私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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週刊少年ゼツボウマガジン 中編①

ぴギャー!!!!くぁwせdrftgyふじこlp

キュシャァアアアあぼぼぼ簿簿簿ウポポポポポポ歩

ホィヤヤヤヤヤヤ!ヒャァ~ッ!

フィャホーッアビャビャビャびぃしゃしゃシャシャホイサササ

 

ピーポーピーポービィー!ビィー!ビィー!ビィー!ビィー!ビィー!

 

脳内に意味不明な文字の羅列が綴られていく中で、けたたましいエラー音が鳴り響く。

シャットダウン寸前の私の脳内で、

過去”やらかした”忌まわしい記憶達がグルグルと渦を巻く。

渦は巨大な竜巻となり、私を飲み込こんだ。

薄れ行く意識の中で、私が思い出すのは、”あの日”の光景だった。

 

 

夏休み9日目―――

 

 

この日、私は、声優伊志嶺潤のイベント会場にいた。

DVD購入特権であるこのイベントの目玉は、伊志嶺潤さんに握手してもらうだけでなく、

なんと自分の好きな声をアフレコしてもらい、それを録音できるというものだった。

その時の私は

 

「愛してるよ、智子」

 

そう言ってもらおうと、緊張して順番を待っていた。

だが、その予定は直前で狂うこととなった。

 

「お前のことをメチャクチャにしてやる、でお願いします!」

 

(え、なにそれ・・・!?)

 

直前の女の子のリクエストに私は内心驚愕した。

 

公衆の面前でなんとうことをリクエストするのか。

この女・・・恥というものがないのだろうか・・・?

 

私がその女に軽蔑の視線を向ける中、

伊志嶺潤は笑顔で快くそのリクエストに応じえてみせた。

さすがはプロである。

まさか、こんな内容すら応じてくれるなんて・・・ならば、私も・・・。

そんなことを考えている間に、私の番となった。

手汗まみれの私の手をしっかりと握手する伊志嶺潤さん。

 

「では、何かセリフのリクエストがあればお願いします」

「え、えーと」

 

先ほどの無茶なリクエストが脳裏から離れない。

あんな恥知らずな内容でも大丈夫なら、私ももっと大胆なことを言っても・・・。

そんなことを考えている間も現実の時間はどんどん過ぎていく。

は、早く何か言わなければ・・・!

様々なシーンが頭をグルグルと渦巻く。

 

(こ、こうなったら、いっそまとめて―――)

 

 

「このメス豚が臭い体しやがって・・・なーんてね嘘だよ。

本当は智子の髪すごくいいにおいがするよ。

それにほらすごくサラサラ愛してるよ、でお願いします・・・」

 

 

「わかりました」

「あ、すいません」

 

こんなリクエストにも爽やかな笑顔で応えてくれた伊志嶺潤さんはプロの中のプロだと思う。

なお、周りが完全にドン引きしていたのは説明するまでもない。

その夜、興奮さめやらぬ私は、

何を考えたのかゲームの音声とこの録音した声と自分の音声を合わせて自家製のドラマCDの制作を始めた。

 

「やあ、目が覚めたかな?メス豚め、ずっとここに閉じ込めてやる」

「離して、あなたなんか大嫌い~」

「嫌いな男に身体の自由を奪われるのはどんな気分だい?」

「縄をほどいてーどこをさわって、お~」

「智子の髪、すごくいい匂いするよ」

「やめてー匂いかいじゃやだー」

「これでずっと一緒だよ」

「ずっと一緒~」

「なーんてうそだよーん」

「酷い私を騙したのね~」

 

不自然な編集で繋ぎ合わされたプロの声と、素人の棒読みが交差する。

背後で物音がしたので、振り向くと母が立っていた。

見たこともないほど冷たい瞳で私を見つめながら。

ふと、イヤホンの差込口を見る。

イヤホンは別の穴に刺さっていた。

 

「臭い体しやがって」

「やめてー乱暴にしないで~」

 

室内には間抜けな私の声が響く。

 

「ご飯できてるから早く降りてきなさい」

 

それにツッコミを入れることなく、母は下へと降りて行った。

 

まさに黒歴史。

だが、黒歴史の幕はまだ降りてはいなかった。

 

翌日。

黒塗りの高級車が私の家の前に止まった。

 

