戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー   作:風花

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Fine3 泡沫で儚い、故に貴き場所Ⅳ

『――んじゃ、ここに秋桜祭開催を宣言する。今日一日、目一杯楽しめっ』

 

 放送によってリディアン全域に伝えられた実行委員と顧問の鏡華の宣言によって秋桜祭は幕を開けた。警備員は既に配置され放送を合図として正門を解放する。まだ朝も早いので外から来る客は少ないが、時期に来るだろう。

 放送を担当していた実行委員の生徒達を送り出し、鏡華はスケジュールが記されたガイドマップを取り出して予定を確認する。

 午前中はステージなど発表会みたいなものはない。午後から飛び入り参加有りの歌唱大会が開催が予定されている。一応、担当していたが司会進行役はいるので丸投げして任せている。

 夜中は後夜祭として定番の片付けも含めたキャンプファイヤーを囲んだフォークダンス。火を扱うので近隣の住民には事前に伝えてあるが、もしもの場合のために警護は強化してもらっていた。

 

「さて、と予定も確認した事だし……うちのクラスのでも行ってみるか」

 

 全ての予定も確認しガイドマップを懐にしまった鏡華はその足で自分の、響や未来達が準備している食堂へ向かう。

 食堂の半分を借りて、もう半分は普通に営業してる。

 まだ開いてないかなぁー、と云う気分で扉を開けて入ると――

 

「お帰りなさいませー! ご主人様っ」

 

 見目麗しい少女達が純白と漆黒が映えるフリフリの服――メイド服を着て、眩しい笑顔で鏡華を出迎えた。

 どうにも「ご主人様」と呼んだ語尾にハートマークが見えたような気がする。

 思わずバタンと扉を閉めてしまった鏡華は悪くない。――ええ、悪くないですとも。

 深呼吸を繰り返し、いつもの自分に戻った所でまた開けて、

 

「お帰りなさいませっ、ご主人様っ!」

「ただいまーっ! ――っておかしいだろぉっ!!」

 

 今度は「お帰りなさいませ」にもハートマークが付け加えて出迎えた。

 鏡華もちょっと乗ってみたが、思わず本音が漏れていた。漏れていたと云うより――叫んでいたのだが。

 懐に入れていたはずのガイドマップも真下に叩き付けていた。

 

「コスプレ喫茶なのに何で全員メイド服なんだよ! 他のコスプレはどうした!?」

「予算オーバーでメイド服と執事服、チャイナ服とゴスロリバニーしか作れませんでした」

「地味に多い! それで予算オーバーとか言うなし! って云うかメイド率高いなっ」

「この時間帯はメイドタイムなんです。後は自前でスクール水着を用意しました!」

「よし、すぐにスク水は教室に片付けてこい。何でか食堂のおばちゃんが俺を見る視線が痛いから!」

「えー? もう着ちゃってる子もいるんですよー」

「なん、だと……?」

 

 絶句しているが時既に遅かった。

 スタッフルームに「遠見先生来たよー」と別の女子生徒が呼ぶと、おずおずと出てくる女子生徒二人。

 胸元には「立花」と「小日向」と書かれている。つーか響と未来だ。

 

「チェンジで」

 

 二人の姿を眼にした瞬間、鏡華はヘッとした顔でカメラ目線で即答で言った。もちろんカメラなどないが。あったら確実に粉砕している。

 

「わっ、即答すか!?」

「ったりめぇだろ! 特にお前ら! 大盛りと上並盛りなのにスク水なんか着んなや!」

「大盛り?」

「上並盛り?」

 

 首を傾げる二人だったが、すぐに自分の胸だと気付く。

 

「遠見先生、変態です!」「鏡華さん、えっちです!」

「何でだよ! あ、こらそこ胸に手を当てながら俺を睨むな!?」

「もういいよ。響、着替えよっ」

「あ、み、未来っ?」

「胸が大きいと似合わないみたいだし」

 

 響の手を取ってスタッフルームに戻ろうとする未来。

 鏡華はそっぽを向いて止めない。

 ただ――

 

「……似合わない訳じゃねぇよ」

 

 そっぽを向いてポツリと呟いた。髪に隠れた頬が少しだけ赤かった。

 それを未来は聞き逃さない。ほんのりと頬を赤らめて着替えに行くのだった。

 

「ほら! てめぇらも露出の高い服は禁止だ! 着ていいのはメイド服と執事服、チャイナ服だけ! ついでに入り口と店内に撮影禁止の張り紙も貼っとけ!」

「はーい」

 

