ダンガンロンパ~黄金の言霊~   作:マイン

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本文考えるよりもタイトル考える方が難しいこの頃。


因縁

「…やっと治まってきたか。けれどなんだったんだ今の…?怪我したわけでもないのにあんなに痛むだなんて…、筋でも違えたかな?」

 右腕の痛みが治まったころ、苗木は今度は五階の突き当りにある生物室へとやって来た。

 

「お邪魔しまーす…ってうわ寒ッ!」

「?…あ、苗木いらっしゃーい!」

「な、何よ、アンタも来たの…?」

 生物室に入った途端まるで冷蔵庫の中に入ったかのような冷気を感じて竦み上がる。そんな苗木に先に来ていた江ノ島と腐川が気が付いた。

 

「なんでこんな寒いのさ…ここ一応教室でしょ…?」

「さあ…?アタシも最初来たときは驚いたよ。…もう慣れたけど」

「ふ、ふん…モデルの癖に意外と頑丈じゃない…。あ、アンタ前世はアザラシかなんかだったんじゃあない…?」

 と、肩を抱きながら周りを見渡す苗木は部屋の壁の異常に気が付いた。

 

「あれ…?これ、壁じゃない…。何かの装置…いや、シェルターだ…!」

「シェルター?」

「そ、そういえばこういうのどこかで見たような…?確か、テレビかなんかで…」

 壁に埋め込まれていたいくつもの装置。なにやらカプセルのようなシェルターの傍には操作盤のような機械が取り付けられており、その中にはランプが光っているものがいくつかあった。それを見た苗木その機械の正体に首をひねるが、近くの机の上に置いてあったマニュアルのような物を見てその正体を知る。

 

「…成程ね。これは…死体安置カプセルだ」

「えっ!?し、死体…!?」

「そ、そう言えばそうだったわ…!ってことはここは…」

「うん。ここは生物室…というより死体安置所なんだろう。とすればこの低温にも説明がつく。おおかた死体が腐るのを抑制させるためだろう」

「ってことは、この光がついてるのって…」

「…多分使用中ということだろう、この中に死んだみんなの死体が置かれている。黒幕を倒した後に探す手間が省けたな。…あれ?」

 と、苗木はそこではたと疑問を感じる。

 

「ど、どうしたのよ?」

「…今までで死んだ人たちって、確か8人だったよね?」

「え?えーと…舞園、桑田、不二咲、大和田、石丸、山田、セレス、大神…うん、8人だけど、どうしたの?」

「じゃあなんで…ランプがついているのが9つもあるんだ?」

「…え?」

 苗木の疑問に二人はランプの数を数える。1、2、3…確かにランプの数は9つであった。

 

「…えっ?マジ?」

「どどど、どういうことよぉ!?誰か他に死んだのが居たのぉ!?」

「いや、それは無い…筈だ。いくらなんでもあれだけ校内を散策しておいて死体があったのに気付かないというのは少し変だからね」

「じゃ、じゃあこれは…」

「…恐らくこの一つは最初からついていたんだ。舞園さんと桑田君の死体が入る以前からね…。誰のかは分からないけれど…気になったのなら確かめてみる?」

「じょじょじょ、冗談じゃあないわよ!好き好んで死体の顔なんか見たくないわよぉ!」

「…だね、僕もできればそんなことはやりたくはない。今は放っておこうか」

「…なんかフラグビンビンにしか思えないんだけど、大丈夫だよね?」

 若干の不安を残しつつも苗木はその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後にあの時無理やりにでも確かめておけば良かったと死ぬほど後悔することになるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「さて…あとは教室だけかな」

 あらかた見て回った苗木は最後に教室へと足を運んでいた。

 

「…ん?」

 と、教室の前に誰かが立っているのを見つけた。

 

「…十神君、何してるの?」

「苗木か、…別に、この教室から当たってみようとしただけだ。貴様も来い」

「いいけど…」

 十神の先導で教室へと足を踏み入れる。と、ドアを開けた瞬間、凄まじい臭いが教室から漏れ出した。

 

「グッ!?」

「なんだ…この臭いはッ!?」

「これは…死臭!?」

 むせ返るような血と脂の臭いに顔を顰めながら中に踏み込む。そして中の光景を見て二人は再び驚愕する。

 