「おめでとうございます!智子さんの希望ヶ峰学園の入学が決定しました」

 

希望ヶ峰学園の職員を名乗る男性は、名刺を母に渡すと、

私を見ながら、そう言った。

私も母も何が何やらまるで現状が理解できなかった。

その様子を見た職員を名乗る男性はうんうん、と頷きながら、

ここに至るまでの過程を話し始める。

 

”ある才能”を見つけるために、学内試験があったこと。

その試験に勝ち抜いた私は県予選に出場し、それに優勝したこと。

そして都庁において、全国選抜試験が開かれたこと。

記憶がありありと蘇ってきた。

メタ視点で言ってしまえば、まさに第1話のことじゃないですか。

 

「この才能を見極めるのは、ペーパー試験だけでは不可能。

そこで、我々は対象者に対して夏休みの間の素行調査を実施することにしました。

まあ、あの段階において、智子さんが選ばれる可能性は正直、ありませんでした。

全国にはもっとヤバイのがわんさかと・・・」

 

どこか軽薄な職員がぶっちゃけ始める。

ならば、なんで私が選ばれ・・・。

 

「あの日です・・・!」

 

緑茶を飲んでいた職員の目がクワッと開いた。

 

「あの声優イベントに参加した智子さんのリクエストに我々は感銘しました。

あの公衆の面前で、欲望丸出しのあんな恥知らずなリクエストを堂々とする。

もはや、高校生のレベルに留まらない、まさに超高校級です!

その行動を見た我々、審査員に異論を出す者はおりませんでした。

満場一致で可決しました。

そう、智子さんこそ――――超高校級の”喪女”であると!!!」

 

 

職員からその話を聞いた母の顔は泣いているようで、笑っているようで何か左右非対称な、

そんな初めて見る表情だった。

そして、私はその傍らで、真っ白になっていた。

 

職員が帰ってから本当の修羅場が始まった。

母にマジのボディブローを喰らい、呻く私の頭を母は壁に叩きつけた。

泣き出す私は、智貴の部屋に逃げこむ。

 

「え、何?何なの!?」

 

戦場は智貴の部屋に移行した。

テレビを見ていた智樹を母からの攻撃の盾にし、

その夜は、それはもう、ハチャメチャのえらい騒ぎとなりました。

 

まさに黒歴史である。

私の運命を捻じ曲げ、最も封印したい過去。

 

 

 

それが・・・再び私の前に現れたのだ!それも殺人鬼の手に渡って!

 

 

(な、なんで・・・どうして!?)

 

な、なんでアイツがアレを持っているんだ。

アレはもう完全にデリートしたはずなのに。

ま、まさか希望ヶ峰学園は私の部屋に盗聴を・・・!?

 

頭まだパ二くっている。とても冷静ではいられない。

それは私だけではないようだ。

周りを見るとクラスメイトのみんなも紙をみつめながら、

複雑な表情を浮かべている。

 

「ププププ」

 

モノクマは私達の苦悩をさも楽しそうに見つめている。

 

「皆さんの知られたくない過去や秘密は明日の正午に発表します。

勿論、ここだけではありません!

テレビにラジオ、ネットに動画サイト。

あらゆるメディアに公開するから、楽しみにしてね!」

 

 

 

――――――――――ッ!!!

 

 

全員がモノクマを見る。

じょ、冗談ではない。

そ、そんなことされたら、人生が終わってしまう!

 

 

「特に最近調子に乗ってるもこっちの秘密は、この建物でも24時間流し続けるから覚悟してね!」

 

(ノ、NOォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~ッ!!!!!)

 

血管を浮き上がらせて私を睨むモノクマの言葉に、

私は心の中で絶叫を上げる。

し、しまった!調子に乗ってモノクマを煽りすぎた。

 

「秘密の暴露を阻止したいなら・・・何をすればいいか、わかってるよね?

じゃ、そういうことで!」

 

その言葉を置き土産にモノクマはいつものように、床の下に消えて行った。

後にはただ、静寂だけが残った。

それはあの時の光景。

あの最初の裁判の直前の時のようだった。

 

「みんな、聞いてくれ!」

 

静寂を切り裂くように一際大きな声を上げて、

超高校級の”風紀委員”である石丸清多夏君が挙手する。

 

「これはモノクマの罠だ!

