せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ!   作:主(ぬし)

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雁おじが笑顔でハッピーエンドを迎える話があったっていいじゃない。皆にチヤホヤされたっていいじゃない。だって雁おじなんだもの。  みつを。


1−3 健康は毎日の食事から

港湾区画にて戦闘が起こる半日前

 

 

‡雁夜おじさんサイド‡

 

「私を助けてくれた後ね、バーサーカーがずっと頭を撫でてくれたの。頑張ったねって」

「アイツ、そんなことしてたのか」

「まるでテレビに出てくる正義の味方みたいに、かっこ良かった」

「ははは、アイツが正義の味方か」

「バーサーカーはね、ヘルメット脱いだらきっとイケメンなの」

「え?あ、ああ。かもしれないね」

「私ね、大きくなったら、バーサーカーと……すー」

「……アイツとは一度きっちり話をしておく必要があるな」

 

桜が寝息を立て始めたことを確認すると、雁夜は左手の令呪を見ながら静かに呟いた。

倒れてからずっと付かず離れず看病をしてきた成果なのか、桜の衰弱の進行は落ち着き、容態も安定してきた。しばらくは大丈夫そうだ。ほっと安堵の息をつき、バーサーカーが用意した冷たい水でタオルを搾り、額にそっと置く。「バーサーカー……」という小さな寝言に雁夜の口元がひくひくと痙攣する。いつの間にか雁夜は桜のことを娘のように考え始めていた。

 

(バーサーカー、ちょっと話があるんだが)

 

桜の件と今後の戦いのことを相談しようと、己のサーヴァントを念話で呼び出す。しかし、

 

「……バーサーカー?どこに行ったんだ?」

 

反応は返ってこなかった。階下に降りて厨房を覗いてみるが、綺麗に拭き上げられたお椀とこれから料理をしようと用意された調理器具だけが佇んでいるのみだ。バーサーカーは使用済みの食器類を持って降りたので、てっきり厨房で洗い物でもしているのかと思っていた雁夜は、己のサーヴァントの気配がすでに間桐邸にないことに今さらになって気付いた。桜に付きっきりだったせいで、バーサーカーの外出を察知出来なかったのだ。

途端、雁夜の背中を寒気が走る。

 

(まさかアイツ、一人で他のサーヴァントと戦うつもりか———!?)

 

言動では判断しにくいが、鎧に刻まれた膨大な傷の武勲と全身から滲み出る強者の風格を見れば、あの英霊がかつて武の頂点まで上り詰めた戦士であることは容易に想像がつく。雁夜が傷一つ負わせることも叶わない臓硯をたった一撃で殺したことがその証だ。他の英霊はまだ二体しか見ていないが、おそらく並大抵の英霊なら物の見事に切り伏せられるほどの実力を秘めているに違いない。にも関わらず雁夜が焦燥に狩られているのは、その二体の内の一体が原因に他ならない。

 

(遠坂時臣のサーヴァント———アレはやばい!危険過ぎる!)

 

使い魔を使って垣間見た黄金のサーヴァント。指先ひとつ使わず、造作もなく、それこそ羽虫を始末するようにアサシンを殺してみせたアーチャー。一目見て、格の違いを思い知らされた。いくらバーサーカーが強くても、何の対策もなしに戦いを挑むのは無謀だ。もしも初っ端からアーチャーとぶつかってしまえば、勝ち目は薄い。

刻印蟲に蝕まれた身体を引きずり、雁夜はバーサーカーを追走しようと玄関扉に走りより、

 

「ぐるる〜」

「おわっ!?ば、バーサーカー!無事だったか!」

 

ガチャ、と目の前で扉が開いた。たたらを踏んで見上げた先には、眩しい日光を背に漆黒の騎士が佇んでいた。雁夜にはその呻き声が「ただいま」と言ったように聞こえた。そのあっけらかんとした健在っぷりに、上下させていた肩をガクリと落として安堵する。

 

「お前、マスターに黙ってどこに行ってたんだ!?行動するならするで前もって教え———おい待てなんだそれは」

 

バーサーカーの両手にぶら下がったソレらを目にした雁夜の表情が固まる。それは、食料で一杯になった買い物袋であった。律儀にエコバッグを使用している。

 

「お、おまっ、これっ、なにしてっ!?」

 

