戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine0 終末へ至る平和Ⅱ

 ヴァンっ、と名前を呼ばれて振り返る。

 可愛らしいシュシュ(だったか?)が跳ね――同時にたわわな果実も揺れていたが気にしない――少しはおしゃれをしてくれるようになってくれて、ヴァンは心の中で安堵する。

 だが、ヴァンの表情に変化はない。

 

「廊下は走らない方がいいぞクリス。誰かに注意(コウション)される」

「走らないと、あいつらから逃げられないだろ」

「走らなくとも逃げ切る事(エスケープ)は出来るぞ」

 

 そう言うと、クリスの腕を掴んで引っ張った。

 突然の事に声を上げる事も出来ないクリスは顔を赤らめる。

 クリスの身体を抱き寄せたヴァンは、近くの空き教室へ音もなく入り扉を閉めた。

 

 数十秒後。ガラリと音を立てて教室の扉が開かれる。

 教室に入ってきた数人の女子生徒。

 教室にはヴァンが“一人”で作業をしていた。PC端末に何やら色々と打ち込んでいる。

 

「あれ? 夜宙君一人?」

「何か用か?」

「雪音さんを探してたんだけど、見失っちゃって……。夜宙君は雪音さんを見てない?」

「見てないな」

 

 PC端末から眼を離さず即答するヴァン。

 

「そっか……。遠見先生がこっちだって教えてくれたんだけどなー」

「ちっ、あの糞王(ファッキン・ロード)。今度会ったら負かしてやる」

「え?」

「何でもない。遠見をどうやってシバいてやろうと思ってな」

 

 ヴァンの言葉に女子生徒達は絶句する。

 まあ、教師に対してこの言いようだ。絶句しても仕方ない。

 

「用はそれだけか? なら出ていけ。仕事の書類を今日中に仕上げなければならないんだ」

「あ、うん。邪魔してごめんね」

「雪音さんに会ったら、一緒に作業しようって伝えておいてくれるかな?」

了解した(オーライ)

 

 それじゃあ、と教室を後にしようとする女子生徒。

 ヴァンは出ていかれる前に彼女達を呼び止めた。

 

「力仕事があれば言え。特例とは云えお前達と同じクラスに在籍してる身だ。可能な限り手伝ってやる」

「あ……うん! お願いね!」

 

 今度こそ教室を出ていく。

 数十秒空けてから、ヴァンは「もういいぞ」と虚空に声を掛けた。

 すると、ヴァンの足下――机の下からもぞもぞとクリスが這い出てきた。

 

「もう大丈夫なのか?」

「多分な。――そもそもの問題だが、クリスが逃げなければ良い事だぞ。これは」

 

 ヴァンの正論に、クリスは不貞腐れたようにそっぽを向く。

 彼女自身だって分かっているつもりである。しかし、どうしても最後の一歩が踏み出せず逃げ出してしまっているのだ。

 もちろん、ヴァンはそれも分かっている。分かっている故に言葉で言っても無理には行動させなかった。

 

「明日はクラスメイトと共同作業をするんだぞ」

「……努力はする」

「なら今日は、課題を手伝ってくれないか? 少し量が多い上に難しいんだ」

「おうっ」

 

 笑顔で頷き隣の席でヴァンの課題を取り出しノートや教科書を広げるクリス。

 それを見てヴァンはふと、昔の記憶と重なった気がした。

 戦いなど知らぬ、幼き泡沫の過去。捨ててしまい喪ってしまった、あの頃の自分達の姿。

 平和な日常が、かけがいのない物だと気付かされる前のヴァンとクリス。

 だけど、いつの間にか幻影は薄れて消え、こちらを見ているクリスの姿が。

 ヴァンはうっすらと笑みを浮かべ、作業を終えたPC端末を閉じるのだった――

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 風鳴の屋敷へ戻った鏡華は翼の部屋へ問答無用で入った。相変わらずの汚さに一瞬こめかみを押さえようとしたが、グッと堪え掃除を始めた。使用済み未使用関係なく、上着、ズボン、下着全てをちゃんと分けて洗濯籠に放り込み、ゴミ袋を取り出してゴミだろう物を処分する。使ったままで放置してあるコップや皿は帰ってから洗うと決めて流しに出して水に浸けておく。雑誌や新聞は面倒なので分けて山にした。

