ダンガンロンパ~黄金の言霊~   作:マイン

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今回もラブコメ回です
演出がワンパターンだと思われる方、今回だけなので勘弁してください


愛する者と、愛される者

「…格好つけてああは言っちゃったけど…、どうすれば良いんだ?」

 一方の苗木もまた、朝日奈とのキスに心境荒れ狂ったまま他の場所へと向かっていた。

 

「しかし…なあなあで流せるようなことでもないし…、霧切さんにもああ言っちゃった手前やっぱり覚悟を決めて答えを出すしかないか。…最後の決戦前にエライ事を抱え込んじゃったなあ…」

 ガラにも無く妙に口数多くそんなことを愚痴りながら苗木がやって来たのは生物室。苗木の考えが正しければ、植物庭園にあったあの死体が存在していたであろう場所である。

 

「やっぱりここを確かめてみないと、どうにもこうにもならないね…っと」

 苗木が生物室の入り口を押し開ける。と、

 

「…あれ?苗木?」

「あ、あんたまたここに来たの…?」

「江ノ島さんに…、腐川さん?なんでここに…?」

 中に居たのは、先日も先に来ていた江ノ島と腐川の二人であった。

 

「いや、やっぱさあ…苗木の言ってた通りあの死体がココにあったって言うなら…気になっちゃってね」

「うぶぶ…さ、寒ッ…。わ、私は嫌なんだけど…しょうがないからこいつに付き合ってあの死体を確かめに……は、は…」

「あ、マズ…」

「ぶぁっくしょいッ!」

「げ…」

「ジャジャジャジャーン!皆大好きジェノサイダー翔、よかれと思って再び参上ゥッ!!…で、よくわかんねーけどココの中身見りゃいーんだろ?それじゃ、御開帳~!」

 ジェノサイダーへとチェンジした腐川が乱雑に例のシェルターを引き出し、中を覗きこむ…と、その瞬間ジェノサイダーの表情が歪む。

 

「あ?」

「あれ…、どしたの?」

「どーしたもこーしたもねーっつーの!…中身入ってんぞコレ」

「何!?」

 予想外の事実に二人が驚いて中を見ると、そこには確かに死体袋に入った人間らしいモノが存在していた。

 

「嘘…!?この中身があの死体だったんじゃ…!?」

「つーことは…まこちーミスった?」

「そんな馬鹿な…!じゃあ、こいつは一体…!?」

 完全に予想を覆された苗木は、その正体を確かめるべく二人に目配せした後死体袋を開ける。中から出てきたのは…

 

「…男?」

 そう。死体袋の中に居たのは苗木達より少し年上ぐらいの青年であった。

 

「…!」

 そしてその死体の顔を見た瞬間、江ノ島が複雑そうな表情で顔を背ける。

 

「あ?どったの残姉ちゃん?」

「大丈夫…、なんでも、ないから…」

「ふーん…」

「この死体は誰なんだ…?ここに在るということは、希望ヶ峰学園の、もしくは黒幕の関係者…?…けれど、どこかで見た覚えが…」

「……あ」

 と、死体の顔をしげしげと眺めていたジェノサイダーが突然呟く。

 

「よく見たら、こいつまっつんじゃん」

「まっつん…?ジェノサイダー、お前この人を知ってるのか!?」

「あらやだ、そんなこともお忘れ?まっつんって言ったら『松田夜助』のことに決まってんじゃーん!」

「松田…そうだ!この人は脳科学者の松田夜助さん、またの名を、『超高校級の神経学者』!以前にテレビの特番で『未来のブラックジャック』とかいう触れ込みで写真をみたことがあったけど、この人が…!」

 苗木の言ったとおり、その死体の名は松田夜助。希望ヶ峰学園第77期生にして『超高校級の神経学者』の二つ名を持つ若き脳科学の権威であった。…そして、今の苗木達には知る由もないが、このコロシアイ学園生活において重大な関わりを持つ人物でもあるのだ。

