私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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週刊少年ゼツボウマガジン 前編②

ああ、そうだ。

2Fの部屋についての説明を忘れていたようなのでちょっと紹介しておこう。

今しがた探索を終えたばかりなのだ。ちょうどいいタイミングだし。

 

まず、目を引くのはやはり図書室と書庫だろうか?

様々な文献が揃っており、本当の学校の図書室のようだ。

もしかしたら、文献の中にこの建物の脱出方法が記されているかもしれないと

皆は図書室を中心に探索しているようだ

そんな中、苗木君がある資料を見つけた。

そこには、何と「希望ヶ峰学園に廃校が決定した」ということが書かれていた。

それも学園長の署名付きで、だ。

 

フ、笑止。

お決まりのモノクマの心理攻撃である。

なんとしても私達に不安を与えて次なる学級裁判を始めたいのが丸分かりである。

わざわざ本物の学園長の署名を偽造するとはなんとも小憎たらしい奴だ。

 

次はプールかな。

なんと豪華なことに2Fには室内プールがあるのだ。

正直これには驚いた。

室内プールを常設するなんて、この施設自体がそれなりの規模である証明だ。

私達を監禁している黒幕は、かなりの資産家であることが容易に予想できた。

まあ、モノクマなんてロボットを何台も所有している段階で、

並の犯罪者でないことは分かっていたが、

正直、しょぼい奴であってくれた方が嬉しかった。

ちなみに、プールは現在、朝日奈さんが絶賛使用中だ。

プールを見た時の朝日奈さんの喜びようは凄かった。

「よっしゃー!」とガッツポーズを決めた次の瞬間、

大神さんの手を取り飛び跳ねて喜んだ。

それはまるで水を得た魚のように。

いや、その通りだ。

彼女は超高校級の”スイマー”。

水の中こそ、彼女の本来いるべき場所なのだ。

彼女はすぐさま競技水着に着替えて泳ぎだした。

楽しそうに、そして真剣に。

そのまま何時間も泳ぎ続けた。

まるで今まで泳がなかった時間を取り戻すかのように。

彼女は次のオリンピックのメダルが期待されていた。

そんな彼女にとって、この事件に巻き込まれ、

練習できなかったのはどんなに辛いことだったろう。

私も含めて超高校級のみんなは、それがわかっているために、

彼女が探索そっちのけで泳いでいることを咎めることはしなかった。

 

次は更衣室兼トレーニングルームだ。

更衣室はもちろん男子と女子に分かれている。

トレーニングルールは更衣室の中にあり、

ダンベルやベンチなどが一通り揃っているようだ。

これといった特徴はないのだが、

万が一女子の着替えを覗こうとする不届き者対策として、

女子更衣室の入り口に、マシンガンがセットされている。

 

「マジかよ・・・?」

 

それを見て、葉隠君が息を呑んだ。

お前みたいに、女子の着替え写真を

ネットで売りそうな輩対策としては完璧である。

モノクマはさらに校則に

 

「電子手帳の貸与禁止」

 

を付け加えて、覗き魔対策をより完璧なものとした。

まあ、これに関してはいい仕事をしたな。褒めてつかわす。

 

トレーニングルームは、さっそく大和田君と石丸君が男勝負?として

どちらが重いバーベルを持ち上げられるか勝負を始めたらしい。

仲のよろしいことだ。

人間、変われば変わるものだ。

昔は犬猿だったのに今は、”アッー!”を怪しまれるほど仲がいい。

うん、本当にそういう仲ではないんだよね・・・?

 

女子でトレーニングルームにいるのは、やはり大神さんだ。

先ほども探索で部屋に入った時に、一番重いダンベルを片手に

 

「うぬ・・・軽すぎる」

 

そう呟いていた。いや、さすがは超高校級の”格闘家”です。

 

うん、だいたい2Fの説明はこんなところだろうか。

探索した後に、長々と説明したから、私は少し疲れてしまったようだ。

 

 

だから・・・

 

 

「ねえ、疲れたからちーちゃんの部屋で休憩していいかな?」

 

「え!?」

 

 

突如、両手を彼女の肩に乗せて、そうせがむ私に

ちーちゃんは驚きの声を上げた。

 

「だって疲れた・か・ら~自分の部屋まで歩け・な・い~」

 

「わぁ!」

 

 

そのまま後ろから抱きつき、彼女の肩に顔を乗せる。

顔を近づけると彼女の顔がみるみる赤くなる。

ああ、カワイイ。

 

 

「減るもんじゃないんだしさぁ。ね、ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」

 

