大和田が処刑された日の夜。朝日奈葵は一人ベッドに横たわって泣いていた。
「ひっぐ、ぐす…泣いちゃ駄目だって、分かってるのに…。でも、もう無理…こんなの耐えられない…!」
舞園、桑田、不二咲、大和田。この一週間程度で4人ものクラスメートの死を目の当たりにしたことで、朝日奈の心は限界に近づいていた。本当なら今も一人ではなく親友の大神と一緒に居たかったのだが、部屋を訪ねても留守らしく仕方なく一人でいたのだが、そのことが余計に彼女をネガティブにさせていた。
「もう嫌だ…早く…ここから…!…ッ!!駄目ッ!ここから出たいなんて思ったら…私まで…」
普段のラフな格好からさらに楽なタンクトップと下着だけの状態で枕を抱きしめながら呟いていた朝日奈であったが、自分の思考が行ってはならない方向に向かい始めたのを感じて思い留まる。
「ドーナツ食べよ…。そしたらきっと、元気出るから…」
時刻は午後九時半、もうじき食堂も閉まってしまう。ズボンとウインドブレーカーを着ていつもの格好になると朝日奈はふらふらとした足取りで食堂へと向かう。
と
ガガ…ガ…
「…え?」
食堂のある寄宿舎のホールで朝日奈はそんな異音を耳にした。音の出どころを見れば、大浴場の先から微かだがそんな音が聞こえてくる。
「い、今の音って…?」
不安を感じながら、朝日奈はおっかなびっくり大浴場へと入っていく。中には誰もおらず真っ暗なままであった。が、入ると微かだった音が少しであるがはっきり聞こえてくる。
ガガ…ガガガ…!
「あ、あのぉ…誰か居ますかぁ…?」
暗い室内をこそこそと歩きながら問いかける朝日奈。が、誰の返事もなく異音だけが聞こえてくる。
ガガッ…!
「誰か…ッ!?」
そして朝日奈がふと横を向いた時、そこには
居る筈のない、いや、居てはならない人物の顔だけが淡い光を放って浮かんでいた。
ちょうどその頃、朝日奈が目指していた食堂にて苗木は唯一校舎の外が見れる食堂のガラスの先にある中庭を見ながら黄昏ていた。その目もとには涙の粒が浮かんでおり、顔に残った涙の跡から先ほどまで泣いていたということが見てとれる。
「…不二咲君は、自分の『道』を切り開くために『立ち向かう勇気』を持っていた。大和田君は、自分が背負っているモノを守るための『決意』を持っていた。彼らもまた、自分の中に確かな『希望』を持っていたんだ。それをアイツは…黒幕は弄んであまつさえ侮辱した…!僕は決して奴を許さない。例えここから出られるとしても、アイツを倒さなくては意味がない。僕は奴を倒すまでは、絶対にここから逃げ出したりはしない…ッ!!」
新たに受け継いだ二人の心に誓うように、苗木は力強く宣言する。目元の涙をぬぐい、明日に備えて部屋に戻ろうとしたその時、
「ッきゃああああああああああッ!!!」
食堂の外から聞き覚えのある絶叫が聞こえてくる。
「!朝日奈さん!?」
声の主を察知し急いで外に出ると、向かいの大浴場から恐怖にゆがんだ表情の朝日奈が飛び出してきて、苗木の姿を視界に捉えるなりそのままの勢いで抱き着いてくる。
「モガッ!?ちょ、朝日奈さん!?どうしたんだよ?」
「あああ~ッ!苗木、苗木ィッ!助けてよぉ~ッ!!」
密着したことで肌に感じるイロイロとけしからん感触に戸惑いながらも、苗木は恐慌状態の朝日奈をなんとか宥めすかして話を聞こうとする。
「お、落ち着いて!ほら、ゆっくり深呼吸して…」
「はあっ!はあっ……スゥー、ハァー。…ごめん、もう大丈夫だからっ……!?キャッ!」
