モノクマから新たな動機『卒業時の報奨金百億円』を与えられた日の夜、そろそろ風呂に入ろうとしていた苗木の部屋のインターホンが鳴る。
ピンポーン
「?誰だろ…」
方向を変えドアを開けると、
「苗木っちぃ~!!」
「わっ!?は、葉隠君!?」
葉隠がいきなり部屋に入ってきて、苗木を覆い隠すように抱き着いてきた。
「女子も入ったことだし、久しぶりに男同士で風呂入るか?苗木っちは下から洗うべ?上から洗うべ?俺はどっちでもいけるべ!二人で洗いっこしようぜぇ~!!」
「ちょ、ちょっと葉隠君……ッ!?」
と、文句を言おうとした苗木に葉隠が手に持ったメモを見せてくる。
『霧切っちが皆を呼んでるべ』
えらく達筆な字で書かれたそれを見て状況を察する。葉隠は今苗木の部屋の監視カメラに背を向けた状態にある。それはつまり、モノクマに知られたくないことに関する事態、すなわちアルターエゴになにかあったということになる。
「…そうだね、たまにはいいかもね」
「だべだべ!じゃあレッツらゴーだべ!」
モノクマに悟られぬよう相槌を打ち部屋を出ると、世間話をする体を装って脱衣所へとたどり着く。そこには既に他の全員が揃っており、皆浮かない表情をしている所からするにあまりいいことではないと理解できた。
「…アルターエゴに何かあったの?」
「…これを見て頂戴」
霧切に促され、嫌な予感を感じながらアルターエゴのあったロッカーを覗く。すると案の定、そこにはアルターエゴのインストールされたノートパソコンの姿は無かった。
「さっきお風呂に入った後、様子を見ようとしたらもう既に無かったわ」
「石丸清多夏殿!!君が彼女を拉致したのでしょうッ!!素直に白状した方が身のためですぞ!!」
「あ!?何だと?『超高校級の風紀委員』の俺がんなことする訳ねえだろうが!第一それはテメエの仕業だろうが!!俺の兄弟を隠しやがって、本気で焼き饅頭になりてえみてえだな!!」
「…ちなみに犯人はその二人ではないわ。アルターエゴにはその二人が来たら叫び声を上げるよう指示しておいたから…って、聞いてないわね」
また喧嘩を始めた石丸と山田を諌めようと苗木が動き出した時
「…フン。こうなるとは思ってたが、思ったより早かったな」
十神の言葉に、全員の視線がそちらに向く。
「どういうことだ?」
「当然のことだろう。アルターエゴは黒幕とこの事件の核心に迫ることができる唯一の可能性だ。そんなものの存在を知った以上、そいつが動かない筈が無い」
「…と、十神っち?もうちっと分かりやすく…」
「…チッ、だったらはっきり言ってやる。この中に『裏切り者』がいる、俺はそう確信している」
『!!?』
衝撃的な発言に度肝を抜かれる。特に江ノ島は一際肝を冷やしたかのような表情をする。
「前から気になっていたんだ。どうもこの学園生活はモノクマの思うとおりに動かされている気がする。いくら監視カメラで見ているとはいえ人の心や挙動まで把握できるわけじゃあない。…とすれば、俺たちの側で俺たちを観察してモノクマにそれを逐一報告している存在、すなわち『内通者』となる人物がいたとしてもおかしくはない。いやむしろ、いて当然と考えるべきだろう……そうだろう、苗木?」
話を振られ、苗木は若干トーンを落としながら応える。
「…確かにその可能性は感じていた。けれど、今回の件は多分『内通者』とは無関係だと思うんだ」
「ほう、何故だ?」
「だってそうだろう。本気でアルターエゴを排除するつもりなら、モノクマに引き渡すか僕たちが見つけやすいところで叩き壊しておくほうが自然だ。そのほうが僕らに絶望を与えられるからモノクマ好みのやり方だろうしね。…けれど、今はまだモノクマから何も言ってこないし壊れたノートパソコンも見つかっていない。つまり、アルターエゴはどこかに隠されていると考えるべきだ」
