戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine5 私にとって暖かかった陽だまりⅡ

 虹色のエネルギーで出来た竜巻。

 それを未来は離れようと走っている時に見た。

 一言で言い表すことの出来ない、ライブ会場でも見た竜巻。

 だけど、どうしようもない不安を駆り立てられる。

 

  ―鈴ッ!

 

「あっ……? っう……!」

 

 その時、最近よく頭の中で聞こえる鈴の音が一際高く鳴った。

 一度ではなく連続して鳴る音に未来は足を止め、こめかみを抑える。

 一体何が起こっているのか、未来には分からない。だけど、この鈴の音と虹色の竜巻が嫌なイメージを与えるように感じてしまう。

 

「嫌だ……響が遠くに行っちゃいそうで……!」

 

 鈴の音は鳴り止む事なく、まるで警鐘のように鳴り響く。

 このまま逃げたら響とはもう会えなくなりそうで――

 そう思った時には踵を返して、響の許に向かって走り出していた。

 後ろから弓美達が自分に向かって声を掛けるのは聞こえたが、止まっていられなかった。

 弓美達も未来の脚力に追いつく事など出来ず、走っていくのを見ているだけしか出来なかった。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪~

 

 

 《S2CA》の余波が吹き荒れる中、日向は腕で顔を守りながら響を見ていた。

 自分を含めて四人分の絶唱をその身に引き受けたのだ。絶対に大丈夫なはずがない。

 

「日向! 今の内に撤退するデスよ!」

 

 気絶しているウェルを脇に抱えた切歌が言う。

 だが、日向は答えない。

 調も声を掛ける。

 

「日向!」

「先に撤退してて。僕は彼女の様子を見てから戻るから」

「どうして!? どうしてあいつの様子なんか見る必要があるんデスか!」

 

 わけが分からない、と云った様子で切歌が叫ぶ。

 調も叫んだり、疑問をぶつけたりしていないが、視線は切歌と同じように疑問に感じていた。

 日向にとって立花響はほとんど最近出会ったばかりの人物。何度も戦っていたが、彼女の前で素顔を晒したのは今回が初めてのはず。

 なのに、どうしてここまで響の事を気に掛けるのだろうか。

 フィーネのメンバーとはF.I.S.に連れて来られた時からずっと一緒。付き合いだったらこっちが長いはずにも関わらず、まるで響の方が付き合いがあるような雰囲気。

 訊いてみたかった。

 ――日向にとって、立花響はどう云う存在なのか、と。

 しかし、その質問はここで訊いては駄目な気がした。もし訊いてしまったら、日向が自分達の前からいなくなってしまいそうだったから。

 

「日向。戻ったら、教えてくれる?」

 

 だから、調はそれだけ訊いた。

 

「うん。約束する。ちゃんと戻って、ちゃんと話すよ」

 

 はっきりと宣言する日向。

 それを聞いて、調は安心したように「分かった」と言った。

 日向が迷いなく言ったのなら、それは間違いのない事。

 絶対に帰ってきてくれる。

 

「切ちゃん、行こ」

「でも……」

「大丈夫だよ。日向は約束は守ってくれる」

「……絶対に絶対デスからね! 約束破ったら槍千本デスからね!」

「分かった。すぐに戻る」

 

 それを聞くと、ヘリから垂らされたフックに掴まる切歌と調。

 格納庫に二人が入ると、姿を消す。

 だが、この場を離脱したのではないのだろう。姿だけを消して、バレない高さまで上がっただけ。

 そう云えば、この状況だったらマリアから何か言われそうだったけど、と思ったが、すぐに通信機がなくなっている事に気付いた。響に負けて解除した時に落としたのだろう。

 ――あれ、結構貴重なのにな。

 怒られるイメージしか涌いてこず、苦笑を浮かべて、日向は響に向き直った。

 挙げていた腕はだらりと下がり、表情も俯いてよく見えない。両膝を地面について、もう戦闘は出来ない。

 そして――金色の結晶が胸から飛び出していたのが何より印象的だった。

 にも関わらず――日向は落ち着いていた。

 本来であれば取り乱し、一目散に響に駆け寄っていただろう。

 何故か。日向自身にも分からない。

 もしかしたら、色々あって思考が麻痺しているのか。

 それとも、絶唱ごと響に持っていかれたのだろうか。

 或いは――その両方か。

 ――まあ、別になんだっていいんだけど。

 今からする事を阻害されなければ、それでよかった。

 

