ダンガンロンパ~黄金の言霊~   作:マイン

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今回、ちょっと賛否分かれるかもしれない展開をやってます
これはプロットの時点で考えてたことなのでどうにも変え難かったので押し通すことにしました。ご了承ください


死の淵で得たもの

 学園のトラッシュルームの地下、ゴミ捨て場。これまで学園で消費された消耗品や食品の残飯、果ては粗大ごみやロケットの残骸のようなものまでが打ち棄てられたそこに、苗木の姿があった。

 

チューチュー

「………」

 仰向けに倒れ伏す苗木の傍で健気に鳴くかつて爆弾であったネズミの泣き声にも、苗木は一切の反応を示さない。いや、できないという方が正しいであろう。もはや苗木には、指一本を動かす余力すらも残っていなかったのだから。

 

(…もう痛みも感じない。傷口から血も殆ど出てこない、もう出涸らしってとこかな…。ハハ…流石にここまで、かな…)

 己の見た最後の光景、舞園によってディアボロから逃れたはいいものの、落ちた先のゴミ捨て場にあったベッドによって即死は免れたがもう苗木にスタンドを使うだけの力は残ってはいなかった。

 

『……』(ピシ…ピシ…)

(…『ゴールド・E』が崩れてきている。どうやら今回ばかりはどうにもならないみたいだ…)

 己の傍で崩れゆく『ゴールド・E』を脇目に、苗木は上にいる皆の事を考える。

 

(葉隠君…手のひら返してなきゃいいけど。腐川さん…十神君だけは守ってくれるかな。十神君…後の事は頼んだよ。朝日奈さん…泣かせ、ちゃったな。大神さんに謝らないと…。江ノ島さん…結局、聞きそびれちゃったな、彼女の本当の『名前』…。舞園さん…生きててくれて良かった、本当に…。霧切さん…最後に、怒らせちゃったな。もう、謝れないな…)

 そして苗木は全身にまとわりつく死の虚脱感を感じながら

 

(…父さん、母さん、こまる…。皆、ご…めん…)

 ゆっくりと、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全く反省せん奴だ。意地を貫く余りまた死にかけるとはな…」

 意識を閉ざした苗木を待っていたのは、またあの金髪の男であった。

 

「…放っておいてくれ。僕の生きる道だ。アンタにどうこう指図される謂れは無い」

「フン、貴様といいジョースター家の連中は相変わらず負けず嫌いなことだな」

「…そのジョースターってのはなんだ?僕は苗木誠だ、ジョースター家なんかとは関わりはないぞ」

「クックック、何も思い出していない分際でよくもそんな口を利けたものだものだ。…だが、いい加減貴様にも分かっただろう。もうそんな意地を張ってどうにかなることではないということがな」

「……」

「奴等のスタンドは確かに強力だ。この俺ですら及ばないほどかもしれん。だが…貴様には、奴等の予想を超える力がある筈だ。それを持てば、あの程度の連中を倒すことぐらい訳もないだろう」

「……」

「だが、残念なことに貴様は今から死に逝こうとしている。どれほど強大な力を秘めていようと、発揮できぬまま死んでしまってはどうしようもあるまい。…だがな、もしこの現状を打破できる可能性があるとしたら…どうする?」

「…どうすればいい?」

 苗木のそんな返事に満足したかのように、金髪の男はついにその顔を見せる。

 透き通るような白い肌を持ちながらも、口角を釣り上げて笑うその顔は整っていながらもそこに渦巻く邪悪さを隠し切れておらず、眼前の苗木を試すかの如き眼で見つめていた。

 

「知れたことだ。以前にも言っただろう、生きることは、恐怖を克服することだと。ならば、何者をも恐れぬ力を手に入れればよい。…苗木誠よ、生きたければ、奴らを倒したくば、この俺の…DIOの血を受け入れろ。その時貴様はこの世界の全てを凌駕する力を手に入れることができる。その心の奥底に渦巻く『漆黒の意志』に従って、この世界の全てを支配できるのだッ!」

「血…?なんのことだ?」

「…説明の必要はない。どうせ受け入れればすぐ理解できることだ。…苗木誠よ、貴様の才能は『超高校級の幸運』であったな。…では聞くが、貴様にとっての『幸運』とはなんだ?」