 

「…っていうか、なんでジェノサイダーがこの人を知ってんのさ?お前こういうことに興味ないだろ?」

「まーそうなんだけどねー、前にいっぺんあった時にビビッ!…と来ちゃってさぁ。アタシのぶっ殺リストに入ってたんだけど…殺す前に死んでんじゃあマジ興ざめだわ…」

「お前は本当に…ハァ。……江ノ島さん、ホントに大丈夫?顔色悪いけど…」

「…大丈、夫。ホントに…大丈夫…だから」

「そう…?…けれど、これでまた振り出しか…ここに在ったのがあの死体じゃあないのだとしたら、やっぱりあれは戦刃むくろの…」

「…いーや、そーでもないかもよ。まーくん」

「え?」

「これな~んだ?」

 ジェノサイダーが死体袋の傍から拾い上げたそれは、どうみても女性ものにしか見えないウサギのヘアピンであった。

 

「これ…!」

「どーみてもまっつんが付けるものには見えねーよねー!つーことはさ…」

「そうか…!ここに在った死体はこれだけじゃあない、『もう一人』いたんだ!そしてその死体こそが、このヘアピンの持ち主…つまりあの植物庭園にあった死体!」

「ま、そーいうことなんじゃあない?無理して押しこみゃもう一人ぐらい入れそーだしさ。…で、もーノルマ達成したよね?んじゃバッハハーイ!」

「あ、どこ行く!?」

「決まってんじゃーん!ダーリンのとこ行くんだよぉ~ッ!『ダーリンセンサー』起動ゥ!…クンカクンカ、あっちだ!ギャハハハハハ~!」

 ヒントを見つけて役目は終わりとばかりにジェノサイダーは風の様に去っていった。いささか心配げに見送っていた苗木ではあったが、しばらくして遠くから聞こえてきたくしゃみにホッと胸を撫でおろす。

 

「はあ、まったく鋭いと思ったらこれなんだから…」

 そうぼやきながら、苗木は未だに黙り込む江ノ島に目を向ける。

 

「………」

「…江ノ島さん」

「…へ?…あ、ああ!な、なーに苗木?さっきから大丈夫だって言って…」

「…もう演技しなくてもいいんだよ?」

「ッ!?」

「もう気づいてるんだ。それが本当の江ノ島さんじゃあないってことに…」

「……やっぱり、分かっちゃったのか」

「そりゃあね…。改めて…初めまして、『本当の』江ノ島さん」

「…『本当の』か…。今の私も、『本当の』じゃあないんだけどね…」

「ん?何か言った?」

「べ、別に!何でも…」

 それまでと異なるどこか無機質的な話し方になった江ノ島は、やがて再びシェルターの松田夜助の遺体に目を落とし再び口を紡ぐ。

 

「…知ってるの?松田夜助さんの事…」

「うん…。これは、私の『罪』の象徴…。私は、忘れてはいけないの…、彼が居たことを…彼が『あの子』を愛したことを…」

「罪…?それに、あの子って…」

「今は言えない…。最後の学級裁判、そこで全部を明らかにする。だから…もう少しだけ、私に時間を頂戴…。あの子と、向き合うための覚悟を決める時間を…」

 松田夜助を見つめながらそう言う江ノ島の表情は、これまでにないほどに緊張しているものであった。そんな江ノ島を、優しく包み込むように苗木は声をかける。

 

「…分かったよ、江ノ島さん。ゆっくり考えて、自分が納得する結論を出してくれ。けれど、忘れないでほしい。君は一人じゃあない。何のことかは分からないけど、君が一人で何かの罪を背負おうとしているのなら、僕は迷わず君の隣で一緒にそれを背負う。皆も、君が一人で苦しんでいるのを見捨てたりなんかしない。だから…一緒に頑張ろう。君の『覚悟』に応える為にも…!」

「…うん」

 少しばかり明るくなった声でそう返答する江ノ島に、苗木は歩み寄り、その手を優しく握る。

 