「――響ッ!」

 

 と、道路に撒き散っている瓦礫を避けながら未来が戻って来た。

 未来は立っている日向と両膝をついている響を交互に見て、響が負けたと思った。

 近寄ろうとするが、一定の距離まで近付くと響が発している熱気によって阻まれた。

 

「駄目だ、未来ちゃん。近付いちゃ」

「でも、響……響がっ!!」

 

 日向の注意も無視して近付こうとする未来。

 止めようと動こうとしたが、その前に赤い防護服を纏った奏者が未来を止めた。その奏者と自分の間に入るように立つよく戦う星剣の奏者。

 以前、怪我をさせたイチイバルとエクスカリバーの奏者だろう。

 

「すみません……そのまま、彼女を止めといてくれませんか?」

 

 戦い合った仲だが、それでも穏やかな声音で頼む日向。

 エクスカリバーの奏者――ヴァンは何かを察したのか、少し考え込んだがすぐに星剣を収めてくれた。

 一礼して――日向は歌った。

 もう一度――絶唱を。

 今度は誰も邪魔はしない。邪魔など出来ない。

 二課だろうと、フィーネだろうと、奏者だろうと――聖遺物だろうと。

 日向の能力は日向自身の能力だ。聖遺物の力に頼らなくてもある程度の効果は発揮出来る。

 それを、聖遺物を加える事によって効果を最大限まで引き上げる事が出来るよう――日向は“改造を受けた。”

 無論、日向に拒否権などなかった。何も知る前に改造を受けて、肉体(なかみ)を弄くり回された。

 その一つに――“体内に聖遺物で作ったペンダントを埋め込む”なんて実験もあった。

 ペンダントとして埋め込んだ聖遺物の銘は神獣鏡(シェンショウジン)

 聖遺物由来の力を分解、あるべきカタチを映し出す『凶祓い』と日向のエネルギー低下の能力を組み合わせた実験だったらしい。

 結果は――

 

「――――」

 

 日向は響の目の前でしゃがみ、片膝をつく。

 熱波は平等に日向を襲うが、日向は気にも留めない。

 腕が燃える事も厭わずに左腕を響の肩に置き、右腕で響の頬に触れる。

 

「ぅ――ぁ――……?」

 

 わずかに響が反応する。

 光のない瞳が日向を捉えようとしている。

 

「響ちゃん――好きだったよ」

「……ひゅ、う――」

 

 響は日向の名前を最後まで口にする事は出来なかった。

 言い終わる前に日向が唇を塞いだのだ――自身の唇によって。

 響がこのキスをどう感じているかは知らない。日向は眼を閉じているのだから。

 舌を響の口内に侵入させて閉じた口を開く。

 開いた瞬間を逃さず、絶唱を注ぎ込む。

 絶唱のエネルギーが響を傷付ける事はない。だから遠慮なく注ぐ。

 周りで見ている未来や奏者達も驚きで動いていない。

 拳を交えた時のように永遠のようで刹那の時間が過ぎ、日向は唇を離す。

 眼を開ければ、光が戻った眼を見開いて驚愕している響の顔が見えた。だが、何かを言う前に気を失う。

 防護服から制服に戻り倒れる響の身体を優しく抱き留め、ゆっくりと地面に横たえる。

 立ち上がり一歩後ろに下がる。瞬間――、

 

  ―ドクン

 

 胸が――いや、これは体内の聖遺物が鼓動を打った。

 途端に身体中を激痛が襲う。

 

「うぐっ……が、ああ――うぉえ……っ!」

 

