私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1章・イキキル 後編③

ガチャ。

 

「…まあ、あるわけないか」

 

洗濯機の中を覗き込みながら、私はそう呟いた。

数台の洗濯機の中は全て空だった。

普段なら、誰かの下着や靴下が取り忘れていることもあるが、

今回に限ってはそれもなかった。

そんな状況であるならば、尚更だろう。

 

犯人が着ていたであろう「返り血がついた服」などあるはずがなかった。

 

犯人がこの証拠品を処分する方法は2パターンある。

1つは、血を洗い流してしまうパターンだ。

その方法として、律儀に手でゴシゴシと洗うこともできるが、

現代人として効率を優先するならば、洗濯機を使用するに決まってる。

洗剤を汚れた部分にかけ、

洗濯機に入れれば30分ほどで、血はすっかり洗い流されるはずだ。

だが、この方法にはいくつかの難点がある。

まずは、それなりの時間を要することだ。

それはつまり、誰かに目撃される可能性が高まることを意味する。

ランドリー室は夜間でも人の出入りが多い。

万が一「セレスルール」を破って、こっそりと洗濯しにきたクラスメートに

血染めの服を洗濯機に入れる瞬間を目撃されてしまっては、全ては終わってしまう。

次に、洗濯した服をどうするか、という問題が出てくる。

服は当然、濡れているために、乾燥させる必要が生じる。

だが、室内での自然乾燥では2日~3日かかり、とても次の日の使用には間に合わない。

その問題を解決する方法として乾燥機がある。

だが、それは、ランドリー室にいる時間をさらに増やすことに他ならず、

目撃者のリスクは跳ね上がる。

 

以上のような理由から、犯人がここを使用する可能性は限りなく薄い…だろう。

万が一使用する可能性を考えてここに来てみたが、やはり無駄骨だったようだ。

犯人が万が一の可能性で、洗濯機を使用しようとしたが、万が一の可能性で、

ボタンを押し忘れ、万が一の可能性で、衣服のことを忘れている可能性を考えてみたが

やっぱりダメみたいでしたね…ハハハHAHAHAHAHA。

 

(はぁ…まあ、いいや)

 

パタリ、と洗濯機の蓋を閉めた。

万が一などそうそうあるはずもない。

それに、今さら血染めの衣服を発見したならば、それは犯人のミスリードを疑ってしまう。

私がここでこんな意味の薄いことをしているのは、全て彼女のせいだ。

彼女…霧切響子の迫力と勢いに負けた私は、

食堂から逃走し、このランドリー室に逃げ込んだ。

ここに着いた直後は、頭の中が真っ白で心臓がバクバクと凄いことになっていたが、

なんとか落ち着いて来た時に、このランドリーが事件に関与している可能性に気づいた。

 

 

「あなたは…」

 

 

 

――――殺人現場以外のどの部屋も捜査をしていないじゃない。

 

 

 

「うぎぃいい!?」

 

 

霧切さんとの会話を思い出す。

私が自分の推理に満足して、他の部屋の捜査を怠っていたことを彼女に見破られ、

私はまるで犯人のような声を上げてしまったことを思い出し、今さら顔が赤くなる。

確かに霧切さんの言うとおりだった。

私は、苗木の部屋以外、

このランドリー室を含む事件に関係しそうな部屋をどこも捜査していなかった。

この点に関しては確かに彼女に分があることは認めよう。

 

だが、反論させて欲しい。

それでも、私はこの舞園さやかさん殺害事件の犯人は苗木誠であると断言したい。

犯人の犯行を証明する証拠は、大きく2つに分類される。

1つは所謂、普通の証拠。

こちらは、主に容疑者を絞る時に効果を上げる。

わかりやすい例としては、犯行時間とか…かな?