 パンパンと手を叩きながら叫ぶ鏡華に、女子生徒は楽しそうに指示に従う。

 どうやら、彼を困らせたかっただけらしい。

 一番端の席に座る。暫くしてメイド服を着込んだ響と未来が出てきて、緩む頬を隠すため、鏡華は溜め息を吐くのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 昼に差し掛かった時刻。入場者はようやく増え始めてきた。

 続々と正門から入ってくるのをヴァンは正門に凭れて見ていた。

 女子校の祭りなので男ばかりかと思っていたが、案外そうでもなく女性だけやカップル、家族連れも来ている。

 

「ヴァン君」

 

 ヴァンを呼ぶ初老に差し掛かっている警備員。しかし侮る事は出来ない。その歳で警備員を続けているだけあり実力はそこそこのものだ。何度か模擬戦を頼んだ事があったが、勝てた試しがない。

 悔しくて最近は敬語もなく話しているが、警備員はヴァンを孫のように扱ってくるのでおあいこだ、と考えている。

 

「何だ?」

「警備はもういいよ。君も年に一度の祭りなんだ、楽しんできなさい」

「別に。今は予定もないから好きで警備(こっち)をやってるんだ。あんたこそ朝から立ちっぱなしなんだから休んだらどうなんだ」

「ハッハッ、若いもんにはまだまだ負けんさ。それに、君みたいな子はもっと楽しい事を知るべきだよ」

「ちっ……どいつもこいつも子供扱いする――」

「そりゃ当たり前だ。ヴァン君はまだ子供なんだから」

 

 買い出しに行く女子生徒を手を振って見送りながら、警備員は続ける。

 

「大人と混じって仕事に励もうと、ヴァン君は子供だ。早く大人になりたがっているが、逸る必要は必要はない」

「別に逸ってなどいない。ただ独りである程度出来るようになりたいだけだ」

「それなら余計子供であるべきだ。子供でなければ大人は何も教えてくれないからね」

「…………」

「さあ、分かったら行ってきなさい。楽しむ事も勉学の一つだ」

「――ったく、分かった分かった」

 

 はあ、と深く溜め息を吐いたヴァンは投げ遣りにそう言って壁から離れる。

 しかし、それでもその場から動かなかった。

 

「どうしたんだい? 今ならステージでも……」

「行くさ。ただ、同行者が来ないと俺も動けないんだ」

「……ああ、クリスちゃんか。そうだったね」

 

 警備員も思い出したように納得する。クリスとはヴァンを迎えに来る度に話していたので知っていた。

 暫く待っていると、クリスがこそこそと隠れるように、しかし慌てて正門まで来た。

 

「どうした? クリス」

「説明は後だ! 急いでこっからズラかるぞっ!」

「おいっ?」

「ほっほっ、楽しんできなー」

 

 クリスに引き摺られるように連れて行かれるヴァン。

 警備員は笑顔で二人を送り出すのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

「――よし。夜宙ヴァンはいなくなったな」

 

 ヴァンがクリスに引き摺られて正門から離れるのを、建物の屋上から盗み見る人影。

 ある程度離れたのを確認すると、手許の通信機のスイッチを入れた。

 

「それじゃあ切歌、調。予定通り普通に入っていい。俺は後から入るが、合流するまでは自由時間だ。奏者にバレないように楽しめ。だが大袈裟に隠れようとするな」

『了解デぇス!』

「……調、切歌のブレーキ役、頼むぞ」

『うん、分かった。切ちゃんは私が止める』

 

 通信を切り正門を見つめる。数十秒見続けると、切歌と調が初老の警備員に手を挙げて入ったのを確認した。警備員を兼任しているヴァンがいない事は幸運である。いくら変装しても奴ならば見抜く予想がついていた。

 ――尤も、あんな急拵えの変装を変装と呼んでいいべきか。

 調は昨日のように髪型を三つ編みにして眼鏡を掛けさせた。切歌に至っては眼鏡とたぬたぬパーカー(狸の耳が付いたパーカー。ワゴンセールにあった)を着せただけである。

 昨日の今日なのだ、オッシアでも用意出来ないものは用意出来ない。

 立ち上がり、刹那に“校舎の屋上に降り立つ”。

 

「さて、合流すると言ったが――俺はどうするか」

 

 切歌と調の変装を考えて自分の変装までは考えていない様子。

 秋桜祭を楽しそうに回る切歌と調を見守りながら、オッシアはその場に胡坐を掻いて考えるのだった。

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 クラスメイトの好意で午前中だけで担当を外れ、翼は奏とのんびりと敷地内を巡っていた。

