戦姫絶唱シンフォギアG ーAn Utopia is in a Breastー 作:風花
秋桜祭を前日に控えた今日。リディアンでは朝から生徒達が準備に勤しんでいた。
授業がないのでより集中的に準備が出来、昼前には大方のクラスの出し物は完成されていた。出来てない出し物も終わった生徒が手伝っているので作業スピードは格段に上がって着実に出来上がっていく。
「でさでさ。未来は遠見先生と回るんだよね?」
響達のクラスも食堂を借りた喫茶店の準備や不必要な物の片付けを終え、各自、自由行動に移っていた。響と未来、いつもの三人を合わせた五人は、試食も兼ねた紅茶とホットケーキを昼食として囲み、明日の予定を話している。
ちなみに一番食べているのは、当然響。
「うーん、どうなんだろ。あ、誤摩化してるわけじゃなくて、本当に決まってないの」
未来が鏡華と付き合ってる事を三人は既に知っている。もちろん一夫多妻(一男多女?)の付き合いをしていると聞かされた時は驚かれたが、現在は関係が良好なので然程気にしなくなっていた。
「弓美達は午前後半で、午後からステージに出るんだよね」
「まあね。アニソン同好会発足初めてのイベントなんだから張り切るわよっ!」
胸を張って宣言する弓美。隣では詩織はいつものように微笑み、創世は顔を赤く染めて俯いていた。
嫌、と云う訳ではないのだろうが、どうやら恥ずかしいみたいだ。
「そう云えば、立花さんと小日向さんもステージに出場すると係の人が言ってたんですが、本当ですか?」
「あ、うん。私は奏さんと、未来は翼さんとデュエットするんだ」
「ちょっと気後れするけどね、成り行きで出る事になったの。――ほら、ジャムついてるよ響」
話している間、未来はポケットティッシュを取り出して響の頬についたジャムを拭き取る。吹き終わると「ありがと、未来」と響は何事もないようにお礼を言う。
その光景に誰も突っ込まない。以前、仲が良いからと云って同じベッドで寝るのは度が過ぎているとツッコミを入れられても仕方ない、と云った事があったが、それは訂正される事になる。
響と未来の度が過ぎたスキンシップは既に――クラスメイト達の日常となっていた。きっと二人で一緒に寝ていてもツッコミなどなく、「あ、やっぱり」程度で済まされるだろう。
「はー、現役の歌姫とデュエットかぁ。アニメっぽくて羨ましいけど、正直あたしは遠慮するわね」
「ええ。足を引っ張らないか心配して緊張したら、本当に足を引っ張っちゃいますもの」
「その点、ビッキーとヒナは度胸あるよね。何か秘訣でもあるの?」
「秘訣? んー? 奏さんと歌うのに秘訣なんていらないと思うけど……強いて言えば、楽しむ心かな」
「おお……あの響がおっそろしく真面目な答えを返すなんて。明日は雨が降るのかしら」
「ちょっ、酷い!」
思わず笑みをこぼす未来や詩織、創世。
「でも、響の答えは間違ってないよ。奏さんや翼さん、歌を歌う事が凄く大好きで、どんなに下手でも楽しめればそれでいい、みたいな感じ」
「へぇー」
「少し前になるんだけどね、翼さんと鏡華さん、私と響で遊びに行ったの。その中でカラオケに行って、翼さん最初に何を歌ったと思う?」
未来の問いに響はにんまりとちょっとだけ悪そうな笑みを浮かべる。
弓美達は首を傾げ、三人共思い思いの答えを口にした。
三人の答えは間違ってない。ただ、最初に歌ったジャンルではないだけ。
答えが出揃った所で未来は答えを明かす。
「実はね、え――」
「私が何を歌っていたと?」
――と、その直前に後ろから声が掛かる。
響と未来は驚いて、弓美達三人も前を見ていたので気付くはずなのに気付けなかった事に驚いた。
振り向いて目の前にいたのは、
「つ、翼さん!?」
まあ、分かってた事だったが翼だった。
「ど、どうしてここに……?」
「なに、休憩でもしようと
「は、はいっ」
「私が何を歌ってたか、答えを出すといい。なに、心配するな。事実なのだから答えても私が鞘走る事はない」
――それ、絶対に怒るって事ですよねっ。
未来と響の心のツッコミがシンクロする。
ちらりと弓美達に助けを視線だけで送る。
――助けてっ!
