戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
目覚めた奏が一番に眼にしたのは、未来の顔だった。
「あ、奏さん。目覚めたんですね。よかった……」
「未来……あたしは……」
起き上がろうと腕をベッドについた途端、痛みが走った。見れば、利き腕が内出血していた。
昨日の事を思い出して――ああ、と呟く。
――あたし、暴走したのか。
記憶がない事やベッドに寝かされている事から、ある程度の予想は簡単に出来た。
「傷が痛むんですか? 先生を……」
「いや、大丈夫。アヴァロンが暴走の余剰を消してるから、怪我の治りが遅いだけ。それに、あたしの身体を調べられるのはちょっとな……」
「そうなんですか? あ、でも、そっか。奏さんの身体って鏡華さんと同じ……」
「そゆこと。……ところで響は? 無事か?」
響なら、と未来は真横を見下ろす。
よく見れば、隣のベッドに響は眠っていた。暴走などなかったかのように状態は正常に見える。
だけど――
奏は立ち上がり未来とは反対側に腰掛け、左腕に触れた。
あの化物に喰われ、暴走の
(再生……? でも、ガングニールにはそんな能力なんてないし……暴走している間に何があった……?)
「あの、奏さん。響の左腕がどうかしたんですか?」
「ん? ん、いや……相変わらず綺麗だなぁって思ってな。昨日だってギアを纏っているっつっても思いっきりノイズをジャブジャブストレート! だったし」
「そう、ですか……」
軽い口調で誤摩化す。
しかし、未来は暗い表情で響の顔を見ていた。そっと眠っている響の頬に触れる。
「……どうした?」
「私、時々分からなくなるんです」
「分からなく?」
「いつも響は、響だけじゃなくて鏡華さんや翼さん、奏さんやクリス、ヴァンさんが戦っているのに、私だけ戦わないんだろうって。もちろん戦わないんじゃなくて戦えないんですけど、なら私に何の意味があるんだって考えて……」
――ぐちゃぐちゃになって分からなくなっちゃったんです。
少しだけ泣きそうに、葛藤を告白する未来。
「私には奏さん達みたいに戦う力は持ってない。だから、私は響の帰って来る場所でいたいと響に話しました。だけど――怖いんです」
ベッドで眠る響を見て、話を続ける。
「響は私の許に帰ってきてくれる。ずっと、そう信じています。だけど、もしも帰ってこなかったら? ――そう考えてしまうんです……」
「未来……」
思わず近付き、未来を胸に抱き寄せる奏。
この役目は本来響の役割だが、眠っているので代わりだ。響が目覚めたら未来を突っ込ませて一緒に寝かせてやる。
そう決めた奏は一先ず今は、と抱き締めて自分の考えを伝えた。
「悪いけど、あたしには未来の思いは一生分かんないと思う。何てったって、あたしは身体が拒絶してたに関わらず、無理矢理適合させたインチキ適合者だったからな」
シンフォギア奏者、天羽奏と云う存在は、本来は存在するはずがなかった。
低い適合係数。薬の投与でも引き上げられない適合係数に、周りは諦め――命が惜しいなら自分も諦めるべきだった。
だが、奏は諦めなかった。命なんてその時は惜しくなかった。
ただ、ノイズを殺す力が欲しくて、家族を殺した憎き仇に復讐したくて。
結果的に奏者となったのだが、それだって奇跡のようなものだ。
「だけど、未来は戦っちゃ駄目だ。戦わない、戦えない――じゃない。戦っちゃ駄目なんだ」
「それは……どうして?」
「もちろん、未来が言ったじゃないか。響の帰る場所だって。ついでに言うと、鏡華やあたしにとっても帰る場所なんだ」
「鏡華さんや奏さんにとっても……?」
「ノイズと戦うなんて、非日常だ。身体を――
「私が……響だけじゃなく、皆の……」
考えるように未来は口を閉ざし俯く。
奏は「深く考えなさんな」とデコピンを軽く未来の額に当てて笑う。未来から離れ、病衣を脱ぐ。ベッドの脇に自分の服が畳んで置いてあったのを見つけると、下着、服をちゃちゃっと着込んだ。
「もちろん、これはあたしが勝手に考えている事。受け止めるか否かは未来が決めな。だけど、帰る場所があるってのは――すっげぇ、嬉しいんだよ」
