私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

29 / 66
イマワノキワ 舞園さやか/桑田怜恩

「お、お前が悪いんだぞ・・・ッ!!」

 

涙声でそう叫んだ彼の足音が次第に遠ざかっていく。

腹部に深々と突き刺さる鉄の異物の存在を感じる。

刺された瞬間に感じた灼熱のような痛みが全身を駆け抜けた。

それがきっかけとなったのだろう。

 

 

私は・・・全てを思い出した――――

 

 

あの日、あの”人類史上最大最悪の絶望的事件”が起こったあの日、

私の世界の全てが終わった。

混乱の中、グループの仲間と離れ離れとなった私は、この希望ヶ峰学園に逃げこんだ。

学園は”希望”である私達、超高校級の才能を外から襲い来る”絶望”達から守るために

学園全体をシェルター化した。

いつか外の世界に”希望”が戻る日まで私達を守るために。

 

そう、私達は閉じ込められたのではない。

私達は、外からの侵入を防ぐために、あらゆる入口を自らの手で塞いだのだ。

 

なぜ・・・忘れてしまったのだろうか?

あんな絶望的な事件のことを。

 

なぜ、クラスメイト全員が忘れているのだろうか?

私達は、誰もが羨む最高のクラスだったのに。

 

 

一体、誰が・・・私達の記憶を・・・。

モノクマを操っている黒幕は一体・・・。

 

・・・戦刃むくろさん。

 

ここにいない唯一のクラスメイト。

超高校級の”軍人”。

江ノ島さんのお姉さん。

 

 

戦刃さんのことを思い出す。

いや、思い出などほとんどない。

 

授業中、ふと見た彼女の横顔はとても綺麗だった。

その瞳はまるで氷のように美しくどこか儚くて。

ここではない別の何かを見ているかのように思えた。

 

 

「おはようございます、戦刃さん!」

 

 

廊下でそう挨拶する私に、彼女は目を合わすことなくただ、

小さく会釈するだけだった。

結局、2年間で彼女と話すことはなかった。

 

 

そうか・・・彼女が黒幕で、彼女は”絶望”の一味だったのだ。

 

 

だから・・・どうだというのだろう。

それがわかったから、何が変わるのだろうか。

 

 

もう・・・私の夢は終わってしまっていたのに。

 

 

そう、私の夢は、アイドルとしての夢はあの日終わってしまったのだ。

世界が壊れたあの日に、平穏な日常が消えたあの日に。

アイドルとしての私は死んだのだ。

仮に、世界を希望が取り戻したとして、

それは一体、何年後なのだろう、それとも何十年後?

その時、私は何歳になっているのだろうか。

もう答えはわかっている。

必死でこの業界を生きてきたからこそわかってしまう。

私が、アイドルとしてあの光り輝くステージに戻ることはない、ということが。

 

 

ああ、私はなんと愚かなのだろう・・・!

もはや、叶うことのない夢のために、苗木君の優しさを利用した。

桑田君を殺そうとして、彼を殺人者にしてしまった。

 

あの時の桑田君の顔。

包丁を持って迫ってきた彼の顔は、本当に恐ろしかった。

まるで・・・鬼のようだった。

 

きっと、私も同じ顔をしていたのだろう。

 

 

アイドルへの執着が、夢への執着が私の心を鬼に変えた。

そのためには何を犠牲にしても構わない怪物になったのだ。

 

だけど・・・その夢はとっくの昔になくなっていた・・・なんて。

 

 

ああ、なんという滑稽だ。

ああ、なんという道化なのだろうか。

 

これは、きっと”絶望”が仕掛けた罠なのだろう。

”希望”同士を殺し合わせる絶望の罠。

 

私は・・・それに乗ってしまった・・・!

私が、コロシアイ学園生活の口火を切ってしまったのだ。

 

 

みんな、ごめんなさい・・・!

桑田君、ごめんなさい!

 

苗木君・・・本当に、ごめんなさい。

 

 

灼熱のような痛みが遠のいていくと同時に、視界を次第に闇が覆ってくる。

全身の力が抜け、気だるさと無力感だけが残る。

もう、死がそこまで来ているのを感じる。

 

私の人生はもうすぐ終わるのだ。

ただ、大切な仲間を裏切った人生。

それがもうすぐ終わる。

 

そんな中、一つの疑問が頭に残った。

いや、あの時からずっと思っていた。

桑田君がくるのを部屋で待っている間、ずっと考えていた。

 

 

 

私は、なぜ彼女を・・・黒木さんを殺さなかったのだろうか――――

 

 

 

彼女を選べば、確実に犯行は成功したはずだ。

身体能力の差は歴然、私を信頼し切っている彼女の隙をつくなど

造作もないことだ。

 

なぜ・・・?

 

なぜ彼女を選ばなかった。なぜ彼女を殺さなかった・・・?

 

彼女に家族がいることに同情した・・・から?

