刻の涙   作:へんたいにーと

11 / 12
第十一話

 ジェリドは激怒していた。

もちろんその原因は先のエマシーンに発砲された事に起因する。かつて共に厳しい訓練を乗り越え、飯を共にした同胞に撃たれたのだ。しかも二発もジェリドに命中しており、ジェリドの右頬と額の一部は裂かれ、激しい出血が見られた。今は医療用の強力なバンドエイドを貼って止血しているが、早急に手当てが必要だった。

 さらにはエマシーンによってメットを打ち抜かれたため、ジェリドのメットは使い物にならず、コロニー内に脱ぎ捨ててしまった。つまり、真空状態のドッグに置いてあるMSに、メットのないジェリドは乗れないのだ。

そのため、ライラ達に先に脱出してもらい、ジェリドはドッグがエアーで満たされるまで待ってからジムⅡに乗らなければならなかった。

 

 既にライラ隊のガルバルディとエゥーゴの面々との戦闘は始まっている。この局面で出遅れる事はジェリドにとって不本意であり、ライラの安否が気になるジェリドを大いに焦らせ苛立たせたのだ。

傷を負ったのも、メットが駄目になり出遅れたのもエマ・シーンのせいであると結論付け、ジェリドは歯ぎしりした。

傷を心配したライラのはからいにより、母艦に帰投するよう命ぜられたものの、ジェリドはその命令を無視して戦場へと赴いた。

暗い宙空では、MSを機動させる際に出てしまうスラスターの輝きは悪目立ちする。ジェリドはすぐに交戦ポイントを割り出す事が出来た。

 

 漂うようにして現れたジムⅡにライラは命令を破られた事に少し眉をひそめるも、そんな事で引き下がるような男ではない事も承知していた為、特に何も言わなかった。

ライラは敵にガルバルディが渡る事を嫌い、僚機に死んだパイロットのガルバルディを積ませ母艦へと帰投させた。すぐさま予備パイロットを乗せて参戦するようには言ってあったが、ジェリドが来るまではライラ一機で敵のガンダムを抑えていた状況だ。

 

「加勢する!」

 

 ミノフスキー散布下における独特のノイズ音に混じって、ジェリドの声がライラに届いた。

 

「ガンダムタイプ一機。手強いぞ!」

 

 ライラは怒鳴り返すとすぐさまスラスターを噴かせ、更に加速しガンダムマークIIを追いかけた。

ジェリドもライラを追尾し援護しようとするものの、出力差によりまったく追いつくことができない。

 

(なんて重さだ!)

 

 25%の出力ダウンによるものだ。通常時でさえガルバルディに追いつくには、ガルバルディ以上にスラスターを噴かさなくてはならないというのに、今ジェリドが乗っている機体は更にパワーダウンしている。追いつけるはずがなかった。

 

 これでは援護どころか的になってしまう!思わずそんな考えが頭にちらつき、不快な汗が出てくる。血に混じったピンク色の水滴がコックピット内を漂った。

しかし今のジェリドに出来る事は前を航行するライラを懸命に追う事だけだ。ジェリドは前方で行われる戦闘の光を追っていった。

 

 しばらくすると、コロニーの外壁を沿うようにして二機が戦い始めた。時折、銃撃を受けた外壁が崩れ、その破片がデブリとなってジェリドの機体を襲う。

 

「うおっ!」

 

 今のは大きかったと、思わず視線を後ろのデブリへと向けた時だった。そのデブリの影にほとんど隠れてはいたのだが、チラッと後方で光が走ったのをジェリドの目は捉えた。MS特有の光の走り方だ。寒気が奔る。

咄嗟にジムⅡの脚部についているマグネットの出力を最大にし、スラスターを噴かしてコロニーの外壁へ急速下降する。噴射剤と磁力を使い、通常よりも素早く外壁に張り付いたため、もろくなった外壁の表層の一部が剥がれ落ち、宙を漂った。

 

瞬間、頭上を漂っていたデブリの一部にビームによる閃光が命中し、貫通して通り抜けた。

 

「新手かっ!」

 