まあ、とりあえず、犯人を絞ることができる反面、それに該当する人間が

複数いるために、これだけでは、犯人を特定することができない。

今回の事件でいえば、“テープクリーナー”がそれに該当する。

 

2つ目は、“決定的な”証拠だ。

その人間以外に犯行が不可能であることを示す決定的な証拠。

それだけで事件が終わってしまうほど強力な効果を発揮する。

スタートしていきなりラスボスを倒してしまうようなものだろう。

今回の事件で言えば、それは“ネームプレート”に該当する。

 

“ネームプレート”の入れ替え。

 

それができる人物は、部屋の入れ替えに合意した舞園さんと苗木の2人だけ。

そして、“ネームプレート”の入れ替えることができるのは、ただ一人だ。

苗木しかいない。

苗木だけが、ネームプレートの入れ替えで部屋の交換を隠蔽するというメリットがあった。

舞園さんは、襲撃者に怯えていたのだ。

部屋の交換の意味を無くす、ネームプレートの入れ替えを行うはずかない。

そして、彼女のその襲撃者に殺されてしまった。

動機、メリット、消去法…それらの観点から、

ネームプレートの入れ替えは苗木誠が行ったと断言できる。

 

確かに私は、霧切さんに言い負かされてしまったが、

彼女もこの点に関して反論はできないはずだ。犯人は苗木以外にいない…と私は思う。

だから、彼女の言うことなど聞く必要など私にはないのだ。

他の部屋など調べなくとも大丈夫なのだ。

 

だが…

 

 

 

あなたは真実と私達、全員の命を侮辱したのよ―――――

 

 

 

彼女の透き通った瞳が脳裏を過ぎる。

怒りながらも私をまっすぐに見据えたあの透明な瞳。

そこには何の打算も存在しなかった。

彼女は私の行動に対して、ただ真正面から本気で怒ったのだった。

その怒りはどこか心地よかった…。

いや、勘違いしないで欲しい。

私がドMだからとか、性癖がとか、そういうことじゃないのだ。

ただ純粋に怒りをぶつけてくる人間に

久しぶりに会って驚いてしまったと言った方がよかったかもしれない。

人は成長するに従い、衝突をさけるようになると私は知っている。

衝突して対立するより、馴れ合う方が都合がいいと知っているからだ。

それ故に、人は成長するに従い、純粋に怒ることを忘れてしまう。

怒りは、苛立ちや憎しみや妬みが付着し、歪んだものに形を変え、

ただ他人を罵倒して自分のストレスを発散させるだけの発火点と成り下がる。

私はまだ学生の身分だが、そんな光景を良く見てきたし、

社会にでれば、反吐が出るほど体験することになるだろう。

だからこそ、霧切さんの純粋な怒りは、ムカつく反面、どこか清清しかった。

 

彼女は自分の真実に対する信念のために怒ったのだ。

彼女は、学級裁判に参加する私達クラスメートのために怒ったのだ。

 

霧切さんは、「恨まれても憎まれてもいい」と言った。

彼女は私に嫌われることを覚悟してまで私を怒ったのだ。

そんな存在はこの世界に数えるほどしかいない。

そう、まるで“お母さん”のようだ。

私は、彼女に怒られている時に、その背後にお母さんの幻影を見てしまった。

だからなのかもしれない。

私は以前より、霧切さんを嫌いではなくなっていた。

いや、むしろ好感を持ってしまった。

純粋な怒れること…それは、彼女が不器用であるからに他ならない。

 

真実に真摯であること。

自分に正直であること。

 

それを貫くことは、さぞや生きにくいことだろう。

まあ、長々と話してみたがそんなところだ。

だから私は、霧切さんにほんの僅かな正当性と彼女の言い分の一部を認め、

彼女が言った

 

 

“時間の許す限り、最後の最後まで出来る限り捜査しなさい。

最後まで真実を追い続けなさい“

 

 

というものを実行することにした。

同じ歳ではあるが、精神的には私の方がきっと年上に違いない。

今回の彼女の狼藉も、彼女の不器用な性格を考慮して大目に見ようではないか。

そんなこんなで、証拠が残っている可能性があるこのランドリー室を調べてはみたが、やっぱり何もなかったようだ。

 

「あ、そういえば“アレ”もないな」

 

ランドリー室を出ようとした時に、私はあるものが不在に気づいた。

ランドリー室の腰掛にいつも無造作に置き忘れているアレ。

自称“1億円”の価値があるという疑わしいモノ。

そう、葉隠君の“水晶玉”がないのだ。

あのバ…いや、葉隠君は、洗濯にくると腰掛に水晶玉を置く癖があるようだ。

しかもそれをかなりの確率で置いていく。

そのため、あの水晶玉はこのランドリー室の風景の一つとして定着していた。

今回、珍しくないということは、葉隠君が持ち帰った…ということかな?