 いきなりの質問に面食らうが、苗木はしばし考えた後答える。

「…僕は、『幸運』とは自分が信じた道を進む上での副産物だと思っている。自分がこう在りたい、こう生きたいという信念の基に行動して、その途上でついてくるモノこそが『幸運』なんだ。だから、僕はこう思う。『幸運』と思える道こそが、自分の進むべき道なのだ。とね…」

「成程…。確かにそうだな。だからこそ貴様は今、この地上で最強の存在となれる『幸運』を目の前にしている。…憎くはないか?自分をこんな目に遭わせた奴等が…、欲しくはないか?圧倒的な力が、何者をも統べる権力が、自分にすべてを捧げる女が。…貴様はこの俺にすべてを委ねればいい。そうすれば貴様はその全てを手に入れることができるのだ」

「……」

 どこまでも甘美で、それでいてこちらの心をつかんで離さないその男、DIOの言葉が苗木を導こうと這い寄ってくる。

 

 

「さあ、言うのだ苗木誠。欲しい、と…」

「……」

 そんな言葉に対し苗木は

 

 

 

 

「…いらない」

 単調に、ただそう返答した。

 

「…何?」

「あの男に、ディアボロに負けたのは僕が先走ったからだ。確かにムカつくけど、それで奴を憎むのは筋違いだ。権力なんか無くったって人は生きていける。好きな女性の心ぐらい、自分の力で惹き寄せて見せる。…そういう訳で、アンタの思う通りになりはしない」

「…つまらんな、実に…」

「…だけど、力は、いる」

 つまらない、と言いかけたところでDIOは苗木をちらりと見返す。

 

「…ほう?」

「今の僕には、力が必要だ。どの道、あの男を倒さなくては先に進むことは出来ない。ならばお前の言う、僕に秘められた力とやらを手に入れなけらばならない。その為には、まず生き延びることが最優先だ」

「ならば…」

「だが、アンタの言いなりになるのは癪に障る。だからアンタの言いなりになんかなりはしない」

 そう言って苗木はDIOに向き直り言い放つ。

 

「アンタの思い通りにはならない。だが、力は欲しい。だから…アンタの力を、僕に寄越せ!」

 DIOの発する威圧感に気圧されることなく、苗木はどこまでも強気にそう言った。そんな苗木に、DIOはしばらく驚いたような顔をし、

 

「…くっくっく、ハーッハッハッ!!」

 やがて愉快そうに大笑いをし始めた。

 

「代償も払わず、恩も感じず、ただ力のみを求めるか!なんたる不遜!なんたる傲慢!貴様、そんな言い分が通るとでも思っているのか!?」

 駄々をこねる子供を貶す様にそういうDIOに対し、苗木は口元に笑みを浮かべてこう返す。

 

「まあ普通は無理だろうね。けど…アンタはその普通とは違う、そうじゃないか?」

「…!」

 その笑みから何かを感じたのか、DIOは急に真顔になって苗木をしばし見つめた後、今度は感心するような笑みを浮かべる。

 

「…成程、やはり貴様は面白い。気に入ったぞ…貴様のその無茶な言い分、聞き入れてやろうではないか…!」

 その言葉と共に、DIOの手刀が苗木の胸に突き刺さった。

 

「ッ!あああああああああッ!!?」

「この俺の力!悪に堕ちることでしか支配できなかったこの力、何も失おうとしない貴様風情が、どこまで使いこなせるか、地獄の底で見物していてやるぞッ!!」

 手刀から流れ込んでくる凄まじい力の奔流を感じながら、苗木の意識は徐々に遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

「どこまでも強く在れッ!我が『息子』よッ!!!」

 そんな言葉を最後に聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これで良かったのだな?ジョナサン…」