「…それで、苗木君は今回のことは誰が犯人だと思っているの?」
「…多分、次に誰かを殺そうとしているクロだと思う」
「…ええ!?」
「ならば、この中に…!」
「うん…。多分この中に、もう既に誰かを殺そうと決めている人物がいる。そいつは恐らくアルターエゴに関する情報をネタに殺人を起こそうと考えている筈だ。…だから皆、アルターエゴのことは確かに大事だけど、得体の知れない情報に踊らされない様にだけ注意してほしい」
苗木の言葉に、全員が頷く。その多くは信じられないでいた。この状況で、未だ誰かを殺そうとしている人物がいるかもしれないという事実に。
「…ところで、今回はお得意の『ゴールド・E』でアルターエゴの居場所は分からんのか?」
「…ごめん。やっぱり意志のあるモノに能力を使うのは気が引けて…。何も仕掛けはしなかったんだ」
「つ、使えないわね…」
「…いや待てよ。つまり彼女に生命を与えて人間にすれば、理想の天使が現実のものに!?」
「お黙りこの豚」
「ブヒィィィィィッ!?」
その日の翌日、朝食の為に食堂へと来た苗木であったが、入るなりぽかんとした表情になる。
「あれ…?これだけ?」
そこにいたのは霧切、朝日奈、大神、江ノ島だけであった。
「うん…。十神とか腐川ちゃんは仕方ないとしても…葉隠とか山田とかセレスちゃんまで来てないんだよね」
「石丸もああなってしまったとはいえ仮にも『超高校級の風紀委員』。自身が提案したこの朝食会を放り出すとは考えにくいが…」
「…となるとやはり…!」
5人の脳裏に最悪の状況が浮かぶ。
「や、やばくない?」
「…捜そう!」
「う、うん!」
5人は散開し、それぞれ与えられた場所の捜索を開始する。大神は寄宿舎の個室、霧切と江ノ島は二階、朝日奈は三階、そして苗木は一階の校舎と『ゴールド・E』で生み出した犬や蛇などといった臭いに敏感な生物を使って校舎全体を捜索する。
「…クソッ!ここにも誰もいないのか…!」
寄宿舎のゲートから体育館までくまなく歩き回ったが誰も見つけられなかった苗木が悪態をつきながら体育館を出ると、
「だ、誰か来てぇーッ!!!!」
「!?朝日奈さんッ!」
割れるような叫び声が聞こえてくる。聞き間違える筈が無い、朝日奈の悲鳴だ。それとほぼ同時に
ワンワンワンッ!!
三階付近に向かわせていた犬の一匹が戻ってきた。どうやら朝日奈と同じものを見たらしい。
「案内してくれッ!」
ワンッ!
振り返って再び走り出した犬を追いかけて走っていくと、三階に上がってすぐの娯楽室の間でへたり込む朝日奈を見つけた。
「朝日奈さん!どうしたんだ!?」
「あ…!苗木ッ!セレスちゃんが…」
すぐさま駆け寄り、朝日奈が指差した先には、
うつぶせに倒れ伏し、傍らにハンマーのようなものが落ちているセレスがいた。
「うっ…」
「セレスさんッ!!」
焦りを覚えながら走り寄り、すぐさま『ゴールド・E』で様子を調べる。どうやら頭を打ってはいるが大きな怪我はしていないらしく、打撲程度の様でまずは一安心する。
「…朝日奈さん。大丈夫、大した怪我はないよ」
「ほ、ホントに!?良かったぁ…」
「ええ…、私も意識ははっきりしてますから…」
そう言い、セレスは頭を抑えながらゆっくりと起き上がる。ちょうどその時、大神が一階からやってきて何事かを伺い、大事に至らなかったことにまずは胸をなでおろす。
「セレスさん、何があったの?」
「…迂闊でしたわ。あれは…そう、不審者といえばいいのでしょうか?得体の知らない人物が突然私をそこの木槌で殴りつけて…」
セレスが指差した先には、傍らに落ちていたハンマーがあった。一般的な日曜大工用の木槌程度の大きさのそれは、まるで工業製品のようにきれいに塗装され、さらに槌の部分には「ジャスティスハンマー1号」という文字も書かれていた。
「ジャスティスハンマー…?こんなもの、一体どこから…?」