――無理ッ!
――酷いっ!
アイコンタクトはコンマで拒否された。
そんな後輩を見て、翼は仕方なく溜め息を吐く事で矛を収めた。
「……ふぅ。冗談だ、そう真に受けるな」
「じょ、冗談にしては眼が本気でしたよ!?」
響の言葉を軽く受け流して、響の隣の椅子に腰掛ける翼。
詩織がティーポットを手にして「飲みますか?」と訊ねる。翼が「いただこう」と言ったのでちょうど余っていたカップに紅茶を注ぐ。明るいオレンジ色の液体が入ったカップを翼の前に置く。
「……美味しい。これを明日の祭りに?」
「はい。ギャルと云う種類の茶葉です。人によって匂いは変わりますが、私は花のような香りだと感じるんですが……」
「紅茶の種類は詳しくないが……うん、確かに良い匂いだ」
「ありがとうございます」
飾る事のない感想に詩織は嬉しそうに顔を綻ばす。
「ところで翼さん。奏さんは一緒じゃないんですか?」
響の質問。
翼は思わず苦笑をこぼしてしまった。
「あ、あれ? 私、おかしな事言いました?」
「そうではない。一昨日も雪音に同じ事を訊ねられたんだ。そこまで私と奏は一緒なのか?」
「うーん……何て云うか、翼さんと奏さんって二人で一人って感じがするんですよ。もちろん翼さんは翼さん、奏さんは奏さんなんですけど」
「私も響と同じです。翼さんと奏さんは、二人一緒が一番しっくりくるんですよね」
「……そうか」
二人で一人。二人揃ってのツヴァイウィング。
それが翼と奏の考えであり、それを他の人に指摘されるのは悪くない。
悪くない――のだが。時々、そう最後に続けてしまう事があった。
だけど、その先がどうしても浮かばない。今回もそうだ。
だから、一先ずは思考の隅に押し遣って響の問いに答える。
「奏は次の新曲の時に着る衣装の相談に、鏡華と一緒に行ってるんだ」
「もう新しい曲ですか!? 最近、どんどん出しますね。お金足りるかなぁ……」
「次――と言ってもまだ先の話だ。歌詞とピアノで作った仮の伴奏しか出来てないし、忙しいからな」
「どんなテーマなんですか?」
眼を輝かせて質問する弓美。
しかし、翼はすぐに答えず、紅茶で唇を湿らして、
「構成にやや不満がある――ラブソングだ」
まるで拗ねたように唇を尖らせて不満を言うように言うのだった。
~♪~♪~♪~♪~♪~
――クシュンッ
盛大ではないが、静かな店内には十分響くくしゃみをしてしまった鏡華。
店主が「冷房が効きすぎたでしょうか」と申し訳なさそうな顔つきで訊いてくる。
「いえ、問題ありません。誰かが噂しているんでしょう。ご心配をお掛けしてすみません」
笑みを浮かべて逆に店主に謝る。
店主は「そうですか」と言い、また相談に戻った。
「では、こちらの品はいかがでしょう。遠見様のご希望通り、動くのに裾やベールを持つ必要もございません」
「ふむ……」
鏡華が来ているのはウエディングドレスの専門店。事前に話を通し、次の曲で纏うドレスの相談を店主としていた。
鏡華としては別に店主でなくとも、ある程度知識がある人でよかったのだが、店側としては最近人気急上昇中のツヴァイウィングの衣装が自分の店で使われるかもしれないのだ。店主自らが相談に乗ってでも引き止めて自分の店の品を使わせて、客寄せにしたいのが本音だ。
もちろん、専門店としての意地もある。客の要望に的確に答え、最高の品を提供する。鏡華は知らないが、創業してから三十年、ずっとウエディングドレスに携わってきた店主は今かなり燃えていた。
店主が次に挙げたのは、胸元を強調するよう作られたホルターネックと呼ばれる赤いドレス。首と胸で服全体を支えているのが特徴だ。手元の資料に写っている女性は胸元にリボンを結んでいたりして綺麗の中にささやかな可愛らしさがあった。
「服を支えているのは首だけか……ほどける事はないんですか?」
「結ぶだけの品でもよほど軽く結ばない限り、ほどけることはありません。こちらは結ぶだけでなく目立たないホックも付いており、二重で留める事ようになっております」
「なるほど。……おーい、奏」