「ああ、これでいい。もう僕たちの時代は終わった…。これ以上彼らの道に干渉する必要はない。後は彼らの仕事だからね」

「…不安ではないのか?アイツはこの俺を受け入れたのだぞ。あの力に支配されるとは思わんのか?」

「…大丈夫さ。彼は、君の息子なのだから」

「…フン、変わらんな。ジョナサン…」

「そういう君は変わったよ。ディオ」

「…そうだな、俺は変わった。あの女、『苗木夕子』を抱いた時から俺には予感があった。あの女から、この俺に近いようで、遠い存在が生まれてくる。そしてそいつは、いずれこの俺すらも凌駕する存在となるだろうとな。…余りにも馬鹿げた予感だったが故にエンヤ婆やプッチの奴にも話さなかったが、今思えば正解だったのかもしれんな」

「……」

「空条承太郎が…貴様の子孫共がやって来ると知った時、俺は心のどこかで敗北する未来を予期していたのかもしれん。貴様という前例があったからな…。だからこそ、俺はアイツになにかを遺そうとした。全くこのDIOともあろうものが一丁前に父親を気取ろうとしたのだ。あんな最悪の反面教師を持ったにも関わらずだ。…笑うがいい、ジョナサン」

「…笑わないさ。僕は嬉しいんだ、ディオ。君がようやく、人の心を取り戻してくれたのだから…!」

「…フン」

「…さて、もう行こうかディオ。スピードワゴンやエリナ達が待ってる…」

「フン、…精々殴られにでも行ってやるとするか。…行くぞ、JoJo」

「ああ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…う…あ…?」

 掠れそうな声を上げて苗木は眼を覚ました。視界に入ってくるのは、相も変わらずのごみ溜めであり、自分の怪我も治ってはいなかったが、何故か先ほどよりも気力が戻っていた。

 

(…夢を、見ていた。とても不思議で…少し苛ついて…でも、どこか懐かしい夢だった…。…けれど、今はそんな感慨に耽っている場合じゃない…!)

 震える腕に力を込め、苗木はまず近場にあったペットボトルを拾い上げる。

 

「『ゴールド・E』…!」

 残る力を振り絞り、ペットボトルに生命を与えて右腕に変えて傷口に押し当てる。

 

「ぐっ…!」

 くっつく際の痛みで失神しそうになるのを堪えて右腕を再生すると、今度は着ていたパーカーを最後の力を振り絞って脱ぐ。

 そして脱いだパーカーを丸めて上にあげ、そのまま胸の傷口に押し当て叫ぶ。

 

「…ああああああああああッ!『ゴールド・エクスペリエンス』だぁッ!!!」

 傷口を布地が擦る痛みと、生命エネルギーを与えられたパーカーが苗木の肉体に還元していく痛みを必死でこらえ、やがて完全に傷口が塞がったのを確認して…苗木は再び、意識を投げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドスーンッ!

 次に苗木が目を覚ましたのは、そんな音によるものであった。

 

(…ん?)

 突然の異音に苗木はゆっくりと瞼を開き音の方向を確認する。そこには、上から落ちてきたのだろう新しいごみ袋が粉塵を巻き上げていた。

 

(…粗大ごみ?)

 そんなことを考えていると、いきなりそのゴミ袋が蠢き、袋から蹴破るようにして見覚えのある脚が生えてきた。

 

(…ッ!き、霧切さん…!?)

 未だ声の出ないながらも驚きを隠せない苗木の前で、袋から出てきた人物…霧切は焦った表情で辺りを見渡し、やがて倒れている苗木を見つけるとその顔に悲壮感を滲ませ駆け寄ってきた。

 

「…ッ!!苗木君ッ!しっかりして、お願い、死なないでッ!」

「……あ…」

 涙ながらに自分に縋りつく霧切を安心させようと、苗木はカラカラの喉に力を籠めてなんとか声を発する。

 

「…きり…ぎり、さん。大丈夫…まだ、生きてるから…」

「…ッ!苗木君ッ…!」

 感極まって思わず自分を抱きしめる霧切に、苗木は彼女の意外な部分を感じながら優しく抱きしめ返す。

 

「…ごめんね、霧切さんにも、皆にも心配させて…本当にゴメン」

「…苗木君、怪我はどうしたの?もう動いて平気なの?」

「え?…あ、ああ。怪我はさっき治したから大丈夫。体の方も不思議と思ったよりは動けるからなんとか…」

「…そう」

 と、そこで霧切は力を緩めて苗木に向き直る。

 

「…なら、歯を食いしばって頂戴」

「へ?」

 その時、苗木が見た霧切の表情は

 

「…言ったでしょ?絶対に許さないって…!『ムーディ・ブルース』ッ!」

『…応ッ!』

 マジ切れ一歩寸前、そして今、それがブチ切れに変わった。

 

「え!?ちょ、まっ…」

「『馬鹿野郎ーッ!!』」

バキィッ!!