「苗木よ、今はそれは後回しだ。セレスよ、その不審者とやらはどこへ行ったのだ?」
「…ッ!そうですわ!山田君が危険です!」
「山田が!?」
「彼、さっきまで私と一緒にいたのですけど、その不審者に連れ去られてしまって…ッ!そいつは確かその階段を下って二階の方に…」
「二階って…霧切さんと江ノ島さんが!」
ハッとなって顔を見合わせすぐさま二階へと戻る。階段を下りて廊下に出ると、うろついている十神とそれをつけまわしている腐川に遭遇した。
「…貴様ら、何を騒いでいる?」
「あ!十神君、腐川さん!霧切さんと江ノ島さんか山田君を見なかった!?」
「…ここにはついさっき来たところだが誰も見ていないぞ」
「わ、私もよ…」
「…!苗木、こっちだ!!」
大神の呼び声に十神と腐川を伴い声の出所、図書室へと入ると
「い、痛たたたたたた…」
頭から血を流し、傷口を抑える山田が蹲っていた。
「うぎゃああああッ!!血ィーッ!!バタン………うはっ!ヒフミン血ィでてんぞ!痛い?痛いィ!?」
血を見るなり腐川からジェノサイダーへとチェンジしたことなど気にも留めず、苗木は山田へと駆け寄った。
「山田君、大丈夫!?意識ははっきりしてる!?」
「え、ええ…幸い凶器がそこまで大きくなかったので血は出てますけど怪我自体は大したこと…あ、痛たた…、やっぱり痛いですハイ」
山田が示した先には、足元に転がった先ほどのより少し大きな同じデザインの『ジャスティスハンマー2号』と書かれた木槌が転がっていた。血痕が付着している所からするに、これが凶器なのは間違いないだろう。
「ちょっと待って、すぐに治すから。怪我の場所が場所だから、動かないでね…」
血が出ている患部に手を当て、すぐさま『ゴールド・E』で傷を塞ぎにかかる。
「…で、何があった」
治療している間に、事情を知らぬ十神が山田に質問する。そして山田から返ってきたのは、奇妙な極まりない返答であった。
「じゃ、『ジャスティスロボ』です…。そいつが僕をそこのハンマーでぶん殴って…」
「ジャスティスロボ…?貴様、ふざけているのか!?」
「…いいえ、山田君はふざけていませんわ」
声に反応して振り向くと、どうやら今しがた追いついたらしいセレスが懐からピンク色の物体を取り出す。
「あ?何それ?…デジカメ?」
「それ、山田君のだよね」
「ええ、私が彼から徴収…もといお借りしている物なのですが、あの不審者が逃げる時に最後の力でなんとか写真にその光景を収めたのですが…それがこれです」
セレスが差し出したデジカメの液晶を覗き込むと、
そこには山田に半ば覆いかぶさっている、肩に「正義」の文字が刻まれ、あのジャスティスハンマーと同じカラーリングのシンプルなロボットが映っていた。
「ジャスティス…ロボ…!?」
「…のようだな」
「思いっきり正義って書いているしね…」
「…多分着ぐるみだろうけど、中身が誰にしろ放っておくわけにはいかない…!」
「手分けして追い詰めるぞ!」
「あ、僕は少し保健室で休んでから合流します…ハイ」
「うん、山田は休んでて!私たちで捕まえて見せるから!!」
山田はそう言ってよたよたした足取りで保健室へと降りて行った。それを見送ると、苗木達も正体不明の『ジャスティスロボ』を捕えるべく行動を開始した。
しばらくして、山田は保険室にて頭に残った血をふき取りながら、懐からノートを取り出しそれに目を落としながら呟いた。
「やれやれ、分かっているとはいえ自分で自分を怪我させるのはやっぱりいいもんじゃあないですなあ。苗木殿があの厄介な能力を持っていなければもう少し楽なんですが…さて次は…、うわ!?マジですか!?ほ、ホントに大丈夫なんでしょうかねえこの『予言書』…?」
山田の手にしているノート、その表紙には漫画のロゴのような文字でこのようなタイトルが書かれていた。
『トト神』の絶対預言書、と。
