私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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週刊少年ゼツボウマガジン 後編①

「ちーちゃん、もっと早く!」

 

「もこっち、も、もうこれ以上は無理だよぉ」

 

「が、頑張って!あと少しだから!」

 

私達は暗い森の中をひたすら走り続ける。

ここがどこなのかまるで検討がつかない。

それでも私達は走り続けた。

転びそうになりながらも。

がむしゃらに、全力で。

今はそうするしかないのだ。

 

「オマエラ、待て~」

「おしおきしてやる~!」

 

私達の後ろには、モノクマ達の群集団が迫っていた。

 

図書室で、ちーちゃんと探索をしていた私は、

本棚から1冊の本を引き抜いた。

その直後、”ゴ、ゴ、ゴ”という音を立てながら、

本棚が回転し、その後ろから扉が姿を現した。

 

私達は、偶然にも黒幕の隠し通路を発見してしまったのだ。

まさか、本当にあるとは思っていなかった。

だが、アレコレ考えている時間はなかった。

この状況は監視カメラを通して黒幕に知られているはず。

みんなを集め、全員で脱出する時間はないのは明白だった。

私は意を決し、扉を開ける。

そして、ちーちゃんの手を取り、走り出したのだった。

 

「待て~~」

 

私達が外に出て、すぐに追手のモノクマ達が姿を現した。

いつものノーマルタイプの他に、まわしをつけた力士のようなモノクマや

グローブをつけたボクサーのようなモノクマが姿が見えた。

おそらくは、近くに配備されていたモノクマを緊急に出動させたのだろう。

黒幕の焦りが伝わってくるかのようだ。

これはまさに千載一遇のチャンスだった。

私達は森に逃げこみ、真っ直ぐに走り続けた。

必死で走る。

余裕などなかった。

だが、私には勝算があった。

日本国内であれば、どんな森でも真っ直ぐに進めば、必ず道に出る、と

どこかで聞いたことがある。

 

そして・・・

 

 

「プギャ~~」

 

後ろで転倒したモノクマの悲鳴が聞こえる。

そうなのだ!

室内仕様のモノクマにとって、

森はまさに天然のトラップなのだ!

モノクマ達は木にぶつかり、茂みにつっこみ転倒していく。

奴らとの距離はどんどん離れていく。

振り返ってその姿が見えなくなる。

 

やった!

 

私達はとうとうモノクマと黒幕の掌から抜け出したのだ。

私達はひたすら走り続けた。

絶望の闇から逃れるために。

希望に向かって走り続けた。

そして、ついに暗い森の終着点へと辿り着いた。

 

「ハア、ハア、ハア・・・」

 

道路の真ん中で大きく肩で息をする。

アスファルトの感触に安堵感を覚える。

 

とうとうここまできた。

ガードレールから身を乗り出す。

その眼下には、街の灯が・・・希望が広がっていた。

助かった・・・助かったんだ!

すぐに警察に駆け込もう。

これで黒幕を捕まえることができる。

みんなを助けることができる!

 

やったんだ。

私達はやり遂げたんだよ!

 

ちーちゃんの手を握る手に力が入る。

ちーちゃんは無言だった。

喜びのあまり声が出ないのだろうか?

でも、その手からは、柔らかさと熱が

ちーちゃんの確かな存在が感じられた。

 

「やったよ!やったよ、ちーちゃん!」

 

私は喜びを分かち合おうと振り返る。

 

「え・・・!?」

 

その瞬間、私は凍りついた。

そこにはちーちゃんがいた。

いや・・・ちーちゃんに似た何かがいた。

ちーちゃんに似せたソイツは、

ちーちゃんのカツラを被っていた。

ちーちゃんの服を着ていた。

ちーちゃんの姿をしたモノクマが

首をかしげながら私を見つめていた。

握った手は、冷たい鉄の感触に変わっていた。

 

 

「うわぁあああ!?」

 

驚きのあまり、私はその場で尻餅をついた。

 

(な、なんでモノクマが・・・!?)

 

狼狽する私をモノクマは笑いを堪えながら見つめている。

 

「ど、どうして?ちーちゃん・・・ちーちゃんは!?」

 

そうだ・・・!本物のちーちゃんはどこに!?

 

「ちーちゃん?ああ、もしかしてアレのこと?」

 

モノクマはゆっくりと指差す。

 

「・・・。」

 

そこには・・・ちーちゃんがいた。

処刑人のマスクを被ったモノクマ達にキリスト像のように

磔にされた彼女は、頭から血を流して・・・・その瞳は空ろに・・・

 

 

「うわぁあああああああああああああああ~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

…………

 

・……………………

 

・……………………・……………

 

・……………………・……………・……………・

 

・……………………・……………・……………………・……………・……………………・……………

 

 

 

 

 

「ハアハア、ハア」

 

ここは・・・?

