刻の涙   作:へんたいにーと

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第九話

 

「いいな。私の隊が先行する」

 

「了解だ。大尉殿」

 

ライラの念を押す言葉に、今回の現場指揮官を任されているカクリコンが若干の含みを持たせながら了承する。

 

「ライラ隊でるぞ。ジェリド分隊も後に続け!」

 

ライラ隊のガルバルディβが発進していくのを見送りながら、カクリコンは一機のジムⅡに向かって己のハイザックをサムズアップさせた。

ジェリドの機体だ。ジェリドは今回、ジムⅡ2機を率いる事になっており、言わばライラ小隊の分隊長という位置づけだった。

ジェリド分隊のジムⅡは全員ティターンズの人員で構成されているため、ティターンズカラーであるネイビーブルーに染められており、分かりやすくなっている。

本来連邦軍も特殊部隊のティターンズもジムⅡは胴体が赤く塗られているだけなのだが、アレキサンドリアの搭載機はジャマイカンの趣味で全身ネイビーブルーになっている。

カクリコンのハイザックからのサインに気づいたジェリドは、ジムⅡに軽く盾を上げさせてサインを返した。

 

 ジェリド分隊のジムⅡの両肩部にはハイザックのミサイルポッドを流用したものが取り付けられており、手にはビームライフル、背部にはハイパーバズーカを背負っており、幾分か厳めしい出で立ちだ。

 

「宇宙では全周囲に気を配るんだ」

 

ジェリドが分隊員を連れて発進すると、すぐにライラの通信が入ってくる。

シミュレーションを終えてから、ジェリドは積極的にライラとコミュニケーションを取るようにしていた。その成果のおかげか、初見の態度と今のライラの態度は随分違うとジェリドは感じていた。ジェリドが素直に負けを認め、教えを請うたのがプラスに働いたのだろう。

 

「モビルスーツの装甲越しに殺気を感じ取れってんだろ」

 

「そう言う事だ。お前ならできるさ」

 

ライラの言う全周囲に気を配る、というのは宇宙空間に置いて必須ではあるものの、地球まれの地球育ちには慣れない事であった。もちろん相応の訓練はしてきたが、ジェリドの戦績を見てわかる通り訓練と実戦は全く違った。少し緊張した様子のジェリドにライラが少し微笑んで勇気づけてくれる。

 

「宇宙の真空中に己の気を発散させる……か」

 

そんな古武術の理念みたいな事を言われてもやれる自信は到底ジェリドにはないが、普段から心掛けてみようとは考えていた。

 

 今回の作戦はライラ隊が先行し敵艦隊を直撃し、太陽電池とその防衛衛星を破壊しにいく敵MSを、カクリコン率いるハイザック隊が後ろから追う形だ。

敵が艦隊の危機に気づいても、防衛衛星の守備隊とカクリコンのMS隊に挟まれ、艦隊の援護には行けないと言うわけだ。

万が一、こちらの出撃のタイミングが早く、敵の主力が残っている場合、速やかにカクリコンのMS隊がライラ隊の援護に駆けつける手はずになっているが、司令部が光学センサーで確認したところ、すでに敵MSは太陽電池を攻撃しにあらかた飛び去ったと言う事だったのでその心配はないだろう。

 ライラ隊におけるジェリド分隊の役割は、敵艦の撃破である。ライラ隊がわずかに残った敵MSをひきつけている間に爆戦を行おうと言うわけである。ジェリドはこの作戦は順当であるとして特に不満はなかった。

 

先頭を航行するライラのガルバルディが、右手に持ったライフルを上下して敵を目視した事を告げるのにジェリドは気づいた。

 

「もう捕捉したのか」

 

しかし距離がまだあり、射程圏外のため攻撃を仕掛けるには接近する必要があった。ガルバルディ隊が一気にバーニアを吹かしてジム隊との編隊を解いた。戦闘機動に入るサインだ。装甲を削り、極限までスピードを重視したガルバルディと、爆装したジムではトップスピードに差が出過ぎるため、先にガルバルディに強襲させる事は前もってライラに聞かされていた。

 

「こちらのセンサーではまだ捕捉できないのか」

 

ジェリドはライラ隊が飛び去った方学にレーザーを照射してみるもののまだ射程圏外なのか敵の識別信号をキャッチできない。

 

「こちらも最大戦速で向かうぞ」

 

ジェリドも負けじとバーニアを吹かせる。プロペラントタンクの外部燃料もあるため、燃料を気にする必要はない。

しばらくライラの航跡を見ながらジムⅡを操っていたジェリドだが、低軌道防衛衛星の方角で閃光が走ったのを目視した。

 

