「さて、随分寂しくなっちゃいましたが、また人数が減っちゃうんですかね?それとも、学級裁判自体が終わっちゃうんですかね?うぷぷぷ!それじゃ行ってみましょう!大神さくらさんを殺したのは、だーれだ…」
「犯人はその四人の誰かだよ!」
「…あらら?」
陽気なモノクマの開廷の声から始まった学級裁判は、始まるや否や朝日奈の鬼気迫る証言によって早くもクライマックスを迎えようとしていた。
「…いつまで言っているつもりだ。証拠もないのに犯人呼ばわりなどガキの癇癪と変わらんぞ」
「証拠ならあるって言ってるでしょ!あんた達はあの時さくらちゃんに呼び出されてたはずだよ!だからあんた達以外に犯人はあり得ないよッ!」
「だぁーから!俺はそんなこと知らねーって!」
朝日奈の言及にも頑なに否定する葉隠。そんな葉隠に、腐川がたどたどしく言い放つ。
「し、しらばっくれたって無駄よ…!あ、あんたが犯人だってことは知ってるんだからね!」
「な、何のことだべ!?」
「…じ、実はアタシあの時大神に呼び出されてたの。で、でも怖かったからアイツが来る前に娯楽室のロッカーに隠れて様子を伺ってたのよ。そしたら、大神がやってきて…しばらくしてアンタも入ってきて…」
『お、オーガ…さん?一体なんの用だべ?』
『葉隠か…、済まぬがしばらく待っていてくれ。十神と腐川も呼んだのだがあの二人は来そうにないからな。せめて江ノ島が来てから始めるとしよう』
『は、始めるって…何を?』
『……』
『も、もしもーし?オーガ…?』
『…終わりだ、全てを終わりにする…!』
『ッ!!?』
「…で、その言葉にビビっちまって、思わず近くにあった瓶で先制攻撃食らわして逃げ出したんだべ。…こ、殺すつもりはなかったのに、ホントに死んじまってただなんて…!」
腐川の証言に観念したのか、途中から自白しだした葉隠に朝日奈が食って掛かる。
「ほらね!やっぱりこいつだったんだよ!さあ、早く犯人を決めちゃおう!」
「…待って朝日奈さん。葉隠君が本当に殺したんだとすれば、矛盾が生じることになるよ」
「矛盾…!?」
「彼女の頭にあった打撃痕…葉隠君が殴ったというのはその傷の事ね?」
「そ、そうだべ…」
「けれど、大神さんには頭部とは別に胸にも傷があった。葉隠君の一撃で本当に死んだとするなら、その傷の説明がつかないよ」
「そ、そんなの…誰も見てなかったんだから分かるわけないじゃん!」
「…いるじゃないか。それを見ていた…いや、正確にはそれが可能だった人物がな。そうだろう…腐川?」
「へぁっ!?」
「貴様は葉隠が大神を殴った後もロッカーに潜んでいたのだろう?ならばあの時点で大神を攻撃できるのは貴様しかいない。ましてや貴様の『メタリカ』は触れずとも相手を攻撃できるスタンド、大神に気づかれぬよう奴を切り刻むことなど造作もあるまい」
「そ、それが…アタシ葉隠が大神を殴った時に出た血を見た時気絶してしまって…その時に多分ロッカーから飛び出してしまって、…憶えてるのはそこまでで気づいたら部屋で寝込んでたので…あ、あとの事はあいつに聞いて…!」
そう言うと腐川は自分の三つ編みの先で紙縒りのように自分の鼻先をくすぐる。すると
「ぶえっくしょいッ!」
オッサン臭いくしゃみが盛大に飛び出す。その結果は言わずもなが。
「どもどもー!皆大好きジェノサイダー翔だよーん!」
ジェノサイダー翔、再来。
「…聞いたことにだけ答えろ。大神を殺したのは貴様か?」