「え~で、でもぉ」

 

むりやり家に上がりこもうとする訪問販売業者のような私の口説きに

ちーちゃんは困惑し、顔に汗を流す。

う~ん、あと一押しかな。

 

 

「お願い!”友達”でしょ!」

 

 

私のその言葉にちーちゃんは目を閉じ、考える。

そして、私を見て、にっこり笑った。

 

 

「うん・・・いいよぉ」

 

 

それはまるで夏に咲くひまわりのような笑顔。

 

「よし!やったぁあ!!」

 

私は勢いそのままに、ちーちゃんの頬に自分の頬をつけてスリスリする。

 

「やめてよぉ、もこっち。キャハ、くすぐったいよぉ」

 

ちーちゃんは、顔を赤らめ、恥ずかしそうに笑う。

ああ、なんてカワイイ生物だ。

 

「こちょこちょこちょ」

 

「わぁ!や、やだぁ。ほ、本当にそこはダ、ダメだよぉ。アハ、アハハハ!」

 

脇腹をくすぐってみる。

ちーちゃんは必死に耐えようとしたが、ついに笑い出した。

楽しい。

本当に楽しい。

これだよ、これ!私はこういうのを求めていたのだ!

 

そう・・・美少女同士のスキンシップを!

 

男同士でこれを行えば、ホモぉ・・・と言われかねないが、女の子は違う。

仲のいい女の子なら、それも女子高生ならこれくらいのスキンシップは当然。

そう、私の行為はまさに友達を持つ女子高生の特権なのだよ。

 

さぁ、悔しいかね、全国の男子高校生諸君。

こんなカワイイ女の子とスキンシップがとれなくて。

ねえ・・・どんな気持ち?

男に生まれて、今、どんな気持ちなんですかねぇ・・・?

恨むなら、男に生まれてきた自分を運命を恨みたまえ。

さてと、私は、ちーちゃんの部屋に行くとしようか。

だって、当然ではないか。

 

 

私は、ちーちゃんの”親友”なのだから。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「散らかってて恥ずかしいけどぉ、どうぞゆっくりしてね」

 

 

ちーちゃんの部屋に入る。

散らかっている、などとんでもない。

私の部屋に比べたら、はるかに綺麗だ。

パジャマも脱ぎっぱなしにせずに、しっかりと畳んでいる。

部屋の様子から見ると、毎日掃除を欠かさないのだろう。

物は必要ものだけある、といった感じだ。

それは、まるで彼女の控えめな性格を反映しているかのようだった。

ちーちゃんの部屋は”相変わらず”綺麗だった。

 

私がこの部屋に来るのは今日で2度目となる。

 

「あの時以来だよねぇ」

 

私の様子を察したのか、ちーちゃんが語り始めた。

 

「ボクはねぇ・・・こんなことが起こるなんて夢に思わなかったよぉ」

 

ちーちゃんは私を見つめる。

 

 

「黒木さんを”もこっち”と呼ぶことになるなんて・・・」

 

 

 

そう、全てはあの日に・・・学級裁判の直後から始まった―――

 

 

 

 

 

「ウェエエ…ホゲェェェェエエエエエエ~~~~~~ッ」

 

 

回想の開幕からゲロで申し訳ない。

だが、本当にここから始まるから仕方ないのだ。う、ウゲェェエエエ~~~~ッ!!

 

「ハァハァ…」

 

胃の中のもの全てを吐き出してしまった。

そのためか、変な爽快感が生まれ、頭がスッとした。

顔を上げて、周囲を見る。

クラスメイトのみんなは無言で立ち尽くしていた。

その視線の先は、私ではなかった。

みんなの視線は、そう・・・処刑された桑田君に釘付けとなっていた。

不幸中の幸いとでも言えばいいのだろうか。

おかげで私は”ゲロイン”と指差されることは回避されたのだから。

いや、不幸しかなかった。

彼の処刑を見た結果、私が吐くに至ったのだ。

盛大に吐いたおかげで、今はひどく冷静な気分だ。

恐らく、私は現在、、この場において最も冷静な人間かもしれない。

嬉しくないけどね。

そのためだろう。

 

私は、彼女の異変に気づいた。

 

「あ、ああ・・・」

 

不二咲さんがひどく怯えていた。

変わり果てた桑田君を見つめ、ひどく震えていた。

 

「う、うぁ・・・」

 

いや、それはもはや震えどころではなく、痙攣に近かった。

彼女は桑田君の遺体から目を離さない、のではなかった。

恐怖から、目を離すことができなくなっていたのだ。

不二咲さんの顔は真っ青に染まり、目には涙が溜まっていた。

 

「うぁヒュー、ヒューヒュー」

 

苦しそうに大きく肩で息を吐き始める不二咲さん。

過呼吸が始まった。

目の前の絶望的な現実が不二咲さんを押しつぶそうとしていた。

だが、それに気づく者はいなかった。

みんなは自分のことで精一杯で、

誰も不二咲さんの異変に気づいてはいなかった。

 

そう、私を除いて。

 

(ま、マズイ・・・!)