 身体が灼けるように痛い。喉が潰れ、眼球が飛び出しそうで、爪が剥がれ、鼓膜が破れそうだ。

 臓器も千切れそうで、血管が破れて血が漏れ出る。感じた時には口から吐瀉物を地面に撒き散らしていた。

 吐瀉物は真っ赤な鮮血で、止まる事なく身体全部の血を吐き出している気分。

 あまりの痛みに涙も流す。拭えば涙も真っ赤だった。

 ――これが血涙、か。

 一度目はLiNKERを使っての絶唱だったので身体も耐えられた。だが、連続発動にLiNKERも意味を成さなかったみたいだ。反動がモロに身体を蝕んでいる。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……ぐ、ぅげっ……うえぇ……っ、う、く、は、は、ははは――」

 

 鮮血をぼたぼたと吐きながら日向はこみ上げてくる笑みを抑えられなかった。

 震える足で踵を返す。逃げようと思ったが、後ろにはツヴァイウィングとそのソングライターが防護服を纏って塞いでいた。

 

「どうやっても逃がさない、ってか……はは……」

 

 シンフォギアを纏う事は出来ない。

 纏えば最後、確実に身体が耐えきれずに壊れるだろう。

 しかし、日向に諦める選択肢はない。

 ちゃんと戻る――調とそう約束したのだ。

 それにセレナとの約束も違えたくない。

 痛みに泣き叫ぶ身体を無理矢理動かし、吹けば飛んでしまう落ち葉のように軽くなっている意識を約束と云う鎖で繋ぎ止め、構えを取る。

 平手を突き出し、握った拳は地面と平行に腰で構える。構えから逃げの構えではないのだが、日向にはこれが一番動きやすかった。

 

「やってみろ。何をしたってこの戦場(いくさば)から逃げ切ってやる――!」

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 ヴァンは鎧の奏者が日向だとは知らなかった。

 だが、だからと云って日向に刃を向けない、なんて事はなかった。

 クリスに怪我を負わせたのだ。それだけでヴァンの逆鱗には触れてしまっている。

 しかし――目の前の光景にだけは日向に賞賛を贈りたかった。

 日向の響に対する感情は本物だ。フィーネに対する感情もまた然り。敵対する組織に属しながらも行動する姿はヴァンには真似出来ない。

 

「だからと云って、見逃すわけにはいかないんだが」

 

 防護服を解除し、星剣を未来を庇っているクリスに預ける。

 倒れている響に近付き、抱き抱えると未来に渡して日向の前に立つ。

 隣に立つ鏡華。彼も同じ事を考えていたのだろうか。

 日向は女性陣が動かないのを見て、口角を釣り上げる。

 

「生身の、二人掛かりですか? それで僕に、勝てると……?」

「勝てねぇよ。つか、男として負けてるよ」

「俺は負けを認めた覚えはない」

「うっわ、やだねぇ。男の嫉妬って。こいつ、君があまりにも格好よかったから見え張ってるんだぜ?」

「はは……それは嬉しいですね」

「貴様から潰してやろうか? 遠見」

 

 会話だけならばただの雑談にしか聞こえない。しかし、現状は血だらけの日向を二人掛かりで倒そうとしている、卑怯卑劣と呼ばれても仕方ない構図だった。

 

「普通に出会いたかった……ですね。遠見先輩、エインズワース先輩」

「今、ぞくぞくってきたぞ! やめてくれ後輩」

「同意見だ」

「あは、はは……っ」

 

 笑っている途中、目眩がしたようにふらつく日向。

 もうあまり時間は残っていないだろう。

 鏡華とヴァンは笑みを納めて構えた。

 

「悪いが手加減はできねぇ。死人同然だが本気でいかせてもらうぞ」

「その、つもりです」

 

 ヴァンとの決闘のように奏が合図をする事はない。

 合図もなく鏡華とヴァンが駆けた。

 霞む眼では追いきれない。日向は気配だけを頼りに腰で構えた拳を打ち出す。残心を取る事なく跳び上がり蹴りを放つ。

 拳を鏡華は喰らい、ヴァンはギリギリで蹴りを防ぐ。ボロボロのはずなのに日向のスピードはまったく落ちていなかった。むしろ早くなっているようにも感じる。

 とにかく掴んでスピードを殺そうと腕を伸ばすが、日向は蹴りの反動を使って飛び退る。

 正直、生身で戦えば日向に分があるのは戦闘を見る限り明らかだった。それでもなお鏡華とヴァンは聖遺物に頼ろうとはしない。

 頼ったら本当に男として負けてしまう、と思ったのだ。

 