言われるがまま深呼吸し、少し落ち着きを取り戻した朝日奈であったが、落ち着いたことで今自分が物凄く大胆なことをしていることに気が付き、顔が瞬時に赤くなり飛び跳ねるように苗木から離れる。
「…あっ、ご、ごめん苗木!別に今のは嫌だったからとかじゃあなくってね、むしろ意外とがっしりしてたって言うか…はわわ!あ、あたし何言ってんだろ!?」
「…ま、まあそれは良いけど朝日奈さん、一体何があったの?」
「!そ、そうだよ!あのね…」
朝日奈が今しがた見てしまったものを話そうとした時、
ガガ…ガガ…
「!?」
「ひっ!?」
再び聞こえてくる異音。聞きなれない音に警戒する苗木と、その正体を知るが故に恐怖のあまり再び苗木に張り付く朝日奈。
「…朝日奈さん今の音が…?」
「う、うん。お風呂の中から聞こえてきて、中に入ってみたら…ッ!」
よほど怖い思いをしたのかそれ以上喋れない朝日奈の背中をさすって落ち着かせながら、苗木は大浴場の中へと足を踏み入れる。
脱衣所の入り口付近に来ると、苗木は『ゴールド・E』を呼び出し地面に触れて周囲の生命エネルギーを探知する。
「…僕らの他に生命エネルギーは無し。どうやら本当に誰もいないみたいだね。朝日奈さん、朝日奈さんが見たものってどの辺にいたの?」
「そ、そこのロッカーの辺りだけど…なえぎぃ、怖くないのぉ~?」
「何言ってんのさ朝日奈さん。それを言ったらこのスタンドなんて半分幽霊みたいなもんじゃあないか。スタンド使いの僕が幽霊を怖がってたら意味ないよ。…ロッカーだね分かった」
「…あ、それもそうか…」
スタンドを比較に出されたことで少し恐怖が和らいだ朝日奈を伴い、苗木はロッカーへと歩を進める。近づくにつれ先ほどから聞こえている異音が大きく聞こえてくる。ひとしきり見渡していると、ロッカーの一つからその音が漏れているのが分かった。
「これか…閉まってるけど、このロッカー?」
「う、うん多分…。あたしさっき驚いて逃げる時何かにぶつかった気がしたから、その時に閉まっちゃったのかも…」
「成程…じゃ、開けるよ…?」
「…コクッ」
意を決し、苗木が閉まっていたロッカーの戸を開ける。その中で見たモノに、朝日奈は再び恐怖し苗木は驚愕の表情を浮かべる。
「ひいいッ!や、やっぱりゆうれ」
「いや待って朝日奈さん!それは違うよ…!」
「…へ?」
「これは幽霊なんかじゃあない。こいつは…!」
その翌日、その日の朝食会は苗木により十神やくしゃみをしたら正気に戻った腐川も呼ばれ全員が出席していた。
「…何故俺がこんな下らん茶番に…」
「まあそう言うなって!今日は新しく解放された三階の調査をすんだから歩調を合わせるもんだべ!」
「不二咲と大和田が犠牲になった以上、これ以上の死人を出す訳にはいかん。貴様の言い分も分かるがこういう時ぐらいは周りに合わせて然るべきだろう…」
「……フン。だったら俺なんぞよりもあそこで協調性どころかこの世からも離れそうになっている奴に言ったらどうなんだ?」
そう言って十神が視線を向けた先には。
「……………」
席に着いたままで食事に一切手を付けず、普段の熱血溢れる顔とは正反対の血の気の失せた青白い顔色の石丸の姿があった。今朝から音沙汰がなく心配になって部屋を訪れてみれば、ベッドに腰掛けたままやつれて衰弱したこの状態でいるのを発見しどうにか無理やり引っ張ってきたのだが、ここに来てからも一切言葉を発することなく茫然としたままであった。親友である大和田の死と、彼が殺人を犯したという事実が石丸清多夏という人間を完全に破壊してしまっていたのである。
そんな石丸を交えたことでどこかぎこちない朝食会の最中、苗木が机の下で何やら折りたたまれた紙切れのようなものを隣に座った霧切に手渡す。