向こうで放置していた奏を呼ぶ。だが返事はない。
よく見れば、店に訪れていたカップル達に囲まれている。その手に持っているのは手帳とペン。
「しまったな。平日だからって過信してたわ」
「今から個室をご用意しましょうか?」
「いや、今引き剥がすのは得策じゃないと思うんですよ。私と奏はあくまで次の曲の衣装合わせで来ています。もしかしたら勘違いする方もいるかもしれませんし、今は彼女のアドリブに期待しましょう」
「なるほど。では、試着など最終的な決定はまた後日、と云う事で」
「すみません。それでお願いできますか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。では、今のは候補としておきます。別のドレスをいいですか?」
久し振りの上客に店主は満点の笑みで答える。
店主が薦めてくるドレスや記事を鏡華は公私半分ずつの気持ちで見ていた。
仕事の衣装を考えながら、いつか着せられる事を夢見ていた。
「んー……候補もありすぎたらいかないし、後は、エンパイアラインとプリンセスラインのどっちかで決めるか。この二つでこう、胸元をちょっとはだけるって言えばいいかな……こんな感じにするとしたらどっちがいいでしょう?」
携帯端末では小さかったのでPC端末を取り出して、保存されているツヴァイウィングの写真を見せる。以前、『逆光のフリューゲル』のCDジャケットにするために撮った写真である。二人いるので分かりやすく奏の胸元を指差す。
「そうですね……
「ほほう。一応、窺う前にちょっとだけ調べたんですが、プリンセスラインの物が一番人気なんだそうですね」
「ええ。プリンセスラインは日本人の体型を非常に美しく、可愛いらしく演出してくれるウエディングドレスです。背が低い事やぽっちゃりとした体型の方でも似合うと定評されています。また、胸元やスカート部分の刺繍、素材の重ねトレーンなど、バリエーションも豊かです」
資料の衣装も人それぞれの個性が出ている。
万能ドレスだな、と思いながらエンパイアラインも見る。
「エンパイアラインも捨て難いのですが、お客様の背と胸部の事を考えると……」
「ああ、そうですね。確かに一理あります」
エンパイアラインは他のドレスと比べるとスリムで背を高く見せる。また、バストアップ効果もあるので初めから身体のスペックが高い奏が着れば、ちょっと露出や威力が強くなってしまうかもしれない。露出が強くなるのが分かって敢えて選択する鏡華ではない。
それに、奏だけを目立たせるわけにはいかない。奏の美しさに加えて翼の凛々しさも魅せなければならないのだから。
「じゃあ、候補はこの二つで。次回は決めるのと装飾をお願いします」
「かしこまりました。またのご来店をお待ちしております」
互いに頭を下げ、鏡華は奏を迎えに行く。
「奏ー、終わったぞー」
「おー、っと。それじゃあ、これからもあたしと翼のツヴァイウィングをよろしくなっ」
全員分のサインを仕上げ、鏡華の許へ近寄る奏。
店を出る前に振り返ると、
「そうそう忘れてた。早いと思うけど――結婚おめでとう!」
満面の笑みで、店内にいたカップル全員に祝福の言葉を伝えた。
ただ、やはり恥ずかしかったのか、言った途端足早に店を出て行ってしまう。鏡華は苦笑してカップル達に目礼すると奏を追い掛けた。
――おめでとう、か。自分は叶わないかもしれないのにな。
「――ッ?」
不意に。
そう、本当に不意に。
声が聞こえた。蔑むような声音。
振り返っても何もない。内と外を隔てる不透明なガラス。自動で動くガラス。
内と外を隔てるガラスは当然の如く視界だけでなく声も妨げる。
だから――聞こえない。聞こえないはずなのに――聞こえた。
「鏡華ー? 早く帰ろうぜー」
遠くから奏が自分を呼ぶ。
ああ、と返事をして鏡華は止めていた歩みを再開した。
きっと空耳だったのだろう。だけど――
空耳であろう声はいつまでも脳内に残り、