「ふげぇッ!!?」

 『ムーディ・ブルース』と霧切、二人同時に殴られた苗木は吹っ飛んで近くのごみ山に叩きこまれた。

 

(な、なんだこのパワーはッ…?あの時よりもパワーが増している!?霧切さんの感情が昂っているせいか?…っていうかなんでこんなに怒ってるの!?)

 いきなり殴られたことや『ムーディ・ブルース』の予想以上のパワーに驚いていると、向こうから俯いたままの霧切がゆっくりと近づいてくる。

 

(ま、まだ来るッ…!?)

 表情が見えない霧切に若干の恐怖を感じる苗木。霧切はそんな苗木に歩み寄り、その前で膝をつくと…

 

…もう一度、力一杯抱きしめた。

 

「…ふぇ?」

「馬鹿ッ…!どうしてあなたは、そうやっていつも一人で何とかしようとするの…!?一人で黒幕を倒そうだなんて…自殺行為じゃないの!」

「ええと…、それは、その…。アイツとは、なんだか奇妙な因縁を感じたから、だから、皆を巻き込むわけにはいかなくて…」

「もう巻き込まれてるわよッ!この学園に閉じ込められた時点で、私たちは運命共同体なのよ!だったらもっと、私たちを頼ってよ…!」

「…霧切さんにそんな説教をされるとは思わなかったな。…悪かったよ、ゴメン」

「…いいえ、絶対に許さないわ。だから…もう無茶しないで」

「それは…約束できない。多分また同じような事が有ったら、きっとまた無茶すると思う」

「あなた…!」

「だから、さ。…その時は、霧切さんの、皆の力を貸してほしい。皆が力を合わせれば、どんな『絶望』も打ち破れる。今回は僕一人だったから無理だったけど、皆がいれば次はきっとうまくいく。だから…心配しないで」

「…もし次に黙って置いて行ったりしたら、蹴りじゃ済まさないわよ…!」

「アハハ…、それは勘弁」

『…やれやれ、しっかりした本体だこと。俺が言いたいこと全部言っちまいやがって』

 終始霧切の尻に敷かれっぱなしではあったが、どうにかこうにか霧切を納得させ話を終える。

 

「…そうだ!霧切さん、皆は無事なの!?それにあの時僕を助けてくれたのって…舞園さん、だよね?」

「ええ、彼女本人よ。事情については後で話すけど…彼女が言うには、貴方のおかげで助かったそうよ」

「僕の…?もしかして、あの時舞園さんに送った生命エネルギーが…?」

「…どうやら心当たりがあるみたいね。彼女、私たちの知らない所で頑張ってたみたいだから、会って安心させてあげなさい。それと、他の皆も無事よ。黒幕も流石にここまで来て無差別殺人をするつもりは無かったみたいね。…とりあえず、あなたも消耗しているでしょう?水と食料を持って来たから食べて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、その時霧切の頬から一筋の血が流れだす。

 

「!霧切さん血がッ…!?」

ドクンッ!

「え?…あら、本当…。さっき落ちた時に切ったのかしら……苗木君?」

 と、霧切の傷を指摘した苗木の様子が変容する。

 

 

 

 

ドクンッ…!ドクンッ…!

「…ハッ!?ガッ…!」

「…苗木君?どうしたの…」

 

 

 

 

 

 

 

「GAAAAAAAAAッ!!」

「ッ!?キャッ!」

 突如雄叫びを上げ、苗木は霧切をその場に押し倒した。

 

「WRYYYYYYYYYY…!」

「な、苗木君!?」

『おいテメエ!なにやってやがるッ!?』

 突然の事態に混乱する霧切を救うべく『ムーディ・ブルース』が自らの意志で苗木を引きはがそうとする。が…

 

ギリッ…ギリッ…!