ちょっと前に10万円ほど請求された時は、あの水晶玉をブチ壊してやろうと考えて

いたが、結局はチャンスを生かすことができなかった。チ…すっかり忘れていた。

そんなことを考えながら、私はもう一つの可能性を考えランドリー室を出た。

 

 

犯人がこの証拠品を処分する2つ目のパターン。

それは、証拠品そのものをを完全に消してしまうことである。

これならば血の付いた衣服を洗う時間も乾かす時間も全てを省略できる。

今回の殺人は突発的であったことから、犯人である苗木はかなり焦っていたはずだ。

余裕がないならば、やはり衣服を処分してしまうことを選ぶのではないだろうか?

この1Fエリアにはそれを実行するのに適した場所が存在する。

そう…トラッシュルームだ。

あそこの焼却炉に衣服を投げ入れれば証拠は数秒で灰になる。

時間もかからず完璧な証拠隠滅を達成できる。

だが、それを実行するには大きな問題があった。

トラッシュルームの焼却炉の前には巨大な鉄格子で覆われている。

夜中に勝手に焼却炉を使用させないためだろうか。

そのため、焼却炉を勝手に使用することはできないのだ。

普段はゴミが溜まれば鉄格子の前において置いておく。

そうすれば、朝に“掃除当番”が鉄格子を開けて、ゴミを処分することになっている。

よって、犯人が掃除当番でなかったなら、衣服をすぐに処分することはできないのだ。

苗木は掃除当番ではなかったはずだ。

だから奴はトラッシュルームを使用しなかった可能性が高い。

あれ…掃除当番って誰だったかな?

1週間の交代制だったことは覚えているのだけれども…。

可能性は薄そうだが、とにかく、行くだけでも行ってみようか。

 

私は廊下を歩いている途中でふと思い出す。

 

 

(証拠といえば、“アレ”をまだ確認していないな)

 

 

“アレ”の連呼で少し煩いかもしれないが、こちらは本当に重要なのだ。

私はこの事件にもっとも重要な“物証”を確認することを失念していたことを思い出した。

それは舞園さんが逃げこんだシャワー室のドアノブを破壊したモノ。

男子のクラスメート全員に支給されたモノ。

 

そう…“工具セット”だ。

 

苗木の工具セットには、きっと使用された跡が残っているはずだ。

女子に支給された裁縫セットの包装は破らなければ使えない仕様だったように、

きっと工具セットも同じような仕様になっている…はず。

 

(だけど…)

 

私は苗木の部屋で、苗木と対面したことを思い出した。

私の言動から苗木は私が真実に気づいたことを知っている。

ならばもしかしたら、奴はあの部屋で私が来るのを待ち構えている…?

そんなタイミングで私は、苗木の部屋の前にさしかかっていた。

 

まずい…!どうする、どうする、私…!?

 

 

「ぬ…!?」

 

「ん?どうかしたか、大神?」

 

「何か影のようなものが見えた気がしたが…いや気のせいか」

 

 

…とそんな会話が聞こえてきそうだ。

私は瞬間的に潜在能力を全開にして、部屋の前を横切った。

常人には瞬間移動したように見えたかもしれない。

顔面に迫り来るマジ蹴りとあのバカの笑みをイメージすると、

何か脳の中が光るような錯覚が生まれ、力を出すことができる。

亡き親友の迷惑な置き土産だと思ったが、なかなか役に立つではないか。

まあ、これ以降は使うことはもうないんですけどね…。

そんなプチネタバレを独白している最中だった。

 

