既に目の前まで跳び込んで来た鏡華に、オッシアの拳がカウンターの如く顔面に減り込む。吹き飛ぶ鏡華。しかし、遅れてオッシアも後方に吹き飛んだ。

 吹き飛ぶ瞬間、尻尾で殴打したのだ。

 地面を滑りながら器用に身体を捻り体勢を立て直すオッシア。四つん這いで動きを止めると、いや、四つん這いと云うよりクラウチングスタートの構えか。弾丸のように飛び出していく。

 

  ―撃ッ!

  ―破ッ!

  ―轟ッ!

 

 重なり合うデュランダルと鉤爪。

 振るわれる鉤爪をオッシアは空いた手の甲で払いのける。

 

  ―閃ッ!

 

 反対から閃くデュランダルの一閃。いつのもの鏡華であれば防ぐが、暴走している鏡華は防ごうとしなかった。抵抗せずに胸を斬られる。痛みを感じるのか鏡華は呻く。だが次の瞬間には身体をぐるりと回し、また尻尾で殴る。

 

「同じ手を二度喰らう――」

「るぅあっ」

 

 直後、鏡華の腕が伸びてオッシアの黒装束を掴む。

 尻尾による攻撃はブラフだったと、この時になって気付く。気付いた時には時既に遅し。

 

  ―打ッ!

  ―撃ッ!

 

 握り締めた拳の一撃。鉤爪と比べれば幾分かマシだろう。

 それでも、その一撃は先程暴走する前に受けたものより何倍も重かった。

 吹き飛ぶ一撃。それは黒装束を掴んだ鏡華が許さない。

 

「るぅう――」

「――キミの終焉」

 

 もう一撃、とばかりに拳を振りかざす。

 ――その時。オッシアが何かを小さく呟いた。

 ただそれだけなのに、静電気を感じたように鏡華がオッシアを離した。

 地面に着地する。ダメージを受けているはずなのに、その立ち振る舞いは何一つ乱れていない。

 

「これを唱う時は、貴様との決着の時だと思っていたんだがな。まあいい。よく、見てろ」

 

 ひゅう、と息を細く吐き、キッと鏡華を睨みつける。

 その姿に、奏は眼を疑った。

 彼の周りの空気が、彼を中心に螺旋を描く。

 集まってきた空気。それらが段々と金色に染められていく。

 

「これが――継承を済ませた、“お前の姿”だ!」

 

  ――キミの終焉、其れはいつか必ず――

 

 吹き荒れる金色の風の中、小さく囁かれた言の葉。まるでそれは聖詠のよう。

 だけど、世界にはっきりと、どこまでも静謐に届けられる。

 

  ―煌ッ

 

 途端、金色の風が爆発するように光となって視界を染めた。上空にオッシアを今まで覆い隠していた黒装束が弾け飛んでいた。

 そして、風が、光が、落ち着きを見せると、其れは姿を見せた。

 完全に露わになったオッシアの顔。それはまさしく遠見鏡華。唯一違うのは髪がかつての短さ。

 彼が纏うのは漆黒を基調とした防護服。その上から銀を基調とした胴鎧、手甲、脚甲が覆う。肩で留められたマントはなく、代わりに腰周りの鎧からコートの裾のように布が風に揺れている。

 その手に握り締めるのは、本来であればカリバーンであった。が、今は違った。黄金の剣ではある、しかし今握り締めているのはデュランダルだ。

 

「ぅるう、ぐるる……」

「――――」

 

 唸り声を上げる鏡華。だが、その場から動こうとしない。

 ゆらりと立ち上る紅いオーラを纏い、鏡華を見据える。その眼はひどく落ち着き払っているように、奏には見えた。

 同時に、彼によって圧迫されているであろう空気に奏は息を呑む。

 よくアニメや漫画、ドラマで、武闘家などが相手取った敵の実力を肌で感じると云う描写がある。身近に弦十郎やかつて戦った櫻井了子(フィーネ)の実力を感じる事があった奏は、そう云う“空気”を一般人に比べて多少強く感じられれていた。

 しかし、目の前のオッシアの気配は、それらを飛び抜けて異常だった――異質だった。

 まるで、そもそもが違う、ヒトの域を超えているような――

 まるで――まるで、書物・石碑・叙事詩に出てくる英雄のようで。

 

「来いよ――主役は違うが、竜殺しは英雄の役目だ」

 

 手招きするように、指先を天に向けてクイクイッと動かす。

 挑発と受け取ったのか、凍り付いた空間を壊すが如く、咆哮と共に飛び出す鏡華。付き従う従者よろしく槍群が具現していく。

 放たれた槍群にオッシアは、

 

「――しゃらくせぇ」

 

 ただ、左手を翳すだけ!

 それだけで、たったそれだけで突き刺さろうとした無数の槍が動きを止めた。

 鈍い音を立てて地面に落ち、粒子となって消える。

 それきり鏡華はロンを出さなかった、いや、出せなかったが正しい。己の身一つで突撃する。

 

「まさか、武器の使用を封じたのか!?」

 

 ありえない話ではなかった。

 同じ完全聖遺物を使用する者同士――この場合、恐らくアヴァロン限定だろうが――互いの武具に干渉できない訳ではない。きっと鏡華が使用できなくなっていた内包結界《遥か彼方の理想郷・応用編》と同じ原理だろう。

 その点、自分はちゃっかり使用しているところがまた“鏡華らしい”のだが。

 

  ―斬ッ!

  ―迅ッ!

  ―裂ッ!

 

 迅雷の速度を持って放たれた斬撃。

 速度とは裏腹に風切り音さえ聞こえない静かな斬撃は鏡華を覆う紅の衣を、翼を、斬り捨てていく。

 

  ―撃ッ!

  ―破ッ!

 

 剥き出しになった鎧と云うか防護服を拳の“余波”で弾き、破り捨てる。

 それでも止まらない鏡華の頭上へ《遥か彼方の理想郷・応用編》を使用して移動。回転を混ぜて威力を倍加させて踵を落とした。

 

  ―轟ッ!

  ―震ッ!

 

 まともに喰らった鏡華は当然、地面に叩き付けられる。

 常人、奏者であろうとすぐには動けないであろう一撃だと云う事は一目瞭然だった。

 にも関わらず起き上がる鏡華。破れている防護服は修繕されていき、紅の衣が全身を覆い尽くす。

 

「そうだ、立ち上がれ。立ち上がって、倒れろ。そうして――」

 

 ――気付くんだ。

 まるで、我が子を千尋の谷へ突き落とす親のように言い放つ。

 鏡華にその言葉が聞こえているのか、聞こえていないのか、それは定かではなかった。

 確かなのは――今の鏡華では自分自身(オッシア)には勝てないと云う事実だけ。


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