顔面を激しく引き攣らせて汗を垂れ流す己のマスターに、バーサーカーは猫が獲物を魅せつけるように買い物袋を雁夜の目の高さまで掲げ上げる。「特売!」「採れたて新鮮!」「栄養満点!」というシールが貼られた食材がこれでもかと詰め込まれていた。ぐるる!と低く唸ったバーサーカーがえっへんと胸を張る。「これで美味いもん作ってやるからな!」と言っているかのようだ。

 

「ば、ば、ば、」

 

唇をわなわなと震わせ、雁夜は言葉にならない言葉で呻く。半端者の魔術師である雁夜も、魔術の秘匿は絶対の掟であることくらいは理解している。というか、そもそも戦争中にサーヴァントが呑気に買い物に行くこと事態がどうかしている。サーヴァントは霊体化していると現実の物質に触れられないので、買い物をするには実体化するしかない。ということは、バーサーカーはこのままの姿で買い物をしてきたということになる。誰に見られているかわからないし、他のマスターやサーヴァントから狙われたら一大事だ。もちろん雁夜と桜のためを思っての行動ではあるだろうが、非常識過ぎるだろ常識的に考えて。

雁夜の頭の中で驚愕と困惑とやり場のない怒りがグルグルと輪になって駆けずり回り、

 

「バター!!」

 

バターになって雁夜の精神と共に溶けた。奇声を上げてバタリと気絶したマスターを見て、バーサーカーは「うご?」と小さく首を傾げた。まったく可愛くなかった。

 

 

‡アサシンサイド‡

 

 

『どうした、アサシン。報告しろ』

「———は、はい。申し訳ありません。間桐邸には、異常は、ありません。ぐすっ」

『……そうか、わかった。これからも監視を怠るな。動きがあれば逐次報告しろ』

「心得ております、我が主」

 

涙ぐんだようなアサシンの湿り声に、念話の先にいる綺礼は一瞬だけ懐疑の色を声に滲ませたが、他愛ない聞き間違いと断じて切り捨てた。アサシンが泣くなど有り得ないのだ。……本来ならば。

雁夜の懸念は的中していた。言峰綺礼のサーヴァント、真名をハサン・サッバーハ。遠坂邸で脱落したように見せかけたアサシンの分身であり、間桐邸を監視する役目を負ったサーヴァントだ。バーサーカーの中の人はすっかり失念しているが、アサシンはその『気配遮断』のスキルを生かし、雁夜を含めた聖杯戦争の参戦者たちに日夜鋭い眼差しを向けていたのだ。

 

「うっ……ぐすっ……」

 

そんな彼が、泣いていた。髑髏の仮面の隙間という隙間からジョウロのようにダバダバと落涙し、ひっくひっくと背中を震えさせている。

 

「まさか、自分の英霊にお使いに行かせるようなマスターがいようとは……。いや、サーヴァントを使い捨てにする私たちのマスターも似たようなものか。バーサーカーの英霊よ、お前と私たちは似たような境遇にあるのだな……」

 

アサシンには、オツムの足りないバーサーカーがマスターにこき使われているようにしか見えなかった。およそ英霊に対する扱いとは思えないひどい待遇に晒されている同じサーヴァントの姿が、アーチャーの露払いのために使い捨てにされる自分たちと重なった。

同じように冷遇されているサーヴァントの背中が間桐邸の玄関に消えて行くのを何もせず見送りながら、一度鼻をすする。

 

「バーサーカー、今回のことは報告しない。どうせ報告しても我が主に鼻で笑われるだけだろうしな。……お互い敵同士だけど、頑張ろうな」

 

そう呟くと、アサシンはまた鼻をすすった。彼は暗殺者のくせに情に厚く、そして馬鹿だった。

 

 

‡バーサーカーサイド‡

 

 

うーむ。この家の冷蔵庫にろくなもんがなかったから外に調達に行ったんだが、帰ってきたら雁夜おじさんが硬直してそのまま昏倒してしまった。桜ちゃんの看病で疲れていたんだろう。

持ち前の筋力で雁夜おじさんの腰をひょいと抱え、客間の大きなソファに横たえさせる。うーんうーんと顔を顰めて唸っている。悪い夢でも見ているのかも知れない。よほど心労が溜まっているんだろう。気の毒に。

 

