長い長い年末年始の忙しさがひと段落したのでやっと戻って来れました
だいぶ間が開いたのでちょっとおかしい文かもしれませんがご了承ください
どこかの建物のどこかの一室。そこでは現在異様な光景が繰り広げられていた。部屋の中央には、目隠しをされ椅子に縛り付けられながらもがく一人の男性。そしてその様子を二人の人物が眺めていた。一人は簡素な神父服を身に纏い冷めた表情でそれを見る黒色肌の男性。そしてもう一人、その神父の足元には、白と黒のツートンカラーのクマのぬいぐるみがいた。そのぬいぐるみは白い側こそ普通であったが、黒い側は湾曲した赤い目ににたりと笑った口と、どこぞのパンクバンドのメンバーがするような悪趣味な造形をしており、まるでウキウキしているかのように不自然に揺れていた。
とその時、突如としてぬいぐるみの手が上がり、目の前に置かれていたスイッチらしき物を押した。すると、機械の駆動音のような音と共に床が揺れ、縛られている男の足元から競り上がった機械が男を閉じ込める。さらにその物体の左右からブースターのようなものが飛び出し、さながら小さなロケットのような物へと変形した。
「たらららったった~ん。宇宙旅行~♪」
ぬいぐるみの口からそんな声が聞こえたかと思うと、ブースターから爆炎が上がり、ロケットは回転しながら天井を突き破って上空高く飛び上がっていった。凄まじいスピードで上昇するロケットは、やがて雲を突き抜け、大気圏を越え、宇宙空間まで到達するとそこで突然止まる。やがて地球の引力に引かれたロケットは、再び来た道を落下していく。それだけでなく、停止したブースターが再び着火し、その加速も合わせとんでもないスピードで落ちていき、ものの数秒程度で発射位置だった部屋に墜落した。落下時の衝撃で周囲の物が瓦礫となって傍にいたぬいぐるみと神父を襲うが、それらは当たる手前で何かに弾かれるように軌道を変える。
やがて、もうもうと煙を上げるロケットの扉が軋むようにして開く。そこには、縛られていた男の姿は無く、代わりに黒く変色した人骨のみが残されていた。おそらく、落下時の摩擦熱で肉体は跡形もなく焼き尽くされ、骨のみが残ったのであろう。
「………くっくっく」
そんな無残な男の亡骸を目にしたぬいぐるみが、静かに笑い出した。まるで、これから始まる映画を待ちきれない子供のように、無邪気に。
「これで邪魔者はすべて始末できたな。え…いや、今は『モノクマ』だったか」
そんなぬいぐるみ、モノクマに今まで沈黙を保っていた神父、エンリコ・プッチが話しかける。
「そうだね。これでやっとすっきりしたよ。なにしろ苗木君をおとなしくさせるのに相当手間と時間をかけちゃったからねえ。でもまあ、これから起きることを考えれば、それも必要経費って奴さ」
「ふん…。どうでもいいが、約束通りこれからの事に私は関わる気はないぞ」
「分かってるって。君には色々手伝ってもらったからね。君が望む瞬間が来るまでは、好きにしてていいよ。…あ、そうそう」
そこでモノクマは一旦言葉を切ると、ぬいぐるみとは思えない不気味な表情で言う。
「みんなに『DISC』はちゃんと適合したのかな?」
その問いに、プッチはしばし思案した後答える。
「…ああ、殆どの物にいくらか差はあれど問題なく適合した。この『ホワイトスネイク』の『DISC』がな。じきに彼らもスタンド能力に目覚めることだろう」
そう言ったプッチの後ろから、突如として人影が浮かび上がる。それは包帯を巻き付けたような横縞の体に塩基配列の文字を刻まれ、王冠のような紫の仮面をした大柄な人物であった。これがプッチのスタンド『ホワイトスネイク』。かつてプッチが苗木の父であるDIOと知り合った際に与えられたスタンドで、その能力は『他人の記憶やスタンドをDISC化させる』というものである。DISC化した記憶を頭にねじ込むことで、その記憶を読み取ることができ、またスタンドのDISCであれば多少性能が落ちるとはいえ、スタンド適性の弱い人物であってもスタンドを使うことができるのである。これまでプッチはDIOから譲られたものも含め、世界中の再起不能となったものや力のないスタンド使いからスタンド能力を奪っており、多くのDISCを所持していた。