「…?苗木君?」
「…」
尋ねるような視線を向けられても意に介さない苗木を不審に思いながらも、霧切はその紙切れをこっそりと開いて中を確かめる。すると
「……!」
その内容を見た霧切は一瞬驚いたような顔になるが、すぐさま普段のクールフェイスに戻りそれを再び折って隣の葉隠に渡す。
「?何だべ霧切っち……ッ!?」
そのメモを見た葉隠も一瞬驚くが再び真顔に戻りそのメモを十神へと渡す。そうしてそのメモは全員の手に渡り、全員がそれを確かめた後苗木の手に戻ってメモは小さなネズミへと姿を変えてどこかへ消えていった。
やがて食事を終えた一同は食堂を辞し捜索へと解散する。しかし、彼らは一度は別れたものの、皆少しずつ時間をずらしてある場所へと集まっていた。その場所とは他ならぬ、大浴場であった。
「…さて苗木よ、そろそろあのメモの意味を教えてもらおうか。あれを見せるためにわざわざこの俺を朝食に呼び出したのだろう?」
全員がそろった所で、十神が苗木に問いかける。
「『黒幕に対して攻勢をかけられる方法が見つかった。詳しいことは脱衣所で話すから怪しまれないように皆集まってほしい。』…あのメモにはそう書かれてあった」
「一体どういう意味なのですかな!?」
内容が内容だけに事情を知る朝日奈以外の面々は苗木を急かしたてる。そんな彼らに対し苗木は非情に落ち着いた態度でどこか感傷的に答える。
「…初めに言っておくけど、今から見せる物を知る以上皆には黒幕を倒すことに協力することを約束してもらいたい。もし黒幕に刃向う意志が無いのならばここから去ってもらいたい。それだけは確認しておきたいんだ」
「何だと…?」
「…そんなこと今更ね。私は最初からそのつもりよ。少しでも手がかりがあるのなら私はそれを知らなければならない」
「そ、そうだべ!もう殺しなんてコリゴリだべ!俺たちはここから出るんだ!」
「…確かに少し退屈してきました。ここで黒幕を相手に勝負するのもいいギャンブルになりますわ」
意志の強さに差はあれど、全員が闘うことへの意志を示す。
「…よし、分かった」
苗木は一つ頷くと昨日それを見つけたロッカーに近づき、その扉を開ける。中を覗き込むと、そこにはどこかで見た覚えのあるノートパソコンが鎮座されていた。
「ノーパソ?…これが黒幕と闘う武器なのですかな?」
「でもこれどっかで見たような…ああ!思い出したべ!これ不二咲っちが持って帰った図書室にあった奴だべ!」
「何故それがこのような場所に…?」
「周りをよく見ればその答えが分かるよ」
「周り…?そういえばなんか違うような…なんかさっぱりしてる気がする」
「…この部屋には監視カメラが無いのよ」
「え?…あっ!ホントだ!」
「多分不二咲さんはだからここに隠したんだよ。モノクマに没収されないようにね」
「しかし何故ですか?あそこに放置されていた以上、不二咲君がいない今これから得られる情報は無いと思うのですが…」
「…理由はこれさ」
苗木がパソコンのキーを一つ叩くと、何も映っていなかった画面に突如として何か人の頭のようなものが現れる。皆がギョッとする中その頭が向きを変え、その顔を見せる。そこに映った顔は
『…おはよう!ご主人タマ!』
先日死んだはずの不二咲千尋の物であった。
「「んぎゃああああああッ!!不二咲っち(千尋殿)のお化けぇーッ!!!」」
突然現れ喋り出した故人の顔に山田と葉隠が抱き合って悲鳴を上げる。
「こ、これは一体…?」
「…苗木君?」
「…コクッ」
皆が戸惑う中、霧切の問いかけに答える形で苗木は一つ頷くと不二咲の顔が映ったノートパソコンの正面の場を譲る。
