戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine5 私にとって暖かかった陽だまりⅢ

 眼を覚ました響に弦十郎が見せたのは、自分の身体のレントゲン写真みたいなものだった。

 そこに映し出された身体には赤い線が何本も書かれていた。

 

「体内にあるガングニールがさらなる侵食と増殖を果たした結果、新たな臓器を形成している。これが響君の爆発力の源であり命を蝕んでいる原因だ」

 

 以前鏡華から聞いた情報よりも新しい情報を見せられ、響は思わず笑っていた。

 本来、驚いたり恐怖したりするのが普通だろう。だけど響は笑った。

 無意識に響は笑ってしまった。

 そこに過去の出来事が未だ根強く残っているのだろう、と鏡華は思った。

 もしかすれば、響は誰かのためになら一生懸命になれるが、自分の事となると後回しにしてしまうのだろうか。

 

「な〜るほど。遠見先生があれほど強く言っていたのはこう云う事だったんですね。あはは、あははは」

「いい加減にしろ! こう云う事? 笑って事態を軽く見ようとするなっ!」

 

 ドン、とベッドを叩き翼が怒鳴りながら響に詰め寄る。

 

「へらへらと笑っている場合か!? このままでは死ぬんだぞっ! 立花ッ!!」

「ッ――」

 

 本気で翼は怒った。瞳に涙を溜めて怒る。

 響の笑いが気に障ったからではない。

 響が大切だからこそ怒ったのだ。

 面倒くさくて、不器用で泣き虫。

 だけど、後輩思いの良き先輩だった。

 響も翼の思いが伝わったのか、笑みを消した。

 

「そんくらいにしときな! このバカだって分かってやっているんだ」

 

 そんな二人の間に立って仲裁に入るクリス。

 離された翼は涙がこぼれる前に病室を出て行く。鏡華と奏は響に一言言ってそれを追い掛けるように出て行った。

 

「大丈夫さ。了子君の遺したデータもある。響君はしっかりと休んでおけ」

「師匠……」

 

 ぽん、と撫でるように頭に手を乗せた弦十郎も優しく言う。

 クリスと弦十郎も部屋を出て行く。

 全員が自分を心配してくれている事はうれしかった。

 だけど、自分が今考えているのはガングニールの事ではない。

 考えていたのは――

 

「……ひゅー君」

「やはり、音無日向の事で悩んでたみたいだな」

「はい――わひゃあ!?」

 

 突然の声に思わず返答してしまったが、すぐに驚き素っ頓狂な声を上げてしまう。

 死角にいたわけでもないのにヴァンの気配を感じなかった。喋るまでまったく気付かなかった。

 

「ゔぁ、ヴァンさん!? い、いつからそこに!?」

「最初からだ」

「気付きませんでしたけど!?」

「そりゃあ、気付かないように隠形もどき(インヴィジビリティ)で気配を消していたからな。知ってるか? 父から習ったの隠形。緒川慎二も驚きの気配遮断の技術だ」

「言ってる事、英語で全然分かりません!」

 

 正直な所、響は決して成績が良い方ではない。

 ヴァンが使う単語は習う範囲外の英語だったので、響には何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。

 くくく、とヴァンは喉の奥で笑う。

 

「話を戻すが――音無日向の何に悩んでいたんだ?」

「…………」

「最後のキスの意味、か?」

「――……本当にヴァンさんってすごい。エスパーになれるんじゃないですか?」

「お前が顔に出しやすい表情だから読み取れたんだ」

「あはは、私ってそこまで顔に出るかな?」

「実際出てる」

 

 ヴァンに断言され、響はまた笑う。

 笑いを収めると、唇に手を当てて呟いた。

 

「何で、ひゅー君は私にキスなんかしたんだろ」

「好きだからだろ」

「うーん……キスする直前、そんな事を言ってた気がするんだけど、でも、あの状況でキスします? 普通。私だって、大好きな未来とおやすみやおはようのキスぐらいならするけど……」

「お前と小日向未来の行き過ぎた愛については遠見を交えて今度話すとして――それが理由だろ」

「え?」

「え?」

 

 響が驚く。思わずヴァンも驚いてしまった。

 ――もしかして、気付いていないのか?