「ジェリド中尉!」

 

「分かっている!カクリコンが上手くやってくれるはずだ」

 

僚機から通信が入るが、ジェリドは意に反さなかった。衛星の守備は守備隊とカクリコンの任務だ。今は自分達の任務に優先すべきで、他人の事など考えている余裕はなかった。

後方からもモビルスーツの軌跡を表す閃光が上がっているのが見える。

モンブランのジム隊がブレックス准将の指示でティターンズ艦隊を襲撃しているのだ。

 

「始めやがったか!!」

 

艦隊の直掩機は十分な数がいる。心配する必要はないとジェリドは自分に言い聞かせながらも後方を振り返ってしまう。パイロットにとって母艦の撃沈はほぼ死と同等だ。

 

「アーガマ、センサーに捕捉しました!」

 

部下の一人が告げたその時、ライラ隊とアーガマの交戦をジェリドは確認した。ライラのガルバルディはアーガマの火線をくぐり、敵側のジムⅡからの不意を打つ射撃を、まるで殺気を感じているかのようにひらりと避けると、追い抜きざまにビームライフルで狙撃し、瞬く間に一機を火だるまにした。その流れる水の如く、淀みのない一連の動作にジェリドは酔いしれた。

 

(なんて腕前だ……)

 

感心すると同時に思わず嫉妬してしまう自分がいたが、すぐに我に帰りライラ隊によって掻き乱されている敵の布陣で穴が開いた箇所から、アーガマを大きく迂回し目標をサラミス改級の巡洋艦に定め、直上に陣取った。

 

「続け!」

 

ジムⅡのランドセルが唸りを上げ、スラスターがバーンし猛スピードで接近する。後ろの二機を気にしている余裕などジェリドにはなかった。狙われたサラミス改級の宇宙巡洋艦であるモンブランからは、二十問を越える対空砲から猛烈に火線が放たれている。

右後ろからジェリドに並んだ僚機が、肩に装着していたポッドからミサイルを射出した瞬間にバランスを崩し、そのまま対空砲火に飲み込まれ爆散していくのを視界の隅で確認しながらも、ジェリドはペダルをべた踏みし、特攻する。

モニターには僚機の死に際に放ったミサイルがサラミスのMSデッキに着弾し、損害を与えている様子が映されている。ジェリドは右手に持っているバズーカを艦橋にロックした。

 

 一瞬の迷いがあった。明確な殺人を自らの手で犯す事に対する一瞬の迷い。目標をロックオンした事を知らせる甲高い機械的なサウンドが、早く放てとジェリドを急かす。その時、最後の僚機がコックピットに対空砲が直撃し、サラミス改の横っ腹に向かって突っ込んで小規模な爆発を起こした。

 

「し、死んじまう!」

 

一瞬のためらいが自らの命取りになるとして、ジェリドはレバーのスイッチを押した。

 

自らの荒い呼吸音と、破裂しそうなほど大きく鳴り響く心臓の鼓動を聞きながら、ジェリドはバズーカを放った。無反動砲はその微々たる衝撃も、ジムⅡの腕のサスペンションにより吸収され、コックピットに伝わる衝撃は感じられない。

あまりの機速に放ったはずのバズーカ弾と自らが並列に跳んでいるのに気付き、慌てて操縦桿を切って目前に迫ったサラミス改の上方から下部へと斜めに抜けると、マイナスGに歯を食いしばりながら機体を反転させ、艦橋が爆発するのを確認しながら逆噴射。機体の向きを瞬時に微調整しながら、肩部ポッドからミサイルを全弾発射した。

 もともとハイザック用として作られた三連装ミサイルポッドのため、ジムⅡのソフトウェアには対応しておらず、ミサイルポッドから射出された時の衝撃をオートで殺してくれない。そのため、パイロットがマニュアルでリコイルを制御しなくてはならず、アポジモーターの操作にジェリドは手こずらされた。

6発中4発が敵巡洋艦の船底にあたり、爆煙を上げるのを確認すると、すぐさまミサイルポッドをパージし、回避運動を取る。

艦橋が破壊され多くの頭脳を殺したとは言え、機関部や銃座の手足はまだ生きている。完全に沈黙させるにはまだ止めとなる攻撃が必要だった。

 

 バズーカを右肩に抱き、左手で支えるように持たせると、先ほど僚機が突っ込んだ横っ腹の内部機関が見えている箇所に猛然ともぐりこむ、銃座からの激しい火線をロールしながらくぐると、4発、残弾を全て放った。

