私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1章・イキキル 前編④

「え…何?よく聞こえなかったのですが…もう一度お願いします」

 

あまりの衝撃に記憶が飛んだ私は、再び彼女に返答を頼んだ。

 

「苗木君は、私の恋人なんです。婚約もしてるんです。将来、結婚します!」

「え、ええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!?」

 

聞き間違いではなかった。

苗木と舞園さんは、付き合っていたのだ。

苗木は、舞園さんの恋人であり、婚約者であり、将来の彼女の夫なのだ!?

なんということだろう。

だから、あんなに親しそうだったのか。

彼女が超高校級の“助手”を自称していたのも、そういう意図があったのか。

苗木誠…恐ろしい子。

やはり、超高校級の“幸運”の称号は伊達ではなかった。

まさか、あの舞園さやかと付き合うことができるなんて、なんたる幸運だろう。

うん?でも婚約ということは、苗木の家は名家や資産家なのかな?

もしかして、あの十神白夜並みの金持ちだったりして…。

まあ、それは、現状では推測しかできない。

とりあえず、今はその事実に対して、何かコメントしなければならない。

でも…ああ、何も思いつかない…!

 

「…冗談です」

「え…?」

「冗談ですよ。苗木君と私は中学の同級生なんです」

 

私の狼狽をじっくり観察していた彼女は、笑いを堪えながら、告白した。

なんと、私はまた彼女に騙されてしまったのだ。

 

「ウフフ、ゴメンなさい。そう言った時の黒木さんの反応が見たくて…」

 

そう言って、彼女はさも可笑しそうに笑った。

 

(クソが…超カワイイじゃねーか)

 

こんなカワイイ生物に騙されたら、怒るに怒れない。

なんだって、許してしまいそうじゃないか。うん、許す。

私は彼女を許すことにした(2回目)

 

「私と苗木君は同じ中学出身なんです。もちろん、付き合ってもいません…」

 

彼女は苗木との関係を話し始めた。

彼女と苗木は同じ中学というだけで、恋人関係ではないことがはっきりした。

それを口にした時の彼女の表情が、少し残念そうに見えたのは、気のせいだろう。

 

「私は、彼のことをずっと見て、いつか話したいと思っていました…でも結局、中学校の時、彼に話しかけることはできませんでした。だから、ここで再会した時は、本当に驚いて…本当に嬉しかったです」

「ん…?苗木君が、ずっと舞園さんを見ていて、結局話しかけられなかった…だよね?」

 

彼女の発言内容に不可解な点があったので、私はその部分を脳内修正した。

要は、苗木の奴が準ストーカー行為を行っていたのかな?

 

「うふふ、違いますよ、私が…です。苗木君は私にとって憧れの人だったんです」

「え…どういう意味?」

 

驚愕する私を横に、彼女は思い出すように語り始めた。

 

「中学一年生の時、学校の池に大きな鶴が迷い込んできたことがあったんです。

あまり大きな鳥だから、先生も生徒も驚いてしまって、

みんながどうしていいかわからなくて、ただ困惑しながら見ているだけでした。

そんな時に、彼が…苗木君が、ひとりで暴れる鶴を捕まえて、逃がしてあげたんです。

学校の裏の森まで運んで…」

 

その時のことを思い出したのか、彼女はクスリと笑った。

 

「私はそんなことがあっても、普通にしている彼に本当に感心しました。

同級生にこんな人がいるんだ…て。

その時から、いつか苗木君と一度話してみたいと、ずっと思っていました。

でも、その機会は結局訪れることはなく、私達は中学を卒業して別々の高校に。

だから、こんな場所で再会するなんて思いもしませんでした…」

 

現実を思い出し、舞園さんの表情が曇る。

街中を歩いて偶然の再会であったなら、ドラマチックであろうその願いも

モノクマを操る犯罪者に監禁された場所では、台無しとなったに違いない

 

「…でも話してみて、苗木君はやっぱり、私の思っていた通りの人でした。

こんな状況においても、自分より他の人のことを考えることができる優しい人。

きっと苗木君は自分で思っているより、ずっと強い人だと思います。

私…苗木君からは、不思議な強さを感じるんです。

みんなを導いてくれるような不思議な強さ…苗木君はそれを持っている気がします。

だから、私は期待しているんです。

あの時の鶴みたいに、きっと苗木君が、私を…私達を助けてくれるんだって!