 コンソールでコンピューターに索敵チェックをさせる。周囲に一つ、熱源反応があった。

ジェリドはデブリが完全に溶解せずに貫通した事で、艦船によるビーム砲撃ではなく、MSの武装によるビーム射撃だと推察した。

すぐさま第二撃に備えスラスターを噴かし、コロニーの外壁を沿いながら、コロニーに纏わりつくように螺旋を描いて低空飛行する。すぐに第二撃が先ほどまで着地していた地点を襲い、コロニーの外壁を溶かしていくのが見えた。

 

「見えた!」

 

 先ほどより接近した位置からの射撃を受け、ジェリドは敵機を視認する事に成功する。

 機影は黒いリックディアス。原作ではアポリー中尉の機体を借りたクワトロ大尉と、ロベルト中尉のリックディアスの2機がガンダムのバックアップについていた。

しかし、元同胞であるティターンズ軍人に対して確固たる射撃を見せたエマに、クワトロはブレックスに捕虜扱いを止めさせ、MSを操縦させる事を進言した。

これにブレックスが押される形になり、カミーユとエマを前線に出させ、今回で両パイロットの実力とガンダムマークⅡの性能を一挙に試そうというわけだった。クワトロは史実通りアポリー中尉の機体を借りて後方に控えている。

つまり、この本来ロベルト中尉の機体であるリックディアスに搭乗しているのはエマ・シーンであり、今最もジェリドが会いたくない相手であった。しかし、ジェリドには当然誰が乗っているか等分かるはずもない。

 

「ディアスか!」

 

 ジェリドは捕捉したリックディアスへジムⅡの機体を反転させ、ビームライフルを放った。当たれば上等程度の牽制射撃だ。

敵機がコロニーの陰に隠れたのを見てジェリドは敵機を無視し、ジムⅡをライラとカミーユの戦う戦闘宙域へと進めた。

行かせはしないと、またもや敵機の射撃による閃光が奔った。

 

「しつこい野郎だ!」

 

 ジェリドは敵が自分とライラの合流を阻止する狙いのようだと感じ、このまま合流するのは危険だと考えた。ここで撃破しておかねば航行中に撃たれる可能性がある。

しかし、小破したジムⅡでリックディアスを堕とすのはジェリドの腕では厳しいものがあるとジェリドは自己分析していた。そのため、ジェリドは不用意に敵機へと相対し戦闘を行う事は避けたかった。

仕方なく消極的な射撃を行った後、敵機がコロニーを利用して視界から外れたのを見て、またもライラ機へ向かって前進する。

 それを見計らったかのようにコロニーの陰から半身を出したリックディアスは、ジェリド機へ急速接近しながらビームを放った。

ジェリドが何としても前方と合流したがっている事に感づき、ライラ隊との合流をここで絶対阻止する構えを取ったのだ。

 

「うっ!」

 

 想定外の速度で接近され、キルレンジからの射撃に驚いたジェリドだったが、MSは振り返らせず、銃を肩に乗せ、銃口を背面に向けると、銃身が逆さまの状態ですぐさまビームライフルを放った。クワトロ大尉が得意とする背面射撃をジェリドが真似たのだ。

 しかし正確には、クワトロの背面射撃は、MSもパイロットもノールックで敵機を見ずに感覚のみで行っているが、ジェリドにはそのような技術はない。

全天周囲モニターとリニアシートの特性を生かして、シートを180度回転させ、背面の様子をつぶさにチェックしながらの射撃だ。相手からすれば、敵機が自機とは対面していないので、パイロットの注意は前方に向いていると思うだろうとジェリドは考えたのだ。

 敵機が回避を試みたが、一瞬早くビームが命中した。コックピットはそれたが、敵機の右腕部に深刻なダメージを与えたのが見て取れた。ビームピストルを下げた右腕はだらりと垂れ、持ち上がる様子がない。

 

「何だ?」

 

 命中したと言うのにジェリドの表情はすぐれない。違和感を感じていたのだ。

今まで戦ってきた相手より格段にレベルが低い。アーガマに配属されているパイロットの錬度は、非常に高レベルであった。この程度のフェイントは避けて当然だ。

 

(機体に慣れていない?)