もし宇宙空間に酸素が満ちていれば、耳をつんざく様な轟音が響きわたっただろう。バズーカは内部を食い荒らし、焼けた空気が逃げ場を求めて巡洋艦の内側を猛烈な勢いで駆け巡った。幾重にも重なった鋼鉄の外装が、その衝撃波で津波のように剥がれていき、一瞬の静寂の後、サラミス改級巡洋艦モンブランは、デブリをまき散らしながら轟沈した。

 

「墜とした!」

 

今まで感じた事のないほどの達成感と、少しの罪悪感を覚え、興奮しながら血走った目でその様子を見守っていたジェリドだったが、すぐに己の迂闊さに悪態をつくはめになった。

サラミス改の爆発による爆風が周囲の宙空を嵐のように荒れ狂い、煽られた機体はすぐにジェリドの制御下を離れ、高速で回転しながら凄まじい速度で地球へと流される。

コックピット内は警告灯が灯り、ブザーがひっきりなしに鳴っている。爆風により機体の装甲表面は若干焼けたただれ、塗装がはげている。回転するたびにリニアシートへ接着されているのかと勘違いするほどのGが襲い、首を動かす事すらままならず、上手く機体を操れない。

 

(オートが働いてないのか!)

 

機体が回転する度に黒い宇宙と青い地球が入れ代る。オートバランサーが働ける限界を超えた速度で回転しているため、ジェリドが歯肉から血が吹き出るほど奥歯を噛んで操縦桿を何とか握り直すと、マニュアルで時間をかけながら回転を止めなくてはならなかった。

ジェリドが何とか機体を立て直す事に成功した時には、既に地球へと機体は落下しはじめていた。機体の落ちる勢いを殺さなくてはと、スラスターを噴いて勢いを殺そうと試みるが、地球に近づき過ぎたジェリドに、母なる水の星は容赦なくジェリドを飲み込もうとしていた。

 

 スラスターがコンソールのダメコン画面でレッドアラート状態になるも、今はそのような事を心配しておられず、無視してスロットルを引き絞る。

出力を最大にし、エンジンが爆発するのではと思うほどのうねりをコックピットで感じながらもジェリドは歯を食いしばりながら噴かし続ける。実際には十数秒の出来事であろうが、ジェリドには何十分にも思えた。

 

ようやく速度を殺し、航行速度を修正することに成功し、思わず良し!とコックピットで叫んだジェリドだが、少し上昇したものの、一向に重力を振り切れない。高度計を見ると先ほどから下降はしなくなったが少しも上昇していないのだ。ビリビリと振動する機内、赤い警告灯が恐怖をかきたてる。

 

「出力が足りていない!!」

これ以上ジムⅡを持ちあげるには、馬力が純粋に足りていない事を悟り、呆然とする。

 

(まだだ)

 

霧吹きで吹き付けられたように顔面に汗をびっしりとかきながらも、コンピューターに数値を計算させ、青白い顔で次の一手を打つ。

 

「いけ!」

 

ジェリドはプロペラントタンクの内容物を全て一度に噴射させ、ジムⅡの推進剤噴射の最大量を越える噴射量でバーニアを噴かせた。

今まで感じた事のない揺れと機体のきしむ音がジェリドにはジムⅡの悲鳴に聞こえた。プロペラントタンクが振動により御動作し、パージされる。

 

「耐えてくれ、頼む!」

 

先ほどよりわずかに少しづつ上昇させる事に持ち込めたジェリドだったが、内部燃料だけではこれ以上機体を上昇させることができないと言う計算結果がコンソールに表示され、手の震えが抑えきれなくなる。

 

重力の井戸に引かれていくプロペラントタンクが、真っ赤に白熱しながら落ちていくのを見て、思わず史実でカクリコンが大気圏で燃え尽きた事を思い出し、その悲惨な死がもうすぐ自分に訪れる事をジェリドは理解してしまった。

 

 

 

 

「サチワヌ、被弾!」

 

敵機襲来と共に急速にあわただしくなったブリッジでオペレーターが悲鳴を上げる。

 

「損害状況を知らさせろ!」

 

アレキサンドリアの艦長であるガディ・キンゼー少佐がオペレーターに怒鳴り散らす。

 

「損傷軽微、戦闘継続可能!」

 

「サチワヌを手遅れになる前に下げさせろ!あれではいい的だ。直掩機は何をやっている!」

 

ジャマイカンが艦隊の指揮を取りながら苛立った様子で外の状況を窺った。

 

「2番機、敵MSを一機撃墜!……敵MS部隊、後退していきます!」

 

「よし!第一波は凌いだか……各員、第二波に備えよ!」

 