そんな気がするんです。ただの勘ですけど…」

 

そう語る舞園さんの表情は本当に嬉しそうだった。

私は、大和田君と十神君の喧嘩を苗木が止めた時のことを思い出した。

確かに、あの行動には私も驚いた。

ただの「運」だけの男。そう思っていた苗木が自らを省みず動いたからだ。

自分よりも他人のために…あの時の苗木は確かにそうだった。

それは、認めよう。

しかし、苗木め、盾子ちゃんだけでは飽き足らず、舞園さんにも好かれるとは

なかなかに侮れないな。

 

「…信じられませんか?私の勘は本当に良く当たるんですよ」

 

微妙な顔をしているであろう私を見て、舞園さんが同意を求める。

 

「…そ、それは、エスパーだから?」

「…冗談ですけどね」

「いひひ…」

「うふふ…」

 

ただ同意するのもアレだから、ちょっと勇気を出して冗談を言ってみた。

その意図を察知した舞園さんは、その流れに乗ってくれた。

二人は、お互いを見て、吹き出して、しばしその場で笑った。

 

「で、でも、舞園さんも、すごく良い人だよ。苗木君が気絶した時に真っ先に動いたのは

舞園さんだったし…」

 

苗木の話で、彼女がいち早く苗木の救助に動いたのを思い出した。

苗木のことを褒めているが、彼女だって負けないくらい良い人なのだ。

私は彼女にその事実を知ってもらいたかったのだ

だが…

 

「…。」

 

その言葉に彼女は固まった。

その顔は、みるみるうちに曇り、身体は少し震えていた。

 

「ち、違いますよ…私は…良い人…なんかじゃ…ない…です。

私は…本当に…酷い人間…ですよ」

 

彼女は、振り絞るようにそう語ると、顔を伏せた。

 

(え…?わ、私…何かマズイことを言ったのかな?)

 

彼女の態度の急激な変化に私は内心でパニックを起こす。

先ほどまで、笑っていた彼女は消え、今にも泣き出しそう舞園さんが目の前にいる。

明らかに、私の言葉が原因だ。い、一体何を言ったんだ、私は!?

 

「…聞いてしまったら…でも…」

 

(ん…?)

 

私が心の中で、頭を抱える間、俯いたままの彼女が何か呟いた。

しかし、よく聞き取ることはできなかった。

 

「あの…ひとつだけ教えてくれませんか?」

 

彼女は顔を上げ、私を見た。真剣な表情だった。

 

 

「もし…ここから出られたら…黒木さんは、何がしたいですか?」

 

 

真剣な瞳で私を見て、彼女はそう質問した。

 

ここから出たら…それを私は毎晩のように考えていた。

ゲームをしたいし、本屋に行きたい。ネットをしたし、コンビニに行きたい。

学校に行くのも悪くない。部屋にずっといてもいい。

好きなものを好きなだけ食べたい。ネズミーランドとかにも行きたい。

そうだ。私にはやりたいことがいっぱいある。

そう答えよう。それを言おう。

 

私は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――弟と喧嘩したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

「え?え、ええええええええええええええええ~~~~~~~~~!!?」

 

その答えに舞園さんは驚き、それ以上に私自身が驚き、声を上げた。

 

「ど、どういう意味ですか…?」

 

困惑の表情を浮かべながら、舞園さんはその理由を尋ねる。

当然だろう。私だって自分で驚いたくらいだ。

 

「う、う~ん…」

 

少しの間、その理由を考え、その理由を知った時、私は少し恥ずかしくなった。

 

―――――弟と喧嘩したい。

 

なぜ、このような意味不明な回答になったのか、少し考えてわかった。

ああ、なるほど。そういうことか。

我ながら凡人だな~と少し悲しくなる。

しかし、私は、覚悟を決めて、この意味不明な答えの理由を舞園さんに話す。

 

「わ、私には、弟がいるんだ。

一つ下の『智貴』っていう名前で、今中学三年生。

根暗で、愛想がなくて、サッカーがちょっと上手いくらいで、クラスの女子に

少しモテルくらいでいい気になってるムカつく弟なんだけど…。

智貴とは、家にいた時は、いつも喧嘩ばかりしてて…ハハハ」

 

私は、舞園さんに自分の愚弟の話をするという変な状況に焦る。

だが、舞園さんは、その話を真剣な眼差しで聞いている。

 

「だ、だから、私がここから出られて、家に帰ったら、

玄関にお父さんとお母さんと智貴の奴がいて…それで、智貴の奴に話しかけたら

きっと、アイツが何かムカつくことを言い返してきて…そしたら、30秒もしない内に

喧嘩になって、お母さんが怒って、お父さんが呆れて…いつもみたいな展開になって…。

いつもの日常に戻れて…うん、そうなんだ。

私にとっては、それが日常だから…だから、弟と喧嘩したい…なんて言っちゃったんだ」

 

