刻の涙   作:へんたいにーと

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第一話

宇宙世紀0087年

 

「んぶ」

 

この世界に来てから初めて太郎が発した言葉は、他人からしてみれば言葉になっていなかった。

いやしかし、彼のような状況に置かれるのはおそらく人類史上初であろうし、だれにも予想がつかないことである事を顧みれば致し方ない事ともいえた。

吉田太郎26歳、アニメおたく、職業飲食店バイトリーダー、という社会の底辺に住まう彼は、モビルスーツのコックピットに座っていたのだ。

太郎の知らぬところではあるが物語の都合上読者諸君に説明を致すと、彼は今、機動戦士Zガンダムの世界に来ておりガンダムマークⅡのコックピットに座っていた。

太郎は自分が何に乗っているかは当然理解してはいなかったが、周りにある全天周囲モニターには迫りくる地面が映っており、さらには内臓が浮くようなまるでジェットコースターに乗っている時のような感覚を先ほどから感じているため、今乗っているこの何かが墜落中であることを察した。

 

「あ゛ーーーー!落ちてっ!?」

 

焦りのあまり若干噛みながらそう叫ぶと太郎はコックピット内を見渡した、目の前に良く分からない計器。操縦席の左右には操縦桿なのだろうか、よくわからないレバーが設置されている。

しかし太郎は何故だかこの光景には既視感を感じていた。

 

「あがってくれ!」

 

これ以上の落下は御免こうむりたい太郎は、両レバーを力っぱい体へと引いた。すると前面のモニターが空でいっぱいになる。向きはどうやら空をむいているようだが、落下がとまらない。

再度コクピットを見渡すと座席の下前方にフットペダルが二基ついている。

 

「これだ!」

 

左フットペダルを思いっきり踏み込むと、座席が大きく揺れると共に急激なGが体を襲う。マークⅡのランドセル(バックパック)に設置されているスラスターが全力で噴かされているのだ。

数秒後今度は機体が上昇していくのを感じた太郎は、右ペダルを小刻みに踏んでバーニアで機体の状態を保ち始める。太郎は何故このような操作を自分が適切に行えているかわからないが体に染み付いているように自然とペダルを調節できた。

 

「はぁ……はひぃ……このままどこかに着陸しないと」

 

スラスターの向きを変えながら高度を下げ大きなビルの近くに着陸しようとしたその時、彼のもとに突然の無線が舞い込んできだ。

 

「ジェリド、遊びすぎだ。そんなところに着陸したらえらい騒ぎになるぞ!」

 

太郎は驚いた。360度見渡せるモニターの前面に突然、毛髪の後退が極めて激しい、厳めしい男の顔がワイプで小さく写りこんだからだ。

そしてその顔を、声を見聞きした途端、太郎の脳内にさまざまなイメージが広り覆い尽くされた。眼球がその連続して浮かぶイメージにつられて高速に左右に小刻みに揺れ、血の臭いと味が口と鼻いっぱいに広がる。毛細血管が何本が切れるようなブチブチという音が頭に響いた気がした。

 

「これは……カ、カクリコン!」

 

顔面を真っ青にしながら自分の名前を呼ぶジェリドを同じくマークⅡ二号機に乗ったカクリコンはモニターで見ていた。

 

「どうしたジェリド!大丈夫なのか?」

 

しかし筆舌しがたい頭痛、動悸息切れがおこった太郎には返事などできるはずもなかった。

あまりの痛さに呼吸することができない太郎は機体のコントロールを失い、コックピット内ではGPWS(対地接近警報装置)が四方八方から鳴り響いていた。

 

「ジェリド!」

 

カクリコンの叫びと共に太郎が乗っている機体――ガンダムMk-Ⅱ3号機、は地面からみて背面飛行しながらグリーンノア1地球連邦軍本部ビルへ突っ込み、半壊させることとなった。

轟音を立てて本部ビルを半壊させたガンダムマークⅡ3号機はビルに背部が埋まっている形でやっと静止した。凄まじい衝撃が太郎を襲うが、リニアシートのおかげで気絶することはなかった。

しかしろくな対ショック体勢もとらず、目の前のコンソールにヘルメット越しではあるが思い切り頭を打ちつけたため、ヘルメットのバイザーは砕けて破片がこめかみを深く切り裂いた。