「WRYYYYYッ!」

『な、なんだコイツ!?俺の力でも引き離せねえ!こいつの一体どこにこんなパワーが有るんだ!?一体こいつに何があったッ!?』

 スタンドの中では中の下程のパワーしかないと言っても、『ムーディ・ブルース』の力は並の人間を軽く凌駕する。そんな『ムーディ・ブルース』の抵抗など歯牙にもかけない様子で苗木はなおも霧切に迫る。

 

「HAAAAAAッ…!」

「…い、一体どうしたと言うの?今の彼はどう見ても正気を失っているッ…!けれど、性欲に任せて押し倒したという風でもない…。あなたは一体何を…ッ!?」

 その時、霧切は確かに見た。荒い息を繰り返す苗木の口元からちらっと見えた、二本の鋭い牙を。

 

「牙…!それに血を見た途端に豹変した様子…、人間を明らかに超えた怪力…!これは、まるで…」

 ふと目線を上げた先にあった苗木の瞳。普段はグレー色だった筈のそこに燦々と輝く『紅』の瞳が、幼少の頃かつて読んだお伽噺の中に出てきたある怪物と重なり合い、霧切にその名を口にさせる。

 

「…『吸血鬼』、ドラキュラ…!」

『何ィッ!?』

 思いがけないワードに思わず『ムーディ・ブルース』の力が緩んだ瞬間、苗木は双眼を見開き鋭利に尖った指先を霧切の首筋に向けて振り下ろした。

 

「WRYAAAAAAッ!!」

『しまった!キョーコッ!』

「…ッ!!」

 伝承とはいささか異なるものの、その行為が意味することを知ったうえで、霧切は迫りくるその脅威に対し、…静かに目をつむった。

 

(…これは、罰ね。そう、苗木君の言ったとおり、さっき私が言ったことは全部私にも当てはまること。それどころか、私は苗木君を利用して一早く真実を知ろうとしてしまった。だから…これは理不尽なことなんかじゃあない。今までの私の行動に対する罰。…だから苗木君、きっと無理だろうけど私になにがあっても、気に病まないで頂戴…)

 そんな霧切の独白など知ったことではないとばかりに、苗木の指先が霧切の首筋に突き立てられる…

 

 

 

 

 

「…?」

 しかし、何時まで経っても訪れない予想していた痛みに霧切が恐る恐る目を開くと

 

「…ガッ…!ギッ…!」

 自身に突き立てられるはずだった腕に自らのもう一方の指先を突き刺しそれを阻止する苗木の姿を目撃した。

 

「な、苗木君ッ!?」

「グ、ギ…AAAAAAAAAッ!!」

 雄叫びと共に、苗木は突き立てた自分の腕から霧切にする筈だった行為…吸血を始めた。自分の血液を自分で吸うという一種の自慰行為にも見える行動ではあったが、霧切には直感で理解できた。これは苗木が自分を守る為にほんのわずかに残った理性で起こした抵抗なのだということを。

 

「AAAA…あ、ああ…」

 やがて雄叫びがゆっくりと止み、腕から指先を引き抜くと共に苗木はそのまま倒れそうになり…霧切に覆いかぶさる直前に腕を張って踏みとどまる。

 

『お、おい…。苗木の奴、大丈夫なのか…?』

「苗木君…!大丈夫?しっかりして!」

「……あ、きりぎり…さん…。大丈夫…だった?」

 先ほどとは異なる『金色』の瞳で、何時ものように頼りなさげな笑みでそう聞き返す苗木に、霧切と『ムーディ・ブルース』は思わずため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んぐッ…、ごくッ…!ッぷはあっ!…生き返ったよ、イヤホント…」

「…落ち着いたみたいね」

「…うん。どうやらさっきのは空腹感から来る衝動的なものだったみたい。今はもう大丈夫だから、安心して」

 霧切から受け取った食料や水を貪り、苗木はようやく一息つく。

 

『…しかし、なんでまた吸血鬼なんてモンになっちまったんだ?お前、あのドラキュラ伯爵みたいに悪魔と契約でもしたのか?』

「いやそれは……どうかな?」

『…おい、なんだその生返事』

「…まあ、ブラムストーカーの話どおりなのかは置いておいて…とりあえず、まずは色々と説明させてもらうわ」

 