風邪を引かないようにタオルケットをかけてあげると、俺は買ってきた食料と洗いたてのエプロンを持って台所へ歩を向ける。

幸いなことに今日は商店街上げての緊急特売日だった。何でも、とびっきり美人な西洋人二人が訪れたため、その美貌にマイってしまった商店の店主たちが舞い上がって大安売りを始めたらしい。十中八九、アイリスフィールとセイバーだろう。あの二人のおかげで、全身に鎧を着込んだ俺が買い物に来ても「あの美人さんたちといい鎧の大男といい、今日は街でなんかイベントでもあるのかね?」と笑われる程度で済んだ。今は聖杯を狙うライバルだが、その点は素直に感謝しよう。

戸棚から鍋を取り出し、水を入れて火にかける。その間に材料を切って下ごしらえをおく。一人暮らしが長かったので料理の腕にはそこそこ自信があるし、ユーキャンで調理師免許を取ったので献立のレパートリーも広い。資格マニアでよかったぜ。

 

「うごごごごごご!」

 

あらゆる野菜がまな板の上で瞬時に切り刻まれていく。包丁がまな板を叩くスカカカカという音が射撃音のように連続し、寸分違わず同じ形・大きさに切り揃えられたナスやサツマイモたちが吸い込まれるように隣の鍋に滑りこんでいく。さすがにこんな神業はユーキャンでも教えてくれない。英霊ランスロットがその肉体に染み付くほどに修練を極め、固有スキルにまで昇華された『無窮の武練』による恩恵だ。まあ、まさかランスロットも野菜を切るために使われるとは夢にも思っていなかっただろうが。

 

(この手応えからするに、俺でも『無窮の武練』は使えるな。これで戦闘は心配いらないわけだ。『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』もあるし)

 

大量の野菜をものの数秒で片付け、次に鶏肉の下ごしらえにとりかかりながら手に持つ包丁を眺める。肉切り包丁は葉脈のような黒い筋が血管のように表面に浮かび、墨汁に漬けたように黒く染まっている。切れ味も恐ろしいくらいに上がっているが、同じく俺が触れているまな板も宝具化しているので傷ついたり割れることはない。手にしたモノをなんであれ己の宝具とするスキル『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』も、中身が俺になっても引き継がれている。まさかランスロットも包丁とまな板を(ry

 

さて、戦闘に支障がないとすれば、問題はどいつとどの順番で戦い、勝利するかだ。第四次聖杯戦争のサーヴァントは強者揃いだからなかなか悩ましい。

 

セイバーはアーサー・ペンドラゴン。切り札は『約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

ライダーはイスカンダル。切り札は『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)

 

アーチャーはギルガメッシュ。切り札は『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

ランサーはディルムッド・オディナ。切り札は『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』と『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。

 

キャスターはジル・ド・レェ。切り札(?)は『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』。

 

アサシンはハサン・サッバーハ。切り札(?)は『妄想幻像(ザバーニーヤ)』。

 

特にこのメンツの中でもギルガメッシュは規格外で、3つの令呪全ての補助を受けたライダーのEX宝具を跳ね除け、その後すぐさまセイバーに挑まれてなお余裕を崩さないというチートっぷりだった。こいつを倒すには俺一人じゃ無理だ。他人の宝具を自分のものに出来る俺は上手く立ち回れるだろうが、物量で来られるとジリ貧だ。複数のサーヴァントを同時にぶつけて弱らせた後で挑むか、誰かと協力して一気に畳み掛けるしかないだろう。

だが、俺が一番厄介に思っているのはギルガメッシュではなく、

 

(ランサーをどうすっか、だな)

 

鍋をかき混ぜながら、ぐるると低く嘆息する。ランサーのゲイ・ジャルグは触れたものの魔力を消失させる能力を持っている。俺のナイト・オブ・オーナーとの相性は最悪だ。雁夜おじさんの魔力量の縛りのせいでランスロット固有の宝具『無毀なる湖光(アロンダイト)』が使えない以上、その辺のモノを宝具化して武器にするしかないのだが、ランサーの前では無力化されてしまう。Fate/ZERO解説本でも「バーサーカーにとってランサーは天敵」と記されていたし、こいつがいる限りはギルガメッシュにすら辿りつけないのだ。聖杯を手に入れるためにも、まずはランサーの打倒を優先して———って、待てよ?

 

(しまった!!聖杯使えないんだった!!)

