戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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真実は常に残酷な宣告を強いられる。
犯した罪の過ちを識り、暴かれる真実を前に、
少年は遂に最後の扉に手を掛ける。其処に選択の余地はない。

Fine6 遠くを見ず、鏡の華を愛でる

水月は王を糾弾する。王の選択は過ちであった――と。
過ちだったかもしれない――然れど、過ちでないと糺す為、王は月に吼える。


Fine6 遠くを見ず、鏡の華を愛でるⅠ

 緒川が手配した車両に乗った翼と奏、クリスとヴァン、そして未来が二課にやってきたのは夜遅くだった。

 全員、風鳴の屋敷に来ていたのだが、未来を誘った鏡華だけがいつまで待っても戻ってこず、未来も嫌な予感がすると呟いていたので、何かが起こってるのかと知れないと思って二課までやってきたのだ。

 未来達を出迎えたのは響だった。

 

「響! もう身体は平気なの?」

「うん! 心配掛けてごめんね、未来」

 

 いつも通りの響に安堵の息を漏らす未来。すぐに訊ねた。

 

「響、鏡華さんは来てない?」

「遠見先生? うぅん、朝会ってからは師匠や緒川さん、オペレーターの皆としか会ってないよ」

「そう……とにかく、一緒に行こっ」

 

 まだ理由を話してないが、響は未来の表情で何かを察し真剣に頷いた。

 六人にとなって到着すると、本部では友里や藤尭が作業に集中していた。

 

「師匠!」

「お前達……何故ここに」

「未来達が遠見先生の場所を知りたくて来たんです!」

「そうか。だがすまない、それは後に――」

 

 弦十郎が最後まで言う前に、藤尭の声がかぶった。

 

「高質量のエネルギーを検知!」

「波形の照合、急ぎます!」

 

 続いて友里も検知したエネルギーを調べる。

 すぐにモニターに表示される。

 ――DURANDALと。

 

「嘘……まさかこれって……」

「デュランダル……だと!?」

 

 モニターを凝視して弦十郎は絶句する。

 未来と奏以外、デュランダルの登場は驚いた。

 

「何故……デュランダルはあの戦いの際――」

「鏡華が隠したんだ。アヴァロンに」

 

 翼の呟きに

答えたのは奏だった。

 弦十郎も奏の方へ振り返る。

 

「奏、どう云う事?」

「あの戦いの後、鏡華は全員に隠してデュランダルを回収してアヴァロンの中に回収していたんだ。何の意味があるかはあたしも知んねぇけど、一応、鏡華のために黙ってたんだ。あいつ、あたしにも隠しきれてると思ってるみたいだからね」

「じゃあ、デュランダルが出た場所に鏡華が……」

「場所、特定出来ました! でも、ここは……」

 

 藤尭の声に弦十郎は再び視線を戻し、「どうした」と訊く。

 

「東京番外地、特別指定封鎖区域――カ・ディンギル跡地ですっ!」

「また、そこだと……友里!」

「監視カメラの映像をこちらに回します!」

 

 命じられる前に行動に移す。

 素早く監視カメラを操作して映像を自身のモニターにまず全てを送る。その中にデュランダルが映っているか探していると、無意識にえ、と声を出してしまった。

 

「どうした?」

「いえ……も、モニターに出します!」

 

 おかしい、と思いながら見つけ出した映像をモニターに出す。

 全員の視線が集まったモニターに映ったのは、絶句する鏡華の表情と、

 

「――え?」「な――」

 

 二課全員の表情を同じように唖然としてしまう。

 鏡華の視線の先、黄金の剣――デュランダルを手に持った黒装束の男、恐らくオッシアがフードを下ろした。

 下ろしたフードの中にあった顔は、見紛う事なく鏡華の顔だったのだから。

 

「な……鏡華が、二人……?」

「馬鹿な……そんな事が……」

 

 誰もが混乱する中、モニターに映るオッシアが怨嗟のように叫んだ。

 

『改めて自己紹介だ。オレの名は――遠見鏡華。遠見鏡華(オリジナル)の偽物にして――本物だっ!!』

 