奴は知られたくない秘密を餌に、我々に再び殺し合いをさせるつもりだ。

だが、我々はあの裁判での悲劇を二度と繰り返してはならない。

そこで、僕から提案がある!」

 

赤い目を燃やし、私達を全員を見つめ、石丸君はその提案を口にする。

 

 

「各自がそれぞれ自分の秘密や過去を暴露するのだ!

そうすれば、奴の企てを阻止することができる!

さあ、みんな!腹を割って全てを話そうじゃないか!!!」

 

(やめろーーーーッ石丸ゥゥ~~~殺すぞ!お前を殺して私も死ぬぞッ!?)

 

 

私は再び心の中で絶叫する。

黒歴史を自分で暴露するだと!?

死んでしまう!私の人生が終わってしまう~~~~ッ!!

 

「・・・確かにそれがいいかもしれない」

 

(な、苗木君・・・!?)

 

「ちょっと恥ずかしいけど、クラスのみんなを疑いたくないもん」

 

(あ、朝日奈さんまで・・・)

 

「おお、わかってくれるか!苗木君に朝日奈さん!」

 

石丸君の提案に続々と賛同者が現れる。

石丸君や苗木君に朝日奈さん。

みんな誠実そうな人達ばかりである。

ここに人生の明暗がはっきりと分かれる。

私はちょっと恥ずかしい///どころではない。

即死です。

完全に即死級です。

 

(あ、ああ・・・このままじゃ、再びあのドラマCDを実演することに~~~~ッ!!)

 

なんとかこの提案を阻止しようと声を上げようとした、時だった――ー

 

「私は反対よ」

 

銀色の髪を靡かせながら霧切さんがそう言った。

 

「な、霧切君・・・!?」

 

初の反対者に石丸君は狼狽する。

 

「な、何故なんだ!?何の理由で―――!?」

「言いたくない、ただそれだけよ」

 

困惑する石丸君に霧切さんは淡々と理由を述べた。

ある意味、霧切さんらしい。

 

「霧切さん・・・」

 

苗木君が心配そうに彼女を見つめる。

 

「わたしも嫌ですわ」

 

またも反対者が現れた。

全身を黒に染めるゴスロリ。

優雅な立ち振る舞いを見せつけながら

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクが前に進み出た。

 

「私も秘密を話すのは嫌ですわ」

 

そう言って、彼女はにっこりと笑う。

だが、その笑顔には反論を許さないある種の迫力が備わっていた。

 

「えーなんでデスカー!?」

 

だが、空気を読めない男がここにいる。

超高校級の”同人作家”山田一二三君がセレスさんに絡む。

 

「いいじゃん!いいじゃん!言っちゃいなよ!」

「嫌ですわ」

「別にいいじゃん!ぶっちゃけちゃいなよ☆」

「うふふ、嫌ですったら」

「恥ずかしがらずに言っちゃいなよ!」

「だから、嫌だって・・・」

「ハァ、ハァ、いいだろぉお~教えろよぉぉお前の恥ずかしい秘密をよぉおお」

 

 

「だから、嫌だって言ってんだろ!!この豚がぁああ!!丸焼きにすんぞ!!!」

 

 

「ヒィイイ~~~こ、怖い!?」

 

 

山田君のしつこい絡みについにセレスさんがブチキレた。

優雅さから一転、それはまさに豹変だった。

うわぁ・・・マジで怖いや、あの人。

 

「正直、俺も反対だべ。これを知られたら不味いべ」

「フン、別に構わんが、この情報を知った者で生きている者はいないぞ」

「嫌よ~~~~~~~ッ!!私は絶対に嫌よ~~~~~~ッ!!!」

 

霧切さんの反対から始まった流れは一気に加速し、情勢を覆した。

 

「朝日奈よ、すまぬ」

「さ、さくらちゃん?」

 

大神さんが朝日奈さんに謝っている。

 

「・・・兄弟には悪いが、俺も協力することはできねーな」

「きょ、兄弟・・・」

 

大和田君も反対のようだ。

石丸君は驚き、声を詰まらせる。

 

「ご、ごめんよぉ、もこっち。ボ、ボクも言えないよぉ・・・」

 

そう私に向かって語るちーちゃんの目から涙が溢れそうになっていた。

 

「だ、大丈夫だよ。ど、ドンマイケル・・・?」

 