「これは…!?」

 そこは、もはや教室としての原型を留めてはいなかった。破壊された椅子や机、黒板の残骸が散乱し、部屋のあちこちにはだいぶ古いものであろう血痕が飛び散っていた。

 

「この臭いの正体はこれか…、人間の血と脂の臭い…。どうやらかつてここでは大量の人間が死んだようだな。この惨状を見る限り、殺し合ったという方が正確か…。おい苗木…」

「…分かってるよ十神君。これほどの惨状を引き起こした事件が問題にならない筈が無い。とすればここであったことは…」

「『人類史上最大最悪の絶望的事件』…と考えるのが自然か。どうやら希望ヶ峰学園の閉鎖には少なからずここであったことが関係している見て間違いないだろうな」

「そうだね……?」

 と、部屋を見渡していた苗木は違和感を感じる。

 

「どうした苗木?」

「いや…、この机を見てよ」

 と、苗木が示した机…の残骸を見ると、それはまるで鋭利な刃物で切り裂かれたかのようにきれいな断面を残したまま真っ二つになっていた。

 

「妙だとは思わない?この壊れ方…。どんな鋭利な刃物で切ればこんな断面になるんだ…?」

「…確かに、斧やのこぎりではこうはいくまい。かといってこんな教室にウォーターカッターのような物を持ち込むとも考えられん。ならばこの切断跡は…」

「…スタンド能力…」

 

 

 

 

 

「あー!見つけちゃったかー!」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには予想通りモノクマが意地の悪そうな態度で立っていた。

 

「…一応聞くが、この部屋は貴様の仕業か?」

「ん~?僕がやった訳じゃあないよ。この部屋はこうなってからずっと掃除もせずにそのままの状態にしておきました!」

「成程。…では聞くが、この部屋で何があった?当時から放っておいたということは貴様は何があったのか知っているのだろう?」

「えー?それを言っちゃあお終いって奴だよ。…それに、事実を知って君たちが後悔することになっても僕は知らないよ?」

「後悔…?」

 

 

 

 

 

 

『なあ苗木君…、俺たちが一体何をした?ここまでされる謂れが俺たちにあったのか?…そうだ、俺たちは何も悪いことなどしていない。なのに、なのに…どうしてこうなってしまったんだぁーッ!!!』

 

 

「…がっ!?」

 再び聞こえたノイズ…今回はもはや慟哭と言って良いほどにハッキリ聞こえたそれに苗木は額を抑えて膝をつく。

 

「おい…!どうした苗木!?」

「ぐ…」

「ん?どうしたの苗木君?頭痛いの?」

「放っておいてくれ…!」

「…うぷぷ♡つれないなぁ。まあいいや、…そういう訳だから、自分で調べるのは一向に構わないよ。ただし僕からは教えてあげないけどね。そんじゃ、バイバーイ!」

 そう言い残しモノクマはさっさと引き揚げてしまった。後に残ったのは、釈然としない表情の十神と苦痛の表情のままモノクマの後ろ姿を睨む苗木だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…という訳だ。あの教室になにかがあると見て間違いはないだろう」

「うええ…血まみれの教室とか行きたくねえべ…」

「腐川ちゃん行かなくて良かったね。そんなところ行ったらあっという間に気絶しちゃうよ」

「…!…!」

「…で、腐川アンタなにしてんの?」

「俺が喋るなと命令しておいた。口を開かせてもロクなことを言わんし口臭をまき散らされるのも面倒だからな」

「またアンタはそういう…!」

「まあまあ…律儀に守ってる辺り本気で嫌じゃあないんだろうから放っておこうよ」

 5階の調査を終えた苗木達は食堂で探索の結果を報告し合っていた。…と言っても、結局のところ黒幕に関する手がかりもなく肝心の『矢』に関しても何も分からずじまいのままではあったが。

 

「…結局のところ、黒幕…っていうかこの状況に関する手がかりはその教室しかないってこと?」

「そういうことだな。…どこに手がかりがあるのかは知らんが」

「んじゃあこれからはそれを調べて…」

「…あの部屋に関しては、私が調べておくわ」

 と、方針が決まったところで霧切が口を挟む。

 

