私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1章・自由時間終了

ケース② 腐川冬子

 

「こ、こんにちは」

「え…!?」

 

私は、ありったけの勇気を振り絞って、

食堂で一人、お茶を飲んでいる腐川さんに話しかけた。

 

まず、私が何故、このような行動に出たのかを説明したいと思う。

私には、優ちゃんという親友がいる。

彼女は、中学時代からの付き合いで、現在は、お互い違う高校に通っているが、

今でも、休日を利用して遊んでいる。

今でこそ彼氏持ちで(クソが…)色気がムンムンのお洒落な今時の女子高生の

優ちゃんではあるが、中学時代は、その正反対。お洒落にはまったくの無縁。

メガネに三つ編みなどの地味な格好をしていた。

そう、私の目の前にいる彼女のように。

 

超高校級の“文学少女”である腐川冬子さんは、

中学時代の優ちゃんと、どことなく似ていた。

ただ、それだけで、私は、彼女に話しかけることを決めてしまったのだった。

他に敢えて、理由を挙げるとするならば、私もジャンルこそ違えども、

本を読むことが好きであり、作家である彼女となら、話が合うかもしれないと思って

しまったことだろう。

うん、監禁生活が始まり、1週間が経とうとしており、私も暇を持て余していたのだ。

誰かと話がしたくなったのも、それは当然のことだろう。責められることではない。

なにはともあれ、これらの理由によって、私は彼女に話しかけてしまった。

あわよくば、有名人と友達になれるかも、と期待してしまった。

優ちゃんとの関係のように、主導権を握れる、なんて考えてしまった…。

 

「な、何よ…?私に何の用なのよ!?」

「い、いや…そ、その、暇なので、ちょっとお話したいなあ~と思いまして。

そ、その、あの…私も本とか好きだし…」

 

だが、腐川さんは、そんな私に対して、あからさまに警戒心を露にした。

私は、慌てて手を振りながら、身の潔白を示すかのように、正直な理由を話した。

 

あれ…何かイメージと違うな、この人。

 

私が当初持っていたイメージと現実の違いを感じた直後だった。

 

「アンタ…私のことバカにしてるでしょ…?」

 

腐川さんの口から予想外のセリフが飛び出してきた。

 

「え…!?え、な、え、ええ!?」

「そーよ!アンタ、私のことをバカにしてるのよ!」

 

事態に困惑する私に向かって、腐川さんは、言葉を畳み掛ける。

 

「アンタ…!私が大人しそうだから、近づいてきたんでしょ?

主導権が握れそうだ、なんて思ってたんでしょ!?」

 

ぎくり―――

 

本心を見抜かれ、私は絶句する。

驚いた。さすが、超高校級の“文学少女”。肩書きに恥じぬ慧眼。

ごもっとも、まったく、その通りです。

 

私は、彼女が大人しいキャラだと思っていた。

昔の優ちゃんみたいな人柄だと勝手に思っていた。

 

だけど、実際の彼女は―――

 

「あ~!私は、やっぱりダメなのよ~!生きている価値なんてないのよ~!」

 

腐川冬子は髪を掻き乱しながら、絶叫する。

私は、完全に彼女のことを見誤っていた。

彼女は、優ちゃんみたいな人ではなかった。

 

彼女は誰よりも、猜疑心が強く、

彼女は誰よりも、劣等感の塊で、

そして―――

 

「あ~!こんな“喪女”にまで舐められるなんて!私の人生はもうおしまいよ~!」

 

(オイオイ…)

 

そして、誰よりも、失礼な奴だった―――

 

 

「ふ…腐川さん、そ、そうだ!どう思う!?黒幕の正体とか!?