 まさか、と思ったが、響の表情から見るにそのまさかだろう。

 

「好きだからキスするのは当たり前ですよね?」

「……お前は小日向未来以外にキスをした事があるのか?」

「えーっと……クリスちゃんにしようと思ったんだけど、おっぱいしか揉めませんでした!」

分かった(オーケー)。その話は後でじっくりと聞かせてもらおうか」

「まさかの地雷踏んだ!?」

 

 肩を掴まれ、万力のように力を籠めて笑うヴァンに、思わず響は叫ぶ。

 ふぅ、と響の鈍感さに呆れて溜め息を漏らす。肩を掴んでいた手を離す。

 

「はぁ……立花。お前、かなりぶっ飛んだ思考を持っているな」

「ぶ、ぶっ飛んでますか?」

「ああ。海外ならキスを挨拶とする国は何カ国も存在する。だが、ここ日本は別だ。日本のキスってのは本当に好きな奴にしかしないはずだ。それこそ男女関係の男女がするぐらいのはずだ」

「えっと……つまり?」

「鈍いにも程があるぞ――音無日向は立花響を異性として好きだと云う事だろう」

「――――」

 

 ヴァンが言った言葉に響は言葉を失った。

 それからたっぷり数十秒掛けて言葉の意味を噛み砕いていき理解出来ると、

 

「…………え?」

 

 思考がまた停止した。

 ヴァンはもう一回溜め息を吐きたくなった。

 同情したくなったのだ、日向に。

 

「ま、まっさかぁ! ひゅー君が、その、私の事を? いやいやいや、ありえませんって!」

「ありえない。そう言い切れるのか?」

「それは……言い切れは出来ないけど、だって、ひゅー君とは何年も会ってないんですよ? 何か理由があってキスしたのかもしれないし……」

「その可能性は否定出来ないな」

 

 そう呟いたヴァンは携帯端末を取り出し、どこかへ電話を掛ける。

 

「ああ、俺だ。仕事中すまないが今いいか? ……すまない。早速だが今から言う病室のモニターに侵入してくれ」

 

 素早く病室の番号を告げるヴァン。

 数秒後にはブン、と弦十郎が消したモニターに電源が入った。

 

「ん、入ったな。じゃあさっきコピーしたデータを映してくれ。ああ、一番新しい過去データも並べてほしい」

「あの、ヴァンさん。さっきから誰と――」

 

 ――話しているんですか?

 そう聞こうとしたが、その前にモニターに画像が送られてきた。

 画像はさっきも見た、自分の身体の画像だった。もう一枚も自分の身体のだ。しかし、新しい方には身体を蝕んでいると云うガングニールを示す赤い線が少なかった。

 

「ヴァンさん、これは……?」

「風鳴弦十郎は隠していたが、さっきも見たのは昨日の時点の浸食状況。そしてこっちが――戦闘後の浸食状況だ」

「え? でも……これは……」

 

 どう見ても、浸食が後退――と云うか巻き戻っているような気がする。

 響の表情を見て察したのか、ヴァンは「助かった。もう消してくれて構わない。今度、何か奢る」と言って通話を切った。モニターに映っていた画像も消える。

 

「見てもらっても分かるが、今現在、お前の浸食状況は“少し前の状態まで戻っているんだ”」

「でも、どうしてそんな事が……」

「分からない。仮説だけなら――音無日向の絶唱だろう」

 

 聞けば、響が《S2CA》を放った後、日向はもう一度絶唱を歌ったようで、歌い終わると響にキスをして、その後に絶唱の反動を受けたようである。

 

「奴の絶唱特性が何なのかは知らないが、そのおかげで立花の浸食状況はわずかばかり巻き戻されたんだろうな」

「じゃあ――」

「ギアを纏える、なんて事はさせないぞ」

 

