「ようし、それでは…!」
「張り切っている所悪いが、既にこの事件はほぼ解決している」
裁判が開廷して早々、十神が全員に向かって宣言する。
「な、なんだってぇーッ!?」
「ほ、ホントなの十神!?」
「当たり前だ。…今回の事件の犯人は『ジェノサイダー翔』だ」
「……じぇのさいだぁ翔?」
十神の口から出た人物の名に聞き覚えのない人間はぽかんとする。
「ジェノサイダー翔…巷で噂になっている連続殺人犯…だったかしら」
「ほう、よく知っていたな霧切。意外と噂好きなようだな」
「れ、連続殺人犯ん!?」
「…ていうか、なんでそいつが犯人だって分かるのさ?」
「…現場の状況が、ジェノサイダー翔の犯行後の状態と酷似しているんだ」
「へ?」
「ジェノサイダー翔は殺害した被害者を必ず磔にし、被害者の血で書かれた「チミドロフィーバ―」という言葉を現場に残している…ここまで言えば分かるだろう」
「なんと…!確かに不二咲が殺されていた状態と同じだ!」
「で、でも、この中にはジェノサイダー翔なんて名前の奴はいねえべよ?」
葉隠の反論に十神が嘲笑を持って応える。
「当たり前だろう。そんな名前の奴がいればとっくの昔に逮捕されている」
「そ、それでは模倣犯というわけですかな?」
「いや、ジェノサイダー翔の犯行は基本的に公にはされていない。精々霧切のように名前が噂程度に広まっているだけで殺害法や磔にされていることなどはほとんどの人間は知る由もない」
「では一体…?まさか…」
「そうだ。…この中にいるんだよ、本当のジェノサイダー翔がな!」
「な、なんだってぇーッ!!」
十神の言い放った衝撃の事実に、全員の顔に動揺が走る。
「だ、誰だ!誰がそのジェノサイダー翔とかいう奴なんだよ!」
大和田が詰め寄ると、十神は満足そうにたっぷりと間を取ってある人物を指差し宣言する。
「………腐川冬子だ」
「………えっ?」
真っ先に声を上げたのは、他ならぬ腐川本人であった。
「うぇっ?はっ?…ええ?」
「ちょっと待ってよ!腐川ちゃんは血が苦手なんだよ!!血が苦手な殺人鬼なんて聞いたことないよ!!」
朝日奈の最もな反論にも、十神は一切態度を崩すことなく応える。
「ジェノサイダー翔はそいつであってそいつでない」
「なぞなぞか?分かりづらいべ…」
「…苗木、教えてやったらどうだ?貴様は既に分かっているのだろう」
「何ぃ?どういうことだ苗木!」
「…腐川さんはふつうの人じゃあない。『多重人格者』なんだ」
「たじゅうじんかく…?」
「簡単に言えば、一人の人間に二つ以上の意識が存在しているということだね。多重人格者の中には人格だけでなく、体格や運動能力まで変化するケースもあるから、腐川さんみたいな人が殺人鬼のような性格になったとしても不思議じゃあない」
「ま、待て待て!どうして苗木君が腐川君が多重人格者だということを知っているのだ!?」
「僕の『ゴールド・E』は触れた相手の生命エネルギーを感じ取ることができる。その時、多重人格者に触れた場合は、人格の数だけ生命エネルギーを感じ取ることができるんだ。同じ肉体にいるとはいえ、その人格も一個人。生命エネルギーは別物だからね」
「ま、待ちなさいよ!わ、私はあんたに触られてなんか…!」
「…確かに、さっき部屋の前であったあの時『僕』は触れていない。けれど、僕の『ゴールド・E』の射程はおよそ2m、あの瞬間にスタンドの手を伸ばせば君に触れるぐらいのことはできる」
「うぎ、ぎ…!」
反論を潰され、うめき声をあげる腐川は十神に懇願するような目を向ける。
「…どうして」
「そうだよ!いくら多重人格だからって、腐川ちゃんがジェノサイダー翔だとは限らないじゃん!苗木も言い過ぎだよ!」
「……」
「…朝日奈、勘違いするな。そいつのどうしてというのは、…どうして黙っていなかったのか?…ということだ」
「…え?」
「どういうことだ…!?」
「先日そいつが俺の部屋を訪ねてきてな、『自分は多重人格者だ。自分の中の殺人鬼、ジェノサイダー翔抑えられなくなるのが怖い』と告白してきたんだよ」
