戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
――白の乱舞――
—閃ッ!
白銀の刃が夜を切り裂く。
追撃を掛けるように黄金の閃きが白銀を追い掛ける。
白銀の刃を姿勢を低くして避ける。そこまではいい。問題は次だ。
避けられると分かった瞬間に、黄金の閃きは追尾の対象を白銀の刃から鏡華へと変更させる。
「っと――らあっ」
傷を髪を一房奪われるだけに留め、カリバーンで反撃の刺突を繰り出す。
喉元目掛けて放たれた刺突は白銀の刃――カルンウェナンによって受け流される。逆に格好の的となった鏡華へ黄金の剣――デュランダルの刺突を返された。
—突ッ!
—戟ッ!
防いだのは掌をかざし具現したロン。
だが切っ先にエネルギーを溜めていたのか、拮抗する事なく弾き飛ばされる。
止まる事なくデュランダルの刺突は、篭手を物ともせずかざした掌を貫く。
「ぐ……ぁっ」
「武具の選択が甘いっ」
突き刺したデュランダルを斬り上げ、掌を貫通させたまま裂いた。
もちろん傷を負った箇所は即座に回復し、なかった事になる。流血まではなくならない。
オッシアは斬り上げた刃を今度は身体を切断せんと振り下ろす。
――真・護れと謳え聖母の加護――
プライウェンを具現して防ぐ。
防御に特化した武具であり、さっきの槍のように弾き飛ばされる事はなかった。また、完全聖遺物としての能力も発揮され完全に衝撃を防ぎ切っている。
これなら――
「これなら、とでも思ったか?」
「ッ――!」
「甘いんだよ馬鹿」
急にプライウェンを通して感じていた重みが消失する。
刹那、その事に驚きたたらを踏む暇もなく、背後から一撃を喰らった。
思いがけない場所への一撃に成す術なく吹き飛ぶ。
「が――」
「てめぇは大事な事を忘れている」
地面へ倒れ込む。
はずなのに、今度は腹部への衝撃で地面でなく空へ舞い上がった。
自分が吐き出した血が重力によって顔に降り掛かる。すぐに蒸発するかのように消えるが。
さらに背中へ打ち込まれる一撃。
やられたい放題かよ、と吐き捨て、プライウェンを船として具現。足場にして振り向きざまにカリバーンを振るった。
—斬ッ!
斬った――何もない空気を。
オッシアの姿など微塵も見えない。
「どこを斬っている」
「どこ――がぁっ!」
仕返しとばかりに背中を斬られ、鏡華は地面に倒れそうになるが気力を振り絞って耐える。
片膝をつき、荒い息を吐く。ぽたぽたと血が垂れては地面に落ちる前に消えた。
目の前に足が見えた。見上げなくても分かる。オッシアだ。
「無様だ、王が膝をつくとは。王様とかほざいときながら負けるとか、マジで滑稽だな」
「る、っせ……てめ、絶対ぶっ飛ばす」
「だったら攻撃が当たらない理由を見つける事だな」
「もう、見つけたよ。んなもん」
身体が常に万全な状態に戻るとは云え、精神や気力までも戻るわけではない。
剣を杖代わりにして立ち上がる。荒い息を吐いて呟いた。
「内包結界――あれを使ってんだろ。いくら何でも速すぎ」
「ご名答。ついでに教えてやると、貴様が内包結界に入れなくなったのはオレが原因だ」
悪びれず答えるオッシアに、苛立たしく舌打ちを打つ鏡華。
それでも思考は、冷静に目の前の現実を静観していた。
目の前の敵が
武装は完全聖遺物デュランダル及びアヴァロン。
使用した武器はデュランダル、カルンウェナン、そして“アヴァロン”。
「むかつく事を……」
「出る杭は打たれる――強すぎる力は抑えなければならない」
「とか言いつつ、自分は使ってんのな」
「なんとでも」
三度、姿を消すオッシア。
即座に、身体を前方に投げ出して回避を試みる。
だが、アヴァロンの瞬間移動もどきは本当の瞬間移動ではない。
相手の動きに合わせて移動する。それがアヴァロンの《遥か彼方の理想郷・応用編》。
回避して着地した場所に移動し、オッシアはデュランダルを振り下ろす。
—戟ッ!
弾き返すはカリバーンの刃。剣風を巻き起こし、鉄の音色で合唱する。
前転の受け身を取るはずだった片腕で身体を支え、オッシアの動きを予想して剣を振るったのだ。
(オレの考えが分かって……いや、予測しただけっ)
無理矢理な体勢で一閃を防いだ鏡華は、腕をバネにしてハンドスプリングの如く更に前方へ跳んだ。
相手の居場所を確認する事なく、鏡華は剣を持った腕を一閃。空に具現する槍の群れ。
―疾ッ!