「……だが」
とそこで、プッチは若干表情を曇らせる。
「ん?どうしたの」
「…彼らの中で三人だけ、『DISC』が適合せず弾かれてしまった者がいるのだ。一人は……、二人は……、そして……。私にも原因は分からない。こんなことは初めてだ。よほどスタンド能力に適性が無いのか、あるいは…」
「…ふーん。まあいいや。あいつらがスタンド使えなくたって、別に計画に支障が出るわけじゃあないしね」
「そうか…。では、私はしばらくここを離れさせてもらう」
「あっそ。で、どこ行くの?」
「聞いたところによれば、あの空条承太郎が最近日本に戻ってきたらしいのでな。奴には返してもらわなければならないものがある。幸い、こんな世の中だ。奴の行先は見当がついている」
そう言いながらプッチは歩き出し、やがて出口付近に来ると一旦立ち止まってその場所の名前を言う。
「別名を‘スタンド使いの街’『杜王町』だ」
都会の一等地のど真ん中に佇む巨大な学校、『私立希望ヶ峰学園』。全国各地から超高校級の才能を持つ子供たちを集め、各方面におけるスペシャリストを育成するという方針を掲げ、今や全国的にも最も有名な高校で知られている。
そんな学校の校門の前で、茫然と立っている少年がいた。あちこちにテントウムシの意匠を施したパーカーを着て、輝く金髪と金色の瞳を持った小柄な少年。そう、苗木誠であった。
「はあ…、よりによってこんな立派な学校に通うことになるとはなあ」
そうため息をついた苗木は、自分がここに通うことになった数日前の出来事を思い出す。
ボスを倒し、ミスタやトリッシュ、ポルナレフの推薦もあって新たなボスとなった苗木は、即座に行動を起こし、イタリア各地の麻薬バイヤーを一掃し、また既に中毒者となった子供たちの更正活動に乗り出した。初めは今までと全く逆の命令に戸惑っていた幹部たちであったが、そこはディアボロの顔を借り、若干の圧政と、「近いうちに正体を見せる」という約束の元言い聞かせた。
そんなある日のことであった。
「ねえ、ミスタ」
屋敷で昼食を食べ終えた苗木が、向かいにいたミスタに声をかける。
「ん?どうしたんだナエギ?」
今は二人きりということもあり、いつものボスと部下という態度でなく、前のような仲間同士の雰囲気で答えるミスタ。
「一つ、提案があるんだけど、いいかな」
「ああん?どんなんだ、言ってみろよ」
「…フーゴを、呼び戻そうと思うんだけど、どう思う?」
フーゴ。パンナコッタ・フーゴ。それはかつての仲間、ヴェネツィアで唯一ボートに乗ることなく、袂を分かった少年。その名を聞いたミスタは、かなり難しそうな表情をする。
「……フーゴか。確かに奴は別に裏切りを起こしたわけじゃあねえ。あの状況において、裏切り者はむしろ俺たちの方だ。奴は組織のルールに従ったにすぎねえ。たまたま俺たちがうまくいったってだけで、実際あいつの言うとおり、生き残ったのは三人だけだ。他の奴らは死んじまった。あいつは正しかったんだ。何も後ろめたく感じることはねえ」
けどよぉ、と言ってミスタは身を乗り出しながら言う。
「あんだけ律儀な奴なんだぜぇ~。そうホイホイ戻ってくるとは俺には思えねえんだがよぉ」
フーゴは当時のブチャラティチームにおいて唯一大学を経験しており、本人もIQ152という生粋の頭脳派であったため、かなり律儀、言い換えれば頭が固い故にあの時ブチャラティについていけなかったのである。それをよく知るミスタとしては、そんなフーゴがいくら苗木の許しが出たとはいえなにも責任を感じずに戻ってくるとは到底思えなかった。
「…そうかもしれない。でも…」
付き合いが短かったとはいえ、フーゴのそんなところは苗木も知っている。しかし、