あの、ジェノサイダー翔だって、みんなが話していたけど…」

 

腐川の錯乱を前に、私は、冷や汗を流しながら、話題を繰り出した。

とにかく、なんでもいいから、話題を変えて、腐川を落ち着かせようとした。

ジェノサイダー翔の件は、黒幕が操るモノクマから、鼻で笑われている。

だが、今は、話題を変えられるならなんでもよかった。

この刺激的な話題なら、腐川も興味を持ってくれるかも、そう思ってしまった。

だが、それは、すぐ裏目となって私に襲い掛かってきた。

 

「ジェノサイダー翔…?」

 

髪を振り乱しながら、錯乱していた腐川がピタリと止まった。

腐川は、その態勢のまま、じっと私を見つめる。

何か、信じがたいものをみるかのように、じっと見つめている。

私も、腐川の瞳を見つめた。

その瞳は、恐怖という色に急速に犯されていく。

そして、次の瞬間、それが外に、私に向かって爆発した―――

 

「な、何で、アンタから、その名前が出てくるのよ~~~~~!?」

「ヒ…!?」

 

次の瞬間、腐川は食堂を切り裂くような叫び声を上げた。

 

「アンタ、何なのよ!?私の何を知ってるのよ!?」

「ヒ…ひぎッ!?」

 

恐怖に顔を引きつらせながら、絶叫する腐川冬子。

その形相はまるで、地獄の悪鬼のようだ。

その顔に、その叫びに、私の精神キャパはもはや、限界を向かえようとしていた。

 

「アンタ、一体何が目的なのよ~!?言いなさいよ!この喪女!も~~じょ!!」

「ヒ、うう…うわああああああああああああああ」

 

私は、耐え切れなくなり、ついに、腐川の前から逃げ出した。

逃走です。ガチ逃げです。まさに、完全敗走です。

話しかけてすいません。

舐めていて本当に申し訳ありませんでした!!

 

腐川の絶叫をBGMに、私は泣きながら、自分の部屋に逃げ込んだ。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

ケース③ 十神白夜

 

 

それは、私が食堂にお茶を飲みに行こうとした時のことだった。

腐川の件で、食堂はちょっとしたトラウマとなってしまったが、

お茶や食料は食堂でしか手に入らない。

最悪、腐川がいるならば、そのまま引き返せばいい。

意を決した私が、個室を出た時だった。

十神君がこちらに向かって歩いてきたのだ。

 

十神白夜―――超高校級の“御曹司”

彼も、食堂でお茶か何かを飲んで、部屋に戻ってくる途中なのだろう。

 

(うわぁ…かっこいい)

 

私は、素直にそう思った。

 

長身で深みが入った金髪のさらさらヘアーは、まるで西洋の王子様のようだ。

白馬に乗っていても、何の違和感もない。

黒を基調とするその服装は、今から社交パーティーに参加しても何ら問題はない。

世界の十指に数えられる十神財閥の御曹司。

生まれながらの勝者が放つそのオーラは、たとえ、廊下を歩くだけでも他を圧倒する。

そのトラブルメーカーな性格さえなければ、間違いなく、希望ヶ峰学園において、

全学年・男子の部人気ランキングのトップクラスに君臨するだろう。

 

そんな十神君が、こちらに近づいてくる。

足を止めて、そんなことを考えてしまった私と彼の距離は、

もう挨拶を交わらせる距離まで縮まっていた。

私の心臓は、彼が近づくに伴い、高まっていった。

 

(ヤバイ…!な、何か話しかけた方がいいかな?)

 

よくよく考えてみたら、十神君とは、入学して以来、一度も口をきいたことがなかった。

ならば、これはいい機会かもしれない。

 

よし…!私から話しかけて―――

 

 

 

「こっちを見るな…芋虫め」

 

 

 

(…へ?)

 

その瞬間、時が止まった。いや、凍りついた。

私が話しかけようとした瞬間、十神白夜は、そう言った。

まさに、吐き捨てるように、確かにそう言った。

冷たい目だった。

本当に、ゴミか何かを見るように。

 

十神は、そのまま歩調を崩さず、

私の存在を本当に無視して、自分の部屋に戻って行った。

私の方は、その場で真っ白になって固まっていた。

 

 

え?何?

何が起きたの?

芋虫、いもむし、イモムシ…て何?あの幼虫の?

春先に葉っぱの上とかにいるあの?

あの芋虫?

え、あれが私なの?私は葉っぱとか食べてるの?

 

真っ白になった私の頭の上を芋虫がグルグルと回っている。

 

 

「キイ~!黒木の分際で何、白夜様に声をかけてもらってんのよ!