私のその平凡で実にありきたりな話を彼女は黙って聞いていた。

私は、結局のところ、ただ家族と会いたい…それだけなのだ。

モノクマのDVDのせいで、私もいろいろ不安になっていたのだろう。

クソ…だから、こんなことを考えてしまったのか。

 

「ハハハ、ご、ゴメンね。も、もう少し面白い話ならよかったんだけどね…。

ゲームしたい、とか。ネズミーランド行きたいとか…」

 

無言のままの舞園さんに私は弁解がましく言い訳を述べる。

掴みに失敗した新人のお笑い芸人の心境だった。

 

「…あなたにも…あるのですね」

「え…?」

 

 

「あなたにも…『帰る場所』が…あるんですね」

 

 

そう言って、彼女は小さく笑みを浮かべた。

 

「黒木さん、少し私の話を聞いてくれますか…」

 

そう言って彼女は、自分自身のことを私に語り始めた。

 

「私は幼い頃から、ずっとアイドルに憧れていました。

私の家は、父子家庭だったんです。

父は毎日毎日、夜遅くまで働いて、私はいつも一人でお留守番。

まだ、子供だったし、ちょっと寂しかった…。

でも、そんな私の寂しさを紛らわしてくれたのがテレビの中で活躍している

“アイドル”の姿だったんです。

お姫様みたいに可愛くて、歌も上手くて、踊りも上手。

何より…あの笑顔。

あの笑顔を見ていると、私の寂しさなんて、いつの間にか吹っ飛んでいました。

だから…いつか私も、そんな風にみんなを勇気づけられる“アイドル”になりたい!

そう思ってきました」

 

それは、彼女の原点であった。

幼き日、テレビの中のアイドルに憧れた彼女の…“アイドル”としての始まり。

 

「私はそれから、ずっと頑張ってきました。

グループの仲間達と出会って、同じ夢を一緒に追いかけて。

そして、ステージに…子供の頃から夢見続けてきたあの場所に立つことが出来たんです。

本当に嬉しかった。

アイドルになることが出来て。

テレビで見ていたあの光り輝く場所に、立つことが出来て。

だから…私にとって…あのステージが『帰る場所』なんです」

 

そう語る彼女の瞳は濡れていた。

彼女は今きっと、私のことを見てはいないのだろう。

彼女は、私を通り越し、

アイドルとして自分がいたあの光り輝くステージを見ているのだ。

 

「帰りたいな…あの場所に」

 

(うわぁ…綺麗だ)

 

本当にそう思った。

ステージを思い出し、瞳を濡らす彼女の笑顔は、限りなく美しかった。

いつも笑顔を絶やさない舞園さん。

だけど、私はその笑顔を、どこか“仮面”のように感じていた。

芸能界を生きるために。

世間から自分の心を守るために、身につけた仮面。

そう感じることがあった。

だけど、今の彼女は違う。

自分の原点を思い出し、ただ純粋に笑う彼女の笑顔は本当に素敵だった。

 

「か、帰れるよ!」

 

私は思わず彼女の手を握ってしまった。

 

「ぜ、絶対に帰れるよ!舞園さんは、絶対にステージに帰れるから!

け、警察だって、きっともうすぐ私達を見つけてくれる。モノクマの奴だって

逮捕される!だから、舞園さんは、すぐステージで歌うことが出来るんだから!」

「く、黒木さん…」

「だ、だから、私は、ここから出たら最初に舞園さんのコンサート行くね!

わ、私、頑張るから…!

最前列で、ぺ、ペンライトを一生懸命ふって舞園さんを応援するから!

だ、だから…」

 

私は、必死になって話す。

緊張と興奮で自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。

 

でも…

 

「あ、ありがとう…黒木さん。ありがとう…ウウ」

 

彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

舞園さんは、私の手を握りしめ、泣いた。声を殺して、その場で泣き続けた。

 

 

 

 

 

―――それから、どれくらい時間が経ったろう。

 

 

「もう…行きますね」

「あ、う、うん…」

 

涙を拭いた舞園さんは、私に背を向けて歩き出した。

私も貰い泣きしてしまい、彼女の背を見ながら目をこする。

そういえば、彼女は結局、果物を持ち帰らないようだ。

 

「あ、そうだ!舞園さん、待って!」

 

私の言葉に舞園さんは、足を止めた。

 

「ま、舞園さんの部屋には何時くらいに行けばいいのかな?

お、遅ければ、遅いほどいいのかな?私は大丈夫だけど…」

 

彼女の部屋に何時に行くかという具体的なことを決めていなかったことを

直前となって、私は思い出した。

いやいや、うっかりしていた。

あんまり遅くても朝になってしまうじゃないか。

だとすると、大体、深夜2時くらいがいいのではないだろうか?

