私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

26 / 66
第1回学級裁判 後編①

クラスメイト全員の視線の先には、額に汗を浮かべる桑田君がいた。

その光景を目の当たりにして私も頬にタラリと汗を流した。

 

ん…?え、えーと。この状況は一体…?

 

私は現状を理解するために、このまでの流れを整理することにした。

 

ダイイング・メッセージを反転させてアルファベットにしたら…

LEONになって…それで桑田君の名前が怜恩で…

 

 

えーと、ということは…

 

 

 

(桑田君が”クロ”だったのかぁああああ~~~~~~~~~~ッ!!?)

 

 

 

ようやく理解が追いついた私は心の中で驚愕の声を上げた。

彼が、桑田君が…犯人!

そ、そういえば、改めてこれまでの流れを振り返ってみると、

いろいろ思い当たる点が多かった。

桑田君はこの議論の間、執拗とも言えるほど投票を急いでいた。

それはつまり、彼が犯人で、議論を間違った答えに導こうとして…

 

「ハ、ハハハ、す、スゲェ~偶然だよな。ビックリしちゃったぜ、俺」

 

みんなの針のような視線の中、桑田君は精一杯陽気な声を上げる。

だが、その声とは裏腹にその額の汗の量はさらに増えていた。

 

「な、なんだよみんな、その目は…?

ただの偶然じゃねーかよ。たまたまそう読めただけじゃん。

冗談じゃねーぞ…ただの偶然だ!そうだよな!?黒木!!」

 

「ふぇええ!?」

 

突然の指名に私は素っ頓狂な声を上げた。

 

「”ふぇええ!?”じゃねーぞ、コラ!

お前が変なこと言い出したからこんなことになってんだろ!説明しろよ!」

 

血管を浮かせて桑田君は怒りの表情で私を睨む。

 

「ハッ!?お前、さては仕返しだな!?

犯人扱いした仕返しにこんなことを言い出したんだな!?」

 

 

「――――ッ!?」

 

 

どうやら桑田君は私が犯人扱いした仕返しにあのような発言をしたと勘違いしたようだ。

 

「ち、ちが――――」

 

もちろんそんなはずはなかった。

LEONと読んだのはまったくの偶然で、桑田君に復讐しようとする気持ちなど一切ない。

そりゃまあ、恨んでいないというのは嘘にはなるけれども、私は空気が読める女。

こんなところで、復讐を果たそうなどするはずがない。

うん、確かに彼の言うとおり、LEONと読めるのはまったくの偶然の可能性が非常に高い。

確かにこれで犯人と決めつけられるのは嫌だろう。

そうだとも!こういうことはあらゆる可能性を考えて熟考の上に結論を…

 

「ちが―――うぇえ!?」

 

違う!と否定しようと手を前に伸ばした瞬間だった。

変な挙動による体重移動のためか、片足をズルリと滑らした。

ぐらりと視界が揺れ、机が私の顔に迫ってきた。

 

「わぁ!?」

 

慌てて、片腕を机に置き、顔面への衝突を寸前で避けることができた。

 

(ふ~アブね、アブね)

 

大事に至らず、私が心の中で安堵の息をついた時だった―――

 

 

「く、黒木智子殿…そのポーズはまさか…?」

 

「へ…?」

 

漫画アニメが大好きな超高校級の”同人作家”である山田君が

体を小刻みに震わし私の姿に魅入っていた。

 

その瞬間、何かとても嫌な予感がした。

 

私は、改めて自分の今の状態を確認する。

右腕は顔面衝突を防ぐために、机に置いている。

左腕の方はバランスを取るために前方に伸ばして…

 

「あ…」

 

その伸ばした指先には汗を流す桑田君がいた。

 

 

 

「あれはまさに…漫画アニメで定番の”犯人はお前だ!!”のポ~~~~~ズ!!」

 

 

 

興奮した山田君がガッツポーズしながら叫び声を上げた。

 

 

「おおお!!?つまりは喧嘩上等ってことだな!!」

 

「黒木君がこの推理で勝負に出たということか!!」

 

「それも堂々と真っ向勝負とは…ウフフ、やりますわね黒木さん」

 

「うぬ、黒木…見かけによらず恐るべき女よ」

 

 

 

(ノォ、NOォオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~~~ッ!!?)

