刻の涙   作:へんたいにーと

7 / 12
第七話

◆ブリーフィングルーム

 

「ふむ、地球上がりの者達だけでは駄目だということか?」

 

視モニターには先の戦闘で要注意機体となった赤いリックディアスのデータが映されており、それを見ながらバスクがジャマイカンに質問した。

 

「はっ、あの赤いMSはあれ一機で周囲のMSの動きを支配しています。ですから、これを解決するには大佐に主義主張を抑えていただいて」

 

 主義主張と言うのはアースノイド至上主義の事だろう、バスクは地球出身の真のエリート達だけでティターンズを構成したいのだ。

またジャマイカンの小言が始まったか、とバスクは手を上げる事でそれを制止させる。ジャマイカンもバスクと同じ主義を唱えているが、バスクほど偏ってはいない。宇宙での戦闘では宇宙出身者を用いたがっている。

 バスクとしては納得しきれぬ部分ではあるが、ジャマイカンは優秀な部下だ。彼が持ってきた報告には興味深いデータも多々あり、バスクにとって無視できる内容ではない。

 

「これ以上の現戦力での追撃を少佐はどう思うか」

 

 大佐は揺らいでおられる、とジャマイカンはバスクの機微を素早く見て取った。こういう時は自分の主張は控え目にし、現実を淡々と告げる方がバスクの好みである事を長年の経験でジャマイカンは悟っていた。

 

「MSの手持ちが少ないのがいささか問題ではあります。かといって、後方に戻って戦力を建てなおすのも損であると考えます」

 

 後方に戻れば十分にMSの補給を受けられるものの、アーガマが行方をくらましてしまう事が分かり切っている。MSの数が不足しているためリスクはあるが、追撃を行った方が良いというのがジャマイカンの意見であった。もちろんボスニアのスペースノイドは作戦に投入せねばなるまい。

 

「アレキサンドリアとサチワヌ、ボスニアで追撃は続けろ」

 

「ブルネイは如何なさいます」

 

「私と共にグリプスに戻る」

 

 ジャマイカンは頬が緩みそうになるのを抑えた。つまり、追撃艦体の司令は自分であるという事だ。

 

「少佐は、エゥーゴの本当の基地が何処にあるのかを探れ」

 

 エゥーゴはあの女狐のおかげで人質とガンダムマークⅡを三機奪う事に成功した。これ以上の戦闘は避け、このまま所在がいまだに掴めていない秘密基地とやらに帰るのが常道だ、とバスクは考えていた。女狐とはエマ・シーン中尉の事である。

 

「グラナダを叩いてみますか……」

 

 ほこり以上の物が出るだろうという確信がジャマイカンの中にはあった。

 

「任せる。今は正規軍の中にまで浸透しているエゥーゴの中枢神経を抜きだすのだ。手段は問わん……もう遠慮するな」

 

「お任せを……直ちにブルネイから補給資材を搬入しろ!」

 

 あご下の贅肉を震わせながらジャマイカンが気味悪い笑みを返すと、すぐさま指揮を取り始めた。

 

 

 

 

 

◆医務室

 

 医務室の前の通路から聞こえてくる軍靴のあわただしい音でジェリドは目を覚ました。

エゥーゴに亡命した3人であったが、フランクリン・ビダン大尉がエゥーゴの新型モビルスーツであるリックディアス(赤)を略奪し、アレキサンドリアへと向かって来ていたのだ。

それを追ってクワトロが操るマークⅡまで来たものだから、戦闘配備が下されたのだ。ティターンズ側としてはエゥーゴ側から追撃が来るとは考えておらず、慌てている。

 

(やれやれ、そう言えばカミーユの父親がこっちに戻ってくるんだったな)

 

ジェリドは赤い目をこすってベットから起き上がると、伸びをする。

 

「うぅっ、さてどうするか」

 

ひびの入った肋骨がズキリと痛んだ。カミーユにやられた腹の打撲も深刻で、体を動かすと鳩尾が痛む。ぼうっと医務室のドアを見つめていたジェリドだが、ここにきて段々と腹が立って来ていた。

 

(あいつにここまで殴られる筋合いはないはずだぞ。俺は曲がりなりにもあのガキの母を救ってるってのに……)

 

「む、ムカつくぜ」

 

 一発殴り返してやればよかった、とため息をつくジェリドだったが、殴り返すも何も一発目でノックアウト寸前まで追いやられ、二発目で沈められている。油断していたとはいえ、カミーユの腕は中々のもので、ジェリドが一発食らった後で返すのは中々難しいと言えた。