謎のロボットもどき『ジャスティスロボ』捕縛の為に、苗木達は戦力分配を考え3つに分かれて行動を開始した。一階を捜索するのは苗木、二階を十神と腐川、3階を朝日奈、大神、セレスが捜索する。苗木としては霧切の事を考えて二階を回りたかったが、一階は隠れる場所が多く危険であるためスタンドのない女子組を行かせるわけにもいかず、、その上広い場所を回るのを十神が渋ったため仕方なく一階を回っていた。と、一通り回って特に不審者がいないのを確認し、ついでに山田の見舞いに行こうとした時の事であった。
「どっひゃぁぁぁぁぁ!!!!」
「…!?なんだ今の声!?もしかして…セレスさん!」
らしからぬ叫び声に急いでセレスの元へ向かう。途中、セレスの臭いを嗅ぎつけた何匹かの蛇を伴い三階のセレスの元へ向かうと、階段の踊り場に他の皆と共に怯えた表情のセレスがいた。
「お前にしてはわざとらしい叫び声だったな…それで、何があったんだ?」
「み、見つけたのです!件の不審者をッ!!」
「なんだとッ!?それで、どこへ逃げたのだ?」
「この奥の物理室の方に逃げていきました…」
「よし、それじゃあ…」
「ぎにゃあああああああああッ!!!」
『!!?』
ジャスティスロボを追い詰めようとしたその時、階下から山田の悲鳴が轟く。
「!?今の声って…」
「山田君だ!何があったんだ!?」
「…チッ、苗木!貴様らは下に行け!俺はロボの方を抑える!」
「えっ?で、でも…」
「あんな鉄クズ如きなら俺の『グレイトフル・デッド』と腐川の『メタリカ』で充分だ!それより傷を治せるのは貴様だけなんだぞ!さっさと行けッ!!」
「…うん、分かった!ありがとう十神君!」
「…フン」
「びゃ、白夜様ステキ…濡れるッ!!」
「…朝日奈、セレス、我は十神の応援に向かう。お前たちは苗木と共に山田の元へ向かえ」
「わ、分かった!」
「お気をつけて…」
十神に礼を言って二手に分かれ、苗木、朝日奈、セレスは一階の山田の元へと走る。度重なる移動で疲れて半ば転げ落ちるように階段を駆け下り一階へとたどり着くと、すぐさま保健室へと駆け込んだ。
「山田君ッ!!」
山田の名を叫んでドアを開いた先には
頭部から大量に出血し、泡を吹いて仰向けに倒れる山田の姿であった。
ピンポンパンポーン
『死体が発見されました!一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』
「…い、嫌ァ!!」
「や、山田君!?」
目の前の光景にショックを受けながら、三人は山田へと駆け寄る。すぐさま苗木が『ゴールド・E』で生死の確認を行うが、それをセレスが手で制する。
「…無駄ですわ。苗木君」
「セレスさん…ッ!?どうして…」
「もうこと切れています。心臓の鼓動が聞こえまえんわ…それに、さっきのアナウンスを聞いたでしょう。山田君はもう…」
涙ながらにそういうセレスの言葉に苗木が山田の脈を図ると、未だ温かみこそ残していたものの、既に山田の脈は止まっていた。ふと側を見れば、そこには先ほどよりさらに一回り大きい血で濡れた『ジャスティスハンマー3号』が転がっていた。
「そんな………ッ?」
「山田……うっ」
「朝日奈さん、大丈夫ですか?」
「…ゴメン、ちょっと気分が…」
「苗木君、私は朝日奈さんを介抱しますのであなたは…」
「…分かってる!上の二人に報告してくるよ!」
保健室にセレスと朝日奈、山田を残し苗木は再び三階へと駆け上る。しかし、その道中、度重なる事態にこんがらがっていたのが少しずつ冷めていった苗木の頭の中はどうにもしっくりこない気持ちでいっぱいであった。
(…ああ言ったセレスさんの手前碌に確かめもせず死んでいると思っちゃったけど、よく考えてみるとどうにも妙だ。あれだけの多量の出血があったにも関わらず山田君の頭部は不二咲さんの時より原型を留めていた。…けど実際、山田君の心臓は確かに止まっていた。それにアナウンスも、これは一体…?…二人に報告したらもう一度確かめてみよう)