 

 

 

山田君の盛大な勘違いに、他のクラスメイト達も歓声を上げ、私は心の中で絶叫を上げた。

 

「クッて、てめ~黒木!」

 

大粒の汗をかく桑田君。

だが、私もそのポーズで固まりながら彼以上の汗を流していた。

 

(え、こ、これから一体どうすれば…いや、一体どうなるの!?)

 

とりあえずポーズを解いてはみたが、それから何をしていいか分からない。

もはや完全なる殺気を纏って私を睨む桑田君を前に、ただ青くなるしかなかった。

 

 

「言ってくれるじゃねーか、黒木!

だがな…まだお前の容疑だって完全に晴れたわけじゃねーんだぞ!!」

 

「へ…ッ!?」

 

桑田君のその発言に私だけでなく、霧切さんも反応する。

そうなのだ。

私の無実は先ほど霧切さんが解いてくれて…

 

「そもそもこのダイイングメッセージだって、お前が舞園を殺した後、舞園の死体を使って

書かせればいいだけじゃねーか。俺を犯人に仕立てあげるためにな!!」

 

確かに、あのメッセージが舞園さんが書いたものだと証明することはできない。

逆に言えば、犯人が彼女の死体を使って書いた可能性もある、というわけだ。

 

「それにあのメモ帳だって、霧切の推理を先読みしたお前が仕掛けたんじゃねーのかよ!」

 

「え、ええええええ~~~~~~~ッ!?」

 

桑田君の推理に、霧切さんも一瞬「え!?」と表情を崩した。

桑田君の推理の中の私は、舞園さんのダイイングメッセージを細工しただけでなく、

なんと霧切さんの推理すら利用する犯罪者に成長したのだった。

 

霧切さんを手のひらに乗せて、ニヤニヤ笑う巨大な私の姿が頭を過ぎった。

 

ついに私は彼の頭の中で、霧切さんすら手玉にとる超高校級の”犯罪者”に成長したのだった。

 

「そもそもなんだよ”喪女”って。なんでお前みたいのが希望ヶ峰学園にいるんだよ!?」

 

「い、いや、いまさらそんな…」

 

いまさらそんなこと言われても、そんなの私が知りたいくらいだ。

なんでこんなとこにいるんだ!?なにやってんだ、私は!?うぉぉおおおお~~~~ん!!

 

 

 

「そうだ!やっぱり一番怪しいのはてめーだ、黒木!お前が犯人なんだよ!」

 

 

 

――――――この喪女!

 

 

「喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!」

 

 

 

「ひぃ、ひぃぃいいいいいい~~~~~~~~ッ!!」

 

 

怒りのあまり白目を剥き出しにした桑田君は、私に対する罵声を連呼した。

その言葉攻めはさながらボクシングのラッシュのように。

私は反論を許されず一方的に打たれ、どんどんコーナーに追い詰められていく。

せっかく霧切さんが助けてくれたのに情勢は再び私の不利へと傾いていく。

クラスメイトもみんなもただ私たちの様子を眺めているだけだ。

このまま投票に入ってしまっては、票は分裂してしまい、結果としてクロが勝ってしまう。

 

このままでは駄目だ!な、 なんとか反撃しないと…!で、でも…。

 

 

「喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!」

 

桑田君はまるで暴風のようであった。

とても反撃する隙などなかった。私の心はまるで暗雲に飲み込まれたように闇へと落ちていく。

 

(た、助けて・・・誰か助けて)

 

私は桑田君の悪意の前にただ震えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

――――――それは違うよ!