「えー大前提といたしまして、アタシと根暗は記憶を共有していないのでーす!なので、アレの前に在ったことなんざアタシは知ったこっちゃねーんだけど、…根暗と入れ替わったかと思ったらなーんか名前呼ばれて揺すられてる感覚があったからさ、アレ?王子様?…とか思って起きてみれば、あらまビックリ~!スプラッタ!血ィだらだら流したオーガの顔がドアップじゃん!流石にアタシもびっくらこいて思わず『メタリカ』でオーガの胸元ぶちまけてトンズラこいたって訳!…けど殺すのも面倒かったからわざわざ心臓とか動脈とか避けてやてやったのにまさかポックリ逝っちまうとは思わなかったわー…」
「ほ、ホントか?…よ、良かったー、俺が殺したわけじゃあなかったんだべなー!」
「……」
「……チッ」
「…葉隠、少し黙れ」
「…え、江ノ島っち?ちょっと声ドス効きすぎてねえか?苗木っちと霧切っちもそんな俺を汚物でも見るような目で見ないでくれぇ!」
『イヤ、アレはモットコウ、養豚場のブタデモ見るミテェーナ目だぜ。マアドノ道人間を見ルヨウナ目ジャネーナ』
ジェノサイダーの自白に心底ほっとしたような様子を隠そうともしない葉隠に絶対零度の視線が突き刺さるが、朝日奈はそんなことなど気にもかけず声を荒げる。
「アンタだったんだね!これで決まり!早く投票始めよう!」
「ちょ、ちょっと待ってよ朝日奈さん。まだ完全に容疑が決まった訳じゃあ…」
「何!?まだ何かあるの!?」
喚き立てるような朝日奈の様子に、苗木は不信感を抱き始めた。
(何だ…?朝日奈さん、やけに急いで…いや、焦っている?何か理由があるのか?こんな態度をとっていればいずれ自分に疑いが向くかもしれないのに。現状、確かに容疑者の可能性があるのは葉隠君とジェノサイダー…腐川さんだけど、死体発見のタイミングから考えれば朝日奈さんも完全にシロと決まった訳じゃあ……)
と、そこで苗木は一つの仮定に辿りついた。
(まさか…、朝日奈さんの狙いは…!もしそうだとしたら、この先の展開も…)
「早まるんじゃあない朝日奈。大神の死因はそいつじゃあない」
「なっ…!?ど、どういうことよ!」
「…腐川さん、大神さんを攻撃したのは娯楽室のどこ?」
「あー…、本棚の前っすよ!ロッカーから転がり出たらちょうどあの辺ぐらいだしね!」
「とすると本棚の前の血痕はその時のもの…。それが死因だとしたら、辻褄が合わなくなるわよ」
「な、何でよ!」
「…あそーか、大神ってソファーに座って死んでたんだよね?だったら本棚の前で殺されたってのはおかしくない?」
「そう言うことだ。それにそいつは曲がりなりにも『超高校級の殺人鬼』、どの程度の傷で死ぬかぐらいは予測がつくだろう。そんなこいつが殺さない様に手加減したと言っているんだ。それぐらいの信用はできるだろう」
「ヤダ白夜様デレ期突入!?もうこのまま人生ゴールしちゃおうかしら?」
「…少しでも信用した俺が馬鹿だった。もう喋るな。それに、奴の死因はどの道外傷によるものではない」
「え!?」
「モノクマファイルを見てみろ。大神の体には葉隠と腐川がつけた二か所の外傷の他に口からの吐血痕があると書かれている。俺はこれこそが大神を死に至らしめた原因だと考えている」
「吐血って…一体何が原因なんだべ?」
「吐血には一般的に二通りの原因がある。外的要因と内的要因によるものだ。外的要因としては、まあおおざっぱに言ってしまえば外傷により内臓や主要血管を損傷することで吐血するというものだが、大神の傷痕からしてあれだけの吐血の原因になったとは考えられん。よって前者は没だ。そして後者、内的要因だがこれは毒物や疾患により内臓などがダメージを受けたことにより吐血するものだ。そして状況からして、大神は恐らく毒を盛られて吐血し死んだはずだ。現に化学室にはその程度軽くできるような劇薬がいくつか存在している」
「じゃあ大神は誰かに毒を盛られたってこと!?…で、でもどうやって?」