「…ん?じゃあ苗木っちはなんで知ってたんだべ?」
「あれだけ露骨にヒントを与えられればそりゃ気づくよ…」
「どうして、黙っててくれるって…約束したのに…。約束守れれば…付き合ってくれるって…」
「馬鹿か貴様。ここは自分お得意の恋愛小説の中じゃあないんだぞ。貴様の勘違いで動かされてたまるか。…だがどうやら約束を守れなかったのは貴様の方だったようだな。言い訳は別の奴に聞かせてもらうとしよう」
「べ、別の奴!?そそそ、それってッ…!」
と、そこで腐川が後ろに向かって卒倒し、瞬間起き上がった彼女は。
「それってあたしのことかしらあぁ~んッ!!」
殺人鬼、『ジェノサイダー翔』へと変貌していた。
「「うぎゃあああああ!!?」」
「もしかしてバレちゃった系!?でもまあ仕方ないよねー。そう、アタシが『超高校級の殺人鬼』ジェノサイダー翔ゥ!!!…本名は腐川冬子ってダセー名前なんだけどね!」
「…ど、どうしたんだ腐川君…?」
「ぎゃへへへへへ!!!健全な殺人は健全な精神と肉体に宿るの!!」
「…こうまで違うのか、普段のあいつと…」
更衣室でもその一端を見せた腐川の変容に、予想していた面子を除いて全員が唖然とする。
「…これで分かったろう。その殺人鬼が不二咲を殺した犯人だ。動機もある」
「動機だと…?」
「俺への態度からも分かっただろうが、腐川冬子がジェノサイダー翔だということは絶対他人にバラされたくない筈だ。不二咲が何らかの理由でそれを知ってしまったとすれば、動機としては十分だろう」
「ふーん成程ね~。フムフムフムフム…でもざぁんねん!!アタシは犯人じゃあないのでーす!!」
「…ハァ?」
「誰が信じると思う…?」
「そうだよ!殺人鬼の言葉を信じる奴なんていないよ!!」
ジェノサイダーの容疑の否認に対し、辛辣な言葉が投げかけられるがジェノサイダーは意に介さず続ける。
「信じる信じないは別としてぜぇーったい納得していない奴が一人いると思うんだよねー!」
「何…?」
そう言ったジェノサイダーの視線が、とある人物に向けられる。
「そーだよねー?マー君……あら?」
猫撫で声で嬉々として苗木に視線を向けたジェノサイダーの動きが突如止まる。
「な、何…?」
「…あんたホントにマー君?」
「ま、マー君…?」
「マー君はマー君だよ!な・え・ぎ・ま・こ・と!!誠だからマー君!で、ホントにあんたマー君なんでしょーねッ!?」
「…いつからお前にそう呼ばれてるのかは知らないけど僕は苗木誠だよ」
「ハァー!?ちょっとちょっと!どうしちゃったのさマー君!前にあった時はなんかこう、スーパーサ○ヤじーん!!みたいな?感じだったじゃんか!!いつからそんな冴えないイメチェン失敗しちゃったのさ!?それじゃあアタシの殺る気スイッチも永久OFFだよ!!テンションピアニッシモだってーのッ!!」
「…言っている意味が分からない。イカれているのか?」
「イカれているからそんな奴なんだろうが」
ジェノサイダーの意味不明としか取れないような言葉の数々を若干引きながら苗木は受け止める。
「…まあいいや。それよりマー君、ホントにマー君なら今のこの状況に全然納得していないよねぇ~?」
「…まあ確かに、ね」
「…ほう?」
ジェノサイダーに同調するように不義を立てた苗木に十神が面白げな視線を向ける。
「一体何が納得いかないというのだ?お前も過去の事件記録を見ただろう。今回の事件は過去の一連の事件と手口が『一致』している。そいつが犯人であることは間違いない」
「それは違うよ!」
「…何?」
「おやおやおや?分かんないのド雑魚がッ!!」
「ドッ…!?」
なにやらショックを受けている十神をスルーし、苗木は疑問に思ったことを口にする。
「まず、殺害方法の時点から違和感を感じていたんだ」
「殺害法…って、ダンベルで殴られたっつーあれか?」
「ジェノサイダー翔は過去の一連の事件で、被害者を鋭利な刃物…鋏で切り付けて殺している。あれだけ法則的に同じ凶器で殺している殺人鬼が、今回に限って得物を変えるとは考えづらい。それに、不二咲さんは磔にされていたけど、ジェノサイダー翔はその磔にも鋏を使用していたのに、今回はロープ状の物で括り付けられていたんだ」