「…!苗木君…?」

「今の僕には大したことをしてあげることは出来ない。けれど、せめて君が一人じゃあないことを…今君の傍にいる僕の事を、憶えていてほしい。…一緒に闘おう。そして、皆でここから…」

 

 

 

 

 

 そこまで言った所で、江ノ島が急に顔を寄せ、苗木の唇を強引に奪う。

 

「…んッ!?」

「ん…」

 やや稚拙ながらも、朝日奈の縋るようなものとはまた違う口づけはやや短く2,3秒にて終わりを告げる。

 

「……え、と…?」

「…大丈夫。私はいつでも、貴方の事を想っているから…。これがその証…」

「あ…、そう……ありがとう…」

「ん…」

 互いに顔を紅潮させながら、二人は背を向けあう。

 

「じゃあ…僕、もう行くね」

「うん、いってらっしゃい…」

 松田夜助の遺体を元に戻し、苗木はそれだけ言ってその場を去る。それ以上の言葉はもはや必要なかった。江ノ島が心から苗木を想っているように、苗木もまた、彼女の事を本当の意味で信頼しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、元に戻った腐川はというと、生物室の傍の角でふらふらと歩く苗木をこそこそと見送っていた。

 

「ううう…アイツになってまた戻ったと思ったら、なによなによ…あいつら私が見ていないのをいいことに、…い、イチャイチャしてんじゃあないわよッ…!し、しかもキスまでしちゃって…。白夜様に相手にされない私へのあてつけだわ…!あ、アイツらここから出たらこのことネタに死ぬまでからかってやるわ…!うふふ………アレ?なにコレ?………え?…な、なんなのよぉこの写真ッ!?こ、こんなのって…ていうか、この金髪誰よぉッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…またやってしまった。どうして僕はこうハッキリ決めれないんだ…」

 苗木が次にやって来たのは寄宿舎である。と言っても、目的は個室ではなくその上にある場所であったが。

 

「彼女たちを待たせる訳にもいかないし…どう返答したものか。…それにしても、なんだろう、物凄く喉が渇くような……おや?」

 階段へと向かおうとした苗木であったが、途中で寄宿舎の部屋の一つが開いているのが目につき足を止める。

 

「確かあの部屋って…一体誰が?」

 その部屋の主に心当たりのある苗木は方向を変えてそこへ向かい、部屋の中を覗きこむ。中には、部屋の中央で立ち尽くす一人の人物がいた。

 

「………」

 呆けるように部屋を見渡す彼女に、苗木は優しく声をかける。

 

「…舞園さん?」

「…ッ!…あ、苗木君!」

 声をかけられた人物、舞園さやかは怪訝な表情で振り返り…その声の主を確認してパッと顔を表情を輝かせる。

 

「どうしたの?ここって…僕の部屋だよね?」

「…ちょっと、考えてたんです。思えば、私がこの部屋で馬鹿をやったことがこのコロシアイ学園生活の本当の始まりになったんだな…って」

 そう自嘲気味に呟きながら舞園は改めて部屋を見渡す。この部屋にはもうあの事件の面影は残ってはいない。だが、舞園の眼には未だにあの事件の時の部屋の状況が鮮明に焼き付いていた。

 

「本当に…馬鹿ですよね、私。外に出たところで元通りの日常に戻れる保証なんてどこにも無いっていうのに…一人でパニックになって、桑田君を殺そうとして、あまつさえ苗木君にその罪を被せようとして…結局自分が殺されそうになってるんじゃあ、世話無いですよね…」

「…舞園さん、僕は…」

「君がそう決めてやったことなら、僕はそれを否定しない…そう言いたいんでしょう?」

「ッ!?え…、なんで…!?」

「『スティッキー・フィンガーズ』さんが言ってました。苗木君なら、きっとそう言うだろうって…」

『な?言ったとおりだったろ?』

「フフッ…。はい、そうですね」

「…訳が分からないよ、全く…」

 和気あいあいとした雰囲気の二人にへなへなと笑いながら苗木はため息をつく。

 

