その後、霧切に詰め寄られた苗木は自身の能力について洗いざらい白状させられることとなった。どういう経緯で手に入れたのか、どんなことができるのか、何故黙っていたか、など。
「…スタンド能力、ね。私もまるで聞いたことがなかったわ」
「そりゃあ、世間的には超能力で纏められてるからね。僕も他のスタンド能力者には会ったことがないし」
「…会ったことが無い、ってことは、スタンドっていうのは苗木君が名づけたの?」
「いや、そうじゃなくて………あれ?」
そういえば、何故自分はこの力の事をスタンドと呼んでいるのだろう。自身が名づけた訳ではないから、誰かから聞いた筈なのだがそれが誰からなのか、まるで思い出せない。
「…苗木君?どうしたの?」
「あ、いやなんでも…」
ごまかそうとした苗木だが、霧切の刺すような視線を受け若干考えた末、真実を口にする。
「…実は入学前の記憶が無いんだ。具体的には入学案内が届いた夏休み前から今日までの記憶が…」
「!?あなたも記憶が…?」
「え…?も、ってことは霧切さんも?」
「…ええ、私の場合は入学前どころか自分自身の事についてすら分からないの。自己紹介の時、私は自身の才能を言わなかったけど、あれは隠していた訳じゃなくて、…本当に分からなかったからなの」
その言葉に、苗木は思考を巡らせる。
(昼間の様子を見る限り、他に自分たちの様に記憶が無いそぶりをしていた生徒はいなかった。……いや、違う。素で言っているのかと思ったけど、舞園さんも僕の事を一部忘れているみたいだった。もしそれが僕の失われた記憶と一致する内容なのだとしたら、僕の中三の夏休み以降の記憶と霧切さんの記憶、そこに黒幕に関する何かがあるのか…?)
「……ねえ苗木君、一つ約束をしないかしら?」
考え込んでいた苗木であったが、霧切からかけられた声に一旦思考を止める。
「?何、霧切さん」
「この学園生活において、私たちの記憶喪失は重要な手がかりであると同時に弱みにもなりうるわ。失った記憶は信用されることにおいて不安要素にもなるし、記憶を餌にして罠にかけられる恐れも出てくるわ。……だからお互い、記憶が無いことは内緒にしておかないかしら」
霧切からの提案は、妥当なものであり記憶の手がかりを探ろうとする苗木にとってもこれ以上秘密をいる者が増えるのを防ぐためには好都合なものであった。
「…うん、分かった。誰にも言わないよ、約束だ」
そう言って苗木は手を差し出す。本来は女性から出すまで待つのがマナーというものだが、見る限り霧切はこういうことをしない人物と思った苗木が己の決意の証として気を利かせたのもであった。霧切はその行為に少し驚いたようであったが、やがて僅かに表情を和らげると、自身も手を差し出してその手をしっかりと握る。
-チクッ!
「っ痛!」
「え、ど、どうしたの霧切さん?」
いきなり顔を顰めて手を放した霧切に、苗木が心配して声をかける。
「…ごめんなさい、なんでもないわ。手袋に棘でも刺さってたみたい。血も出てないし、心配はいらないわ」
「そ、そう…」(棘…?僕の方はなんともなかったのに…)
不思議に思いつつ、苗木と霧切は体育館を辞し、互いの部屋に戻った。
この時、暗がりであったせいか二人は気づくことはなかった。
互いの握手したその手に、小さな刃が突き刺さったかのような傷ができていたことに。
キーンコーンカーンコーン
希望ヶ峰学園の朝は、チャイムと共に始まる。
『えー、朝です。起床時間になりました!さて、今日も張り切っていきましょう!』
モノクマによる全員に向けたモーニングコールにより、大半の生徒は目が覚める。といっても、監禁された翌日に十分な睡眠をとれるような人物は少数であったが。普段からごく普通の学生生活を送っていた苗木もまた、この時間には目が覚める筈であった。が、
「zzzz…」
現在彼はそんなチャイムやモーニングコールなど知ったことではないとばかりに爆睡していた。見れば、ベッドにうつぶせになった状態で眠りこけており、昨晩部屋に戻るやいなやベッドに倒れ伏して寝入ったことが容易に想像できた。やはり弱体化したスタンドによるスタンドパワーの消耗は、予想以上に苗木の負担になっていたようだ。
ピンポーン
と、静まり返った苗木の部屋にインターホンの音が鳴る。しかし、その程度の音では苗木誠は目覚めない。
ピンポンピンポンピンポーン
「……んん…うるさいなぁもう…」
しかし、だいぶしつこくこうも鳴らされればいい加減に目も覚めるようである。
「はい、誰ですか…」
「遅いぞ苗木君!起床時間をもう15分もオーバーしているぞ!」
ドアを開けてみれば、そこには憤慨した表情の石丸が立っていた。あんなことがあった翌日のこんな朝早くだというのに、よくこれだけ元気でいれるものだ、と苗木は若干呆れながら感心する。
「お、おはよう石丸君」