「人気のラーメン職人がスープや麺や具材にこだわるように、アタシは鋏で惨殺することにこだわってんの!」
「偶々鋏が手に入らなかっただけなんじゃあねーのか?」
「それにこんな事態の最中だ。生き残る為に得物を選ばないぐらいのことはするんじゃあないのか?」
「だぁってろ負け犬が!まー君に出し抜かれそうだからって男らしくねーぞ!!」
「負け…犬…!?」
「…本当にそうかしら?」
と、今まで沈黙を保っていた霧切が声を上げる。
「どういうことだ霧切?」
「話を聞いている限り、彼女…ジェノサイダー翔は『殺人』というものに個人的な美学すら持っているわ。そんな人間が、殺人の為の凶器をわざわざ現地調達しているとは考えづらいとは思わない?」
「さっすがキョーコちゃん!!分かってる…」
そう言いながらジェノサイダーはスカートの中に手を突っ込み、
「…じゃなあーい!!」
抜いたその手には鋭利な鋏が握られていた。
「えーっ!?装備済み!?」
「使い慣れた鋏は絶対手放さないんですけど!……それに、もう鋏切れを起こすこともないしねぇ~!!」
「?どういう…」
「お見せしましょう!アタシのスタンドをッ!!」
「おいでませぇ~!!『メタリカ』ッ!!」
その言葉と共に、周囲の空気が変わる。
「何が……ッ!?」
と、不審がる霧切のいる席の真下から鋏が飛び出てきた。
「…うおっ!?俺の学ランのボタンから鋏がッ!?」
「うぎゃわーッ!?僕の眼鏡のフレームからもーッ!!?」
あちこちから雨後の筍のように飛び出てきた鋏が、磁石に引き寄せられるかのようにジェノサイダーに集まっていく。そしてその鋏に囲まれながらジェノサイダーはうっとりした表情で自身のスタンドについて語りだす。
「これがアタシのスタンド『メタリカ』!!周囲の鉄分を操作していくらでも鋏を創り出すことができるのでぇーっす!!聞いたら鉄分ってこの地球上のどこにでもあるって話じゃあなーい!!つまり!アタシはその気になればテメエらの体からだって鋏を調達できるってことだよ!!これでもアタシが鋏を手に入れられなかったって言える~ゥ?」
ジェノサイダーの言葉に誰も何も言えずにいたが、それ以上にそのスタンドの凄まじさに息を吞む。「殺人鬼」と「無限に凶器を生成できるスタンド」。これほどまでに相性のいいスタンドとスタンド使いのペアがあるだろうか。
「…ホントはこれおじやちゃんのスタンドなんだけどねぇ~、なんでか知らないけどアタシのスタンドになっちゃってんだよねぇ」
「…おじやちゃん?」
「アラヤダ!おじやちゃんの事まで忘れちゃったの!?おじやちゃんってのはアタシの殺り友のリゾット・ネエロのことに決まってんじゃん!リゾットってよーするにおじやのことでしょ?だからおじやちゃんな訳よ!」
「…よく分からんがそのスタンドは元々リゾットとかいう奴の物だったが、いつの間にか貴様が所持していたということか?」
「Yesッ!そういう訳で、仮にアタシがあのロリッ娘を殺ったとしてアタシがあんなクソ重たそうなダンベルでぶっ殺す必要はないってこと!つーかアタシ鋏より重たいもの持てないんだよねー♪ゲラゲラゲラゲラwwww」
「まっ…待てよ!確かに凶器の事は納得できるけどよ!磔はお前にしかできねえだろーが!」
「ジェノサイダー翔の手口は公には公表されていない。それができるのは本人であるお前だけだ」
「無理無理!つーかアタシ固結びできねーから紐で磔とか無理ゲーだっつーの!!」
「では誰かがその方法を模倣したと…?」
「あり得ん。普通の人間にそれを知る術はない」
「…それはどうかな?」
再び難解入りした審議に、苗木が待ったを入れる。
「君ならそれができるんじゃあないかな……十神君?」
「何…?」
「君は言ったよね。図書室にあった警察の内部資料と同じものを以前に見たことがある、と。それが本当なら君は事件以前からジェノサイダー翔の手口を知っていたとしても不思議ではない」