 

 

 

その時だった。

それは雷鳴のようだった。

それは暗雲を切り裂く疾風のようだった。

その声の方に振り返った瞬間、私は”太陽の光”を連想した。

 

そこにいたのは…苗木君だった。

 

 

「桑田君!黒木さんは犯人なんかじゃない!」

 

「な、なんだと、苗木!!?」

 

突然の苗木君の否定に桑田君は驚愕の声を上げる。

 

(な、苗木君・・・?)

 

私は呆然としながら、彼を見つめた。

舞園さやかに陥れられ、被害者であった苗木君。

そのためだろう。この裁判中、彼はいつも辛そうな顔で俯いていた。

だが、今の彼は違った。

私が一瞬、彼だと判別できなかったほど、その声は覇気が宿り、その目には輝きが戻っていた。

なによりも彼の身体から、まるで太陽の光のようなオーラが見え隠れしている。

苗木君…彼は一体?

 

「黒木が犯人じゃねーだと!?なら、苗木!お前がそれを証明できるのかよッ!?」

 

苗木君に向かって桑田君は叫ぶ。

ハッそうだ!ま、まさか苗木君が私の無実を証明してくれる!?

 

「いや…僕は黒木さんの無実を証明することはできない!」

 

(ですよね~~~~~)

 

一瞬期待した瞬間、瞬殺された。当たり前である。

苗木君を見張っていたのは私であって、苗木君が私を見張っていたわけではないのだから。

 

「でも、僕は桑田君…君の犯行を証明することはできるよ!」

 

「な、何ぃいいいいいいいい~~~~~ッ!?」

 

苗木君の桑田君を指さす。

それはまさに挑戦状だった。

その指先にいる桑田君は怒りで顔を歪ませる。

 

 

 

「苗木君、どうやら見えてきたみたいね。全ての謎の答えが」

 

 

 

霧切さんが、腕を前に組んで苗木君に語りかけた。

 

「あなたが言おうとしているのは、

例の焼却炉の前に落ちていたワイシャツの燃えカスのことよね?」

 

「うん…!」

 

霧切さんの言葉に苗木君が同意する。

 

「おそらく、犯人は舞園さんを刺し殺した際に返り血を浴びたんでしょうね。

その返り血を浴びたワイシャツを処分するためにそれを焼却炉に放り投げたのよ。

だけど、その際に燃えカスが残ってしまった。

でも犯人はそれを知らなかった。知っていたらもっと慌てたはずよ、ねえ桑田君?」

 

「な、な…!?」

 

霧切さんの刀のような鋭い視線に桑田君は後ずさりする。

 

(ああ、あの時のワイシャツの燃えカスのことか)

 

苗木君を尾行していた時、偶然その現場を見てしまった。

あれは桑田君が証拠隠滅のために行ったのかぁ…でも、どうやってやったのだろうか?

トラッシュルームの焼却炉前の鉄格子は完璧に閉まっていたはずだ。

あの時は深く考えず掃除当番の山田が忘れたと思っていたけど…。

 

「ふ、ふざけるんじゃねーぞ!ワイシャツだけで犯人にされてたまるかよ!

ワイシャツを着てる奴なんて、俺以外にもたくさんいるだろーが!」

 

桑田君は白目を剥いて吼える。

だが、その言葉は確かに説得力があった。

 

「いや…その処分した方法こそが犯人を示しているんだ」

 

しかし、苗木君は即座にそれを否定した。

処分の方法…?

 

「そ、そうか、なるほど。俺にはわかったぞ」

 

苗木君の言葉に桑田君はニヤリと笑った。

 

「トラッシュルームの鉄格子を開けなきゃ、焼却炉には近づけねーし。

あの焼却炉のスイッチ押せねーはずだよなぁ。

そんで、そのトラッシュルームの鍵は”掃除当番”がもってるんだよなぁ。

つまり…犯人は掃除当番ってことになるよな!!」

 

「はははは…ブヒィ!?」

 

桑田君に指さされた山田君は一笑した後に盛大に仰け反った。

確かに消去法では、山田君が犯人ということになる。

でも、果たして彼が犯人ならば、こんミスをするだろうか?