 もう終わった事だと自分に踏ん切りをつけると、まず直近の問題をどうするかジェリドは考え始めた。問題とはフランクリン・ビダン大尉である。彼を助けるか、放っておくかジェリドは今まで決めかねていた。

 フランクリン・ビダンは技術士官であり、マークⅡ開発の功労者だ。ティターンズにとって重要人物と言える。しかしあの乱戦の中助け出せる自信はジェリドにはなかったが、もし運よく助けることができれば史実以上のモビルースが生まれるのではないかという期待もあった。

 機体が良ければ死亡リスクも下がるものだ。ガンダムMk-IIIなんて出来ないかなとジェリドは妄想を働かせていた。そんな時だった。あわただしい喧騒が突然医務室に舞い込んできた。医務室のドアが開き、外の音が入ってきたためである。

 

「どうしたエイダ曹長」

 

ジェリドが入ってきた人物に声をかけると、その人物は少し笑いをこらえたような表情でジェリドに言った。

 

「中尉、どうしたんですかその顔」

 

唇と頬、瞼が腫れあがったジェリドの顔は確かに笑えるものがあった。

 

「何でもない」

 

「まさかとは思いますがあの少年に?」

 

「何でもないと言っているだろう!」

 

 間髪入れずに怒鳴り返すジェリド。これでは図星と答えているようなものだったが、カミーユにここまでやられたのはジェリドとしても計算外で恥ずべき事だったため正直に答えるつもりはなかった。

 

「それで、外の騒ぎはどういうんだ。敵襲か?」

 

「はい、エゥーゴの新型モビルスーツとマークⅡを捕捉しました。アレキサンドリアの全モビルスーツは準備整い次第発進せよとの命令が出ています」

 

「俺には出てないだろう。俺の機体はスクラップになってる」

 

「いえ、それがですね。バスク大佐はエマ・シーン中尉の裏切りを黙って見過ごしてしまった事に大分お怒りのようで、ハイザック隊だけではなく予備のジムⅡも出すそうです。ですから中尉はジムⅡで」

 

「なに?馬鹿な事を言うな!……あんなモノで出られるものか」

 

ですが現戦力を全て投入せよとの命令なんです、とエイダは尻すぼみに伝えるとそのまま踵を返した。

 

「では中尉、私もすぐに出なければならないので。」

 

「おい待て、お前は俺の部下だろう。ハイザックを俺によこせ」

 

 これまでどこかジェリドを気遣っていたエイダは、ジェリドの横暴な要求に表情を消した。

 

「生憎とあなたの部下ではなくなりました。先ほどカクリコン中尉のもとに配属されましたので。御武運を」

 

「な!……薄情なやつめ」

 

 エイダにとってジェリドという人間は悪い人物ではないがそれ以上でもそれ以下でもなかった。カクリコン中尉のもとに配属された今、ジェリドを気の毒には思う事はあっても、ハイザックを渡す事はありえなかった。

 

また、部下の機体を徴収しようとす意地汚さもジェリドへの信頼を落とす切っ掛けになっており、エイダは先の二回の戦闘で自分は被弾しなかったにも関わらず、ジェリドが息も絶え絶えな事を思い出し、ジェリドは無能だと認識を改めた。無能な上官を持つ事は部下にとって死に直結する。もし本当にジェリドが無能なら、彼女がジェリドへ冷たい態度を取るのも間違った事ではなかったのかもしれない。

 しかし、先の戦闘でジェリドが戦っていたのはジェリドへ殺意を抱いていたカミーユビダンであり、エイダが戦っていたのは牽制程度にしかエイダを相手をしなかったアポリーであった。それにもかかわらず彼女は自分の実力がジェリドを軽く上回っていると不幸な勘違いをしていた。

 

 

 アレキサンドリアは二度の戦闘でモビルスーツを失い過ぎた。失態を繰り返す者に乗らせるハイザックはないのである。グリプスに戻り補給を受ければジェリドもハイザックに十分にありつけたが、今はアーガマを追撃しエゥーゴの本拠地を探る火急の時であり、補給が受けられない。どうせ壊すならジムⅡで出ろというわけである。

ジェリドのたび重なる失態に上層部、つまりジャマイカンは業を煮やしたのだ。命令が出てしまっている以上ジェリドは出撃するほかない。軍医も出撃可能と診断していた。

 フランクリン・ビダンさえ戻って来なければこんな事にはならなかったと、ジェリドは八つ当たりしながらパイロットスーツに着替えると、半ば自棄になりながらデッキへと向かっていた。

 

 

 