「…俺が犯人だと言いたいわけか?」
「さあね…ただ僕は、君なら磔にすること自体は可能なんじゃあないかと言っているだけさ」
「根拠はあるんだろうな?」
「根拠ならあるわよ」
と、そこに霧切が割って入る。
「不二咲さんを磔にしていた物…。あれに十神君は見覚えがある筈よ。あのロープ…いえ、延長コードにね」
「なぁにぃ~!?延長コードですとぉぉッ!?」
「昨日十神君、あなたは図書室で電気スタンドを引っ張り出して読書をしていたそうね。だったらその時使った延長コードの所在をあなたは知っている筈よ」
「……」
「…どうなんだね十神君!なんとか言ったらどうなんだッ!?」
黙り込む十神に詰め寄る。と、
「…フフフ」
「…!?」
「クックック…フハハハハッ!いいぞ苗木!流石だ!やはりお前はその辺のクズとは違う。平凡の皮を被っておきながらこの中の誰よりも場慣れしている!貴様は一体何者だ!?その正体をここで明らかにしてやる!さあどうした!?もう終わりではないだろう?俺が犯人だというのなら証拠を見せてみろ!!」
追い詰められている筈なのに、なおも高飛車な態度を崩さずあまつさえこの状況を楽しんでいるかのような十神に、他の生徒たちは一瞬恐怖すら感じる。しかし、当の苗木はそれを見て一瞬ぽかんとした後苦笑しながら口を開く。
「…十神君。盛り上がっている所悪いけど、僕は君が犯人だなんて一言も言っちゃあいないよ」
「…何だと?」
「僕はただ、君ならジェノサイダー翔以外に死体を磔にすることができると言っているだけであって、君が不二咲さんを殺したとは言っていないよ」
「どういうことだ!?」
「やっぱジェノサイダーけ!?」
「いや、ジェノサイダーでもない。むしろ十神君以上にシロだよ」
「え?ホントどういうこと…?」
「…つまり苗木君。こう言いたいのかしら?ジェノサイダー翔は事件と無関係で十神君は不二咲さんを磔にしただけで、不二咲さんを殺したのは別の人物だと…」
「え?え?え!?」
「そういうことさ」
「貴様…!この期に及んで話をややこしくして逃げようとしているのではないだろうな!?」
「そんな無駄なことはしないさ。…まず、第一に十神君には不二咲さんを殺すだけの動機がない」
「動機…?まあ確かに十神が不二咲に弱みを握られるってのは想像できないけど…」
「待て!先日十神君は不二咲君と口論の末手まで挙げている!それが動機になるのではないか?」
「ふざけるなッ!この俺がそんな下らん理由で殺しなどするものか!!」
「…そういう訳で、十神君には不二咲さんを殺すだけの決定的な動機がないんだ。だから十神君が犯行に及んだとは考えにくい。そしてもう一つ、これはジェノサイダーに関することなんだけど、ジェノサイダー翔の被害者には共通点があるんだ」
「そう!アタシは殺す相手にもこだわりがあんのよッ!」
「なんなんだねそれは!?」
「…ジェノサイダー翔の被害者は、全員男性なんだよ」
「え!?そうなの?」
「そう!アタシが信念と情熱をもって殺るのは『萌える男子』だけなのよッ!!キャー!言っちゃった!ハズカシー!アタシったら貴腐人コースまっしぐらの腐女子なんだもーん!!…つー訳でアタシはあのロリッ娘になんの興味もないわけ!つかレズかよ!」
「…最後にもう一つ、十神君とジェノサイダーが犯人ではない裏付けがある」
「な、なんなんだそりゃあ?」
「十神君とジェノサイダーは、この事件の一連の流れにおいて決定的なことを知らないんだ」
「決定的…?」
皆が首を傾げる中、一人ハッとした霧切が驚いた表情で苗木に問う。
「苗木君…あなた、知っていたの?」
「まあね…」
「…フゥ、本当に抜かりがないわね」
「どういうことだ!二人だけで納得してないで我々にも説明してくれたまえッ!!」
「…まず、殺害現場からだ。僕らはずっと女子更衣室を事件現場として出入りしていたけれど、…実際は事件現場はあそこじゃあない」
「…と、いいますと?」
「本当の事件現場、つまり不二咲さんが殺されたのは女子更衣室じゃあない。…男子更衣室なんだ!」