 

 

「それは違うよ!」

 

「なッ!?」

 

苗木君は即座に桑田君の推理を否定した。

 

「もし掃除当番である山田君が犯人ならば、燃えカスを残すようなミスをするだろうか。

いや、決してそんなことはしないはずだ。

燃えカスが残ったこの状況こそ、犯人がある”トリック”使った証明に他ならないんだ」

 

「な、苗木誠殿ぉおおおおおおおおおお~~~~~~~!!」

 

「な、何ぃいいい~~~~ッ!?」

 

山田君は感涙の中、雄たけびを上げた。

対する桑田君は”トリック”という言葉に動揺した。

ト、トリックって一体…!?

 

「みんなは焼却炉の前に葉隠君のガラス玉が割れていたのを覚えているかな?」

 

「ああ、あの安物のガラス玉のことですか」

 

「へ、なんのことだべ?それより、俺の水晶玉、誰か見なかったか?」

 

セレスさんの言葉に葉隠君が動揺する。

ああ、それですよ。その安物のガラス玉があなたの水晶ですよ。

焼却炉の前で粉々になったガラス玉を思い出す。

一体、あれがを何だというのだろうか。

 

 

 

――――――これが事件の全貌だよ!

 

 

 

そう言って苗木君はクライマックス推理を展開した。

 

 

「この事件の犯人は、舞園さんを殺した後、慌てて証拠隠滅に取り掛かった。

だけど焼却炉の前には鉄格子があり近づくことができなかったんだ。

そこで犯人が使ったのが葉隠君のガラス玉。

犯人はそれを鉄格子の隙間から投げて、焼却炉のスイッチにぶつけた。

次に犯人はワイシャツを丸めて、やはり隙間から焼却炉に投げ入れたんだ。

そして犯人は安心してトラッシュルームを後にした。

だけどそこには誤算があったんだ。

ワイシャツの一部が焼却炉から燃え落ちて証拠として残ってしまった。

それに犯人は気づくことができなかったんだ」

 

苗木君とクロが正対する。クロは汗を流し追い詰められた目で苗木君を睨む。

 

「そうだよね?桑田怜恩君」

 

「ぐッ…!」

 

その瞬間、クロの中から桑田君の姿が浮かび上がる。

 

「そ、そんなトリック、誰でもできるじゃねーかよ!!」

 

桑田君はこの後に及んでも最後の抵抗を続けるつもりだ。

 

「どうやって…やるのかな?」

 

「ああ!?こうだよ、こう!よく見とけ!!」

 

桑田君はそういうと、投げる真似を始めた。

 

「いいか!ガラス玉はオーバースローで投げるんだよ!

だいたい、このくらいの角度で、8割くらいの力で投げれば100%当たるからな!

ワイシャツはサイドスローで”ホイ”って感じで投げ入れるんだ!」

 

(う、う~ん)

 

何を言ってるんだ、コイツは?

何言ってるのかさっぱりわからない。

超一流の選手は感覚で理解しているというが、まさにそれだろう。

桑田君も感覚で理解しているため、他人に説明できないのだ。

”ん~どうでしょう?”が口癖の某巨人族軍団のミスターの後姿が頭を過ぎった。

 

「無理なんだ。僕達にはできないんだよ、桑田君」

 

「な、何でだよ、誰でもできるって!」

 

まるで犯行の再現を熱演する桑田君を前に苗木君は静かに首をふった。

 

 

 

「だって…僕達の中に野球経験者は君しかいないんだ」

 

「なッ~~~~~ッ!?」

 

 

 

苗木君の言葉に桑田君はまるで雷が落ちたかのように大きく口を開けた。

 

「裁判前に苗木誠殿に聞かれました。

インナーな僕が野球なんてやるわけないじゃないですかって答えましたけどね」

 

