戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
まさかこんなに早く三期が決定するとは思いませんでした。
「イチャイチャデートかと思いました? 残念! 私と未来のデートでしたっ!」
「よしお前、殴られたくなかったら今すぐそのドヤ顔やめれ」
目の前で口に手を当てて言われた一言にキレる寸前の鏡華。こめかみに血管で出来たバッテン印が浮かんでいるのは気のせいではない。むしろ悪そうに笑う響の顔を見ているだけで破裂しそうだ。
顔を離した響だったが、笑みだけは消さず小姑の如く鏡華と未来の間に立っていた。
「にょほほ、遠見先生は私と未来が楽しんでいる様子を後ろから眺めていればいいんです! それはもうストーカーのごと――いだだだっ! こめかみ痛いごめんなさい悪ノリしすぎましたーっ!!」
こめかみを拳で挟んでぐりぐりした途端に謝る響。やっぱり痛いものは痛い。
今回は未来も止めない。仕方ないように溜め息を吐く。
「ったく……繁盛したせいで時間がねぇってのに、余計な時間を取ったな」
「鏡華さんが女装なんて悪ノリしたせいでもあると思うけど……」
「お前らが悪ノリして俺“に”女装させたんだろうがっ」
「ノリノリで給仕してたのは鏡華さんですが?」
「さーって、そろそろステージの方へ行くか。未来、立花を頼んだぞー」
こめかみをグリグリしたおかげでへにょへにょしている響を未来に預けて、先に行く鏡華。
明らかに誤摩化した。自分でもノリノリだったのは否定出来ないみたいだ。
響の腕を自分の肩に回して未来は鏡華を追い掛ける。
――にしても、と未来。
「変わったね、響」
「はにゃほれ〜……な〜に〜が〜?」
未だ呂律が戻らない響。
三ヶ月前の一件から、響は積極的に自分の感情を表に出すようになった。いや、以前から感情を出す子であったが、負の感情だけは隠しているように感じていたのだ。
今では負の感情――鏡華に対する嫉妬みたいな感情を特に見せていた。とは云っても真っ黒と云うわけではなく、さっきみたいな感じでだが。
きっかけはきっと三ヶ月前の最後の戦い、その最中で感情をぶつけあった鏡華との戦いだろう。あの戦いがあったから響は自分でも気付いていなかった感情に気付き、隠す事なく吐き出す事が出来るようになった。
未来はそれを好ましく感じていた。隠しているよりちゃんと言葉や態度で示し合えば、ちゃんと気持ちを確かめ合えるから。
「……えへへ」
「どうしたの響? 突然笑い出して」
「こうして未来を抱き締める事が出来て嬉しくてねぇ〜」
「……もうっ」
「遠見先生の前だと余計に!」
「えいっ」
「み、未来が殴った!?」
こういう余計な一言が入るようになったのは頂けないが。
まあ、それでも。
響の想いはじんわりと胸を暖かくしてくれるので嫌いではなかった。
「うぉーい。イチャコラすんのは構わないけどよー、
鏡華の呼び掛けに我に返った二人は慌てて鏡華を追い掛ける。
繋いだ手は離さず、二人で一緒に走る。
未来は今の世界が一番大好きだった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
――ミスったデス。
それが現時点、切歌が思考の中で一番に考えている事だった。
隣には調。まあ、これはよしとしよう。いなかったらイガリマってやるデス。意味が分からない? あたしもデス。
問題は目の前。と云うか目の前にしか面倒事がない。
「んぐっ? うぉまえらふふぁないの? ふっへぇぞ」
「いや、何言ってるか全然分かんないデス」
「お前ら食わないの? うっめぇぞ――だって」
「何で調は分かるんデスか!?」
目の前には――天羽奏がいた。
ついでに対面する一人と二人の間には屋台で買った様々な食べ物が置いてある。
奏は敵意を向ける事なく、食事に意識を向けている。ちなみにすでに三つ目を食べていた。
ついさっきまで、切歌と調は祭りを楽しみつつ奏者達を見張っていた。そこまではよかったのだ。いつの間にか奏者達を尾行していた自分達を、尾行していた奏に気付くまでは。
気付いた瞬間、距離を取る間もなく攫われ(?)――結果、こうなっていた。
「まあまあ、せっかくの祭りなんだ。敵味方関係なしに食べようぜ」
