刻の涙   作:へんたいにーと

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第五話

作戦開始直前に格納庫へと向かうジェリド。既に出撃する全てのハイザックに火は入っており、ジェリド以外は搭乗しているものと思われた。

 

(危ない危ない。なんとか間に合ったか)

 

一機だけモノアイが光っていないハイザックを見つけると、ジェリドは地面を蹴って無重力状態の格納庫を移動した。

 

ジェリドは自分のハイザックを見て唖然とした。ハイザックの脚部で数人の整備員が未だに作業していたからだ。

 

「おい、もう出撃だろ。何やってんだ!」

 

「あ、じぇじぇじぇジェリド中尉!」

 

朝の連続テレビ小説も真っ青な台詞を吐きながらジェリドに肩を叩かれた整備員が固まった。

 

「いえその、ティターンズカラーのパーツが今なくて連邦のパーツ取りのハイザックの足をつけたもんですから、あの、ジェリド中尉は謹慎て聞いたもんで、出撃まで間があると思って今日までそのままでして」

 

慌てふためきながら言う整備員の階級は伍長であった。この階級の一介の整備員ではジェリドに恐怖するのも無理はない。しかも事が事だ。ジェリドの乗るハイザックはクワトロに射撃された右脚部を換装したのだが、その換装した脚部が連邦軍カラーのハイザックだったため、外装パーツがパープルだったのだ。

そのためジェリドが搭乗する予定のハイザックは右脚部だけ連邦色になっており、統一感のない配色になってしまっていた。

 

「……班長にはもうどやされたのか?」

 

ぶっきらぼうに言うジェリドに伍長は間違いなく殴られると思った。

 

「は、はい」

 

「ならもういい。しかし使えるんだろうな?」

 

ジェリドはそう言うとコクピットへとジャンプする。

 

「はい。それはもちろん!もともと色が違うだけですから。すいませんでした!これ、ドリンクです」

 

追ってきた整備員はチューブに入ったドリンクを太郎に渡すとそのまま下がって行った。

ジェリドはすでに立ち上がっているOSの最終チェックをしながら、リニアシートの窪みにバックパックを入れて体を固定させる。

 

(ドリンクで買収とは俺も安くなったもんだ)

 

無線を開くと、すぐにエイダ曹長がモニターへと映った。

 

「ジェリド中尉!今までどこに行ってたんですか!」

 

表情はすごい剣幕なのだが、もともとかすれた声のハスキーボイスなので、怒った時の声が裏返ってしまっていて様になっていなかった。

 

「曹長。そういう時は低い声で唸るようにすると怖い声が出るぞ」

 

簡単にあしらうジェリドにエイダは牙を剥いていたが、ジェリドは無視した。

 

すでに格納庫のハッチは開かれており、次々とエマ隊がカタパルトから射出されている。

 

「よし、ジェリド分隊続くぞ。エイダ曹長よいか?」

 

「はいッ」

 

「ジェリド・メサ出るぞ!」

 

アレキサンドリアが航行している速度にプラスする形でハイザックはカタパルトから射出される。この速度ならまず、敵は狙いをつけられないだろう。

 

エイダ機を左斜め後方(8時の方向)に、付かず離れず隊列を組ませて飛んでいると、前方で停戦を意味する発光信号が射出された。

 

(エマ中尉が無事アーガマに乗り込んだな)

 

先行している白旗を持たせたマークⅡに搭乗したエマと、エマ隊の2機のハイザックはどうやら無事にアーガマへとたどりつけたようだ。

彼女は単身アーガマ乗り込み、バスク大佐からの親書をブレックス准将のもとへと届けたのだ。尋常ならざる勇気の持ち主と言えるだろう。

ジェリド分隊はスラスターを逆噴射して推進剤を使いながらアーガマと相対速度を合わせる。

 

「交渉は、上手くいくんでしょうか?」

 

不安そうな声を隠しきれずにエイダが尋ねてくる。彼女からしてみれば、交渉が決裂すればジェリドがカプセル爆弾でアーガマもろとも玉砕するのだ。不安にもなる。

 

「エマ中尉ならやってくれるさ」

 

