戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
涙が心を濡らそうと、それでも尚、君の拳は揺らがない。
内に宿す想いに気付かぬまま、滾る熱波が命を焦がす。
Fine5 私にとって暖かかった陽だまり
陽だまりの誓いに、鈴の音は応えるかのように鳴り渡る。
応えが最良であるかどうかは別にして――
「どうして……ひゅー君が……」
呆然と呟く。
自分の身体から膨大な熱量を発している事にも気付かないほど目の前の光景に気を取られている。目の前を散った木の葉が熱波に当てられ灰も残さず燃え散る。
その事にウェルが驚きの声を上げるが、誰も反応しない。
「この鎧が証拠さ。僕はフィーネの一人。ネフィリムのシンフォギアを纏う――音無日向だ」
「ネフィリム……」
「それに、響ちゃんはウェル博士を捕まえたい。でも、僕はそれを阻止したい。だから――戦おう」
「ま、待ってよ! 確かに私はウェル博士を捕まえたいけど……でも、ひゅー君と戦う必要なんか……!」
「僕はもう後戻りなんか出来ない。響ちゃんも覚悟を決めた方がいい。じゃないと――」
――君を殺してしまうかもしれない。
はっきりと言われ、響は息を呑む。日向がどんな顔をしているのか、鎧に阻まれて見えない。
「ふ、ふふうふふふ! いいですよ! 早く融合症例を倒して、僕を連れ帰りなよ、You!」
日向が助けに入った瞬間から、ウェルはいつもの調子を取り戻した様子。
けたけた、と笑いながら日向の肩を叩く。
「大方あのおばはんの容態が悪化したから、おっかなびっくりして僕を探しに来たに違いありませーん! 」
「――――」
「さあ! さっさと僕を、せっかく回収してやったネフィリムを――ぉおおうばばああっ!?」
ウェルは最後まで言えなかった。いや、最後は変な口調になったが、別に狂ったわけではない。
日向が最後まで言わせなかったのだ。裏拳をウェルの顔面に放って。
軽い一撃だったのにも関わらずウェルは吹っ飛び、数メートル先まで転がった。
これには響も驚いている。今気付いたが、未来達の姿はなかった。
「黙れよ」
自分でも驚くほど冷たい声だった。
振り返り、地面を転がり痛みに悶えているウェルを見下ろす。
「ああ、そうだよ。マムの病状が悪化したから僕も探しに来たんだ。あんたなんか好きで探そうとするかウェル。平気で無関係の人を殺そうとし、聖遺物が必要だからと云って響ちゃんの片腕をネフィリムに喰わせる外道なんかを」
「ッ……、ッ……!」
「……でも、そんな外道でも、僕達の作戦には必要なんだ。だから、助けてやる。そこで悶えながらじっとしていろ」
最後に一度、ゲシと軽く蹴りを入れて日向は響と向き直る。
振り向いた時――日向の気配が変わっている事に気付いた響。またも息を呑む。
日向はゆっくりと構えを取った。
「それじゃあ響ちゃん――全力でいく」
「ひゅー君ッ!」
もう日向は応えなかった。
地面を踏み抜き、《闊歩》で響に接近する。
「く……ッ!」
――本当に戦うしか……?
でも、日向の声音は聞いた事のない本気の口調だった。
やらなければ――やられる。それだけは紛れもない事実だ。
伸ばしてくる腕。掌底を手の甲で受け流し、逆の拳でカウンターのように胸を殴打する。
鉄を打つような音と共に日向は衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。だが、ダメージはないのか、体勢を立て直しあっさりと着地する。そのままもう一度突撃。今度は連撃。
響は守りに入り、日向の拳を受け、躱し、流す。
「せっ――らッ!」
「ッ――!」
だけど、いつまでも防御できる訳がない。
次第に日向の速度が増していき、遂には防いできた腕を払われ、
―打ッ!
がら空きの腹部に掌底を打ち込まれた。
ズザザー、と地面を滑り、数メートルで止まる。
「ッ――」
「……どうして」
構えを解いて、日向は呟いていた。
「どうして、戦わないの?」
「戦え、ないよ。ひゅー君と戦うなんて――出来ないよっ!」
元より同じ人間同士で戦う事を良しとしない響。
だからこそ自分の身は守れど、攻勢に出る事は出来なかった。
「そんな事を言わないでよ。まるで、戦う覚悟を決めた僕が馬鹿じゃないか」
「私達は言葉が通じるんだよ! だったら話し合えば分かり合える事だってっ!」
「それじゃあ駄目なんだ!」
―疾ッ!