 

「ハアハアハア・・・」

 

私の・・・部屋?

 

頬につめたい汗が流れ落ちる。

全身が汗でぐっしょりとぬれているのを感じる。

 

ここは・・・私の部屋・・・のようだ。

 

気づくと私はベッドの上で、上半身だけ起こして宙に手を伸ばしていた。

 

「ハア、ハア・・・」

 

まだ息の乱れが収まらない。

この状況に覚えがある。

私は盾子ちゃん達に地獄に引きずりこまれそうになって・・・

ちーちゃんに助けを求めて・・・

それで・・・今みたい目が覚めたんだ。

 

(じゃあ、あれも・・・夢?)

 

脱出して必死に走った夢だから、こんなに汗をかいているのだろうか?

それならばどんだけ夢と現実がリンクしているんだよ!という話だ。

まったく身体が休まらないではないか。

まだイマイチ意識がはっきりしない。

 

(あれ?)

 

汗のことを考えていたらいまさら気づいた。

私・・・パジャマを着ていない?

なぜか私は制服を着たまま寝ていた。

なんでだろう・・・?

昨日は黒歴史の暴露の件でパニック状態になっていた。

きっとそのせいなのだろう。

まったく思い出せないや・・・。

 

というか、黒歴史!

今、何時!?

確かモノクマの奴は正午に発表するって・・・・!

 

 

「よかった・・・気がついて」

 

「え・・・?」

 

少しだけ意識が戻りつつある中で、その声に私は振り向く。

 

「大丈夫・・・?黒木さん」

 

そこには苗木君が立っていた。

心配そうな表情で私を見つめている。

 

(・・・。)

 

一瞬、私は固まる。

この状況はなんだろう?

どうなっているのだろうか?

なぜ苗木君が私の部屋にいる・・・!?

 

どうして・・・・どうして・・・

 

 

……………………・……………・……………………・………

……………………・……………・……………………・………

……………………・……………・……………………・………

……………………・……………・………………

……………………

 

 

(ああ・・・そうか・・・)

 

そういうことだったのか。

私は今までの状況を整理することで1つの回答に辿り着いた。

やっと状況が掴めた。

つまりこういうことだったのだ。

 

昨日、私は黒歴史の件で、パニックになり追い詰められて

夜遅くまであちこちを徘徊していた。

そして、ちーちゃんと会って少し話して

別れた後、そのままベッドで寝てしまったんだ。

うん、だから制服を着ているのだ。

きっと、心労で疲れきっていたのだろう。

私は、今の今まで眠りこけていたのだ。

きっともう正午を過ぎているのだろう。

みんなやモノクマが食堂に集まる中で、

私だけがいない・・・そんあ状況なのだ。

苗木君は・・・心配して迎えに来てくれたのだろう。

たぶん、私がドアのロックをかけ忘れていたのかな?

不安になり、私の安否を確かめるために部屋に入ってきた・・・とか。

そうか・・・だからこんな気まずそうな顔をしているのか。

 

ハハハ・・・なんだ。そうだったのか。

ん?

ということは、苗木君に私の寝顔を見られてしまった・・・?

とたんに顔が熱くなってきた。

恥ずかしかった。

男の子に寝顔を見られるなんて。

変な寝顔じゃなかったかな?

まさかヨダレとか!?

普段なら最悪だ!と心の中で頭を抱えているはずだけど

今はそうではなかった。

恥ずかしさよりも先に安堵感があった。

苗木君の顔を見て安心することができたから。

 

 

ああ、そうか・・・。

 

全部、夢だったんだ・・・。

 

 

「夢を・・・見たんだ」

 

「え・・・?」

 

安心して、ふと声に出てしまった。

苗木君が少し困惑している。

 

「怖い・・・夢を見たんだ」

 

「夢・・・」

 

もうここまで言ったのだから話してしまおう。

これ以上、苗木君に心配をかけるわけにはいかない。

ううん・・・違う。

私が話したいんだ。

私が・・・苗木君に聞いて欲しいんだ。

 

「図書館で隠し扉を見つけて・・・

そこから外に出ることが出来たんだ・・・ちーちゃんと一緒に。

森の中を必死で逃げて・・・

いろいろなモノクマが追いかけてきたんだ」

 

「・・・。」

 