 そこまでやって――ようやっとリモコンが姿を現した。

 さっさと録画を設定して、予約出来た事を確認すると、鏡華は再度《遥か彼方の理想郷・応用編》でリディアンに戻ってきた。

 掛かった時間は――約三十分。

 

「録画ってこんな時間の掛かる作業じゃないはずなんだけどなぁ……」

 

 おかしい、と呟きつつ鏡華は三十分前に座っていたベンチに腰掛ける。

 

 余談だが、翼が録画を頼んだ連続ドラマ『恋の尾張 〜信長の星〜』は元を辿れば一曲の演歌から始まった時代劇ドラマだ。演歌は専門外である鏡華でも元ネタは知っている。演歌歌手、織田光子氏の『恋の桶狭間』だ。

 この人がいなかったらCD業界は崩壊していた――とまで言われているCD業界の救世主である。

 しかし、織田光子氏はそこまで凄い演歌歌手ではなかった。デビュー作である『この関係は尾張にして……』はかなりの不評だったと聞くし、それ以外の曲も鏡華はあまり知らない。

 ただ、『恋の桶狭間』だけは別だ。

 引退と云う背水の陣を以て歌ったシングル『恋の桶狭間』は、何と二千万枚ものメガヒットを叩き出したのだ。

 何故か。それはマイクではなく剣――しかも真剣である――を片手に歌うと云う斬新な映像がノイズに恐怖するだけだった観衆の心に勇気を与えたからである。

 また、CD特典PV映像には数多の必殺技が登場し、子供達の多くが真似をしたからであろう。

 かく言う翼の技である《千ノ落涙》、《蒼ノ一閃》もPV映像に登場した必殺技を模した技なのだ。

 そんな事は脇に置いておくとして――

 メガヒットした『恋の桶狭間』。これに眼を付けた企業(?)があった。ハリウッドだ。

 スティーブン・ゴールドバーグ監督が『恋の桶狭間』のPVのオマージュ作品として超大作時代劇SF『STAR NOBUNAGA』が作られたのである。

 そして、翼が録画しようとしていた『恋の尾張 〜信長の星〜』はそのハリウッド映画の日本ドラマ版なのだ。

 時代劇にしては視聴率は良いらしい。

 閑話休題。

 

 今度こそ休むぞ、と眼を閉じ、すぐにやってきた微睡みに意識を預け――

 再び耳に飛び込む着メロの音。

 

「ちっくしょー!」

 

 無視してもいいのだが、鏡華の携帯端末の番号を知っている人物は若干一名除き、無用で電話を掛けてこない。電話してくるのにはそれ相応の理由がある連中だけだ。

 残念ながら鏡華に居留守を使う選択肢はなく、叫んで睡魔を吹き飛ばして通話に出た。

 

「誰じゃー!?」

『……どうした? ずいぶんと機嫌が悪いじゃないか』

「ああ……旦那か。いや、ちょっと色々不運が重なってな……」

『そうか? ……まあ無理もないな。ライブ当日に査問会が開かれるんだから。お前にとって、何より不運だろう』

「それもあるけど……まあいいや。何か用?」

 

 弦十郎の言葉に、鏡華は眼鏡を外して対応する。

 彼と話す時は、何故だかいつも無意識に眼鏡を外してしまうのだ。

 

『知っているとは思うが、響君、クリス君、ヴァンはライブ前日からサクリストS移送の護衛任務に就く。査問会が行われる鏡華は参加できないが、念のために予定を覚えていて欲しい』

「りょーかい」

 