 

 しかし、今は戦闘中だ。敵機のパイロットを探っている場合ではない。早く片をつけてライラの援護に行かなくてはならないとジェリドは思い直した。

ジェリドは被弾し、回避運動を取る敵機へ向けてついに機体を反転させ、突撃をかけた。

ビームライフルを放ちながらジムⅡが接近する。敵機は回避運動を取りながらのビームピストルの持ち替えに一瞬手間取ったため、ジェリドの接近を許してしまった。

 

「堕ちろ!」

 

ジェリドがビームライフルをキルレンジで放とうとした時、一瞬早くリックディアスは左手に持ち替え、そのビームピストルでジムⅡを狙撃した。ピストルの持ち替えに手間取って見せたのはブラフだったのだ。

リックディアスの放った一撃は、ジムⅡの右手に持っているライフルに命中し、爆発が起こる。

 

「ああッ」

 

主兵装と右マニピュレーターを破壊され、ジェリドは焦った。

 

「くそ!」

 

 右腕で操縦桿を倒し、左腕でスラスターレバーを渾身の力を込めて押しこんだ。押し込む途中につけられたリミッター用の留め具がはじけ飛び、エンジンが悲鳴を上げる。急激な加速によるGで、リニアシートにジェリドの頭部がめり込んでいく。

 

「タイマー起動!逆算!」

 

命令を音声入力する。リミッターを外して常用外の出力でエンジンを運転させ続ければ、機体は火だるまになってしまう。エンジンが爆発するまでの秒数は12秒とモニターに示された。

 

 盾を構えて、爆煙から掻い潜って唸りを上げて突進するジムⅡに、リックディアスは咄嗟の対応がわずかに遅れてしまった。

ビームピストルをジムⅡに向けようとした時には、ジムⅡがリックディアスにめり込むようにして突進されており、エマは衝撃でバウンドするように頭をコンソールへと打ちつけられた。

 

 ジェリドは衝撃による激しい振動に襲われ、胃の中の物が逆流しかけた。目前のコンソールに額の傷を思い切り打ちつけ、ぱっくりと割れた傷から血の玉が宙を舞い漂う。反応して運転し始めたエアクリーナーの音が鬱陶しかった。

機体のどこかが歪んだようなきしむ振動音がコックピット内に響いても、ジェリドは加速を止めなかった。

組みつかれたリックディアスがビームピストルを乱射するものの、ジェリドが咄嗟に左手に装備した盾で銃口を逸らしたため、命中には至らない。

ジェリドはスラスターをそのまま噴かし続け、リックディアスをコロニーの外壁に叩きつけようとした。

 

 エマがリックディアスのスラスターを使って減速を試みるが、すでに追突は免れない速度が出ていた。アポジモーターを使いエマは機体の進行方向を変えながらジムⅡごとリックディアスをロールさせた。

 

「離れなさい!」

 

 ヘルメットなしでマイナスGに襲われたジェリドは呼吸がほとんどできなかった。視界が赤く染まっていくのを感じながらも聞こえてきた聞きなれた声にジェリドは驚愕した。

 

「エマ!」

 

「ジェリド!?」

 

 エマのアポジモーターの操作によりコロニーの強固な外壁からそれた二機は、開放型コロニー特有のミラーを何百枚と滑るように破り、コロニー内へと突っ込んでいった。

 

 

 衝撃で二機の絡みが取れ、エマは素早く制動をかける事に成功し破ってきたミラーの方の地面に着地した。ジェリドはコロニーの地表にぶつかる前に、腕を上げるのも厳しいGの中、スロットルレバーを急速に引き戻し、ペダルを踏み込み逆噴射した。

当然勢いを全て殺す事が出来ず、盛大に地表を機体の背で削りながらの着地となり、ジェリドはリニアシートが無ければ気絶していてもおかしくはなかっただろう。

飛びかけた意識を何とか戻すと、索敵する。エマ機は頭上にいた。コロニーの反対側に立っているのだ。ジェリドには天上にぶら下がっているように見える。

エマ機がこちらへと荒い挙動で向かってくるのを察知すると、機体を起き上がらせ、ジェリドもエマ機へと飛び立った。

 