夢の内容を思い出しながらなので

喋る速さも遅く、内容も断片的になってしまった。

それでも苗木君は無言で聞いてくれている。

 

「なんとかモノクマ達から逃げ切って・・・

街が見える場所まで行ったのだけど・・・

振り返ったら、ちーちゃんがモノクマになっていて・・・

本物のちーちゃんは・・・」

 

ああ、口に出してみるとなんとバカらしい夢なのだろう。

きっと苗木君も苦笑するだろう。

 

 

「モノクマに殺されて、磔にされていたんだ。

怖かった・・・夢で・・・夢で本当によかった~~」

 

 

 

 

    ~~~~~~~~~・・・ッ!!

    

    

(え・・・?)

 

その瞬間、苗木君の表情が変わった。

私は、その顔を見て息を呑んだ。

その表情を見て絶句した。

初めてだった。

私は初めてこんな悲しそうな人の顔を見た。

人間とはこれほどまでに悲しい表情をすることができるのか・・・。

そう思うほどに、

その時の苗木君の表情は絶望と悲しみに満ちていた。

 

中学時代からの友人だった舞園さんが殺され、犯人扱いされた時も

悲しみを必死に押し殺して、気丈に捜査を続けた苗木君。

舞園さんに裏切られた真実を知っても、

それでも希望を信じて前に進むことを誓った苗木君。

 

そんな彼がどうしてこれほどまでに

悲しい顔をしたのだろうか・・・。

後になって私は、この時のことを思い出すことがある。

何度も何度もあの時の苗木君の顔を思い出す。

苗木君があんな悲しそうな顔をしたのは・・・。

それはきっと、私のことを思ってくれたからだろう。

彼は優しい人だから・・・。

苗木君は、自分が傷つくより、他の人が・・・

それがたとえ私でも・・・

傷つくのをみるのがつらかったのだと思う。

 

苗木君はつらそうに瞼を閉じている。

その身体は、かすかに震えていた。

 

「違う・・・それは違うよ」

 

苗木君は苦しそうに何か呟いた。

 

「違うんだ・・・黒木さん。

君は倒れたんだ・・・更衣室で・・・。アレを見た後に・・・倒れたんだ」

 

倒れた?更衣室で・・・?

苗木君の言っていることがよくわからなかった。

 

「落ち着いて聞いて、黒木さん」

 

瞼を開いた苗木君の瞳は、

まるで何かを決意したかのようだった。

その真剣な眼差しに私は釘付けとなった。

目を逸らすことができなかった。

 

 

「不二咲さんが殺された。また・・・学級裁判が始まるんだ」

 

 

「・・・」

 

「君は、不二咲さんの死体を見て、気を失ったんだ・・・。

それで・・・僕がここまで運んで・・・その後・・・黒・・・だか・・・」

 

(ん?う、うん・・・?)

 

苗木君の言葉が理解できなかった。

苗木君は言葉を続けるも、それは私の耳に入らなかった。

 

 

”更衣室” ”ちーちゃん” ”死体”

 

 

そのキーワードが私の頭を回っていた。

一体、彼は何を言っているのだろう。

なぜこんな意味のわからない話を続けているのだろうか。

そもそも私は更衣室など言った覚えはない。

私はずっと寝ていたのだ。

そう、私は盾子ちゃん達に

地獄に引きずりこまれる悪夢を見て、悲鳴を上げて、起きたのだ。

それで・・・あれ?

 

起きた?あれ・・・?

 

私はずっと寝ていたはずだ。

なんで、なんでこんな記憶があるのだろうか?

 

(私は起きて・・・食堂で苗木君に・・・)

 

断片的な映像が頭の中に浮かび上がってくる。

それは、夢の映像というにはあまりにもリアルなもので。

 

傲慢な笑みを浮かべ更衣室に入っていく十神白夜。

悲鳴を上げる苗木君。

 

私は苗木君の傍に駆け寄ろうと更衣室に入って・・・

 

「黒木さん!見ちゃダメだぁあーーーーーーーッ!!!」

 

あの時の苗木君の声が脳裏に蘇る。

 

その叫び声の中、私が目にしたのは、ちーちゃんの・・・死体だった。

 

キリスト像のように磔にされ、頭から血を流し・・・その瞳は空ろに・・・。

悪夢の中でちーちゃんが殺され、

磔にされた光景がそれと交差し、ピタリと重なった。

 

 

 

 

その瞬間――

 

私の全身の毛穴から”ブワッ”と冷たい汗が溢れ出た。

 

 

 

 

 

(え・・・?え?え?)