「いッ…ッ!?」

 

私は、トラッシュルームに入っていく人物の後ろ姿を見て、

慌てて急ブレーキをかけた。

その人物はいつも制服の下にパーカーを着込んでいた。

 

「苗木…なんで!?」

 

その人物は、まだ自分の部屋にいると思っていた苗木誠だった。

唖然とその場に立ち尽くす私。

だが、すぐにある可能性を考え、戦慄した。

 

 

「ま、まさか苗木の奴、証拠を隠滅しようとして…」

 

 

そうなのだ。

確かに犯行時であるならば、トラッシュルームは使用できない。

だが、今は違う…かもしれない。

今は、あの鉄格子は開かれていて、苗木はそれを知ったのかもしれない。

そして今、まさに証拠品を燃やしに行こうと…!

一見すると奴は手ぶらのように見えた。

だが、油断はできない。

もしかしたら、奴はパーカーの下に証拠品を着ているのかもしれない。

なんて恐ろしい奴だ…!

心臓の鼓動が高まっていく。

頬に嫌な汗が流れ始めた。

私は、今まさに決定的な場面に遭遇しているのかもしれない。

ここで奴が証拠品を燃やそうとしている現場を押さえれば、学級裁判前に

この事件の決着をつけることができる。

だが、それは奴と一対一になることに他ならない。

 

(殺人鬼とタイマン…冗談じゃないぞ!)

 

私は足を元の方向に戻そうとしたその瞬間…あの透き通った瞳が脳裏を過ぎった。

 

 

“黒木さん、責任を果たしなさい!”

 

 

(う…ッ!)

 

彼女の言う責任とは、まさに今のような状況をいうのではないか。

今、私が現場を押さえたなら、私はクラスメート全員を救うことに繋がる。

 

そうだ!ここで活躍出来れば…

 

 

「そ、そんな…黒木さんが、本当にこんなすごい活躍をするだなんて…」

 

 

と、オロオロする霧切さんの顔が見れるかもしれない。

お、なんかカワイイじゃないか。

それに彼女も言っていたはずだ。

いざという時はモノクマが守ってくれると。

だから、私が苗木が証拠品を燃やそうとしているのを目撃して、

奴に襲われそうになったら、こう叫べばよいのだ。

 

 

「た、助けてーモノクマ!」

 

「はい!“ロンギヌスの槍”」

 

 

…おいおい、完全に青タヌキのパクリじゃねーか。

著作権的に大丈夫なのだろうか?

それに道具が完全に物理攻撃だけなのですが、それは…。

 

まあ、とにかくやってやろうではないか。

苗木の犯罪を立証して、霧切さんの鼻をあかしてやる!

 

 

「ステルスモード…!」

 

 

そう私が呟くと私の身体は透き通っていく。

通称“ステルスもこ”。

私は気配を極限まで消すことにより、私の存在を他の人に気づかれないようにできるのだ。

 

 

“最初からあまり存在感がないのですが、それは…”

“意味ないだろ、これ”

“無駄な努力だな”

“おい、透けてるぞ!?”

“この世から消える気ですか?”

 

 

そのような空耳が聞こえたような気がした。

とにかく、私は気配を消して、トラッシュルームを覗き込む。

 

そこで私は苗木の犯行を――――

 

 

「お願いだ、山田君。この鉄格子を開けてくれないか」

 

「まあ、いいですけどねぇ…」

 

 

そこには苗木と共にもう一人のクラスメートがいた。

体重100kgを超える巨体の持ち主。

だが、その顔はどこか気弱そうで、いつも汗をかいている。

その肩書きは、私に近い存在。

 

超高校級の“同人作家”山田一二三。

 

見ているだけで暑苦しい彼は、苗木の前でその顔をより暑苦しく歪ませる。

 

 

「あのデ…いや、山田君は一体何を…ハッ!」

 

 

言葉の途中で思い出した。

そうだ!今、トラッシュルームの管理をしているのは、あの山田君だ!