 正直、こう云う祭りに参加するのは久し振りだ。当事者となったのは初めてだ。昔は奏と鏡華の三人で一度か二度くらい祭りに遊びに行った事はあった。防人と云う肩書きはあったがまだ子供、特に予定もなかったのでずいぶんと楽しんだのは未だに記憶に残っている。

 

歌姫(うため)になり始めてから行く機会などなかったが……」

「そうだなぁ。忙しくてお祭りの存在自体忘れてたよな」

「うん。でも、それが凄く楽しくって。私は歌っている時はいつもお祭りみたいだった」

「あはは、まったくだ」

 

 翼の言葉に同意しながら冷凍うどんを啜る。

 冷たいうどんなのだが、何故か美味しい。

 

「それより翼もなんか食ったら? 結構いけるぞ」

「うーん……気持ちだけ食べておくよ」

「そんなんだからそんなんなんだぞ?」

「どう云う意味だっ」

 

 吠える翼。

 以前からやはり気にしている様子である。

 

「そんなんだから胸がそんなんなんだぞ」

 

 今度は主語を入れて言っちゃう奏さん。

 うがーっとまた吠える翼。ははは、と奏は笑って受け流す。空になった食器をごみ箱に捨てて翼に抱きつく。

 

「な、何のつもりの当てこすりだ」

「まあ、あたしは今の翼の胸が好きなんだけどな」

「うぐっ……! 何を言うかと思えば」

「やー、この手に収まるジャストフィット感がまた何と云いますか」

「ひゃあっ!? こ、こんな人の眼がある場所で揉まないでっ!」

 

 後ろから胸を揉む奏を気合一発、どうにか投げ飛ばす翼。奏は器用に空中で体勢を整えると足で着地した。

 

「か、奏は相変わらず意地悪だ……!」

「なら翼は相変わらず恥ずかしがり屋だ」

「のくせに、自分がされると恥ずかしがり屋になる奏」

「……さぁーって、そろそろステージが始まる時間だし、行きますかね」

 

 うーん、と身体を伸ばして時間を見ながら歩き出す。

 話を逸らしたのは明らかである。

 そんな奏を見て、翼は――

 

「……えいっ」

 

 鍛え抜いた歩法で音もなく近付き、背中に頬を当てて両腕を腰に回す。その際、掌は開いて胸を掴むように――いや、掴んだ。

 

「わひゃあーーっ!?」

 

 蒼い空に泳ぐ白雲。そんな清々しい青空に、

 奏の珍しい可愛らしい悲鳴が木霊するのだった。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪~

 

 

  ―疾ッ

  ―破ッ

 

 空気を破るように一直線の突き。

 突き出した拳を引き戻しつつ次の構えに移行。

 

  ―疾ッ

  ―疾ッ

 

 架空の近接武器を片腕で防ぎつつ、もう片腕で敵の胸を貫手で貫く。

 ――避けられる事を想定。即座に防御に移行。

 倒した想定はせず、必ず全ての攻撃を防ぎ避けられると考える。しかし自分はかなりのダメージを負っている。

 イメージ相手は病院で戦ったあの黄金の剣を持つ騎士。自分はよろいを纏わずに戦う。あの時はたまたま“運が良かった”だけであり、今度もそう上手くいくとは思えない。

 だから日向は続ける。もう失いたくない一心で。

 

「――はあッ!」

「精が出ますね」

 

 最後の一突きを放った時、背後から声を掛けられた。

 振り返れば車椅子をマリアに押されたナスターシャがいた。

 

「マム」

「ですが、そろそろ休憩を取りなさい。いくら鍛錬を頑張った所で本番で疲弊しては元も子もありません」

「はい、分かりました」

 

 姿勢を正し、一礼して鍛錬を終える。

 マリアがタオルと緑色の液体が入ったコップを渡す。

 

「お疲れ様、日向」

「うん」

 

 タオルを剥き身の肩に掛けて、液体の色に気付かないまま一息に呷った。

 ――即座に吹き出した。

 もちろん誰もいない方角にだ。

 

「ひゅ、日向ッ!?」

「げほっ、げほっ……! まっず……!?」

「マ、マム! 日向に何を飲ませたの!?」

「青汁入れたのあなたですかっ、マム!」

 

 未だ咳き込みながらナスターシャに向かって叫ぶ。

 そんな当のナスターシャは口の端をわずかに歪めている。

 