 

 

 霧切から上での出来事を聞いて、苗木は驚きと共に疑念を抱く。

 

「…舞園さんが助かった経緯はいいとして、その『スティッキー・フィンガーズ』ってスタンドはなんで僕の事を知ってたんだ?しかも、口ぶりからして僕の事を相当信用しているように聞こえる。…偶然にしては出来過ぎている」

「…そうね、いい加減話してもらおうかしら?『ムーディ・ブルース』…。貴方といい、『エアロスミス』といい『スティッキー・フィンガーズ』といい、何故皆苗木君の事を知っているの?そして何故そのことを頑ななまでに話そうとしないの?」

『……』

「…え?どういうこと?」

「一回目の学級裁判の後、『ムーディ・ブルース』の態度が気になって問い詰めてみたの。けれど、彼はそのことについて決して話そうとしない…。江ノ島さんの『エアロスミス』も同じだと言っていたわ。どういうつもりかは知らないけど…」

『…俺からは、言えねえ』

「…何故?」

『勘違いすんな。意地を張っている訳じゃあねーんだ。俺はお前らに、俺たちと苗木の関係を話すことができねえんだ。きっとエアロスミスやスティッキー・フィンガーズも同じだろーぜ』

「話せない?どうして…」

『理由は分からねえ。それが俺たちだけに課せられたルールだからとしか言えねえからな。…けれど、俺はこう思ってる。俺たちとお前の関係は、苗木、お前自身が思い出さなければならねえ。それがお前の選ぶべき選択なんじゃあねーか、ってな…』

「…僕の、選択…」

『…まあどの道こんなごみ溜めにいつまでも居たんじゃあロクな考えも思いつきやしねえ。さっさとここから出ちまおうぜ』

「…そうね、まずはここを出ましょう。…あそこの扉から出られそうね」

 霧切が指し示した先には、出入り口らしい扉が存在していた。二人はその扉に向かい、開けようとするが

 

ガチャガチャ…

「…あれ、鍵が…って当然か。どうする霧切さん?今の僕なら無理やりこじ開けられないこともないけど…」

「そんな野蛮なことをする必要はないわ」

「へ?」

 そういって霧切はポケットから見覚えのある鍵を取り出す。

 

「忘れたの?」

「あ、マスターキー…御見逸れしました」

「素直でよろしい」(ドヤァ…)

『…すっかりカカア天下だな』

 

 

 

 

 

 

 扉の先にあったのは天井が見えない縦穴の底で、その暗闇の先に続いている梯子が存在していた。苗木と霧切は他に選ぶ道もなかったので、目の前の梯子をただひたすらに上り続ける。(無論苗木が先になってだが)

 

「……」

「…大丈夫?霧切さん。流石に疲れたでしょ?」

「…大丈夫、まだ平気よ。…あなたこそ、疲れてないの?」

「あ、うん。僕は全然平気。…どうやらこの体、思ってたよりポテンシャル高いみたい」

「…でしょうね。私を強引に組み敷くほどでしょうからね…」

「…霧切さん、もしかして根に持ってる?」

「…別に。…やるならもう少しロマンチックにして欲しかったけれど…」

「ん?何か言った?」

「…なんでもない」

 黙って上っていると沈黙が痛いため、そんな会話をしながら梯子を上る。やがて開けた踊り場に出たので、二人はそこで一時休憩をすることにした。

 

「…ふう。流石にこれだけ長いと少し疲れるね」

「……」

「…霧切さん?」

「…苗木君、少し私の話を聞いてくれる?」

「え?…それは、もちろん良いけど…」

「…私ね、思い出してきたの。過去の記憶のことを…」

「!ホントに!?」

「私は、この学園でこう呼ばれていたわ。…『超高校級の探偵』とね」

「探偵…!道理で…。じゃあ、霧切さんはその才能を見込まれてスカウトを?」

「…いえ、違うわ。私は自ら売り込んだのよ。希望ヶ峰学園学園長…私の父にね」

「ッ!?学園長が…霧切さんのお父さん!?」

「ええ、だから分かるの。苗木君を狙ったあの男…ディアボロは学園長ではない。…私の父は、幼いころ家を飛び出して生き別れになったの。けれど憶えているわ。私を捨てたあの男の顔だけは、ハッキリとね…」