「娯楽室の入り口に容器…確か、プロテインシェーカーとか言ったか。恐らくあれを使って大神に毒を誤飲させたのだろう。証拠もある」
「証拠…?」
そう言って十神が取り出したのは化学室で入手した劇薬の小瓶であった。
「そ、それが大神っちを殺した毒なんか!?」
「ああそうだ。今現在はともかくとしてな」
「…へ?どゆこと?」
十神はポカンとする面々の前でニヤリと笑うと…瓶のふたを上げ中身をそのままラッパ飲みした。
「いいっ!!?」
「と、十神ッ!?」
「白夜様ぁ!?ちょ、早くゲーしてゲーッ!水無いとむせるからさ!オブラートに包んで…」
「黙れ。ギャーギャー騒ぐんじゃあない」
「…あれ?十神っち…平気なんけ?」
「当然だ。この俺が何の確証もなくこんな真似をすると思っているのか?」
「…十神君、その瓶の中身を見せて貰ってもいいかしら?」
「ああ、構わんぞ」
十神から瓶を受け取ると、霧切は中の粉末を手に空けて指先につけて口に含む。
「…これは、プロテインね」
「ぷ、プロテイン?」
「そうだ。おそらく犯人は毒薬をプロテインに混入して大神に飲ませたのだ。そして毒を使ったことを隠蔽するため毒の代わりにプロテインを詰め、棚に戻した。そうすることで大神の死因をそこの二人によるものだと誤認させようとしたのだ。…そして、それが可能だった人物が、この中に一人だけいる」
「えっ!?」
「だだだ、誰なんだべ!?俺らを嵌めようとしていたのはッ!?」
緊迫する裁判場の雰囲気の中、十神はたっぷり溜めた後鋭い目つきである人物を指差した。
「…朝日奈葵、貴様だ」
「…ッ!」
「い、いいいいっ!?あ、朝日奈っちが…!?」
「あーららー!今明かされる衝撃の真実ゥ!」
「ま、マジなの朝日奈…!?」
「…わ、私…」
「貴様は俺たちが大神に呼び出されたことを知っていた。貴様自身は呼び出されていないというのに。それは何故か?…答えは簡単だ、貴様はその時大神と共に居て、そのことを教えられていたからだ。そしてそこの二人によって大神が傷つけられた時、貴様は思ったはずだ。自分が誰かを殺せるとしたら、大神が満身創痍な今しかない、と。貴様は治療と称し化学室からプロテインシェーカーに入れた毒薬を大神に飲ませ、大神を殺した。そしてその後まるで今しがた大神の死体を見つけたかのように偽装し、俺たちにその容疑を押し付けたのだ。…どうだ?なにか言いたいことはあるか?辞世の句程度なら聴いてやるぞ」
十神の視線を受け、朝日奈はしばし俯いたまま黙り込み…
「…そうだよ」
か細くそう言った瞬間顔を上げて堰を切ったかのように話し出す。
「…そうだよッ!私がさくらちゃんを殺したんだッ!!だって仕方ないじゃん!もうこんなところになんていたくないよ!だから…私は、さくらちゃんをッ…!」
「ちょ、ちょっと!あんたと大神は友達だったじゃん!それなのになんで大神を殺したのさ!?」
「親友だからこそ、だ。親友とは耳触りのいい言葉ではあるが結局のところ他人を自分の深い領域に踏み込ませるものだ。誰かを殺す上で利用するのに、これ以上ない最高の関係だとは思わんか?」
「う、嘘だろ…?」
「…待って、それならあなたはどうやってあの密室の中で大神さんを殺害できたの?いくらスタンド能力を使ったとしても、椅子で扉を塞いで鍵までかけるなんて真似はそうそうできるものじゃあない筈よ…」
「…だったら見せてあげるよ、私の、『オアシス』の能力をッ!」
その言葉と同時に朝日奈はその場で高くジャンプし、空中で己のスタンドの名を叫ぶ。
「『オアシス』ッ!」
その声に応じて、朝日奈の体表をまるでダイバースーツのようなものが覆い隠し、顔を除いた部分をすっぽりと包み込んだ。そしてそのまま朝日奈は地面へと着地…するかと思われた時、
ザボボッ!