「くっそ、はっえーな」

「まったくだ」

 

 捉えきれず、攻撃を喰らうばかりの鏡華とヴァン。しかし、その打撃や蹴りに威力はない。

 当たり前だ。日向の身体は絶唱の反動でズタズタなのだ。スピードも無理をしているだろうに攻撃に威力が伴うわけがない。

 それに――日向の身体から力が抜けていっている事も眼に見えていた。だからと云って持久戦に持ち込む事なんてするわけがないのだが。

 それでも、次第に速度が落ちていく日向。暫くすればその場に膝をつき動けなくなっていた。

 足元や周りにはおびただしい鮮血が飛び散っている。

 

「もうやめろ、音無日向。これ以上は身体(ボディ)が持たんぞ」

 

 ヴァンも動きを止め、忠告する。

 返ってきたのは――笑顔だった。

 

「誰がやめるかってんですか。約束したんだ、帰るっ、て……」

 

 そう言う日向も限界が来ている事は分かっていた。それでもなお瞳だけは諦めない。

 その瞳も鉛のように重くなった瞼が閉ざそうとしている。

 鏡華とヴァンはすでに構えは解いていた。

 つまり――

 

(ああくそ――ここまでか)

 

 結局、約束は守れそうもなかった。

 自分に下される処分なんてどうでもよかった。どうせ何人も殺した身だ、死刑が相応しいだろう。

 日向が最後まで心配していたのは、

 

(マリア……セレナ――ごめん)

「日向に――近付くなあああぁぁぁぁっ!!」

 

  ―輝ッ!

  ―裂ッ!

 

 朦朧とする意識の中、聞こえた、

 優しい少女(マリア)の事だけ。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「操縦をお願い、マム!」

 

 ナスターシャの声も聞かず、マリアは操縦席から飛び出していた。

 脇目も振らずに通路を通り、格納庫へ急ぐ。

 格納庫には気絶したウェルを放っている切歌と自分の掌を見つめている調だけ。

 

「あ、マリア」

「日向は!?」

 

 叫びながら詰め寄る。

 切歌もマリアの心配が分かっているのか、取り乱したマリアに「落ち着くデス、マリア」と言ってから答えた。

 

「日向は残ったデス」

「どうして!?」

「あいつの――融合症例の様子を見てから戻ってくるって」

 

 調も答える。

 まただ。どうして日向は立花響の事となると打って変わるのだろうか。

 わけが分からずにいると、突如、ヘリが揺れた。

 ナスターシャが操縦を誤ったわけじゃない。この揺れは下からの衝撃だと分かった。

 近くのモニターを操作して、映像を見れるようにする。

 ノイズが混じって映し出されたモニターには、

 

「…………え?」

 

 日向が立花響とキスをしているのが映し出されていた。

 立花響が日向にキスをしているのかと思ったが、日向が立花響にキスをしていた。

 ――何で? 何で日向があの子とキスを……? 一目惚れ? いやいや日向は意外と鈍感なんだ、そんな事あり得ない。そう、あり得ないはずなのよ。え、でもキスしてるわよね? キス……接吻……口づけ、ちゅー……あれ? そもそもキスって? 唇と唇を重ねる事……うん、そうよね。そんな事忘れるわけないわよね。挨拶としても使われるんだからキスぐらい――でもそれって祖国だけの話。いや、私、祖国がどこかなんて知らないんだけど。ここは日本、JAPAN。日本にキスで挨拶する習慣なんて、そもそもこんな時に挨拶する必要が……? つまり、あれ? 何がどうで――

 

「――マリアッ!」

「ッ――!?」

 

 切歌の声に我に返るマリア。

 あまりの衝撃に思考が遥か彼方までぶっ飛んでいたようだ。

 

「マリア、何で泣いてるの?」

「え……?」

 

 言われて、頬に手を当てる。冷たかった。手を見れば濡れていた。

 最初は何で泣いてるか分からなかった。次第に――ああ、と納得する。

 ――私、嫉妬しているのか。

 日向が立花響とキスをしている事に。日向にキスされた立花響に。

 モニターを見る。

 日向は血反吐と血涙を流してなお立ち上がって構えを取っていた。

 もしかして、さっきのキスの前後に絶唱を発動したのだろうか。いや、そうとしか考えられない。

 立ち上がる事さえ困難なのに、震える足で立ち、二課の奏者達と敵対しアヴァロンとエクスカリバーの奏者と戦っている。

 彼はまだ――自分達の仲間なんだと気付いた。

 