(苛立っているな)

 

 エマの動きには乗りなれていない機体というだけではなく、感情面の働きかけによって精細が欠けているとジェリドは感じた。

 

「こんな戦い方をして、いずれ死ぬわ!」

 

オープンチャンネルにエマの怒声が飛びこんでくる。

 

(ほら来た)

 

 自分の予想が中ったことでジェリドは額から垂れた血の滴を舐めとりながら、口元がにやけた。

 

「このコロニーの惨状を見ても、まだティターンズにいるつもりなの!ジェリド・メサ!貴方はこちら側の人間のはずでしょ!」

 

ジェリドが答えない事でエマの苛立ちはさらに加速された。本来であれば魅力的なエマの声には、今や非難の色が色濃くのっていた。

 

 ジェリドは分からなかった。確かにこのコロニーの惨状は、ジェリドにとっても到底受け入れ難いものだ。エゥーゴの方が陣営としては向いているかもしれない。ティターンズでの出世もジャマイカンの自身に対する態度を見ると厳しいものがある事は感じ取っていた。

太郎だけであれば、エマの説得に応じ、ころりと陣替えをしたかもしれない。しかし、太郎の魂が包んでいるジェリドの魂の素体とも言えるべき、奥深くの心のコアがそれを否定するのだ。それには血の問題があった。

 

「エマ、お前はジェリド・メサの何を知っているんだ」

 

「何って」

 

エマが言葉に詰まると、ジェリドは息をひとつ吐いて長々と語り始めた。

 

「お前には言っておこう。俺の家は昔から代々軍人家系だった。曾祖父は地球連邦軍の大佐まで上り詰めた元飛行機乗り。祖父は宇宙における戦術の基礎を固めた第一人者だ。親父はオーストラリアで基地司令をやっていた。当然家族はオーストラリアで暮らしていたよ」

「オーストラリア……」

 

エマは感づき、はっとした。

 

「そうだ。ジオンによるコロニー落としによって、もっとも被害が甚大だった大陸だ。空が落ちてくる中、最後まで住民の避難誘導をしていた親父は、多くの将兵と共に基地ごと消滅した。俺は家族と軍用ヘリで避難していたが、余波を受けてヘリは墜落した。生き残ったのは、俺一人と言うわけだ。しばらくして、落ち着いたころにオーストラリアに行ってみたが、そこにはシドニー湾とかいうふざけた傷跡があっただけだ」

 

「だから俺は、ジオンの残党狩りを掲げたこの組織で、ジオンを討つ!」

 

 ジェリドは心の奥底にしまっておいた決意を吐き出すようにエマへぶつけ、ぶつけられたエマは言葉が詰まった。

しかし、ジェリドはまだ言葉をつづけた。

 

「……そう、思っていたんだがなぁ。この惨状を見れば、少しは揺らぐってもんだ。これじゃジオンと変わらないものな。」

 

ジェリドがジムⅡの腕を振れば、漂ったミイラが腕にあたって砂になっていく。

 

「じゃあ」

 

エマはその行為に一瞬顔をしかめたが、声色に明るいものがさす。

 

「ダメだ」

 

上げて落とすようにして拒絶された事で、エマは完全に虚を突かれた。

 

「どうして!」

 

「俺はモンブランを撃沈した」

 

ジェリドはMSの手に付着したミイラのかけらを眺めながら冷酷な表情で述べた。

 

「あれは貴方だったの……。ジェリド、あなたへの言葉での説得は、どうやら無駄のようね」

 

 エマは何も、モンブランを撃沈された事でジェリドに敵意を表したのではない。ジェリドの苦悩を読みとったのだ。心ではエゥーゴに行きたいジェリドだが、軍人の系譜と、何よりも自分の戦果によって生まれた人死にによって、ティターンズに縛り付けられているのだ。

ここでエゥーゴに鞍替えすれば、ジェリドはモンブランを撃沈した意味がなくなってしまう。百人以上の人死にを出した事は、ジェリドの心をいたく蝕んでいた。もう、後戻りできないのだ。ジェリドはすでに前に進むことしかできなかった。

 