ジャマイカンが息を深く吐くと、キャプテンシートの隣にある一段低くなった艦隊司令のシートへどかりと座る。

 

「索敵班、怠るなよ。MS隊の補給を急がせろ!」

 

ガディは未だ起立したまま各部の損害状況を集めていた。

その時、前線の様子をモニターしていたオペレイターが、ジャマイカンに勢いよく振り返り報告した。

 

「敵、サラミス改級巡洋艦轟沈!ジェリド中尉のジムⅡがやったと思われます!」

 

「でかしたぁッ!!!実にでかしたッ!!!」

 

視モニターにモンブランが飛散する様子が望遠で映され、思わずジャマイカンが勢いよく立ち上がり諸手を上げて賞賛する。

ガディはこのジェリドの戦果により、敵の第二波はないものと検討をつけ、ジャマイカンとは対象に静かにキャプテンシートに座った。しかしその口元はどこかうれしそうだ。

ブリッジの人員もこの朗報に沸いており、士気旺盛だ。何と言っても先の開戦から良い事なしだったティターンズにとって、この戦果は非常に大事なものだった。今一時だけはジェリドは小さな英雄となっていた。

 

「……そんな……ジェリド中尉のジムⅡ、機体バランスを欠いて大気圏へ突入します!」

 

上げた瞬間に落とされたとこの報告に、戦勝ムードから空気が一転してしまった。

 

「何とかならんのか!」

 

思わずガディはキャプテンシートのひじかけを拳で叩いた。

 

「自力では無理です!」

 

「何と……惜しい……実に惜しい!――ここを乗り切れれば、本物だった」

 

この戦果をあげて帰還すれば艦の士気はこれまでにないほど上がっただろう。戦果を上げずに帰り続け、誰からも期待されていなかった男が突如大戦果をあげて凱旋するのだ。

なんとドラマチックな事か。それも今作戦のMS隊長はティターンズのカクリコンであり、全てティターンズの手柄にできる状況であった。ジェリド個人の死というより、このドラマの死が実に惜しい、とジャマイカンが思わず歯がみした。

 

「これは……!」

 

オペレーターの一人が声を上げる。モニターには高速でジムⅡに近づく機体が映し出されていた。

 

 

「うぼぁああああ!死ぬ!俺が!死ぬのか!」

 

その時だった。現実を受け入れられずわめきながらバーニアを吹かし続けるジェリドを、無骨なMSの手が一気にジェリドを引っ張り上げた。

 

「何をやっている!死にたいのか!」

 

モニターには怒り狂っているライラが映っており、ジェリドにはその鬼のような形相が天使に見えた。ジェリドを引き上げるとすぐさまライフルを乱射し、追ってくる敵MSを蹴散らすその姿はまさしく戦女神と言えよう。

 

「め、女神」

 

ライラは未だ放心状態のジェリドを重力外に蹴飛ばすと、こちらへ向かってくるガンダムに牽制射撃を行いながら戦列にもどろうとする。

 

「抵抗が急に強くなった。援軍か!」

 

ノイズ混じりにライラの叫びが聞こえてくる。機体のすぐ横をバズーカが通り過ぎていった事で我に返ったジェリドは、叫び過ぎたため酸欠で混乱する頭に喝を入れて回避運動を取る。

 

「援軍?……カクリコンが、抜かれたか!」

 

「そのようだ。ティターンズってのは私に迷惑をかけることしかしないのかい!」

 

ライラの額に玉の様な汗が浮かぶ。ジェリドを引っ張り上げてから白いガンダムにマークされ続けている。レコアの乗ったカプセルが射出されるまでは何としてもアーガマに近づけまいとクワトロが奮戦しており、ライラを持ってしてもクワトロを抜く事は難しかった。

 

汗で額に張り付く前髪にストレスを感じながらライラは懸命に機体を操っていた。

 

「こいつは……エースだ!」

 

「えぇい、やる!だがカプセル射出までは……!」

 

ガンダムマークⅡへビームライフルを連射し、ライラが牽制する。クワトロはAMBACでくるくるとロールしながら回避し、振り向きざまにバズーカを打ちこんでくる。初速が遅いためビームライフルより回避が容易なのがライラにとって救いだったが、先ほどジェリドを助けるために己の機体の噴射剤を大量に使用したため、残りの燃料が心もとなく、早急にこの場から脱出しなければならない状況だった。

ジェリドはライラがじりじりとガンダムマークⅡに喰いつかれていくのを見、援護しなくてはならないと思うも、警告音が鳴り響きすばやくその方角を探る。

 

(ロックされた!)