「…恨んでいるの?お父さんのこと…」

「…私の家…霧切家は代々探偵を生業としてきた一族なの。父はその家に生まれた『霧切』の跡継ぎだった。…詳しくは知らないけれど、将来有望な探偵として期待されていたそうよ。けれど、あの男は探偵という職業を嫌っていた。…私が生まれてしばらくして、母の死をきっかけに父は家を出たわ。それからの私は、父親に捨てられた娘として憐れみや侮蔑の中で生きてきた。…もううんざりなのよ。あの男と血縁があるというだけで、私には耐えがたい屈辱だった…!」

「……」

「…数年後、父が希望ヶ峰学園の学園長を務めていることを知った私は、これまでの探偵としての活動成果を証拠に希望ヶ峰学園に入学できるよう打診したの。別に自分の才能を誇示しようだなんて気は無かったわ。ただもう一度あの男に会って…絶縁の言葉を投げつけるために、私はここに来たの」

「…霧切さん」

「…でも、今は不思議な気分なの」

「…?」

「あの男の事は今でも恨んでいるわ。でも…心のどこかで、あの男を否定できない自分がいる。父親だと認めている自分がいる。…あの男を信じることが、貴方を肯定することだと叫んでいる自分がいる…」

「…なんでそこで僕が?」

「…苗木君、今私が話したことは、学園長室に会った資料から思い出したことなの。けれど…そこにはあなたに関する記述が全て紛失していた」

「え?」

「モノクマの仕業なのかあの男の仕業なのかは分からない。けれど…きっと貴方には、私たちとは一線を画す特別な『何か』がある筈なのよ。それこそが黒幕の恐れるものであり、あの男があなたをここに呼び寄せた真の理由でもある。…私には、そんな気がしてならないの」

「…僕を、学園長が…」

 

 

 

『…これからの時代は、君たちが切り開いていくんだ。そのリーダーとして、『超高校級の…』として、未来を頼んだぞ。苗木君…』

 

ズキンッ!

「ッ!?」

「苗木君!?」

「だ、大丈夫…」

「…また、例の頭痛?」

「…この頭痛、ただの頭痛じゃないと思っていたけど、こんなタイミングで毎度のように起きるところからすると、やっぱり僕の失われた記憶に関連しているモノみたいだね」

「…そうね。もう少しハッキリした証拠があれば思い出すのかもしれないけど…」

「…まあ、無い物ねだりしていてもしょうがないよ。とりあえず、そろそろ行こうか」

「そうね…」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、一切口を利くことなく黙々とが梯子を上り続け、やがて梯子の先に金属製の扉が見えてくると、苗木がそれを押し開け二人はようやく地下からの脱出に成功した。

 

「ふう…、ここは…そうか。トラッシュルームのあの扉はここに繋がっていたのか」

「…まあ、私がトラッシュルームのごみ捨て口から落ちてきた以上、ここに繋がっているのは当然でしょうけどね」

「…で、これからどうする?」

「先ずは…モノクマに会うわ」

 

 

 

 

 二人は体育館へとやって来ると、苗木が中央で大声で叫ぶ。

 

「出てこいモノクマ!地獄の底から這い戻って来てやったぞッ!」

 その声に応じて、壇上からモノクマがすっ飛んできた。

 

「ちょっと、呼んでないよ!聞いてないよ!なんで苗木君が生きてんのさ?僕もう葬式の段取りまでしちゃったのに、お坊さんに帰ってもらうのすっごい気まずいんだよ!?」

「知るか、生憎僕は仏教徒じゃあない。…なあに、死にかけた僕をたまたま女神様たちが引き上げてくれたおかげさ」

「…ちょっと、からかわないで…!」

「はは、でも結構真面目に言ってるつもりなんだけど?」

「…馬鹿」

「イチャイチャするなーッ!」

「…で、僕をどうする?また殺すか?」

「当然ッ!学級裁判の決定は絶対なのです!舞園さんの場合はあの馬鹿チンが暴走したお詫び代わりに放置したけど、君は別!とゆー訳で、処刑のし直しでーす!」

「…本当にそれでいいのかしら?」

「はにゃ?」

 決定を変えようとしないモノクマに霧切が問いかける。

 