「敵を前にしてのんびり食えるわけないデス!」
「まあまあ」「まあまあ」
「って、調まで!?」
さっきまでは学校側が配っていた『うまいもんマップ』を制覇しようとしていた切歌を頬を膨らませて睨んでいた調だったのに、捕まった途端、あっさりと食べていた。
「ジタバタしても始まらないよ切ちゃん」
「じー」
「ああもう、可愛いなお前らはー」
よしよしー、と調の頭を撫で回す。
されるがままに撫で回される調。抵抗するのか、腕を伸ばし――
「――だけど」
その手を奏が掴む。
腕を伸ばした方向には奏の胸が――もっと云えば、聖遺物のペンダントがあった。
「くっ――」
「悪いね。いくら可愛くても、ギアに触れさせはしないぜ」
「残念」
腕を解放されると、調はそれ以上追撃せずフォークを掴んで食べ物をつついた。
呆気に取られている切歌。
「ほら、えっと……キリちゃん、だっけ? 食わないとなくなっちまうぞ」
「切ちゃん呼ぶなデス! そう呼んでいいのは調だけデス!」
「オッケー、んじゃ切歌で。ほらほら」
「……もう、好きにするデス」
これ以上抵抗しても意味がないと悟った切歌。
悪いようにはされないだろう、と諦め、まだ食べていなかった食べ物に手を伸ばした。
「にしてもずいぶんと無計画だなぁ。そんな程度の変装じゃあ見つけてくださいって云ってるみたいだぞ」
「あなた以外には見つかってない」
「まあな。まあ、何が目的であれ、他の面子にバレない限り、あたしは黙っといてやるよ」
「……どう云う魂胆デスか?」
「別に? 強いて云えば、そうだな――笑顔だったから、かな」
――笑顔?
鸚鵡返しに聞き返しながら、こてんと首を傾げる。
「尾行してた時、切歌は美味しいもの食べて嬉しそうだった。調はちょっと切歌を睨んでたけど時々笑みを漏らしてた。二人共楽しんでいて――そうだな、恥ずかしい話、自分達の昔を思い出したんだ」
後ろに植えてある大樹に凭れ、未だ新緑の葉に遮られた青空を見上げる奏。
「正直、ここで二人を捕まえる事も出来た。でも、楽しそうな顔を見てそんな無粋な考えもどっかに飛んでっちまったみたいだ。だから、二人には楽しんでほしいな」
邪心のない純粋な笑みを見せられ、切歌と調は思わず呆けてしまう。
敵だと分かっているのに、ここまでされると本当に敵かと疑ってしまう。当然、次に会えば敵同士だけども。
その時、風に乗って「奏〜?」と呼ぶ声が聞こえた。
ギクリ、と身体を強張らせる。
「おっと、時間みたいだな。んじゃあたしはここらでドロンっとさせてもらうぜ。っと、時間があればステージに来いよ。楽しめるはずだからさ」
「仲間に教えないの?」
「言ったろ、楽しんでほしいって。年上の好意は素直に受け取っときな」
「……次会った時は、敵同士デス」
「おう。でもあたしは敵ってよりも――仲間がいいな」
じゃあな、と言って奏は大樹をいきなり昇り始め、切歌達から視線を外させるように翼に抱きついた。
まるで台風みたいだ、と云うのが二人の共通した天羽奏に対する感想だ。
「でも、少しだけ楽しかった」
「否定出来ないのが、何となく腹立つんデスけど……まあ」
「変な人だったけど」「変な人だったデスね」
重なる声と声。
直後に「くしゅん!」とくしゃみをする音が聞こえた。
ちょっとした反撃が出来たみたいで、切歌と調は顔を見合わせ思わず笑ってしまう。
「仕返ししてやったデス」
「噂をすればなんとやら。かもねぎだったけど、ちょっと良い人」
「敵デスけどね」
「楽しそうだな。切歌、調」
――と。楽しんでいると、背後から自分達を呼ぶ声が。
声の調子からしてオッシアだ。振り返りーー
「――――」
「――誰、デスか?」
まったく知らないどこの誰さん? がいた。
Vネックニットに踵まであるニットジーンズを身に纏い、首にマフラーを巻いた――“女性”がいたのだ。黒の長髪にサングラスを掛けている。
だけど――
「ふむ、お前達にもそう言われるのなら変装は成功だな」
「そ、その声……まさか――」
「――オッシア、なの?」
呆然と呟く二人。
眼と口許はサングラスとマフラーで見えないが、絶対に笑っているのが分かった。
「ああ、“女装している”から声音も変えた方がいいな。――どうかしら?」