「ところで…苗木君はなんでここに?」

「あ、いや…ここの二階がやっと解放されたでしょ?今まで手つかずだったから最後にそこを当たってみようと思ってね」

「…そういえば初日からずっと閉まってましたね。皆はあそこになにがあるのか知らないんですか…」

「え…?その口ぶりだと、舞園さんはもう見たの?」

「ええ。侵入するだけなら『スティッキー・フィンガーズ』にはお手の物ですから。あそこには……いえ、口で説明するより、実際見た方が早いですね」

『ああ…推理の苦手なサヤカやこの学園について何も知らない俺が説明するよりも、お前自身の眼で見て確かめた方がよく分かるだろう』

「そ、そう…?」

 そう言う舞園の表情は、何かしらの確信はあるもののどこか腑に落ちない、そんな複雑な表情であった。

 

「じゃあ、僕行ってくるよ」

「はい……あ!苗木君、ちょっといいですか?」

「え?」

 部屋を辞そうとした苗木を舞園が呼び止める。

 

「どうしたの?」

「えっとですね…」

 怪訝そうに振り返った苗木に、舞園はややしゅんとしたような様子で問う。

 

「…さっきも言いましたけど、私は苗木君に…ううん、皆に取り返しのつかないような迷惑をかけてしまいました。きっとこれからどれだけ経ってもそれを償いきれることはないと思っています。けど…、それでも、私に償いの機会を与えてくれるのなら…私に皆と一緒に闘う資格をくれるのなら、もう一度、苗木君の助手になっても…いいですか?」

 上目づかいで涙ぐみながらそう問いかける舞園。その姿は彼女のファンが…いや、例えファンでなくとも一度目にしてしまえば大抵の男は骨抜きにされること間違いなしなのだが、…恐ろしいのは彼女、これを『素』でやっているということである。『超高校級のアイドル』の異名は伊達ではない。

 

(…案外サヤカの方が俺たちの稼業に向いていたりするのかもしれんな。その気がなくともこれほどのハニトラまがいのことができるのだから恐ろしい…)

 

「………」

 そしてそんな彼女に答えを求められた、大抵『以外』の部類に入る男の苗木はしばし彼女の瞳を見つめながら黙り込み、やがて口を開く。

 

「…今更何を言っているんだい?」

「へ?」

 予想外の返答にポカンとする舞園に、苗木は優しく微笑む。

 

「僕は舞園さんを助手から解雇した憶えなんてないよ。君は今でも、僕にとって大切な、頼れる助手さんだよ」

「ッ!…苗木君ッ!!」

 弾けるような笑顔を見せる舞園にゆっくりと歩み寄り、苗木はその絹糸のような手を優しく握って語りかける。

 

「君はもう、恐怖で怯えているだけの人間ではなくなった。僕には分かる、君の心の中にハッキリとある、決して揺るがない強い意志を…」

 苗木の眼にはしっかりと見えていた。先ほどの舞園の潤んだ瞳の奥底に確かに燃えている、どす黒くも淀みのない『漆黒の意志』が。

 

「…正直言って、僕は君にそんな決意を持ってほしくは無かった。そんなものが必要ない状況こそが理想だったのだから。けれど、今僕たちは君の力を、君の意志を必要としている。…僕には君が必要だ。だから、また一緒に頑張ろう。共にこの学園の闇を打ち払い、『希望』の光を絶やさず前に進むんだッ!」

「…はいッ!私、頑張ります!」

 笑顔でそう返す舞園に苗木は満足そうに頷く。…と、そこで舞園が急に顔を赤らめ俯く。

 

「?どしたの?」

「えっとですね…それで、またなんですけど…一つお願いをしてもいいですか?」

「お願い…?いいけど…」

「…私、受け取って欲しいものがあるんです」

「受け取る…?僕が?何?」

 そこで舞園はしばし溜め、やがて顔を上げより一層顔を紅潮させて言う。

 