朝日奈の体が地面に沈み込むかのようにめり込んでいった。
「いいっ!?」
驚く皆の眼前で朝日奈の体は完全に地面の中に沈み込んでいき、完全に姿が消えた次の瞬間、まるでイルカがジャンプするかのように地面から飛び上がると今度はしっかりと地面に着地する。
「これが私の『オアシス』の能力…地中を自由自在に泳ぐことができる能力だよ。これなら扉を開けなくても中と外を行き来することができるでしょ!?」
「……」
「…決まり、だな」
朝日奈のスタンド能力が決め手となり、ほぼ全員が彼女の容疑と認識した。
「…あ、終わったみたいですね。じゃあ早速投票タイムを…」
「…朝日奈さん、もういいんだ。もういいんだよ…」
「…へ?」
が、モノクマがいよいよ投票タイムへと移行しようとしたその時、苗木が朝日奈へと声をかける。その声はどこか優しくも悲壮感の漂う、憐憫の気持ちが籠った声であった。
「な、苗木っち…?」
「…貴様、この期に及んで何を言っている?」
「少し黙っていてくれ。…朝日奈さん、もうやめよう。朝日奈さんが全部背負う必要なんてないんだよ」
「な、何言ってんの!私は、この手でさくらちゃんを…!」
「いや、君は大神さんを殺してなんかいない」
「…え?マジ?」
「あらやだ!またまた明かされる衝撃のしんじーッⅡ!」
苗木の突然の無実宣言に再び裁判場がどよめきに包まれる。
「…あなたなら、そう言ってくれると信じてたわ」
「どういうことだ…!説明しろ苗木ッ!!」
「…朝日奈さん、君が本当に大神さんを殺したんだとすれば、君は十神君の言っていた犯行方法で大神さんを殺したことに間違いはないんだね?」
「そ、そうだよ!私は十神の言ってたやり方で…!」
「だとしたら、辻褄が合わないんだよ。もしそのやり方を実践したとするのだったら、現場に残っていた物では犯行は不可能に近いんだ」
「…え?」
「何だと…ッ!?」
「…娯楽室に落ちていたプロテインシェーカー、朝日奈さん犯行に使ったと言っていたものだけど、…あれには水分が一滴もついていなかった。殆ど未使用の状態のままだったんだよ」
「水分だと…?何故そんなことが理由になる!?」
「…朝日奈さん、化学室にあったプロテインの飲み方を説明してもらっていいかな?」
「え…?…あ、あれは粉末タイプ…一般的なプロテインだから水か牛乳を加えてシェーカーで振って…ッ!?」
「…気づいたみたいだね。自分の失言に…!」
「どういうことだッ!?」
「十神君…というか、スポーツをやっていない人には馴染がないものなんだけど、プロテインっていうのは一般的に今朝日奈さんが言ったみたいに水分で溶いてから飲むのが普通なんだ。粉末のまま飲んだらむせちゃうからね。だから、あの全く未使用の状態のプロテインシェーカーで大神さんがプロテイン…と偽った毒薬を飲んだという可能性は低いんだよ。大神さんともあろう人がいくら非常時とはいえそんな非効率的な飲み方をする筈もないからね。…つまり、アレは事件に使われた物ではなく、事件後に意図的にあそこに置かれたものだったんだよ。多分、朝日奈さんの手によってね」
「なん…だと!?」
「ち、違うよ!…あ、アレは…そう、偽装工作!かく乱させるために置いたもので、使った奴は別のところに…」
「さっき確認したけれど、化学室のストック、及び他にシェーカーがある更衣室や大神さんの部屋も確認したけれど、使用したような痕跡は残ってなかったわ。万が一洗ったにしても、この短時間に完全に水分を拭き取ることはできないでしょうから、その可能性も無いわ」
「ッ!」
「ど、どど、どういうことなんだべ!?結局オーガを殺したのは一体誰なんだべ!?」
「…その答えならもう出ているよ」
「…へ?」
混乱する皆に語りかけるように、苗木はゆっくりと話し出す。
「葉隠君と腐川さん、そして朝日奈さんの犯行が不可能になった時点で、あの時間帯に大神さんに接触していた人はいない。とすれば、他の人間による他殺は不可能だ。…ただ一人、大神さん自身を除いてね」
「何…!?」
「…違う」
「大神さんが毒を摂取するためには、大神さんに自発的に毒を飲んでもらう必要がある。あの思慮深い大神さんにそれを実行するのはかなり難しいことだ。…けれど、もし大神さんが自身の判断でそれを実行したのだとすれば、話は変わってくる」
「ま、まさか…!?」
「…違うッ、違うよ…ッ!!」
「そしてあの密室、確かに朝日奈さんのスタンドなら可能かも知れなかったけれど、あの状況を朝日奈さん以上に容易に作りだすことができた人物が、一人だけいる…!」