少し冷静になり始めた苗木。しかし、そうなったのも束の間、物理室に駆け込んだ苗木は再び混乱の渦に叩きこまれる。
「十神君ッ!大神さんッ!大変……ッ!?」
駆け込んだ先で苗木が見たのは、頭から血を流して倒れ伏す石丸とその傍に立つ十神と大神、そしてその足元に転がっている腐川であった。
「い、石丸君ッ!?腐川さんまで…ッ!」
急ぎ駆け寄って今度は『ゴールド・E』で確認するが、もう生命エネルギーは欠片も感じなかった。
「俺たちがここに来たときにはもうこうなっていた。……ちなみに腐川は違うぞ。別れてすぐくしゃみをして元に戻ったと思えば石丸の血を見て卒倒しただけだ」
「しかし分からぬな…。凶器はこのハンマーだろうが、今まで凶器に使われたハンマーは1号、2号と順番通りだったのに、何故このハンマーは『4号』なのだ?」
そう言った大神の視線の先には、建設現場用かと思うほど大きな血で濡れた『ジャスティスハンマー4号』が転がっていた。それを見て、苗木はハッとして下の事態を報告する。
「そ、そうだッ!石丸君だけじゃあないッ!保健室で山田君も殺されてたんだッ!!」
「何ぃ!?」
「馬鹿な…。…確かめさせてくれッ!」
「分かった!…で、腐川さんどうする?」
「放っておけ!起こしたところでジェノサイダーだ、邪魔でしかない!」
仕方なく石丸の死体と腐川を放置し苗木は十神と大神を連れて保健室へと戻る。その途中
「キャアアアアアアアアッ!!」
階下から朝日奈の悲鳴が聞こえてきた。
「!朝日奈ァ!!」
悲鳴を聞いてスピードアップした大神の跡を必死で追いながら保健室へと辿りつくと、
そこには先ほどまであったはずの山田の死体は無く、血だまりだけが残されておりその傍には朝日奈がへたり込んでいた。
「朝日奈、どうした!?」
「…と、トイレに行って、ほんの一分ぐらいして戻ったら…山田の死体が無くて…」
「私も朝日奈さんが行った後すぐに後を追ったので、残念ながら犯人を目撃できませんでした…」
「信じられん…まるで我らで遊んでいるようだ…」
「このままだと、全員が殺されてしまいますわ…。彼らのように…」
「一体どういうことだ?立て続けに二件も殺人が起きるなど…!」
「…へ?二件って…」
「…信じられないかもしれないけど、石丸君も殺されてたんだ。物理準備室でね…」
「…ッ!!?い、嫌アァァ!!このままじゃ、ホントに全員殺されちゃうよッ!!」
「落ち着け!朝日奈!!」
(確かに…この事件は不可解だ。ほぼ同時のタイミングで死んでいた山田君と石丸君。凶器に使われたジャスティスハンマー、謎のジャスティスロボ、そして消えた山田君の死体。個人の犯行だとするなら何もかもが計画的すぎる。それこそ誰かに『協力』でもしてもらわない限り……)
と、そこで苗木はハッとなって気づく。
「…そうだ!腐川さんがまだ物理準備室に!」
「!そうであった!!」
「フン、別に奴がどうなろうがいいんだがな…」
渋る十神を引っ張って皆は再び物理準備室へと向かう。何度目になるか分からない階段を上り、苗木達は物理準備室へと躍り込む。
「…良かった!腐川さんは無事ッ…!?」
と、腐川の無事を確かめた所で思わず声が止まってしまう。何故なら
すぐ側に倒れていた筈の石丸の死体も、血だまりを残して消えていたのだから。
「どういうことだ…?石丸の死体まで消えるとは、我らは夢でも見ているのか…?」
「死体が消えるなどと回りくどい言い方はやめろ。犯人が移動させたに決まっているだろう」
「で、でも一体誰が…?」
「有力なのはここに居ない霧切と江ノ島、それに葉隠だな」
「…しか考えられませんわね」
「そ、そんな!霧切ちゃんと江ノ島ちゃんは今朝まで私たちと一緒にいたんだよ!」