 

ガーン!と頭を抱えてその場に蹲る。禍々しい黒騎士が床で丸まって苦悩する様は傍から見たらかなりシュールかもしれない。

そう、聖杯は第三次聖杯戦争の際のアンリマユによる汚染によって悪しき願望機に変質してしまっているのだ。従って、「桜を助けろ」という願いも負の方向に曲解され、不幸な結果になる可能性が高い。どんな清廉な願いも、『この世の全ての悪(アンリマユ)』というフィルターを通せば全て破壊的な思惟を含んだものにされて叶えられてしまう。これは参ったぞ。雁夜おじさんは聖杯が役立たずだとは知らないし、言葉も話せない俺が聖杯に頼るなと説得できるはずもない。出来た所でなんでサーヴァントがそんなこと知ってるのかと訝しまれるだけだ。元より、聖杯以外に残り時間の少ない桜の命を助ける方法が現段階では何も思いつかない。八方塞がりだ。桜を助けて、雁夜おじさんを幸せにするためにはどうすればいいのやら……。

 

———ぐつぐつぐつ

 

鍋が激しく沸騰する音がヘルメット越しに鼓膜に滑りこみ、慌てて立ち上がる。強火のまま沸騰させすぎると野菜が崩れてしまう。弱火にして形を保たなくては、せっかくの栄養が溶けてしまう。せめて二人には美味い飯を食って元気な姿を見せてもらいたい。

菜箸で野菜の硬さ加減をチェックしようとして———唐突に、良い案を思いついた。

 

(そうだ、この手があった!これなら、聖杯に頼らなくても二人の命を救えるかもしれん!)

 

そうと決まればさっそく料理に励まなくてはと、バーサーカーはエプロンを締め直すと嬉々として腕を振るった。やはりひどくシュールな光景だった。

 

 

‡雁夜おじさんサイド‡

 

 

「あの馬鹿には一度キツく言っておかないとな」

 

復活した雁夜が廊下をのしのしと大股で歩いていた。その元気な足取りには先日までの刻印蟲による衰弱は見られない。固形物が喉を通らず、流動食やブドウ糖の摂取しかできなくなっていた状態が嘘のようだ。雁夜本人にも回復の理由はわからなかったが、深く考えてもいなかった。今はバーサーカーにどう説教をしてやろうかという考えで頭がいっぱいだったからだ。

 

(バーサーカーにはサーヴァントとしての自覚が足りない!一体全体、元はどんな英霊だったんだ!?)

 

プンスカと頭から湯気が出そうなほどに憤慨する。バーサーカーからは緊張感というものが感じられない。戦争中に平気で買い物に行くなんてどうかしている。本当に戦えるのかすら疑問に思ってきた。

 

「ん?なんだか良い匂いがするな。こっちか?」

 

不意に、何かが煮える良い匂いが漂ってきた。香辛料とハーブが鼻奥をツンと心地よく刺激する、食欲をそそる香り。魔術のせいで半ば麻痺した嗅覚でもわかる手料理の温もりと優しさに思わず立ち止まり、雁夜は出所までフラフラと引き寄せられる。行き着いた先は厨房だった。かつて、まだ雁夜たちの母親が生きていた頃、愛情を料理に変えて与えてくれたことがあった。例え陰惨な血筋に生まれたとしても、そこには純粋な子どもへの慈しみがあった。知らず潤んだ目をこすってドアを開ければ、そこには優しい母の背中———ではなく、

 

「やっぱりお前か」

「うご?」

 

屈強な鎧騎士の背中がキッチンを支配していた。天井を突かんばかりの長身が雁夜に気付いて振りかえる。表情の見えぬ目庇の奥の瞳が「元気そうじゃないか」と朗らかに笑った気がした。雁夜はその優しさに怒る気力を削がれかけたが、これからのことを考えてしっかりと戒めておくことにした。

 

「おいバーサーカー!お前が見た目と違って温和なことはよくわかったが、もっとサーヴァントらしく緊張感を持って———……」

 

語尾に至るに連れて小さくなってゆく。眉根を寄せる雁夜の視線の先には、鍋があった。漆黒に艷めき、鍋とは思えない存在感と迫力を放つ鍋が。表面に走る血脈のような筋はバーサーカーの手から伸びている。雁夜はマスターに与えられるステータス透視能力によって、その力の本質を見ることが出来た。

 

(バーサーカーが手にしたモノは、なんであれバーサーカーの宝具になるのか!)