 

このままここに彼女がいたら危険だ。

それに気づいているのは、私だけだった。

だからなのだろうか。身体がとっさに動いた。

 

「ふ、不二咲さん。こ、ここから出よう」

 

「え、く、黒木さん・・・?」

 

彼女の肩を手を置き、私はエレベーターに向かって歩き出す。

不二咲さんは困惑しながらも、私に身を預ける。

私達はエレベーターに向かう。

 

だが、それを呼び止める者がいた――ー

 

「ちょっと待って、もこっち!」

 

桑田君を処刑した殺人鬼モノクマが私を後ろから呼び止めた。

なんのつもりなのだろうか?

一体どんな理由で私を呼び止めて・・・

 

「帰るなら、この臭くて汚いゲロを掃除してからにしてよ~」

 

モップを片手に持ち、三角巾とマスクで完全防備したモノクマが

私のゲロをさも汚そうに指差した。

 

(うるせーぞ、クマ吉がぁ!誰のせいで吐いたと思ってんだ!テメーが片付けとけや!)

 

心の中でモノクマを罵倒しながら、振り返ることなく、私はエレベーターに乗り込んだ。

私だってこんな場所に一秒だっていたくないのだ。

1Fに戻った私は、とりあえず不二咲さんを彼女の部屋に運んだ。

私の部屋に、とも考えたが、やはり自分の部屋の方が落ち着くだろう。

しかし、うわぁ、初めて不二咲さんの部屋に入ったよ、なんかドキドキするな。

 

 

「・・・ろし・・・た」

 

「・・・?」

 

ベットに座らせた不二咲さんが何か呟いた。

彼女は相変わらず震えていた。

何か声をかけようと私が近づいたときだった。

 

彼女は顔を手で押さえ、立ち上がって叫んだ。

 

 

ボクは・・・桑田君を殺してしまったぁああ――――

 

 

その言葉とともに彼女の両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

彼女の言葉を前に、私は立ちすくんだ。

それは紛れもなき、真実だった。

 

そうだ・・・。

私達は・・・私は、桑田君を殺したんだ。

 

モノクマを操る黒幕によって強制された裁判の体裁をとったゼロサムゲーム。

参加する代価は私達の命。

その裁判において、舞園さんを殺した桑田君は、生き残るためにクロとなった。

私達も自分の命を守るために裁判で彼の犯行を論破し、犯人である桑田君に投票した。

 

その結果・・・私達は生き残り、彼は処刑された。

 

結果として彼を殺したのは、私達だ。

それは紛れもない事実。

桑田君のことは・・・このへばりつくような罪悪感は、きっと一生私の心に残るだろう。

だけど、だけど仕方なかったのだ!

投票しなければ、死んでいたのは私達だった。

あれ以外に選択肢はなかった。

そう割り切るしかないのだ。

 

 

だけど―――

 

 

「殺してしまった・・・!ボクは、生き残るために桑田君を殺してしまったぁああ!」

 

 

不二咲さんは、大粒の涙を流し、泣き続けた。

それを見た私の胸が張り裂けそうになるくらい悲しそうな顔で。

きっと、彼女は本当に、本当に優しい人なのだろう。

だから、私のように”割り切る”ことができなかったのだ。

その小さい身体で全て受け止めてしまったのだ。

 

桑田君の死を。私達の罪を。

 

「ち、違う・・・!それは違うよ、不二咲さん!

君は悪くない!私達は・・・悪くないんだ!

だって、仕方なかったから・・・

全部、全部、モノクマが悪いんだ!全部アイツのせいなんだ!」

 

私は咄嗟に反論した。

彼女の様子を見て。彼女の言葉を聞いて。

言わずにはいられなかったのだ。

 

全ては奴のせいだ!

私がここから出られないのはモノクマが悪い!