ジェリドは適当にあしらうと、カプセルを探し始めた。ヒルダ中尉がノーマルスーツを着ているのかどうかが非常に気がかりで、エイダの不安を取り除いてやる事まで頭が回っていなかった。

 

「後方より、何かが飛来してきます!」

 

「あぁ、ジャマイカン少佐の言っていたカプセルだろう」

 

緑と赤の警告灯を点滅させながらゆっくりとカプセルが宇宙空間を漂ってくるのをエイダに言われ、ジェリドも確認した。

 

「ここからじゃ……中身までは見えません。あっ、中尉は命令書の中身を」

 

 ジェリドはエイダの声に自らも最大望遠でカプセルをモニターに映してみるも、確かに中身は確認できなかった。

カプセルの外観は円筒系のガラス張りで、底部は金属製だが非常にもろそうだ。強化ガラスの類を使用していると思われたが、何れにしろこんなものに人間を入れて敵地へ送るなど正気の沙汰ではない。

ジェリドが命令書を開くと≪カプセルを敵が奪う気配がしたらカプセルを撃破しろ≫と手書きで書かれていた。

 

(……下衆めが)

 

内心毒づくジェリドだが、曹長へと指示を飛ばす。

 

「エイダ曹長はアーガマと現在の距離を維持したまま待機。命令書は敵が奪う気配がしたらカプセルを撃破しろとのことだ」

 

ジェリドは少しカプセルに近づく。

 

「カプセル撃破のタイミングは俺の一存で決める。万が一俺がカプセルをやれなかったら分かっているな。お前がやるんだ」

 

「了解しました。ご武運を!」

 

エイダを残し、ジェリドは単機で加速する。ザクマシンガン改の射程圏内に入ったカプセルの中身にはノーマルスーツを着たヒルダ・ビダン中尉がいた。

 

「よし、捉えた」

 

(着てくれている。これで殺さずに済むかもしれない)

 

ジェリドはコックピット内でひそかに喜ぶ。ヒルダ中尉がこちらを向いているのが分かった。バイザーのせいで表情まではわからないが、恐らく恐怖で顔をゆがめている事だろう。

 

ジェリドはハイザックの手を上下させ、かがめと合図する。

 

ヒルダはしばしハイザックの動きを眺めていたが、やがてその意図をつかみカプセルの中で身を小さくしてかがんだ。

 

その時、アーガマの方から一機の黒いモビルスーツがカプセルへと向かってきた。カミーユの操るガンダムマークⅡ3号機だ。

 

「エマ中尉が!……合流信号が出るはずですが」

 

エイダ曹長はジェリドの方へ向かってくるガンダムを、エマのものと勘違いし、撃たなかった。

 

「違う、エマは1号機のはずだ。曹長は現在地から動くな!」

 

ジェリドは焦りながら叫ぶ。とにかくヒルダを殺さないことがジェリドにとって先決だったため、エイダに下手に動かれて状況の変化を作るのは御免だった。ジェリドはやむを得ずカミーユの接近を許すことにした。

 

「見えるのですか?」

 

ジェリドやエイダの位置ではまだ何号機か分かるものではなかったが、何ていう事はない。あらかじめカミーユが来る事をジェリドは原作を見て知っていたのだった。

 カプセルからそう遠くない距離でハイザックが銃器をカプセルに向けているのにも関わらず、マークⅡは猛然と飛んでくるとそのままカプセルの目の前で急停止した。中に入っているヒルダはさぞかし怖かったであろう。

 

「あのガキ!まるで周りが見えていない……当たってくれよ!」

 

 カミーユの迂闊な行動をののしりながら、ジェリドはカプセルの上部へ狙いをつける。マニュアル操作のため細心の注意が必要だというのに、カミーユの登場によりジェリドは焦っていた。しかしここで外しては艦内での危険な賭けの意味を失ってしまう。

 

 ジェリドは呼吸を止め、眼を限界まで見開き、額から垂れる汗がまつげに乗ったのにも気づかないほど集中していた。照準の微調整を0.1度プラス上方修正すると、セミオートでザクマシンガン改を放った。

放たれた質量弾はちょうどマークⅡのマニピュレーターで包み込もうとした指と指の間を撃ち抜き、カプセルのガラスが砕け散った。

 

「着弾!」

 

 食い入るようにモニターを見つめノーマルスーツを着た人影を探すと、マークⅡの手にしがみついているのが確認できる。

 

(よし。死んで……ないな!)