「…霧切さん?」

「また貴様か。…いい加減にしろ、もう個人で調べるなどと言っている状況ではないのだぞ。貴様一人勝手に動かれるとこちらが迷惑するのだよ」

「…人の事言えないくせに」

「黙れ。…この際だから一つハッキリさせてもらおうか」

「…なにを?」

「お前の正体だ。霧切響子とは何者だ?何故お前はこの学園にいる?お前の目的は一体なんだ?」

「……」

(…霧切さん)

 皆が霧切答えを待つ中、事情を知る苗木は彼女の出方を伺う。

 

「…分からない」

「何だと?」

「憶えてない…、記憶が無いのよ。私には…」 

 沈黙の末、霧切が答えたのは事実であった。

 

「記憶が無いって…もしかして、記憶喪失?」

「冗談のセンスが無いようだな。そんな言い訳を信じると思っているのか?」

「…信じて貰えないから黙っていたのよ」

「…皆、霧切さんの言っていることは多分本当だよ」

「!」

「苗木?」

「…何の根拠があってそう言い切れる?」

「似ているからさ。彼女は…今の僕とね」

「へ?似てるって…まさか、苗木っちも?」

「ああ…。と言っても、霧切さんの場合は何もかもらしいけど、僕の場合は中学三年の夏から入学までの間だけだけどね」

「なんだべそのピンポイントな記憶喪失は…」

「…臭うな」

「ッ!?」(ブンブン)

「…お前の事じゃあない。霧切と苗木の話が事実だとして、この中に記憶喪失の人間が二人もいるというのはどう考えても異常だ。作為的とすら思える」

「…まさかモノクマが?」

「分からん。…だが、だからと言って貴様への疑いが晴れた訳じゃあない。苗木と違って素性も明らかではない輩を野放しにはしておけん」

「…だったらどうするの?」

「部屋の鍵を渡せ。貴様が一人でいられなくなるようにな。校内に居れば江ノ島の『エアロスミス』でどこに居ようと探知できる」

「ちょっと十神!それはいくらなんでも…」

「…分かったわ」

「ちょっと!?霧切!?」

 霧切は十神の要求に一切嫌悪感を出すことなく自室の鍵を十神に手渡す。予想以上にアッサリした行動に流石に十神も驚きの表情を見せる。

 

「貴様…!なにがお前をそこまでさせる…!?」

「…安心して、あなた達に危害を加えるようなことはしないから」

「霧切さん…!」

「…心配しないで苗木君。私は、私にしかできないことをするだけだから」

 そう言い残し、霧切は食堂を出て行ってしまった。

 

「…分からん奴だ」

「十神っち、ちょっとやりすぎなんじゃあねーか?」

「…預かるだけだ。使うつもりなど毛頭ない。奴が何かしらの行動を起こしたのなら話は別だがな」

「まったく…」

「…んー!んー!」

「…十神君、腐川さんが…」

「チッ、…口臭をまき散らしたければ好きにしろ」

「…こ、光栄です白夜様。実は、5階の教室でこんなものを見つけたので献上いたします…」

 やっとのことで口を開いた腐川がポケットから取り出したのは、刃渡り20センチほどのサバイバルナイフであった。

 

「いっ!?そ、それナイフじゃあねーか!?お前みたいな殺人鬼がそんなもん持つんじゃあねーべ!危険だべ!」

「人の事言えるの?」

「…まあ確かにそうだな。…おい苗木、貴様が持っていろ」

「へ?僕!?なんで!?」

「単なる消去法だ。まず腐川に持たせるのは却下だ。葉隠の言うとおり危険だからな。最も、こいつのスタンドの前ではあろうがなかろうが変わらんがな」

「も、勿体ないお言葉…」

「いや誉めてねえから」

「そして朝日奈と葉隠。こいつらには殺人未遂の前科がある。よってこいつらも却下だ」

「ぜ、前科って…!」

「…言い訳できねえのがつらいべ」

「そして俺だが…別に構わんがお前らが納得せんだろうからな。よって俺も除外、霧切の奴は論外だ」

「…あれ?アタシは?」

「確かに江ノ島にはケチをつけるところはないが、戦闘能力のことを考えると近接一辺倒の苗木より貴様の方が探索能力がある分危険も少ないだろう。…そういう訳で貴様という訳だ」