 

「ボクは弱いから・・・。

どうしようもなく弱虫だから・・・うう・・・ごめんなさい・・・桑田君、ごめんなさい」

 

 

だが、私の言葉は彼女には届かなかった。

瞼を閉じ、身体を震わしながら、不二咲さんは懺悔を続けるだけだった。

届かない。

私の言葉は、ほんの少しも彼女の心を慰めることはできなかった。

 

「・・・まだ、こんなことが・・・続くのぉ?」

 

顔を上げ、私を見つめる彼女の瞳は空ろだった。

私は絶句した。

 

彼女の瞳には”希望”が欠片もなかったから。

 

「もう・・・嫌だ・・・よ。誰かが・・・死ぬのは。

嫌だよ・・・・また、誰かを殺すのは・・・!

うう・・・助けてぇ・・・お願いだから・・・うぅ・・・誰か」

 

彼女の瞳に、みるみると”絶望”が広がっていく。

 

 

「こ、ここから出るには、クラスメイトの誰かを・・・殺さなくてはならない。

ボクは・・・ボクには、そんなことできない・・・!

も、もしかしたら・・・今度殺されるのは・・・ボ、ボクかもしれない・・・うぅ、嫌だよぉ」

 

 

あの時の舞園さんのように不二咲さんの瞳が絶望に犯されていく・・・!

 

「ク、クラスメイトの誰かを殺すくらいなら・・・。

クラスメイトの誰かに・・・殺される・・・くらいなら・・・ボ、ボクは、いっそのこと・・・死ん――」

 

 

死んでしまおう―――

 

そういうつもりだったのかもしれない。

彼女がそう叫ぶ前に。

彼女がその言葉を言ってしまう前に―――

 

 

「だ、大丈夫だよ・・・!大丈夫だよ、不二咲さん!」

 

 

とっさに・・・彼女の手を握り、私は叫んだ。

ああ、分かっているとも。

引っ込み思案な私にこんな行動は向かないことくらい。

だけど・・・だけどもう見てはいられなかったのだ。

 

それは、川で溺れている子供を見た時のように。

たとえ、泳げないのに

無我夢中で子供を助けるために川に飛ぶ込むように。

まるでそんな心境で私は動いていた。

これ以上、見てはいられなかった。

 

彼女の苦痛な姿を。彼女の絶望を。

 

「も、もうこんなことは起きないよ!

クラスのみんなは殺し合いなんてしない!も、もう、誰も死なないよ!」

 

「う、嘘だ・・・!き、きっとまた起きるよぉ・・・

そ、その時は、ま、またボクは誰かのことを・・・もしかしたら・・・・今度はボクが・・・うぅ」

 

「け、警察の人達が、きっともうすぐ助けに来てくれるよ!だから――」

 

「・・・こないよ!だ、誰も助けになんて・・・来ないよぉぉ!」

 

だけど・・・届かない。

私の言葉はほんの少しも不二咲さんの心に届かなかった。

私の言葉に、真実が・・・1つもないから。

ただ都合のいい言葉に過ぎないから。

それはただの希望的観測。偽物の希望。

私の言葉は、不二咲さんの絶望の前にまったくの無力だった。

 

震える不二咲さんの姿は、あの時の私と重なって見えた。

舞園さんが殺されたショックで怯え、泣きそうになっていたあの時と。

 

 

あの時の暖かい感触と

意味不明だが優しかったピンク頭の彼女の笑顔が脳裏を過ぎった瞬間―――

 

 

 

 

   私は不二咲さんを抱きしめていた。

 

 

 

 

「え・・・!く、黒木さん!?」

 

不二咲さんは驚きの声を上げた。

それでも私は彼女を抱きしめ続けた。決して、離すことはなかった。

 

「・・・守るから」

 

「え・・・?」

 

 

   「不二咲さんは・・・私が守るから!!」

 

 

それは偽りの言葉だった。

それは借り物の言葉だった。

だけど、あの時、彼女はそう言ってくれたんだ。

 

盾子ちゃんは・・・私を抱きしめながらそう言ってくれたんだ。

 

 

 もこっち、心配しないで…。

 もこっちは死なないよ…だから心配しないで。もこっちは…私が守ってあげるから。

 

 

盾子ちゃんは・・・私の親友は、震える私にそう言ってくれた。

出会ってからずっと悪ふざけを仕掛けてきたあのピンク頭は

あの時、ほんの一瞬だけ真剣になった。

そのすぐ後に、盾子ちゃんは、その言葉を守るかのように、

私を庇い、モノクマが放った槍に貫かれて死んでしまった。

 

「不二咲さん・・・大丈夫だよ!

警察の人が、もうすぐきっと助けにきてくれるから!