『あれ?どうしたの、ご主人タマ?』
返事がないことに不思議そうな声を出すモニターの中の不二咲に、霧切はパソコンの前にかがんでキーを押して文章を打ち込む。
『あなたは何者?』
するとその文に反応して不二咲が喋り出した。
『あ!僕は『アルターエゴ』!ご主人タマが作った自己成長型人工プログラムだよ!』
「アルターエゴ…?」
「最近話題になっているAIプログラムよ。人間並みの知識や知性を持ち、記憶を得て思考を重ね成長していくもう一つの人格。…不二咲千尋が『超高校級のプログラマー』と呼ばれるようになった所以ともいえる物よ。どうやら不二咲君は死の直前にパソコンに自分の人格を投影したアルターエゴを構築していたみたいね」
「昨夜朝日奈さんがここで見つけたんだ。その時はまだ起動中で話とかはできなかったんだけど、ここまでペラペラ喋るんだね…」
「…でも、あの時喋ってたら私気絶してたかも…」
アルターエゴについて説明したところで、霧切は次の質問を続ける。
『あなたはここで何をしているの?』
『うん。大体の事情はご主人タマから聞いてるよ。僕はこのパソコンの中のデータのサルベージとプロテクトの解除作業をしてるんだ。ご主人タマが言うには、予想以上に厳重なプロテクトがかかってるらしくて時間がかかるんだって。だからこういうことが得意な僕を創ってご主人タマが作業できない分の時間を僕が解析してるんだ。…でも、本当に物凄い厳重さだから、まだ完全に解析するには時間がかかるんだ…』
「チッ…なんだかんだ言って結局成果は無しか…」
「いやいや!こりゃ大発見もいいところだべよ!」
「確かにこのパソコンから有益な情報を得ることができれば、黒幕やこの学園の謎についてなにかしらの手がかりになるかもしれませんわね」
「不二咲に感謝せねばな…。あやつは死してなお我らに『希望』を残してくれた」
「…ホント、大した子だよね」
不二咲の残した思いがけない『遺産』に感謝していると、アルターエゴが不審げな声で乞いかけてくる。
『ところで…ご主人タマは?さっきから姿が見えないし声も聞こえないんだけど…』
その質問に皆の表情が曇る。特に、先ほどから少しではあるが反応を取り戻していた石丸が過剰なまでに動揺している。今までの彼の言動からするに、ご主人タマというのは不二咲の事だろう。どう伝えたものかと悩んでいると、霧切が一切の迷いなくキーを叩きだす。
『不二咲君は、大和田君に殺されたわ』
「ちょ!?」
全くはぐらかすことなく事実を突きつけたことにギョッとする。事実を知ったアルターエゴは驚き、信じられないような表情をしたがしばらく目を伏せているとやがて涙を流し悲しそうな声音で話し出す。
『…そっかぁ…えぐっ…やっぱりねぇ。分かってはいたんだ。ご主人タマがここで生き残る可能性は低いってことは、…いつかこんな時が来るってことは…ぐすっ…』
本物の不二咲のように泣くアルターエゴに、一同はどう声をかけるべきか悩む。
「なんだか…可哀想になりましたな…」
「辛いよね…自分の親…ていうかもう一人の自分を失うのって、どんな気持ちなんだろ…」
「気持ちなんてありませんわ。所詮プログラムですのよ」
「…本当にそうかなあ…?」
と、そんな皆の間をぬってとある人物がモニターの前に座り込む。
「不二咲君…」
憔悴した表情の石丸が、号泣しながらかすれ声でアルターエゴに語りかける。
「生きていて…くれたのか…?…恨んでいるか?兄弟を、兄弟を止められなかった僕を…?」