「うむ!おはようだ苗木君!さっそくで悪いが皆に提案があるんだ。もうみんなは起こしているから君も食堂に来てほしいんだ。では、先に行って待っているぞ!」
それだけ言うと石丸は踵を返して食堂へと去って行った。わざわざ声掛けまでされて無下にもできないので手早く身だしなみを整えると苗木も食堂へと向かう。しかし、その足取りはおぼつかず、時折ふらついたり壁に手を掛けながらゆっくりと進んでいた。
「くそ…スタンドパワーの全開がここまで堪えるなんてなぁ。前はこんなに疲れたことなんてなかったのに………前っていつだっけ?」
ふらふらと食堂へやってきた苗木。そこには既に自分を除いた14人の生徒が集まっていた。自分のように石丸に叩き起こされた者もいるのか眠そうに眼をこすっている者もいる。
「うむ!全員揃ったようだな!」
「んにゅう…昨日眠れなかったからまだ眠いよぉ…」
「石丸よ。先ほど言っていた提案とはなんなのだ?」
「そうだテメエ!こんな朝っぱらから起こしやがって、くだんねえ事だったら容赦しねえぞ!」
無理やり起こされて気が立っている連中を諌めながら、石丸は全員に向けて話し出す。
「まあまあ落ち着きたまえ大和田君。皆を起こしたことは確かに悪かった、申し訳ない。だが、これからの学園生活を送る上で必要なことと思ってしたことなのだ」
「…どういうことだべ?」
「皆も知ってのとおり、僕たちはあのモノクマにより互いに殺し合いを強制する学園生活を強いられている。しかし、どんな理由があったとしても人殺しをしていい理由になど決してなりはしない!その為に我々は一致団結してこの学園生活を乗り切り、ともに脱出する方法を模索しなくてはならない。…そこで、その一環としてこれから毎朝の朝食を全員で揃って食べるようにしてはどうかと思うのだが、君たちの意見を聞かせてほしい!」
石丸の提案に、他の面々は困惑した表情でお互いに話し合う。
「揃って朝飯って…給食じゃねえんだしなあ…」
「私たち、そこまで親密な間柄でもありませんしね」
「い、一緒にご飯食べて噂されると困るし…」
「…どこのギャルゲーですかな…」
皆の意見が自分の思惑と大きく外れていることに、石丸は若干焦りだす。
「い、いやそういう意味ではなくてだな!別に親しくてとかではなく…いや確かに仲良くしなければいけないのだが…」
テンパっているのか意思疎通ができていない石丸に、この提案の真意を悟った苗木が助け舟を出す。
「…石丸君が言いたいのは、皆で朝食を食べることで全員の安否の確認とお互いの意見交換を行えるから、ってことだよね?」
『!?』
「おお!そうだとも苗木君!」
自分の意図を察してくれたことに喜ぶ石丸に苦笑し、苗木は全員に分かるよう噛み砕いて説明をする。
「まず、全員で朝食をとることのメリットは二つ。一つは、全員の出席を確認することで、その日の朝に全員居るということを把握することができるということ。みんな自由に動いてばかりじゃあ、万が一のことが起きた時に誰がいつまでいたということを把握できないから、余計に混乱するだけだからね」
「…確かに、他の人が見たって言ってもそれが食い違うこともありますからね」
「捜査に余計な情報を持ち込まれるのは邪魔にしかならないわ」
「二つ目は、お互いの意識の違いを理解することだよ。ここにいる皆は、全員出自から性格、これまでの経歴もバラバラな人達ばかりだ。当然、物事ひとつ捉えるのにもお互いの考えの食い違いが起きて、それがよからぬことの原因にもなりかねない。だからせめて、この朝食の場だけでも全員がそろってコミュニケーションを取り、互いの価値観の違いについて分かり合うことで仲間意識を高めることができると思うんだ」
「ふむ…。相互理解した価値観は連帯感を生み出すことにもなる。我らがお互いを手にかけることを防ぐ意味でも、確かに有効的なことかもしれぬな」
「そう、そうなのだ!だからこの朝食会はきっと僕たちにとって有意義な…」
「下らん」
纏まりかけた話し合いに、水を差す者が現れた。
「な…!?」
「聞こえなかったのか?下らんと言ったのだ」
声の主は先ほどから黙ってこちらを伺っていた十神白夜であった。
「な、何が下らないと言うんだ十神君!」
「何が?すべてに決まっているだろう。貴様らこの学園生活を仲良しこよしのお遊びと勘違いしているようだからハッキリ言ってやる。これは殺し合いだ。命を懸けたゲームだ。明日にも自分を殺すかもしれん奴に、どうして自分の手の内をさらけ出すような真似をする必要がある?そんなことに興じている暇があるのだったら、精々殺されないよう部屋に引きこもっている方がよっぽど有意義というものだ」
十神の冷酷なまでの物言いに、石丸は顔を引き攣らせほかの者も唖然とした表情を浮かべる。
「ち、ちょっと十神君!ゲームだなんてそんな…、人の命が懸かっているのよ!分かって言ってるの!?」
舞園が抗議の声を上げるが、それに対し十神は蔑むように言い伏せる。