みんな、もう殺し合いなんてしないよ。

君は死なない・・・!

私が死なせはしない!だから・・・だから安心して!」

 

 

あの時、私を抱きしめてくれたあの時。

盾子ちゃんは、たぶん何も考えていなかったのだと思う。

私を守る手段なんて何も考えていなかったと思う。

自分の言葉に何の保障も確証もなかったはずだ。

 

「大丈夫だよ・・・!君は私が守るから!絶対に・・・守るから」

 

でも・・・私は嬉しかった。

その言葉に何の保障がなくとも。

たとえ嘘であっても。

 

盾子ちゃんが私を心配してくれたことに。

私を・・・抱きしめてくれたことに。

 

 

この閉ざされた絶望の世界で、自分を心配してくれる人がいる。

自分を思ってくれる友達がいる。

 

 

それがどんなに嬉しいことか・・・

それがどんなに”希望”となるかを私は知っている。

あの暖かな感触を私は知っている。

 

だから・・・だから―――

 

 

 「君は・・・不二咲さんは・・・私が守る―――ッ!!」

 

 

届け!私の思い―――

 

 

私は不二咲さんを抱きしめながら、ありったけの声で叫んだ。

 

 

「・・・う、うぅ・・・黒木・・・さん」

 

彼女の震えが和らいでいくのを感じる。

 

 

「あ、あり・・・がとう。うぅ・・・ありがとおぉ」

 

 

彼女の大きな瞳から涙が止め処なく溢れる。

だけどそれはとても綺麗で・・・。

 

彼女の瞳に、本来あるべき美しい光が戻っていた。

 

 

それから彼女はベッドに座り、自分の過去を語り始めた。

病弱で小学校にあまり通えなかったこと。

その時に父親の書斎でプログラムの本を手に取ったことが、

”天才プログラマー”不二咲千尋の始まりとなった。

瞬く間に、既存のプログラム言語を全て習得した彼女の向上心は

留まることをしらなかった。

ついには、父親のやりかけの仕事に手を出して、

一晩で完成させてしまった。それも完璧に。

翌日、怒られると半泣きで身構えていた彼女を待っていたのは、

父からの絶賛だった。

彼女の父親も専門誌に執筆を度々依頼されるほど著名なプログラマーだった。

彼女の才能は、実の父親によって、世に知らされることになった。

彼女の父親は成功へ道を舗装し、彼女は着実に歩み続けた。

中学生にして、プロジェクトマネージャー。

自動応答プログラムに特化した新言語の開発。

ITの専門誌に彼女が載らない号はなかった。

 

だが、その成功は結果として、彼女を学校からさらに遠ざけることになった。

出席日数こそ、特別免除されたものの、

中学生活のほとんどを企業の研究室で過ごすこととなった。

稀に登校することがあっても、クラスメイトにとって

”超中学級”の彼女はあまりにも遠い存在だったのは想像に難くない。

 

「・・・だからね。ボクはとても驚いたんだ。

初めてだったんだぁ・・・こんなこと。クラスメイトの誰かに心配されるなんて」

 

過去を語る彼女の声は、とても落ち着いていた。

だけど、その声はどこか悲しそうで・・・。

 

「ボクは学校で友達を作ることができなかったから・・・だから・・・」

 

寂しい・・・寂しい笑顔だった。

 

「・・・でも、それは全部、昔の話だよね?」

 

私は立ち上がり、”ヤレヤレ”といった感じで手を広げた。

 

「と、友達がいなかったのは、1秒前のことでしょ、不二咲さん?だって・・・」

 

 

 

     だって、私がいるじゃん・・・!

 

 

「え?」

 

グッと親指を立てて、快心の笑みを浮かべる私に対して、

不二咲さんは、キョトンとして顔で首をかしげた。

 

 

(うぅ・・・うぁああああああおおおおおおおおおおおおおお)

 

 

外した・・・!

外してしまった!

な、なんで失敗したんだ!?

完璧な流れだったじゃん!

漫画やアニメだったら、もう間違いなく名シーンだったのに。

ああ、恥ずかしい・・・!恥ずかしすぎる!

テンプレをミスるってこんなに恥ずかしいのか!

ウゥ・・・逃げ出した。

彼女の前から消えてしまいたい。

 

・・・だがダメだ!

私は誓ったのだ。彼女のことを守ると。

守るからには、常に彼女の傍にいなければならない。

いつも一緒にいなければならない。

 

いつも傍にいる・・・

 

 

     

     それって”友達”じゃない?