「それは事件前までの話だろう。事件が起きてから貴様らは二人を見たのか?」
「そ、それは…」
「それに、江ノ島はともかく霧切の場合はもう一つの疑いに関しても怪しい点がある…」
「もう一つの疑い…ですか?」
「前にも言ったろう。俺たちの中に『内通者』がいるかもしれんと…」
「…まさかそれが霧切だと!?」
「まさか…」
「ないと言い切れるのか?思えば奴はあまりにも事件に順応しすぎている。捜査のやり方、死体の検分、そして未だに明かそうとしない自分の正体…すべてが不可解すぎる。奴こそが事件をスムーズに進行させる『裏切り者』の可能性が最も高い」
「で、でも…!」
「まあそういう意味では貴様も同じだがな、苗木」
「えっ…!?」
「貴様は霧切とはまた別で察しが良すぎる。俺たちが見落としてしまいそうな手がかりや証拠を難なく見つける。そしてまるで犯人の心の中を見抜いているかのごとく追い詰める。お前もまた『異質』なんだよ。『超高校級の幸運』という肩書も本当なのかすら疑うレベルでな…」
「……」
「ちょ、ちょっと十神!」
「……ヒャアッハーッ!ジェノサイダー翔、見!参!…あら、外した?」
「…まあこうして俺たちと行動を共にしている時点で今回の事件に関してはほぼシロだということは分かっているがな…それより今は消えた死体を探す方が先だ」
憮然としながらも、十神の言葉にまずは現状をどうにかすることが最優先と気持ちを切り替え皆が動き出そうとした時。
「あ、わざわざ探す必要はないかも」
苗木の言葉にその場で足が止まる。
「…どういうことだ?」
「ここにあるのは、石丸君の血液何でしょ?だったら石丸君の所在を確かめることは容易いことだ…あれ、この血もうだいぶ固まってるな…」
「どうするつもりだ?」
「体内にある状態の血液は僕の『ゴールド・E』の対象外だ。けれど、既に体外に出て固まった血液なら、生命を与えることができる!…『ゴールド・E』!」
苗木は『ゴールド・E』を呼び出し、部屋に残ったやや乾きかけの血だまりに生命エネルギーを送る。すると、血だまりの中から一匹の蜂が這い出てきた。
「『血液』を『蜂』に変えた!この蜂は自分と同じ匂いのするもの、つまり自分の基である石丸君の元に戻る!だからこの蜂の後を追えば石丸君のいる所に辿りつく!」
蜂が羽ばたき、飛び立つと同時に苗木達はその後を追う。蜂は下に降りることなく廊下を一直線に飛んでいき、やがてある部屋に入り込んだ。
「美術室…?」
「死体はあそこか!」
苗木達も後を追うように美術室に入ると、蜂は美術室の奥の美術倉庫の扉に張り付いていた。
「あの奥か…」
「…あれ?でもあそこは…」
「うむ、妙だな…」
「?どうしたの、朝日奈さん、大神さん?」
「うむ、我らは不審者を探す際あそこも調べようとしたのだが…」
「鍵が掛かってて開かなかったんだよね。でも蜂があそこにいるってことは…」
嫌な予感を感じつつ、苗木はゆっくりと扉を開ける。鍵などかかっておらず、すんなりと開いた扉の先には―
無残に打ち捨てられた石丸と山田の死体があった。
「…ッそんな…!」
「二人ともッ!!」
苗木が駆け寄って二人に触れ、その時山田から違和感を感じた。
「…!?どういうことだ…?」
「どうした、苗木?」
「…山田君から心臓を感じない」
「…?当然だろう、死んでいるのだからな」
「違うんだ!心臓の鼓動が聞こえないとかじゃあないッ!……『無い』んだよ。心臓が…さっきまではあったはずなのにッ!」
「なんですって!?」
苗木の言葉に衝撃が走る。実際に山田の左胸に耳を当てたり叩いたりしてみると、確かにまるで空洞が開いたかのような感触がする。しかし、山田の胸には傷などありはしない。頭部と、新たに口からの出血が見られるものの、傷もつけずに心臓を抜き取ることなどできるのだろうか?