「フーゴほどの人材を捨て置くなんて真似は、僕には勿体なくてとてもできないからね。嫌がるなら構わないけど、迷っているだけなら多少強引にでも引き入れるさ」
そう、ブチャラティという中心的人物やアバッキオなどの大人の視点を持つ仲間がいなくなった以上、苗木達の中には頭脳となる存在が欠いていた。一応ポルナレフが後見人代わりで色々手助けしてくれてはいるが、彼は現在幽霊に近い状態であるがゆえに、何時居なくなるともしれないので、苗木としては頼りになる頭脳が欲しかったのである。
「……なんだかお前よお。出会ったころよりだいぶ強引つーか、したたかになったよなあ~」
出会ったころのピュアな苗木を知るミスタは、そんな苗木に茶化すような声をかける。
「褒め言葉として受け取って…いいのかな?」
そんなミスタに、若干苦笑いながらも笑顔を向ける苗木。やはり立場が変わろうとも、彼らの関係はそうそう変わることはないのであった。
『………んん?』
と、その時窓際で寝ていた亀、もといあの闘いの結果『甲羅の中に部屋を持つ』スタンド使いの亀の中の住人となってしまったポルナレフが目を覚ました。
「…どうしたんですか?ポルナレフさん」
『いやなに…。屋敷の中が少し騒がしくなったと思ってな』
その言葉に、周りに耳を傾けてみると確かに何やら使用人や部下の慌ただしい声が聞こえる。と、そこでドアがノックされる。
「し、失礼します!」
そういって入ってきたのは最近入ったばかりの新人であった。
「なんだ!どうした!?」
「い、いえその…突然やたらでかいのと小さい日本人の二人組が来て、ナエギ…ボスに会いたいって…」
「……僕に?その人の名前は?」
「確か…SPW財団のクウジョウとか…」
『空条だと!!』
新人の言ったその名前に、窓際のポルナレフが反応する。
「知り合いなんですか?」
『ああ、古い友人さ。心配いらない、信頼できる人間だということは私が保障しよう。』
「そうですか…。分かった!通してくれ」
「はっはい!」
返事と共に勢いよく部屋を飛び出そうとした新人であったが、いざ走りだそうとした瞬間なにやらつんのめって尻餅をつく。苗木達がその様子に怪訝な顔をする前に、その人物は姿を現した。まず現れたのは身長195㎝はあろうかという大柄な男性で、純粋な日本人よりやや欧米風な印象が見られる精悍な顔つきをしており、服装は一昔前の日本の制服、俗にいう「学ラン」を改造したような服を着た人物。それに続いてややおどおどしながら入ってきたのは、その人物より二回りほど小さい背丈の人物で、今風の若者の格好をしており、その顔つきはややおとなしそうに見えるが、その眼の奥には強い意志が見て取れた。
「…よう。すまねえが勝手に邪魔させてもらったぜ」
ふてぶてしく言う男性の言葉に、ミスタが目つきを強め腰の拳銃に手を掛ける。
「や、やっぱりまずいですって承太郎さぁん。いきなりこんな勝手なことをして…」
「門前払い食らうよりはマシだ。それにこっちものんびりとはしてられない…」
『承太郎!!』
連れの若者となにやら話している承太郎と呼ばれた男に、突然声が掛けられる。
「…?康一くん、今誰か俺の事を呼んだか?」
「はい…僕にも聞こえたんですけど…一体どこから」
聞えてきた謎の声、しかし、承太郎は出向かえた使用人やそこでぽかんとしている新人にも自分の姓は名乗っても名前は教えていない。ましてや目の前でこちらを警戒している二人が自分のことを知るはずもない。
『こっちだ、承太郎!』
不思議そうにする二人に、再び同じ声が聞こえた。声の方向を見ると、窓の縁でこちらを見ている一匹の亀が目に入った。
「…まさか、あの亀が…?」
「気をつけろ康一くん。新手のスタンド使いかもしれん」
亀が喋るという不可思議な光景に、承太郎と康一と呼ばれた若者は警戒を強める。
『私の声を忘れたのか承太郎!忘れたくとも忘れられないといったのは嘘かこの野郎!』
亀から聞こえてきた声、そしてその台詞に承太郎は一瞬怪訝な表情をし、次いで驚きの表情で絞り出すように呟く。