 

 

>>ゴミに関しては、トラッシュルームがあり、ゴミが溜まれば、そこに持っていけばいい。

夜間はシャッターが下りているが、その前においておけば、山田君が、後日、燃やしてくれる。聞いた話では、自らゴミの担当を買って出て、トラッシュルームを管理しているようだ。山田君…何が目的だ?まさか、私のゴミを狙って!?

 

 

…などと、私は自由時間の時に得意げに自分で説明していたではないか。

なんということだ、すっかり忘れていた。

ならば今はどんな状況だろうか?

会話の内容から苗木が鉄格子を開けさせようとしているようだけど…。

 

 

「その前に苗木誠殿…もしかして、証拠品を処分しようとしてます?」

 

「…ッ!」

 

(おお、やるではないか、あのデブ!ごめん…山田君!)

 

 

山田君は私と同じことを考えていたのだ。

苗木が証拠品を処分する可能性を見抜いていたのだ。あやつ、やりおるわ。

さあ、苗木め、どんな言い訳をしてこの状況を打破する気だ?

私はサスペンスドラマを見る心境で二人の様子を窺う。

 

 

「ここだけの話ですけど、やっぱり苗木誠殿が舞園さやか殿を殺した犯人なんでしょ?

誰にも言わないから、言っちゃいなよ!」

 

 

ヒソヒソ話のポーズをとりながら、山田君は核心に触れる。

 

 

「違う…犯人は僕じゃない!」

 

 

それに対して苗木は昂然とした態度で答えた。

 

 

「またまた~状況から考えて、どうみても苗木誠殿が犯人としか…」

 

「みんなが僕を犯人だと思っているのは知ってるよ」

 

 

おちゃらけながらも苗木の様子を注意深く窺う山田君の言葉を苗木は遮った。

 

 

「僕を犯人だと信じて口もきいてくれないクラスメートもいた。

僕を見るなり、一目散に逃げ出したクラスメートすらいた」

 

 

――――ぎくり。

 

そのクラスメート…完全に私なんですが。

苗木の話に完璧に自分に該当する人間が出て本気でドキリとした。

 

 

「だけど…それでも、僕は犯人じゃないと言い続けるよ。

必ずこの事件の真実に辿りついて自分の無実を証明してみせる。

僕は自分が犯人ではないことを知っている。

僕が犯人ではないことは舞園さんが知っている。

殺された彼女のためにも、僕はどんなことがあっても前に進むつもりだよ!

だから、山田君―――」

 

 

「苗木誠殿…わかりました」

 

 

必死に訴える苗木を見つめていた山田君は、静かにそう頷いた。

 

 

(え、ちょ、ちょっと山田君…!?)

 

 

唖然とする私を尻目に山田君は機械を操作し始めた。

するとほどなくして鉄格子が上がり始めた。

 

 

「苗木誠殿、すいませんでござる。正直言いますと、

犯人だと思われるあなたの頼みを聞きたくなかったのです。

だから、あんな嫌味を言って煙に巻こうとしていました。

でも…でも、さきほどのあなたの言葉とあなたの目を見て、少し信じてみたくなりました」

 

 

「山田君…いいんだ、本当にありがとう!」

 

本音をぶつけ合った後の何か清清しい雰囲気の中、鉄格子は頂上で停止した。

 

 

(だ~~~~~~何をやっているんだ、あのラードは!?)

 

 

私は心の中で頭を抱える。

これで苗木が証拠品を処分するようなことがあればどうするつもりなのだ!?

 

だけど…

 

 

(アイツ…何であんな顔ができるんだろう)

 

 

正直言うと、私も苗木の話に引き込まれていた。

その表情の真剣さに、その言葉の熱意に。

何なのだアイツは!?

苗木が言葉を放つ度に、何か光のようなものが放たれる錯覚に囚われる。

それは闇を照らす太陽のような優しさと力強さを兼ね備えて…。

そしてその表情はただ一つも迷いなく、前を向いていた。

誰よりも真剣に、誰よりも必死に、真実を追いかけている…そんな表情。

 

 

(うう…だ、騙されないぞ、わ、私は騙されないからな)

 

 

途端に不安が身体全体を駆け巡る。

苗木は果たして本当に犯人なのだろうか?