―打ッ!
駆け出し、正拳突きを放つ。
真っ直ぐな拳を響は躱して肩からぶつかり、《鉄山靠》で弾き飛ばす。
「いくら話す事が出来ても――想いがすれ違えば、分かり合う事は出来ないんだ!」
「想い……」
「響ちゃんは、どうして戦おうと思った? 誰かに強制されて? 自分から?」
突然の質問に響は構えを解いてしまう。
日向は攻撃してこない。だから響は素直に答えた。
「自分から望んで、だよ。最初は誰かの助けになると思って軽い気持ちで。途中からは人助けだけじゃなく、私が守りたいものを守りたいって決めたから。今は――」
自身の胸に手を当て、眼を閉じる。
初めは覚悟も想いも中途半端な気持ちで戦場に立つ事を決意した。
翼や鏡華の想いを知ってからは、奏の代わりとしてではなく立花響として戦場に立った。
同じ人であるクリスとの戦いを経て――人と戦う時、自分がどうしたいか知った。
暴走して、鏡華と殺し合いをした時、自分の胸の内には自分でも気付かない想いが潜んでいる事に気付いた。
――ああ、そっか。
ようやく分かった。日向と戦えない理由。隠れて見えなかった自分の想い。
切歌や調達のように同じ人だから戦えない――わけじゃなかった。
日向は――自分にとって、大切な人なのだ。未来と同じくらい、“大切な――親友”。
そして、彼に対する“贖い”のつもりだったのだ。
それらが無意識にここまで戦う事を拒んでいた。
「今は――戦うよ」
纏った時以上に火照る身体で構えを取る。やや前のめりの体勢で、右腕を正面に伸ばし手を握らず掌を日向に向け、左腕は腰に添えるように、しかし手は握り締めずに。
それを見て日向も構える。両拳を握り締めて、体勢は響と同じように前のめりに。
見る限り日向も同じ、拳をアームドギアとし武器を扱わない奏者。繋がれる手は握り締められて、繋ぎ合う事を拒んでいる。
だったら――
「そっか。僕の想いは聞かなくても?」
「一先ずは繋ぐ事を拒んでいるひゅー君と繋ぎ合うために、
「なるほど、懐かしいな。それなら僕は――拒むために戦うよ」
―疾ッ!
消えた――刹那にぶつかり合う響と日向。
互いの想いを交差させ――いざ尋常に勝負。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
頭の中で鈴の音が何度も鳴り響く。正直、うるさいと感じてきた。
それでも意識は響の心配をしつつ、弓美に引っ張られて足を動かし続けていた。
ここまでずっと引っ張ってくれていたと気付いたのはさっき。それまで驚きでどこをどう走ったのか覚えてないのだ。
「ほら早く、未来!」
「あ……でも……響……!」
弓美が急かすように未来の手を引っ張る。
だけど未来は、響と――日向の事が頭から離れない。
目の前で変身した日向。それだけであの時の――初めて響が目の前で変身した時の記憶が引き出されるのだ。
せっかく再会出来たのに――また、あんな悲しい事を繰り返さなければならないのだろうか。
考えれば考えるほど、足は鉄のように重くなっていく。
「ああもう! ほんと、あの音無って奴の言う通りね!」
「日向の……?」
弓美のぼやきに、思わず反応する未来。
「あいつ、地面を殴る前にあたしに言ったのよ。『合図したら逃げて。たぶん、未来ちゃんが動かなくなるかもしれないけど』って!」
「日向が……」
「友達が敵なんてアニメみたいだって思ってたけど、敵になっても友達を心配する辺り、王道じゃない」
それに、と弓美は続ける。
その言葉を引き継いだのは創世。
「きっとビッキーが何とかしてくれるよ」
「ですね。立花さんなら大丈夫ですよ」
詩織も同意するように頷く。
三人から言われて、未来も一度振り向いて、ようやく頷く。
響と日向の事は心配だ。でも、あの場にいたら邪魔でしかないのだ。
ほら行くよ、と創世が先導するのに応えながら、未来も足を動かした。
それでも――
それでも、頭の中では鈴の音がうるさく喚き続けていた。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
響がガングニールを纏った事を二課はすでに把握しており、すぐさま全員に出動命令を下し、現場へ急行させていた。