「――ッ!?」「ッ――!?」
ちょっと高めに言っただけでテノールだった声がアルトになった。
ここまで変化させられる事に、また、変化したオッシアに、切歌と調べは愕然として、オッシアが肩を揺らすまで我に戻る事はなかったのだった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
観客が面白そうに笑う中、弓美と詩織、創世はコスプレしてステージ上で歌う。
タイトルは『現着ッ! 電光刑事バン』。
一世代近い(響達の両親よりも少し上)前に放映されたテレビまんが「電光刑事バン」のテーマソングである。
当然、今の世代でこのテレビまんがを知る学生は少ないが、楽しそうに、また恥ずかしくてヤケで歌っているのが面白く、笑顔で見ていた。
一番が終わるといきなり音楽が止まり、ステージ横からてくてくと歩いて来る人影が。
「お、おやっさんっ!?」
「あら」
「いや、どうみてもトミー先生でしょ」
板場が驚いたように叫ぶ。ちなみにおやっさんとは主人公バンの先輩刑事で紆余曲折の末にバン自らが手に掛けてしまった衝撃展開を生んだキャラの一人だ。
ライトが当てられる中、おやっさん――もとい、おやっさんのコスプレをした鏡華はチューブラーベル(鉄琴を縦に並べたような打楽器)を引っ張ってきて、
―コーン
「えーっ!? 何で途中終了!? まだ二番歌ってないんですよ! 泣けるのにーっ!」
「……ふっ」
「笑った!? おやっさん今笑ったでしょ!!」
「死んだ身がこれ以上の出番は不要。そこなお嬢さん、後の司会は任せたよっ」
「あっ、こら遠見先生! おやっさんはそんなキャラじゃない! もういっぺん『電光刑事バン』を見直せー!!」
怒るとこそこか、と敵役の置き引きカマキリのコスプレをした創世は思ったが、舞台裏に引っ込んだ鏡華を弓美が追い掛けて行ったので、ノワールと云う露出気味のコスプレをした詩織と共に笑いをあげる観客に一礼して追い掛けた。
拍手がやむと司会担当の女子生徒が登壇する。
「楽しい同好会の三人でした! では次はっ、なんと今をときめく歌姫とのコラボ! 二年生、風鳴翼さんと、一年生、小日向未来さんのユニットだぁー!」
わぁっ、と盛り上がる観客。
出て来た翼と未来。いつも通りの翼と対照的に、未来は少し緊張気味に俯いている。
「緊張しているのか? 小日向」
「だ……大丈夫ですっ」
「上々。さあ――飛ぶぞっ」
「は、はいっ」
マイクを構えた途端、鳴り渡る曲。二人が歌い出した途端、観客の声は驚きに変わる。
タイトルは『ドラマティックラブ』。『電光刑事バン』同様、ファンを選ぶラブストーリー物のアニメのテーマソングだ。
しかし、アニメの内容を知らない学生や両親世代にはただのラブソングにしか聞こえない。それが翼と未来の歌声によって同性でもうっとりとしそうな“味”を出している。
今度は途中で止まる事なく曲が終わると、二人が腕を挙げた。
「金銀財宝、立場も誉れもいらない」
「欲しいのはただ――」
背中を合わせ、腕を伸ばした先、無造作に見えて――実はそこに鏡華がいた。
多分、彼は気付いてない。ただ届け、と願って、
「あなたの愛だけ」
重なり合う声。
まるで自分に向けられたような声音に、観客の心は奪われたように声をなくす。
「――――」
鏡華がいる客席とステージは距離がかなり空いていたので、彼が何かを言っても知る事は出来ない。
ただ、暗くても、遠くから見ても彼の顔は真っ赤に染まり、そっぽを向いているので真意は伝わっただろう。
頷き合った翼と未来は一礼して降壇する。
静寂が包まれる中、いち早く我に返った司会が登壇する。
「え、えー、迫真の言葉に思わず胸を撃ち抜かれてしまいましたっ。いや、同性もなかなか――はっ! 失礼しました!」
ちょっと危ない発言が出そうになるが、すぐに持ち直し、咳払いをしてから司会に戻る。
「で、では! 次も歌姫コラボ! リディアンで何故か知らない人はいないであろう元気娘! 一年生の立花響さんとツヴァイウィングの天羽奏さんだぁーっ!」
司会のハイテンションに乗ってるのか、登場した途端、「イエーイ」と盛り上がる奏と響。
観客はさっきとは打って変わった調子でも変わらず乗って来ている。