新鮮な血液が頬をつたわり、顎に滴(しずく)となって新品のシートを汚していく。適切な処置を行わない限り自然に血が止まるようには思えなかった。

頭をシェイクされた太郎は混乱の極みに立たされながらも、やけに冷静に自然と状況把握に努めていく。

先ほどの衝撃のせいで吐き気を催しつつ目の前の血濡れのコンソールを叩き、ダメージコントロールを行う。機体はどうやら大丈夫そうだ。

太郎は血だらけになりながらコンソールをいじって、ダメージコントロール画面を開くまですらすらと淀みなくやって見せた。太郎の知らない知識であることのはずなのに、である。

先ほど、毛根が死にかけている男――(カクリコンの事だが)から話しかけられたときに、太郎は自分の置かれた状況、境遇を100%理解した。

 

太郎は今、太郎の世界ではアニメの話である『機動戦士Zガンダム』の世界に来ており、さらには地球連邦軍で「ジオン残党狩り」を掲げる特殊部隊である、「ティターンズ」所属のジェリド・メサ中尉にどうやら憑依しているようなのである。

カクリコンに話しかけられた太郎は自分がジェリドの体の中に入っている事を納得はできないが理解し、さらにはジェリドの記憶が堰を切ったようになだれ込んできたのだ。

何故自分がジェリドの中にいるのかだけは分からないが、他の事はジェリドの記憶から分かってしまった。

思い出をたどれば、簡単に幼いころの好きな娘や、士官学校の卒業式などが思い浮かべられる。ジェリドの脳に記憶されていることは覚えているようだ。

さらには自分が太郎であることもわかるし、ガンダムの知識も思い出せる。太郎は今や、ジェリドの体を思いのままにできるとともに、ジェリドの記憶を所持することとなっていた。

 

(ひょっとして、俺は今、未来を知る人間として、最強のポジションにいるんじゃ)

 

太郎はほくそ笑んだ。ジェリドの顔なのでその歪んだ笑みも様になる。しかし太郎はガンダムオタクというわけでもなくアニメを一通り見ているにすぎないので細かな事はわからないのだが、ポジティブ思考な彼はそこまで考えなかった。

 

色々とまだ把握したいことはあるが、今は外にいる兵士たちに顔を出さなければならない。

太郎はコクピットから外に出た。テストパイロットを務めている黒塗りのガンダムマークⅡをコクピットの二重装甲の上から見る。流石に本物のモビルスーツは威圧感があった。視線を本部ビルに向ければ多くのけが人や、がれきが目に飛び込んできた。

自分の仕出かした事故を目の当たりにし太郎はつい先ほどまでほくそ笑んでいたのも忘れ血の気が引いた。

 

(うわっ。人がこんなに倒れてる……死人とかでてないよな!?無理ムリムリ。もう無理。戦争とか絶対無理)

 

これから起こる戦争に自分がパイロットとして戦わなくてはならない事を考えた太郎はマークⅡの腰部装甲の上に座り込んでしまった。

 

「誰のモビルスーツだ!」

 

「ジェリド中尉だ!ジェリド中尉がマークⅡを落としたぞ!」

 

モビルスーツを囲むように兵士たちが集まってくる。

この事態を引き起こした当の本人はマークⅡの装甲の上に座り込んで、下の兵士たちをぼーっと眺めている。

周りの兵士たちはおそらくジェリドは自分が引き起こした事態に呆然としているのだろうと考えそっとしておいた。

太郎が現実逃避しながらボーっとしているとマークⅡの2号機が3号機近くに着陸した。

 

「ジェリド!大丈夫か!」

 

カクリコンである。外部スピーカーで尋ねてくるカクリコンに太郎は呆けた顔でカクリコンのモビルスーツを見上げた。

カクリコンはそれを見て、一応ジェリドが無事なことを確認するとジェリドを2号機の手の平に載せて地面に運んだ。

 

「ドジばっかりやってるようじゃ、ジェリド中尉も除隊だな」

 