音速を超えてオッシアへ放たれる。
躱す事など不可能な数と速度。それらをオッシアは慌てる素振りすら見せず反応した。
――遥か彼方の理想郷・応用編――
刹那、世界が動きを止めた。自分の色を忘れたかのように色褪せ、様々な色に変化する。
鏡華と放たれた槍群も例外ではない。
これに制限時間はない。歩いても問題はないが、歩く気など毛頭ない。
全力で駆け出し、槍の合間を斬り抜けながら鏡華の前に辿り着く。
振りかぶるモーションのまま、結界を解いた。
騎士王の鞘だったからなのか、結界を発動しては人を攻撃する事は出来ないのだ。
それでも、大抵の相手は驚いている間に倒される。弦十郎や緒川のような達人でも反撃には出にくいだろう。
そう云う“反則技”なのだ。この技は。
「――ッ、うぉらっ!」
――なのに。
—閃ッ
—戟ッ
—裂ッ
この男は、達人の域に達してなどいない遠見鏡華は、その反則技に対応していた。
一閃を弾かれ、オッシアは本気で舌打ちした。
――こいつ、慣れてきてやがる……ッ!
たった数合なのに、オッシアの動きを予想して反撃に出ていた。完璧とは云えず未だ条件反射の域だが、それでも次第にはっきりと動きを合わせて反撃している。
同じ存在だけありはっきりと鏡華の成長を感じてしまうオッシアは、悪態を脳内で吐き捨てた。
口の端は嬉しそうに吊り上げられているにも関わらず。
「見える……動ける、戦える!」
「だからと言って、対抗できる訳じゃねぇがな!」
—蹴ッ!
自分を奮い立たせる鏡華に、オッシアはピシャリと言い放ち、斬るモーションで誘導し蹴りを放った。
「負けるかよ……っ」
「ぅ……くっ」
「負けてたまるか。
「ッ――!」
装備をカルンウェナンに変え、接近戦を挑んでくるオッシア。
長剣のカリバーンや槍のロンでは不利な距離。鏡華は即座に具現化を解いて徒手空拳で対抗する。
しかし、いくら同じ存在だとしても
気持ちの上では負ける理由がない。然れど結局のところ、勝敗を分ける要因はたった一つ。
腕っ節が、強いか――弱いか。
たったこれだけの事なのだ。
いくら想いを叫ぼうと、負けないと吠えても――実力が伴わない想いは無力なのだ。
「あっ……がっ、っう――!」
伸ばした腕は空を切り、真横から圧し折られ、切り裂かれる。
「っぁ、がぁあ! ――ふぐっ!」
蹴り放たれた足は受け止められ、蹴り返されて技となさない。
いつもそうだ。
いつだって、そうだ。
防御さえままならなず、サンドバッグのように滅多打ちにされながら鏡華は思う。
ここぞと云う時、自分の想いは必ず空回ってしまう。
手を伸ばしても、歩を進めようと――届かず、辿り着けない。
今だってそうだ。ようやく辿り着いたこの地で、己が罪によって打ちのめされている。
―裂ッ!
―斬ッ!
空気ごと最後の一撃を斬り飛ばされ、
―破ッ!
―撃ッ!
―轟ッ!
がら空きとなった胴体に、拳撃がぶち込まれた。
吹き飛んだ身体は斜面にぶつかり、滑る事なく減り込んだ。
―疾ッ
痛みを堪え立ち上がろうとした鏡華の耳に聞こえる飛来する音。
トスッと地面に刺さった音が聞こえた瞬間、身体が急に動かなくなった。
何かされた訳じゃない――否、“何かは”されたのだ。
視線をズラせば、自身の周りに突き刺さっている短剣があった。
周りに――いや、これは!