新曲の準備で出掛けていた鏡華と奏、フィーネの屋敷に戻っていたヴァンとクリスはそれぞれヘリで。歌姫としての仕事をしていた翼はバイクで目的地へ向かっていた。
「あの馬鹿...あれほどギアの使用は禁止だって言ったのに...!」
ヘリの中で鏡華が吐き捨てるように呟く。
『だが、奴らしいと云えばらしいがな』
「否定はしねぇよ。まったく...あおいさん、状況は?」
『響ちゃんとF.I.S.、聖遺物不明の奏者が交戦中! それ以外に動きはないわ!』
「あいつか...」
正体はオッシア同様不明。
分かっているのは徒手空拳のエキスパートと鎧のスペックが完全聖遺物クラスだと云う事。
バックファイアで響がどうなるか分からない状況に奏は舌打ちをかまし、パイロットにもっと早くと言うのだった。
ーーまた、動いているのは二課だけでなかった。
切歌と調もまた、爆発音に気付き、発生源へと向かっていた。
マリアとマムもガングニールとネフィリムの反応を感知しヘリで来ているとの事だった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
先に動いたのは日向だった。
《震脚》で地面を踏み砕く。突撃するのかと思えば、周りの地面が踏み砕いた反動で破片となった地面が浮かび上がる。それを次々と正拳や裏拳で打ち、弾丸の如く響へ撃つ。
向かってくる石弾を響はジャブや裏拳、飛び上がった回し蹴りで破壊する。最後の石弾を腕部をオーバースライドさせ、石弾の中央を狙って、
「うぉお――りゃあっ!」
―打ッ!
―撃ッ!
全力で殴る。即座にオーバースライドしたパーツが弾かれたように元に戻り、インパクトを石弾全体に伝えた。
衝撃は瞬時に石弾を砕き、散弾の如く日向へ撒き散らす。
いくら奏者が放ったものだろうと、銃弾より遅い散弾を躱す事は容易い。しかし、日向の後ろにはウェルがいる。躱せば――ウェルに当たる。
「喰らえ、ネフィリム――!」
――喰らえよ巨人、百の腕を持つ者の如く――
歌をやめ、突起を触手へと変えて本能に任せる。
触手の一本一本が意識を持っているかのように、散弾となった石に喰らいつく。
全てを触手が噛み砕くと歌を再開。触手は突起に戻り、日向が駆ける。ズグン、と胸を掴むような痛みに鎧の下で顔を顰めた。それでも自分の射程に響を入れ、《鉄山靠》のモーションで肘鉄を仕掛けた。
一つの鈍器の如く肘鉄を、響はよく鏡華にされているように両拳で挟み込む。それでも止まらない事は分かっていたので、拳を軸にしてひらりと飛び上がり前転。器用に日向の腕で体勢を整え蹴りを放つ。
だが、腕を掴んでいた手を離したのは下策だった。日向が瞬時に腕を引き抜く。空中に取り残された響の蹴りに向かって拳をカウンターで打ち込んだ。
―撃ッ!
―轟ッ!
逆立ちの姿勢で着地した響はそのまま腕を回し、翼の《逆羅刹》のように回転蹴り。日向は両腕をクロスさせ防ぐ。反撃を受ける前に、響はある程度攻撃すると足にしていた両腕をバネにして距離を置いた。
日向は追撃せず、右腕を構える。突起が変形すると右腕を覆い、巨大な拳のようになった。
それを見て響も腕部のパーツを変形させる。どうやって変形するのかはまったく以って不明だがブースターも後部に付いている。脚部のスプリングパーツも展開する。
「いっ――けぇぇえええッ!!」
―疾ッ!
―轟ッ!
スプリングパーツで引っ張って、その反動で脚力を向上させ駆ける響。
「うおぉぉおおお――ッ!!」
―砕ッ!
―疾ッ!
―轟ッ!
日向も《震脚》で地面を砕きながら《瞬動》で駆け、拳を振りかざす。
刹那に二人の距離は縮み――五秒も掛からず、二人は地面に足を叩き付けて軸とし、
―撃ッ!
―煌ッ!
ぶつかる拳同士。
拳の間に発生する火花が威力を物語っている。
―轟ッ!
―破ッ!
―裂ッ!
凄まじい轟音と共に衝撃が拳撃から漏れ出る。
周りの地面にヒビが入り、砕け飛ぶ。
地面と同じように吹き飛ばないように、響と日向は踏ん張りつつ拳を前に突き出すのをやめない。
「くぅ――ぅああ――ッ!」
「ッ――ぅらあ――!」
自分が負けるとは微塵も思っていないが、それでも響と日向は左拳を握り締める。響はブースターを付けて、日向は腕部分を肥大化させた。
火花を撒き散らして拳は振り抜かれ――踏み出すと共に用意していた左腕を解き放つ。
―撃ッ!
