「また後でね、木乃香」
「また後でな~、明日菜」
今私の目の前で別れの挨拶を交わした2人、神楽坂明日菜と近衛木乃香。私の通う麻帆良学園2年A組に通う生徒である。
一見極々普通の一般人の二人組みに見えるのだが、実際は違う。神楽坂の方は本名はアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアと無駄に長い名前でしかも地球生まれではなく魔法世界と言われる別世界の生まれでさらに魔法世界のとある国の王族である。
今は2年A組の担任であったタカミチ・T・高畑の手によって王族だった頃の記憶を封印されておりその副作用か頭が悪くなっているようだ。
もう一人の近衛木乃香と言うとこちらは日本生まれの日本育ちであるがその体には洒落にもできないほどの魔力を秘めて居るのだが当の本人はそのことを知らないようだ。下手に魔力を暴走させてしまったらこの校舎ごとき簡単に吹き飛ばせられるというのにのんきな事だ。
本当に、のんきな事だ……。
「……こんばんわ」
そんな事を思っていると私の前に一人の女性があわられた。
名前は絡繰 茶々丸といい、女性、というよりも女性型アンドロイドというのが正しいのだがこの町、麻帆良では誰も疑問に思うことは無い。
彼女とは彼女の主人を通じて知り合った。
「先日は手伝っていただきありがとうございます」
「お礼を言われるほどのことはしていないです」
彼女とは街中で出会った時に彼女の手伝いをたまにしているだけの関係である。傍から見れば、だが。
「では、これで……」
一言二言しゃべった後彼女と別れる。
(今日の訓練は術式の簡略化と実践訓練、か……)
彼女から話しかけてくる時、それは今日の訓練内容を伝えるためである。なぜそんな事を私が知りえたかといえば私の持つ能力が原因になる。
私には“視”えるのだ。無機物有機物関係無しに私が眼で“見て”対象の事を“視たい”と思えば本名から始まり年齢性別種族に職業、得意な事苦手な事趣味性癖等など……。
もっと詳しく視ようとすれば対象が生まれた時から今に至るまでのあらゆる行動だってログとして視ることだってできる。
この能力を使い、彼女の主人が彼女に言った事をログとして“視”たのだ。
この方法を使うことによってたとえ魔法使いだとしても私と彼女のやり取りはただの会話としか見られる事は無いのである。
なぜ私がこんなやり取りをしているかといえばすべての原因は未来にある。
未来と繋がった世界樹を通じて“視”てしまった
小学生最後の年の学園祭。私はそこで世界樹からおかしなログを“視”てしまった。今思えばこの時から私の世界は分岐してしまったのだろう。
私が知ってしまったログ。それは今から二年後、中学二年の私自身のログであった。そのログには二年後に起こる一連の騒動が書かれていた。英雄の子の来日。その日から起こる魔法が絡んだ事件、最後に起こった世界樹を使った強制認識魔法の発動。そして消失した英雄の子が原因で始まる
私は恐怖した。ただでさえ一度記憶を書き換えられたせいで魔法使いに険悪感を持っているのにその魔法使いたちのせいで世界と世界という大戦争に発展するのだ。
そんな未来を知った私は考えた。このまま傍観を続けるのかどうかを。
このまま傍観を続ければきっと私が視た未来につながっていくだろう。だけどそれでいいのだろうか?私一人が何かした所で未来が変わるとは思っていない。でもあの未来を迎えるのならば私のこの能力以外の力がないといけない。そうでなければあの未来では生きていけない。
この麻帆良は未来では戦争の最前線になるのだから。
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エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
この名前は裏の世界において特別な意味を持つ。それは「闇の福音」「人形使い」「不死の魔法使い」と様々な忌み名を持つ悪の魔法使いにて真祖の吸血鬼である。
かつては裏の世界で悪名を轟かせていたが英雄ナギ・スプリングフィールドによって退治されその存在は過去の物となった。
だが彼女は生きていた。麻帆良の土地に「登校地獄」という呪いを掛けられ縛り付けられていた。
「マスター、今回の修行に使う道具はすべて用意が出来ました」
「そうか」
学園の女子寮から離れた場所にひっそりと佇むログハウスに彼女は住んでいた。
「……さて、今回の修行で奴はどこまでいけるかな」
室内に置かれた細かな細工を施されたソファに座る10歳ほどの少女。彼女こそかつて裏世界で恐怖の代名詞とまで言われた真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルその人である。
「ここ最近、楽しそうですねマスター」
「クク、楽しそうに見えるか?」
「はい」
彼女の従者である茶々丸の言葉に楽しげに表情を歪る。自分の弟子と出会った日を思い出して。
初めて二人が出会ったのは何回目かの中学の入学式がが終わって数日した夜間警備が非番の日であった。
その日、彼女は久しぶりの非番という事でゆっくりと過ごそうと考えていたのだが従者が持ってきたある手紙が彼女の予定を変える事となった。
「私に、手紙だと?」
「はい」
従者から渡されたのは無地の封筒に入った手紙である。
「誰からだ?」
「……分かりません」
「何だと」
従者となってまだ日は浅いが冗談や無駄な事をするような性格ではないと分かっている彼女は困惑する。
「誰だか知らない奴からの手紙など捨ててしまえ。私に名を言えん時点で取るに足らん」
手紙を投げ返そうとするが従者の言葉でその手を止めた。
「ですが裏側に書かれた言葉は無視できないと思いますが」
「裏側だと」
投げ返そうとした手を止めて封筒を裏返す。そこには小さな字でこう書かれていた。
「 678年を生きた
エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル
あなたの秘密を知る者より 」
言葉が出なかった。
彼女が何年生きたのかは彼女自身もあやふやで、ミドルネームを知っているのは限られた数人しかおらず、その数人はこんな手紙はよこさない。
そして何よりも彼女が人造の吸血鬼であることを知っているのは彼女と彼女が殺した人物だけのはずである。
「これ、は……」
彼女は手早く封筒に仕掛けが無いかを魔法で調べ、問題が無いことを確認した後慎重に封筒を開けて中の手紙を読み始めた。
数分の間真剣な表情で読み続け、読み終わった後その手紙を燃やした。
「ク、ククッ……」
「……マスター?」
「クククッ、アーーハッハッハッハッハ!!」
しばらく笑い続けた後、彼女は言う。
「茶々丸出かける準備をしろ」
「……分かりました」
「今夜は楽しい事になりそうだ」
楽しげな表情を浮かべて彼女は思う。この退屈な日常がどう変わるのかを。