ムカつくわ!喪女のくせに生意気よ!この喪女!も~~~じょ!!」

 

どこから見ていたのだろうか。

真っ白になった私を罵倒しながら、腐川は凄いスピードで走り去っていった。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「う、ううう…」

 

思い出しただけで、涙が出てきた。

最悪じゃん。何もいいことないじゃん。

やはり、私は、こんな超非常識な人間が集まる高校にいるべきじゃないのだ。

一刻も早く、別な高校に転校しなければならない。

うう、気分が悪くなってきた。やはり、回想などするべきではなかったかも。

 

え?本当に嫌な出会いしかなかったのか?だって。

うん…いや、そうでもない。

捨てる神があれば、拾う神がいると言いますか。

こんな場所でも友達になれそうな子を見つけました。

正確には、あちらから近づいてきたのだけれども…。

何はともあれ、意外な出会いだった。

この子とは、絶対に話さないだろうと思っていたのだから

 

 

ケース④ 江ノ島盾子

 

 

その時、私は食堂でお茶を飲んでいた。

腐川の件で、食堂はちょっとしたトラウマとなったと話したばかりだが、

その場所でぬけぬけとお茶飲んでいる私は、なかなかに図太い奴だと自分でも思う。

でも、ここで、ひとりお茶を飲むのが何よりの安らぎだ。

疲れきったサラリーマンがタバコを一服するのを想像して頂けると助かる。

まさに、その心境でお茶を飲み干した私は、部屋に戻ろうとした時のことだ―――

 

「―――ッ!?」

 

腹部に何か冷たいものが当たった感触がした瞬間、身体が熱くなった。

この状況において、腹部に冷たいものといえば、即座に刃物を連想した。

この建物から脱出するために、何者かが、いつも間にか私の背後を取り、

無防備な私の横腹にナイフか何かを突き立てたのだ。

なんと言うことだろう。

私は、これがサバイバルゲームだということを失念していた。

新入生のみんながモノクマの口車に乗るはずがないと、勝手に思い込んでいた。

だが、現実は違った。

人は刃物が刺さった瞬間、火で焼かれたような熱さを感じるという。

冷たい感触の後、身体全体が熱くなっていく。

もうダメだ。

私は、最後の叫び声を上げて―――

 

 

「ヒ、ヒヒヒヒ、アひゃ!ひひひひ!アーハハハハハ」

 

 

食堂に私のマヌケな笑い声が響き渡る。

ひんやりとした手が私の横腹を今も巧みにこちょこちょと弄り続ける。

 

「ほ~ら、黒木さん。こちょこちょ、こちょこちょ」

「ちょ…ウヒヒヒ、お願い…ヒヒヒ…やめ…ウヒヒ…て」

 

私は、笑いながら、その手を振りほどいた。

嫌なのに、笑ってるとか、訳がわからないが、それは、私がマゾだからではない。

これは、人体の構造上しかたのないことだ。

誰もが小学生時代に経験したことがあるはずだ。

まさか高校生になって、これを経験することになるとは思わなかった。

それも、初対面の人にやられるとは…。

私は、振り返り、それを行った人物を涙目で見つめる。

そこには、ひとりの女の子が立っていた。

 

「チィース☆黒木さん、元気?」

 

ピンクの髪がトレードマークの彼女は、女子高生なら誰もが知る存在。

江ノ島盾子―――超高校級の“ギャル”だった。

 

「イヒヒ、ゴメン、ゴメン、あまりにも無防備だったので、つい…」

 

頬を紅潮させながら、江ノ島さんは、両手を合わせる。

その溢れんばかりの笑顔には、もちろん反省の文字などなかった。

 

「うん、だ、大丈夫。で、その、何か用でも…?」

 

とりあえず、私は彼女の謝罪を受け入れた。

このクソビッチが私に何の用があるのか、興味が出たからだ。

 

「うん、実は、私、退屈で本当に困っててさ。

私達が閉じ込められて、もう一週間近く経つじゃん。私、この状況に飽きちゃったわけ」

 

そう言って彼女は頭を押さえる。

 

「私、退屈なの!退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で…」

 

(う、ううう…)

 

彼女は、呪文のように、その言葉を唱え続ける。

その様子から、その言葉が真実であることが、よくわかる。

それは、まるで伝染するかのように私の脳に刻み込まれる。

 