 

あらゆるモノを己の武器に変えて戦える。この街にありふれる全てのモノがバーサーカーの手札となる。それは無尽蔵の宝具を所有しているに等しい。雁夜は改めて、自分の召喚したサーヴァントが得難い強力な強者であることを思い知った。

先ほどまでバーサーカーの力量を疑っていた自分が恥ずかしい。彼と一緒ならば間違いなく、この戦争で優勢に立ちまわることができる。

 

「凄い!これなら、きっと聖杯を手にれることが———その小鉢はなんだ、バーサーカー」

 

勝利を確信して興奮する雁夜に、バーサーカーが黒い鍋の中でボコボコと沸騰する緑色の何かを小鉢に掬い、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら近づいてくる。スープ状のそれが小鉢の中でドロドロと揺れる。

 

「味見しろとでも言うのか!?明らかに怪しいだろそれ!自分ですればいいじゃないか!?」

「うごご」

「ヘルメットがあって出来ない!?脱げばいいだろうが!うわ近づけるな顎を掴むな無理やり飲ませるなやめろぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 

………

 

……

 

 

 

「美味しいね、このグリーンカレー。ね、雁夜おじさん」

「ああ、美味い。腹立たしいくらい美味い」

カレーだった。普通のカレーではなく、ハーブを用いたグリーンカレーだ。ご丁寧に具は全て細かく切られていて、病人の俺たちにも食べやすいように配慮がなされている。特に固形物を食べるのが困難だった俺はあまり噛まなくてもいい料理はとても嬉しい。今朝のおかゆ然り、バーサーカーは俺の体調を詳しく把握しているらしい。サーヴァントにはマスターの健康状態も伝わるのだろうか。

 

「うごご?」

「うん、すっごく美味しいよ、バーサーカー。すぐに元気になれそう」

 

桜の言うとおり、味は絶品だ。そこらの店で二束三文で食べられるようなものじゃない。香辛料とココナッツミルクが奏でる爽やかな辛さが味覚を様々な角度から刺激し、脳を喜ばせる。何度口に運んでも一向に飽きが来ない。さらに、ただ単に舌を楽しませるだけに留まらず、栄養もたっぷりと入っている。不足していた滋養が片っ端から満たされていくのがわかる。例えるならば、餓死寸前に食べた一切れのチョコレートのような、活力が身体の中心から末端までじんわりと広がってゆく充足感だろうか。それを噛み締めるたびに感じる。心の底から食べてくれる人間のことを思って作られたものだということがよくわかる。本当に美味い。こんなに心のこもった料理は久しぶりに食べた。

思わず視界がゆらゆらと水面のように揺らめく。

 

「雁夜おじさん、泣いてるの?どこか痛いの?」

「だ、大丈夫だよ、桜ちゃん。ちょっと、辛さが目に染みちゃって。はは、情けないね」

「ぐるる〜m9(^Д^)」

「お前は黙ってろ!」

「ぐるる(´・ω・`)……うご?」

 

しょげるバーサーカーの腕に、小さな手が触れた。桜がおずおずとバーサーカーの手を握る。その頬は桜色に火照っている。

 

「あ、あのね?私、バーサーカーくらい料理が上手くなりたいの。そしたら、そしたら……」

 

俯き、もじもじと身を捩らせる少女。雁夜は激しく嫌な予感を感じた。

 

「バーサーカーのお嫁さんにしてくれる!?」

「なん…だと…!?」

 

その時、雁夜に電流走る。

 

「ダメです!絶対ダメ!」

「おじさん、愛には歳の差なんて関係ないんだよ?」

「歳の差以前の問題です!どこで覚えたのそんな台詞!?」

「お姉ちゃん」

「おぃいいいいいい!!なに教えてんの凛ちゃんんんんん!!ほら、バーサーカーも何か言ってやれ!!」

「ぐるる(*´ω`*)」

「照れてるんじゃないっ!!」

 

照れくさそうに後ろ頭を掻くバーサーカーを叱責しながら、しかし、雁夜は暖かな満足感を感じていた。親しみと信頼があればこその不快でない怒り。こんな感情を抱いたのはいったい何時ぶりだろうか。

バーサーカーに怒る雁夜を見て、桜がクスクスと笑う。釣られて雁夜も笑ってしまう。それはまるで普通の家族の食事風景のようだった。雁夜が喉から手が出るほど欲し、決して手に入れることが許されなかったささやかな日常が、そこにあった。それをもたらしたのが人外の亡霊であっても、雁夜は嬉しかった。

 

「……ありがとな、バーサーカー」

 

小声で告げた感謝の言葉に、バーサーカーは小さく親指を立てて応えた。彼とは良い友人になれそうだ。

 

 