―轟ッ!
―破ッ!
空気が切り裂かれ、空間が抉れるような錯覚を覚える。
ぶつかる拳と拳。また拮抗。吹き飛ぶ瓦礫。周りの建物にも衝撃で亀裂が入る。
たったニ撃だと云うのに、どれだけ凄まじいかを物語っていた。
そして――永遠のようで刹那の攻防の末、
「うぉお――おおお――ッ!!」
―噴ッ!
腰のブーストも用い――響が拳の鍔迫り合いを制した。
ニ撃目も振り抜かれ、三撃目がぶつかる前に響が右腕を日向へ打ち込むのが早かった。
最後の一歩で地面を踏み砕きながら――響は雄叫びをあげながら《発勁》を発動。
―発ッ!
―撃ッ!
直撃を喰らった日向は鎧の下で嘔吐感を感じつつ、両足で踏ん張る。しかし、勢いを殺す事が出来ずに日向は地面を抉りながら滑り、近くの建物に吹き飛んだ。
「――か、はぁっ……! はぁっ、はぁっ……」
かつて感じた事のない疲労感に響は荒い息を吐き、その場に膝をつきそうになる。それでも膝をつく事はせず、ふらつく足に無理を言って煙を上げている日向の元へ歩いていく。
室内まで吹っ飛んだかと思ったが、ちょうど壁が分厚い場所だったのか、日向は上半身だけを建物に減り込ませて凭れるように倒れていた。
「は、は……ぐっ、まさか、僕が響ちゃんに負けるなんて、ね……」
鎧は解除され、元の服に戻った日向は口の端から一筋の血を垂らして呟いた。
「子供の時から……ひゅー君に、負けた事ないもん」
「これでも、鍛えた方なんだけどな……銃弾を避けられるぐらいには」
「飯食べて映画見て寝るってのが、私の師匠の鍛錬方法なんだけど……」
響の言葉に「何だよ、それ。無茶苦茶だ」とぼやく。
だけど、その顔はわずかに笑みが浮かんでいた。
そんな日向に響も笑みを見せて、手を差し伸べる。
「私の勝ちだよ、ひゅー君」
「……ああ、今回は僕の負けだ」
まるで肩の荷が下りたように呟く日向。
もしかして、と思ったが、日向は差し伸ばされた手を掴もうとしない。
「ひゅー君」
「その手を戻して響ちゃん。――鋸の餌食になりたくなかったら」
「……? ――ッ!」
最初、日向が何を言っているのか分からなかったが、何かを感じ取った響は手だけではなく自分もその場から引っ込めるように飛び退いた。
その瞬間、響がいた場所にいくつもの丸鋸が飛来して地面に突き刺さった。
響が着地すると同時に日向の前に降り立つ奏者二人。
「シュルシャガナと」
「イガリマ到着デスっ!」
調と切歌は自分の得物を構えてそう言った。
日向は「図ったようなご登場だ」と呟き、立ち上がった。演技で倒れていたわけではない。倒れている間に《軟気功》で動ける程度には治癒したのだ。
「大丈夫? 日向」
「普段通り動くぐらいはね」
「よかったデス。なら――あいつを半殺しにするデスよ調」
「うん。日向を傷付けたから、当たり前」
「駄目だよ」
意気込む二人。そんな二人の肩を掴む日向。
え、と振り返る切歌と調が見たのは、初めて見る――日向の笑み。だけど笑みでも、その笑みは怖かった。
何故、と問い掛けようとした時、呻くような声にまた振り返った。
見れば、響が胸を抑え苦しそうに膝をついていた。
「ッ、ひび……ッ、大丈夫!?」
いち早く日向が駆け寄る。触れようとしたが、まるで響自身が高熱を持っているかのように触れる事は叶わなかった。
二人は日向が駆け寄る事自体驚きものだった。響とは敵同士。なのに、日向はまるで自分達と――否、自分達以上に親しいように響と接している。
「何がどうなってんデスか……」
「……説明は帰ってからしてあげる。だから、二人はウェルを連れてヘリへ」
「そのドクターはどこ?」
「そこに――」
言って吹き飛ばした方へ顔を向ける。しかし、そこにウェルの姿はない。
どこへ、と視線を切歌と調に戻すと――後ろにウェルが何かを構えて立っていた。
「切歌ちゃん! 調ちゃん! 後ろだっ!」
「え――」
気付いた時には、ウェルはにやりと口角を釣り上げ、手に持っていた拳銃のような注射器を切歌と調に向かって――引き金を引いていた。