無論今話しかけているアルターエゴはあくまで不二咲の人格をコピーしたものであって不二咲自身ではないためその時の記憶がある筈が無い。しかし、それを言っても無駄だと判断した霧切は、アルターエゴにこう問いかけた。
『不二咲君は石丸君を憎んでいるの?』
『あっ…。そう…、石丸君は自分に責任を感じているんだね。』
質問から状況を察したアルターエゴは一旦画面から消える。そして次の瞬間、今度は大和田の顔が画面に映される。
『お前は、その責任の重さに潰されそうになってんじゃあねーだろうな!?』
「ッ!?お…大和田君ッ!?」
「こ、これは…!?」
『まあ…お前みたいなくそ真面目な奴に責任感じんなっつっても無理だろうな。けどよ、これだけは言っとくぜ。男の重さってのはよ、そいつが背負ってるモンの重さなんだぜ。お前になら分かるだろ?兄弟』
「あ…あ、あ…」
『立ち止まんのは仕方ねえさ。精々時間かけて後悔しやがれってんだ。そしたら知らねえうちに歩き出している。…人間てのは、それぐらい適当にできてるんだぜ…』
「…くっ…!ううッ…!」
そう言い残し消える大和田。そして入れ替わるように再び不二咲のアルターエゴが現れる。
「ご主人タマが入力した大和田君の情報を基に、僕なりにシュミレートしてみたんだ!」
「す、すげえな。ホントに大和田っちが喋ってるみたいだったべ」
「…で、でもちょっと美化しすぎなんじゃあないの…?」
「…染み…こんだぜ…」
「ん?」
大和田の言葉になにやら感極まった様子だった石丸がふと呟く。
「今の言葉が…、魂が…僕の中にィッ…!!」
「ちょ、ちょっと…」
「うおああああああああああッ!!!」
叫び声と共に石丸が立ち上げる。体から白いオーラのようなものを放ち、そのせいか髪まで白く変色したように見える。
「い、石丸君…?」
「石丸だぁ?俺はもう石丸じゃあねぇーッ!!俺だ、俺なんだぁーッ!!」
豹変した石丸が叫ぶと、部屋の中に異変が起きる。
「い、意味不明だけどすげえ熱気だべ!見てるこっちが熱くなりそうだべ!」
「それは言い過ぎ…って、ホントに暑い!?」
「…!?見ろ!部屋の温度計が…55℃だと!?」
そう、石丸の咆哮と共に部屋の室温も急上昇していたのである。
「フゥゥゥゥ…!今ならこの『力』の使い方がよーく分かるぜえぇぇッ!!」
「力って…まさか!」
「来いよ!『太陽(ザ・サン)』!!」
石丸の呼び声と共に、辺りの気温がさらに上昇する。
「な、なんだこの温度は!異常だぞッ!」
「へ、部屋の温度は…75℃ぉ!?さ、サウナなみじゃあねーか!」
「あ、汗が、汗が止まらなぁぁぁい……」
「!見ろ!あれをッ!!」
十神が指差した先、天井を見ればそこからは先ほどまでとは比べものにならないほどの光が放たれていた。
「な、なんだべこの光は!蛍光灯の故障け!?」
「阿呆ッ!そんな訳があるかッ!」
「この光と熱…、人工照明でこれほどの熱量が出る筈が無い。これはまるで…」
「石丸君…、これが君の…!」
「そうだ、これが俺の、いや!俺と兄弟のスタンド!」
石丸がその光を指差し、宣言する。
「太陽のスタンド!『ザ・サン』だッ!!」
光と熱の中心には、ボーリングの玉ほどの直径の火の玉が燃えながら燦々と輝いていた。それはまさに太陽そのもの。それこそがスタンド『ザ・サン』の姿であった。
「今は室内だからこの程度の大きさにしてやっているが、本来ならもっともっと大きいサイズにすることだってできるんだぜぇ~!…このスタンドは兄弟が俺に託してくれた『男の絆』の証明ッ!ここを出た暁には、兄弟と共にこの『ザ・サン』の暮れない夕焼けの下で男の語らいをするのだ!して見せるッ!この俺の生き様!見ていてくれ兄弟ィッ!!うおおおおおおおーッ!!」