 

 ガラス片でノーマルスーツに穴があいているかどうかを確認はできないが、ひとまずジェリドは安堵すると緊張が切れたのか一気に疲れが襲ってきた。

 

本来ならばここでヒルダは殺され、状況を理解していないジェリドに強烈な不快感が襲われる。まるでニュータイプかのようにジェリドが人の死を感じ取る状況が発生するはずだったが、今回ジェリドには疲れが襲ってくるだけでニュータイプの兆候は全く見られなかった。

 

 マークⅡはそのまま一度アーガマへ戻るようだ。停戦信号は取り消されていないので、ジェリドに背を向け去っていくマークⅡにジェリドは別段何もしなかった。

ジェリドは一旦エイダのいる宙域まで下がると、エイダのハイザックに手をかけて通信した。

 

「エイダ曹長!カプセルは撃破した」

 

「こちらでもカプセルの撃破を確認しました。しかし、アーガマも敵モビルスーツも何ともないようですが」

 

「わからん。だが分隊の任務は遂行した。エマが撤退するまではこの宙域にとどまる」

 

「了解しました」

 

 ジェリドはエマの撤退までは踏ん張ろうと決意する。ヒルダが生きていればカミーユが戻ってくる事はないだろう。それならばモビルスーツ戦をやることもないだろうとジェリドは高をくくっていた。

 

 

 

 特に戦闘もなく終わるかに思われたが、しばらくすると突然閃光がジェリドへ襲いかかってきた。アーガマへ自らの母を送り届けたカミーユが、周りの制止を聞かずに再びジェリドのいる宙域へ舞い戻ってきたのだ。

 

「馬鹿な!停戦信号が見えていないのか!」

 

明らかな戦闘機動でこちらへ向かってくるガンダムにエイダは目をむいた。

 

(もしかしたらヒルダは打ち所が悪くて死んだのか?だとしても……)

 

ジェリドは迂闊にカミーユを再出撃させることを許したアーガマを呪った。

 

「あれは敵だ!散開して迎撃するぞ」

 

こちらへ蛇行しながら近づいてくるマークⅡを確認したジェリドとエイダは、後退しながら三点射を繰り返し、カミーユを近づけまいとした。

 

 

ジェリドのハイザックは連邦軍カラーとティターンズカラーが混合し非常に統一感のない色合いの機体となってしまっている。それはカミーユにとって良い目印のほかにならない。

 

執拗な追撃にジェリドは振り切ることを断念すると、作戦失敗の信号弾を発射しカミーユのマークⅡへ相対した。すぐに後続であるガルバルディ隊が撤退支援のため発進するだろう。

 

 ジェリドは本気でカミーユと戦うつもりなどなかった。どうせ本気で戦ったところでマシンスペック的にカミーユには勝てないはずだ。ならばこちらの被害がなるべく出ないように、突出せず2機以上であたればよいと高をくくっていた。

 

 カミーユとしては自らの母であるヒルダを人質作戦と称して宇宙へ放ったティターンズに激怒していた、ヒルダは何とか生き延びていたが一歩間違えれば死んでいた。

 

自らの母をそのような危険にさらした紫色の足を持つハイザックに、カミーユは明確な殺意を抱いていた。そのため、執拗にジェリドのハイザックを追いまわすこととなる。

 

 この頃のカミーユは軍属でも何でもなく、まだエゥーゴが欲していたガンダムマークⅡを奪取するのに協力した客分である。戦争のせの字も知らないカミーユは全くの個人的な感情からガンダムを操っていた。

当然、アーガマの事情などは考えていない。アーガマはエンジンをやられ足を鈍重にさせられており、背後には連邦軍のボスニア、ティターンズのアレキサンドリア率いる艦隊が追ってきている。数的不利な状況で、なおかつ逃げ切ることもできず状況は悪化していた。そのため、事態はカミーユとマークⅡをエマに引き渡す方向で固まっていたのだが、カミーユは母親の乗るカプセルへと銃撃したハイザックが許せなかった。父親がいまだ人質として捕えられているにもかかわらず、再出撃したのだった。