 

なんだこれ・・・?

一体、何だこれは!?

何がなんだかわからない。わからない・・・のに。

全身の毛が逆立つ。

身体の震え止まらない。

胸の動悸が収まらなかった。

 

「黒木さん?黒木さん!」

 

「え?」

 

「だ・・・大丈夫?」

 

「あ・・・」

 

その声に気づくと目の前に苗木君が立っていた。

心配そうに私を見つめている。

 

「黒木さんは

誰よりも不二咲さんと仲が良かったから、とてもつらいと思う」

 

苗木君は言葉を続ける。

 

「こんな事がまた起きるなんて、僕は悲しいよ。不二咲さんが・・・なんでって・・・」

 

ちーちゃんが死んだことをつらそうに語っている。

 

「でも・・・始まってしまったんだ。また学級裁判が。他のみんなも、捜査を始めているよ」

 

すでにちーちゃんの死は過去のものとなり、話題は学級裁判の捜査に移っていく。

 

「つらいかもしれないけど、黒木さんも捜査に・・・

僕も、僕もできるかぎり協力するから!だから・・・」

 

「ねえ、苗木君・・・」

 

「黒木さん・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ―――これ”も”夢だよね・・・?

     

     

 

 

 

 

 

 

     

「え・・・?」

 

”ゾッ”と青ざめる苗木君の瞳に

それ以上に真っ青になった私の顔が映る。

 

ハ、ハハ・・・アハハハハ。

な、な~んだ。

そ、そうか。

そういことだったのか。

こ、これも夢なんだ。

私はまだ夢の中にいるんだ。

悪夢を見続けているんだ。

だから・・・だから・・・こんな。

 

「く、黒木さん・・・何を言って―――」

 

「何を言ってるかわからないのは、そっちだよ!」

 

「え!?」

 

私の口調の変化に苗木君は・・・いや、苗木君の”偽者”は戸惑いの声を上げた。

 

そうとも。

ここが悪夢の中なら、この人は・・・

いや、コイツは苗木君なんかじゃない!

悪夢が作り出した紛い物。

私を苦しめるために生み出された偽者なんだ!

だから・・・こんなひどい嘘を・・・。

ちーちゃんが死んだなんて大嘘をついて、私を苦しめようとしているんだ!

そうはいかない。

そんな手に乗ってたまるか!

 

「さっきから何をわからないことを言ってるの?

バカじゃないの。ちーちゃんが殺されるわけないじゃん」

 

ベッドから降りて、立ち上がり

ヤレヤレ、といった感じのポーズをとりながら、

私は偽者に対して流暢に挑発の言葉を投げつけた。

そう、偽者相手なら、緊張する必要などないのだ。

 

「お、落ち着いて黒木さん」

 

普段とは違う私の堂々とした態度に偽者は驚き慌てている。

 

「うるさい!黙れ!」

 

落ち着けだって?

ああ、落ち着いてるとも。

今の私は、これ以上ないくらいに冷静だ。

誰よりも冷静なんだ!

 

「ちーちゃんが殺されたなんてあるわけないんだ!だって・・・」

 

今から証明してやる。

私が冷静であることを。

この偽者を論破して

全てが嘘だって証明してやる!

 

「ちーちゃんはかわいくて・・・誰からも愛されていて・・・」

 

ちーちゃんのひまわりのような笑顔が頭を過ぎる。

 

「道で蟻を踏んでしまっただけで、

泣いてしまうような優しい女の子なんだよ。

そんな優しいあの子が・・・私の大好きな友達が・・・」

 

 

”誰かに恨まれて

殺されるなんてことがあるはずないだろ!ふざけるな~~~~ッ!!”

 

 

自分でも信じられないほど大きな声が出た。

 

「夢の中だからって調子に乗るなよ!この偽者がぁ!」

 

冷静に!冷静にな・・・

 

「お前の言っていることは全部嘘だ!」

 

なれるわけがなかった。

感情が堰を切った。

 

「そんなことあるはずないじゃないか・・・。

そんなひどい話があるはずないじゃないか」

 

怒りの感情が。

 

「世界がそんな残酷なはずないじゃないか。

世界が・・・そんな絶望に満ちているはず・・・ないじゃないか」

 

恐怖と絶望が溢れ出る。

 

「友達になれそうだった舞園さんが殺されて・・・

親友だった盾子ちゃんが目の前で死んで・・・

ちーちゃんまで・・・なんて。そんなはずないじゃないか。

私が仲良くなった人が・・・

私と友達になってくれた人がみんな消えてしまうなんて・・・」

 