「マリア? ――どこ行く気デスか、マリア!?」

「マリアッ!」

 

 気付いた時にはヘリから飛び降りていた。

 切歌と調の声は飛び降りた後で耳朶を打ったが、戻って聞き直す術はない。

 聖詠を歌い、ガングニールを身に纏う。腕部のパーツを合わせ槍を形成する。

 浮遊感と向かい風を感じながら、一直線に空を翔け降りる。

 数秒後、日向と二課の奏者が見えてガングニールを振りかざし、

 

「日向に――近付くなぁぁァアアアアッ!!」

 

 叩き付けるように投擲した。

 落下の速度も加え音速を超えた槍は一閃となって空気を切り裂き、地面に突き刺さる。

 マリアも遅れて着地し、倒れそうになる日向を片手で脇に抱える。

 爆風に紛れて相手からは見えていないはず。

 マントを二つに分け、遠見鏡華とエインズワースに向かって鞭のように突き立てた。肉を斬る感触はなかったが吹き飛ばした感じはあった。

 地面に突き刺さった槍を抜き、爆風が晴れないまま頭上へ矛先を突き立て球状のエネルギーを放つ。一定の高さまで飛ぶとそこで止まり、

 

「弾けろぉっ!!」

 

  ――FALL†SULPHUR――

 

  ―輝ッ!

 

 弾け、雨の如く降り注がれた。

 マリアだけは弾ける前にエネルギー球よりも高く飛び、ガングニールを使ってヘリに戻った。

 

「マリア! 日向!」

 

 切歌と調が駆け寄ってくる。

 マリアは脇に抱えた日向を抱き抱えるように持ち帰る。

 

「日向! 日向! 日向、返事をしてちょうだい!」

 

 ガクガクと日向の肩を掴んで揺さぶるマリア。

 普通、思いっきり揺さぶられれば、怪我が悪化するだろう。

 しかし、誰も止めようとしない。切歌も調もマリアが当然の事をしていると思って、自分達も起こそうと頬を張ったりお腹をぽんぽん叩いていた。――怪我を悪化させるだけだと云うのに。

 

「……い、痛い……やめ、て……」

「日向っ!」

「やめて……揺らさないで……後、お腹叩かないで……吐きそう――」

 

 顔を歪め――と云うより悪夢に魘されてる感じに歪め、日向はどうにかこうにか言葉を紡いでいく。

 薄目を開け、ぼやけた視界で三人の姿を確認し、眼に刺さる光が人工の物であると確認。今いるのがヘリなのだと分かるともう一度眼を瞑る。

 

「日向!?」

「大丈夫、だから……お願い、だから、叫ばないで……もの、すごく響く……」

「あ……ごめんなさい」

「僕も、ごめん……手間を掛けさせちゃって……」

「そんな事――!」

 

 あんな事、手間だなんて感じるわけがない。

 そう言うと、掠れた喉で笑う。

 

「すぐにドクターを起こして――」

「《外気功》と《軟気功》はもうやってるから、僕よりもマムの治療を優先して……」

「日向の方がずっと重傷」

「じゃあ調ちゃんに、問題……僕とマムの体力は、どっちが上……?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる調。

 答えなど最初から出ている。日向だ。

 調は答えなかったが、沈黙を答えとして日向は「正解」と言って血だらけの手で調の頭を撫でた。

 

「流石に、絶唱二連発は初めてだったから、予想は出来てなかったけど、思ったより大した事なかった……」

「た、大した事あるデスよ! あんなに血を……」

「血はね……とにかく、もう休むよ……オッシアさんが帰ってきたら、説明はお願い」

 

 ふぅ、と息をつく。

 そして、「ああ、最後に一つだけ」と言って、

 

「ウェルが起きたら、代わりに誰か殴っといて」

 

 ――殴り足りないから。

 そう言って意識を手放した。


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