 サクリストS――正式名称ソロモンの杖。

 七十二種類のコマンドを用い、バビロニアの宝物庫よりノイズを任意召喚させるだけでなく、ただの災厄であるノイズを制御下に置く事が出来る完全聖遺物。

 あの戦いの後、回収し厳重に保管されていたのだが、米国連邦聖遺物研究機関――F.I.S.と共同で研究する事が決定したのだ。

 響、クリス、ヴァンが受けた任務が、このソロモンの杖を山口県、岩国にある米軍基地まで移送するのを護衛する事だった。

 本来であれば、万全を期すために全員で護衛するはずだったが、表の顔が超人気ユニット、ツヴァイウィングである翼と奏はライブを控えていたため、鏡華は査問会に呼ばれているため参加できなかった。

 

「けどさー、旦那。決定してから言うのも何だけど、やっぱソロモンの杖を渡すのはマズくないか? 米軍基地じゃなくても日本の研究機関で合同にすれば……」

『そうはいかないのが大人の世界って奴さ。今の日本は糾弾される側にある。どうにかその状況を覆そうとしてお(かみ)が出した結論がこうなんだ、下っ端の俺らは従うしかあるまいよ』

「ふぅん……」

 

 しかし、この案はいくら何でも米国に譲歩しすぎているのではないだろうか。

 ただでさえ大国である米国に聖遺物――それも、“あの”災厄であるノイズを操る完全聖遺物を解析され使えるようになってしまったら、最悪の状況である。世界を支配される可能性だって無きにしも非ずだ。

 どうにも誰かの作為が噛んでいるようでならない。

 彼に聞いてみるか、と思いながら話を続けた。

 

「悪い事にならないよう祈るだけだな、今は」

『ああ、そうだな』

「他には?」

『お前自身の査問会の事だ。――本当に何故呼ばれたのか分からないのか?』

 

 どうやら査問会へ呼ばれるのは教えられたが、その理由までは聞かされていないようだ。

 

「まあね。大人の考えなんて、馬鹿で子供な俺には分からないよ」

『……そうか。鏡華がそう言うなら、本当に知らないんだな』

 

 否――弦十郎は分かっているだろう。

 鏡華が嘘をついている事ぐらい。

 それでも嘘に合わせてくれるのは、ありがたかった。

 

『じゃあ最後だ。これが一番報告したい事だ』

「何かな?」

『了子君の研究室から――鏡華宛の物が見つかった』

 

 鏡華は息を呑み。

 わずかに俯き、そして――

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「じゃあ、ライブ前は任務なんだ」

「うん! あ、でも護衛任務だから心配しなくていいよ未来」

 

 不必要な物を詰めたダンボール箱を運びながら未来と響は話していた。

 特に任された仕事がなかったので、彼女達なりの手伝いだ。

 

「……ん? 未来、あれ」

「あれは……鏡華、さん?」

 

 物置に運び終え、回り道をして教室に戻る途中、響が何かを見つけた。

 指差した方を向いてみると、そこにはベンチに腰掛けて腕を組んでいる鏡華の姿があった。

 近付いてみると――

 

「あ、寝てる」

 

 穏やかな吐息を立てて眠っていた。

 座って寝ると頭がカクカク上下に動くはずなのだが、鏡華はまったく動かない。むしろ、足も組んでいるのに身体がぶれない事に疑問を覚えた。

 

「相変わらず遠見先生の寝顔は可愛いねぇ」

「うん。女の子としてちょっと複雑だけど……」

「そう? 私はそうでもないけど?」

 

 親友の花より団子発言に苦笑を浮かべてしまう未来。

 一体いつになったら響に春が再来するのだろうか。親友としてはちょっと心配である。

 未来を真ん中に左から鏡華、未来、響の並びで座る。

 すると、座った些細な振動のせいで鏡華の身体がグラリと倒れた。

 

「ひゃっ」

 

 倒れた先は――未来の太腿。

 

「き、鏡華さん……?」

「……すぅ……」

「ね、寝てる……」

 

 驚き固まってしまったため、動くに動けなくなった未来。

 響はそんな鏡華を見て、むぅと頬を膨らませる。

 