「誰々?それってだ~れ!?…って、ここまで言われりゃガキでも分かるっつーの」
「違う違う違うッ!私がッ、私がさくらちゃんを殺したんだッ!!」
「…大神さんを殺したのは、他でもない、大神さん自身…。つまり、これは自殺だ」
苗木の導き出した答え。それはその場に沈黙をもたらすのに十分なものであった。
「う、嘘…ッ!?」
「お、オーガが…自殺!?」
「…ありえんッ!奴にはそんなことは出来ん筈だッ!」
「…何故だい?」
「大神が裏切り者だと分かってから、俺は江ノ島に命じてずっと大神の所在を確認させていた!」
「そうなの?」
「あ、うん…」
「監視していた結果、奴は事件の前に化学室を訪れてはいない!その事実がある以上、奴が毒を入手する方法など無い筈だッ!」
「…十神君、忘れたの?大神さんのスタンドを…」
「大神のスタンド…だと!?」
「大神さんの『キング・ナッシング』は対象の匂いを追跡して遠隔操作できるスタンド。初めて4階を探索した日に、大神さんは化学室を訪れている。その時に部屋のどこかに自分の匂いを残しておけば、あとは『キング・ナッシング』に自分の匂いを追跡させれば『エアロスミス』の監視の目を掻い潜って化学室に辿りつくことができる。それに『キング・ナッシング』はパズル状のスタンド、分解して天井すれすれを移動させれば視界に入ることもそうそうないだろう」
「そんな…馬鹿な…ッ!?」
「理由までは分からない。けれど、状況、死因、凶器、そしてトリックの全てに至るまでが、大神さんが自殺したという事実だと証明でき…」
「違うッ!全ッ然的外れだよッ!苗木も見たでしょアタシのスタンド!これがあったら私でもさくらちゃんを殺すことができるよッ!さくらちゃんが自殺なんてする訳ないじゃん!」
「…だったら一つ訊くよ。朝日奈さん、君がやったのならどうしてあの現場をわざわざ密室になんてしたんだい?」
「え…?」
「あなたの当初の証言通り、他の4人の仕業にみせたいのだったら、あの密室は彼らの犯行を証明するのに障害と成りゆるものよ。彼らの中に、あなたのように扉を介さず部屋と外を行き来できるスタンドを持っている者はいないのだから。もし自分の犯行だと証明したかったのするなら話は別だけれど…その時は何故そうする必要があったのかを説明してもらいたいわね」
「あ…あ、あ…」
「あ、朝日奈…」
「…違う、違うよ…!本当に私が殺したんだ…ッ!私がやったんだよぉーッ!!!」
朝日奈の慟哭。それはどこか痛ましさすら感じるほどに必死な叫びであった。
「朝日奈さん、もういいんだ。終わりにしよう…」
「終わってなんかない…、終わってないよ…こんなの…ッ!」
涙ながらに否定する朝日奈を、苗木は顔を上げ表情を隠したまま促す。
「…終わったんだ。いや、終わらせなければならない。大神さんも、それを望んでいる筈だから…」
「…ッ!うっ…うっ…」
クロを指し示すルーレットが回転を始める。朝日奈の泣き声だけが響く静まり返った中でルーレットはゆっくりと回転を止め、…指し示した絵柄は被害者の筈の大神の顔を映し出していた。
「…はい大正解。大神さくらさんを殺したのは、大神さん本人でした。…ハァ~」
「ひぐっ…うっ…ぐすっ…」
「これが…真実、だというのか…!?」
「そうよ、言ったでしょう?人間は理屈だけで行動するだけではないと。苗木君は誰よりもそのことを理解していた。だからこそ自分一人の力で真実に辿りつくことができた。あなたはそれを理解できなかった、…いや、理解しようとしなかった。それがこの結果なのよ」
「…ッだが何故だッ!あのまま判決が出ていれば貴様もろとも全員が死んでいたんだぞ!何故そんな真似をするッ!?俺には理解できん!」
「…ッ!分からないなら、教えてあげるよッ…!」
十神に投げかけられた質問に対し、朝日奈はポケットから折りたたまれた紙を取り出し全員に向かって広げて叫ぶ。
「それは…!?」
「さくらちゃんの遺書だよッ!!さくらちゃんは、アンタたちに絶望して自殺しちゃったんだッ!」
朝日奈が広げた紙には
『我は醜い争いに絶望した。このまま殺されるのを待つくらいなら、自らの手で終わらせよう…』
という文章が書かれていた。そして朝日奈は、その遺書を手に入れた経緯について話し
出す。