「俺も聞かれたぜ!不良の俺が野球なんてやるわけねーだろ!」

 

「残念ながら僕は剣道一筋だ!」

 

「野球って賭け事するためのもんだべ?」

 

「そういうことだったのか。

俺はクリケットの経験はあるが、野球のような庶民のスポーツなどするわけないだろ」

 

山田君を始めとして次々と男子達が非野球経験を語り始めた。

 

「僕も小学校の休み時間の遊びでしか、野球をやったことはないんだ。

他のみんなは野球経験自体がない。

だから、無理なんだ。10メートル以上離れたスイッチにガラス玉を当てるなんて」

 

「そもそも、私にはガラス玉のような重いものを持ち上げるなんて無理ですわ」

 

「そう、セレスさんの言う通り、女子ではあのガラス玉を投げることはできない」

 

 

「ちょ、ちょっと待て~~~~~~~~ッ!!」

 

苗木君の推理にセレスさんも加わり、桑田君の逃げ道を塞ぐ。

その様子に桑田君は慌てて声を上げた。

 

「お、大神がいるじゃねーか!大神のパワーなら簡単じゃねーか!!」

 

「く、桑田…アンタ何言ってんのよ!?」

 

桑田君の言葉に大神さんではなく、朝日奈さんが反応し、桑田君を睨む。

 

「朝日奈、落ち着くのだ」

 

「さ、さくらちゃん」

 

「桑田よ…我がそのトリックを使ったというのだな」

 

「お、おうよ」

 

朝日奈さんを落ち着かせた大神さんは、桑田君に質問する。

桑田君は青い顔で震えながら、頷く。

やはり、怖いようだ。いや、さすがは”人類最強”

すると大神さんは、左手を前に出して構えた。

 

「フンッ!」

 

 

 

――――――!!?

 

 

全員が絶句した。

大神さんの腕が一瞬完全に消えたのだ。

 

「これは”ジャブ”という技だ」

 

何事もなかったように大神さんは語る。

これはボクシングの”ジャブ”という技らしい。

 

(完全に消えたのですが、それは…)

 

ジャブというのは人類最速の技であるというのは、よく格闘漫画で語られている。

今の格闘技界においても

あの4大団体統一ヘビー級王者・ガオラン・ウォンサワットの得意技に

ひと呼吸で13連打のジャブを放つ”フラッシュ”という有名な技があるが、

そのフラッシュがフラッシュ(笑)に思えるほど、大神さんのそれは速かった。

 

「我がこの高みに上るまで、何百億、何千億と放ち、ようやく技として完成させた。

それほどまでして、ようやく我の命を預けるに足りる”技”となるのだ。

このトリックには、

ガラス玉とワイシャツという質量がまるで違うものを2度とも成功させる必要がある。

確かに、届くだけなら今の我にも可能であろう。

だが、何の練習もせず、ぶっつけ本番で質量が違うこれらを2度連続で成功させることは無理だ。

なにより、失敗すれば犯行がバレてしまう、そのような人生をかけた圧倒的なプレッシャーの中で

それを成功させる度胸は我は持ちえていない」

 

超高校級の”格闘家”である大神さんは、自分の経験と哲学を持って、己が無実を語った。

その通りだと思う。

この犯行を実現するには2つのものが必要なのだ。

 

「この犯行を行うには、必要なものが2つあるんだ。

それは、ガラス玉とワイシャツという

まったく違うものを連続で当てることができる圧倒的な技量。

そして、このトリックを思いついて、すぐに躊躇なく実行できる圧倒的な自信。」

 

そう言って苗木君はゆっくりと桑田君に向けて銃口を向けた。

 

「この犯行を実行し、成功できるのは、この学園で一人しかいない。

いや、全国の高校生の中でも、これができるのは一人しかいないんだ!