 

 

 

だから―――

 

 

「あ、あの、そ、その・・・これを機会に・・・あの、その・・・」

 

緊張で顔が真っ赤になっているのを感じる。

心臓が凄い勢いで高鳴っている。

 

自分からこれを言うのは人生ではじめてだ。

 

怖い。

だが、言うのだ。言え!言ってしまえ!

初めてだけど、自分から言うのだ。

 

 

 

 

   「わ、私と、”友達”になってください~~~~ッ!!」

 

 

 

 

私はまるで男性が交際を申し込むかのように、頭を下げて、彼女に向けて手を伸ばした。

 

「え・・・?」

 

彼女の戸惑う声が聞こえる。

当然だろう。こんな展開なのだから。

 

「あ、あの・・・いいの?ボクなんかが友達・・・なんて」

 

いやいや是非!是非お願いします!

むしろ世間からみたら、

 

「立場が逆だろう!?」

 

と一斉にツッコミが入る状況だろう。

 

それから、しばらく彼女は沈黙した。

まるで、まるで数秒が数時間にも感じる。

止まったかのように凍てつく刻。

 

私の手が暖かな感触に包まれた瞬間、刻は再び動き出した。

 

 

「ありがとう・・・黒木さん!」

 

 

恐る恐る顔を上げる私に、彼女はそう言って微笑んだ。

 

 

想いは伝わった―――

 

 

「あ、あの、そ、その・・・これからよろしくね、黒木さん」

 

恥ずかしそうに、はにかむ彼女は最高にカワイイ!

 

「ノンノン!それは違うよ、不二咲さん」

 

嬉しすぎて有頂天になった私は、つい調子に乗ってしまった。

 

「もこっち、とあだ名で呼んでくれたまえ。

私の友達はみんな私をそう呼んでいるから」

 

「え・・・もこっち?」

 

「うん、智子っちの略で、もこっち」

 

驚く不二咲さんに、あだ名の由来を説明する。

本当は、”智子ちゃん”と呼ばれたかったのだが、まあいいや。

ピンク頭のアイツの顔が頭を過ぎる。

 

「じゃ、じゃあ・・・」

 

不二咲さんは、恥ずかしそうにもじもじするも意を決す。

 

「も、もこっち・・・」

 

「え?なんだって?」

 

「もこっち・・・!」

 

「もっと大きな声で!」

 

「もこっち!」

 

「わぁーカ・ワ・イ・イ~~」

 

”ハァハァ”と恥ずかしさで肩で息する不二咲さんは、最高に可愛かった。

まるでメルヘンの国にいる小動物みたいだ。

息を整えた不二咲さんは私を見つめる。

何かを言おうとして、口を開けるも、躊躇して、下を向く。

そして、再び顔を上げ、意を決したように真っ直ぐな瞳で私を見る。

 

「もこっち」

 

「うん?」

 

「あの、その・・・今日は、本当に・・・本当に―――」

 

 

 

     ありがとう!

 

 

 

(あ・・・)

 

違う・・・違うよ、不二咲さん。

彼女の笑顔の前に、その言葉を前に、私は気づいた。気づいてしまった。

違う・・・違うんだ。

逆だよ。本当は逆なんだ。

私なんだ。

お礼を言うのは私の方なんだ。

舞園さんが殺されて・・・桑田君が処刑されて・・・。

怯えていたのは、私なんだ。

震えていたのは、私なんだ。

この最低最悪の今日という日に絶望していたのは私の方だったんだ。

希望を失いかけていたのは、私だよ。

 

だからね・・・ありがとう、不二咲さん。

 

今日という最悪で最低の日の最後に、出会ってくれてありがとう。

 

私と友達になってくれてありがとう。

 

私に笑顔をくれてありがとう。

     

 

 

       私に・・・”希望”をありがとう

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「でさぁ~大学生の彼氏が首筋にキスした後に、

エッチしよう!エッチしよう!としつこくってさあ~

私は”ダーメ。エッチは卒業までお預けだよ”って・・・」

 

「ワーワー!」

 

私の恋愛体験(大嘘)を前に、ちーちゃんは顔を赤らめ、耳を塞ぐ。

その行動から、本当にそういう経験は疎いのだというのがわかる。

 

(ウヒヒ、カワイイ奴め)

 

ちーちゃんの穢れのなさに、従兄弟のきーちゃんとのやりとりを思い出す。

彼女も私の嘘を信じ、子犬のような目で私を慕っていたのだが、

あの”彼氏候補土下座事件”から、汚物を見る目に変貌し、

駄菓子屋で小学生にカードゲームで勝った後に、なぜか捨て犬を見る慈愛の瞳となっていた。

それ以来、二度とできないと思っていた

恋愛自慢をまさかちーちゃんに披露できるとは・・・人生など何が起こるかわからないものである。

 