「…私です!」

「…は?」

「私の全部、受け取ってくださいッ!」

 

 

 

 

 そこまで言って、舞園が抱き着きながら苗木に接吻する。

 

「んごッ!?」

「ん…」

 流石にキスは初めてだったのか、唇同士をくっつけるだけの拙いものだったが、それでも一生懸命なそのキスはやや長く10秒ほどかけて終わりを告げる。

 

「……ハァ…ハァ…」

「……」

 荒い息で苗木を見つめる舞園と、本日…というか憶えている限り人生で三度目の同世代の女の子とのキスに放心寸前の苗木。

 

「……ま、舞園さ…」

「…今のは、私なりの前払いです」

「ま、前払い…?」

「はい。…今はキスだけ。ここを出たら…私の全てを、貴方に捧げます。『超高校級のアイドル』の正真正銘のファーストキスです!安くは無いと思いますよ?」

「…期待に応えられるよう、努力します…いや、ホント…」

「よろしい!」

 妙に誇らしげに胸を張る舞園に圧倒されながら、苗木はそそくさとその場を去っていった。

 

 

 

 

 

…部屋を出て数秒後、舞園の悲鳴に近い叫びと共に自室から破壊音が何度も聞こえてきたが、特に危険な感じでもなく行くとまた面倒になるため放っておくことにした。

 

 

 

「あああああああああああああああああああッ!!!」

ドグシャッ!バキャッ!ボゴォォンッ!

「…ハァ…ハァ…ハァ…!」

『…これがかの『壁ドン』という奴か。案外スカッとするもんだな。で、いい加減落ち着いたか?サヤカ?』

「…は、はい…。ああ…また衝動的にやってしまいました…」

『俺がどうこう言うのもなんだが、ちょいと急ぎすぎなんじゃあないか?アイツは多少駄弁っていても逃げはしないと思うぞ?』

「それはそうなんですけど……変な虫が付かないとも限らないじゃあないですか」

『まさか、アイツに限って……無いとも言えんな。苗木は女に甘いうえに若干流されやすいからな…』

「そうですよね…。…なんだか不安になってきました、ちょっとついていきます!」

『やれやれ…、そんなマンガみたいな展開が早々あるとは思えないんだがな…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 寄宿舎内を歩く苗木はずっと押し黙っていた。無論先ほどの事も含めた女性陣からの告白のこともあったが、直接的な原因はそれでは無かった。

(なんだ…さっきから、喉が…いや、体そのものが渇くような……まさか…!だとしたら、これ以上誰かと会う訳には…確か、保健室に『アレ』があったな。まずはあそこに…)

「…あら、奇遇ね」

「ッ!霧切…さん」

 自分と顔を合わせた瞬間露骨に顔色を悪くする苗木に、霧切はムッと眉を顰める。

 

「…何?私じゃ不満だったかしら?」

「い、いや…そんなことは…」

 どこか距離を置こうとしている苗木の様子に、霧切は不機嫌そうな表情で睨み…やがてある仮説に至る。

 

 

 

「…苗木君。あなた…また吸血衝動が来ているんじゃあないかしら?」

「ッ!?」

 ハッとした表情を浮かべる苗木に、霧切は自分の推理が当たっていたことを確信したが、同時に当たっていてほしくなかったという気持ちもあった為あまり気が良くはならなかった。

 

「…参ったな、そんなことまで分かっちゃうんだ。流石探偵だね…」

「茶化さないで。…いつからなの?」

「…ついさっきからかな、抑えられなくなってきたのは…。どうやら腹を満たすだけでごまかすのには限界があったみたい。…けど、心配しなくてもいいよ。保健室の輸血パックを飲めば、少しは落ち着くだろうからさ…」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふらふらとした足取りで、どうにか保健室までやって来た苗木と霧切。が…

 