「…で、あんまり退屈だから、15人全員と話をしようとしたわけ。

それで、最後の黒木さんと話すためにここに来た、という訳なのだ~☆」

 

「私は最後かよ…」

 

ここで、彼女が話し掛けてきた理由と、悲しい真実が明らかとなった。

そりゃそうだ。この超高校級のギャル様が私などに興味があるはずがない。

私もビッチ女などに興味がないがな。

 

「ブ~ハズレ」

「え!?わ、わわ!?」

 

私の回答に両手で×の字を作った彼女は次の瞬間、私に抱きついてきた。

 

「私、好きなものは最後にとっておくタイプなんだよね☆」

 

彼女は私を後ろから抱きかかえると、そのままグルグルと回り始めた。

 

「ちょ、おま…!怖い!やめて~~~~ッ!!」

「キャハハハ」

 

その後、数分の間、私の絶叫と彼女の笑い声が食堂にこだました。

 

「じゃあ、お話しようよ、黒木さん」

「ゼェゼェ…い、いや、お話と言われても、何を話していいのか…」

 

突如、私を放り投げて、椅子に座った彼女に、私は床から起き上がりながら、そう答えた。

なんて、マイペースな奴だ。行動の予測がつかない…。

 

「いや、なんでもいいよ。さっきは霧切さんと話したけど、特定の話題はなかったかな。

そうだ、も…黒木さん、霧切さんについてどう思う」

 

いきなりの話題に私は戸惑った。

どう思うといわれても、彼女のことですか…。

 

「うん、ちょっと、不思議な人だと思う」

「不思議…?」

「何を考えてるのかわからないというか、彼女が特定の人と話しているの見たことないし」

「ああ、それ、私もないや。

実は、さっき話した時も、必要最低限のことしか話さなかったんだよね、彼女」

「ああ、そんな感じする。

やっぱり、変わってるよね。今も一人で捜査を続けてるの、あの人くらいだし」

 

まさかこのビッチと霧切さんについて語り合うとは予想もつかなかった。

私は、自分が感じたことをありのまま江ノ島さんに話した。

 

「捜査かぁ…彼女の経歴を考えればそれは必然かもね。

やっぱり、人間って奴は、根は変わらないものなのかも」

「え…?」

「ああ、いや、こちらの話」

 

先ほどまで笑顔だった江ノ島さんは、急にトーンを変えた。

まるで、自分に何かを言い聞かせるように呟いたので、よく聞き取れなかった。

 

「まあ、彼女の話はもういいや。彼女の前は、桑田に話しかけたんだけどさあ、聞いてよ黒木さん!」

 

霧切さんの話題は早くも飽きたようだ。

江ノ島さんは次の話題を提示した。

 

「桑田の奴、何勘違いしたのか、鼻の下伸ばしてんだよね、私に色目使ってきてさあ。

携帯の番号教えろとか、しつこくて、いや~失敗だったよ、あれは」

 

桑田…?誰だそれは?

 

一瞬、私は本当に、その名前を忘れていた。

桑という文字で、その存在が桑ナントカさんであることを思い出すのに、数秒かかった。

あの男は、舞園さんだけではなく、江ノ島さんにもちょっかいを出してるのか。

 

「本当に、しょうがないな…あのチャラ男は」

 

私は、反射的にそう呟いた。本当に反射で呟いた。

「チャラ男」なんてあだ名は私がつけたもので、新入生全員に浸透しているわけではない。

だから、この発言は、ふとした呟きに過ぎず、彼女に対しての発言ではなかった。

そのはずだった。

 

だが―――

 

「え…今、チャラ男って言ったの?」

「え、いや、聞こえてたの?いや、これは…」

「それって、もしかして、桑田のこと?桑田にあだ名をつけたの…?」

「いや、ははは、まあ、そんな感じかな…」

 

江ノ島さんは、口元を押さえて絶句した。

その態度に、私は少し慌てた。

 

先ほどのやり取りで、彼女は桑田に好感を持っていなかったと思っていたが、違うのかな?