「さくらちゃんは、責任を感じてたんだ…。皆に黙って、モノクマに協力していたことに…、だから、せめてそのことをお詫びして許してもらおうと皆を呼んだのに……私が様子を見に行ったら、さくらちゃんが怪我してて、それでプロテインを持ってきてくれるよう頼まれて…化学室に行って用意をしていたら、毒薬の棚の中が少しごちゃごちゃしてて、嫌な予感がして娯楽室に戻ったらこれが部屋の前に…」
「…その時には、大神さんはもう…?」
「…うん、部屋の中に座ってたけど呼んでも返事をしてくれなかったから怖くなって…、それでなんとかしなきゃと思ったら、急に地面に潜れるようになって…それで、『オアシス』の能力で中に入ってさくらちゃんの所に行ったけれど…その時には…もう、冷たくなってて…!さくらちゃんはアンタたちに何もするつもりはなかったのにッ…、アンタたちは問答無用で殺しにかかって…それでさくらちゃんは絶望して死んじゃったんだッ!私たちが殺したみたいなもんだよッ!だから、皆生きてちゃいけないんだッ!」
「それで間違った判決を出して、俺たちを道連れにするつもりだったのか…!」
「…う、う~ん。気持ちは分かっけどなあ…」
朝日奈の語った顛末に皆が複雑そうな表情を浮かべる中、苗木がどこか怒りを滲ませたような表情で朝日奈に問う。
「…朝日奈さん、それは本当に大神さんの遺書なのかい?」
「…え?」
「確かにそれは大神さんの自殺した部屋の前に置いてあったものだろう。けれど、大神さんが遺書であってもそんな後ろ向きな内容を書くとは僕には到底思えないんだ」
「な、何を根拠に…!?」
「大神さんは裏切り者であることをばらされる前日僕に誓ってくれた。最後の一瞬まで、『希望』の為に闘うと。そんな大神さんがそこに書いてあるような理由で自らの命を絶つだなんて、僕には信じられない。…いや、認めたくない」
「…そういえば、大神さんが書いたにしてはやけに字が汚いわね。彼女、確か書道の有段者でもあったはずよ」
「どれどれ…、あー、こりゃ酷いべ。まるで幼稚園児レベルだべ。とてもオーガの字には見えねーな…」
「…え、え…?ど、どういう…」
「こらーッ!酷いとはなんだ酷いとは!折角それっぽく見えるよう頑張ったのに、幼稚園児レベルだなんて酷いじゃないか!」
「…はぁ?」
この展開に激怒したのは、何故か事件に関わっていない筈のモノクマであった。その言葉の内容にポカンとする面々の中で苗木は怒りをより顕著なものにして低い声で問いただす。
「…やっぱりお前だったのか、こんなことだろうと思っていたよ…!」
「うぷぷ、全く相変わらず勘が良いんだから…はあ、折角ドッキリさせてやろうと思ったのに台無しだよ」
「ま、まさか…!?」
「あなた…まさか、この遺書は…」
「そう!大神さんの本当の遺書は…こっちなんだよね!」
そう言ってモノクマは遺書と書かれた一枚の紙を取り出した。
「…え?じ、じゃあこっちのは…?」
「それ?僕が書いた落書きだよ!」
「え…?え、ええ…?」
突然の事実に茫然自失をする朝日奈を気にもかけず、モノクマは手に持った遺書を広げて読み始めた。
「…それじゃあ、美声と名高い僕が読み上げましょう!…我が親友の朝日奈よ。我が黒幕に道場の同門たちを人質に取られていたのは既に知ってのことだろう…」
『…だが、理由はどうあれ我が皆を裏切ったという事実には変わりはない。そしてこれ以上、我を仲間と認めてくれた皆を、そして我を疑うことなく親友と呼んでくれたお主を裏切ることはもうできん。
…我が黒幕から言い渡された最後の指令…それは『殺人を犯せ』というもの。だが我が殺すのはお主等ではない…我自身だ。奴との約束を果たせば同門たちも解放される。それに、我の存在がこれから黒幕と闘うために足枷となるというのなら、我は迷うことなく自身を断ち切ろう。
だがこれは犠牲ではない。己の心を欺き黒幕に従った時点で、我は、大神さくらは死んだのだ。朝日奈、お主のおかげで我は生き返ったのだ。だからこれは、あるべきところに戻っただけなのだ。お主が気にすることはない…』
「…仲間と共に協力し、どんなことがあっても生き延びて、一刻も早くこのコロシアイ学園生活を終わらせるのだ。頼んだぞ、朝日奈。そして皆……以上です、くうう~!」
モノクマの読み上げた本当の遺書の内容に、裁判場は再び静寂に包まれる。
「…さくらちゃんが自殺したのは…、皆に裏切られたからじゃなくって…みんなの争いを止める為…!?じゃ、じゃあ私は…!」
「そうだねえ、お前のせいでまるで殺し合いみたくなっちゃった。これじゃあ大神さんは、無駄死にっすよ!」
「そ、そんな…!」
「やーいやーい!この早とちり!頓珍漢!人の努力を無駄にする人でなし…」
ドゴォッ!!