 出端を挫かれ、うっ、と呻く響。

 何のために風鳴弦十郎が隠したんだ、とヴァンはジト眼で響を見やる。

 

「いいか? 巻き戻された、と云う事は治ったわけじゃない。少しだけ時間が先延ばしになっただけだ。それを忘れるなよ、立花」

「……はい」

「まあ、お小言とやらは後にして――この絶唱を立花限定に放つためにキスしたと云う可能性も否めない」

「そ、そうですよ。きっと、ひゅー君は私を助けるためだけにキスしたんだと思います!」

「それが、お前の考えか?」

 

 正面からヴァンに見つめられて問われ、響は同じく正面から見つめ――眼を逸らした。

 はぁ、と溜め息を吐いてヴァンも視線を外した。

 ――これ以上は自分で考えるのがいいだろうな。

 

「話は終わりだ。俺も戻る」

「あ、はい」

 

 そう言って病室を出て行く。

 出る直前、ヴァンは立ち止まり、

 

「ただな、立花。誰かのためはいいが、自分の事も考えろ。じゃないと――信頼した俺が馬鹿だからな」

 

 わずかに口だけを響に見えるように響の方を見て言った。

 それだけ言うと今度こそ病室を出て行く。

 見送った響は笑顔から反転、また暗い表情を浮かべた。

 無意識に指先で唇に触れる。

 生まれて初めて未来以外と、それも異性としたキス。

 大した事じゃないと思ってたのに――やけに色濃く感覚が唇に残っていた。

 それからふと思い出した。

 未来や詩織が持っている漫画や小説には初めてのキスは甘いと書いてあった。

 だけど実際は――鉄のような血の味だった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「待てよおい、翼ッ!」

 

 病室を出て行き、早足で歩く翼を追い掛ける鏡華と奏。

 翼は暫くの間鏡華の言葉に耳を貸さずに歩いていたが、回り込むように鏡華が前に立つと、ドンッと鏡華の胸を殴りつけた。

 

「うっ」

「涙など……剣には不要だ……!」

「痛いよ翼……」

「なのに、どうして溢れて止まらない。教えてくれ、鏡華ッ!」

「……翼」

「今の私は、仲間を守るなんて相応しくないと云う事か!?」

「そんな訳ないだろ」

 

 殴りつけた事を怒らず、そっと腕を回し抱き締める。

 

「涙が止まらないのは、立花を本気で心配してるからだろ。別に誰も翼を咎める事はしない」

「だけどっ」

「たーっく。相変わらず翼は泣き虫だなぁ」

 

 後ろから奏は仕方ないように呟く。呟いて、翼を挟むように抱き締める。

 鏡華はわずかに静かに離れた。それでも手は翼の髪を梳いてやる。

 

「でも、それが翼の良い所だ。仲間のために泣けるってのは特にな」

「奏……」

「夢の中で話したよな。誰かの命の価値は他の人が決めるって。今、翼が泣いたから響の命はすごく大切な価値になったんだ。翼のおかげでな」

 

 翼の涙は思い遣りで出来てるんだきっと、と奏は言った。

 奏の顔が見れないまま、翼は流れる涙に触れる。

 自分の涙にそんな思いがあるとは思えない。奏の勝手な考えだと思った。だけど、言われただけでそう思えてくる自分もいる事に気付いた。

 やっぱり、奏はすごい。少しの言葉で自分達を安心させてくれる。

 だから私は――

 ふと、そこで言葉が途切れた。

 私は、何だ? どうしてかそこから言葉が出てこない。

 喉元まであるのは分かっているのに、いざ言葉にしようとするとするりと逃げてしまう。

 

「翼? どうした?」

 

 覗き込んでくる鏡華の顔を見て、翼は「何でもない」と答えた。

 涙を拭い取る。今度はちゃんと拭い取れた。

 

「ここにいたんですね。翼さん、奏さん」

 