石丸が走り去ると、スタンドの射程から外れたのか部屋の室温が元に戻る。
「ぜ、ぜぇ…な、なんだったんだべ?」
「ま、まあ元気がでて良かったんじゃあない…?」
「…あれはむしろ考えるのを止めただけなんじゃあないかしら?」
「石丸君は残念になってしまったのです…」
消えた石丸にそんな感想を漏らすと、霧切は気を取り直してアルターエゴと向き合う。
『こちらは任せて。あなたは引き続き解析作業をお願い』
『うん…。あ、そうだ!僕が生まれる前に済んでいた解析データの中に、少し気になる情報があったんだ』
「情報…?」
『この希望ヶ峰学園の閉鎖計画は、どうも希望ヶ峰学園の学園長とSPW財団の一部の人間が主体になって計画されたらしいんだ』
「学園長って…黒幕のこと!?それに、SPW財団まで…?」
「…本当に黒幕が学園長なのかは知らんがこの状況はどうやら巧妙に計画されて完成したものらしいな…それで、そいつらは何者なんだ?」
十神の問いを霧切が打ち込む。
『ええとね…、名前までは分からなかったんだけどその計画の資金の出所が、SPW財団の「超自然現象」部門とジョースター不動産になってたんだ』
「!ジョースター不動産だと!?」
「十神君知ってるの?」
「ああ。一不動産ながらアメリカ経済において重要なポストを占めている企業だ。…そういえば現会長で創始者のジョセフ・ジョースター氏はSPW財団と親密な関係にあると聞く。どうやらジョセフ・ジョースターが関わっているのは確かなようだな」
「…あ!俺も聞いたことがあるべ!前にそいつがいつ死ぬか占ってくれって頼まれたんだけど、なんか紫の茨みてえなのが邪魔して占えなかったんだべ。…占い頼んだそいつ次の日には行方不明になってたけどな」
「こ、怖いこと言わないでよっ!!」
「…SPW財団の「超自然現象」部門というのも聞いたことがありませんが…」
「名前から察するに、おそらくスタンド関連の部署ね」
「へ?なんで分かるのですかな?」
「忘れたのかしら?スタンド能力は常人には見えない。私たちはスタンドを持っている、あるいは素質があるから見えるけれど、普通に人には何もしていないのに勝手に物が壊れたり不可思議な現象が起きているようにしか見えない。まさに超が付くほどの自然現象としか捉えられないのよ。「超自然現象」というのはスタンドの事を隠すためのカムフラージュでしょうね」
「どちらにせよ、どうやら思いのほか大きな力が働いているようだな…」
皆が事の大きさに戸惑う中、苗木は頭を抱えて考えていた。いや、頭だけではない。彼の首の後ろにある少し変わった痣。生まれた時からあったというその星形の痣もまたうずいていた。
(「ジョースター」?「SPW財団」?「紫の茨」…?なんだ?どこかで聞いたことがあるような…糞っ!駄目だ、思い出せない…。本当に「頭から抜け落ちた」みたいに…)
『わしは君を信じとるよ。苗木君…』
(!なんだ今の…?誰の声だ!?信じる…?一体なんのことなんだ?)
「苗木君…?あなた大丈夫?」
ハッとして振り向けば、霧切を始めその場の全員が心配そうにこちらを見ていた。
「え…?あ、ああ!平気だよ!なんともないさ。ハハ…」
「ホントに大丈夫?昨日も泣いてたし、無理してない?」
「へっ?泣くって…苗木が?」
「!朝日奈さん!黙っててって言ったのに…!」
「…あっ」
「…ふ~ん。朝日奈さんその話もっと詳しく…」
「ちょ!セレスさん!!」
アルターエゴという「希望」を得たことで、皆の中に少しではあるが和やかな雰囲気が戻ってきたようであった。