「未来の膝枕は私のなのに……遠見先生、許せん!」

「いや、私の膝枕は誰の物でもないけど……響がしてほしいならしてあげるよ?」

「ほんと!? じゃっ、早速!」

「きゃっ! ひ、響、いきなり!?」

 

 えへへ、と未来を見上げながら笑う響。

 そんな彼女の笑みを見て、怒るに怒れなくなってしまった未来。

 

「もう。鏡華さんが起きるまでだからね?」

「うんっ」

 

 いつ起きるか定かではないが、暫くは起きないだろう。

 それまでは未来の膝枕を堪能できると笑みが抑えきれない響。

 ……友達以上に向ける笑顔だと、周りは見ているが敢えて何も言わない。言っても意味がないのは共通の考えなのだ。

 響に春が来ないのは、きっと既に春が来ているから。――それも共通の考えだ。

 閑話休題。

 

「……う、ん……」

 

 微かな呻き声。

 起きたかな? と未来は見下ろす。響は寝返りを打つ。

 鏡華は薄目を開き、妙に柔らかい感触に疑問を抱きながら寝返りを打ち――

 

「おはよーございます。遠見先生」

「…………うぉわっ!?」

 

 驚いて未来の膝から転げ落ちた。そのまま地面に激突する。

 

「いてて……」

「大丈夫ですか? 鏡華さん」

「あ、ああ。それよりも、今、目の前に立花が……」

「いましたよ」

 

 未来の膝から頭を起こして、鏡華の顔を覗き込む。

 頭を振って、どうにか状況の整理を行う。

 

「えっと……旦那と電話して、そのまま寝たはずだけど……」

「私と未来が通り掛かったんです。それで座ったら」

「鏡華さんが私に倒れてきたんです」

「そう云う事か……。邪魔なら起こしてくれてもよかったのに」

「いえ、邪魔じゃなかったし、鏡華さんの寝顔が見れたので良かったです」

「……そうかい。立花も悪かったな。未来の膝を独占して」

「一緒に堪能したのでモーモータイです!」

 

 親指を突き出して笑う響。

 

「モーモータイ?」

「違ぇよ。モーモータイじゃなくて、モモマンだろ?」

桃饅(ももまん)? 美味しそうですね遠見先生! 後で食べに行きませんか?」

「そうだな!」

「……あの、それって、問題なし――“モーマンタイ”じゃあ?」

「…………」

 

 未来の訂正に、口を閉ざし沈黙する鏡華と響。

 お互いに視線を交わし、未来には分からないアイコンタクト(みたいなもの)で語り合うと、

 

問題なし(モーマンタイ)!」

 

 同時に言い直した。

 それがおかしくて、吹き出してしまう。

 未来が笑うのを見て、鏡華と響はまた互いを見合い、二人も笑った。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 玄関から聞こえた音と声に、鏡華は食器を洗う手を止めた。

 居間に入ってくる奏と翼。

 

「ただいまー」

「ただいま」

「お帰り、奏、翼。お疲れ様」

 

 自分用に淹れたお茶だったが、自分の湯呑みでなく二人の湯呑みに注ぎ、手渡す。

 

「夕飯は食ってきた? まだなら何か作るけど?」

「そうだなぁ……、夜も遅いし、お茶漬け貰おうかな」

「了解。翼は――ああ、食わないんだっけ?」

「ああ。夜九時以降は食事は控えてるんだ。鏡華は? 食器を洗ってたみたいだけど、食べたの?」

「いや食べてない。洗ってたのは、翼が部屋に放置してた食器。さっきまで洗濯物を洗って乾かしてからだいぶ時間が掛かっちまった」

「……ごめんなさい」

「いいよ。もう慣れた事だし」

 

 鏡華は優しく言ったつもりだが、翼はしょぼーんと暗い雰囲気を作ってしまう。

 ポン、と優しく翼の頭を一撫ですると、鏡華は台所へ戻り準備に取り掛かる。

 準備と言っても簡単な事だ。お椀に白米を盛り、急須に濃いお茶を注ぐ。冷蔵庫から数種類の漬け物を小皿に移し、それらをお盆に乗せて持ってくるだけ。

 