少年の心とアーガマの方針に溝が生じた結果、このような出撃を許す結果となったと言える。

 

 

「えぇい!カミーユ君がまた出たのか!」

 

 クワトロ大尉がアーガマから飛び出していくマークⅡを見て状況を把握し、すぐさま発進したが、ジェリドの信号弾を見てやってきたライラのガルバルディ隊をアーガマに近づけないよう応戦するのに手がいっぱいでカミーユを止められない。

 

「人が、人が入っていたんだぞ!」

 

 カミーユはジェリドのハイザックへ向けてバルカンを放った。しかし狙いのハイザックはスラスターを吹かせて大きく回避する。

 

「殺してやる!」

 

 バルカンはあくまで囮、すぐさま回避先へ本命であるビームライフルで偏差射撃しようと狙いをつけたが、狙いのハイザックの僚機がカミーユへ質量弾をばら撒いていた。

 

「クソッ!」

 

 カバーされうまくいかなかった事に悪態をつきながらもバーニアを小刻みに吹かせて全弾回避することに成功する。

 

「まだだ!」

 

「カミーユ君!やめなさい!」

 

 カミーユが更なる追撃をかけようと動くと、アーガマから発進したエマ機がカミーユを羽交い絞めにした。

 

「二人ともやめて、ジェリド中尉、乗っているのは子供なのよ!」

 

 ジェリドはエマがカミーユへと取りついてから、一瞬おとなしくなったカミーユを見て、これ以上の戦闘意思はないものと判断しエマに状況を聞くため近づいて行った。

 

「エマ中尉、これは一体どういうんだ」

 

「離してくれ!あいつは!あいつは!」

 

 カミーユはスラスターを最大に吹かせるとによって乱暴にエマ機を振り払うと、エマ機が取りついてからこちらへ近づいて来た狙いのハイザックへ左手の盾で殴りつけた。

 

 マークⅡの盾でコックピットを殴りつけられたジェリドのハイザックは、コックピットの外部装甲を大きくへこませジェリドの頭をシェイクさせた。

 

「ぐぅうっ!」

 

 強烈な振動で一瞬気が遠くなるも、ジェリドはすぐに頭を振って意識を保とうとする。負傷した肋骨とバスクに殴られた頬が痛んだ。甲高い警報音が響きモニターへ意識を向けると、ビームサーベルを抜いて自分にとどめを刺そうと大きく右腕を振り上げているマークⅡが目の前に浮かんでいた。

 

「ビーム!」

 

ジェリドは突然の事で一瞬反応が遅れてしまう。

 

「サーベル!」

 

エマの叫びがノイズに混じって聞こえた気がした。

 

「うおっぉお!」

 

 

 回避することが間に合わないと本能的に悟ったジェリドは悲鳴を上げながらも操縦桿にかじりつく。ハイザックを頭からコックピットまで上段で一刀両断しようとしていたマークⅡの胸部装甲に、ハイザックの左フックを叩きこんだ。

確かな衝撃がハイザックの左腕を通してジェリドのコックピットへ伝う。極度の緊張状態の為頬に浮かぶ玉のような汗は、ヘルメットの内装に吸収されていった。

 

人型機動兵器であるが故に、そこから生まれる上半身の右へ回ろうとする腰のねじりを生かし、更にはバーニアを吹かせる事によってその動きを補助し、ハイザックをマークⅡと半身で相対させようと回転させる。

 AMBACを使った格闘戦における基本動作の一つだ。士官学校時代、ジェリドはカクリコンとモビルスーツでの殴り合い(どつきあい)の喧嘩をしたことがあったが、それは決して無駄ではなかったのだ。当然始末書では済まなかったが。

 本来地球での経験を宇宙上がりたての者が生かすことは非常に困難なことであったが、今回、ジェリドの戦闘センスがそれを成し得た。

 

 しかし、ビームサーベルを避ける事をとにかく目標にした動きのため、実際に半身で相対させ、次の攻撃に備えられる速さでのバーニア噴射と言うより、ジェリドは焦りから必要以上にペダルをべた踏みして出力を上げたため、非常に多量の噴射剤を使用する事となった。だがそのおかげで、回転速度は機体フレームの耐えられる限界値まで上がり、なんとかハイザックの左肩部についているスパイクとランドセルの一部のスラスターを切り落とされる程度に留めることができた。