蔑む声は、しかし――悲しそうな声音の余韻を響かせていた。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
武装組織フィーネの食事はシンプルかつ質素だ。だけどF.I.S.から離反したフィーネのメンバーにとっては最高の食事である。
三食全てに視察や時間が空いた時などに釣ってくる魚を使っているが、オッシアの工夫で同じ調理方法の食事が連続で出来る事はあまりない。今日は魚を煮込んでダシを取ったスープに焼きそばの麺を入れたラーメンもどき。
乾燥わかめとハムを入れて五人分のお値段、約三百円前後。
「激安デぇス!?」
「切ちゃん、ほっぺにわかめ付いてる」
オッシアの算出した昼食の値段に切歌が驚きの声をあげる。そんな切歌の頬に付いたわかめを取って自分が食べる調。
その場にはマリアと日向、ナスターシャもいる。ウェルだけは「考える事がありますので」と言って独りで部屋に籠って考え事しながら食べている。
「ありえないデス! ごちそうと同じ値段で皆一緒に食べる事が出来るなんて! オッシアは天才デスか!?」
「んなわけあるか」
「切ちゃん。喋ってると麺が伸びちゃうよ」
「おっと、そうでした!」
調の言葉に、切歌は慌てて麺を啜る。
ただ、慌てすぎてむせるわ、机や口回りに汁が飛び散るわ。
「ったく……てめぇに作法なんて――いや、なかったか」
「あはは……ほら、切歌ちゃん」
笑う日向はただで手に入れてきたポケットティッシュで切歌の口回りを拭いてあげる。抵抗せず日向が拭くのが終わってから「ありがとデス、日向!」とお礼を言って麺を啜るのを再開する。
「日向はともかく、マリアと調が作法知ってんのに何で切歌だけ作法を知らないんだ。お前だけ時代の違う人間か? 中世の人間か?」
「何言ってるデスか? オッシア」
「……何でもない」
またわかめを張り付けて訊いてくる切歌を見て、そっぽを向いて返すオッシア。
ちなみに、彼が言いたかったのは、中世欧州の宴会風景だったりするのだが、それを知っているのがオッシアだけ――ナスターシャなら知っているかもしれない――だったので通じなかっただけである。
余談として説明すれば、中世の宴会風景は、机に載せられた料理に我先にと群がり、ナイフを突き刺して肉を切り取り、手掴みでそれを取り上げ口に詰め込む。個人の皿はなくフォークもない。ナイフは自分で用意した物で、酔っぱらったらこれで宴会のメンバーと殺し合う。
――こんなものである。嘘だと思うが、本当の事だ。
全員が机に着席し神へと祈り、家長が「では、いただきましょう」などと言って始まる食事風景を普通は想像するのではないかと思うが、そう云う風景は飢餓と戦争から解放され、農業が進化した後、最近二百年程度の話なのだ。
閑話休題。
「まあ、これから覚えていけばいいか」
そんな事を言っているオッシアの手許には料理はない。
彼自身、食事はいらないと言っているのだ。
「ところで切歌、調。お前達、明日の潜入任務の事だが、何か作戦でもあるのか?」
「作戦、デスか?」
「こう、奴らに合わないよう変装するとか、奪う秘策とか」
「……」
無言は何も考えていないと取っておいた。思わず溜め息が出る。
あまりの無計画さに呆れた雰囲気を出すオッシアに切歌が慌てて口を開く。
「め、眼鏡を掛けるデスよ! これであいつらにはバレないデスよ!」
「眼鏡、ねぇ……日向君や?」
「あはは……似合うと思いますよ?」
笑うだけで答えなかった。関係ない事は答えた。
明らかに無理だと分かっている。
――いや、無理ではないか。
切歌と調の顔を知っているのは奏者で六人。その数でリディアンの敷地内を見張るなんて難しいし、そもそも六人とも“秋桜祭”を楽しむはずだ。こちらが目立つ行動をしなければ見つかる事も少ない。
「ったく……何で協力者のオレがここまで面倒を見るんだろうな」
「あなたがお節介だからじゃないの?」
「まったく……否定したいのに事実だから言い返せねぇなぁ」
立ち上がるオッシア。調の後ろに立つと、いきなり髪を弄り始めた。