 

「…。」

 

私のその問いに、舞園さんは、足を止めたまま、沈黙した。

振り返ることなく、ただその場に立っていた。

 

 

私は、あとになってこの時のことを思い出すことがある。

彼女は、この時、一体どんな顔をしていたのだろうと…。

 

 

「…ゴメンなさい、黒木さん」

 

そう言って彼女は振り返った。

 

「今日は自分で考えようと思います。また今度お願いします」

「え…?う、うん、だ、大丈夫」

 

その顔には、またあの仮面のような笑みが戻っていた。

彼女は、そのまま厨房を出て自分の部屋に戻って行った。

その後姿を私は唖然としながら、見つめていた。

 

「な、何かマズイこと言ったのかな、私は…?」

 

もう何がなんだかわからない。

というか、そもそも、アイドルの部屋に招かれること自体が私の妄想だったのではないか?

 

「あれ…?」

 

そんなことを考えながら、厨房を眺めていると、私を違和感が襲った。

以前、ここに来た時と、今では、何かが違う気がする。

それが何かは、私にはわからなかった。

 

「まあ、気のせいか…」

 

そう結論づけた私は、「みかん」という定番の果物を持ち、厨房を後にした。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「た・い・く・つなのだ~!!」

 

そう言って、盾子ちゃんは私の席の横でプリンを食べ始めた。

もはや、私の席の横に座るのが当たり前となってた。

 

時刻は、朝八時を少し過ぎたあたりだ。

朝食の席には、もうほとんどのメンバーが顔を揃えていた。

 

(舞園さん…遅いな)

 

私は、苗木の横の空席を見つめた。

舞園さんは、普段なら八時前に来て、朝食の準備に加わる。

だが、今日に限っては、彼女はまだ姿を現さない。

私は、彼女を待っていた。

彼女に会って言いたいことがあった。

 

―――舞園さん、おはよう!

 

ただ、そう挨拶したかった。

昨日、少し仲良くなれた自信はあった。

それくらいなら許されるはずだ。

 

「十神君、遅いぞ!それと、舞園さんを見なかったか?」

「…俺が知るわけないだろう」

 

石丸君が、いつものように遅れてきた十神君に、質問する。

十神君は、それに何の興味も示さず、自分の席に着く。

 

(舞園さん、どうしたんだろう?)

 

私は少し、心配になってきた。

ふと見ると、舞園さんの席の横に座る苗木の表情が青くなっているのに気づいた。

どことなく落ち着きがなく、その頬には汗が流れる。

 

「何か苗木の様子、おかしくない?もしかして、私のこと好きになっちゃったとか?

きゃーーどうしよう!?あ、プリン食べる?」

「何をどう考えたら、そうなるんだよ!?痛ッ!?ちょっと、スプーンで突っつくな!」

 

苗木の様子を見て、超推理で赤くなる盾子ちゃんに私はツッコミを入れる。

スプーンは本当に止めてください。

 

「ま、まさか―――」

 

そう叫び、苗木は食堂を飛び出して行った。

 

みんなは、唖然とした表情でその後姿を見つめた。

 

(苗木の奴…舞園さんを呼びに行ったのかな?)

 

もしかしたら、舞園さんは具合が悪くて部屋から出られないのかもしれない。

だとしたら、私も様子を見に行きたい。

だがここは、一番仲がいい苗木が行くのがいいかもしれない。

ここは奴に任せよう。

まあ、私はおそらく彼女と二番目に仲がいいだろうし。

いや、同性では一番仲がいいかもしれない…!

 

「苗木は青春真っ只中で楽しそうだな…。私は退屈で退屈で…」

 

私がそんなことを考えていると、隣で盾子ちゃんがぼやく。

まあ、この子は苗木のことが好きだからな…。

苗木をめぐるトライアングル。

私だけが知る人間関係を考察していたまさにその時だった。

 

「あら、退屈でもいいじゃありませんか」

 

突如として放たれた棘のある言葉。

私は、その方向を見る。

そこには、ひとりの女の子が悠然と座っていた。

黒いゴスロリを着た中世ヨーロッパから出てきたような少女。

 

セレスティア・ルーデンベルク。

本名不明の彼女は、ニッコリと笑った。

 

「ハア?なんでよ?」

 

盾子ちゃんは、セレスさんの言葉にムッとする。

 

「…適応ですわ」

「はあ?」

「適応すればいいのですわ」

 

彼女の言葉にふて腐れて横を向いていた盾子ちゃんが正面を向いた。

その顔には、苛立ちが浮かんでいた。

 