 

私が、そんなことを不安に思った時だった。

彼女に口が三日月に変わった。

 

「ぷぷぷ…ヒヒヒ、ウヒヒヒ…アーハッハハハハハ」

 

彼女は笑った。

爆笑した。

おなかを押さえながら、本当に可笑しそうに。

 

「うひひひ…あ、アンタ…ヒヒ…また、そのあだ名をつけたのか…ぷぷぷ

ヒヒヒ…人は…やっぱり…ククク…変わらない…なあ…アーハッハハハハハ」

 

彼女は、目に涙を溜めながら、笑った。

本当に嬉しそうに笑った。

 

「いや~気分がいいや。やっぱり、も…黒木さんは面白いな」

(いや、ほぼ初対面ですが…それは)

 

ひとり納得するかのように、彼女は私の肩を叩いた。

 

「うん、決めた。殺し合いゲームに参加しても、アンタと苗木は殺さない!」

 

江ノ島さんは、いきなり物騒なことを宣言した。

お前、参加する気だったのかよ…。何かあまり嬉しくないのですが。

 

「ところで、黒木さんは、気になる男はいないの?苗木以外で」

「いや、特にいないけど…」

 

今度は、好きな男の話題に変わったようだ。

私も女だが、このスピードにはついてゆくのが精一杯だ。

コイツの友達とか、みんな、こんな感じなのか?

 

「うーん、じゃあ、葉隠とかどう?身長差カップルなんて―――」

「嫌だ~~~ッ!!」

「うわ!?びっくりした!」

 

 

―――まいどだべ

 

 

あの笑顔が頭を過ぎり、私は絶叫した。

その態度に、江ノ島さんは、初めて驚きの表情をみせた。

 

「いや、黒木さん、何があったのマジで?話…聞くよ?」

 

意外なことに真剣な表情で優しい言葉をかける江ノ島さん。

 

「え?う、うん、じゃあ…」

 

その優しさに心を許した私は、葉隠の行った悪行を全て彼女に話した。

 

「チッ…そんな面白いことがあったのか…!

どうしてよ!どうして呼んでくれなかったのよ!!」

「呼ぶわけねーだろ!てゆーか、何で逆ギレしてんだよ!?」

 

机を叩き、私に怒りを露にする江ノ島さん。

クソが…!やはり、演技だったか。

どんだけ、私の苦しむ様が見たいんだよ、このアマは!?

 

私は、驚き呆れていると、江ノ島さんは再び笑顔に戻る。

 

「いや~しかし、気が合うね、私ら。初めて会った気がしないな…そう思わない?」

 

(イヤイヤ、アンタが厚かましいだけだと思うが…)

 

「も…黒木さん、あだ名とかある?いや…絶対あるよね?必ずあるって顔だね!

教えてよ!私のことは、これから、盾子ちゃん☆って呼んでいいからさ!」

 

私の内心など、気にも留めずに江ノ島さんは、次なる要求を繰り出した。

しかし、また「あだ名」とは…。

 

(う~ん、どうしようかな…)

 

私は、心の中で、悩む。

いや、もちろん、本来ならば「もこっち」という中学時代からの由緒正しきあだ名を教えることになんら差し支えることはない。

だが、私は、いい加減にこのポケモンみたいなあだ名から卒業したかった。

そう、飽き飽きしていたのだ。

願わくば、高校では「智ちゃん」という普通かつ可愛いあだ名で呼ばれたかった。

だから、ここで本当のあだ名を教えては、そのささやかな願いは叶わない。

よし…ここは、捏造しとくか…。

あっちは「盾子ちゃん」なのだ、かまうことはない。

 

「わ、私のあ、あだ名は、そ、その…智子ちゃん…と呼ばれて―――」

 

 

―――嘘だッ!!

 

 

高速だった。音速だった。まさに光りの速さだった。

江ノ島さんは、アニメ化までした某田舎ホラーのヒロインの名セリフを用いて

私の嘘を看破した。

 

「ヒィ、ヒイ~すいません!もこっちと呼ばれていますぅ~ッ!!

ポケモンみたいなあだ名ですいません!!!」

 

「うん!きっと、デジモンみたいなあだ名だと思ってた!」

 

江ノ島さんは、ニンマリと満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

なぜ、こんな瞬殺でバレたのか、見当がつかない。

江ノ島盾子…恐ろしい子…。

江ノ島さんの笑顔に内心、私は頭を抱える。

クソ~私は、このあだ名から一生、逃げられない運命なのか!?