堰を切った感情は止まらない。

 

「な・・・なら・・・私の家族やゆうちゃんは、もう・・・」

 

今まで抑えていた全てが流れ出した。

 

「だから・・・夢なんだ・・・!これは・・・全部、夢なんだ!!」

 

「ち、違うよ!これは夢なんかじゃ・・・」

「夢だ!」

「だって、本当に・・・」

「夢だって・・・!」

「黒木さん、不二咲さんはもう・・・」

 

「夢だって・・・言ってるじゃないか~~~~ッ!!」

 

「黒木さん・・・」

 

「ハアハア、ハアハア・・・」

 

肩で息をするほど、私は力の限り叫んだ。

一刻も早くこの悪夢が醒めることを願いながら。

苗木君の偽者は、言葉を止めて私を見ている。

本当に・・・悲しそうな顔で、私を見つめている。

 

(やめてよ・・・)

 

たとえ偽者でも・・・その顔で。

苗木君のそんな悲しそうな顔で見つめられたら・・・。

涙が出そうになるのを必死で堪える。

 

「・・・出てってよ」

 

「え・・・」

 

「ここから出てけよーーーッ!!」

 

たとえ偽者でも、これ以上、苗木君のそんな表情を見ることに耐えられない。

 

「出てけ!」

 

「黒木さん・・・」

 

「私の前から消えろ!苗木君の偽者めーーーッ!」

 

ありったけの力で枕を投げつける。

枕は偽者の顔に直撃した。

偽者は顔を押さえる。

 

「わ、私は・・・待つんだ。

ここで・・・悪夢が醒めるのを・・・待つんだ。

だから・・・出てってよ。

お願いだから・・・ここから出てってよ」

 

「・・・。」

 

最後はもはや懇願だった。

その願いの前に苗木君の偽者は、ただ無言で立ち尽くしていた。

 

沈黙が二人の間に訪れる。

二人の間には、目に見えない大きな溝があった。

 

「・・・。」

 

偽者は私に何か言葉を投げかけようと試みる。

だが、言葉が出てこないようだ。

何度かそれを繰り返し、そして諦めたのだろう。

うなだれながら、ドアの方に歩いていく。

 

苗木君の偽者は私のお願いを聞いてくれたようだ。

私の願い通り、部屋から出ようとしている。

 

「ま、待って・・・」

 

その背中を呼び止める。その声に偽者は振り返る。

 

(どうして・・・私は・・・)

 

どうして、呼び止めてしまったのだろうか。

 

「出て行く前に・・・1つだけ」

 

偽者がお願いを聞いてくれたから・・・

願いを聞いてくれるなら・・・

 

「1つだけ、私の願いを聞いてくれないかな・・・?」

 

1つだけ・・・1つだけでいいから。

これだけは、叶えて欲しい願いがあった。

 

「頷いて・・・くれないかな?」

 

ただそれだけでよかった。

 

「私がこれは夢だよね・・・?

そう聞くから・・・それに対してただ、頷いてくれないかな?」

 

言葉などいらなかった。

ただ、頷いて欲しかった。

ただ、その顔で頷いて欲しかった。

苗木君の顔で頷いて欲しい。

 

「だって・・・こんなの夢に決まってる・・・もん」

 

たとえ夢だとわかっていても、私は安心したかった。

安心が欲しかった。

苗木君が、たとえ偽者だとしても、頷いてさえくれれば・・・。

私は安心することができる。

安心してこの部屋で、悪夢から醒めるのを待つことができる。

 

「だ、だってほら、夢だからサァ・・・」

 

左腕に思い切り爪を立て、一気に引く。

”ガリッ”という音がした。

力を入れて何度も引く。

何度も・・・何度も。

皮膚が破れ、左腕から血が流れ落ちる。

 

「こんなことしても・・・全然、痛くないんだよ」

 

ハハハ、すごいや。

さすが夢だ。なんにも感じない。

そうだ。

これは夢だ!夢なんだ!

 

だから―――

 

 

「お願いだから、苗―――!?」

 

顔を上げた次の瞬間。

私が見たのは、私の願いを叶えるために、頷こうとする苗木君の姿ではなかった。

彼はいつの間にか、私の眼前に立ち、全身を捻る。

まるで反動をつけ、威力をあげるかのように。

 

 

  パァーーーーーーーーーーン!

  

  

苗木君の姿が消えたと思った瞬間、視界が揺れた。

派手な音が部屋全体に響き渡った。

 

(え!?私・・・今)

 

ぶたれた――――!?