「…とりあえず、一か八かだ!『ゴールド・E』!!」
苗木が呼び出した『ゴールド・E』は、苗木のパーカーからテントウムシのバッジを一つ引きちぎるとそれに生命エネルギーを送る。すると、バッジはみるみる形を変えていき、最終的になんと鼓動する心臓へと変わった。
「まさか苗木!」
「この心臓を山田君の失った心臓の部分に嵌めこめぇ!!」
苗木の指示と共に『ゴールド・E』は手にした心臓を山田の胸部に突っ込む。当然穴が開き血が噴き出そうとするが、それと同時に生命エネルギーを送り込み心臓を血管とつなげて手を引き抜きながら傷口を埋める。最終的には、服に穴が開いたのみで無傷のままの山田の体が残された。
「無茶をする…!」
「僕もそう思う…。モノクマアナウンスがあった以上絶望的ではあるけれど、心臓が抜かれてすぐなら可能性はある。だから万が一にも可能性があるなら…ッ!」
しかし、苗木のそんな希望とは裏腹に山田の死体はピクリとも動くことはなかった。
「…やはり駄目だったか」
「…糞っ!」
皆が二人の死を悔いる中、朝日奈が悲痛な面持ちで山田の頭を抱え膝の上に乗せる。
「…どうして?どうしてこんなことになっちゃったの…?…どうして、こんなッ…!」
朝日奈の目から大粒の涙が零れ、山田の頬を濡らす。その時のことであった
「…………あ?」
かけそく響く小さな声。それが発せられたのは他でもない、朝日奈の膝の上の山田の顔からであった。
「!!?山田ッ!?」
「…まさか、生き返ったのか!?」
「信じられん…!」
「…そんな、まさか…」
「山田君ッ!?」
山田の声に反応し、一同が山田の周りへと集まる。その山田は、集まった顔の中で苗木の顔を捕えると今にも消え入りそうな声で喋り出す。
「苗木…誠…ど…の?ああ…、そうか…あなたの…せいめい…エネルギーが…ほんのちょっとだけ、僕に…時間を…くれたんだね…」
「なんと…!」
「そうだ…思い出したんだ…。僕は、…みんなと…出会う以前から…みんなと出会ってたんだね…」
「記憶が混在しているようだな…どうやら手遅れらしい」
「そんなッ…!…え?」
山田が苗木に手を伸ばしながら必死に声を絞り出す。
「ぼ、僕?」
「苗木…誠…殿ぉッ…!ここから…逃げて…下され…。あなたは…生きなければ…ならない…『希望』の為に…ッ!」
「ど、どういうことッ!?山田君ッ!?」
「無駄だ苗木!そいつの言葉に意味などない!」
「山田ッ!犯人は!?誰にやられたの!?」
朝日奈の問いかけに、山田はゆっくりと答えようとする、が
「はん…にん?…ああ、…犯人…は…や…す……ひ……ろ………」
その言葉が全て紡がれる前に、山田の手が崩れ落ち目が閉ざされた。
「………ッ!!」
ピンポンパンポーン
『死体が発見されました!一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』
朝日奈の啜り泣きだけが聞こえる美術倉庫に、それを嘲笑うかのようなモノクマアナウンスが響き渡っていった。