上着を肩に担ぎ、振り返らずに呟く。
後ろ手に振りながら「学校には遅刻すんなよー」と言って、奏は病室を出て行く。
途中、職員と奏の会話が聞こえたが、検査を受けてください、面倒だぁ、みたいな口論だろう、きっと。
未来はもう一度、眠っている響の顔を見る。
自分が迷っている事。奏が今言った事。
ぐちゃぐちゃなのは変わらない。だけど、少しだけ整理出来た気がする。
「じゃあ響。私、学校に戻るね」
持ってきたレター用紙に伝言を残し、ベッドの隅に置いておく。
自分が出来る事。それはまだ分からない。でも、今は――
未来は響の前髪を梳いて、病室を出るのだった。
~♪~♪~♪~♪~♪~
軽い痛みに日向は顔を顰めながら瞼を開いた。
人工の灯りがやけに眩しい。頭痛や幻痛が身体を未だに蝕んでいる。
「……はぁ」
溜め息のように息を吐き出し、開いた瞼をもう一度閉じて、意識を自らの内へ向ける。
先の戦闘で溜まった不浄な気を呼吸と共に体外へ吐き出し、清浄な気を外から体内へ取り込む。
外気功と呼ばれる技術を繰り返し、体内の掃除を行う。
それを数分掛けて行い、今度は軟気功を用いて数十分掛けて治癒していく。
二種類の気功を済ませるとベッドから上体を起こす。視線をズラすと、マリアが眠っている事に気付いた。無意識にか、自分の手を握っている。
「眼が覚めましたか。日向」
他に誰もいないと思っていたが、反対側のベッドにはナスターシャが横になっていた。
「マム。……僕は一体、どれぐらい眠っていた?」
「さあ……私も先程、眼を覚ましたばかりで分かりません」
「……若い僕達と違って、マムは歳なんだから。お願いだから無茶はしないでよ」
日向の苦笑に、ナスターシャも柔らかい笑みを見せる。
その笑顔を見て、日向はやはりと思った。
――生き残るためにわざとあんな厳しく接しているんだ。
フィーネの敵は全人類と言っても過言ではない。だからこそナスターシャはマリア達に厳しい言葉を投げ掛けて命を守ろうとしていた。
そんなナスターシャだからこそ日向達はナスターシャをマムと呼び、慕っているのだ。
優しくマリアの手をほどき、日向はベッドから起き上がった。血で汚れている服はその場で脱ぎ捨て代わりの服に着替える。
「切歌ちゃんと調ちゃんは? ここにいるの?」
「ヘリの中にはいません……多分、ドクターを探しに行ったと思うわ」
「そうか。じゃあ、僕も行ってきます」
「では、一度こちらに連絡するよう伝えてください」
「分かりました」
部屋を出て行こうとする日向。
出る直前、振り返り、
「さっきも言ったけど。お願いだから無茶だけはしないでマム。マムは僕の――僕だけじゃない、マリアや切歌ちゃん、調ちゃんにとって大事な人なんだから」
そう言って部屋を出て行った。
部屋に静寂が戻る。
(日向……優しい子。日向だけではない。マリアも切歌も調も……私は優しい子達に不必要である十字架を背負わせようとしている)
それは赦される事ではない。
それでも誰かが動かなければならなかった。
月の落下――米国政府はいち早くその事実に気付き、情報を隠蔽した。
理由など一介の研究者であるナスターシャには分からない。パニックを避けるだけだったかもしれない、そうではないのかもしれない。
今やっている事が悪だと云う事は承知の上だ。無辜の命を救うためなら正義を悪だとも偽ろう。
しかし――
(それでも――私は間違っているのかもしれない)
本当にこれが正しい選択肢なのだろうか。
無辜の命――それはマリア達の命だって数えられる。
それも未だ幼い命を危険に晒してまで。
ナスターシャは瞼を閉じて意識を手放す。
このままでいいのか、と思案しながら。
~♪~♪~♪~♪~♪~
「たかが知れている立花の助力など不要だ!」
二日後。
そう言って響の前から立ち去っていく翼を見て、鏡華は顔を抑えたくなった。
弦十郎から響の事を告げられ戦わせないと決めた時点から何となく嫌な予感はしていたのだが、まさかここまで面倒くさい事になるとは思わなかったのだ。
――本当、面倒くせぇよ翼。
立ち去る翼を追い掛けるクリス。ヴァンは何故か追い掛けようとしない。
「……で?