 

 

お母さんはともかく

お父さんにだって・・・智貴にさえ・・・

 

男の人にされたことなんて―――――

 

衝撃の直後、右頬に火が走ったような”痛み”を感じ、私は叫んだ。

 

 

「い、痛いじゃないか!何をするんだぁああ~~~!?」

 

 

―――――え・・・?

 

痛・・・い?

 

右頬を押さる。

そこにはあるはずのないものが・・・。

夢のはずなのに。

あるはずのないリアルな痛みがあった。

 

「あ・・・」

 

掻き毟った左腕が視界に入る。

傷口から、血が流れ落ちる度に、

ズキン、ズキンと鋭い痛みを主張する。

 

それは今を生きている痛み。

それは決して否定できぬ現実の痛み。

 

 

「あ・・・ああ・・・」

 

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ

 

 

「黒木さん・・・もう一度言うよ。

不二咲さんは死んだ。また学級裁判が始まるんだ」

 

「うぁあああ~~~~~ッ!!」

 

血に塗れた手で苗木君に掴みかかる。

 

「どうして・・・どうして・・・!どうして~~~ッ!!!」

 

両の手で彼の胸ぐらを掴み叫ぶ。

腹の底から。血を吐く思いで。

 

本当は・・・わかっていた。

わかってしまった。

ちーちゃんの死体を見た記憶と夢の光景がピタリと一致した時に。

あの時、思い出した。

全て思い出してしまった。

 

でも、信じられなくて・・・。信じたくなくて。

 

こんなひどい話が現実なんて認めたくなかった。

苗木君の話を聞いている時・・・。

世界が当たり前のように、

ちーちゃんの死を受け入れていて・・・

ちーちゃんがいないことが、もう当たり前になっていて・・・

 

それが・・・どうしても許せなくて・・・。

 

だから・・・夢だったら・・・いいなって。

こんな残酷な世界が。

こんな絶望的な現実が。

全て夢なら・・・いいなって。

 

私さえ信じなければ・・・。

私さえ認めなければ・・・。

ここで夢から醒めるのを待っていれば・・・。

ずっと・・・ずっと待っていれば・・・。

もしかしたら・・・本当に・・・夢だったって・・・。

 

そう思ってたのに・・・。

なのに、なのに、なのに、なのに、なのに~~~~~

 

どうして、頷いてくれなかったの!

どうして、嘘をついてくれなかった!

こんな現実に、こんな世界に、こんな絶望に私が耐えられるはずないじゃないか!

どうして放っておいてくれなかった・・・!

あのままで・・・よかったのに。

君が頷いてくれたなら、私はずっと待つことができたのに。

私はそれでよかった。

そうして欲しかったのに・・・!

どうして、私の夢を覚ましたんだ!?

 

どうして、どうして・・・!どうして~~~~~ッ!!!

 

 

悪夢も甘い夢も全て醒め、私は現実の世界に帰ってきた。

苗木君は私の慟哭を・・・私の絶望を、真っ直ぐな瞳で見つめている。

決して逸らさずに、私を見ていた。

 

「・・・舞園さんが殺された時に・・・僕も君と同じことを思ったよ」

 

苗木君は私に語りかける。

 

「こんなの現実じゃないって。夢だったら・・・いいなって。

だから、今の黒木さんの気持ちがどんなものか、僕にはわかるよ。

どんなに絶望しているかわかる・・・。

それでも・・・だからこそ・・・僕は君に言うよ!」

 

私の両肩を掴み、苗木君は私の心に言弾を放つかのように

 

その言葉を言い放った。

 

 

 

    ”希望を捨てちゃダメだ!絶望と戦うんだ!黒木さん!”

 

 

希望。

それは、苗木君の願い。

それは、苗木君の心。

苗木君をこれまで支えてきたたった1つの思いだった。

 

「黒木さん、捜査するんだ!真実を知るために」

 

「い・・・嫌だ」

 

「学級裁判に出るんだ!不二咲さんのためにも」

 

「イヤだぁあ~~~」

 

彼の願いを、希望を、私は絶叫に近い声を上げ、拒絶した。

無理・・・だ。

私には無理だよ。

私は苗木君みたいにはなれない。

この絶望の世界で私が希望を持てたのは、ちーちゃんがいたからなんだ。

ちーちゃんが・・・私の希望だったんだ。

だから・・・無理なんだ。

私は戦えない。

絶望と戦うことなんて・・・できないよ。

 

「戦うんだ、黒木さん!」

 

「イヤだ!もうイヤだぁ~~」

 

「君が戦うなら・・・不二咲さんのために

絶望と戦うならば、僕はどんな協力でもする!ああ、なんだってするさ!