「バーサーカーのご飯のおかげでだいぶ楽になったよ。栄養士の資格とか持ってるの?」

「ぐるる(肯定)」

「……冗談だよな?」

 

 

………

 

……

 

 

「行くのか、バーサーカー」

 

深夜。

雁夜の緊張を孕んだ問いに、バーサーカーが静かに頷く。全身から放たれる気迫は彼の戦意の充溢に他ならない。

街中に散開させた使い魔の情報で、港湾区画の倉庫街でサーヴァント三体が睨み合いをしていることがわかった。セイバー、ランサー、ライダーの三体だ。特にセイバーは最優のサーヴァントと称され、聖杯を求めるにあたっては必ず倒さねばならない障害となる。先のランサーとの戦いで消耗している今がセイバーを倒す好機かも知れない。

 

(何より、俺たちには時間がない)

 

傍で寝息を立てる桜の髪を撫でる。滑らかだった髪質は今や針金のように固く、見る影もない。脱落者が出るのを待っている間にも桜の容態は刻々と悪化していく。漁夫の利を狙う余裕はない。一刻も早く聖杯を手に入れる必要がある。そのためには、こちらから積極的に動くしかない。

 

「バーサーカー、俺は桜の元から離れられない。臓硯も兄貴もいない今、この家は無防備だ。桜を残してはいけない。お前一人を戦わせることは忍びないが———」

「ぐるるっ」

「お前……」

 

申し訳なさそうな雁夜の台詞をバーサーカーは手で制した。燃える双眸が「何も言うな、わかってる」と言っている。

 

(いいだろう。もはや何も言うまい。俺はお前に全てを託す)

 

俺の決意を確認したバーサーカーが踵を返す。踏み出した脚が黒い霧となり、霊体化していく。彼はこれから戦地に赴く。俺の願いを叶えるために。桜の命を救うために。

 

「頼んだぞ。……明日の朝食、俺も桜も楽しみにしてるからな」

 

実体化が解ける寸前、バーサーカーが首だけでこちらを振り返る。ヘルメットの下の容貌が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた気がした。大丈夫だ、彼ならきっと、勝利を掴める。俺が魔力切れを起こさなければ、彼は全力で戦える。彼の足を引っ張らないためにも俺も死力を尽くさなければならない。

バーサーカーの気配が消えると、俺はすぐに使い魔の蟲たち全てを家中にスタンバイさせる。侵入者があればこいつらが対処する。バーサーカーが戻るまでの時間稼ぎくらいは出来るだろう。

よし、と覚悟を決めると、ベッドの傍の椅子に座って精神を集中させる。肉体深くまで寄生した無数の刻印蟲に意識を繋げ、活動を活発化させる。途端、指令を与えられた蟲たちが俺の体力と生命力を蝕み、それを対価にして魔力を生成していく。それが伴う激痛は想像を遥かに超える。

 

「がっ、うぐっ!……こんなものじゃダメだ!もっと、もっと魔力を送らなければ……!!」

 

勝機を増やすために、バーサーカーに送る魔力を少しでも多くするためにも、これ以上の激痛に堪えなければならない。肉を削ぎ落とされ、剥き出しにされた骨に塩を擦りつけられているような、精神をゴリゴリと削る圧倒的な激痛の奔流が絶えず雁夜を襲う。血涙が頬を流れ、口端から血の泡が吹きこぼれる。身体中が細かく痙攣し、手足の感覚が死に引きずられるように失せていく。

 

「———…と……さん……」

「……!?」

 

ともすれば飲み込まれそうな意識の中、暖かな感触を太ももに感じた。赤く濁った目で見やれば、寝ぼけた桜の手が雁夜の足にそっと触れていた。

 

「———お父さん……」

「———!!」

 

眼光が輝き、腹腔で熱が灯るのを知覚する。五臓六腑から力が湧き拡がって消えかけていた手足の感覚を取り戻す。気力を振り絞って意識を奮い起こした雁夜の口元が、不敵な笑みを浮かべた。大丈夫だ。この娘のためなら、どんな痛みにも堪えられる。

口元の血を袖で拭い、雁夜は再び精神を集中させる。視界がバーサーカーと繋がる。眼前には、三体のサーヴァントと、いつの間にか現れていたアーチャーの姿があった。その場にいた全員の視線がこちらに集中する。どいつもこいつも強そうだ。選り取り見取り(・・・・・・・)じゃないか。

 

 

(さあ———始めよう、バーサーカー!!)




照英が泣きながら聖杯戦争で勝利してる画像ください

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