「この学園生活があなたの言うとおり中継されたショーだとしたら、多少想定外の事態が起きたとしても許容するのが筋なんじゃあないかしら?予定外のことが起きたからと言って、運営側が勝手に脚色するようなストーリーを、果たして観ている人たちが納得すると思うのかしら?」

「うぐ…」

「もしもう一度苗木君が殺されるようなことになれば、きっと観ている人はこう思うでしょうね。…黒幕は苗木誠に勝てないからと強引な手段で苗木君を殺した。つまり、まともな方法では『絶望』は『希望』には勝てなかった、とね…」

「はにゃにゃ…!」

「私たち、そして観ている人たちを納得させたかったら、もう一度公平な学級裁判を要求するわ。『希望』と『絶望』の真っ向勝負、文字通り最後の決戦を!」

「…言っておくがこれはお願いしているんじゃあない。あくまでこれは提案だ。顰蹙を買う勇気があるのなら、煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。…無論、抵抗はさせてもらうけどね」

「………」

 挑発的な二人に、モノクマはしばし黙り込んだ後

 

 

「…うぷぷ、面白いよ、面白くなってきたクマ…!」

「…クマ?」

 いきなり笑い出した。

 

「キャラチェンジしてみたクマ!いいねいいね、僕はこの時を待ってたんだよ!『希望』と『絶望』が真っ向から…」

 と、そこまで言いかけてモノクマは急に押し黙る。

 

「…?おい…」

「…ふざけるなよ、そんな勝負に乗ってやるとでも思ったか!」

 そして次の瞬間、今度はいつもの濁声とは異なる男の声、あのディアボロの声で喚きだす。

 

「ッ!ディアボロッ…!」

「貴様らの思い通りになどさせん。所詮貴様らはこの俺の手のひらの上で踊るピエロでしかないのだ。のこのこと戻ってきて、生きて帰れるとでも…」

「…?」

「…もう、邪魔しないでよ!君の出番は終わったの!大根役者はさっさと引っ込んでよ!」

「…なんだと貴様ッ!」

 と、再びモノクマが言葉を止め、今度は濁声交じりに一人で言い争いをし始める。

 

「…なんなのこれ?」

「多分…仲間割れ?」

「いいからとっとと引っ込めっつーの!ホラホラホラホラ!」

「ぐおっ…!?き、貴様、この俺をこんな扱いにして…ただで済むと…!」

「ゴチャゴチャやかましいよ!セミかっつーの!……やれやれ、待たせてごめんね?…いいよ、受けてやんよその勝負。君たちが戦刃むくろ事件の全容、そしてこの学園の秘密を解明できたら、君たちの勝ち!全員解放!けれど、もし君たちが僕に負けた場合は…」

「…私たち全員の処刑…でしょう?」

「そのとーり!流石、『超高校級の探偵』だね!」

「……」

「…やっぱりお前、全部知ってて霧切さんの記憶だけを入念に消したのか…!」

「はて?なんのことやら?…それじゃ、僕は準備があるからお先に失礼するねー!…あ、そうそう。苗木君、何時までもシャツ一枚だと風邪ひくよ?ジャージにでも着替えたら?」

「大きなお世話だ…」

「うぷぷ♡じゃーねー!」

 ウキウキとした様子でモノクマが去っていった後、二人は顔つきを改め体育館を後にする。

 

「…生き残ろう、皆で!」

「ええ…!」

 

 

 

 

苗木誠…瀕死の状態になるも、死の淵で吸血鬼化。原因は不明。再起可能

 

生き残りメンバー、残り8人。

 




DIO様はこんなんじゃあないッ!…と思う方もいるかと思いますが今作ではゲス野郎とそれ以外ははっきり良し悪しつけてますんでちょっと丸くしてみました
…まあDIOも原作でジョルノみたいな息子がいることが分かっていれば少しは心境に変化があったかもしれないと思ったので、そのイメージでやってみました

追記:3部のDIO戦見直してたら最高にハイ!状態になったDIOは瞳が赤だったので、暴走状態の苗木もそうなるように訂正しました

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