「まさか…お前……ポルナレフ…なのか?」
『おお!やっと思い出したか承太郎!!』
嬉しそうに話すポルナレフとは裏腹に、承太郎はその正体を確かめると、ガクンと肩を落とし、帽子のつばを抑えて、小声で
「……やれやれだぜ、本当に…」
と呟いた。
「ポルナレフ…なんでまたそんなふざけた姿になっちまったんだ。前にあった時より別の意味で数倍ヒデェぞ…」
『まあ、それも含めて今から話すさ。あ!紹介するぜお前等。こいつが空条承太郎。そっちの康一とかいうのは知らねえがな。んで、こっちが苗木誠と側近のグイード・ミスタだ』
昔の戦友と会った影響か、心なしか昔のテンションに戻りつつあるポルナレフに対し、すっかり毒気を抜かれた承太郎は気まずそうにする苗木に向き直って言う。
「話…させてもらっても…いいかな?」
「あ…、はい」
そんな二人の様子に、警戒をやめて肩を竦めるミスタと、アハハと乾いた笑いを漏らす康一。こうして空条承太郎と苗木誠のファーストコンタクトは、予想より遥かにグダグダな雰囲気で幕を開けたのである。
それからの話としては、殆どお互いの情報交換のようなものであった。承太郎は苗木の父であるDIOに関することとその最後、苗木はこのイタリアで起きた自分たちとボスとの闘いの一部始終と『矢』に秘められたパワーに関することを話した。『矢』のパワーに関しては、その存在を知る承太郎も康一も半信半疑であったが、ポルナレフの証言と実際に『G・E・R』を見せることで信じてもらうことができた。
「しかし…。母さんからある程度聞いていたけど本当にロクでもない奴だったんですね、僕の親父は」
今迄聞きかじりにしか知らなかった実の父であるDIOの正体に、苗木は呆れ返るような反応をする。
「…いいのか?」
「何がです?」
「私は一応君の父親の仇だ。憎んでくれても構わないんだぞ」
承太郎の言葉に、苗木はため息を一つ着くと言う。
「…それに関して何とも思わないと言えば嘘になりますけど、会ったこともない父親、しかもそんな悪党の事に感傷的になるなんて、僕にはできませんよ…それに」
そこで苗木は一旦区切ると、虚空を仰いで続ける。
「どう言い繕った所で、僕があの男の息子であることに変わりはありませんからね。そこのところを受け入れて生きていく覚悟はできていますよ」
ぼやくような苗木の言葉。しかしそこには、その事実から決して目をそむけないという強い意志が感じれるものであった。
「…強いんだね、君は」
「そんなことありませんよ。ただ親父も、一人ぐらい味方がいないと寂しいだろうと思っただけです」
康一と呼ばれた若者、広瀬康一の言葉に、照れくさそうに苗木は応える。
「……さて、苗木君。そろそろ本題に入るとしよう」
「…本題?」
承太郎の言葉に、苗木は怪訝そうな声を上げる。
「お宅ら、ナエギの事見に来たんじゃねえのか?」
「それもある。だがそれ以外にも我々はもう一つ大事なことを頼まれているのだ」
『頼まれた…?誰にだ?』
「…苗木君、君の両親だ」
「『!!』」
「…」
思いがけない存在に驚くミスタとポルナレフを余所に、苗木は分かっていたかのように苦い顔をする。そんな苗木に、承太郎は隣の康一に目配せすると、康一は足元のカバンから一枚のディスクとDVDプレーヤーを取り出し前に置く。
「日本のご家族から、ビデオレターを預かってきている。見てもらえないだろうか」
「…はい、もちろん」
承太郎に促され、苗木はDVDをセットし再生する。その場の全員が注目する中若干の間の後にモニターに苗木の両親、そして妹の姿が映る。
『誠。これを見ているってことは、空条さんたちと無事に会えたってことだよな。いやー、良かった良かった』
『誠―!元気にしてる?一人旅だからって不摂生してちゃあ駄目よ―!』
『イエーイ!お兄ちゃん見てるー?』
モニター越しに聞こえてくる家族の元気そうな声に、思わず顔をほころばせる苗木。久しぶりに見る本来の苗木の笑顔に、後ろで見ていたミスタとポルナレフも微笑む。