「ふええええーっ!!?」
「何だと…!?」
「あの女子更衣室には、グラビアアイドルのポスターが貼られていた。どう考えてもミスマッチな代物だ。片や男子更衣室にはジャニーズアイドルグループのポスターが貼られていた」
「ふつう逆だべ!」
「おまけにそのグラビアのポスターには血痕が付いていた。おそらく不二咲さんを殺した時の返り血だろう。わざわざポスターを女子更衣室に貼り換えてから殺すとは考えにくいから、殺してから死体ごとポスターを貼り換えたと考えるのが自然だろう」
「…だがそれに何の意味があるというのだ!!」
「…あーそれによ、本当に男子更衣室で殺されたってんなら、どうやって不二咲っちは男子更衣室に入ったんだべ?」
「…その答えは簡単よ」
苗木の言葉を霧切が引き継ぎ、その口から衝撃の事実が語られる。
「不二咲さんは、…男子よ」
『………』
「はー、男ですか。どうもありがとうございました……って」
『何ィーーーーーッ???!!!!!!』
「不二咲さんの遺体を調べているときに気づいたのよ。体つきも、一見女性的ではあるけれど男性の特徴が各所に存在していたわ」
「お、お、お、男ってことはももももしかして…!」
「そう!不二咲千尋は『男の娘』だよ!!」
霧切の言葉をにモノクマも肯定するが、何故プラカードに書かれた男の子の『子』の字が『娘』になっているのだろう。
「なッ!?なんと女装だったかぁ!!おのれ萌えやがる!殺っときゃ良かった…」
「そういう訳で、不二咲さん…いえ、不二咲君が男子更衣室に入れたとしてもなんの問題もなかったということよ。モノクマが把握している以上、電子生徒手帳も男性用が支給されている筈。……けれど苗木君までこのことを知っていたのは予想外だったわ」
「以前不二咲さんに触れた時にね…生命エネルギーってのは男女でも差があるからどんなに中性的でも僕は男女の区別ができる。不二咲さんは見た目こそ女性だけど生命エネルギーの形は完全に男性の物だったからね。本人になにか理由がありそうだったから今まで黙っていたんだけれど…」
「け…けどさ、ジェノサイダーはまあ分かるとしてなんでそれが十神っちが犯人じゃねえって証拠になるんだべ?」
「十神君は多分犯人が立ち去った後不二咲さんの死体を発見してそれを磔にしたんだ。だから十神君は現場を女子更衣室だと思っていた。さっきの反応を見る限り間違いなさそうだしね。もし十神君が犯人で、不二咲さんを男子と知っていて男子更衣室で殺害したのだったら、朝の時に何の躊躇いもなく女子更衣室に入るのはあまりにも無謀な行為だ。男である以上男子更衣室から探すのが普通だから、そんなことは自白に等しいと言っても過言ではない。それができたのは、自分が犯人ではないという絶対的な確信があったからこその行動だと思うんだ。……違うかい?十神君?」
苗木の問いに、十神は真剣な顔で周りを見渡し、…自虐的な笑みを浮かべて吐き出すように答える。
「……フン、踊らせていたつもりが手のひらの上で踊っていたのは俺だったという訳か。とんだ孫悟空だな俺は…」
「不二咲さんにしたことへの罰みたいなものさ」
「少しは弄ばれる側の気持ちがわかったかしら?」
「チッ…そうだ。俺は殺してなどいない。偶々最初に不二咲の死体を見つけたから少し偽装しただけだ」
「ケッ!惨めなもんだな、不二咲をあんな目に合わせるからだこのダボがッ!」
殆ど反省の色が見られない十神であったが、苗木にこっぴどく自分の策の穴を突かれたことで周りも怒るよりもザマァみろといった雰囲気となってあまり険悪なムードにはなっていなかった。
(…事件の難解化を防いでなおかつ審議の雰囲気を悪くさせないとは、…十神君の言うとおり苗木君はやっぱり只者ではないわ。それに、十神くんもここまであっけなく自分の甘さを認めるとは意外ね。彼なら強がってもっと自己弁護に走るかと思ったのだけど…)
「…では仕切り直しですわね。まず不二咲さ…君の死んでいた状況を整理してみましょう」