だから・・・一緒に戦おう!」

 

「無理・・・だよ」

 

「アイツが・・・モノクマが支配するこの世界は

信じられないほど残酷で。

あまりにも絶望的だから・・・

希望を、見失ってしまうかもしれない。それでも・・・」

 

苗木君は、肩を掴む手に力を入れる。

 

「それでも僕達が希望を捨てちゃダメなんだ!

死んでいったみんなのためにも、

その願いや思いを継いで、僕達は進まなきゃいけないんだ!

僕達が希望を捨ててしまったら・・・

絶望に屈してしまったら・・・

全てが消えてしまう。

舞園さんや桑田君が抱いた未来への夢や、

江ノ島さんや不二咲さんの願いや大切な思いが・・・

みんなの希望が全部、消えてしまう。

全てなかったことになってしまう。

それだけはダメだ。

それだけはさせない・・・!

だから、絶望に負けちゃダメだ、黒木さん!絶望と戦うんだ!」

 

みんなの・・・笑顔が脳裏を過ぎる。

 

 

「この世界が、どんなに歪んでいても・・・」

 

それでも――

 

「この先に残酷な未来が待ち受けていても・・・」

 

それでも――

 

「たとえ、世界中が絶望の闇に覆われていたとしても・・・」

 

 

それでも・・・希望は・・・希望は―――

 

 

 

   ”それでも・・・希望は前に進むんだぁーーーー!”

   

 

苗木君の放った言弾は、彼の思いは・・・私の心を撃ち抜いた。

 

「みんなのためにも・・・僕達が最後まで希望を捨てちゃダメなんだ。

だから・・・だから」

 

「苗木君・・・」

 

「黒木さん・・・?」

 

「肩・・・痛い・・・よ」

 

「あ、ゴメン」

 

苗木君は慌てて肩から手を離した。

 

「苗木君は・・・厳しいね」

 

「・・・ゴメン」

 

「苗木君は、強いね・・・」

 

「・・・ゴメン」

 

「う、うぅうう、うぇえ~~~ん」

 

「ゴメンね・・・」

 

苗木君の胸に顔を埋めて私は、声を殺して、泣いた。

苗木君は、その謝罪の言葉を最後に、

私の頭に手を当てて、私が泣き止むまでずっとそうしていてくれた。

 

 

・・・どれくらい泣いただろう。

・・・どれくらい時間が経ったのだろう。

 

 

「僕は、先に捜査に行くよ」

 

私の左腕のケガに包帯を巻いてくれた後、

苗木君は、そう言って、出口に向かって歩いていく。

 

「・・・待ってるから」

 

ドアノブに手をかけ、苗木君は振り返り、

私にその言葉を投げかけた。

それに対して、私は、小さく頷いた。

 

去り際の彼の顔は、今まで消えていた

彼にふさわしい優しい笑顔があった。

 

(よかった・・・)

 

心の底からそう思う。

私が頷くことで、苗木君に笑顔を戻すことができた。

 

たとえそれが”嘘”だとしても・・・

 

その嘘は、こんな私のために、必死になってくれた彼への。

強く厳しく、それ以上に優しい苗木君へのせめてもの恩返しだった。

 

洗面台の鏡の前に立つ私の顔は、泣きはらして酷い有様だった。

その瞳には希望の光がひと欠片もなかった。

 

「・・・死のう」

 

倉庫には・・・たぶん、ロープか何かあるはずだ。

少し苦しいかもしれないが、仕方ないか・・・。

 

苗木君には・・・本当に申し訳なく思う。

でも私には、これ以上、前に進むことはできない。

苗木君のように希望を捨てず、絶望と戦うことなんてできないんだ。

この絶望の世界で私が、生きてこられたのは、ちーちゃんがいたから。

ちーちゃんが私の希望だった。

でもその希望は消えてしまった。

ちーちゃんは殺されてしまった・・・。

だから・・・もうダメなんだ。

 

私も・・・きっと殺される。

近いうちにモノクマの奴に残酷な方法で処刑されてしまうだろう。

それならば・・・いっそのこと・・・

少しでも安らかな死を選ぼう。

そう、これは逃走だ。

この絶望の世界から逃げる手段なのだ。

もしかしたら、その先でまた会えるかもしれない。

 

みんなに・・・ちーちゃんに会えるかもしれない。

 

この世界にもう未練はない。

苗木君を悲しませたくはないけど・・・。

でも、もう私には何も残っていないのだ。

家族も・・・ゆうちゃんも・・・きっとモノクマに・・・。

 

 

そう、わたしにはもう誰もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいる・・・ッ!