「ありがとう。嬉しかったよ」

 

 エマに誘いを受けた事に感謝の念を送りながら、場の空気が変わった事をジェリドは敏感に感じ取っていた。エマが戦闘をする気になったと言う事だ。

長々と生い立ちをエマに話しながらも、ジェリドは機体のダメージをコンソールで把握していた。

左脚部の膝関節と、右手マニピュレーターの損傷が激しく、いくつかのアポジモーターが落下の衝撃で歪んだことが見受けられた。空中戦でも地上戦でも不利な状況だ。絶望と言える。

 

「だから私は、あなたを止める!」

 

 先に動いたのはエマだった。左手に構えたビームピストルを素早くジェリドに向けると、躊躇うことなく発砲した。お互いの機体の距離は格闘戦を行えるほど接近した距離だったが、射撃の得意なエマらしい一手だと言えた。

前もって読んでいたジェリドは、ビームをシールドで防ぐと、ビームに押されていくように落下し、コロニー内の山へ着地すると地表を削りながら滑走していく。

 

 追撃の手を緩めないエマはそのまま上空から接近し、射撃を浴びせる。

ジェリドは機体をジャンプさせてその場から飛び退くと、岩山の陰に隠れて射撃をやり過ごした。

エマのリックディアスが地表に降り立ったのをジェリドは振動で感じると、着地時の膝の硬直を狙ってすぐさまエマ機に斬りかかった。

 

「っく!」

 

 エマはそれをスラスターを噴かして横っ跳びでかわすと、頭部のファランクスを放つ。ジェリドはこれまでに数度のビーム射撃を防いだボロボロのジムⅡの盾で防がせる。何発かがシールドを貫通してジムⅡのボディに嫌な音を響かせた。ジェリドは再度踏み込もうとしたが、コックピットの警報音に素早く索敵チェックする。

 

「何!?後ろか!」

 

 レーダーに表示された機影へ振り向くと、機体の後ろからガンダムがこちらへ銃口を向けているのが見えた。ハイパーバズーカだ。盾で防いでは腕ごと捥ぎ取られると瞬時に判断したジェリドは、回避運動を取る。

 

「間に合えっ!ぅうぐっ」

 

 そこへ、エマ機からの銃撃を浴び、ついにジムⅡの盾は鉄くずと化した。すぐさまパージしてデットウェイトとなったシールドをその場から飛び退きざまにエマへと放り投げる。着地点でハイパーバズーカの至近弾を喰らった機体は、爆風を受け、弱っていた膝関節はバランスを失いついに左ひざから崩れ落ちた。

エマのリックディアスが投げられたシールドを左腕ではらったのを見たジェリドは片膝をついたまま頭部バルカンでエマのビームピストルへ射撃した。

 

「まだだ!」

 

 バルカンがリックディアスの手首ごとビームピストルをえぐり落とした。すかさず後ろのガンダムへ向き直ると、ハイパーバズーカの銃口がジムⅡのコックピットへ向いているのが視認できた。

 

「やられる!」

 

「いい加減、堕ちろよ!」

 

 カミーユの叫びと共にガンダムマークⅡによって止めを刺されそうになったその時、ハイパーバズーカの銃身が赤く焼きつきながら切断された。

 

「ライラ!」

 

「すまないジェリド、遅くなった!」

 

 死角から矢のように飛びこんできたライラのガルバルディは、バズーカを無力化すると、間髪いれずにマークⅡの胴を薙ぎ払う。たまらずマークⅡはバズーカを手放し、上半身を逸らしながらその場から飛びのいた

 

「何だこの動きは!」

 

 人間の様な柔軟性の高い動きにライラは戦慄した。ガンダムマークⅡのムーバブルフレームは従来のMSより、人間らしい動きを可能としていたのだ。

 

(この好機を逃してはだめだ!)