そんな軽口を叩きながらカクリコンは3号機を本部ビルから引っ張り上げ、ビルの道路へ横たえさせたが、いつも言い返してくるジェリドは相変わらず真っ青な顔で呆然としており、カクリコンを困惑させた。

 

「ほんとに大丈夫かよジェリド」

 

マークⅡの足元にいた兵がトレーラーを呼んでいるのが聞こえる。どうやら格納庫に一旦収容するようだ。

連邦兵士たちがてんわやんわしていると、突然コロニー内に爆音が響いた。

 

「何だ!」

 

すぐにサイレンが鳴る。

 

「空襲警報!」

 

「コロニーに穴が開いたらしいぞ!隕石流か?」

カクリコンのマークⅡが穴の方へ飛び立つのを太郎は見た。

(この爆発は、クワトロ隊がガンダムマークⅡを捕獲に来たためだ……)

太郎はパイロットスーツのバックパックからシール型の絆創膏を取り出すとこめかみに張り付けながら、アニメでの知識を思い出していた。

アニメではこの後、戻ってきたカクリコンが乗っているマークⅡ2号機と自分の3号機がカミーユビダンらの手によって奪われることとなる。

太郎がジェリドに憑依してから半刻も経っていない。太郎はティターンズが敗北する未来を知っているが、今このタイミングでエゥーゴへと裏切るのが良いのか、史実通りに進めた方がいいのか判断が付かなかった。

 

(エゥーゴへ脱走するチャンスはここだけじゃない。それこそ、無数にある。本当に陣営をかえた方がいいのかどうかもわからんし、今は様子を見ておこうか……)

 

要は保留である。この世界で今後太郎がどういう風に生きたいかで、陣営や行動の取り方は変わってくるだろう。

その将来の目指すべきビジョンを考える時間が太郎には欲しかった。

そのため今回のエゥーゴ陣営による、ガンダムマークⅡ強奪事件に関しては、史実通りの動きをすることにし、助太刀しないことに決めたのだった。

 

「俺がここで何をすべきか……か」

 

アルバイターであった彼には久しぶりに頭を悩ます事態となった。将来のためには自分が今何をすべきであるかなど、彼は決めたことがなかった

太郎がブツブツと小声で独白しながら考え込んでいると、トレーラーの作業員たちに早く装甲から降りるよう追いたてられた。

装甲から飛び降りると、眼前にジープに乗った一人の女がこちらを睨んでいた。そう、ジェリドにとって同僚であるエマ・シーン中尉である。

ダークブラウンのショートヘアスタイル、濃い紺色のベレー帽を頭に乗せており、ベレー帽にはティターンズのワッペンがワンポイントでしつらわれている。

全身はティターンズのシンボルカラーであるネイビーブルーのパイロットスーツに覆われている。

日系9世だと言う彼女のきめ細やかな肌にはその名残が強く表れていたが、その瞳は美しく、鮮やかなグリーンで磨き抜かれたエメラルドのようであったし、顔のどのパーツをとっても日本人の血はあまり感じられない。

スタイルも出るところは出ており、24歳という妙齢のエマを目の前にし、太郎は思わずつばを飲み込んだ。

そんな太郎の様子に気づくこともなく、エマはジープから太郎を非難した。

 

「ジェリドメサ中尉!無理な行動がこういう結果につながることは十分に分かっていたはずです。」

 

今は棘のある甲高い声色であるが、彼女の通常の声色は人を安心させる力や、母性にあふれた色であることを太郎は知っていた。

しかし今のエマの甲高い声はやたらと頭に響き、ひどく傷んだ。太郎は目をつぶり、必死に頭痛に耐えた。しかしその様子はエマの怒りを増長させることとなる。

 

「聞いているの!ジェリド中尉!」

 

太郎はエマの声量の前に流石に我に返った。エマは怒り心頭といった具合で太郎にメンチを切りながらジープから降りてきた。

その鋭い眼差しに、先ほどまでの脳内での賛美をどこへその、太郎は恐怖した。

 

「あ、ああ。すまない、聞いている」

 

(恐怖から)少し疲れた様子で、申し訳なさそうに眉を下げながら自分を見るジェリドにエマは怪訝な表情を作る。

数時間前自分の着任を空港で出迎えた時、ジェリドの発した軽口で民間人の少年に殴られたジェリドは、同僚に少年を取り押さえさせると大人げなくその少年の顔面へ軍用ブーツで蹴りあげていたのだ。