人殺しが本当にあんな顔ができるのだろうか?

 

 

(アイツ、本当は超高校級の“俳優”とかじゃないよね?)

 

 

そんなことを考えることしかできないほど、苗木の言葉と表情は私を不安にさせた。

 

 

「山田君、これは…」

 

「なんでござるかね?服の燃え残り…やや、血がついてる!?」

 

 

私がひとり悩んでいる間に、現場で動きがあったようだ。

私は、悩みから逃れるかのように、2人の会話に神経を集中させる。

 

 

「それに、この焼却炉…火がついたままだよ」

 

「やや、そんなハズは!?拙者はちゃんと消したはずなのに!なんで、ナンデ!?

妖精さんですか!?妖精さんの仕業ですか!?」

 

 

苗木の指摘に山田君は頭を抱えた。

どうやら、犯人が着ていた衣服の燃え残りと思われるものが発見されたようだ。

そして山田君…見た目のイメージ通り、やらかしてくれたようだ。

彼は、焼却炉の火を消し忘れていた?ようだ。

 

 

(この場合、どう考えればいいのだろう?)

 

 

二人のやりとりを見ながら、私は考える。

 

パターン①

実は山田君は鉄格子の方も閉めるのを忘れていた。

 

この場合、苗木は昨日のうちに血染めの衣服を焼却炉に投げ入れ処分した。

そして内側のボタンを押して、鉄格子が降りる前に外に出た。

 

ラード…お前、ふざけんなよ、ブチ殺すぞ。それとも君は、共犯か何かかな?

 

 

パターン②

鉄格子の外から衣服を丸めて、投げ入れた。

 

うん、メジャーリーガーかな?

いやいや、有り得ないでしょ、この方法は。

確かに鉄格子の隙間はそれほど狭くないので、そこから衣服を投げ入れることができる。

だが、この距離を考えて欲しい。

 

野球のピッチャーとキャッチャーの距離より離れているんじゃないか?

 

ハハハ、苗木さん、一体いくつ才能をお持ちなのですかねぇ…?

まあ、この案は不可能なので、没ということで。

 

 

私は消去法で、パターン①を採用することにした。

苗木は昨日のうちに、証拠品を処分した。そして、念のためにその確認に来たのだ。

そして、証拠品の一部が燃え残っているのを発見し、まるで自分が証拠品を見つけたかのように演技しているのだ。

 

危ない、危ない、危うくアイツの演技に騙されるところだった。

 

そう自分に言い聞かせることで、私は、胸の中に生まれた不安を打ち消そうとした。

 

 

「苗木誠殿!これ、なんでしょうかね?」

 

「これは…水晶の欠片?」

 

 

結論でたことで、ここから離れようとした私は、その会話により、再び振り返った。

見ると、焼却炉のボタンの下に紫色に光る欠片が散乱していた。

 

 

 

ブハッ――――――――

 

私はそれを見た瞬間、吹き出してしまった。

あの青く輝く欠片…それは、水晶玉の成れの果て。

超高校級の“占い師” 葉隠君の自称“1億円”の水晶玉ではないか。

 

 

 

――――ワロタwww

 

 

 

いかん、いかん。つい某提示版のネットスラングを使ってしまった。

 

しかし、はwwwがwwwくwwwwれwwwwwwどんだけ恨まれてるんだよw。

 

奴は以前、ふざけた占いの料金10万円を私にしつこく請求したことがあった。

だから、いつかあのランドリー室に置き忘れている自称“1億円”の水晶玉を

叩き割ってやろうかと考えてはいたが…それを誰かが実行したようだ。

あの男は、きっと他のクラスメートにも同じようなことをして恨みを買ったのだろう。

そう思うと当然の報いだ。ざまあみろ。

 

 

「ん…?」

 

「どうしたでござる、苗木誠殿」

 

「いや、誰かの声が聞こえたような」

 

 

(ヤバイ…!)