「俺の影……っつー事はまさか、影縫い……!」
んな馬鹿な、と叫びたい気分だった。
《影縫い》は本来、緒川が使用していた“現代忍法”の一つだ。その利便性に惚れ込んだ翼が、三年もの歳月を費やして習得した技。
当然、鏡華も挑戦したが成功には至らず習得は出来なかった。
その技を、目の前の
「平和ボケしてた貴様と違って、オレは暇を持て余してたからな。飲まず食わず、寝ずに一年ぐらいで習得してやったよ」
手元でカルンウェナンを器用に振り回しながら鏡華へ近付くオッシア。
抜け出そうと必死にもがくが、そもそも、もがく事すら出来ない。
「一先ずは決着だ。死なない
オッシアの言葉に鏡華は憤りを覚えた。
――ふざけるな。引き分けだと? どう考えたって、お前の勝ちだろうがっ。
だけど、そんな事を鏡華が言える筈もなく。
カリバーンを具現したオッシアが切っ先が届くギリギリの距離で足を止め、ゆっくりと振り上げられる。
「だけど示しは必要だよな。だから――あばよ」
そして、振り下ろされる。
鏡華は最後まで眼を逸らす事はしなかった。
だから見てしまった。振り下ろされるまでの一瞬を――
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
二課の船内を飛び出した翼は、即座にギアを纏い船体を蹴り跳び出していた。
自分達を迎えに来ていたので陸地とは然程離れておらず、脚部のブーストを使う事なく陸地に着地し、その姿勢を崩さずに跳躍した。
人間の限界を超えた跳躍によって近くの倉庫の屋根に跳び乗った翼は、全速力で駆け出す。
――もっと、もっと疾くだっ。
既に自分の限界を超えた速度に達しているにも関わらず、翼はなおも速度を己に要求した。
何故ここまで焦るのか、自分でも分からない。
だけど、とても嫌な予感がするのだ。
焦る気持ちを歌にし原動力に変えて、翼は屋根から屋根へと跳び夜の街を駆ける。
他の人に見られる可能性は――幸か不幸か、ゼロに近い。あまりにも速すぎるため、眩い夜の街でも視認は難しく、ほぼ不可能だった。
「――てよ! 待てよ、翼ッ!」
風となっていると言われても不思議でない翼を追い掛ける影。翼は振り向こうとしない。
影は――奏は少しして翼の隣まで追いつき並走する。その姿はガングニールだけの防護服になっていた。
「やぁっと追いついた……いきなりどうしたんだよ」
「……分からない」
「分からないって、翼ぁ……」
「分からないけど、嫌な感じがするんだ」
別に翼は勘がいい訳ではない。
ただ何となく、漠然と感じているだけだ。
「奏は何か感じない?」
「……翼が言ってる嫌な感じってのと同じかどうかは知んないけど、すごくどす黒い何かは感じるな」
「どす黒い?」
「おう。こう、負の感情って奴みたいな何かだ。はっきりとは翼同様、分かんないけど」
二人同時に足場を踏み込み、ビルから跳躍て大通りに飛び出す。
かなりの距離だったが、ギアを纏った奏と翼は軽々と飛び越えて反対側のビルに着地して駆ける。
「そういや、勝手に飛び出してきたけど、これって怒られねぇかな?」
「……それ、今考える事なの?」
「いやさ、弦十郎の旦那はともかく、緒川さんのお小言は面倒じゃん」
「まあ、それは確かに」
緒川の事だ、弦十郎のお説教の後に「お二人はアイドルなんですから、もう少し慎んでください」などと溜め息混じりに言ってきそうだ。
怒ると云う訳でもなく、注意に近いのだが、その注意が奏は少し面倒だった。
「ま、今回は鏡華のせいにすればいっか。鏡華だって勝手に敵と会ってたんだし」
「くすっ……そうだな」
奏と話している間に、焦る気持ちはどこかに消え去っていた。
そのおかげかどうかは定かではないが、走る速度が上がった気がした。
「奏はやっぱりすごいな」
「ん、どうした?」
「何でもない。――さ、急ごう!」
「おうっ」
数分の間に街を抜け、カ・ディンギル址地の荒野に到着する。
それでも逸る心を鎮め、足を動かす。
だが、封鎖されたカ・ディンギルの根元が見えてくると、
「――ッ!」
戦っているであろう二人の姿も見えた。
地面に倒れ込んでいる鏡華とその目の前で黄金の剣を振りかざしているもう一人の鏡華の姿が。
纏っている黒装束で判断するに、剣を振りかざしているのがオッシアだろう。
つまり――鏡華が危なかった。
瞬間、翼の思考はそこで途切れていた。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
目の前で何が起こったか。
眼を逸らしたり閉じなかった鏡華は、最後の瞬間までその光景を眺めていた。
オッシアの振り下ろしたカリバーンは真っ直ぐ自分に向かってきて、
「――ぁ――」
何かで止まる事なく、その刃で斬った。
その全てが、まるでスローモーションの出来事のように感じる。
カリバーンは確かに斬った。だが、それは鏡華には届いていない。
飛沫が鏡華の顔に掛かる。
振り下ろしたオッシアの顔が見えた。驚愕した表情だった。
きっと自分も同じ顔なのだろう。
ポタポタと液体がこぼれ、それからすぐに液体をこぼしたモノは地面に崩れ落ちる。
そこでやっと時が正常に動き出す。
だからそこで鏡華は叫んだ。喉が破れんばかりに絶叫した。
「ァ、ァァ……ァアッ、翼ァァアアアア――ッ!!」
自分の代わりに斬られた、翼に向かって。