早くも潰えたささやかな願い。

それを粉砕した相手を目の前にして、私の中で、復讐心が沸いてくる。

ちょっと、困らせてやろう、そんな程度の復讐心が。

 

「ところで、盾子ちゃん…何で苗木なんかのことが好きなの?」

「え…!?」

 

その質問に盾子ちゃんは、固まり、みるみると青ざめていく。

お、クリティカルヒットかな?

 

「ヒ、な、なんで、もっこちがそれを知ってるの!?嫌だ!もしかして、ストーカー!?」

「オメーがさっきから、アピールしてただろーが!?」

 

誤解から、私の信頼がクリティカルヒットになるところだったじゃねーか!?

もうやだ、このビッチ女。

 

「そうだね…なんで、好きになったのかぁ…」

 

江ノ島さんは、何事もなかったように、理由を話し始めた。

この質問は、意地悪も含まれているが、私としては本当に興味をもったことだ。

派手な世界の頂点に君臨するこのカリスマが、なぜに苗木のような地味で運以外に

とりえのない男を好きになったのだろうか?

 

「ほら、私って、ファッション業界いるじゃん。

そこで、多くの男から、アプローチを受けたわけよ。

私、カリスマで可愛いし。でも、どれもダメ。

連中は、私の外見や肩書きにしか興味がないのがバレバレ。

ふざけんなっつーの!私は、貞操は大事にしてるのに!」

 

(え…ビッチの女王が、何言ってるの…?)

 

本気で驚いた。

第64代横綱・曙が、「自分、実は、相撲、苦手なんですよ…」と告白したくらい

に衝撃をうけた。

 

「だから、私は容姿にはあまり拘らないんだよね…。興味があるのは、その中身。

心根の部分だよ。苗木は、他の男とは、そこが違う。

いつも前向きで、決して諦めない。希望を捨てない…ていうのかな。

私にはそういうものがないからさぁ…眩しかったんだよ、苗木が。

だから、ずっと見ていたら、いつの間にか、かな。

うん、あんな奴は、どんな戦場にだっていないよ」

 

顔を赤らめながら、そう告白する盾子ちゃん。

戦場とか、何言ってんだこのビッチは?

そんなところに行ったことがある女子高生がいるか!

それに、苗木とあって、まだ1週間とかだろう。

私との事もそうだが、本当に思い込みが激しい女だな。まあ、悪い奴ではないけど。

 

「まあ、そんなとこかな。しかし、もこっちは好きな男いないのか。

女盛りだというに可哀想な奴だね、君も」

「う、うるさいなぁ…」

 

腕を組み、勝ち誇りながら、見下ろす盾子ちゃんに、私は弱々しく返事する。

たしかに、正論である。そろそろ、彼氏の一人でも欲しいところだ。

 

「うんうん、じゃあ、かわいそうなもこっちにこの盾子様が、モデルの友達でも紹介して

あげようか?」

「お願いします!なんでしますから~ッ!!」

「うわぁ!?ビックリした!!」

 

私の電光石火の快諾に、盾子ちゃんは、再び驚愕した。

いや、モデルの男なんて紹介されるなら、マジ何でもしますから!

 

「ん、いま、何でもするって言ったよね…?」

 

どこかで聞いたような台詞を盾子ちゃんは、興奮しながら言った。

 

「じゃあ…もこっちには私の専属雑誌にモデルとして出演してもらおう!

さあ、いまから、モデルの特訓なのだ~~~ッ!!」

「え、ええええええ!?」

 

とんでもないことになった。

私が、モデルに!?カリスマギャルに!?

 

何がなんだかわからない内に、盾子ちゃんは、モデルの歩き方や立ち片をレクチャーし始める。

真剣な眼差し。どうやら、彼女は本気のようだ。

その熱に当てられ、私の方も徐々に、マジになってきた。彼女を信じてみよう…!

 

「こ、こんな感じでいいかな…?」

「う、うん…い、いい感じだよ、そこで、腰に手を当てて」

 

私にレクチャーしながら、盾子ちゃんは苦しそうに右腹を抑える。

 

「え!?盾子ちゃん、どうしたの!?具合悪いの!?」

「だ、大丈夫。実は、私、持病で、時々、右腹に痛みが走るんだ。

でも、心配しないで!今は、もこっちのモデルの練習の方がずっと大事だから!」

 

なんていい奴だ。

病気の痛みに耐えながら、私のために、ここまで頑張ってくれる。

私は、彼女を信じていいんだ!