「はい、お待ちどう。一応、俺の分も出したから全部食うなよ」

「へいへい」

 

 奏と翼の真ん中に座り、鏡華は自分のご飯の上に漬け物を乗せ、一緒に食べる。

 奏は漬け物を乗せたご飯にお茶を掛けてサラサラと流し込む。もちろん噛む事は忘れない。

 

「ところで鏡華。その、録画はしてくれたか?」

「したよ。ついでに簡単に掃除したから」

「あ……ありがとう」

「透け透けの下着は自分で洗ってくれ」

「うん……って! 何故知っている!? それは箪笥の中に厳重に閉まっていたはずだ!」

「聞いたかい? 奏さんや」

「うむ。はっきりと聞いたよ鏡華さんや。翼も大人になったんだねぇ」

「あ、あうあう……!」

「強調するものはないのに」「強調する胸は小さいのに」

「誰の胸が小さいだっ!!」

 

 恥ずかしがっていたのに、禁句を言った途端防人モードになる翼。

 しかも視線は言った本人である奏ではなく、鏡華に向けられている。

 もちろん、対処法は簡単だ。

 

「安心しろ翼」

「何がだっ」

「小さくとも、俺は変わらず愛してやるから」

「あい……っ!?」

 

 ちょっとこんな事を囁いてやれば一発だ。

 即座に乙女モードに戻る翼。

 そこへ奏が追い打ちを掛ける。

 

「そういや鏡華。録画の報酬として、翼の身体を求めてたよな?」

「はうっ」

「ああ、そういやそうだったな。忙しくてすっかり忘れてた」

「わ、忘れてた……」

 

 またもショックを受ける翼。

 それはそうだろう。かなり大事な事だったのに、それを忘れられては誰でもショックを受ける。

 

「翼の奴、休憩中や帰宅中ずっとぶつぶつ呟いてたんだぜ? やれ服がどうとか、やれ一人でいいのか、奏はいいのかってさ」

「……いや」

 

 少し口籠もる鏡華。

 ちょっとニュアンスが違っただけでここまで“勘違い”させてしまうとは。

 

「あのさ……悪いけど、俺そういうわけで言ったんじゃないぞ」

「……え?」

「今日一日風呂掃除とか身体を使う事を任せようと思っただけなんだけど」

「…………」

 

 スクッと立ち上がる翼。そのまま居間を後にする。

 鏡華と奏が見合わせ首を傾げる。

 それから数十秒後。翼が戻ってきた。

 

「どう、し……たっ!?」

 

 その手に日本刀を握り締めて。

 しかも模造刀なんかじゃなく――正真正銘、鋭い刃を持つ真剣だ。

 

「……鏡華……」

「は、はいっ!」

「剣とは云え、乙女を辱めた罪――万死に値する」

「いいっ!?」

「大丈夫だ。鏡華を殺したら、私も後を追う」

「い、いや……俺、死ねないんだけど……」

「あの世でまた逢おう――愛しい夫ぉ!!」

「まだ夫じゃねぇー!!」

 

 吠え叫ぶ鏡華。

 だがそんな事はお構いなしに翼が刀を一閃!

 

  ―閃ッ!

 

「なんとぉ!?」

 

  ーガギィ!

 

 出るはずのない音を立てて刃を箸で掴む鏡華。

 真剣白刃取り――ならぬ真剣お箸取り!

 

「ちょっ、俺すげ!」

「鏡華……何故拒む。私を愛してると云うなら私の剣を受け取れ」

「受け取れない! 死ななくても痛いんだから! 奏も見てないで助けてくれよっ!」

「翼、暴れんのはいいけど、あたしのご飯を斬ったら許さないからな」

「分かった」

「分かってない! うおっ、腕がぷるぷるしてきたーー!」

 

 ――なんて。

 今日も今日とて、風鳴家は平和だった。

 そんな平和も終わりを迎えようとは、露も知らずに――


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