私もまだ冷静になっていないのか、大昔少しだけはやったギャグで応えてしまった。

ちーちゃんの隠したい過去や秘密など、きっと蟻を踏み殺してしまった、くらいだろう。

だが、こっちはガチなのだ。正直、他人のことを心配してやれるほどの余裕は皆無だ。

 

「それに、私もどちらかと言えば、反対だし~」

 

私も便乗して、反対を表明する。

 

賛成者

石丸君、苗木君、山田君、朝日奈さん

 

反対者

霧切さん、セレスさん、大神さん、葉隠君、十神、腐川、大和田君、ちーちゃん、私。

 

 

「うぬぬ、残念だが、民主主義の原則を曲げることはできない・・・」

 

大粒の汗をかきながら、石丸君は項垂れる。

 

(た、助かった・・・)

 

それを見つめながら、私は心の底から安堵した。

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

あれから私は館内を彷徨っていた。

 

「明日の正午前に、ここに集まってろう!そしてもう一度、話し合おうじゃないか!!」

 

石丸君のその提案を受け入れた後、とりあえずの解散となった。

私は自室に戻ったが、座ることすらできず、室内をウロウロする。

あの黒歴史が暴露される。

それもここで24時間放送される。

それを考えただけで、

恥ずかしさで頭がフットーしそうだよおっっ・・・どころではない。

頭が某国の電化製品のように大爆発しそうだ。

 

一体どうすればいい・・・?

どうすれば、黒歴史を封印することができるだろうか?

 

モノクマの笑い声が聞こえてくる。

 

「ププププ、簡単なことじゃないか、もこっち~」

 

もし、尋ねたなら、奴はきっとこんな風にイヤらしく答えるのだろう。

ああ、そうだ。

もう、わかっている。

このコロシアイ学園生活において、願いを叶えたいならば、どうすればいいか、なんて。

 

黒歴史の暴露を阻止するただ1つの方法。

 

だけど、私にそれができるだろうか。

私にそんな恐ろしいことができるだろうか・・・?

 

 

      

         クラスメイトを殺す、なんて――――

         

 

 

「うわぁ!?」

「ぬ・・・?」

 

何かにぶつかり、私は床に尻餅をついた。

その感触からまるで岩にぶつかったとようだ。

 

「痛たたた」

 

少し頭を触りながら、上を向いた瞬間、私は絶句した。

そこにあったのは、女子高校生とは思えぬ大きくて頼もしい背中。

人類最強。

超高校級の”格闘家”大神さくらさんが遥か高みから私を見下ろしていた。

その足元の床にはプロティンの容器とそこからコーヒー色の液体がこぼれていた。

”サァー”と血の気が引いていくのを感じる。

私は考えながら、歩き続けていつの間にか、2Fのトレーニングルームに入ってしまったのだ。

本来は、電子手帳で開かなければ開けられない更衣室兼トレーニングルーム。

ということは、大神さんが扉を開いたまま、トレーニングをしていたのだろう。

いや、そんなことはどうでもいい。

再び、床にこぼれたプロティンを見る。

 

つまり、私はトレーニング中の大神さんに体当たりを・・・。

 

身体がガタガタと震え始めた。

じ、人類最強に喧嘩を売って・・・?

 

大神の表情からその感情を読み取ることはできない。

ただ、私を見つめている。

もし、怒っているならば・・・ほん少しでも力を入れて叩かれたら私は死んでしまう!

彼女が私に手を伸ばした刹那、そう考え、私は目を瞑った。

 

「怪我はないか、黒木よ」

「へ・・・?」

 

大神さんは、私を肩を掴み、立たせた後、優しく頭を撫でてくれた。

 

「うむ、見たところ、怪我はないようだな。よかった」

「あ、ありがとうございます」

「すまぬ、我がぼぅーと立っていたばかりに迷惑をかけた」

「い、いえ、そんなことは・・・」

「うぬ、不味い!カーペットにプロティンコーヒーのシミが・・・早く拭かねば」

「プロティンコーヒーって・・・あ、わ、私も手伝います」

「ありがとう黒木。だが、これは我の未熟故だ。後始末は我がする」

 

そういって、彼女はこぼれたプロティンコーヒーの掃除を始めた。

 

 

彼女は・・・大神さんは・・・優しい人だった!