名門校でエースで四番を張るほどの圧倒的な実力を持ち、

自他共に認めるほど圧倒的な自信を持つ超高校級の”野球選手”である君しかいないんだ!」

 

 

「う、うぐぁあああ!!」

 

 

苗木君の言弾が桑田君の肩を撃ち抜いた。

その光景に私達は息を殺し、ただ見つめていた。

いや、圧倒されていたのだ。

苗木君の迫力に。その身体から発せられる太陽のような輝きに。

彼が話す度に、光が増していくような錯覚に囚われる。

それはまるでこの場に太陽が現れたように。

小柄な苗木君は誰よりも大きく見えて、頼もしかった。

 

 

(き、希望…!)

 

 

ああ、そうだ。

きっと、これを…この感情を言葉にするなら、きっとそれしかなかった。

 

「…。」

 

その苗木君の姿を、モノクマはじっと見ていた。

いつものように嘲笑することもせず、ただじっと見ていた。

モノクマから黒幕の息遣いが聞こえてくるかのようだった。

それは、まるで”宿敵”を見つめるような、そんな不気味な視線だった。

 

 

「犯人は君だ!桑田君!!」

 

ついに苗木君は犯人を明言する。

それはこの裁判の終結を意味する言葉だった。

絶望から始まったこの裁判が終わりを迎えるのだ。

苗木君は、襲い来る絶望を跳ね除け、ついに真実に辿り着いたのだ。

 

 

舞園さん…。

 

 

…中学一年生の時、学校の池に大きな鶴が迷い込んできたことがあったんです。

あまり大きな鳥だから、先生も生徒も驚いてしまって、

みんながどうしていいかわからなくて、ただ困惑しながら見ているだけでした。

そんな時に、彼が…苗木君が、ひとりで暴れる鶴を捕まえて、逃がしてあげたんです。

学校の裏の森まで運んで…

 

 

ああ、舞園さん…!

 

 

…私、苗木君からは、不思議な強さを感じるんです。

みんなを導いてくれるような不思議な強さ…苗木君はそれを持っている気がします。

だから、私は期待しているんです。

あの時の鶴みたいに、きっと苗木君が、私を…私達を助けてくれるんだって!

そんな気がするんです。ただの勘ですけど…

 

 

(もしかしたら、本当に…苗木君が私達のことを…)

 

 

苗木君の昔話と、それを語った彼女の笑顔を思い出して目頭が熱くなった。

もしかしたら…もしかしたら、苗木君は本当に私達の希望になるかもしれない。

それはただの予感だった。

でも…もしかしたら、本当に…!

 

「どうなの、桑田君。まだ反論はあるのかしら?」

 

下を見つめて震える桑田君に霧切さんが自白を促す。

その言葉に桑田君がピクリと反応した。

 

「反論…が…あるかって…?」

 

そう言って顔を上げた桑田君はもはや正気の表情ではなかった。

 

「あるよ!あるよ!あるあるある!あるに決まってんだろ!」

 

 

 

――――――このアホ

 

 

「アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ~ッ!!」

 

桑田君は再び、白目を剥き出しにして罵声を連呼し始めたのだった。

それはまさに最後の抵抗。

それはまるで襲い来る死の運命に対するせめての抵抗のようで。

言葉とは裏腹に哀愁すら感じさせた。

 

「てめーら全員アホだ!このアホアホアホアホ~~ぜってーに認めねえぞ、アホ!」

 

桑田君は私達全員に敵意を向ける。

もはや正気とは思えない。

どうすれば、彼を止めることができるのだろうか?

どうすれば決着をつけることができるのだろうか?

 

「お前らの推理なんて全部間違ってるんだよ、このクソボケウンコタレ!アホアホ…ん?」

 

「え…?」

 

考えている最中、桑田君と目が合ってしまった。

 

「この喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!」

 

 

「うわぁあああ!?またきたぁああ!!?」

 

桑田君は、ターゲットを私に変えて、再び罵声を連呼してきた。

 

(く、くそ~いい加減にしろよ、お前…!)