 

・・・いいえ、違う。なら・・・

 

ああ・・・そうか。そういうことだったのか。

 

 

 

私は、彼女に・・・黒木さんに・・・

 

 

 

 

”応援”してる・・・そう言われたんだ。

 

 

 

ただのその言葉で・・・私は彼女を殺すことができなくなった。

私を応援してくれる”ファン”を殺すことができなかった。

 

ああ、そうか・・・。

 

 

私は・・・最後に・・・守ることができたんだ。

 

 

 

 

怪物となった自分の心から、”アイドル”として”ファン”を守ることができたんだ。

 

 

 

 

 

その瞬間、ほんの一筋の光が闇を切り裂き、私の心を照らした。

 

そうだ・・・まだ、私には・・・できることがある。

 

苦痛の中、震える指を動かし、血溜まりに指先をつける。

後ろの壁に、指を押し付け、ゆっくりと文字を書く。

 

私には、まだできることがある。

私は彼を助けたい。

中学時代から憧れた彼を。

鶴を逃がした優しい彼を。

私のために、犯人にされるであろう彼を救いたい。

 

 

ごめんなさい、桑田君。

 

私は、あなたの好意を利用しました。

私は、あなたを殺人者にしてしまいました。

そして、このメッセージはあなたを追い詰めることになるでしょう。

ごめんなさい。

私は、ただあなたにそう謝り続けることしかできません。

 

 

ごめんなさい、苗木君。

 

私は自分の夢のために、あなたを犠牲にしようとしました。

私はあなたの優しさを裏切りました。

きっと、許してはもらえないとわかってます。

 

 

でも、それでも私はあなたを助けたい・・・!

 

 

「LEON」壁にそう書き終えた瞬間、全ての力が抜け落ちた。

 

 

光輝くステージの中で、仲間達と歌う自分の姿が見える。

 

 

 

ごめんなさい、みんな。

 

ごめん・・・な・・・さい。

 

 

鶴を抱いて、走っていく苗木君の後ろ姿が見える。

 

 

ああ、苗木君・・・。

 

 

きっと、許してはもらえない・・・けど。

 

 

それでも・・・それでも・・・。

 

 

 

 

 

黒木さんを・・・殺さなかったことだけは・・・褒めてくれますよね?苗木君・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

………………………………………………………………………………

 

 

………………………………………………………

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

(時速140kmストレート、右肩に0.5秒後に直撃)

 

 

ドカッと鈍い音と共に、右肩に火のような痛みが奔る。

 

 

(時速120Kmカーブか?たぶん左膝あたりにくるな)

 

 

予想の直後、バッティングマシーンから放たれた硬球が左膝に直撃した。

 

こんな予想当たり前だっつーの!この俺を誰だと思ってんだ!?

 

超高校級の”野球選手”桑田怜恩様だぜ!楽勝だっつーの!

 

 

(こんなもん、全部ホームラン余裕だっての!まあ、でも・・・)

 

 

でも・・・それは、手足が自由な場合、だけどな。

視線を下に落とすと、手足は柱に鎖でしっかりと固定されて、身動き一つできない。

モノクマ達に押さえつけられ、鎖で縛られた直後、バッティングマシーンから

自分に向かって硬球が何発も飛んできた。

 

これが”おしおき”とかいうやつらしい。

まあ、早い話、処刑だ。

 

あの時・・・舞園に殺されそうになった俺は、わけがわからなくなっちまった。

 

殺される前に殺す・・・!

 

ただ、それだけが頭を支配して、気が付けば、舞園の腹部に包丁を突き立ていた。

絶望の表情を浮かべる舞園の瞳に映る自分の姿を見て・・・。

鬼みてーな自分の顔を見て我に返った俺は、

 

「お、お前が悪いんだぞ・・・ッ!!」

 

そう叫び、逃げるように舞園の部屋を出た。

それから、証拠を処分して、誰にも相談できねーまま朝を迎えた。

そしたら、学級裁判とかモノクマが話し出して、反対した江ノ島が殺されて、

もう、怖くて、恐ろしくて・・・そして、俺はクラスメイトのみんなを見捨てることを選んだ。

 

俺は・・・”クロ”になったんだ。

 

 

(そして・・・この結果だ)

 

 

ドカッ!バキッ!と鈍い音が続くが、もはや痛みはそれほど感じない。

感覚が麻痺してきたのだろう。

今になって思うことがある。

いや、学級裁判の間、ずっと考えていた。

 

 

 

なぜ、舞園は黒木でなく、俺を選んだのだろうか――――

 

 

 

身体能力を考えれば、俺でなく黒木を選ぶのは明白だ。

実際に、この超高校級の身体能力のおかげで、包丁をかわすことができた。

だが、そんなことは舞園だってわかっていたはずだ。

黒木だって、舞園の部屋に行く気だった。

ならば、なぜ黒木を選ばなかった。

なぜ、反撃されるリスクを承知で俺を選んだんだ・・・?

 

ずっと考えていた。

でも、今・・・やっとわかったわ。

 

舞園、お前優しい奴だもんな。

黒木と話したから・・・それだけでもう、殺すことができなかったんだよな?