 

 

うんうん、朝日奈さんとのやりとりを見て、そうじゃないかとは思ってはいたけど、

見かけによらず優しくていい人だ。

格闘家だから、気性の荒い怖い人かと思っていたけど、全然違う。

中身は普通の女の子だ。外見は・・・まあ、多少はね?

 

 

(しかし、本当にあの大神さくらさんが目の前にいるんだな・・・)

 

 

彼女の頼もしい大きな背中を見つめながら、あの番組を思い出す。

 

 

 

「あ、ガレラ、ボルシェ、ガイデン乗りて~」

 

対向車線の車を眺め、大柄の男性がはしゃぐ。

まるでプロレスラーのような肉体。坊主頭にキャップが良く似合っていた。

 

「まあ、ワイ、ベンヅもっとるけどな。赤山に土地買うのってヤバイっすか?」

 

頷くインタビュアー。

 

「うわぁ、頑張ろう、ビックになろう!」

 

男は満足そうに呼応する。

 

「まあ、でも、ワイ、庭園調布に家持ってるけどな。それに海外じゃちょっと有名やねん」

 

ちょっとどころではない。

間違いなく、彼は”元”世界で最も有名な日本人。

 

世界最大の総合格闘技団体UFKの”元”ヘビー級チャンピオン。

 

"格闘王”大久保直也 その人であった。

 

打・投・極・締

全ての技が許されるキングオブマーシャルアーツ

それが総合格闘技。

その頂点に君臨していたのは、”格闘王”と呼ばれる一人の日本人。

 

その打撃は強烈無比。

その投げ技は一撃必殺。

その極め技は回避不可能。

その締め技は蝕即昏倒。

 

全局面において死角なし。

最終ラウンドまで生き延びた者はただ一人のみ!

身長195センチ

体重116キロ

 

 

まさに総合格闘技界の生きる伝説!その生涯成績―――27戦26勝1敗

 

 

この番組は偉大なる格闘王の引退特集番組であった。

 

 

「あの試合のことでっか」

 

インタビュー場所はバーに移り、グラスを片手に大久保はあの試合について語る。

 

「ワイレベルになるとわかるんですわ。あ、こいつヤバイ奴や、て・・・。

アンテナみたいな感じで。

だからあの人を見た時はビンビンきましたわ。こいつはホンマ、ヤバイで~~って。

え、見れば誰でもわかる、と。

いやいや別にギャグやないで!ホンマやねん!

そりゃ、見れば一目で分かるけど、本当にヤバイオーラ感じるねん。

それにあの人はホンマに現役の女子高生やろ!」

 

グラスの酒を飲み干し、大久保は言葉を続ける。

 

「あの人は・・・大神さくらはんは」

 

大神さくらさんのデビューはUFKの日本トーナメントだった。

そのトーナメントを大神さんは全試合秒殺勝利。

チャンピオンに挑戦する権利を獲得するための世界トーナメントを圧勝。

わずか半年でチャンピオン大久保直也への挑戦権を手に入れた。

 

世界の格闘技の頂点を決めるのは、まさかの日本人対決。しかも挑戦者は現役女子高生。

 

ローマのコロッセオを模して作られたスタジアムに集まった観衆は12万。

曇天の下、伝説の試合は幕を上げた。

 

オーソドックスに構える大久保に対して、大神さんはやや重心を前にした打撃重視の構え。

大久保のタックルをフェイントとした右ストレートから火蓋は切られた。

大久保の攻撃を寸前でかわした大神さんは斧のような強烈なローキックを放つ。

それを耐えた大久保はタックルを成功させ、勝負はグランド合戦に移る。

絡み合う2匹の大蛇。

そこには、もはや女も男もなかった。

 

「ワイ、あの時が初めてだったんですわ、本気だしたの。

出し惜しみをしてたわけじゃないんです。出す前に相手が倒れてしまうんですわ。

だから、あの試合がワイにとって初めて本気を出して戦った試合なんですわ」

 

フロントスープレックスを決めた大久保は、

即座に振り返り、以前、対戦相手を殺しかけたために

封印していた顔面へのサッカーボールキックを解禁した。

それも全力で。女子高校生の顔に。

だが、大神さんはその猛撃を片手でガードし、”ニィ”と笑った。

 

女子高生とは一体・・・?