「ッ!?」
自身の行いをに後悔の涙を流す朝日奈をけなし続けるモノクマを止めたのは、『ゴールド・E』によって審議台を叩き壊した苗木であった。
「苗木…?」
「…無駄なんかじゃあないッ…、無駄死になんかじゃあないッ!!!」
「はあ?」
「大神さんは、自分の死をもって僕たちに大切なことを伝えてくれたッ!!僕らが本当に闘わなければならないのは、周りの皆じゃあなく、このイカれた環境を創りだした黒幕、貴様なんだということを!だからこそ僕たちは互いに疑心暗鬼せず、協力し合わねばならないということを!…僕たちは、敵同士なんかじゃあなく、仲間なんだということをッ!!」
「…そうだべ、苗木っちの言うとおりだべ!誰も朝日奈っちを責めらんねえ!オーガが死んだことは皆で背負ってくもんだべ!だからだれも悪くねえべ!」
「はりゃりゃ?」
苗木の決意の籠った啖呵が、やがて皆にも波及し始める。
「そーそー!やっぱアタシには友達疑うとかそういうの向いてないんだよねー!だからこれからはアンタを蜂の巣すること目指して頑張っちゃおーかなー?」
「…大神さんがここまでしてくれた以上、その想いを無下にすることはできないわね。私も付き合わせて貰うわよ」
「苗木…!皆…!」
皆が苗木の言葉に、大神の遺志に同調する。しかし、未だに気難しい奴は居る。
「…ふん、随分と生ぬるいことだな」
「と、十神っち!?」
「ここはそんな理想だけで生きていけるようなところではない。ここは互いに殺し合う世界、他の人間は自分を狙う敵でしかない…」
「…十神君」
「そうそう!やっぱり君だけは分かってくれるね十神君…」
「…だからこそ、俺はこのゲームから降りさせてもらうぞ」
「ふぇッ!?」
「十神君!」
「…不本意だが朝日奈と大神が命を懸けてこのゲームを否定したために誰もがこのゲームに対する恐怖心を失くしてしまった。もうこの連中は敵とは呼べん。敵のいないゲーム程退屈なものはないからな」
「な、なんだよそれ!?」
「あとは…精々高みから見物しているゲームマスター…黒幕を自分の名前も分からんような老害にでも変えてやるぐらいしかすることが無くなったようだしなぁ?」
「…まったく素直じゃあないんだから」
「よっ!ツンデレ大将!」
「ツンデ…!?勘違いするな!お前らのような一般人のようにセンチな気分になった訳じゃあないッ!俺は大神の覚悟を認めてやっただけだ…!」
「キャー!白夜様のツンデレとかサイコーに燃えるゥー!もう一生ついていきます!アタシが殺すまで!」
「…どう?これでも大神さんの死が無駄だったと言えるかしら?」
「……」
珍しく挑発的な霧切に、モノクマはしばし黙り込んだ後面白くなさそうに吐き捨てる。
「…ふんだッ!いいもん!まだ僕には、お楽しみのおしおきタイムが残ってるんだからね!」
『!?』
予想外の言葉に全員が思わずギョッとする。
「ちょ、ちょっと待つべ!おしおきって…犯人にするもんだろ!?」
「今回の事件におけるクロは被害者である大神さん自身…その大神さんが既に死んでいる以上、犯人は存在しない筈…」
「…っつーことはおしおきされちゃうのは…」
「…わ、私!?」
「お前…!そこまでしたいか!」
「うぷぷ!流石にそんなことはしないよ、犯人じゃない人をお仕置きしちゃうのはルール違反だからね!僕はルールにはクマ一倍厳しいからね!僕自身も校則を破るつもりはないからね。…ただ、それ以外にちょっとおしおきが必要な奴がいたからね、特別公開処刑といきましょー!スペシャルゲストの登場でーす!では、張り切っていきましょー!お仕置きターイム!!」
苗木達が連れてこられたのは、なにやら街中にある工事現場を再現したようなハリボテのある一室であった。そのハリボテの中央には一台のノートパソコンが安置されており、そこに映されていたのは…不二咲千尋の顔。すなわち、アレはアルターエゴがインストールされたパソコンであった。
何故アレがココにあるのか。苗木達がその疑問を口にする前に、轟音と共にハリボテが吹き飛んだ。ハリボテの奥から現れたのは、今度はハリボテではない、本物のパワーショベルであった。
「たらららったっら~ん!ショベルの達人!!」