「ここで暮らすことを受け入れろ、って言うの?」

「生き残るのは…強い者でも、賢いものでもありません。

変化を遂げられる者だけですわよ…おわかりですか?」

 

彼女は、相変わらずの笑みを浮かべる。だが、その瞳は鋭い光を放っている。

 

「死にますわよ…」

 

彼女は呟いた。

 

「適応力の欠如は生命力の欠如。このままだと、あなた、死にますわよ」

 

大きな瞳を見開いて、彼女は盾子ちゃんにそう言い放った。

 

「アンタ…私に喧嘩売ってるの…?」

 

その瞬間、場の雰囲気が一変した。

私は、これを以前体験したことがあった。

あれはやはり、私の幻覚ではなかったらしい。

 

盾子ちゃの“怖い”モード―――

 

盾子ちゃんは、セレスさんを睨む。その殺気は場を凍り尽くし…

 

「ウヌ…」

 

あの大神さんすら、反応させるほどものだった。

とてもギャルが出せるものとは思えない。

 

「あら、喧嘩なんて怖いですわ」

 

そんな殺気を一身に浴びてもセレスさんは涼しい顔をしていた。

彼女も、さすがは超高校級の“ギャンブラー”

 

「でも…“ギャンブル”ならいつでもお相手しますわ。

何なら賭けてみますか…命でも」

 

そう言って、大きく瞳を見開いた。こちらも…かなり怖い!

 

例えるなら、毒蛇 VS 毒蛇 か。

 

うわぁ~~~絶対に関わりたくないや…。

 

「…上等じゃない!やってやるよ!うちの智子は逝くところまで行くんだから~ッ!!」

「巻き込むな、コラァ!?」

 

 

その時だった―――

 

 

 

 

「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

その場の不穏な空気を切り裂くように。

今までの平穏を終わらせるかのように、その叫び声は室内に響き渡った。

 

「苗木!?」

「な、何が起こったというのだ!?」

「…!」

 

その声に、盾子ちゃんが反応し、石丸君が席から立ち、霧切さんが無言で駆け出した。

あっけをとられながらも、私達も彼女のあとを追う。

 

彼女の後を追って宿舎エリアに足を踏み入れた私達は、

ドアが開かれたままになっている部屋の前で足を止めた。

見ると、霧切さんが、立っており、その下に苗木が倒れていた。

霧切さんは、苗木を見ることなく、ただ前だけを見ていた。

その表情は、いつも以上に厳しかった。

 

「苗木、大丈夫か?」

 

大神さんが、部屋に入り、苗木を抱き上げる。

 

「ウム、脈はあるようだ」

 

そう言って、大神さんは、ほっと息をつく。

 

「苗木、だいじょ…きゃぁあああああああああああ」

 

大神さんに駆け寄った朝日奈さんが、直後悲鳴を上げて尻餅をついた。

何が起きたのかわからずに私も部屋に入る。

 

「あ…」

 

霧切さんと朝日奈さんが見ていた方向を見た私は小さな声を上げた。

そこには舞園さんがいた。

 

私は、彼女を初めて見た時、まるで人形のようだと思った。

人形のように綺麗だった。

人形と人間。

両者に違いがあるとすれば、それは魂の有無だと私は考える。

私は、今日、ただ彼女に挨拶したかっただけだった。

彼女におはよう、と言いたかっただけだ。

ただ彼女と話をしたかっただけだった。

だが、その願いはもう永久に叶うことはなかった。

 

彼女は本物の人形になってしまったのだから…。

 

床を赤く染める血の中で彼女は静かに座っていた。

その腹部には、魂の消失を証明するかのように、突き刺さった包丁が

鈍い光を放っていた。

 

 

 

 

 

「キーン、コーン…カーン、コーン♪」

 

 

その時だった。

チャイムを真似たようなアイツの…あの邪悪な声が室内に響き渡った。

 

それは平穏の終わりを告げる鐘。悪夢の始まりの合図

 

 

超高校級の“アイドル”舞園さやかの死。

 

 

そして・・・私達の“絶望”が始まった――――

 

 

 

 

「死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、“学級裁判”を始めます!」

 

 

 

 

 

 





最後の最後まで殺人を迷ったことが、失敗を招き寄せた。
ただ、それでも苗木と、もこっちに善意を残し、超高校級の”アイドル”舞園さやか、ここに退場。

もこっちの現状

ゲームやりたいと言ったら殺されていた。年に1回レベルの善性を発揮。神回避。
主人公補正とスキル超高校級の”悪運”発動。

”絶望”は加速する―――

次回から中編。投稿は遅れます。あしからず。

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