 

その問いに答えが出ぬまま、死闘は続く。

何度となく、殴り合い、蹴りあい、投げあい、極め合った。

それはまるで、親友との語らいよりも、恋人とも抱擁よりも濃密なコミュニケーション。

 

「全力を出しました。ほんの少しも手を抜かず、

殺す気でやりましたわ。いや、本気で殺そうとしてました。

全て出しましたわ。本当にワイが持てる全てを。さくらはんは・・・それを全て受けとめてくれた。

逃げることなく、真正面から全部、受けとめてくれましたわ」

 

大久保は語る。あの死闘の刹那、感じたことを。

 

「ワイはずっと努力してきましたわ。レスリングの鍛錬は一日だって怠ったことはない。

だから、わかるんですわ。わかってしまったんですわ。

そのワイと互角以上に闘うさくらはんが、どれほど努力してきたのか。

桁外れの才能以上に、それは遥かに凌駕する努力を・・・犠牲を払ってきたんだって。

まだ女子高生なのに。女の子なのに。ワイと闘うために・・・この高みに登るために。

正直、惚れてしまいそうになりましたわ。

いや、あの時、血に染まりながら笑うさくらはんに人として惚れましたわ」

 

大久保の視界が涙で一瞬歪む。

 

 

            その刹那――――曇天、傾く

 

 

タックルを仕掛ける大久保のコメカミに、

大神さんは、神速の右フックを・・・いや、空手の鍵突きを放った。

タックルの体勢のまま、気絶した大久保は、大神さんに抱きつく。

 

「大久保よ、お主のおかげで我はまた一つ強くなった」

 

そう言って、大神さんは大久保を優しく抱き締める。それはまるで女神の抱擁。

 

 

 

         ○大神さくら - 大久保直也●

         (17分18秒 K.O 右フック)

         

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

 

家族で観戦していた私は、その光景を見て、雄たけびを上げた。

身体全体が熱い。

アドレナリンが脳から染み出ているのを感じる。

まるであの試合の熱がそのまま身体に乗り移ってきたような感覚だ。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

私だけではない。

普段はクールぶっている智貴も同様の雄たけびを上げる。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

台所から観戦していたお母さんが包丁を片手に雄たけびを上げた。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~~~~!!!???」

 

その様子をみて、お父さんが悲鳴上げた。

 

瞬間視聴率は90パーセントを超えたらしい。

 

「あれ以上の試合はもうできまへん。もう”オモテ”は引退することにしますわ」

 

どこか意味深なセリフを残して爽やかに笑う大久保の笑顔を最後に番組は終了した。

 

”格闘王”大久保直也という伝説の終わる。

 

だが、大神さくらの伝説は今、まさに始まったばかりである。

伝説は更なる伝説を呼び込む。

 

 

「大神さくら、貴殿は俺が命を賭けた闘うにふさわしい相手だ」

 

 

試合を観戦していたあのボクシング4大団体統一ヘビー級王者・ガオラン・ウォンサワットが

ベルトを返上して、大神さんに挑戦を表明したのだ。

大神さんはその挑戦を快諾。

試合は、来月、タイ国において、ラルマー13世の主催で執り行われる予定だった。

以前、舞園さん、盾子ちゃん、ちーちゃんを別格の3人と言ったが、

それは、あくまで高校生の間で限定した場合だ。

全世界規模で見るなら、世界で一番有名な日本人兼女子高生である大神さんこそ、

別格の中の別格の存在であろう。

そんな彼女が誘拐されているのに、日本政府は一体何をやっているのだ!?

来月の試合に間に合わなければ、国際問題に発展するのに。

 

まあ、少し熱くなってしまったが、

そんな彼女が私の目の前にいて、掃除をしているのは、奇妙な感覚に陥る。

あの大きな背中を無防備にさらしている。

世界最強の背中があんなに無防備に・・・。

 

それを見ていると邪悪な考えが頭の中に生まれる。

 

 

この人類最強を想像の中で殺すことができたならば、現実の殺人などわけがないのではないか?

 

 

よ、よーし、あくまでもシミュレーションだ。ちょ、ちょっとやってみるか。

 

 

(いでよ、我がスタンド!”トモコ13”!!)