ガチャ

「…ッ!?え…?」

「…無くなってるわね、1パック残らず…」

 備え付けの冷蔵庫を開けてみれば、肝心の血液パックがひとつ残らず無くなっており、一枚のメモだけが残されていた。

 

「なんだよこれ…『厨二病患者が吸血鬼気取りで飲んだらお腹壊すので全部捨てときます♡』…モノクマァァァァッ!!」

「やられたわね…。けれど、何故黒幕は苗木君が吸血鬼化していることを知っていたのかしら?」

「…そこまでは分からないよ。けれど…どうしよう、このままじゃあいずれ抑えきれなくなる…。こうなったら…」

 そろそろ衝動が抑えきれなくなってきた苗木はまた一時凌ぎの為に自らの腕に指先を突き立てようとし…霧切にその腕を掴まれる。

 

「霧切さん…?」

「待って…。そんなことをしても、またすぐに抑えが利かなくなるだけよ。結局あなたの血を吸い直しているだけなのだから、さっきのように効果があるとは思えないわ…」

「…じゃあ、一体どうすれば…」

 弱気越しになる苗木に、霧切は一つ息を吐くと自らのシャツをはだけさせ、首筋を晒す。

 

「!?ちょ、霧切さん何を…」

「勘違いしないで。…私の血を、吸っていいわよ」

「…え?」

「もともとあなたがそうなったのは私の責任。だったら私には、あなたのその吸血衝動に対して責任を取る義務があるわ。だから、私の血を吸って我慢して。…けれど、吸い過ぎないでね。流石に致死量まで吸われると私も困るから…」

「だ、駄目だそんなこと!」

「…お願い。これが、私なりのあなたに対するケジメなの。私の、探偵としてのプライドを傷つけさせないで…」

「…本当に、いいの?」

「…早くして。私もあまり待たされると怖くなるから…」

「……分かった」

 

 苗木は霧切に歩み寄り、そっと優しくその体を抱き寄せると…首筋に、吸血鬼化して伸びた牙を突き立てる。

 

「んッ…!」

「…ジュル…ジュル…」

 本来、石仮面をルーツに持つ吸血鬼は指先から血を吸うことが多いが、霧切の体にあまり負担を掛けたくない苗木はあえて牙からの吸血を選んだ。牙から伝わってくる霧切の温かい血液の奔流に、自分の吸血衝動が収まっていくのを実感し、苗木は耐えるような表情の霧切に感謝の念を送る。

 

「……ふぅ。ありがとう霧切さん、だいぶ楽になったよ…霧切さん?」

「………」

 ある程度楽になったところで、苗木は霧切の首筋から牙を抜き、アフターケアとして『ゴールド・E』で傷口を塞いで向き直る。…しかし、霧切の様子が少しおかしい。最初は血を吸い過ぎたかと思ったが、どうもそうでもなさそうである。

 

「あの…霧切さん、大丈夫?なんだか顔が赤いけど…」

「…ハッ…!ハァ…!」

 霧切は顔を伏せたまま棒立ちになっていた。その頬はいつもと比べて明らかに紅潮しており、伏せられた目はどこかとろんとしたものになっていた。また、時折身じろぎしたり口元からもいつもより荒い呼吸…というか吐息が漏れており、どこか妖艶な雰囲気が感じられた。

 

「…ごめんなさい。ちょっと少し火照っちゃったみたい…」

「…え?火照ったって、どういう…」

「…苗木君は西洋文学はあまり読まないみたいね。…前に何かの作品で読んだんだけど…吸血鬼は眼だけで女性を誘惑して、血を吸われるときには快感すら感じるらしいわよ…。どうやら、苗木君にもその素養があったみたいね…」

「ええ!?ちょ、そんな…だ、大丈夫なの?霧切さん!?」

「…そうね。少し大丈夫じゃないみたい…だから…」

 霧切は顔を上げ、潤んだ瞳で苗木を見据え

 

「…苗木君も、責任、とってくれる?」

「…へ?」

 

 

 

 