「…………」
どうやらヴァンにはバレているようで、鏡華はこめかみを押さえた。
ふぅ、と溜め息を漏らすと、鏡華は響に視線を合わせるように膝を曲げる。
「悪いな立花。翼の奴が面倒くさくてよ」
「いえ……事実ですから……」
「でも気付いてるだろう? 何か隠している事ぐらい」
「…………」
黙り込む。
それを肯定として話を進める。彼女を守りたいのは鏡華だって同意見なのだ。
「立花響。今後一切、シンフォギアを纏う事を禁止する」
「……え?」
「お前の身体と融合している聖遺物との侵食深度が、あの時の戦闘で急激に進んだんだ。診断の結果……今の状況のまま融合が続けば、遠からず死ぬぞ」
「ッ――」
はっきりと言われた死の宣告に響は息を呑む。
だが、すぐにいつもの表情に戻ると、
「で、でもですよ遠見先生! まだ先の事ですよね!? だったらまだ――」
「まだ使っても大丈夫、か?」
響の言葉を先取りして言う鏡華。
頷くと、鏡華は響の手に置いて懇願するように言う。
「馬鹿。使えば使うほど速度は速まるんだ、使えるわけないだろう!」
「あ……」
「頼む立花。俺達に――いや、俺達だけじゃない。未来に、もう一度失う悲しみを与えないでくれ」
「遠見先生……」
「……なるほどな。そう云う事か」
やっと納得したヴァンも呟く。
「俺も同じ意見だ立花。お前はギアを纏っては駄目だ。お前だって、失う経験はしたくないだろう」
「――――」
ヴァンが暗に日向の事を言っているのは分かった。
そうだ、あの思いを誰かに味わってほしくない。
響は暗い表情のまま、静かに頷いた。
~♪~♪~♪~♪~♪~
この場所に戻るのも少しだけ久し振りだった。
すぐ近くまでは何度も来ていたが、ここまで来るわけにはいかなかった。今はまだ連中を連れてくるべき時期ではないし、教える事でもない。
目の前すら漆黒の帳によって見えない闇の中を、オッシアは黒装束を脱いで肩に担ぎながら確かな足取りで進む。複雑な地形を進み続けると、闇の中にぼぅっと壁が浮かび上がった。
否――それは壁ではなく扉。
重厚そうな扉をオッシアは片手で押し開ける。
扉の先には、闇によって常人には見えないが、広いドーム状になっている。
「――ただいま」
この場所に“空気など存在しない”。当然の事ながら音も届かない。宇宙空間と云っても過言ではない。
だが――オッシアの言葉は音となってドーム状の部屋に響いた。
数秒して、声が帰ってきた。――お帰り。
だけど、それは声であって声でない。超能力の分類に属する、そして“特定の人間には使える”念話だ。
「オレがいない間、静かにしてたか?」
『部屋を見れば分かるだろ』
「どうだか。ここは時間が経てば修復される材質の部屋だ。オレがいない間の時間ならば修復されててもおかしくはないからな」
『ひっでぇ。信用されてねぇな。これでも落ち着いたと思うんだけど?』
「オレが落ち着かせた、だろ」
声の主は「違いない」とカラカラ笑う。
オッシアも釣られて笑みを浮かべる。
「体調はどうだ? どこか痛い所や変に感じる所はあるか?」
『んー……今はないよ』
「今は、か。やはり、“影響が出たのか”?」
心配そうな声音。
念話の口調はそこからわずかに荒くなる。
『ああ、出てたね。頭をシェイクされたような気分だったぜ、くそったれ』
「……すまない。あの時、あいつの考えを読めてたら……」
『謝んなよ。思考を読むなんて、そんな事出来るのは自分だけなんだから』
「そうだな……」
黒装束をそこら辺に投げ捨て、その場に仰向けに倒れる。固い地面はゴツゴツするが慣れていた。
途端、覆い被さるように飛び込んでくる念話の主。
「どっせーい」
「ぐふっ……」
「よしっ、今回は上手く着地出来たぜ」
「オレは……危うく中身を吐き出しそうになった、けどな……」
「アタシ達に吐き出す中身なんてあんま“ないだろ”」
「…………」
反論出来ず、その代わりとばかりに身体に手を回してゆっくりと抱き締めた。あの時から変わらない髪を優しく梳く。嬉しそうに喉を鳴らす。見えてないが、きっと眼も細めているだろう。
「ふぅ……」
「どうかしたのか? 溜め息なんか吐いて。空気なんかないのに」
「ああ……どうやら癖になってるみたいだ」
「そんなにフィーネの連中の世話は面倒なのか? だったら脅すなり何なりして楽にすればいいのに」