「楽しんでるかー! ちなみにあたしは楽しみすぎてうまいもんマップを制覇しちまったぞー!」
「何ですと!? 朝一番に半分以上回って先制を仕掛けてたのに負けた!?」
「ふふっ、甘いぜ響。学生は仕事があっただろ? だがあたしはこの日のためだけに歌姫の仕事を休んで――響が仕事をしている間に食べたのさっ」
「ぬあっ、し、しまったぁ〜」
歌を歌う事なく漫才を始めてしまう奏と響。ステージに四つん這いになって落ち込む響。
だが、それが観客達に笑いを呼ぶ。まあ、ステージから観客席に移動した未来は「何やってるの……」と頭を抱えていたが。
「さあ、食後の運動がてら楽しむぞ響ッ!」
「ああもう! 立花響っ、自棄食いならぬ自棄……自棄、うた……? 自棄歌、いきますっ!」
「決めてから言えよ! 曲名は『百花繚乱☆舞えよ乙女』! 盛り上がっていくぜぇっ!!」
合図と共に曲が始まる。
やはりハイテンションで選んだだけあり、曲もハイテンションな音楽だ。しかも途中で観客と一緒に歌える歌詞もあるので選曲としてはなかなかのものだろう。響も自棄っぽく歌ってるがまったく音程がズレる事がない。
ちなみにこの曲がテーマソングになったのは――言わずもがな、アニメである。アニメは万国共通、皆大好きだ。
「舞・え・よッ! 乙女ッ、百花繚乱ッ!!」
サビを高らかに叫び歌いきると、荒く肩で息をつく奏と響。
奏はライブの時と変わらぬテンションで歌ったし、響はこんな大勢で思い切り歌ったので彼女には珍しい緊張と疲労を受けていたのだ。
だけどやはり――
「全力で歌うと、やっぱ楽しいなぁ」
「本当、ですね……えへへ」
すごく楽しかった。
それは観客も同じだ。翼・未来ユニットとは対照的に今なお盛り上がっている。
奏と響は疲れても笑みを見せて降壇した。そのまま鏡華達が集まっている客席にやってきた。
「よっ、お疲れ。ほい水分」
鏡華が渡してきたジュースを受け取り、ストローで吸う。
「やー、歌った歌った」
「ふふ、お疲れ様、奏。立花と小日向も私達と比べられながらも、よく頑張った」
「歌ってる時はもう全力全開でしたから。全然気になりませんでしたよ!」
「はい。それにすごく楽しかったです」
「奏さん、翼さん。今度、皆でカラオケに行きませんか? もっと盛り上がりますよっ」
「お、いいね。あたしはいつでもオッケーだぜ」
「仕事の事を忘れないでくれ奏。私と奏は時間が合えば構わないよ」
全員でジュースを飲みながら、女子トークを続ける。
のけ者っぽくなった鏡華は、然してそう思わず次は誰かな、とステージに眼を向ける。
と、出てきた――押された? ――のはクリスとヴァンだった。
「ああ、次だったのか」
事情を知っている様子の翼。奏も面白そうに乗り出すように眺めている。
響と未来は、鏡華と同じく驚き顔。
「私立リディアン音楽院二回生雪音クリス及び、特待二回生夜宙ヴァンだ」
そんな三人に翼は少し前の事を話すのだった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
――まったく面倒な事に巻き込まれたな。
率直な感想を述べさせてもらえば、ヴァンはこう言いたかった。
正門から逃げるように引っ張ってきたクリスだが、どうやらまた例の“鬼ごっこ”をしていたようだ。こんな時までしなくていいだろう、と思いつつ一緒に逃げていると、クリスが翼とぶつかった。
まあ、それぐらいなら前回も同じ事をやらかしたみたいだったが、今回はそれが鬼に捕まる原因になってしまった。
鬼役――同級生に囲まれ逃げ場を失った。翼と、後から来た奏が事情を聞いてみた所、クラスメイトは勝ち抜きステージでクリスに歌ってほしい、と説明。クリスは何で歌わなければならないのか、と反論。
――雪音さん、前に楽しそうに歌っていたから。
クラスメイトの一言にクリスは赤面。翼と奏もしたり顔で頷き、自分に言葉を促していた。
で、結局、ヴァンも乗ってしまいステージまで連れてきたのだが、
「おい、何で俺までステージに出してんだ」
マイクを握っている事を忘れ、つい言ってしまう。言ってしまってから気付きバツの悪い表情を浮かべる。
ステージ裏で見ているクラスメイトはジェスチャーで「頑張れ」と伝えていた。