 

「ぷぷぷ…いいよ、もこっち、クク…そこで、挑発するかのように、腰を…ヒヒヒ」

 

必死で痛みと戦う盾子ちゃん。

私は、彼女を信じて…いいんだよね…?

 

「今日は、このくらいにしようか。もっこちは疲れたでしょ?私も我慢の限界だし」

 

文末に、ちょっと腑に落ちない言葉を残し、レッスンは終了となった。

個人的には、いい気晴らしになった。

カリスマにマンツーマンでレッスンを受けられたのは、本当にいい思い出になるだろう。

 

しかし、私がモデルデビューかぁ…あの「ファンアン」に。

 

「ファンアン」とは、彼女が専属契約している女子高生向けの雑誌だ。

彼女は、その雑誌の表紙を毎月のように飾っている。

 

「あ、そうだ、盾子ちゃん」

「うん?なんだね、もこっち」

 

私は、ちょっと気になったことを気軽に聞くことにした。

 

 

「盾子ちゃん、ちょっと、雑誌とイメージ違うよね?」

 

 

 

――――ッ!!!

 

 

 

「…え?」

 

その直後だった。

私の身体に電流が走り、動けなくなった。

金縛りというやつだろうか。

本当に動けない。声も出せない。

目の前には、盾子ちゃんが立っている。

目を見開いて、じっと私のことを見ている。

なぜだろう。なぜこんな感覚になるのだろう?

さっきまで一緒に笑っていた彼女を本能が畏怖している。

全力で逃げろと細胞が奏でている。

それはまるで、大蛇に巻きつかれて、今にも首筋に牙を刺されようとしているような恐怖。

 

「ハ、ハハハ、ハハハハハハ、何を言ってるのさ、もこっち」

「え、ええ…!?」

 

彼女の笑い声の直後、金縛りは解け、私の身体は自由になった。

何?何が起きたの、さっき!?

 

「カバーショットのことだよね?あれは、雑誌用に盛ってるんだよ!

だから、雑誌用に加工してるんだよ、画像編集ソフトで!」

「あ、うん、そ、そうなんだ」

 

なるほど、もっともなことだ。今時は、フォットショットでの編集は当たり前だろう。

だが、私は先ほど自分に起きた不可解な感覚を引きずり、上の空だった。

なんだったんだろう、今のは?私は、一体、何を恐怖したんだ?

目の前には、盾子ちゃんしかいない。

確かに、頭のおかしな女ではあるが、命の危険を感じるような相手ではない。

もしかしたら、モノクマの奴に食材に変な薬物でも混ぜられて、

感覚がおかしくなっているかもしれない。

 

「でも、それだと、実物はカリスマ性がないということかな、へコんだぞ、このこの!」

「痛ッ!ちょ、痛い!やめて!」

 

盾子ちゃんは、手刀で私の横腹をズシズシと突いて来る。

いや、マジで痛いんですけど。なんで、そんなに指先が固いの?空手家なの?

 

「私が、カリスマ性が落ちたのはモノクマのせいだ~~~!こら~モノクマ!

出て来い!出てきて、私だけに出口を教えろ~~~~!」

「自分だけかよ!?ちょっと、やめて!マジでアイツ、出てくるから!」

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

その後、小一時間ほど、彼女とバカ話を続け、私は部屋に戻ることにした。

いや、本当に不思議な感覚だ。

確かに、彼女の言うように初めて会った気が今はしない。

その証拠として、私は、彼女とどもることなく会話していたのだから。

 

盾子ちゃん…変な奴ではないが、悪い奴ではない。

もしかしたら、友達になれるかもしれないな。

 

しかし、モデルの男の紹介の件は守ってもらえるのだろうか?

適当な奴だが、これだけは守ってもらわなければ困る。

そう思うと、私も相当に男に飢えているのか…?

まさか、本当に奴の占い通りに進んでいるのでは?