『空条さんからある程度聞いているかもしれないが、お前があんまり音沙汰ないから結構心配していたんだぞ。お前の事だから、なにかと厄介ごとに巻き込まれがちだからなあ』
見透かされていることに思わず首を竦める苗木。実際、スタンド能力に目覚めてから、苗木はちょくちょく喧嘩や事故に巻き込まれかけていた。そのたびに、幸運なことに毎回一切の被害なく済ましてきたものの、今回ほど連絡がつかないことは初めてだった。
『まあSPW財団の人たちから無事だということは聞いているよ。…けど、お前がそれだけ動き回っているってことは、何かやるべきことを見つけたってことなんだろう』
表情を改め、真剣な言葉を紡ぐ父。彼は隣の母に何やら目配せし、頷くのを見ると再び向き直る。
『俺たちは、お前の意志を尊重したい。なんたって、お前の親だからな。だから、お前がそこに残るっていうんなら、それでも構わないと思っている』
「「『!!?』」」
驚きの言葉に、事前に内容を知っていた承太郎と康一以外の面々は唖然とする。それもそうである。こうして承太郎がここに来た以上、苗木の現状はSPW財団にも分かっており、当然家族にも知らされているはずだ。しかし、ギャングのボスというのは留学や単身赴任とは訳が違う。ましてやこれから裏社会の清浄化をしていこうというときにここに残れば、少なくとも五年はイタリアを離れることはできなくなるであろう。一五歳の少年の親としてそれを容認するというのは、おおらかというには少し度が過ぎている。
『ただし!それを認めるには条件がある』
そう言いながら苗木父が取り出したのは、苗木が旅立つ前に届いた「私立希望ヶ峰学園」の入学案内であった。
『いくらギャングだからとはいえ、高校もロクに出ていない子供を世の中に出す訳にはいかない。この希望ヶ峰学園は、お前も知ってのとおり世界屈指の名門校だ。『超高校級の幸運』なんて肩書きとはいえ、ここを卒業できれば、お前も世の中から認められる存在だ。ギャングだからと言って、人目を憚る必要もない。ここを卒業することが、お前がそこに残るための条件だ。』
真剣な表情で言う父。その顔は決して息子の学歴を気にするようなものではなく、苗木が社会の中で強く生きていく為にそれを求めている親の顔であった。
が、その顔が突如として緩む。
『とまあ、建前がそうであって、ホントのところはお前ともう少し一緒に居たいだけなんだがな。』
『うふふ、そうよ誠。このままお別れなんて、ちょっと寂しいじゃない。聞いたところだと、頼りになるお友達もいるみたいだし、もう少し学校生活を楽しみなさい。』
『早く帰ってきてねー!おにいちゃーん!!』
そう言って笑顔で手を振る姿を最後に、映像は終わった。撮影に立ち会っていたため内容を知っていた承太郎や康一は苦笑いするだけであったが、残る三人はというと余りの突拍子の無さにぽかんとしていた。そんな中、
『じ、実に開放感のあるご家族だな。マコト…』
「…それ誉めてるの?ポルナレフさん…」
戸惑いを隠せないポルナレフの言葉に、苗木は力なく答えるしかできなかった。微妙な空気の中、承太郎が咳払いと共に口を開く。
「と、ともかくだ。見てのとおり君がパッショーネのボスであることに関しては、ご家族も納得していただいている。ただし、希望ヶ峰学園の卒業というのが条件ではあるがな」
承太郎に改めて提示された条件。それに対して口を開いたのは、ミスタであった。
「おいおいおい~!それはちっと困るぜェ~」
「…どういうことだ?」
「あんただって分かってんだろォ~。俺たちゃこれからスタートだってのに、いきなりボスが不在だってんじゃあ締まらねえじゃねえかよ~」
『私も同意見だ。心苦しいが、ブチャラティの部下で通っているミスタや亀の私では連中を言い聞かせておくには限界がある。これから裏社会の清浄化を図っていくうえで、マコトの力は不可欠だ。今ここを離れられてはまずいのだ』