 

リックディズアスがグレイバーカでこちらを狙っているのが見え、わき目もふらずに回避運動を取る。リックディアスには肩部に痛々しい傷跡があり、先の戦闘でジェリドが追い詰めた敵機、アポリー機である事がわかる。

 

「逃がすかよ!」

 

アポリーがジグザグに回避運動を取るジムⅡにバズーカを偏差射撃する。直撃はしないものの至近弾を食らわす事に成功し、爆風のあおりを受けてジムⅡがコントロールを失い、宙を舞った。

 

「貰った!」

 

「なんてな、―ライラ!」

 

アポリーが狙いをつけ、バズーカを放とうとしたその時、コントロールを失って回転して宙を舞っているいるはずのジムⅡから突如ビームが放たれた。リックディアスの脚部に命中し、アポリーに凄まじい衝撃が襲う。ヘルメットがコンソールに派手にぶつかり、バイザーにひびが入った。

 

ジェリドは爆風の煽りを受ける事を経験から予測し、コントロールを失っているかのように演じながら機体をロールさせ、油断を誘ったのだ。

 

「ぐわあああ!」

 

「アポリー!」

 

「くっ!」

 

クワトロがアポリーのリックディアスに気を取られた隙を見逃すライラではない。

推進剤の燃料ゲージは既にレッドゾーンに入っている。素早くクワトロのマークから外れると、ジェリドに助太刀された事に少し頬を緩ませ、撤退する。

 

カクリコンからの撤退信号は既に上がっている。ライラは追ってくるジェリドを認めると合流ポイントに急いだ。推進剤だけの問題ではなく、低軌道防衛衛星の守備隊がやられ、敵の主力が戻ってきている今、この場にとどまるのはリスクが大き過ぎた。敵MSと対空砲火をかいくぐりながらアーガマを落とすのは容易ではない。

 

「味な真似をする!」

 

クワトロはアポリー機を収容させるため、追撃はせずにアーガマへ戻ろうとした時、レコアを乗せたホウセンカはジャブローに向け射出された。

 

辺りを素早く見渡すも、害意を加えようと言う意識は見当たらない。クワトロは警戒を解き、アーガマへと戻ったのだった。

 

その日の夕刻、中央アメリカでは異常な数の流れ星が観測された。ジェリドによるモンブラン撃沈のためである。

 

 

 

革張りのソファにふかぶかと腰かけ、ジャマイカンは足を組んで報告書に目を通す。辺りには静寂が満ち、この場に直立不動で立たせている三人のパイロットに無言のプレッシャーを与えていた。

 

「しかし半数のモビルスーツがやられるとは、これではライラ隊の方が良い働きをしているな」

 

報告書をまとめた黒いバインダーをぱたりと閉じると、老眼鏡を外して懐にしまいながらジャマイカンが苦言を呈した。

 

「申し訳ありません」

 

カクリコンのやや広がった額に汗が浮かぶ。そのままジャマイカンはカクリコンを責めるかに思えたが、その怒りはなぜかジェリドに矛先が向いてきた。

 

「ジェリド中尉、貴様は確かによくやった。敵艦を沈めた戦果は貴様にしては上出来と言える。しかし、自分が墜とした艦の余波で死にかけるなど以ての外だ!」

 

鼻で笑いながらジャマイカンはジェリドを罵倒した。ジェリドが巡洋艦を撃沈させた時ジャマイカンは諸手で喜んだものだ。しかしその後地球に引きずり込まれ、挙句の果てに連邦軍一般部隊の、よりにもよってジャマイカンが鼻もちならないと思っているライラに拾われて助けられたのだ。これではティターンズのメンツは丸潰れだ。

 

「それに貴様の分隊員は全員死亡か、分隊長がそんな有様だから部下がこうなるのだ!!!パイロットの育成とMSの製造にどれだけの労力と資金がかかるかわかるか!」

 

「はッ!申し訳ありません!」

 

ジェリドはちょいと持ち上げられた後、奈落の底までつき落とされ、思い切り踏みつけられるという、バランスのおかしな説教を聞かされ辟易していた。つい先ほどまで死地に赴き、案の定死にかけてようやく帰還してみれば、汗を流す間も無く報告書を作成させられ叱責を受ける。部下の死を突かれては何も言えず、ストレスで胃がやられそうだった。

 

 

そんなジェリドの青白い顔をちらりと見て、目線を斜め上にし踵をそろえて一歩前進したライラは、軍人口調で話し始めた。

 

「お言葉ながら、今回の敵は特別だと自分は感じました」

 

「わからんな」

 

突然出てきたライラにジャマイカンは眉をしかめた。

 