「不二咲が死んでいたのは女子更衣室…だが、実際に殺されたのは隣の男子更衣室だった。それぞれの更衣室に入るためには男子と女子、両方の電子生徒手帳が必要となる」
「不二咲千尋殿は男の娘…もとい男子であった故に、この犯行は女子にしか不可能なのではないですかな?」
「いや、女子の電子生徒手帳に関しては玄関ホールにある舞園の電子生徒手帳を使えば問題ない」
「でもそれって、校則違反になんじゃあねーか?」
「馬鹿が、よく校則を見てみろ。校則には他人への譲渡及び貸出を禁止するとしか書いていない。裏を返せば、借りること自体は違反にはならない」
「そのとーりなのです!!」
「じゃあ男子でも殺せたってことになるね」
「待て、舞園さやかの電子生徒手帳があったということは桑田の電子生徒手帳もある筈。ならば女子にも犯行は可能なのではないか?」
「残念だけど、桑田君の電子生徒手帳は壊れていたわ」
「…それ以前にこの犯人は不二咲君と一緒に男子更衣室に入っている以上それが不審に思われない人物である必要がある」
「…っつーことは…犯人は男子?」
「そういうことになるな……が」
「そこまで…しか分かりませんなあ」
そう、そこまでしか答えが出ないのだ。舞園の時は舞園自身の残したダイイングメッセージや証拠の隠滅法から犯人を導き出すことができたが、今回の事件は男子であればだれでもできるような殺害法であり、さらに現場や死体を動かされているためダイイングメッセージも残っていないのでこれ以上の手がかりが無かった。
(…あの事と犯人のスタンドに関することはまだ言うタイミングではない。せめて犯人をある程度断定した状況で言い出さなくては効果が薄いからな…)
皆が押し黙る中苗木がそのタイミングを伺っていると
「…そういえば」
不意に、セレスのが口を開き
「私、昨日の夜不二咲君に会いましたわ」
衝撃的な内容を口にする。
「えええええッ!?」
「ちょ、マジ?セレス!?」
「ええ、大マジですわ」
「どうして黙っていたのだね!?」
「忘れてましたわ」
「忘れ…まあいいや。それよりセレスさん、不二咲君に会ったというのは何時頃のどこで会ったの?」
「昨夜の真夜中頃に寄宿舎の倉庫で会いましたわ」
「思いっきり事件の直前じゃん!!」
「ですから忘れていたのですから仕方ないでしょう…昨晩私はあんまりにも暇でしたので倉庫でなにか手慰みになるようなものがないか見に行ったのですが、その時ちょうど不二咲君が倉庫から出てきたのと鉢合わせまして。なにやら急いでいるようでしたので走り去ってしまって殆ど話もしませんでしたわ」
「その時、彼はなにか持ってたりしていなかったかしら?」
「確か…そうですわ!スポーツバッグに何か服…いえ、ジャージを詰めていましたわ」
「ジャージ?」
「…あっ!多分不二咲ちゃんトレーニングする為に更衣室に行ったんだよ!」
「トレーニング?不二咲が?」
「左様。最近不二咲は自分を鍛えるためにトレーニングをしたいと言っていた。我や朝日奈も付き合おうとしたがことごとく断られていたのだが…あいつが男であったのならそれも頷けるな」
「じゃあ不二咲君は犯人と一緒にトレーニングをする為にジャージを持ち出したってことか。けどそのジャージはどこに在るんだろう?」
「現場にはジャージらしきものは残ってなかった。恐らく犯人が処分したのね」
「なにかしらの手がかりになるからか…。そう言えばジャージにはいくつか色の種類があったな」
「不二咲ちゃんは誰かと待ち合わせてたんだよね?だったらその相手とジャージを選んだりしてたのかな?」
「…そうか分かったぞ!犯人のジャージは不二咲君の物と同じ色、つまりお揃だったのだ!!」
「つーことは犯人のジャージはあいつと同じ『青い』ジャージだったってことか。…じゃあ俺は違うな。俺のは黒いジャージだ」
「ッ!!」
「…!」
「……!」
大和田の言葉に、苗木、霧切、十神が眼の色を変える。
「な…なんだよお前ら…?」
「大和田君…」
「どうして不二咲さんのジャージが『青』だって知ってるの?」
不二咲の性別を見分けたくだりに関してはほぼ独自設定ですのであしからず