ミスタとポルナレフの主張は最もであった。ディアボロが姿を見せずにボスとして君臨し続けられたのは、その恐怖政治体制があったからに他ならない。ポルポを通じてスタンド能力を与え、自身の存在をアピールし、己に刃向かう者は子飼いの部下や、時には自ら手を下すことで見られているということを再認識させる。絶対的なスタンドを持つディアボロだからこそ可能だったやり方であったが、皮肉なことにディアボロを打倒するためにそれらの部下をすべて倒してしまったために今の苗木には同じことをするだけの人材がいなかった。最も、いた所で同じことをするつもりもなかったが。そういう訳で現状、苗木が日本に戻ればパッショーネが瓦解することは火を見るより明らかであった。
が、忘れないで頂きたい。この話をしているのはあの空条承太郎なのである。その程度の事に、抜かりなどあるはずがない。
「それに関しては我々SPW財団が協力させてもらう」
承太郎の言葉に怪訝な顔をする三人に、承太郎は続ける。
「この希望ヶ峰学園のスポンサーには、SPW財団も含まれている。君が在学中は、我々が組織と君のパイプ役として現地の状況を迅速に報告できるようにしよう。いざとなれば、学園から直接イタリアまでの送迎もさせてもらう。また、組織の方にも大っぴらにはできないが我々から物資や資金の援助もさせてもらう。…これでどうだろうか?」
承太郎の出す提案に、三人は思わず顔を見合わせる。確かに内容そのものは願ってもない好条件ではあるが、どうも話が旨すぎる。たかが子供一人を学校に通わせるのに、天下のSPW財団がここまでするだろうか。
「…承太郎さん。物凄い疑われてますよ」
「まぁ、そうだろうな」
そんな三人の雰囲気を察したのか不安そうな声を出す康一に、承太郎は鼻で笑うと再び話し出す。
「疑って当然とは思うが、これも我々の方針の一つなのだよ。財団創設者であるロバート・E・O・スピードワゴン氏の遺言に、「ジョースター一族を、全力を持ってバックアップせよ」というものがある」
「おいおい、それならますます納得いかねえぜ。苗木の親父のDIOってのは、そのジョースターをぶっ殺したんだろ。だったらむしろ敵じゃねえか」
ミスタの最もな言葉に、然し承太郎は平然と答える。
「ところがそうでもない。さっきも話したがDIOの首から下はそのジョースター、『ジョナサン・ジョースター』の物だ。つまり、その体から生まれた君は、紛れもなくジョースター家の血を継いでいる。…血縁上はややこしいことになるがな」
「…う~ん」
それでも納得がいかない顔をする苗木に、承太郎はため息を一つ着き、こう切り出した。
「…それに、これは我々からの償いでもある」
「…償い?」
「君のことは、我々はずっと以前から知っていた。というのも、私がDIOを倒した後、奴の屋敷から見つかった手記に、君のことを示唆するような文面が記載されていたのだ」
それは、承太郎と祖父のジョセフの手によってDIOが完全に消滅した日の事であった。もぬけの殻となったDIOの屋敷を調べていた承太郎は、DIOの部屋らしき一室にて、とある一冊の『文書』を発見した。『天国へ行く方法』と題されたそれは、聞くもおどろおどろしい内容であり、承太郎はひとしきり読んだら即刻処分しようと考えた。だが、そう考えながら流し読みしていた承太郎の手が、最後の一文、、奥付のところで突如止まる。
そこには、こう書かれていた。
『願わくば、これがまだ見ぬ我が子に届いてほしいものだ…』
そこで承太郎は戦慄する。DIOに子供がいる。それはSPW財団を動かすのに十分な理由であった。財団の総力を挙げた調査の結果、遂にその人物と思しき少年を発見した。が、その少年は父親とは正反対の穏やかで優しい少年であったため、特に問題なしと判断され放置されていた。しかし、今回の一件により。承太郎たちはその判断を後悔することとなった。