 

俺を選んだのは・・・俺が、お前の夢を・・・軽く見ていたから・・・だろ?

お前、あの時、きっと本気でムカついていたんだろ?

女優ばりの演技で、笑っていたけど、本当はすげー怒ってたんだろ。

俺は野球を捨てて、歌手で成功するなんて軽く言ったことに。

歌手を・・・アイドルを・・・自分の夢を馬鹿にされたような気がしてさぁ。

 

ああ、今の俺ならわかるぜ。

今の俺が、野球のことを馬鹿にされたら、ぜってーに許せねーよ!

きっとそいつのことを本気でムカつくと思う。

 

だから・・・悪かったな、舞園。

 

そんなつもりはなかったんだ。ただ、俺って、馬鹿だから、そういうとこ鈍くてさ・・・。

 

本当に俺、何やってんだよ。

 

ごめんな、黒木・・・いや、黒木さん。

 

 

俺のことを・・・”応援”してくれたのにさぁ・・・。

 

 

野球選手が”ファン”を裏切って、どうすんだってんだよ。

一体、誰のためにプレーするんだよ・・・。

 

 

 

だから・・・これはきっと・・・報いなんだわ。

この処刑は、ファンを裏切った野球選手にとっての報い・・・なんだ。

 

 

バッティングマシーンから発射された硬球は100を超えただろうか・・・?

何発も頭に当てられ、思考がぼやける。

視界もぼやけ、もはや何がなにやらわからなくなってきた。

これは夢なのだろうか・・・それとも現実なのだろうか?

 

 

・・・そもそも、俺はなんでこんなとこにいるんだ?

 

今日は、甲子園の決勝戦のはずだ。

はやく、バスに乗らなければならないのに。

 

・・・なんだ、あのクマ野郎は?

 

ニタニタ笑いやがってムカつくな。

クソ!バットがあれば、球を打ち返して、あの野郎の顔面に叩きこめるのに。

 

 

 

「がはッーーーッ!!?」

 

 

150Kmストレートが額に直撃した。

その時だった。

 

 

(な、なんだよ・・・これ?)

 

 

まるでダムの決壊のように、失われた2年間の思い出が溢れ出す。

楽しかった2年間。

誰もが羨む最高のクラス。

 

 

「お、思い出したぞーーーーッ!!」

 

 

 

そうだ・・・あの事件が起きて、俺達は学園に逃げこんで・・・

じゃあ、黒幕は学園の中に・・・?

その時、唯一いないクラスメイトの存在を思い出した。

 

戦刃むくろ

 

氷のような冷たさと美しさを持ったクラスメイト。

あの江ノ島盾子の姉。

 

あいつか・・・あいつが、黒幕で・・・実の妹まで殺して・・・!?

 

 

「みんな騙されるな―ーー!!グアァ!!こ…これはガハッ!!”戦刃”の罠だーーーッ!!」

 

 

あいつは俺達、”希望”同士に殺し合いをさせるつもりなんだ。

 

 

「グハッ!!や、奴はグエッ!!ぜ…”絶望”の…」

 

 

戦刃は”絶望”の一味だったんだ。

俺達、”希望”を殺すために、2年前から学園に潜んでいたんだ・・・!

 

つ、伝えなくては。

戦刃のことを。記憶が奪われていることを。

こ、このままじゃダメだ。

 

みんなが殺されてしまう。舞園が殺されてしまう・・・!

 

 

伝えるんだ!外のことを―――――

 

 

「みんな思い出せーーーーーッ!!外は…外には――――――――」

 

 

 

         

 

 

 

 

          ”希望”なんてないんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
第1章も終わりまして、舞園と桑田のイマワノキワを書いてみました。
舞園の1人称とか難しい、と考えていたのですが、実際書くと案外筆が進みました。

ファンを守るか/見捨てたか、で舞園と桑田は対称的な存在です。
ファンを守ったことでアイドルとしての矜持を取り戻した舞園は、
苦痛の中、思い人である苗木を助けようとしたのに対して、
ファンを見捨てた桑田は、おしおきを報いであると解釈しました。

逆に2年間の記憶は、舞園に絶望を与えたのに対して、
桑田は、記憶の混濁と混乱の中、舞園を殺したことを忘れ、
みんなと舞園を助けようと声を上げます。

うん、対称的だw最初から考えていませんでした。結果的にそうなりました。
ここら辺が物語を書く上で面白いところです。

最後に、残姉、しゃべらなければラスボスの風格w

でも現実は

その瞳はまるで氷のように美しくどこか儚くて。
ここではない別の何かを見ているかのように思えた。

→授業についていけていない。

廊下でそう挨拶する私に、彼女は目を合わすことなくただ、
小さく会釈するだけだった

→舞園さんに突然挨拶され、ビビる。

ああ、残念w


次回からは、第2章!もこっちにとっての希望と絶望の物語の始まりです!

ではまた次話にて


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。