不二咲さんを”ちーちゃん”と呼ぶのにそう時間はかからなかった。

 

「ボクも黒木さんをもこっちと呼ぶから、おあいこだよねぇ」

 

ちーちゃんはそう言ってにっこり微笑んでくれた。

うん、本当に可愛くていい子だ。

彼女は仕事のために、学校で友達を作ることができなかったそうだ。

ならば、彼氏もまだだと睨んでいたが、この反応を見れば間違いない。

うん・・・女として私の方が経験(ゲーム、漫画、ドラマ、ネット)が上だ。

いろいろ、彼女をリードしていかなくては。

 

「もこっちは、大人なんだね」

 

顔を赤らめ、もじもじするちーちゃん。

ウヒヒ、カワイイな。

うん、久しぶりだな、この”主導権”が握れる関係というのは。

ゆうちゃんとは、完全に対等という感じだ。

盾子ちゃんに至っては、首に縄をつけられて、バイクで引きづられるような関係だった。

だからこんな関係は新鮮だった。

なにかお姉ちゃんになった気分だ。

ふと、智貴の馬鹿のことが頭に浮かんだ。

アイツ、元気にやってるだろうか。

 

「ところで、もこっち、そのバックは何?」

「あ、ああ!これね!」

 

ちーちゃんに言われるまで、私はバックの存在を失念していた。

このバックは1F倉庫室にあったバックだ。

あそこには、他にもジャージなどの日常品が置かれている。

そうそう、これをちーちゃんの渡そうと思っていたのだった。

 

「ジャジャーン!はい!ちーちゃんにプレゼントです!」

「え、そ、それは・・・!」

 

バックから取り出したのは、1台のノートパソコンだった。

 

「実はね・・・これ、私の部屋に備え付けられてたんだ(大嘘)」

 

大嘘である。

実は、これは図書室にあったものだ。

図書室には2台のノートパソコンがあった。

誰よりも早くそれに気づいた私は、”スゥー”とPCをバックに入れた。

 

(まあ、2台あるから・・・ま、多少はね?)

 

正直、PCには何か面白いゲームでも入っていることを期待していた。

だが、入っていたのは、マイン○イーパーのみ。

爆弾が爆発する度に欝になってきて、PCは早くも無用の長物と化した。

つまり、私には不要ということだ。

ならば、超高校級の”プログラマー”であるちーちゃんにあげた方がいい。

そう考え、ここに持ってきたのだ。

OSはVIN7。

少し、古いが、8に比べればずっと使いやすいと私は思う。

 

「うぁ~~スゴイよ・・・このPCかなりハイスペックだよぉ!」

 

PCを起動させて、ちーちゃんは、興奮しながらそう言った。

すごい勢いでいろいろ調べているようだ。

ブラインドタッチが速すぎる・・・さすがは超高校級のプログラマー。

 

「これなら・・・”アレ”が作れるかもしれない・・・」

「ん・・・?」

 

ちーちゃんが何かを呟いたが、上手く聞き取れなかった。

 

「ありがとう、もこっち!ボク、本当に嬉しいよぉ!」

 

ちーちゃんは、私の手を握り、感謝を口にした。

よほど嬉しかったようだ。

その笑顔を見て、私も嬉しくなり、そして我慢できなくなった。

 

「ちーちゃんが喜んでくれて、私も嬉しいよぉおお~~~!!」

 

「え・・・!?」

 

私はちーちゃんの手を引き込み、そのまま抱きついた。

 

「ちょ、ちょっと、もこっち!?わ、わぁ~」

 

スリスリと頬を重ね合わせるとちーちゃんは、顔を真っ赤にして叫んだ。

本当にカワイイな、ただの女の子同士のスキンシップではないか。

何を恥ずかしがることがあるのだろうか?

 

(さてと・・・おしりの方はどんな感触かな?)