「はあ…」

「…それに、貴様ならある程度信用がおける。貴様が持ってるのが最も安全だろう」

「!…と、十神っちがデレた!」

「デレてなどいないッ!…いいから貴様が持っていろ。命令だ!」

「あ、うん…」

 十神の説明に何となくだが納得し、苗木はナイフを受け取る。

 

「…それと苗木、貴様それを持ってさっさと寝ろ」

「え?何で?」

「…目の前でダウンしておいてこの俺が見ぬけんとでも思っているのか?それに葉隠と朝日奈からも貴様が無理をしていると聞いている。今貴様に倒れられると困るのだよ。またモノクマの邪魔が入らんうちにさっさと休んでおけ」

「…うん、ありがとう皆」

「気にすんなって!困ったときはお互い様だべ!」

「苗木のこと頼りにしてるんだから!今は休んで一緒にまた頑張ろ!」

「ああ…!」

「…おい、腐川」

「は、はい!?何でしょう白夜様!」

「…貴様の働き、なかなかのものだったぞ。誉めてやる」

「びゃ、白夜様が…誉めてくれた…。…ウッ、クックック…フッフッフ…ホハハハフフフヘハハハ、ホハハハ…!クックック、ヒヒヒヒヒ、ノォホホノホォ…!」

 

 

 

 

 

 

 

ブゥン!

『ノホホノホじゃないよ…!気持ち悪い笑い声してるんじゃあないよッ!』

「「「「「ッ!!?」」」」」

 突如としてモニターにモノクマが映し出される。

 

「も、モノクマ!?」

『おい、オマエラ!体育館に、出てこいやッ!僕はね…、非常に…、非常に怒ってるんだぞーッ!もうムカ着火ファイヤーだっつーの!』

ブツンッ!

「な、何?」

「さあ…?」

 

 

 

 

 

 

ドドドドドドドドッ!!

「オラオラオラオラオラオラオラオラオオラオラオラオラオラァッ!!」

「…ホントになにこれ?」

「さあ…?」

 体育館へとやってきた一同を待っていたのは、一心不乱に鮭をサンドバック代わりに殴り続ける怒り心頭のモノクマであった。

 

「え…と、あれは怒ってる…んでいいんけ?」

「だから、怒ってるって言ってんだろ!もうムカ着火ファイヤー通り越して激おこスティックファイナリアリティプンプンドリームだっつーのッ!…この中にね、泥棒がいるんだよッ!」

「…はあ?」

「オラララララ、オラァッ!!…僕の宝物を、誰か盗んだでしyんぎゃあああッ!」

 最後の一撃で鮭を殴り飛ばし…戻って来た鮭に吹っ飛ばされながらもモノクマは自身のものが盗まれたということを叫ぶ。

 

「…せ、先生はッ…オマエラの事信じてたのに…それを、裏切られるなんて…ッ!」

「…てゆーか、宝物って何?」

「とぼけてんじゃあねーよ!監視カメラまで壊しておいて!それ、校則違反なんだからね!…あれ?誰か足りないような…」

「ああ、霧切が…」

「ムッキーッ!そうか、アイツが犯人だな!こうなりゃオマエラ全員連帯責任だ!絶対に許さんぞ虫けら共!これからオマエラの部屋に毎晩ピンポンダッシュしてやるからな!就職氷河期で、路頭に迷っちまえ!覚悟しておいてよ!」

 仮にも教師を名乗る人間とは思えないような捨て台詞を言い残し、モノクマは再びステージ下へと消えていった。

 

「ど、どういうことだべ…?」

「どういうことも何も、奴がモノクマから何かをかすめ取ったのだろう。モノクマから物を盗み出せるような手癖の悪い奴は、霧切響子ぐらいしか考えられんからな」

「…でも私たちのスタンド能力って、脱出とか黒幕に対しては使えないんだよね?だったら霧切ちゃんはどうやったんだろう?」

「さあな…、どうせ聞いたところで答えはせんだろう。放っておけ。…それより今日はもう解散するぞ。苗木、貴様も早く休め」

「…うん」

 

 

 

 

「…霧切さん、一体何を見つけたんだ?十神君に鍵まで預けたということは、多分当分部屋でじっとしているつもりはないんだろう。だとすれば、やっぱりモノクマから何か手がかりを手に入れたのかな?」

 部屋に戻ってナイフを引き出しにしまった後、苗木はベッドに横になって霧切の事、そして最近自分に起こっている異変のことを考えていた。

 