「自分はホワイトベースを実際に見た事はありませんが、アーガマはそれに匹敵すると思うのです。懐が開いているようで、近寄ると厚い。ことガンダムMK-IIのパイロットは無手勝流に見えてぶつかってみると抵抗力は圧倒的です」

 

「ふむ……NTだとでも言うのか?」

 

「自分はそうであると考えております」

 

「馬鹿を言え、そんなものは映画屋の創造物だ」

 

ジャマイカンがライラの進言をあしらいながら、自分の顎の贅肉をつねって考えをまとめていると、部屋の連絡モニターに伝令が入った。

 

「少佐、敵艦はサイド4の宙域に向かっている模様です」

 

これにより、考えをまとめようとしていたジャマイカンは思考を中断し、大いに焦った。

 

「なにぃ?……すぐに行く」

 

(――魔の宙域に入り我々を巻くつもりか)

 

サイド4の宙域は、1年戦争緒戦激しい戦闘が行われた地で、その結果ほとんどのコロニーが壊滅した暗礁地帯となっており、大量のデブリが流れている。船乗りにとってここ程縁起の悪い宙域はない。

まったく面倒な事になったっとジャマイカンは舌打ちをして座席から立ち上がると、カクリコンに次はないぞと釘をさしてジェリドに一瞥もせずに場を解散させた。

 

 

 

ライラ隊はMSの修理のため、アレキサンドリアに一時的に滞在していた。そのため隊長であるライラにも部屋があてがわられている。

ライラはあてがわれた士官室に入ると、すぐさま肌に張り付くパイロットスーツをベッドに脱ぎ捨て、浴室へと足を運んだ。

一刻も早く汗でべとつく身体を洗い流したかった。手に血がつかないとはいえ人殺しをやっている自覚はある。ライラにとってシャワーを浴びる事は自分を保つ上で大事な日課だったのだ。低重力下のためさすがに風呂に入ることは叶わないが、長い軍歴でそれはもう慣れた。

 

 給湯温度を熱めに設定した温水を頭から被る。宇宙空間の戦艦の居住区はコロニーよりもずっと低重力のため、シャワーを浴びるときは水滴を吸いこまないよう、壁に備え付けられている透明なマスクをつけなくてはならない。ライラも多分にもれずマスクをつけて入浴している。

体を洗い終わり、熱めのお湯を浴び、うっすらと赤みを帯びた顔色になってきたライラは、最後に冷水で体を引き締めようとした。その時だった。

 

「ライラ、開けてくれ!」

 

浴室にいても聞こえるその大きな声に、ライラは思い当たる節があった。入浴中とはいえ無視するのも性に合わず、シャワーの放水を止めると、体もろくに拭かずにバスタオルを身体に巻いて浴室を出た。ハンドタオルで髪を拭きながら部屋の扉の前に立つと、用向きを尋ねた。

 

「何の用だ。用などないはずだろ」

 

「用なら色々あるんだ。……ジャマイカンの前で俺をかばったろ」

 

シミュレーションで手合わせしてからと言うものの、ジェリドは何かにつけてライラに話しかけてきた。しかしこちらに好意を抱いているようには見えず、ティターンズ軍人のジェリドが何故話しかけてくるのか、ライラには当初意図が掴めなかった。

しかしジェリドと接していくにしたがい、純粋に自分の技量を認め、自身から学ぼうとしているその姿勢にはティターンズの傲慢さがなく、意外とまっすぐな男だとライラは驚愕したものだ。

所々プライドの高さはうかがえるものの、それは戦士として重要な事であるとライラは考えていた。次第に一人の男としてライラはジェリド見るようになっていた。ただそれはジェリドの人間的な魅力を感じたのであって、恋愛感情などと言ったものとは全く違うものだ。

 

だからだろうか、ジェリドの深刻な声にライラはため息をひとつつくと、一瞬着替えるか逡巡するも、結局そのまま扉のロック解除した。

男のプライドと言う物をライラは理解しているつもりだ。早く誤解を解いてやらねば面倒な事になりかねないと思ったのだ。それに、ジェリドとはこのままの恰好で会っても何事も起こらないという確信がライラにはあった。

 

 

ジェリドが入室するとライラがバスタオル一枚という恰好で目前に立っており、まだ髪には水が滴っていた。対するジェリドはまだシャワーも浴びておらず、パイロットスーツのままだ。