 わめくジェリドを整備兵がジムⅡに詰め込み、管制官がカタパルトを強制射出した結果、ジェリドは戦闘宙域へ真っ直ぐに向かっていた。しばらくすれば最前線だ。ふとジェリドは前面で展開されている戦闘が、史実よりも規模の大きいものだと認識した。

ティターンズがエマの脱走に気づけず、連邦のライラ隊に言われて初めて気づいたとあってはバスクやジャマイカンの顔に泥を塗るのと同じ事だ。

この戦闘で、両佐官は何が何でもアーガマに打撃を与えるつもりでいた。そのために、地球上がりのもの達だけでは宇宙での戦闘に不安が残るというジャマイカンの忠告に従い、宇宙に慣れている連邦軍のライラ率いるガルバルディ隊を使っていくこともバスクは仕方なく容認し、ジャマイカンにアーガマ追撃を一任したのだ。

 

「弾着確認!……あいつは!」

 

 カクリコンは味方艦隊から発射されたメガ粒子砲が白いモビルスーツの脚部に着弾したのを見届け、驚愕した。あの白いMSはよく見ると自分達ティターンズのマークⅡを白く塗り替えたものだ。スペースノイドの盗人めらがやりそうな事だ!とカクリコンは憤った。

 白マークⅡは赤い機体に未だへばり付いており、どうやら仲間割れのようであった。出撃前に司令部から送られてきたデータの中にあの赤いモビルスーツ、「リックディアス」は入っている。エース級のパイロットが乗っているらしく要注意とのことだった。

 

「エイダ曹長、なんだかわからないがあいつをやるぞ。俺がひきつける。その間に左翼からマークⅡを斬りこめ!」

 

「はい!」

 

 カクリコンは状況を見て、今がチャンスとばかりに強襲をかける事にした。ジェリドが最初にやられたのも確かこの赤いモビルスーツだったはずだ。その赤い機体が好都合にも抑えられていると来た。

 

(ジェリドには悪いが頂きだ!)

 

カクリコンはザクマシンガン改をリックディアスに放ちながら複雑な軌道を描き突撃を仕掛けた。

 

 エイダ曹長は自分でも気づかないほど微々たるものだが、慢心していた。マークⅡはこちらに気づいてはおらず、カクリコンへビームライフルを放っている。しかし、抱えている赤いモビルスーツが暴れるため当たる様子はない。

 

(今なら!)

 

 エイダはスラスターを最大に噴かし、ハイザックにビームサーベルを抜かせた。普段であればもう少し距離を詰めてから斬りこみにかかったであろう。いつもより少し遠い距離からの斬撃。しかしエイダには当たる自信があった。

 

(自分はジェリド中尉とは違う。パミスアデル中尉とも違うんだ!)

 

 無能な中尉と、尊敬していた中尉がエイダの頭にちらりと浮かぶ。その時、マークⅡがノールックでライフルを肩越しにこちらへ向けているのが目に付いた。目に付いたのだが、エイダにはそれがライフルだと理解するのに数舜かかった。

 

(背面撃ち!?)

 

 気づいたときにはもう遅かった。エイダの機体コックピットにむかって一直線にビームが向かってくる。いつもより少し遠い距離からの斬撃。今更になって距離をぎりぎりまで詰めてから行えばよかったと自分の慢心を認める破目になった。腹の奥底から恐怖が湧きでてくる。それがエイダの最後に感じた事、になるはずだった。

 

 白い何かがモニターの端から映りこんでくるのをエイダは見た。エイダ機を押しのけるようにして盾を構えたジムⅡが割りこんできたのだ。

ビームライフルをもろに食らい、ジムⅡの盾が吹き飛んだが、よろめいただけで大きなダメージはない。しかしこの隙を見逃すクワトロではない。マークⅡに乗り込んでいるクワトロは突然のカバーに驚く事もなく冷静に対処しようとした。

 

「ジェリドかっ!?やらせるかよ!」

 

しかしその時、カクリコンがハイザックの腰部についているミサイルポッドを全弾射出して弾幕を張る。

 

「なにッ!」

 

 クワトロは器用に殺気を感じとり、リックディアスの背をマークⅡに蹴らせて距離を取る事でミサイルを回避する。

 リックディアスに乗るフランクリンは蹴られた拍子にAMBACを使い、縦に反回転し逆様になりながらクワトロへとファランクスを放つ。

 

「自分の設計したマシンを敵のマシンに乗って実戦テストできるとはな!」

 

「……技師冥利に尽きる!!」

 

フランクリンはビームピストルをマークⅡに向かって乱射する。

彼の眼は欲望のため酷く淀んでいた。このまま、クワトロ達を引き離しティターンズに帰ることができれば、フランクリンは好きができる。技師としても、そして男としてもだ。

 

 もとはといえばヒルダが悪いのだ。カミーユが生まれてからというもの、身体を求めても何かにつけて断られてきた。愛人の一人くらい何だというのだ。エゥーゴへエマにより拉致され、ヒルダとは会う事が出来た。あろうことか、あのままエゥーゴに留まる等とヒルダとカミーユは言っている。私は技師であり、男であり続けたいのだ!今まで築き上げてきたキャリアをどうして捨てることができるというのだ!