運転席に座った首タオル、腕毛、安全メットの三点セットでコスプレしたモノクマが手にしたレバーを押し倒す。それに連動したショベルがその鎌首を持ちあげ、一切の躊躇なく先端をノートパソコンに叩きつけた。
画面のアルターエゴが苦悶の表情を浮かべるが、お構いなしにモノクマはレバーを前後させショベルでノートパソコンを叩き続ける。単純な上下運動だけではなく、角度を変えてあらゆる方向からのショベルの一撃はノートパソコンを押し潰すように粉砕していく。
やがてその動きがぴたりと止まると、そこにはもうノートパソコンは存在せず、代わりにその成れの果てであろう金属を押し固めたような球が存在していた。モノクマはそれに今度は慎重にショベルを降ろし、再びショベルが持ち上がるとその球体にはモノクマの右眼と同じ赤のギザギザラインが施されていた。それはまるで、モノクマの勝利を現すトロフィーのようであった。
「な、…あ…」
「アルターエゴが…」
「嘘…、そんな…!」
「あーはっはっは!…目障りだったんだよねソレ!」
「…アルターエゴの存在に気づいていたのね」
「最初から、なにもかも御見通しだったよ!…まあ僕にとってはそいつにできることなんて些細なことだったから放っておいてあげたけど、流石にネットワークに割り込もうだなんて調子に乗り過ぎ!とゆー訳で処分させてもらったんだけど…苗木君さ、あーゆうことするのやめてくれる?あんな小細工するもんだからぶっ壊すのに苦労したんだからね!」
「ぐ…ッ!」
「さて…これで解散と行きたいところなんだけど…まだ大神さんの遺書には続きがあるから折角だし読んじゃおうか!」
「!?」
邪魔者が消えてスッキリしたからか、モノクマは意気揚揚と遺書の続きを読み上げ始める。
『…最後に、皆に伝えて欲しい。黒幕が我らに何をし、何を恐れているのかということを。それは…』
「恐れている…!?」
「ムムッ!?おっと、これ以上はネタバレでした!口チャック口チャック!」
「お、おい!そこまで言っといてそりゃねーべ!」
「うーんそうだねぇ…、こんな引きはみんな納得しないよねえ?…でもお前らには教えてやんねー!クソして寝ろッ!!!」
「き、貴様…ッ!」
「まさに外道!でしょ?うぷぷぷ!…ん?」
と、モノクマの視線が遺書のある一文で止まる。
「なんだこれ…、『一矢報いる』って…ははあ、全くこーいう小細工なんかしても無駄なのになぁ。うぷぷぷ、いーっひっひっひ!!」
「…一矢報いる?」
奇妙な一文を最後に、大神の遺書は終わった。釈然としない気持ちの生徒たちの耳に、モノクマの耳障りな嘲笑が響く。そのモノクマの握っていた遺書の最後の一文には…
『一矢報いる』の『矢』の字だけがやたらと大きく書かれていた。
モノクマは気づかない。大神がモノクマに悟られぬよう二重の策を講じていたことに。そして苗木が既にそれに気づいているということに。
「…終わったみたいですね、大神さんの学級裁判…」
『うん…。予想はしていたけれど、やっぱりパソコン壊されちゃったね』
「大丈夫なんですか?あれはあなたの…」
『大丈夫!あの中のデータと僕の記憶領域のデータのバックアップはこっちに移してあるから!まあ君たちでいうところの双子の僕を殺されたのは悲しいけど…。でも、だからこそこっちの僕が頑張らなきゃ!』
『そうか…。強いんだな、君は。君の元になったという不二咲千尋という人の影響かな?』
『えへへ…、ご主人タマが褒められるのって嬉しいなぁ』
「…さて、これで皆が殺し合うという状況は無くなりましたけど…」
『問題はこれからだ。内ゲバが無くなった以上、奴は…いや、奴等は本気で苗木を殺しに来る。そうなる前に、俺たちで奴のしっぽをつかむ必要がある』
『大神さんが教えてくれた情報もあるから、皆が来る前に調べとかないとね!』
「ええ…、やりましょう!私たちの手で、苗木君を、皆を守るんです!例えこの手で、黒幕を殺すことになったとしても…!」
『『ああ(うん)!』』
大神さくら―苗木たちに希望を託して自殺。再起不能 スタンド名『キング・ナッシング』
生き残りメンバー、のこり7人…?
今回ここまで
絶対絶望少女が思ってたより絶望的で良かった。第二部への布石にもできそうなシナリオだったので、おまけノベル読み切ったら合間を見て書いて行こうかな?