その後、基地へ着くまでのジープでの会話でも彼が高飛車で人としてどうかと思うような発言をしており、いわゆるステレオタイプのティターンズ軍人で、どう考えても簡単に頭を下げる男には思えなかったからだ。

 

「禁止されている超低空飛行を居住区でやることはないでしょ?だいたい我々は自力でMSの回収をする訓練だってやってきたわ」

 

ジェリドの不可解な態度により怒りをそがれたエマは自然にジェリドを諭すような論調になった。

 

「すまない。居住区に被害が出なかったのは不幸中の幸いってところか。 パイロットとして今後があるならこのような事はしない」

 

エマを見ながら申し訳なさそうな顔をする太郎。太郎は怒れる美人というのは怖いものだと内心恐怖していた。しかしエマに伝わるのはこの男が普段は見せないような少し寂しげな雰囲気を醸して、反省している様子だけであり、エマはますますジェリドという男が分からなくなった。

エマは今のジェリドに今夜BARに誘われたらちょっと断れないような、そんな母性本能をくすぐる雰囲気を出しており、案外この男は美丈夫だと流し眼で品定めしてしまった。

 

「え、えぇ……わかっているのならいいわ。子供じゃないんですもの」

 

エマはあごに手をやって少し考えるようなそぶりをした後ジェリドに話しかけた。

 

「私、あなたの事誤解していたわ」

 

「どういう意味だ?」

 

太郎が発言の意図を確かめようとした時、一人の男がこちらへ走りながら何か叫んでいる。

 

「何をしているッ!警報が聞こえないのか!」

 

階級は中佐。一年戦争の英雄のひとりであるブライト・ノアである。

一年戦争後、ニュータイプの存在を恐れた連邦軍上層部は数々の実績を積んだニュータイプを冷遇した。

主な例が一年戦争の英雄である、ブライト・ノアやアムロ・レイである。

ブライトの左遷先は地球からスペースコロニー間を往復する旅客用小型シャトル「テンプテーション」のキャプテンだ。

主な仕事は、書類やティターンズの人員をジャブローからサイド7へ運搬する事。一年戦争において名艦長と謳われた人物に対する評価とはとても思えないものである。

 

「ブライトキャプテン!」

 

エマ中尉がやや尊敬の色が入った驚きの声を上げ、敬礼の姿勢を取った。あわてて太郎もそれに続く。

(そういえな、エマ中尉はブライト中佐のテンプテーションでこっちへ上がってきたんだったな)

ブライトは一般将校である自分がティターンズの士官に怒鳴れば、いい顔をされないと予想していたにもかかわらず、良い意味で予想と違った行動をとった二人のティターンズ士官に自然と好感を持った。

 

「警報は聞こえているな。こんなところにいないですぐに対応するんだ。いいな」

 

そのため自然と語気はゆるむこととなる。

 

「ハッ それではエマ中尉、三号機のチェックを頼む。今の俺にはガンダムに乗る資格はないだろう。場合によってはその機体で出撃してくれ。俺は一度救護室に立ち寄った後、パトロール隊を率いて外周を回ってみる」

 

自分のこめかみに貼ってある白いはずの絆創膏は、すでに血液でひたひたになっている事に太郎は気づいていた。

エマはトレーラーに積み込まれようとしているマークⅡを見ている太郎の絆創膏を見て、確かに救護室による必要がありそうなのは理解したが、その前の台詞に違和感を覚えた。

 

「出撃って……エゥーゴが攻めてきたとでも?」

 

「わからん。その可能性もあると言うことだ……行けっ」

 

太郎はそのまま割れたヘルメットを携えてエマが乗ってきたジープに乗ると、運転手に指示を出し宇宙港へと向かった。

 

 

「彼は地球から上がってきたばかりの他のティターンズの若造とは少し違うな」

 

「ジェリド・メサ中尉――不思議な人です」

 

ブライトの独白めいた質問に、エマは今しがた更新した彼の評価を口にしたのだった。

 




取りあえずこんな感じになりました。前よりシリアスで行こうと思います。

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