 苗木の顔を掴んで引き寄せ、口づけをする。…しかし、今回はそこでは終わらない。

 

「…んごッ!?…ひ、ひりひりしゃ…」

「…クチュ…んッ…!」

 霧切は口づけをすると同時に舌で苗木の口内をこじ開け、苗木の舌と自分の舌を絡ませ合う。いわゆる、『ディープキス』という奴である。

 

クチュ…ジュル…

「…!…!」

 舌と舌とが絡みあう、淫靡な音を立てながら霧切は苗木を蹂躙する。当の苗木は人生で初めてであろうことに頭が真っ白になりながらも、体は不思議と本人の意志とは関係なく霧切に合わせて本能的に舌を絡ませる。

 

「………フゥ」

「……」

 たっぷり30秒、濃厚なキスを交わした後、唇から唾液の糸を伸ばしながら霧切は名残惜しそうに離れる。そして、ポカンとしたままの苗木が彼女に対して何か言おうとした時、

 

 

 

 

 

「…何やってんですか…?」

 地獄の底から響くようなドスの利いたソプラノボイスが、保健室の入り口より響く。

 

「…!?」

「舞園さn…!?」

 声の主の名を呼ぼうとして、苗木はそこで停止する。保健室の入り口で仁王立ちしてこちらを睨む舞園は、しなやかな黒髪をゆらゆらと揺らめかせ、肩を怒らせ、その背後には己がスタンドのどこか焦った様子の『スティッキー・フィンガーズ』ともう一体、今の彼女と同じような表情の能面の幻影を引き連れていた。

 

『お、落ち着けサヤカ!まだ慌てるような展開じゃあ…』

「黙ってて下さい。…私もね、分かってはいるんですよ。霧切さんも…いや、江ノ島さんも、朝日奈さんも、苗木君のことが好きだってことは。…それに、私も抜け駆けしちゃいましたし、ちょっとキスするぐらいなら目を瞑ろうと思っていましたよ。けれど…」

 そこまで言って、舞園は一旦言葉を区切り…次の瞬間背後の幻影が能面から般若に変わると同時に彼女は爆発した。

 

「…そこまでしていいだなんて、言ってないんですよぉぉーッッ!!!」

 怒り狂って霧切に襲い掛かる舞園を、咄嗟に前から苗木が、後ろから『スティッキー・フィンガーズ』が羽交い絞めして抑え込む。

 

「ちょ、落ち着いて舞園さん!ていうか、言っていることが支離滅裂だよ!?」

「離してください苗木君!そいつ、殺せないッ!」

「殺しちゃ駄目だから!これ以上ややこしくしたら駄目だから!」

『そうだサヤカ!やるんなら正々堂々己の魅力で奪い取ってこそだろう!こんな手段は間違ってる!』

「あんたも少しズレてるよ『S・フィンガーズ』!」

「黙らっしゃい!苗木君に、苗木君に…あ、あんな破廉恥な…大人のキッスだなんて…わ、私だって我慢してたのに、そんなの…許せるわけがッ…」

「…苗木君」

 とそこで、今まで事態を静観していた霧切が口を開き…彼女が初めて見せる、どこか小悪魔めいた笑みでこう言い放つ。

 

「…ご馳走様♡」

「~■■■■■■■■■■ッッ!!!!!!」

「そりゃないよ霧切さーんッ!!?」

『あ、アバッキオォー!な、なんとかしてくれーッ!』

『…悪い、いくらアンタの頼みでも、こればっかりはどうにもならねえ。堪えてくれ』

「チックショォーッ!!」

 火に油どころか業火にニトログリセリンをブチ込むかのごとき言動に、もはや怒りが有頂天を突破し、どこぞの狂戦士が発するような声を上げて暴れる舞園を抑えながら、苗木は己の優柔不断さを今日一番に後悔するのであった。

 




松田君がどうしてあそこにいたのかということは、番外編のZERO編に入ってから明らかになります。…そろそろ番外編も続き書かなきゃなあ…

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