 

さすがの私もムカついてきた。

なぜ、これほどまで罵倒されなければならないのだ。

私が一体、何をしたというのだ!?

 

「つーか、今のって全部推論だろ?

証拠がねーじゃねーか、証拠がよッ!?

証拠がなけりゃ、ただのデッチ上げだ!そんもん認めねーぞ!!」

 

桑田君は吼える。自分の最後の居城の中で。

”証拠”それが桑田君の最後の拠り所なのだ。

 

 

(え、証拠って…?)

 

 

このシチュエーションをどこかで見た気がする。

そうだ、あれだ!あのクソ推理だ!

 

 

―――へへへ、名探偵さんYO~~~あんた大事なこと忘れてないか?

証拠だYO、しょ・う・こ!証拠がなければ、その推理はただの妄想だYO !

このオレ様を犯人と断じることなんてできないんだYO~~~~~~~~ッ!!

 

 

これは苗木君を犯人に仕立て上げたクソ推理の一幕である。

もはや思い出すだけで恥ずかしい黒歴史ともいえるあのクソ推理の中で、

犯人役である苗木君を私はどうやって追い詰めたのだろうか?

何を使って論破したのだろうか?

 

思い出せ、思い出せ!私!

 

盾子ちゃんの笑顔、舞園さんの涙。

様々な思い出が頭を過ぎる中で、それは浮かび上がった。

 

 

そうだ!私はあの時、こう言ったのだ――――――

 

 

 

 

    こ、”工具セット”だよ!!

 

 

                  ”工具セット”だ―――!!

 

 

 

 

刹那、私と苗木君の視線が交差する。

 

 

「ぎょええええええええええええええええええええええええ~~~~~ッ!!」

 

 

私達の放った言弾は同時に桑田君の心臓を貫いた。

 

 

「そうだ!黒木さんの言う通り、工具セットが証拠だよ!」

 

(えぇええ!?譲ってくれた!?大手柄を…譲ってくれたよぉおおおおお!?)

 

何の躊躇もなく大手柄を私に譲ってくれた苗木君。

本当に…すごくいい人です。

 

「犯人は舞園さんの部屋と勘違いしていたから、自分の工具セットを使用したはず。

ならば、工具セットには使用した痕跡があるはずよ」

 

「もし、別の用途で使ったというのなら、

どこで、どんな使い方をしたのかを説明してもらおうか」

 

「先に言っておくけど…なくした、なんて言い訳はなしよ」

 

霧切さんと十神君が即座に桑田君の逃げ道を塞ぐ。

霧切さんは当然として、十神君もこの事件の真相に辿りついていたようだ。

 

「あ、ああ…あああ…ああ」

 

桑田君はもはや悲鳴すら出せずにいた。

もし、彼にまだ余力があるならば、工具セットは学園の捜査に使った、と言えば、

もしかしたら、まだ裁判を戦えていたかもしれない。

だが、ダイイング・メッセージ。証拠隠滅のトリック。

そして証拠の工具セットと追い詰められ、満身創痍の彼にもはやその余力はなく。

 

 

「も…もじょ?」

 

 

真っ白になった彼は、そう呟いた後に、ヘナヘナと地に膝を屈した。

 

 




10035字です。久しぶりの1万字超えです。
やっぱり、1万字超えると疲れますね。7時間くらいかかってしまいまいした。
やっと第1章の終わりが見えてきました。

基本的にあと2話で第1章は終わります。
舞園さんと桑田の「心中独白(仮タイトル)」を入れれば3話で終わりになります。


もこっち 1つだけ当たっていたクソ推理により、ダンガンロンパ。
     苗木君に手柄を譲ってもらったことで、傍目には事件を解いた一人となる。
     だが、それが2章の伏線となっていく。


桑田 おそらくダンガンロンパ2次至上、もっとも抵抗するも、奮戦虚しくここに尽きる


誤字脱字は見つけ次第修正します。変な文章は書き直します。
では、また次話にて

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。