「そうはいかないのがオレなんだよ。言ったろ、オレは――」
「わぁーってるよ。忘れた事もない」
オッシアの言葉を遮り、頬でオッシアの胸元を擦る。
「作戦の方はどうなんだ? 順調なのか?」
「ちょっとマズいかな。立花響の暴走でネフィリムは消滅。ウェルもソロモンの杖を持って逃走中。音無日向は幻痛を含め、かなりのダメージを喰らっている。あれは一日やそこらで動ける傷ではないだろう」
「他のフィーネの連中は?」
「高く見積もっても――甘いな。暁切歌と月読調は意気込みこそ評価然れど、空回りの連続だ。マリア・カデンツァヴナ・イヴに至っては問題外だ。優しいと云えば聞こえはいいが、はっきり云って――へっぽこだ」
「うわぁ……そこまで言うのは珍しい」
「一点、音無日向に関する事ならば即決即断出来そうだが……ほとんど戦闘に関係ないからな」
そこだけはオッシアも評価している。
あれほど一つの事を想う事はなかなか出来ない。
どっかのハーレム王なんかに比べればずっとマシだ。
「異端技術とウェルの策略があればこそ、二課からアドバンテージを奪っていたんだ。さて、どうなる事やら」
「まるで他人事みたいな呟きだな、オイ」
「他人事さ」
当然のように言ってのけるオッシア。
そこに迷いなど微塵の存在もなかった。
「オレはたまたま、あいつらに遭遇して、あいつらのやる事が結果的にオレ達の目的の通過点にあると確信したからこそ、協力関係を持ち掛けたんだ。あいつらが壊滅するなら手を切るまで。ソロモンの杖と
「そんな事出来ないって、自分が一番知ってるのに?」
「……言うな」
分かっている事を指摘され、そっぽを向く。
見捨てる選択肢を取れない事ぐらい、よく分かっていた。
どうせ、マリア達が囚われるのを見れば嫌でも身体が動くはずだ。
「ま、ウェルだけは絶対に見捨てるがな」
「あはは、ものすっごい嫌われようだな。そのウェルって奴」
「奴の決断力や行動力は評価出来る物だ。身内から嫌われようとも自分の目的を果たそうとしているんだから。だが、どうにも、な。なんつーか……本能的に、生理的に駄目だな、奴は」
ウェルは言動がおかしいだけで、彼もまた夢を追い掛けているだけの人間だ。
行動こそ咎められるモノばかりだが、それでも止まらぬ彼の執着は、どれほど夢を叶えたいかを物語っている。
その点だけならば――オッシアとウェルは同類だ。
目的のために犠牲を払ってでも突き進もうとする意思。
唯一違うのは――オッシアが出来る限り犠牲を最小限に抑えているのに対し、ウェルはどんなに犠牲を出してでも突き進もうとする点か。
一を叶えるために千を見捨てる――そんな思想だからこそ、オッシアは無意識にウェルと分かり合う事を避けたのだろう。
「オレは……犠牲は暗殺しに来た奴とノイズに襲われ救えなかった一般人、そして――遠見鏡華だけで十分だと思う」
「遠見、鏡華……ああ、懐かしい響きだよ」
「あいつを殺せれば、鞘を継承出来れば、オレ達の目的は達せられる」
「だけど、そんな事は不可能だって、分かってるだろ。どうやっても殺せないし――鞘だけを盗む方法もない」
「――ああ」
遠見鏡華は鞘によって不老不死と化している。いくら刺そうと、突こうと、斬ろうと、血を流させようと――殺す事だけは出来ない。
だからこそ最速で最短、犠牲も少ない道を進む事は出来ない。
「ま――もう考えるのはなしにしようぜ」
起き上がり、オッシアの腹部に馬乗りに乗ってくる。
「それよりさ――アタシ、溜まってんだよ」
「……溜まっているならしなくていいだろ」
「じゃあ、腹からなくなっちまったんだ。と云うか、分かって言ってるだろ」
「そりゃあ、オレって奥手だし?」
「あんだけアタシを啼かせておいてよく言うよ。――能書きはいいからさ、さっさとやろうぜ」
「はいはい」
蠱惑的な笑みで舌舐めずりする姿に、オッシアは苦笑して手を伸ばす。
光のない闇の中、オッシアと誰かの声だけがする。
誰もいない――ダレかがいる部屋に、男と女の啼く声だけが響き渡った。
その中で、こんな声も呟かれたのだった。
「なぁ……セレナ・カデンツァヴナ・イヴ、って聞いた事あるか?」
「……ああ? セレナ……? んー、ああ、あいつ?」
少し考える素振りを見せた後、
「知ってるよ。いない間に――友達になった」
そう答えた。