 翼は、奏は、クリスは、ヴァンは、未来は、響は、

 オペレーターの二人はおろか、弦十郎でさえ、声を失うのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 目の前の状況に頭がついていかなかった。

 オッシアと名乗っていた黒装束が遠見鏡華と名乗った。遠見鏡華は自分の名前だ。何故、こいつが名乗るのだろうか。

 だが、顔も声も瓜二つ――いや、完璧に同じだ。

 だけど、何故? どうやって――

 

「状況についていけてないようだな。だが、貴様が混乱する時間などありはしない」

 

 淡々と喋り、歩み始めるオッシア。

 鏡華はその場から動かない――否、動けない。

 

「始まりは二年前。幾ら馬鹿な貴様だろうと何があったかくらいは覚えているだろう。――そう、ノイズによるライブ襲撃だ。あの時、翼と奏が戦場に立ち、ノイズと戦いそして――奏は命を落とした、はずだった。なのに、そうならなかった。遠見鏡華(オレ達)と云うイレギュラーが存在したからだ」

 

 風に髪が靡く。

 今、気付いた。オッシアの髪は伸びてない。昔の肩に掛かる程度の長さだ。

 

遠見鏡華(オレ達)は鞘の能力を使って、奏を救った。間違いじゃなかったかもしれない。だけど、それは間違いだった。奏はあの時、死ぬべきだったんだ。何故だか分かるか? ――LiNKERによる適合者だったからだ」

「死ぬべきだっ、た……?」

「かく言う遠見鏡華(オレ達)も本来、適合係数が低く適合するなんて不可能だった。なのに今こうして鞘を扱ってる、何故か。答えは簡単だ――鞘が遠見鏡華(オレ達)の感情に応えたんだ。ただただ奏を守りたいと云う――愛と云う感情がっ」

 

 目の前に立つオッシア。鼻先がくっ付きそうな程顔を近付ける。

 オッシアの瞳には憎しみの焰が煌めいている気がした。

 

「それによって鞘は遠見鏡華(オレ達)を仮の主と認め、力を貸与した。だがっ! だからこそオレと云う存在が生まれた!」

「――――」

「絶唱に似た解放のエネルギーは遠見鏡華に耐えられるモノではなかった。あの時、遠見鏡華は死ぬはずだった。だが、鞘がそれを許さない、許すはずがなかった。不死性の能力を以てして遠見鏡華を生かした。覚醒のきっかけとなった愛と云う感情を除いて、な」

「感情を……」

「除かれた感情は、死ぬはずだった遠見鏡華の代わりとして消滅した――消滅するはずだった。だけど、それさえも鞘は許さなかった。呪いの鎖によって縛りつけ、感情は消滅する事はおろか――表舞台で生かされる事さえ許さなかったんだ!」

「ッ――!」

「それがオレだ! お前が犯した過ちこそ、お前が失った感情(アイ)こそ――オレそのものだっ!!」

 

  ―打ッ!

 

 我慢しきれず、オッシアは鏡華の腹部を殴った。抵抗も出来ず鏡華は身体をくの字に折り吹き飛ぶ。だけど、倒れる事だけはしなかった。

 倒れたら――自分を支えているナニかがプツンと切れてしまいそうなのだ。

 オッシアはそれを分かっていて、言葉と云う名の鋏で断ち切ろうとする。

 

「オレの事はいい。オレだって奏を救えるのだったら、遠見鏡華の行動は正しいと思う。――鎖が縛ったのが“オレだけであればな”」

「俺だけ……ッ、まさ、か……」

「流石にさっき言った事は覚えているな。そうだっ、オレだけならば許せたっ! オレが最も許せないのは――奏を巻き込み、同じ咎を与えた事だっ!!」

「ッ――!!」

 

  ―閃ッ!

  ―戟ッ!