 その時、後ろから声が掛かった。

 振り向かなくても分かる。緒川だ。

 

「どうしましたか? 緒川さん」

「そろそろインタビューに行く時間ですが……」

「おっ、そういやそうだったな。んじゃ、あたしら二人で行ってくるから、緒川さんはゆっくりしてなよ」

「ですが――」

「いいからいいから。ほら、行くぞ、翼っ!」

「う、うん!」

 

 奏に引っ張られるように付いて行く翼。

 その場には鏡華と緒川が残された。

 

「大変ですね、鏡華君」

「慣れましたよ。翼の泣き虫は今に始まったわけじゃないですし」

「鏡華君も十分泣き虫でしたけどね」

「ははは――その記憶、抹消してくれません?」

「無理です」

 

 笑顔で即答され、鏡華も「ですよねー」と返すしかなかった。

 物理的に記憶を消したかったが、相手は今を生きる忍。到底叶うはずがない。逆に返り討ちに遭うだけだ。

 

「それより緒川さん。あれから二日ですけど、音無日向に関する情報は集まりました?」

「公式な事ならある程度は。見ますか?」

「見ます」

 

 緒川は懐からメモリを取り出して、鏡華に渡す。受け取った鏡華はPC端末にメモリを接続して中身を見る。

 

「音無日向。出身は響さん、未来さんと同じで現在十五歳。八年程前に突如、蒸発。警察にも届けが出されていました。昨年、失踪期間が過ぎて戸籍法上で認定死亡が確定しました」

「ええと……認定死亡、っと」

 

 意味が分からなかったので、ネットに繋いで意味を調べる鏡華。

 簡単に調べると、あれ、と首を傾げる。

 

「緒川さん、今のはおかしくないっスか? 失踪期間はどっちかって言うと失踪宣告の制度に分類されてて、認定死亡は類似の制度だって書いてあるんだけど」

「ええ。失踪宣告は家庭裁判の宣告が必要ですが、今回の場合、少々事情が込み入っていたようです」

「……? 続きをお願いします」

「失踪期間中に母親が自殺したそうです」

 

 思わず鏡華は息を呑む。

 緒川は分かっていても話を続けた。

 

「音無家は父親がすでに事故で他界しており、母子家庭だったようです。母親は行方不明になって暫くは気丈に待ち続けていたそうですが……」

「……緒川さん?」

「これは内密にお願いします。彼の母親が自殺したのは――二年前、響さんが退院した直後です」

「――ッ」

「災害に巻き込まれ奇跡的に生還した響さんの話を聞いて、今まで張りつめてきた糸が切れてしまったのでしょう。そのまま――」

 

 何と言っていいか分からず、鏡華はネットを見直した。

 確かに失踪宣告を成すためには利害関係人(恐らく親族だろう)の請求が必要と書いてある。しかし、その利害関係人がいなくなったら誰がそれを請求するのか。――答えは誰も請求出来ない。行方不明として警察に届けを出している以上、検察官が請求するんだと思ったが、どうやら検察官に請求権はないらしい。今回の場合、父方の祖父母が失踪期間を過ぎた途端に検察官に丸投げしてしまったため、認定死亡とされたようだ。

 

「この事を立花は……」

「たぶん、知っているでしょう。でも――」

「分かってます。あいつが言わない限り、公言したりしない。緒川さんもそのようにお願いします」

「分かりました。じゃあ、その記録はこちらで破棄しておきます」

 

 鏡華は頷くとメモリを抜いて緒川に渡す。

 

「それじゃあ、俺はリディアンに戻ります。お疲れの申し訳ないんですけど、今日一日、立花の話し相手になってもらえますか?」

「ええ、それぐらいならいくらでもいいですよ。鏡花君は未来さんのケアの方、お願いします」

「出来る限りやってみますよ」

 

 んじゃ、と後ろ手を振りながら背を向けて歩いていく。

 緒川はメモリを懐にしまい、まずは弦十郎の許へ報告をしに行くのだった。


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