「…それに、霧切さんの事だけじゃあない。最近多くなっている僕の頭痛とあの声…それに右腕の痛み…。一体なんなんだこれは?僕の消えた記憶に関係しているのか…?」

 

ピンポーン

「…ん?誰だろ…?」

 苗木の部屋のチャイムが鳴らされ、苗木が部屋の扉を開けると

 

「!霧切さん…」

「…脱衣所で待ってるから」

「え、あ…うん」

 そう短く言い残し、霧切はさっさと行ってしまう。苗木はしばしそれを見送った後、悟られぬようある程度間を開けてから脱衣所へと向かった。

 

 

 

「来たよ、霧切さん」

「…悪かったわね。疲れているのに、急に呼び出したりして」

「もう、霧切さんまで心配症なんだから。…話はモノクマから手に入れたものについて?」

「…そう、流石に気づかれたみたいね。まあいいわ。…これよ」

 そう言って霧切が取り出したのは、モノクマの顔の持ち手の鍵であった。

 

「鍵?…どこに有ったの、これ?」

「学園長室よ」

「え?でもあそこには鍵が…」

「大神さんが開けておいてくれたわ。スタンドでは無理みたいだったから、鍵ごと壊してあったわ。彼女の遺書にあったでしょう?『一矢報いる』って…それでもしやと思って行ってみたら、案の定すんなりと開いたわ。監視カメラも壊しておいてくれたみたいだから心置きなく調べ物ができたわ。戦刃むくろのことも、そこで知ることができた。けど…」

「…どうしたの?」

「…あの部屋、私の前にも誰かが立ち入ったような痕跡があったの。だいぶ散らかっていたから大神さんではないわ。それに、あの一帯の監視カメラもレンズが割れていて機能していなかった。偶然とは考えにくいわ。私の前に扉が開けられたような痕跡が無かった以上、誰かがあの遺書のことに感づいたようでも無かった」

「…でも、大神さん以外に入れる人なんて…」

「…確かに、私たちのスタンドが黒幕に対して使えない以上、他の皆には中に入る方法は無いわ。けれど、今はそんなことはどうでもいいの。手がかりが手に入った以上、悠長にしていられる暇はないわ」

「…それで、僕は何をすればいいの?」

 彼女にそう問う苗木に、霧切は真剣な眼差しで口を開く。

 

「…私は、この鍵がどこの鍵なのかを確かめたい。だから苗木君、私が動いている間、あなたにはモノクマの注意をひきつけて欲しいの。…もちろん一人では危険だから、護衛に江ノ島さんをつけておくわ。彼女にも事情は話してあるから、ここを出たときからもうついてきている筈だから安心して」

「…君が危険すぎやしないか?」

「だからこそあなたに頼むの。私が本気で命を預けられるのは、あなただけよ」

「信頼してくれるのは嬉しいけれど…。というか、なんで僕に護衛をつけるの?普通霧切さんの方にこそ必要なんじゃ…」

「……」

 自身を差し置いていやに自分に気を遣う霧切に対し怪訝そうな視線を向ける苗木に、霧切は少し悩んだ後やがて重々しく口を開く。

 

「…苗木君、黒幕の狙いは、おそらくあなたよ」

「!?僕…?どうして…?」

「理由は分からないわ。けれどこれだけは確信を持って言える。黒幕の真の目的の一つは、あなたの殺害にある。きっと私のこと以上にあなたのことを警戒している筈よ。だからあなたとモノクマを二人きりにしておくことは危険と判断したわ。…思い過ごしだとは思うけど、どうしても不安なの。だからお願い…。あなたも無茶だけはしないで…」

「…分かった、協力するよ。その代わり約束して欲しいんだ。君も絶対に無理をしないで。危険を感じたら、自分の身の安全を第一に行動してほしい。お願いだ…!」

「…分かったわ」

「じゃあ、約束だ」

 そう言って苗木は小指を差し出す。一瞬きょとんとした霧切であったが、すぐにその意図を察し、微かに微笑みながら自分も小指を出して苗木の指に絡める。

 

「ええ…、約束よ」

「ふふっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…、時間を稼ぐと言っても…あのモノクマを引き付ける以上適当な理由じゃあすぐに感づかれちゃうな」

 霧切と別れた後、苗木はモノクマを誘い出す方法を考えていた。

 

「…仕方ない。確かめる意味でもあれで行こう。ダイイングメッセージの事を伏せておけば最悪僕だけに注意が向くだけで済むだろう」

 やがて考えがまとまると苗木は近くの監視カメラに向かって叫ぶ。

 

「モノクマ!ちょっと出てこい、話がある!」

 

 

パッ!