ジェリドは史実から、ライラがバスタオル一枚でいる事は予想していたが、目の前で事が起こると思わず尻込みした。

バスタオルからはみ出た色づいた胸の谷間、張り付いたバスタオルが醸す女性特有の丸みを帯びた体のライン、大きくあらわにされた肉厚な太ももに目が奪われる。

地球時代に付き合っていた女達がラブホテルのシャワーを浴び終わった後、このような様になる事をジェリドは思い出し思わず反応しそうになる下半身を心の中で叱咤する。

 

(なんて威力だよ……いかん。自分を抑えるんだ)

 

当初の部屋に来た目的を果たすため、ライラの全身を凝視したくなる自分を抑えると、壁を見ながら用件を言った。

 

「あぁ、す、すまない。――まずは命を助けてもらった礼をしたい。」

「ありがとう。あんたは、命の恩人だ。この恩は必ず報いる……必ずだ」

 

当初は壁に備え付けられている空調設備に向かって話しかけていたジェリドだが、結局最後にはライラを見ながら礼を言っていた。恩は必ず報いる、この言葉はジェリドの本心から出たものだ。

ジェリドはライラがいなければ大気圏に突入し、じわじわと焼け死んでいただろう。先の恐怖を改めて思い出し、身震いしたジェリドだったが、助けてくれたライラにこれから訪れる死を、何とかして取り除かなくてはと考えていた。

その真っ直ぐな本心はジェリドの瞳を通じてライラに伝わった。思わずライラの方が気恥ずかしくなり目をそらす。

 

「こ、こっちを向くんじゃないよ!」

 

「あぁいや……すまない」

 

ジェリドはまたもや壁と対面する事になった。

お互いに相手を異性として認識してしまった結果、黙りこみ、静寂が部屋を支配する。ライラは急にバスタオルで対面した事を後悔した。ジェリドがあんな目をして真っ直ぐに礼を言ってくるとは思わなかったからだ。ジェリドの先制パンチは、ジェリドの素直な感謝の気持ちを伝えるという意図とは違い、ライラに宿る母性を強烈に呼び覚まし、揺さぶる事に成功していた。

 

「――ジャマイカンがどうとか言ってたね」

 

取りあえず話を戻させて、さっさと部屋から出そうとライラは心に決めるとベッドに腰掛け髪を拭きながらジェリドに語りかけた。

ジェリドとジャマイカンのやりとりで、ジェリドは自分に庇われたと勘違いしているとライラは考えていた。

実際にはジェリドの勘違いと言うわけでもなかった。ライラは己の中に、ジャマイカンに良いようにやられていくジェリドを気の毒に思った節も多少あると感じている。そうでなければあのタイミングでジャマイカンに進言はしない。しかし、ジャマイカンに進言した内容に嘘偽りはなく、呼び出された時から語ろうとしていた内容だった。

自分に対して対抗心を抱いているだろうジェリドにとってはそれは許せない事だろう。ここは少し庇うような真似をした事は認めず、ただ単に真実のみを伝えようとしていた、と白を切る方が男のプライドを傷つけずに済むとライラは考えていた。

 

「あぁ、いや。その話はもういい」

 

「は?」

 

これから来るジェリドの罵声に覚悟して向き合おうとしていたライラだったが、肩すかしをくらい、突然の事に思わず間の抜けた返事をしてしまう。

 

「いや、思い出してみればあんたが俺を庇うわけがないものな」

 

急にしおらしく床を見ながら話を覆すジェリドに、ライラは何が何だかわからなかった。

 

「どういう意味だ」

 

「いや、今回の作戦であんたは小隊長だったろ?分隊長の俺があんたより大きい戦果を上げたんだ」

 

ジェリドの言わんとしてる事に気づき、ライラは思わず怒りから立ち上がり、ジェリドに近づいた。しかし、ジェリドの方はまだ床を見つめているため気づいていない。

 

「あんたとしては気持ちがいいはずないだろう。それを庇うなんて言い方をして―」

 

「いい加減にしな」

 

ジェリドが思いのほか近くで聞こえた声にギョッとして振りかえると、風呂あがりだけの血色のよさではないだろう。鬼の形相のライラが目の前で仁王立ちしていた。

 

「お、おい」

 

何怒ってんだ。と続けようとしたジェリドだがその問いは永遠に吐き出されることがなかった。ライラが未だたじろぐジェリドの目の前にずいと踏み出すと、ジェリドのパイロットスーツの首元を掴みあげ、自らの顔に寄せたからだ。

接吻でも出来そうな距離でメンチを斬られ、ジェリドが思わず顔を下に向けると、バスタオルの隙間から凶悪な谷間が顔をのぞかせている。いや、覗かせているなんてものではなかった。ライラは気づいてはないないが、バスタオルがずり落ちかけ、体を隠す役目を果たしていないのだ。