 

 デュランダルを袈裟に振り下ろす。

 その一撃をカリバーンを具現化して防ぐ。

 

「奏も感情によって聖遺物を起動させた奏者だった! その感情は鞘によって縛られ、オレと同じ運命を背負う事になったんだ! 奏の要因となった感情はノイズに対する憎しみ! 愛の感情であるオレと違って、あいつが割り切れるわけがないだろう! それを、貴様が――ッ!!」

「ッ――、ッ――!」

「何故あの時奏を助けた!? 助けなければこんな事にはならなかった! 一時の悲しみをっ、貴様のエゴが奏を永遠に苦しませる事になったんだっ!!」

 

 剣戟にだけ集中して疎かになった腹部へ、今度は膝を減り込ませる。

 唾液を吐きながら耐えた鏡華。オッシアへ向けてカリバーンを振るうが、適当な一撃をオッシアが喰らうはずもない。

 一歩下がって躱し、一歩踏み込んで回し蹴りを鏡華へ放つ。

 

「それともう一つ! 貴様の気に喰わない事がある。翼と奏、そして小日向未来を好きだと言っている事だ!」

「それの、どこが……っ」

「全てだ! 愛と云う感情を喪失しているのに人を好きになれるわけないだろう! 貴様の愛はただの偽物だ! 貴様はただ、あいつらの好意に甘えているだけなんだよ! 愛を失っているから“一番”を決めることが出来ない。愛が分からないから好きと愛の違いが分かってない!」

 

 吹き飛び、地面を転がった鏡華を追撃するように蹴りを加えていく。

 

「お前達の関係などごっこ遊びだ! それを愛だの恋だの抜かしやがる……反吐が出るんだよ、貴様の言動には! 本当に大切なら――何故“一番大切”な存在を決められないんだ!?」

「それは……」

「答えが出ない事など分かっている。貴様(じぶん)の思考ぐらい読めるからな。だからこそ――貴様は間違ってるんだよっ!!」

「ッ――!」

 

 最後の蹴りによって、鏡華は地面を転がる。

 起き上がろうと腕に力を籠めるが、震える腕は言う事を聞かない。いや、鏡華自身が無意識に立つ事を諦めていた。

 真実を目の前にして、鏡華の精神は崩壊寸前まで陥っていた。これ以上真実を聞けばすぐにでも瓦解してしまう。

 

「ッ……、ッ……」

 

 ――動け、動けよ。

 自分を叱りつけ必死に動かそうとするが、まったく応えてくれない。

 幾らアヴァロンが身体を治す事が出来ても、精神(こころ)までは治してはくれないのだ。

 オッシアはそんな鏡華を真上から見下す。見下して――デュランダルの柄を天へと向けて持ち上げる。

 

「安心しろ、お前を殺す事は出来ない。鞘を奪う術もオレは持ち合わせていない。これはただの――そう、ただの八つ当たりだ。だが、貴様に絶望を植え付けるにはちょうどいいだろう」

「――――」

「お別れだ。愛情(オレ)から――泡沫の理想郷から」

 

 デュランダルの柄から手を離す。支えるものがなくなってデュランダルは重力に任せて地面へと落ちてゆく。

 真下には倒れ臥す鏡華がいる。吸い込まれるように落ちていき――

 

「……のか」

 

 途中で落下は止まった。

 突き刺さるその瞬間、切っ先を鏡華が掴む。

 絶世の切れ味を誇る刃に触れた鏡華の手は瞬く間に紅に染まっていく。

 

「別れる……ものか。辿り着いた理想郷から別れて……たまるか」

 

 血で手が濡れる事を厭わず、鏡華は震える足でようやっと立ち上がる。

 デュランダルを放り、オッシアの足下に突き刺さる。新たにカリバーンを両手で握り締めた。

 

自分自身(てめぇ)の言葉に自分が屈してたまるか、ふざけんなよ、こんちきしょう――!」

 

 言葉の撃鉄を叩き落とし、折れかけた精神を奮い立たせる。

 刃で斬れた手の熱さと血の冷たさが鏡華の思考をようやっと現実へ追いつかせる。

 始まり――己が過ち――結果、そして今――

 奴の言葉を理解しきれてはいない。正直、あれだけの証拠で全部を信じろと云うのは無理だ。

 もしかすれば嘘かもしれない――本当の事かもしれないが。

 それでも。それでも今は、全力で目の前の(てき)を屠ろう。

 鏡華の思いに呼応するように鎧も変化していく。戦闘用とは思えない荘厳の鎧と絢爛のマント。響達がエクスドライブモードのギアを纏った時に成ったアヴァロンの完全聖遺物状態の防護服。