クリスは恥ずかしがって俯いている。と――
「頑張れー! おしどり夫婦〜!」
茶化す訳ではないが、応援のつもりでもない声援。眼を凝らせば、送っていたのは以前会った翼のクラスメイトだ。
ただ――ヴァンとクリスは恥ずかしがる事なく、難しい顔をしていた。
「あれ……? 無反応?」
司会が思わずと云った様子で呟く。
それをマイクが拾い、会場全体に届けられる。
「いや、だって……」
「……なあ」
クリスとヴァンは淀む事なくはっきりと言う。
「だってヴァンは――」「だってクリスは――」
「あたしの未来の旦那だし?」
「俺の未来の嫁だが?」
はっきりと――
硬直する観客――否、会場のほとんど。硬直しなかったのは精々いつも近くで見せつけられている響、同じくらいラブってる鏡華、翼、奏、未来ぐらいだろう。分かっているだろうが――奏は腹を抱えて爆笑を堪えている。
ふぅ、と溜め息を吐き、ヴァンはマイクを下ろす。
「仕方ない。据え膳やらはなんとやらと言うしな――やるか」
「歌うのか? ヴァン」
「生憎と俺は戦闘以外では歌う気はないんでな」
ステージ裏で固まっているクラスメイト達に近寄り、
「おい」
「……ひゃい!?」
「ヴァイオリン」
「へ?」
「ヴァイオリン、用意してくれないか?」
「あ……う、うん!」
言われた通り、小道具として置いてあったバイオリンを急いで持ってくる。
マイクと交換したヴァンは、ブレザーを脱ぎ捨てネクタイを外して楽な格好になってステージに戻ってきた。
バイオリンを持ってきた事にクリスは少し驚く。
「もう辞めたんだと思ってた……」
「俺を誰だと思っている。バイオリニスト、雪音雅律の弟子――夜宙ヴァンだぞ」
「ったく――パパの弟子ってなるとずいぶん調子に乗るんだな」
「当たり前だ。雅律さんの弟子という
「ははっ、じゃあ期待させてもらうぜ」
マイクを通さずに語り合い、クリスは前を向く。すでに羞恥や緊張の色は見えない。
音量を落とした曲が流れ始める。
――これなら、何とかなるな。
一呼吸置いて、ヴァンは弦に弓を添え――弾いた。
途端に曲の印象が生まれ変わる。穏やかな音に優しい音色が加えられ、曲により深みを与えていく。
素人とは思えない旋律にざわついていた観客が一斉に口を閉じ静寂を生んで音色に耳を澄ます。
「おいおい、あいつ、あんな特技持ってたのか……!」
初めて知った鏡華達も驚く。思わず眼を閉じて聞き入ってしまう程上手い。
クリスも聞き入りながら、口を開く。
「――〜♪」
段々と聞こえてくる歌姫の歌声。
それがまた観客の心を揺り動かした。
恥ずかしがっていた最初とは打って変わり、Aパートのサビに入る頃には身体全体を動かして表現する。
誰もがクリスの歌声に魅了され、一言も発する事が出来ない。
――ああ、楽しいな。
歌いながらクリスは眼を細める。
自分は今でもこんなに楽しく歌を歌えるんだ、と。
忘れていた自分の気持ち。だけど、きっと心には塗り潰される事なく大切に保管されていた感情。
ヴァンを見る。片目を開いていたヴァンは頷くように高らかにバイオリンを演奏する。
ああそうか――ここはきっと、あたしがいたい場所なんだ。
最後まで歌いきる。ヴァイオリンの余韻が消える前に、観客は立ち上がっていた。
スタンディングオベーション(観客による最大限の謝辞)。それがクリスとヴァンに贈られた。
見れば、鏡華達まで立ち上がって自分達に惜しみない拍手を贈っている。
ヴァンとクリスは思わず顔を見合わせ、笑みを浮かべるのだった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
勝ち抜きステージ。優勝は満場一致でクリスとヴァンになった。
照れて顔を俯かせるクリスとそっぽを向いて髪を掻くヴァン。
「さぁ! 新チャンピオンに挑戦する人はいるかぁ!? 飛び入り参加でもいいですよぉー!」
司会の声に誰か挙らないか、と観客は見渡す。
だが、なかなか挙らない。当たり前だ。あんなに心に響く歌だったのだ。気後れもする。
しかし――その中で唯一挙げられる細腕。
立ち上がるは――
「チャンピオンに」
「挑戦デぇス!」
「……やれやれ」
フィーネに属する調と切歌ーーそして、妙に顔を隠す誰さん? だった。