 瞬間、苗木の傍の角にライトが照らされ、そこからモノクマがまるで映画の警告CMに出てくるような被り物をして怪しい動きで現れた。

 

「モノクマだよ!…苗木君、霧切さんと何話してたの?さっきまで、お風呂場で二人きりだなんて…アツアツのビショビショで、そんでもって、あんなことやこんなことも…」

「……」

「ああっ!そんな養豚場のブタを見るような目で見つめられると…何かに目覚めちゃうぅぅぅぅッ!!!」

「………チッ」

「舌打ちされた、ショボーン…。別にいいけどね、僕はR指定とは無縁の健全な監視生活を心がけているからね!」

「…だから脱衣所やトイレにカメラを設置していないとでも?」

「う、図星…」

「嘘つけ、ホントは湯気で曇ったり難癖つけられて壊されるのが嫌なだけだろ」

「…ッ」(シラー…)

「…やっぱりそうだったか」

「…と、ところで話ってなんなのさ?言っとくけど、僕だって忙しいんだからくだらない用事なら帰るよ!」

「なあに、一つだけ聞きたいことがあるだけさ。…『矢』って、なんのことか分かるか?」

「ギクゥ!…な、なんのことかな?『矢』なんて僕は知りませんよ…?」

「大神さんの遺書をお前が読んだとき…、『一矢報いる』の文の所でお前は小細工と言ったな?あの遺書は元々僕らに宛てて書かれた物。あの文章の中で小細工をするとすれば、文の中の一文を強調するぐらいしか考えられない。そう考えた時、最も強調するのに違和感のない文字が『矢』だと思ったんだ。けれど確証が無かったからお前にカマを掛けさせてもらったんだけど…その反応を見るにどうやら正解だったようだな」

「…そ、そんな訳ないじゃあないか!だったら聞くけど、なんで僕が『矢』なんかを気にしなきゃいけないのさ!あんななよっちいもので僕を倒せるとでも思ってるの!?」

「さあね…、どう使うかまでは知らないさ。けれど…これで少なくともお前が『矢』に関する何かを恐れているということはハッキリしたな。お前の言うとおりただの『矢』なんかを気にかけていないのなら、そこまでムキになって反論をする必要はないからな」

「…ッ!し、知らない知らない!僕はなーんにも知りませんよーだ!」

 モノクマは焦ったようにその場を走り去ってしまった。

 

「あ、待てこら!…まあいいか。これで少なくとも大神さんの遺してくれた手がかりが無駄じゃあなかったことが分かった。それだけでも収穫というべきかな。…いい具合に時間も稼げたようだし」

「…苗木、終わった?」

 と、廊下の角から江ノ島が顔を覗かせる。

 

「ああ、江ノ島さん。見守っててくれてありがと。おかげで気が楽だったよ」

「まあアンタの話術が凄すぎて必要なかったけどね。…ホントに気をつけてよ苗木、霧切がああまで言っている以上、狙われてるってのは多分ホントだろうから…」

「やだなあ江ノ島さんまで…。僕なんかより今動いている霧切さんのほうがよっぽど危険なのにさ」

 苗木は虚空を見上げ、今どこかで調査をしているであろう霧切のことを想う。

 

「…霧切さん、無事でいてくれ」

「…大丈夫だって、あの霧切がヘマなんかする筈ないじゃん…!それよりほら。苗木ももう休もうよ!明日に響くよ!」

「そうだね…」

 小声でそう話し合い、江ノ島に引っ張られ苗木は自室へと戻る。しかし、苗木はこの時もう一つのことを予感していた。黒幕は、自分のことをもしかしたら自分以上に知ってるかもしれないということを。そして、黒幕との因縁は、自分の手で果たさなければならないということを。

 

 

「…いざとなれば、僕が奴を…」

 江ノ島にすら聞こえなかったそんな小さな呟きは、誰の耳にも止まらず虚空へと消えていった。

 

 




今回ここまで

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