 

「私も舐められたもんだね。戦艦一隻墜としたくらいでもう天狗か?」

 

ドスを聞かせた声音でぎりぎりと襟元を締め上げながら怒っているライラにジェリドはようやく自分がしでかした事に気づいた。

ライラの器量はそんな事で庇う庇わないの話になるものではなく、ジェリドの言った言葉はライラの自尊心を深く傷つけたに違いなかった。これは謝らねばならない、とジェリドは思うものの、今はそれよりも先に言っておかねば、現在進行形でずり落ちているタオルはその役目を完全に放棄する事だろう。

 

「い、いやすまない。そう言うわけではないんだ。それより――」

 

「じゃぁどういうわけだって言うんだ!」

ジェリドの台詞を遮り、怒りの頂点にきていたライラがジェリドの襟首をひときわ大きな動作で絞めた時だった。かろうじて胸の突起に引っ掛かっていたタオルは、その揺れによる胸のたゆたいに耐えられなかった。宙を舞いゆったりと下降していくにつれ、ジェリドの目に飛び込んでくる肌色が多くなる。

ついに一糸纏わぬ姿になったライラに、正気か、とジェリドはそのグリーンの瞳をのぞきこむが、そこには驚いた表情をした金髪の男が映っているだけだった。

 

(き、気づいていないのか!)

 

驚愕だった。絶対に気づいていると思ったジェリドだったがライラは信じられぬ事に全裸をジェリドに晒している事に気づいていなかった。

 

「ライラ…」

 

「気安く呼ぶんじゃないよ。ジェリド、お前には」

 

失望した、私をそんな安いヤツだと思っていたとはね。そう続けようとしたライラはジェリドの視線に眉をひそめ、チラと下を窺い、全てを理解した。

 

再び静寂が部屋を包み込み、お互いが動かないまま時が過ぎていく。首元を掴んでいたライラの手は、力無い拳を握りながらジェリドの胸板までずり落ちていき、ぴたりと止まった。ジェリドの視線は様子を窺おうとライラの顔に焦点が合わされている。しかしジェリドの高い身長のため、ライラの顔を見降ろせば体もセットで視界に入ってしまい、ジェリドがいつまで我慢してられるのかジェリド自身もわからない段階に入っていた。

 

 空調のめぐる音だけが響く。ジェリドの高なる心臓の音がライラにも拳を通して聞こえているだろう。

この場を動かすのは自身かライラしかおらず、この状況を打破するのは男の仕事だとジェリドは考えた。

(喉が、渇いたな)

とにかく怒りを鎮めさせ、バスタオルを巻いてもらうよう言わねばならない。ジェリドは緊張からつばを飲み込むと、出来るだけ静かに、しかし感情を込めて言葉を紡ごうとした。

 

 その時だった。体を十分にぬぐっていないためか、ライラの内股から水滴がふとももの裏を伝わって、張りのある肌を滑り降りていくのが目に見えたとき、これまで用意したこの場を鎮める台詞をなぎ倒しながら、ジェリドの我慢を貯め込んだダムは決壊してしまった。大放流である。ジェリドの脳内にダム放流のサイレンが響き渡る。

 

「ライラ、すまない」

 

ジェリドの乾いたくちびるからその言葉が紡ぎだされ、フリーズしていたライラが顔を上げたのと、ジェリドがライラの両肩を抱いたのは殆ど同時だっただろう。

 

「な!」

 

ジェリドは無言でライラをベッドへと押し倒し、組み伏せた。

 

「触るな!」

 

ライラの瞳が潤んでいる。ライラは無意識のうちに興奮していた。今思えば、バスタオル一枚でジェリドを部屋に向かいいれた時点で、それははじまっていたようだった。

「すまないと言ったろうッ!」

 

そう言う意味のすまないだったのか、と唖然としているライラの上にジェリドはマウントを取ると、俊敏な動作でベッド脇に置かれていたリモコンに手を伸ばし、照明にゲージをかけた。その手際の良さにライラは舌を巻いた。ジェリドは薄明かりの元ライラの全身をくまなく観察する。

 

「見るなっ!……どけ!」

 

片手で胸をかき抱き、もう片方の手で内股になりながら大事なところを隠すライラのそのポーズは、むしろ男を興奮させる類の物であるとジェリドは思った。

 

「無理だ」

 

(下の毛はやっぱ剃ってるんだな)

 

パイロットスーツで蒸れるせいか、等とライラに言えば確実に前歯を折られるだろう考察を行い、興奮の絶頂にいながらどこか冷静にジェリドはゆっくりとライラの女体へ手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 


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