 

 

どうやら、声が漏れていたようだ。

私は、慌てて顔を引っ込めた。

苗木達は、少しこちらを眺めていたが、気のせいだ、と判断し、再び推理に没頭する。

 

 

(危ない、危ない。あまりにも面白くて、ついはしゃいでしまった)

 

 

私は額の汗を拭って一息つく。

これ以上、ここで見張っていても意味はなさそうだ。

最後にオチを見れただけよしということにしよう。

私は、今までのことをメモ帳にまとめるために自分の部屋に戻ることにした。

私は最後に苗木を見る。

焼却炉を見ながら、必死に推理するその横顔は真剣そのものだった。

 

 

 

(苗木…犯人…なんだよね?)

 

 

 

私は心に生まれた不安を消せぬまま、トラッシュルームを後にした。

 

 

 

 

「あ、そういえば、工具セット確認してねーや」

 

 

部屋に戻った私は、かなり重要なことを忘れていたことに気づいた。

まあ、推理をまとめた後、改めて苗木の部屋に行くことにするか。

そこでみんなを集めて、学級裁判前にこの事件の決着をつけてもいいし。

私は、事件をまとめることを優先することにした。

モノクマファイルを土台に、自分自身のファイルを作るのだ。

 

“智ちゃんファイル”というネーミングはどうだろうか?

 

ん、誰だ?“もこっちファイル”とぼそっと呟いた奴は!?

 

私が空耳にツッコミを入れた時だった――――

 

 

「キーン、コーン…カーン、コーン♪」

 

「え…!?」

 

あの不快なチャイムが室内に鳴り響いた。

 

 

「えーボクも待ち疲れたんで…そろそろ始めちゃいますか?お待ちかねの…学級裁判を!」

 

 

あの不快な声を響き渡る。

 

 

「ではでは、集合場所を指定します。

5分以内に学校エリア1Fにある赤い扉にお入り下さい。うぷぷ、じゃあ後でね~~」

 

「ちょッ…!」

 

 

モノクマの放送はそこで終わる。

私は制止しようとして言葉を上げようとするもその無意味さに途中で言葉をとめた。

放送に反論しても意味などない。

 

5分…それじゃ、苗木の部屋を調べている余裕などないぞ!?

 

背中や額に汗が流れ落ちる。

何かやらかしてしまったような気がする。

 

 

「ま、まあ…推理は完璧だし…証拠品を見なくても…まあ、多少はね?」

 

 

私はそう自分に言い聞かせて、メモ帳をポケットにしまった。

 

 

 

        『智ちゃんファイル』

 

○ 厨房の包丁(直接の凶器。舞園さんが持ち出した…と推理)

○ 模擬刀(苗木の部屋にあったもの。犯人が反撃のために使用した…と推理)

○ テープクリーナー(犯人が使用した…と推理)

○ ネームプレート(舞園さんと苗木誠の部屋のものが取替えられていた)

○ 焼却炉の衣服の燃え残り(犯人の所持品で当日着用していた…と推理)

○ 火がついたままの焼却炉(山田君、火事になったらどうするつもりだ!)

○ 割れた水晶玉(いい気味だ)

○ ダイイングメッセージ“11037”(110…だろ常考)

○ 工具セット(見てはいないが、きっと使用済…のはず)

 

 




お久しぶりです。
今回はだいたい1万字近く書いてます。
学級裁判開始まで書きたかったのですが、2万字近くになりそうなので、ここで区切りました。
今回の話を振り返ると、言弾はまあまあ集まっていますが、舞園さんの悪意と
ダイイングメッセージを解かなければ、この事件の解決は不可能だと再確認できますね。
筆者も舞園さんの悪意にまったく気づきませんでしたw
この事件、やっぱり難しいと思います。

また、タイトルの紹介を更新しました。興味があれば読んでください。
投稿のペースを上げたいとは作者も思ってます。
なんとか平日書ける方法を模索したいと思います。

ではまた次話にて

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