 

スゥーと後ろに回っていた手がちーちゃんのおしりに向かって少しずつ下降していく。

昔、ゆうちゃんとお化け屋敷に入った時、

あの巨乳の感触を確かめようとしたが、失敗したのを思い出した。

ちーちゃんは、いわゆる貧乳だから、胸の感触は期待できない。

ならば・・・というわけだ。

 

「おい、そこのおっさん!やめろ!」

「女子高生の思考じゃねーぞ!?」

「氏ね!死ねぇええええええええええいいいい」

 

彼女のファンの男性達の怨嗟の声が聞こえる気がする。

だが、一体何が悪いというのだ。

私達は女の子同士。

軽いスキンシップなのだよHAHAHAHAHAHAHA。

 

「もこっち、やめてよぉ!」

 

「う・・・ッ!」

 

手がおしりに触れる瞬間、ちーちゃんにドンと少し強く押された。

 

「もう・・・もこっちったら」

 

「ウヒヒ、ごめん、ごめん」

 

恥ずかしさで赤くなった顔を手で隠すちーちゃんに私は心無き謝罪を口にする。

 

(まあ、今回は失敗したが、次回は、ね!)

 

チャンスはいくらでもある・・・!そう新たな誓いを立てるのだった。

 

(しかし、慣れはきたが、あの不二咲千尋が私の友達なんだよね)

 

改めて、ちーちゃんを見つめる。

高校生に限定するなら、数多の超高校級達の中でも”不動の3人”がいる。

 

超高校級の”アイドル”舞園さやか

超高校級の”ギャル”江ノ島盾子

 

そして超高校級の”プログラマー”不二咲千尋

 

彼女は、アイドルではなかったが、理工系の男子達にカルトな人気を誇っていた。

そういえば、智貴の野郎も、ちーちゃんの隠れファンだったな。

雑誌の切り抜きを集めているのを見たことがある。

 

(フヒヒ、智貴め、私がちーちゃんの親友だと知ったら、どんな顔をするだろうか?)

 

「え、智貴って・・・?」

 

「え、ああ、私の弟のことだよ」

 

どうやら、独り言がちーちゃんに聞こえてしまったよだ。

 

「もこっちに弟がいたんだ・・・どんな感じなの?」

 

「うーん、そうだね。イケ面(笑)ぶってるよ。あと私と同じように目にくまがあるよ」

 

「え・・・本当!?見てみたい!」

 

「え、じゃあ、うちに来てみる?遊ぼうよ!」

 

智貴の野郎の話からトントン拍子に進み、自然にちーちゃんを家に誘う流れとなってしまった。

 

「え、本当に!?本当にもこっちの家に行っていいの?」

 

ちーちゃんも乗り気のようだ。

瞳を宝石のように輝かせ、私の話に食いついてくる。

まさかこんなことになるとは思わなかった。

ここを脱出した後のことなんか、最近考えもしなかったな。

せいぜい舞園さん達の墓参りくらいしかないと、欝になっていたくらいだ。

ここから出られたら、

 

友達と遊ぶ。

 

ただそんなありふれた日常が待っているんだ。

うん、でも困ったぞ。

ちーちゃんみたいなカワイイ小動物が私の部屋にいることに私は我慢できるだろうか。

このカワイイ生き物を独占したい、という欲望に打ち勝つことができるだろうか。

 

ちーちゃん。

私の家には”レモンティー”しかないけど、いいかな?

 

”サー”とスティックからレモンティーの粉が出る映像が頭を過ぎった。

嫌だな。ただのレモンティーですって。そう・・・ただの、ね。

 

「もこっち、本当に、本当だよぉ!」

 

友達と遊ぶことがよほど嬉しいのだろうか。

何度も念を押してくるちーちゃんに、私は最高の笑顔で答える。

 

 

 

 

  「うん、絶対遊ぼう!約束だよ!」

 

 

 

 

「うん・・・!楽しみにしてるよぉ!」

 

ちーちゃんの笑顔はまるで夏に咲き誇るヒマワリのようだった。

ちーちゃんは友達の中でも、特別な存在だ。

 

なんたって、私がはじめて自分から作った友達なのだ。

 

警察がいつ助けに来てくれるかわからない。

モノクマの奴が今度は何を仕掛けてくるか検討もつかない。

だけど、私は、ちーちゃんの笑顔を・・・。

このヒマワリのような笑顔を親友として守っていきたい!

 

 

   ちーちゃんは私にとっての”希望”なのだから。

 

 

そんなことを考える私は以前と比べて、やはり変わったと思う。

だが、そんな自分を嫌いではなかった。

 

 

(ありがとう・・・盾子ちゃん)

 

 

脳裏の中の青空に、

”テヘペロ”とピースするピンク頭の親友の笑顔が見えた。

 

 

 




残姉の優しさはもこっちを希望の道へ誘い、
ちーちゃんを絶望から救う。

希望の物語は続く―――


<あとがき>

描いている途中でかなり感情的にきつくなりました。


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