「もしあの時、我々が君とご家族にきちんと話をしていれば、君はこんな危険なことに巻き込まれずに済んだかもしれない。今頃家族と一緒に楽しく暮らせていたかもしれない。…君を追いかけてる間、ずっとそれが気がかりだった。だから…」
そこまで言った承太郎を、苗木は優しげな表情で手で制した。
「僕はこうなったことに、なんの後悔もしていません。むしろこの偶然に感謝しているぐらいです。素敵な仲間と、自分が信じれる道を見つけることができましたから」
その言葉に、気恥ずかしさからそっぽを向くミスタ。それを笑って見やるポルナレフと康一。そして、目の前でこちらを見つめる苗木。それらを見て、承太郎は救われる気持ちと共に確信する。
苗木誠の中にある、『黄金の精神』の存在を。
その後、SPW財団の支援の下ミスタとポルナレフに留守を任せた苗木は日本へと帰国した。レクイエムの影響ですっかり変わり果てた苗木の姿に、家族や学校の友人や教師は大いに驚いたものの、どうにか残り半年を無事に過ごし切り、現在へと至るのであった。
「まあ、こうして突っ立っていてもしょうがないか」
回想から戻った苗木はそう言って、イタリアから持ち込んだ『ボスの証』が入ったカバンを担ぎ、あれから少し伸びた己の金髪を若干うっとおしく思いながら校門へと歩を進める。
(超高校級の高校生たちか…。噂程度にしか評判は聞かないけど、どんな人たちなんだろうな…)
まだ見ぬクラスメイト達に期待を抱きながら、校門をくぐる。
その時、異変は起こった。
グラァ…
「!?」
突如として襲いくる眩暈に、思わず片膝をつく苗木。
(何…だ?スタン…ド…攻撃…?なのに…)
薄れゆく意識の中で、苗木はこの事態に置いて真っ先に発動するはずの己の能力が沈黙していることを不審に思った。だがしかし、苗木がその答えに至ることはなかった。
(これは…こう…げ……き…じゃ……)
その思考を最後に、苗木の意識は暗闇へと堕ちて行った。
平穏なる日常は終わり、新たなる舞台の幕が上がる。
絶望の支配する、悪夢のような日常が始まる。
「…ん」
永い永い静寂の後、苗木誠は覚醒した。
(アレ…?なんで僕座ってるんだ?さっきまで校門前に立っていたのに…)
未だぼんやりする頭で、苗木は辺りを見回す。
(…教室?)
第一に浮かんだ言葉が、それであった。ゆっくりと見回した視界に入ってくるのは、整頓された学習机、教卓、黒板、そして
「…カメラ?」
苗木の視線は、黒板の上部で止まる。そこには、本来教室にはあるはずのない監視カメラが取り付けられていた。さらに、不審な点はカメラだけではなかった。
「!何だこれ…窓が…」
ふと視線を逸らした先にあるべきもの、本来外の風景が見える筈の窓は分厚い鉄板で塞がれ、ホームセンターでも見たことないような大きなボルトによって固定されていた。
思わず立ち上がり、窓へと近寄る苗木。鉄板をしげしげと観察し、鉄板やボルトも念入りに触って確認する。
(ちょっとやそっとじゃ外れそうにない…壊すにしても相当なパワーが要るな。僕じゃ少し無理そうだ。ここはまず状況の確認が先だな…)
そう思い振り返った苗木。と、そこで教卓の上に何か置かれているのに気が付いた。
「何だコレ…?」
近づいて手に取ると、それは一枚の紙面で、希望ヶ峰学園の校章がプリントされている所から学園の物だということが推測できた。そこには書き殴ったような書体で『入学あんない』と書かれていた。
「入学案内…?オマエラ…?」
とても超名門校の入学案内とは思えない失礼な内容に顔を顰めさせながら、読み進めていった苗木であったが、最後の一文を見て思わず凍りつく。
「入学式は…八時から…体育館集合…!?」
ハッとして時計を見れば、既にその八時を指していた。
「ヤバッ!」
入学案内をポケットに突っ込み、急いで教室を出る苗木。
彼は未だ気づいていない。
その髪と瞳から、黄金の輝きが失われていることに。
今回はここまでです
イスカリオテの方も、近々リハビリがてら短編でもするので良ければ見てください