「分かっている?分かっていないのは貴様らの方だ。奴の言葉の意味を分かって言っているのか?俺たちは互いにハンターでもありターゲットでもあるんだぞ。いつ寝首をかくかしれん奴を貴様は何の疑いもなく受け入れるのか?だとしたら相当おめでたい奴だ。あるいは死にたがりか?希望するなら俺が殺してやっても構わんぞ」
「っひっ…!」
高圧的に見下す十神の視線に耐えきれず、舞園が後ずさる。と、その舞園を庇うように苗木が進み出て十神の前に立つ。
「苗木君…」
「…そうならないための朝食会なんじゃあないのか十神君?今はお互いの事を分からなくとも、何度も行動を共にすることで相手の本質を理解する。それができれば少なくとも、十神君が危惧しているようなことになる危険性は少なくなると思うんだけど」
「……ふん。貴様らのような下等な連中に付き合っていられるほど、俺は暇じゃあないんだ」
吐き捨てるように言う十神。そしてその物言いに、我慢がきかなくなった男が一人。
「ああ!?下等だと!テメエもっぺん言ってみやがれ!!」
不良の王道を地で行く男、大和田紋土である。
「何度でも言ってやる。貴様らなど下等なゴミだ。プランクトンと大差などない。社会に碌に関わりもしないで自分の都合のいいように生きているようなやつなど、生きる価値すらないのだよ」
「…いっぺん死にてえみてえだなあテメエ!」
青筋を浮かべて十神に詰め寄る大和田。石丸や不二咲の制止を振り切り拳を鳴らして臨戦態勢をとる大和田の前に、二人の間にいた苗木が立ちふさがる。
「大和田君落ち着いて。ここで十神君を殴ったところで、彼は自分の意見を曲げはしない。むしろ君が悪い印象を…」
「うるせぇ!邪魔すんなら苗木、テメエから…!」
苗木の説得も碌に聞かず殴り掛かる大和田。しかし苗木は焦ることなく、振り下ろされた拳を片手で受け止める。
「…!んなっ…!?」
ガードごと吹き飛ばそうとした大和田であったが、受け止められた拳を予想以上の力で抑えられ全く動けなかった。
(こいつ…!チビの癖になんて力だ…。昨日の俺の髪の事といい、こいつ一体何モンなんだ…?)
当然素で受け止めた訳ではない。確かに苗木は華奢な見た目とは裏腹に意外と筋肉質ではあるが、普段から喧嘩に明け暮れ経験的にも体格的にも勝っている大和田のパンチを真正面から受け止めることなどできはしない。そこで苗木は、自身のスタンド『ゴールド・E』を自分の肉体に重ね合わせる形で呼び出し自分の力にスタンドのパワーを加えた状態で受け止めたのである。いかに『ゴールド・E』がスタンドの中では中の下程度のパワーしかないと言えどそれはあくまでスタンド基準の話。人間が相手ならば大和田程度の力なら易々と抑えられるのである。
「落ち着くんだ大和田君。今十神君を殴ってスッキリしたところで状況は変わらない。だったらせめて将来の禍根にならないよう、ここは堪えてくれないか」
「……チッ!」
あっさり止められ、この上なおも意地を通そうとするのは流石に情けないと感じたのか大和田は渋々手を引く。
「…ふん。血の気の多い狂犬のしつけは大変だな?苗木」
「テメッ…!誰が狂犬だコラ!」
「大和田君待って!…十神君、君が独自で動くというのなら僕は止めはしない。けど、一つだけ、君に『忠告』させてもらうよ」
「ほう…。聞かせてもらおう」
「十神君。君は確かに僕たちよりも世の中について理解しているのかもしれない。強者の理不尽、強いものだけが生き残る。その点においてなら君は僕らよりずっとこの学園生活を合理的に乗り越えれるだろう。けど君は、生きるということについてあまりにも無知だ。死というものを客観的にしか捉えていない。誰も死にたくないのは同じなんだ。だからこそ、他人と共生して力を合わせようとするんだ。例えどれだけ強くとも、ライオンだって一匹では生きていけない。忘れないで十神君。君のその生き方では、いずれ自分の行いで死ぬことになることを」
その言葉は、十神の生き方に対し憐れんでいるとも取れるほど優しい物言いであった。もっと棘のある言葉を予想していた十神としては、予想外の言葉に毒気を抜かれたようでフン、と一つ鼻を鳴らすと踵を返して部屋へと戻っていった。
「…大和田君。いろいろ我慢させちゃってごめんね」
「…へっ、いいさ、気にすんな。その代わり、ここから出たらなんか奢れよな」
「うん、もちろんさ」
十神の間の抜けた顔が見れたことで多少スッキリしたのか大和田も苗木のフォローを受け入れた。
「…さて、十神君は残念だったが今日はここにいる皆とだけでも朝食を食べようではないか!」
「あー、確かになんか腹減ってきたべ」
若干の紆余曲折はあったものの、これがきっかけで皆の気持ちが一つになればと、心底苗木は思うのであった。
「…で、誰が朝飯作んだよ?」
「………あ」
まだまだ問題は山積みであった。
今回ここまで