 ――奏、ちょっと返してもらうよ。

 念話ではないが、胸の内で奏に断っておく。

 

「……何も知らず、それを“完全と呼ぶか”。悲しきは無知である事だろうな」

 

 鏡華に聞こえぬ声量で呟き、大振りのデュランダルを片手で握り、空いた手には白い短剣を具現して握る。

 あの夜、今晩のようにこの場所で初めて見た白い短剣。あの時は何がしらの聖遺物だと思っていた。今なら短剣の正体が分かる。

 ――カルンウェナン。

 その銘は小さな白い柄手を意味する、彼の騎士王が所有していた短剣。

 自分が握るカリバーンと同じ、アヴァロンの記憶から創られた贋作、偽物だ。

 だが、侮るなかれ。彼奴のもう一刀は偽物ではない。

 聖剣デュランダルは紛う事なき真作、かつての英雄が扱い、伝説を築いた武具である。

 

「――――」

「だが、覚えておけ。オレとの戦いは殺し合う事じゃない、想いの深さで決まると云う事を――!」

 

 それでも、鏡華は臆する事なく一歩を踏み込む。

 じゃり、と砂が踏まれて泣くように音をあげる。

 ――それが開戦の合図となった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 気付いた時には、翼は飛び出していた。

 弦十郎が気付く前に奏が追い掛ける。思わず響も追い掛けようとして、

 

「馬鹿ッ、どこ行く気だよ!」

 

 それをクリスがギリギリの所で腕を掴んで止めた。

 

「まさか王様ンとこ行く気だったんじゃねぇだろうな?」

「…………」

「馬鹿、死ぬ気かよ! ……おめぇは大事な親友と一緒にいてやれ――な?」

「クリスちゃん……」

「……頼んだからな」

 

 足を止めた響の肩を叩き、クリスが代わりに追い掛けた。

 ヴァンも無言で頭をぽんと叩いてそれに続いていく。

 二人共、響が心配だからこそ止めたのだ。それぐらい分からない響ではない。

 追い掛けるクリスとヴァンの背中を見送って、響は未来と弦十郎の許まで戻った。

 

「響……」

 

 未来がそっと手を握る。

 小さな温もり。しかし、響にはこれ以上ない温もりを感じさせ握り返す。

 

「大丈夫だよ未来。私より遠見先生の事を心配しよ」

「うん。――でも、これだけは言わせて」

 

 響の手を掴んだまま自分の胸に近付け祈るように手を重ねて未来は言う。

 

「響は足手まといでもいらない子でもない。それだけは絶対に絶対だから」

「未来……うん、ありがと」

 

 未来の言葉を素直に受け取る響。

 弦十郎はそれを背中で聞きつつ二つに別れたモニターを見やる。

 左は鏡華とオッシアの戦闘を映し、右は先行する翼と追い掛けている奏を映している。

 翼の事は奏に任せればいい、問題は鏡華とオッシアに関する事だ。

 

(この可能性……君は知っていたのか、了子君……)

 

 自分で呟いておいて「いや、彼女でも予想外の事だろう」とすぐに否定した。幾ら先史文明期の巫女でも全ての聖遺物の能力を知っているわけではないはず。

 むしろ響の時のように研究対象にするかもしれない。昔から弄くる対象だったが。

 

(それでも……この現実は――)

 

 ――この世界は鏡華に、自ら人間(ヒト)を辞めたと言った人間に、痛みを与える。

 まるで人間でなくなった人間はこの世界にいてはいけないと暗に言ってるかの様に。




 大変お待たせしました。風花です。今夜より、物語後半を再開したいと思います。
 しかし、投稿速度は遅くなり、一週間で投稿できる分からなくなりました。
 完結はするので、これからもよろしくお願いします。

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