しかし調は首を傾げるだけ。もぐもぐと麺を啜るのはやめない。
リボンをほどき、手櫛で軽く梳くと適当に髪を結ぶ。あっという間に三つ編みにすると、ポンと頭を撫でた。
「はい、出来上がり」
「……?」
「おおっ、調の髪型が変わったデス」
「ほんと、オッシアは何でも出来るわね。どこで習ったの?」
「別に、習ってなどいないさ。あいつらのを見ている内に――」
言っている間に、ハッとして口許を抑えるオッシア。
「何でもない。食べ終わった食器は水に浸けておいてくれ」
「あ、オッシア――」
マリアの言葉に振り向かず部屋を出るオッシア。
通路を歩いている間、オッシアは顔に手を当てていた。
「らしくない事を……変わったのか、変えられたのか――いや、元に戻ってるだけ、か」
くっくっと自嘲めいた笑みを漏らす。
ふと、意識を向ければ――見慣れた顔が浮かんだ。声が聞こえる。
「おめでとう、か。自分は叶わないかもしれないのにな」
思わず呟いていた。
ああ、と呟いてオッシアは歩き出す。
――ああ、キミの願い、叶えてやりたかった。
〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
オッシアが出て行き、マリアは日向に訊ねた。
「日向、私、悪い事言ったかしら?」
「いや、マリアは何も言ってないよ。僕達はオッシアさんの事をよく知らないんだから」
知ってるのは、男だって云う事。料理が上手な事。他に二つ、三つぐらいだけだ。
しかし、一番彼の事を知っているのはナスターシャだろう。
「彼を仲間に入れたのはマムだ。僕達よりオッシアさんの事を知ってるよね?」
「ええ。ですが、彼は時が来れば自分で教える、と言いました。私が教えるわけにはいきません」
「そう……」
ナスターシャの言葉にマリアは頷いて麺を啜る。咀嚼し呑み込むとまた満足そうに頷いた。
一先ず今は彼の素性がどうかは気にしないでおこう。しつこく聞いたら、ご飯作ってくれなくなるかもしれないし。
そう自己完結させて詮索をやめた。
「それより、切歌。エインズワースの事は吹っ切れた?」
「んー、正直まだ納得はしてないデス。調とも話したんだけど、やっぱり答えは出なくて」
「まあしょうがないよ。僕はその頃、実験実験、また実験の連続だったから関わりがないからエインズワース――夜宙さんがどんな人だったか知らない。けど、少なくとも悪い人じゃないと思うけどな」
「否定はしないデス」
「イメージと本人は全然違ってたけど」
確か、日向が覚えている限り、ヴァンからの手紙を一番楽しみにしていたのは切歌と調の二人だ。あの人達――ジャンとエドが持ってくるたびに引ったくるように奪っていたのを見ていた。
手紙は叛旗を翻した際持ってこなかったが、大事にしまっていたのを覚えている。
「あなた達、隠れてそんな事をしていたのですね」
「あ、やば」
「マムにも秘密だった」
本来、外界との接触は頑なに禁じられ――と云うか不可能に近かった。ジャンとエドが内緒で手紙を運んでいたのはナスターシャにも秘密だった。
眼光が鋭くなったナスターシャに日向とマリアが慌てて庇う。
「わあっ、秘密にしてたのは謝ります! ごめんなさいマム! だけど二人の性格が落ち着いたのは、あの手紙のおかげでもあったんだよ!」
「そ、そうよ! それに、今は敵同士! 切歌と調だって折り合いはつけてるわ! そうよね? 二人共」
話を振られ、こくこくと頷く切歌と調。
暫く眼光が鋭かったナスターシャだったが、二人の必死の説明が功を制したのか、「まあ、過ぎた事をとやかく言うべきではありません」と矛を収めてくれた。
ホッと密かに息を吐く日向とマリア。同じ事をした二人は互いに顔を見合わせ苦笑するように顔を歪ませた。
「手紙だけならば問題はありません」
「実は写真も入れた事が――もがっ?」
「駄目ですよ調!?」
どうやらこれで終わってはくれないようだ。
調がポツリと漏らしてしまった一言。
一度は矛を収めてくれたナスターシャが怒ったのは――まあ、当然の事だった。