 

 

とある人気漫画に”スタンド”という様々な特殊能力を使うバトル漫画がある。

今回、私が使用する”トモコ13は私の完全なオリジナル。

死神のような格好と大鎌をもった外見は私と瓜二つ。

条件発動型のスタンドで、私の危機になると影から浮かび上がってくるという設定である。

能力は、気配の完全遮断。

その姿はスタンド使いにすら見つけることはできない。

ん?何か悲しい能力な気が・・・まあ、いい。暗殺ならば最強の能力に違いない。

 

トモコ13は一直線に大神さんに向かっていく。

大神さんは掃除に集中し、無防備な背中を見せている。

 

(殺った!死ねェえええええええええええ~~~~~~ッ!!)

 

その背中に鎌を振り下ろした瞬間だった。

 

「フンッ!!」

 

ビュンと突風が吹きぬける。

 

(へ・・・?)

 

いつの間にか大神さんの体勢が変わっていた。

それはまるで後方から近づく敵に裏拳を放ったような・・・そんな体勢。

見ると、その拳の下には、トモコ13が立っていた。

首から上はなかった。

その首からはまるで噴水のように血が噴出していた。

壁を見ると、半壊した私の顔が壮絶な表情で壁に突き刺さっていた。

 

ああ・・・条件発動型のスタンドでよかった。

遠隔操作型なら、スタンドとリンクしているから、頭がもげるところだった。

妄想で本当によかった・・・。

 

 

         ○大神さくら - トモコ13●

           (1秒 死亡 裏拳)

 

 

「うぬ、殺気を感じたのだが・・・フ、我もなまっているようだ」

 

 

そう自嘲する人類最強から逃げるように、私はトレーニングルームを後にした。

 

それから私は、あてもなく歩き続けた。

葉隠君の姿を求めて、さまよい歩く。

正直、罪悪感なく殺せそうなのは彼だけだった。

今こそ、あの時の恨みを果たす時ではないのか?

だが、見つからない。

葉隠の姿はどこにもなかった。

 

(野郎・・・まさか、占いで察して隠れやがったのか・・・!)

 

3割当たるという占いがまさかここにきて当たったのか。

それとも多くの人間に恨まれていることを自覚しているのか。

結局、葉隠はみつからず、夜時間を超えてしまった。

私はまるで幽鬼のように食堂前の廊下の壁に背を預け、立っていた。

まさに憔悴しきっていた。

自分の存在がとても気薄に感じる。

「いつもだろ!」というツッコミに反論する気力すらない。

存在が完全に闇と同化している。

それこそ、スタンド使いでもない限り、今の私を見つけることはできないだろう。

 

あの時の・・・桑田君の追い詰められた顔が頭に浮かぶ。

彼もきっとこんな気持ちのまま夜を過ごしたのだろう。

刻一刻と破滅が迫ってくる。

もはや、それにあがらう術は、殺人しか残されていない。

だが、私に殺人などできるはずがない。

たとえ、今、ここで葉隠を見つけたとしても何ができようか?

身長差と体力を考えれば、凶器を持たぬ私ではなにもできない。

それに凶器などもってはいない。

 

 

   どこかにいないだろうか・・・?

   私でも殺すことができるクラスメイトは。

   

 

そんなことを思った時だった。

誰かが倉庫から出てきて、こちらに向かって歩いてくる。

スポーツバックを少し重そうに両手で抱えてくるそのクラスメイトを私は知っている。

私と同じくらいの身長のその女の子を私はよく知っている。

栗色の髪に、パンプキンスカートを履いたその女の子を私は誰よりも知っていた。

 

 

「ちーちゃん・・・」

 

 

 




まさに外道―――!!



[あとがき]
今回は完全なギャグ回です。
まさかの大久保直也登場。
さくらちゃん中心の回とも言えます。
さて物語もいろいろ中盤。
自己保身をとるか友情をとるか、
クズなのか映画版なのか、
もこっちの正念場ですw
12月は本当に忙しく、この話は今日丸一日かけて書きました。
また、来年も見て頂けるなら、作者として嬉しいです。
今年はお疲れ様でした。

では、また来年

PS
この世界の強さランキング(暫定)作ってみました。
こんな感じです↓

SS ケンイチロウ

S 加納アギト、大神さくら、王馬(覚醒)

AAA 桐生、若槻、呉雷庵、初見、御雷

AA ムテバ、坂東、ユリウス、ガオラン


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