 

 

それに気づいた瞬間、まるで劇薬を飲み込んだように

全身の毛が逆立った。

真っ白なキャンパスに墨をこぼしたように。

私の心の中に黒い人の形をした影が浮かび上がる。

影の顔に目と口が現れ、”ニヤリ”と笑った。

 

そうだ・・・まだ”アイツ”がいる。

ちーちゃんを殺した・・・”クロ”がいるじゃないか!!

 

・・・そもそも、ちーちゃんはなぜ殺された?

恨みを買ったから?

いいや!絶対にありえない!

ちーちゃんが誰かから恨まれるなんて絶対にない!

命を賭けたっていい!

 

じゃあ・・・なぜ・・?

決まっている・・・!

 

 

  殺しやすいから殺したんだ!!

  

 

クロは、きっとあの時いたんだ。

どこかに潜んで私達を見ていたんだ。

そして、私と別れて一人になったちーちゃんを・・・!

 

いつの間にかに固めた拳が震えている。

左腕の包帯に赤色が浮き上がり、広がっていく。

 

私があの時、ちーちゃんを呼び止めてさえしていれば・・・。

もっと、ちーちゃんを気にかけていれば・・・。

 

クロは・・・ちーちゃんを殺し、私達を裏切ったアイツは

今頃、何食わぬ顔で捜査に参加しているのだろう。

 

クロは、ちーちゃんの死を悲しみ、時には涙を流し、

みんなからの同情を買おうと画策する

 

(笑うな・・・今は堪えるんだ)

 

腹の中でそんなことを思いながら。

 

  許せない―――

  

学級裁判に参加したクロは、偽りの推理を展開し、

私達を真実から遠ざけようとする。

自分が勝つために。

私達クラスメイトを生贄に、自分だけ助かるために。

 

許せない・・・!許せない。許せない。許せない。許せないッ!!

 

裁判に勝利したクロは、

モノクマの隣に立ち、

私達が残酷に処刑される様子を笑いながら見物する。

その後で、悠々と外の世界へと帰還するのだ。

 

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せるかよ~~~~~~~ッ!!!

 

そんなことはさせない。

私がさせるものか!

クロ・・・お前を逃がしはしない。

逃がすものか!

 

論破してやる・・・!

学級裁判でお前の正体を論破してやる!!

 

全身の血が沸騰したかのように熱かった。

身体中の血管が脈打ち、今にも破裂しそうだ。

 

ああ・・・そうか。

ようやくわかった。

私は、ようやくこの胸の中に生まれた焔の如き感情が何かを理解した。

 

今までの人生で、つまらないことにイラつき、

腹を立てて、抱いてきた感情の数々はなんと取るに足らないものだったのか。

 

 

地獄の業火より熱く、禍々しいそれを。

どんな汚泥より、ドス黒く濁ったその感情を。

 

私は今、はっきりと理解した。

 

そうか・・・これが本当の”殺意”か。

 

私は生まれて初めて、心から人を呪い、憎み、その死を願った。

 

クロ・・・お前だけは許さない。

お前を逃がしはしない。

ちーちゃんのカタキは私がとるんだ!

 

(処刑してやる・・・!)

 

裁判で論破して

お前をモノクマに処刑させてやる!

おしおきを・・・報いを受けさせてやる!

 

クロ、お前だけは必ず私がーーーーーーーー

 

 

顔を上げ、鏡に映った自分を見て”ゾッ”とした。

 

憎悪に染まった人間の顔はこれほどまでに醜いものか。

復讐に支配された人間はこれほどまでにおぞましいものなのか。

 

 

そこには、一匹の鬼がいた。

 

 

   「殺して・・・やる・・・!」

   

   

 




希望は遥か遠くへ・・・。
苗木の願い虚しく・・・もこっち、闇に堕ちる。


【あとがき】

12000字超えです。
今までで一番難しく感じました。
正と狂の間を揺らめく感情を描くのは本当に難しい。
今回は、1章苗木ともこっちがほぼ同じ立場ですが、
片や超高校級の希望。
片や喪女。
同じようには前に進むことはできません。

これから原作以上に凄惨な話になりますが、
以下のことをお約束します。

・もこっちを含めて主要メンバー全員が株を上げる。
・学級裁判に波乱が起きる。

時間があった時にでも読んで頂いたら幸いです。
ではまた次話で。

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