「ふふ……やはり不味いものなのですね。ごめんなさい、他人の反応を知りたかったの」

「酷いや……」

「えっと……」

 

 日向が未だ持っていたコップを取り、マリアは底に残っていた青汁をちびりと飲んでみた。

 

「――ッ!?」

 

 数滴かそこらなのにコップを落とすマリア。

 心なしか顔が蒼褪めているように日向には見えた。

 

「――ッ、――ッ!」

「ああっ、マリアってば! 興味本位で飲んじゃ駄目だよ!」

「あ、ああ……セレナがそこに……見える気がする」

「それ幻影です! ああもう! マムのせいだからね!」

 

 マリアをお姫様抱っこしてエアキャリアに戻る。

 すれ違った時、ナスターシャが笑っているように見えたが、振り返らずに進む。

 ブリーフィングルームに入り、オッシアが常備している水をほんの少し分けてもらいマリアに飲ませる。

 

「…………はっ。私は何を……?」

「正気に戻ってくれて何よりだよマリア」

「日向……? ……ひゃあ!?」

 

 自分が抱きかかえられている事に気付いたマリア。

 慌てて日向から離れる。

 

「ああ、ごめん。ちょっと急いでたから……嫌だったよね」

「そ、そう云う訳じゃないのよ! えと、その……そう! 正気に戻ってすぐだったから驚いただけよ!」

「……そっか」

 

 にっこりと微笑む日向。

 そんな彼の顔を直視できず視線を逸らすマリア。自分の顔が火照っているのが嫌でも分かる。

 もう一つ理由はある。日向が上半身裸だからだ。

 別に何年も前から彼の裸は見た事があったが、ここ最近は見ていなく、ここまで鍛えられた肉体になっているとは思わなかった。

 

「にしても驚いたよ。マムがあんなドッキリをやらかすなんて」

「ええ……驚いたけど、昔みたいな一面で、嬉しかった」

「そうだね。……オッシアさんが一枚噛んでそうだけど」

「確か、あの苦い飲み物を用意したのもオッシアって言ってたわね」

 

 オッシアが来てからフィーネは変わったと云ってもいい。食事事情もそうだが、何より雰囲気が変わった。

 まあ、一部を除いてだが。日向が抱えている後悔も、ウェルの存在も、変えられないものはいくらでもある。

 

「ところで、日向は行かなくてもよかったの? 別にオッシアでなくとも日向がいればバレる心配はないはずなのだけれど……」

「……うん。オッシアさんに任せられるのなら僕はオッシアさんに頼りたい。今はあの街に行きたくないんだ」

 

 わずかに俯いて虚空を見つめる日向。

 そんな顔を見せられては、マリアは何も言えなかった。

 それに加えてズキン、と胸が痛む。何故かは分からない。でも、彼の寂しそうな表情を見ると胸が苦しいのだ。

 

「それに、僕まで行ったらマリアが独りぼっちだろうし」

「……――はあっ!?」

 

 突然の言葉に思わず素っ頓狂な声をあげてしまうマリア。

 日向は日向で「あれ? 僕変な事言った?」と首を傾げる始末。

 幼かったからとは云え、セレナの苦労が分かったような気がしてきた。

 

「どうしたのマリア? 突然こめかみを抑えて」

「何でもないわ。そう、何でもないのよ……」

「……? まあいいや。僕はもう少し鍛錬を続けるつもりだけど、マリアはどうする?」

「休んでいるわ。何かあれば呼んでちょうだい」

「ん、分かった」

 

 立ち上がり、部屋を出て行く日向。

 それを見送って足音が遠ざかるのを確認すると、深く息を漏らすマリア。

 オッシアの言う通り、普通の接していれば日向は大抵笑顔でいてくれる。鈍感にもとんでもない台詞を言ってくるのでこっちがたじたじになるが。

 

「私がしっかりしなくちゃいけないのに……」

 

 自嘲じみた笑みをこぼし、マリアは表情を引き締め立ち上がる。

 手に握り締めた欠けたペンダント。セレナが遺した聖遺物。

 

「セレナ……私に、日向を守れるかしら――うぅん、守るのよ。あなたが遺した意味、無意味にしないために」

 

 それはフィーネとしての覚悟ではない。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴとしての覚悟でもない。

 決して塗り潰される事なき――想いだ。

 

 そして、それは日向が秘めた想いでもあった。

 ――喩え全てを敵に回そうとも、この仲間達は護ってみせる。

 それが命を賭して救われた、音無日向の揺るぎない覚悟だった。


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