 

 ジェリドは片膝をついたままのジムⅡを素早く立たせると、最大出力でスラスターを噴かし、ガンダムマークⅡへ突進をかけた。

エマ機のリックディアスはジェリドの攻撃により、右腕と左マニピュレーターに深刻なダメージを負っており、武器を持てない状況に追い込まれていたため、撤退に入ろうとしていた。その挙動をジェリドは見透かしていた。

現在の脅威度ではカミーユの無力化が先決だと踏んだのだ。

ライラと斬り結んでいたカミーユは右から土煙を上げながら迫るジムⅡに対応が遅れてしまった。

 

「なんだ!?」

 

 ジェリドはそのままガンダムの右腹にジムⅡの左膝をめり込ませる。ゴウンとコロニー内に重い衝撃音が響く。ジェリドの一撃は、ガンダムの腹部を損傷させ、カミーユはコックピットに直撃したその衝撃で脳をシェイクされ、気絶した。

ジムⅡの膝の関節パーツが衝撃で砕け散り、左膝から下の脚部が落下していくのを視線の端に捉えながら、動かなくなったガンダムと共にジムⅡは土煙を上げて地面に転がっていった。

 

「ジェリド!離れろ!」

 

ライラが止めを刺そうとビームサーベルで斬りかかると、エマ機がファランクスでそれを阻止する。

 

「っち!死に損ないが!」

 

標的をエマに向けたライラがビームライフルに持ち替えて素早く射撃する。

 

「カミーユ!目を覚まして!」

 

それをぎりぎりの所で避けながらエマは悲鳴を上げるようにカミーユへ叫んでいた。

 

「ジェリド!どうした!ジェリド、立て!」

 

エマと対峙しながら、動かないジムⅡを見てライラに嫌な予感が奔った。コックピットは凄まじい衝撃だったはずだ。攻撃した方もただでは済んでいまい。

 

 ジェリドはカミーユと同じく気絶していた。しかし、特殊部隊として訓練を積んできたジェリドはカミーユとは鍛え方が違う。すぐさま意識を取り戻した。

挙動の怪しくなったジムⅡを無理に上体を起こさせると、左手でビームサーベルを抜いた。

 

 

 ガンダムマークⅡに乗っているのはカミーユ・ビダンだとジェリドにはわかっていた。一瞬の迷いが生まれる。その迷いとはカミーユに情けをかける等と言った物ではなく、自分の進退に対する不安である。カミーユを殺すリスクを恐れたのだ。

 

「ジェリド!やれ!」

 

「うおおお!」

 

ライラの声に押されるようにして、ジェリドは確固たる殺意を持ってコックピットへサーベルを突き立てた。

 

 

 

カミーユが意識を取り戻すと、モニターいっぱいに桃色の光が広がっていた。

 

(ビーム、サーベル)

 

全身の血の気が引く音が聞こえた気がした。ベトとついた黒いオイルを噴き出しながら、ビームサーベルを振り下ろす泥まみれのジムⅡが桃色の光の後ろ側に見える。

ふと、泣いているファの姿が目に浮かんだ。それは出来の悪いホログラムのように透けていたが、カミーユは自分が死の淵で安心したのを感じた。

 

「泣くなよ」

 

カミーユはフッと笑ってファの涙を指でぬぐってやろうと手を伸ばした。ジュッと言う肉の焦げるような音を立てながら、ビームサーベルの先端がコックピットの装甲を溶かす音が聞こえた。

 

 

「えぇい!」

 

声が聞こえた。ファの物ではない。男性の物だ。耳ではなく、頭の中に響くようにして聞こえたその声が、クワトロ大尉の物だとカミーユは気づいた。

 

次の瞬間、ジムⅡの左腕がビームサーベルごと消し飛んでいた。マークⅡのコックピットを守る胸部装甲の表層へ、ビームサーベルで引っ掛かれた傷のラインができる。

マークⅡに乗っかっているジムⅡがぐらりとよろめいた。ふとモニターの上部を見ると、ジムⅡの頭も消し飛んでいた。

 

「カミーユ君!ぼやぼやするな!アーガマが急襲を受けている!撤退するぞ!」

 

クワトロの切羽詰まった声を聞いて、急速にカミーユのぼやけた意識が覚醒していった。

 

「なんだってファなんかが……」

 

マークⅡの横にピクリともせずに転がっているジムⅡを一瞥すると、すぐにカミーユは死のコロニーを離脱した。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。