 

 今のフランクリンにはキャリアが全てであり、父親として、家族の柱としての責任を果たす事は二の次だった。苦渋の決断ではあったが、フランクリンはティターンズに戻る事で好きにできる自分の研究と愛人のために、家族を捨てたのだった。

 

「なまじの技師ではないということか!」

 

 フランクリンの思わぬ攻撃により、事態は混戦の様相を呈してきたため、クワトロは一旦離脱する。

 そのクワトロ機を追いかけようとしたフランクリンだったが入れ代るようにしてカミーユが黒いマークⅡで戦線に入ってきた事で阻止された。

 

 

 

 

 ジェリドが戦線にたどりついたとき、すぐにマークⅡとリックディアスが目に付いたのは幸運だった。自分も後ろから援護しようと近づくジェリドだったが、マークⅡの動きを見たときに嫌な予感がした。

 

「何だというのだ!この不愉快さは!」

 

 頭ではジムⅡで近づくのは危険だとは分かっているものの、ジェリドは衝動を抑えられず突っ込んでいった。

 

「ぐぅっ」

 

わき目もふらずシールドを構え突貫し、ハイザックを突き飛ばした。直後にビームが直撃した盾が一瞬にして吹き飛び衝撃がコックピットに伝わった事で、ジェリドのひびの入った肋骨がひどく痛んだ。

 

(しまった!)

 

 マークⅡは未だにジェリドのジムⅡとハイザックを狙って来ている。なんてバカな事をしたんだ!と自分をのののしりながらよろけた機体を立て直す。

脂汗が一気に湧きでてくる。ジェリドの心拍数は恐怖のため極限まで上がっていた。

 

「ジェリドかっ!?やらせるかよ!」

 

 しかしマークⅡは突如抱えているリックディアスを蹴り飛ばし、離脱した。その直後にマークⅡとリックディアスがいた地点にカクリコンが放ったミサイルが殺到して爆発していった。

 

「カクリコンか!助かった!」

 

と言う事は自分が助けたハイザックはエイダ曹長の機体と言う事だ。ジェリドはそう判断し、すぐさまエイダを叱咤した。

 

「エイダ曹長何をしているか。動け!」

 

クワトロの離脱に合わせて黒いリックディアス2機の援護射撃が殺到している。

 

「は、はい!」

 

 エイダもティターンズだ。実戦慣れしていないとはいえ、すぐに持ち直し回避運動を取っていく。しかし何発か食らってしまった。

 

 

 ジェリドは迷った。フランクリンのリックディアスは今、カミーユのティターンズカラーのマークⅡと対峙している。今ならフランクリンを確保出来るかもしれないが、アポリーとロベルトのリックディアス二機を相手にしているエイダは、既に数発喰らっており危険な状態だ。カクリコンもエイダを援護しているがライラ隊はアーガマ本体を叩きに行ったようで状況が改善される様子はない。

 

「曹長、下がれ!その機体では無理だ」

 

 カクリコンの必死の叫び声がジェリドの耳を打った。ジェリドはノイズ混じりに聞こえてくるその声にフランクリンに近づきつつあった機体を反転させ、連携を取りながらエイダを追い詰める黒いリックディアスへとビームライフルを放つ。

 

「とんだ甘ちゃんめが!置かれた状況を考えない大バカ者め!」

 

 ジェリドは自らを怒鳴りつけながら、恐怖にすくむ足を殴りつけ思い切りペダルを踏み込む。アフターバーナー状態でトップスピードへ持っていくと、ライフルを連射しながら一直線にリックディアスへと向かっていく。

 狙いはカクリコンへ銃口を向けているリックディアスではなく、未だにエイダを狙っている方のリックディアスだ。リックディアスは最小の機動でビームライフルの連射をかわすとジェリドへとグレイバズーカを立て続けに放った。

 ジェリドはライフルの限界値を超える連射速度でビームを発射した事による、銃身のクールダウンのため一時的に撃てなくなったビームライフルを手前に放り投げ、グレイバズーカの銃口めがけてバルカンをばら撒く。

 

「うぅッ!」

 

閃光、花火のような巨大な爆発が起きた。

 