 

機体を斬られる金属フレームの甲高い悲鳴がコックピットに木霊し、ジェリドのストレス指数が一気に上がる。そのまま逆噴射をすることもなく、勢いを生かし機体を最大速度のまま一回転させると、マークⅡのマニピュレーターへ強烈な右後ろ回し蹴りを放った。

ビームサーベルはマークⅡの手首ごと捥ぎ飛ばされる結果となり、傍にいたエマ機が慌ててそれを回避する。

 

「ぐッ!」

 

ジャストミートした瞬間の衝撃は凄まじいものがあり、耐えられなかった全周天モニターの一部にひびが入り、画面本来の色である黒いドットがあちこちに浮かんでいる。コンソールには右脚部の致命的な損傷を知らせる警告が部位ごとに次々と浮かんできている。

 ジェリドはダメコンを後回しにし、マークⅡコックピットに左前蹴りを叩きこみ、残ったバーニアとスラスターを生かしてマークⅡから距離を取った。

マークⅡは突然の出来事にうろたえており、バルカンをあたりにまき散らすにとどまっている。

 

ジェリドは止めを刺せる状況ではないと把握し、エイダの様子を確認すると、黒色のリックディアスと戦闘に陥っているのが見えた。アポリーかロベルトが相手ならエイダには荷が重すぎると言えた。しかしジェリド自身は今助太刀できる様な状況下ではなく、今もマークⅡのバルカンを避ける事に必死だ。

 

「後続隊は何をしているのかッ!」

 

ジェリドは苛立ちのあまりオープンチャンネルのままで大きく声を荒げた。ガルバルディを探すと、ライラ機と思われるガルバルディとカミーユに振り払われたエマ機は近距離通信を行っているようだ。

史実通り、敵に考える時間を与えるんだ!とか言っているんだろうとジェリドは推測した。

 

(何を馬鹿な事を、その考える時間のせいで俺達は死ぬぞっ!)

 

そんな事は洒落にもならないとジェリドは歯ぎしりしながら回避運動をとる。

 

マークⅡはジェリドを生きて返す気はないらしく、左手でライフルを乱射しながらこちらへ向かっている。

 

「死んじまう!」

 

バーニアの微調整でぎりぎりの所を避けるも、通り過ぎていくビームに近すぎて装甲が溶かされ、ハイザックの装甲のいたるところにみみずばれの様な跡ができていた。

片側のスラスターがつぶされた為、放っておくと左回りにくるくると回ってしまうが、姿勢制御のため機体についているアポジモーターをオートで噴かせている

ザクマシンガン改をばら撒きながら後退するも、機体自体が先ほどの格闘戦でどこか歪んでいるのか、当たる気配はない。スラスターも一基しか残っていないため推力が思うように上がらず、カミーユの接近を徐々に許してしまった。

 

悪い事は重なるものでコンソールにリロードの文字が赤字で点滅している。

 

「馬鹿な!スペア!」

 

回避運動をとりつつ音声認識でリロードさせようとコンソールへ叫ぶが、左腕がスパイクを斬られたときに神経ケーブルまでやられていたようで、上手く動作しない。片腕でリロードされるようハイザックはプログラムされておらず、ぎこちなく左腕が上下するだけであった。舌打ちをし仕方なくマニュアルに切り替えてリロードしようとするが、手間取ってしまったジェリドにカミーユがライフルを捨て、残り一基となったサーベルに持ち替えて襲いかかってきた。

明確な死の気配を感じ取ったジェリドは自らの終わりを覚悟した。

 

 しかし、カミーユの渾身の一撃はまたしてもジェリドの命を奪うことはなかった。ライラと話をつけて戻ってきたエマと、ライラが退いたためアーガマの守りをアポリーとロベルトに任せたクワトロが停戦信号を放った後、カミーユのマークⅡを押さえこんだのだ。

 

「二人ともおやめなさい!」

 

「カミーユ君!停戦信号の見落としは家族ともども死刑になるぞ!」

 

「離してくれ!離せよ!」

 

「男のヒステリーはみっともないわよ!」

 

「よくもそんな事を言えるッ!目の前で親を!親を!」

 