プシュッと音がして薬物が投与される。慌てて離れるが薬物はすでに体内に侵入している。
「何しやがるデスか!」
「LiNKER……?」
「何故投与したウェル! 効果時間にはまだ余裕があるだろっ!」
日向が吠え叫ぶ。
ウェルはさっきとは打って変わったようにけたけたと笑う。
「だからこその連続投与デスよ! その化物に対抗するには今以上の出力でねじ伏せるしかありません。幸い、日向が手傷を負わせたみたいですが、二人の実力では無理矢理にでも出力を引き上げなければいけませんからね」
「ふざけんな! 何であたし達がお前を助けるためにそんな事を……!」
「私を助けたいんでしょう!? あのおばはんを助けたいんでしょう!? ならYou達、歌っちゃいなよ! やりたい放題歌いたい放題しちゃって、助けたいもん助けちゃいなよッ!!」
「ふっ――ざけやがってッ!」
立ち上がり、ウェルの許まで駆け足気味で近付く。
狂気の高笑いをあげていたウェルが気付く間もなく日向が意識を痛みを与えて意識を刈り取った。
しかしLiNKERは投与され、体内洗浄するような技術は三人にはない。ウェルが開発した最新のLiNKERは負荷が小さく体内洗浄も簡単だが、反面、引き上げる速度も早かった。
早くも現れたLiNKERの効果によってオーバードーズに苦しむ切歌と調を見て、日向は覚悟を決める。
「二人共、僕に向かって絶唱を歌うんだ」
「なっ!? 何を馬鹿な事を言ってるデスか!?」
「ガングニールは動けないようだから、向ける必要がない。僕ならダメージを与えずに戻せるから」
「でも……」
「大丈夫、僕が止めてみせる」
気絶したウェルの懐から新たなLiNKERを拝借し自分に投与する。正規の適合者である日向には本来不必要なものだが、倒れないように絶唱を歌うとなるとさらに適合係数を上げなければならないのだ。
それを見て、調と切歌も覚悟を決めた。互いに頷き合い、眼を閉じて唱を奏でた。
透き通るような、しかし芯の通った、
静かに、しかし激しく高ぶるような唱を。
胸の痛みに苦しんでいた響もその唱に絶句する。
「だ、駄目だよ……LiNKER頼りの絶唱は、奏者の身体をボロボロにしちゃうんだ……!」
以前、奏から聞いた事があった。
二年前のノイズ襲撃の時、もし鏡華が自分を助けなかったら、自分は死んでいただろうと。
LiNKERは適合係数を上げる代わりに負荷と云う欠点がある。それが限界まで達すると最悪――肉体さえ残らないのだそうだ。もちろん、そんな事が起こるのは適合係数の低さとLiNKERの効果低下時のみだが、今の響は知っていても気付いていない。
そして――もう一つの唱も響の耳朶を打つ。
日向も歌っているのだ。静謐なだけどはっきりと聞こえる唱――絶唱を。
――ひゅー君まで……!
死なせたくない。使わせたくない。
切歌を。調を――日向を。
苦しみながらも響は立ち上がり、そして――響も歌った。
「ッ――! 響ちゃんまで!?」
度は日向が驚きで歌うのをやめてしまう。
しかし、“日向の”絶唱特性を知らない響が守るために歌うのは当然の事。
日向がその点を把握出来ていなかった事がこの結果を招いたのだった。
慌てて唱を再開するが、エネルギーレベルが絶唱発動まで高まらず、それどころか減圧する一方。
切歌と調の絶唱はもちろん、聖遺物を使わない日向の歌も意味を成さなくなっていた。
「セット! ハーモニクス!!」
それはライブ会場で使ったコンビネーションスキル。
映像を見たナスターシャはそれを《S2CA》と言っていた。
禍々しい黒いオーラを発しながら、響は腕部のパーツを右腕に纏め――
「三人に絶唱は……歌わせないぃぃいいい――ッ!!」
―煌ッ!
絶唱四人分のエネルギーを束ねたそれを放った。
日向達に――ではなく、天に向かって。
虹色の絶唱は天高く舞い上がり――何を壊す事なく、消えるのだった。