 

 

――――俺の子供を産むべ。

 

 

「ヒッ…!?」

 

突如、葉隠の言葉を思い出し、私は後ろを振り返る。

後ろには、誰もいなかった。

だが、その逆方向、私の前方から一人の…一匹のクマが歩いてきた。

ペタペタと特有の愛らしい音を奏でながら。

 

(ク、クマ野郎…!)

 

モノクマが私に向かって歩いてきた。

いや、それは違う。たぶん、食堂にいる盾子ちゃんに会いに行く途中、私と遭遇したのだ。

思えば、呼べば、すぐに地下から飛び出してくる奴が、まったく反応を見せなかったのは

おかしなことだった。

おそらく奴は、いやらしくも私達の会話を盗み聞きし、楽しんでいたのだ。

それなりに恥ずかしい話題もしたのを思い出し、私は顔を赤らめる。

モノクマの奴は、きっと、私に悪口を言った後、盾子ちゃんのところに行くつもりなのだ。

なんて性格の悪い野郎だ…!

よし…!ならば、こちらが出来ることは一つだけだ。

シカトしてやる…!何を言われても完全無視を決め込んでやる!

ほんの少しのリアクションもくれてやるものか!

 

私は覚悟を決め、廊下を歩く。

モノクマとの距離はどんどん縮まっていく。

 

(さあ、一体、どんな悪口を言ってくるんだ)

 

モノクマはついに私の目の前に迫ってきた。

 

―――ぷッ

 

(え…?)

 

モノクマは何も言わなかった。

ただ、手で口を押さえ、ほんの少し笑った。笑いを堪えた。ただ、それだけだった。

 

だが、それは、嘲り。

私の存在に対する嘲笑。

 

人間が交差する間際で、一番、ムカつき、一番、落ち込ませる行動だった。

 

「調子に乗ってんじゃねーぞッ!このクマキチが~~~~~~~ッ!!」

 

去り行くモノクマに向かって私は絶叫する。

自分の誓いの全てを放り出し、全力で叫ぶ。

 

「青狸の出来損ないのくせしやがってよぉぉぉぉ!!

何がクマだよ、XXXしろオラァァァァ」

 

某定時版で一昔流行った遭難漫画の台詞を改変した罵声を放つ。

モノクマは、振り向きことなく、歩いて行く。

ペタペタと特有の愛らしい音を奏でながら。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「うががァァァ~~~~~ッ!」

 

それを思い出し、私は、監視カメラに枕をぶつけた。

あの野郎が、少しでも驚いたら、ザマミロだ。

 

(復讐してやる…!ここから出たら、裁判であることないこと証言して、必ず豚箱にぶちこんでやるからな…!)

 

モノクマと黒幕への復讐を決意して、私は眠ることにした。

こんな夜はもう、終わればいい…そう願いながら。

 

だが、私は知らなかった。

こんな優しい夜は、もう二度と訪れないということが。

これが、私達が安心して眠れる最後の夜だったことが。

 

 

翌日、私達は、モノクマに食堂に集められた。

 

「学園生活が開始されてもう一週間を過ぎた訳ですが、まだ、誰かを殺すような

奴は現れていないよね!オマエラ、ゆとり世代の割にはガッツあるんだね…。

でも、僕的にはちょっと退屈ですぅ~!」

 

(まだ言ってるのか、このクソクマは…お前の口車に乗る奴などいるわけねーだろ)

 

あいかわらずイカれたことをぬかすモノクマに、私は露骨に舌打ちをした。

常識で考えれば、当たり前である。

 

「あ、わかった!ピコーン、閃いたのだ!」

 

だが、モノクマは、白けきったその空気を読むことなく、手を叩いた。

 

「場所も人も環境も、ミステリー要素も揃ってるのに、どうして殺人が起きないのかと思ったら…そっか、足りないものが一つあったね!!」

 

モノクマは邪悪に笑う。

嫌な予感がする。すごく…嫌な予感が。

 

 

 

 

 

「だから…“動機”を用意しました」

 

 

 

 

 

 




最長の12000字!意地で自由時間を終わらせました。
例によって、誤字脱字、変な文章は後で修正します。

残姉は、無印ゲームの知識の江ノ島に化けた時の印象のみ。ノベルでの性格は知りません。

やっと、自由時間終了・・・まさか、こんな長くなるとは。
そして・・・次回から、いよいよ・・・

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