ジェリドのハイザックと三機の距離が非常に近いため、ミノフスキー粒子下にあっても無線を傍受することができた。

 

「エイダッ!何をしている!……死んだか!」

 

どうやら今がチャンスのようだ。ジェリドはそう判断し、満身創痍のハイザックで後退する。既にエマ機の援護どころの話ではなかった。こちらを今すぐ援護してほしいのだ。

 

 チャンネルを分隊のものに合わせてエイダ機に向けて呼びかけるが、遠くの宙域にいるのか不通のままだ。ミノフスキー粒子下では良くあることのため、コンソールでエイダ機の呼び出しをエンドレスで行わせながら後退した。

 

 こうしておくと、ミノフスキー粒子の切れ目か何かの拍子に通じたりすることがあるのをジェリドは士官学校時代に教わっていた。

 

 コックピット内に警告音が鳴り響き、警告灯が灯った。

 

「なんだ?」

 

ジェリドがコンソールをのぞくと、ダメコン画面が開かれており推進剤タンクへのダメージが危険域にまで達しているグラフが表示されていた。

これ以上スラスターを使用しては融爆の危険性があると判断し、進行方向をアレキサンドリアへ向けるために幾度かバーニアを吹かすと、ジェリドはハイザックの機体と後部のランドセルを分離させた。

 

ガコン……と振動音が機体内部に響きランドセルがはずされる。目の前へくるくると回転しながら流れ去っていくランドセルをジェリドは疲れた表情で見守っていた。

 

バーニアやアポジモーターは生きているが推進剤がないため吹かすことはできない。

これで自力では今以上速度を上げることも、下げることもできない。ハイザックは緩やかな速度でアレキサンドリアへと漂流していく。

非常事態のため、救難信号を全周波数に向けて発信し、生命維持装置を働かせた。コックピット内の電飾の明かりが消える。生命維持を最優先とさせるためエネルギーをこれ以上消費させないようにしているのだ。

 

エマ機はとうに見えなくなっている。後方での合流ポイントまで無事にたどり着ければいいが、直進することしかできないためデブリにぶつかってしまえば入力した方角からずれてしまう。それは母艦に拾ってもらえる可能性が極めて下がると言うことだった。

 

「ともかく俺は生きている」

 

 カミーユと戦い死にかけ、今漂流し、ジェリドは強く生命を感じた。平成の日本において一般人である太郎がこれほどまでに生を感じることはなかっただろう。本能から命の危機を察知し、格闘戦を行えたのは一重にジェリドの肉体のおかげであった。

 

 ジェリドが劇中で死ぬまで残り十数カ月と言ったところだが、2回の実戦を生き延びたジェリドは史実通り生き残るのがどれほど困難であるかを知った。

 

「当てにならんな」

 

 だがそれは、十数ヶ月後に死ぬこともまた当てにならないということだ。ジェリドは吹っ切れた。

 

「もういい子にするのはやめだ」

 

 

 撃ってくる者がいれば生き延びるために迎え撃つし、戦いになれば殺すだろう。人を殺すのはもちろん嫌だ。しかしジェリドはティターンズのパイロットに選出されるほどのモビルスーツの操縦技術を持っているのだ。軍を下りることは考えられなかった。

 ジェリドには何度も言うように立派な信念や主義主張などは持っていない。自らの欲望のためにモビルスーツを駆り、立ちふさがるものを殲滅していく。そしてそれで良いと思っていた。

 

 その先で近い未来が変わろうとも、F91の時代やはるか未来の∀の時代の頃にとっては些細なものだろう。ジェリドは自分の存在は、そう考えるとひどくちっぽけなもので、何をしたって構わないのだという、そんな達観した考え方を持ち始めていた。

 

 休暇がもらえた日にはどうしようか。ふとジェリドはそんな事を考える。

(女を抱く。それも、とびっきりのいい女達をだ。月の売春宿にでも行ってパーっと遊ぼう。それがいい。)

 

凶悪な笑みを浮かべながら俯くジェリドに一機のハイザックが近寄ってきていた。

 

「……ジェリド中尉、聞こえますか!エイダです!」

 

ジェリドにはそのかすれた少年の様な声に弾かれた様に顔を上げると、震えた声で無事を返答するのだった。

 

 


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