「そんなモビルスーツで!」

 

 アポリーはこちらへと銃撃を加えながら一直線に突っ込んでくるジムⅡへ二発バズーカを放った。あのスピードでは自身の経験則から行ってもバズーカを避ける事は困難であると言えた。案の定巨大な爆発が起き、アポリーは爆発に一瞬目を奪われた。

 

「やったか!」

 

 アポリーがすぐに別の敵機に狙われていないか周囲に視線を這わせようとしたその時、機体上方からロックオンされた事がアラートされる。目を上にやると装甲の至る所に凹みを作ったジムⅡがこちらへ斬りかかっていた。

 

「何だとっ!うぉおおお!」

 

 すぐにビームサーベルを展開するが、間に合いそうにない。やられる!アポリーが覚悟を決め奥歯をかみしめた。自分の機体の右肩部分から袈裟切りに斬りかかってくるのが脳の限界量噴出されているアドレナリンのおかげでスローで見える。

 肩部の装甲が融解し始めた振動が伝わる。優秀なパイロットであるアポリーは最期の時まで恐怖から目をつむる事はない。だからその時に何が起こったか、瞬時に理解できた。

 今まさに斬られるという寸前のところで、クワトロ操るマークⅡが残った脚部でジムⅡにとび蹴りを放ったのだ。身体をくの字にして回転しながら吹っ飛んでいくジムⅡにクワトロはビームライフルを連射し、ジムⅡが被弾しながら撤退するのを見届けると、彼としては珍しく声を震わせながらアポリーに怒鳴った。

 

「アポリー、油断するな。死ぬぞ!」

 

「すいません、助かりました大尉」

 

敵方の撤退信号が上がる。なんとかアーガマは守り切れたようだ。

 

「フランクリンビダン大尉が奪取したリックディアスは撃墜された。これ以上の追撃は無意味だ。こちらも撤退するぞ」

 

「ハッ」

 

アポリーは動揺していた。リックディアスを連れ戻せなかった事を知った事よりも、あのジムⅡのパイロットの行動に動揺したのだ。

 

(あんな攻撃は並みの精神力では出来やしない)

 

 自分のグレイバズーカの弾丸へ突っ込みながらビームライフルを投げあて、爆発に乗じて機体を上昇させ、相手の死角から一気にたたみかける。こんな事ができるのは死の恐怖を感じない奴か自分の力量に絶対の自信のある超エース級パイロットだけだ。

そんな言わばキチガイ共と戦っていると思うとアポリーは身震いする思いであった。

 

 

 

 ジェリドはノイズが激しく走るモニターで撤退信号を目視した。メインカメラが撃ち抜かれており、全周天モニターはその機能を殆ど果たしていない。

確実に殺ったと思った。投げたビームライフルにバルカンを放ち、爆発させる事でフレアとし、バズーカを二発至近距離にはなったが爆発させる事に成功した。そのまま油断した相手へ一気に切り込んだのだが、突然機体の横っ腹を蹴られコントロールを失ったところをビームライフルで撃たれ、この様だ。

 

 動力系統に当たらなかったのは運が良かったとしか言えない。ジェリドは今さらに襲ってきた恐怖に気持ちが悪くなり、ヘルメットを乱暴に取り外してあらぬ方向に投げ捨てると、思い切り嘔吐した。すぐさま異物をセンサーが感知し、周りのエアーごと吸い上げられる。吐瀉物はそのまま宇宙に放出された。

 

 蹴ったのはガンダムマークⅡだ。あの機体は白かった。つまり、クワトロが乗っていたという事だ。恐らくアーガマの援護に一度抜け、ライラ隊の撤退を追撃する形で丁度あの現場に出くわしたのだろう。

 

(まったく運が悪いのか良いのか……)

 

「ジェリド!無事か!」

 

その時、カクリコンがジムⅡの方に手を触れながら通信してきた。

 

「無事なわけないだろ。連れてけ」

 

「手ひどくやられたようだな。ま、無事なようで良かったぜ。俺は一機やったぜ赤い奴をな」

 

「……そうかよ」

 

 赤い奴と言うのはあのリックディアスだろう。あのリックディアスのマークの中よくやれたものだと素直にジェリドは感心した。喜んでいるカクリコンを前に、実はあれに乗っていたのはフランクリン大尉なのだと言えるわけもない。黙ってうつむくのみであった。

既にエイダは母艦にたどりついている事をカクリコンから聞いたジェリドは、アレキサンドリアへカクリコンと軽口をたたきながら共に帰っていく、エイダを助けた時に訪れた不快感の事など、ジェリドはすっかりと忘れてしまっていた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。